2016年10月01日

★2016年9月に読んだ本。

2016年9月の読書メーター
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:4503ページ
ナイス数:622ナイス

日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)感想
「復旧から復興への歩み」という副題の方が本書の内容に相応しい。震災そのものの被害への言及より、その後についての方に重点がある。特に史料の多くなる江戸期以降、大名普請(被災地の住民への雇用対策の意味も持つ)から、請負普請へと変遷する様を、また火山噴火に関連して幕府が執った施策についての言及。明治期以降は備荒儲蓄金法、罹災救助基本法といった法整備に基づく体制へと引き継がれる。関東大震災に際し、当時の内務官僚がインフラの再建と併行して住民が帰還するか否かへの配慮があったのは興味深い。復興はやはり民間主導である。
読了日:9月30日 著者:北原糸子
ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)感想
米国の人口比で2%のユダヤ系は政治的に影響力を持ってきた。政治意識の高さ、献金、ロビイスト活動が活発……。米国の「戦略的資産」とまで言われたイスラエルという存在だが、本土と米国在住民との間には意識の乖離が生まれていることをきれいにトレースした1冊。「中東唯一の民主国家」という決まり文句が今も惹き付けるのか、旧約聖書の「約束の地」であるからか(ここには福音派の信者の動きもあるという)。イスラエル本土での右傾化と米国内でのホロコーストを身近に見聞きした世代の高齢化が意識のギャップを生むという見立ては興味深い。
読了日:9月29日 著者:立山良司
無縁所の中世 (ちくま新書)無縁所の中世 (ちくま新書)感想
前著に続き、公、武家ではなく、寺院を中心とした中世文化を想定する。生活に困窮した庶民が流動化して都会に流入する世、移民が発生する世。移民のいない大集落は大きなムラだが、旧住民と移民がいる風景は都市だ。移民が発生するところ、無縁所あり(ま、京都に対する叡山)。「人類普遍の無縁を考察する場合、参考になるのはアメリカ史」なんていう分析は首肯できるのだけど。あらゆる局面の史料を繋ぎ併せての立論ぶりは豪快だが、展開について行き切れなかった。史料を読み込んでいない上、時空座標が組み立てられないのに過ぎないのだろうが。
読了日:9月27日 著者:伊藤正敏
寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)感想
日本の中世で一番の権力者は寺社(特に比叡山)であるという命題提起の1冊。特に延暦寺末の祇園社が京の経済面で特権を与える一方で寺銭を稼いでいた、警察司法権に対しての検断不入権を誇り、鴨川以東は勿論、洛中にも勢力を伸ばしていた様を描く。祇園社の祭りが洛中の町衆に支えられているのは確かに証左だ。前著「日本の中世寺院」でも叡山の他、南都、高野山、根来寺などを挙げていて、本書でも挙例の事象があちこちに展開し、年代も交錯するので追い掛けるのが大変ではあるが。要は公権力の行使(徴税も含め)が普くことが近世化なのだ、と。
読了日:9月23日 著者:伊藤正敏
シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)感想
地図を逆さに見た時のような驚きがある。シベリア出兵が後の15年戦争の姿と相似であること、後の戦争を指導する立場にいた人物が関わっているのに、当時の経験が生かせていないこと。鮮満の権益を守り、あわよくば更に北辺を狙う妄想が膨らんだ結果としての出兵。終結への構想がない戦いが広がる。現地と参謀本部、政府の思惑の食い違いが広がるまま、糊塗弥縫が続く。一般には点(尼港事件等)の知識だが、実は19世紀から続く歴史の一齣、面であるのが分かる。兎も角、兵戈を政府が収められたのは元老(山県有朋)という錨の有無でしかない。
読了日:9月20日 著者:麻田雅文
情報参謀 (講談社現代新書)情報参謀 (講談社現代新書)感想
自民党を支えた広告代理店とその周囲に存在するマーケティング会社の話。その中心にいたという筆者がこういう話を書いているということは、既に次の段階に進んでいるということだ。「政策本位の政治」という建前は別にして、「政治家」が「政治屋」になっているということを端なくも提示した形ではある。中身はWeb上やテレビを監視して、対応策を立てていく。果敢な対策を立てられるだけの資金力(これも政党交付金の一部である)。内容自体はさもありなむ、の水準ながら、「情報は発信しないと存在しないのに等しい」ということ。ちょっと引く。
読了日:9月19日 著者:小口日出彦
鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)感想
本書は街の人の視点である。鳥獣害の話は地方に住んでいれば日常生活の一部である。鹿、猪、猿は日常的にいる。(夜、道を走っていて気付くのが遅れて車にぶつかってこられたら、被害は免れないところ。こういう場合は警察は事故証明を出してくれるのだろうか、保険は、と不安になる)。本書は鳥獣害のルポ部分と、日本人が生み出してきた殺生観の考察の2部構成。個人的には思惟的な部分よりも、実例をきちんと紹介してくれた方がよかった。人口減少、過疎化、耕作放棄と続く連環や荒蕪の地になっても自分の土地と手放せない精神性への言及とか。
読了日:9月19日 著者:祖田修
昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)感想
全20講の中で9、10講の「日中戦争における和平工作」、12講の「天皇指名制陸相の登場」は読ませる内容だった。以外は厳しいかも。学会機関誌の「研究往来」みたいな欄を思い出す。新書という体裁で一般に向けて本を書くなら、1)先行論文の引用と論文名の提示ではなく、筆者が知見を咀嚼して記述するべきで、文章がぎこちない篇が多いのが気になる。2)参考文献を挙げる欄を作れるのなら、注釈(特に人名)を入れた方がいい。3)活字版にはあるのかもしれないけど、索引が必要な本ではないか−−てな難点を挙げておく。捷径はないな、と。
読了日:9月19日 著者:
孫文――近代化の岐路 (岩波新書)孫文――近代化の岐路 (岩波新書)感想
華夷の別を立てる伝統的な世界観から、孫文は終生脱し切れなかったのではないか。生涯59年のうち、通算19年に及ぶ亡命生活。筆者は二面神ヤヌスに例えているけど、むしろ「キメラ」のような存在を想う。江南から興った明の朱元璋、太平天国の洪秀全のような姿を念頭に描きつつ、目的のためには手段を選ばない手法。白くても黒くても鼠を捕る猫はいい猫、という論理に繫がる。実力はないので「収」(中央集権)を目指しつつ、「散」(地方分権)を呑まざるを得ない。国共双方の国父という偶像になる前の姿を考える。日本史なら足利義昭……。
読了日:9月18日 著者:深町英夫
近代中国史 (ちくま新書)近代中国史 (ちくま新書)感想
快著。中国の宋〜明〜清と続く中で「眠れる獅子」は欧米流とは全く違う統治、財政構造を築いてきた。欧米が予算主義なら、中国は現額主義。地域貨幣の銭と地域間流通貨幣の銀の二本建て。加えて貿易代金として流入する銀に依存する経済。資本が育たず、関税を抵当にした外資頼りの経済。アヘンすら通貨として経済に組み込んできた歴史はすごい。穀物の増産から人口爆発、そして辺境・海外への流出、流氓化と、清末から国民政府、共産党政府にまで続く民間の感覚をトレースしている。この本を読んでから枝葉の本に読みすすめば、理解は数倍違うはず。
読了日:9月16日 著者:岡本隆司
昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)感想
編者自身が「得難い本」と記したことに失笑を禁じ得ない。「最先端の専門研究者によってまとめられた」と称する15講で構成されているものの、1)時系列の中で事件や出来事ごとでまとめられているので、前後の講との間で、文脈、扱いに齟齬が出る。2)中央官庁や軍関係、中国の中枢にいた人物の記録に依存している部分が多く、記述内容が政治外交軍事に偏重していて、従来の書物での知見の域を出ない。3)最近で言えば加藤陽子の「戦争まで」や、山中恒の「アジア・太平洋戦史」の方が視野が広い−−等々。研究者はやはり自惚はいかんな、と。
読了日:9月14日 著者:
中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)感想
史記以来の正史は理非の判断を下した上で記録されてきたという感覚が新鮮。「経・史・子・集」という4部の別に基づき、歴史は儒教的解釈第一、今の考証学や史実第一主義の産物ではない。裏付けになっているのは縦方向の士庶の別、横方向の華夷の差。過去の史実に付会するなど、想定外の思考回路。儒教に深く親しんでいるが故に攘夷思想が生まれ、和魂漢才ならぬ「中体西用」の考えが起こる。清朝後は「三国史」で、毛沢東は「士庶の別」を排して新時代を開いたとしつつも、今は長年の中華思想に回帰してはいないか。嫌いでも面白い、の評が的確。
読了日:9月12日 著者:岡本隆司
天下と天朝の中国史 (岩波新書)天下と天朝の中国史 (岩波新書)感想
血統に裏付けされた皇帝と天の指名に基づく天子。両概念が重なった存在こそが東アジアの支配者たりえる。と同時に漢民族を中心とした中華と周囲の異民族を含めた天下を併せてこそ真の天朝を担うものになる。北方の異民族と南方に逃げた漢族の争覇が王朝の交代になるのだが、易姓革命が起きても信仰、思想的な根幹として儒教が横たわる。中華の国の統治する大天下と日本、朝鮮、越などの小天下が構成する世界。逆に言えば双方とも中華の存在を常に意識せざるをえない世界観を示す。冊封体制や現中国の海洋進出もこの論理の延長線上という読み解き。
読了日:9月10日 著者:檀上寛
昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)感想
残酷な本である。喜劇の世界に生きる限り、旬がある。旬が過ぎれば老い、寂寞が立ちこめる。そういう風を感じさせなかったのは巻末の伊東四朗の聞き語りに出てくる三木のり平ぐらいかもしれない。筆者が俎上に取り上げた7人(生で記憶があるのはそのうち4人だが)はこんな晩年を過ごしていたのか、と思う。ダメなのは分かっていてもなお残る自負と執着。昭和の喜劇役者の雰囲気、戦前戦後の空気、興行界の出来事など、登場人物の姿を通して描き出してみせる。読み物ではあるけど研究論文風。なかなかに畳の上での大往生というのは難しい。好著。
読了日:9月5日 著者:笹山敬輔
地域再生の失敗学 (光文社新書)地域再生の失敗学 (光文社新書)感想
至極真っ当。でも、こんな建前論では追いつかない気がする。広島での原爆投下後、被爆直後の広島赤十字病院で、放射線障害が何かも分からぬまま、手探りで治療に当たった医師らが、当時の数少ない検査方法で、血球数を顕微鏡下で数えたという話を思い出しています。白血球が一定数を割り込むと回復が困難になる、という治療経験が生まれたという思い出の記を思い出した。。確か「爆心」(朝日新聞広島支局)で読んだと思うのだけど。白血球 も人口も同じなんじゃないか、と。漠然とした気分になる。地方創生とは所得の増加がゴールなのは確かだが。
読了日:9月4日 著者:飯田泰之,木下斉,川崎一泰,入山章栄,林直樹,熊谷俊人
日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)感想
中世の寺院(山門、寺門、興福寺、東大寺、高野山、根来寺)が実は宗教施設ではなく、軍産学複合体の都市だった、という解釈は豪快。学侶、行人、聖という3階層のうち、教学を専らにする学侶は約1割、残りは荘園の管理、商工業の統括をする行人が占め、聖は遊行しているので、掌握不可能という姿を高野山の記録から見立てる。顕密体制とはいえ、教義上最高位の大日如来への信仰は影が薄く、実態は大師信仰、太子信仰を中心に「呪術的」な信仰と死者の供養が中心であったとする言説は今の実態を見ても納得がいく。権門体制論を補完する内容に納得。
読了日:9月3日 著者:伊藤正敏
中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)感想
同題の中公新書の改版。人口が集積すれば当然、疫病の流行が起こる訳で、京都でどうして長年に亘って続けられてきたかがよく分かる。祭神の牛頭天王が抑も最初は疫病を齎す神であったはずが、蘇民将来と出会って疫病除けを約束した神に変身してしまうのがすごい。最初は官や寺社が主催した祭りで、種々の役銭の収入や名誉が祭りの執行者に付随していたのが、室町期から変化。下京に住む町衆主体の祭りに変わっていく。住民自治の精神の発露と見るか、権門の弱体化とみるか。今に続く祭りが全国で都市の生活に不可欠な神祭として享受された不思議も。
読了日:9月1日 著者:脇田晴子

読書メーター
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2016年09月01日

☆2016年8月に読んだ本。

2016年8月の読書メーター
読んだ本の数:23冊
読んだページ数:5994ページ
ナイス数:649ナイス

EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)感想
極東の島国では見えないことがある。欧州での異変だ。2度の戦争を基に生まれたEU。国境の撤廃、通貨の統合と、民主主義の先進地域として実験を続けてきたはずが、軋みが目立つ。ギリシャの財政破綻、中近東などからの難民の流入、治安の悪化など。英国の国民投票も記憶に新しい。そんな疑問を解く糸口を示している。フランスに在住し、軸足を置き、地面に近い視線から社会の見た姿の点綴だ。「日常生活で吸った空気、肌で感じたことを大切にしながら、事実から出発して個別事例を考察する」という筆者の姿勢は研究論文にはないルポの強みがある。
読了日:8月30日 著者:広岡裕児
ベストセラーなんかこわくないベストセラーなんかこわくない感想
ベストセラーというとつい背を向ける。旬日を俟たずブックオフでごく安価で流通しているさまを見る。古書店の値付けというのは本の値打ちを正直に示すもので、本書で取り上げられている本の多くはその類いになる。ただ、ノストラダムスの大予言を愛読したという筆者の手にかかると、通り一遍では済まないのも数冊出てくるからおもしろい。香合わせ、歌合わせよろしく、2冊の本を見立てで合わせるのが特に妙手。「なんとなくクリスタル」と「太陽の季節」、「砂の器」と「人間の証明」等々。ただ「どくとるマンボウ航海記」に読み解く手練、中々。
読了日:8月28日 著者:入江敦彦
三浦一族の中世 (歴史文化ライブラリー)三浦一族の中世 (歴史文化ライブラリー)感想
「三浦介、上総介両人に綸旨を与えつつ」と殺生石の謡に出てくる「三浦介」。東国の武士団の代表格の一家である。とはいえ、常に順風満帆であった訳ではなく、和田合戦で和田氏が滅んだり、宝治合戦で本家筋が滅亡したり。ただ「三浦」という家名は分流に伝えられていく訳で、武士団の中ではブランドであったということだろう。本書は別書にあるような足利氏の通史と違って物足りないものが残る。鎌倉殿の時代の盛衰に重きをおかず、中央との関係がある前史や、家名を変えながら全国各地に散らばって行った様を丁寧に追う方が重点にしてほしかった。
読了日:8月27日 著者:高橋秀樹
都と京都と京感想
一篇一篇は面白かったけど、通読した後に何も残らない。例えれば「長生殿・越の雪・山川」みたいな。舌の上に甘みだけが残る感じ。いけずと意地悪、ダサいとモッサイなど、意思を明示することで東京は人付き合いをし、京都は相手の腹を探りながら、意思を悟らせることに重点を置くなど、二分法で論理を進めていくのだけど、確かにそういう世界もおますなぁ、という印象が拭えない。掌編の随筆は「箸休め」であり、一冊の本に仕立てるにはこの論法を使うのが都合がいいのだろうけど、並べると諄くなる。鷲田清一の「京都の平熱」を読後だから余計か。
読了日:8月25日 著者:酒井順子
ふしぎな部落問題 (ちくま新書)ふしぎな部落問題 (ちくま新書)感想
同和の今、これからを紹介したいと考える筆者のルポ。中でも4章の箕面市北芝での取り組みの紹介が精彩を放つ。1969年の同対法施行以後、生活や環境の改善が進んだと同時に、住民の間に行政への「待ち」と「もらい」の姿勢が生まれたと分析。2002年の同法廃止を見据えての努力を続けてきた人々の話が綴られる。内部の人間が「閉じていたから同質のコミュニティで安定している」状態から「部落解放は周辺とのつながりの中で達成される」という次元にどう移行するのか。この話は昨今の「都会対地方」の構図に似てはいないかとふと思うのだが。
読了日:8月24日 著者:角岡伸彦
あたらしい憲法草案のはなしあたらしい憲法草案のはなし感想
憲法の主語が「国民」から「国」に変わるとどういう解釈が成り立ちうるのか、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に換言されると何が変わるのか。「緊急事態条項」をもうけるということの例外性も。「国民が司法、立法、行政の三権を縛るのが憲法」という立場から「国が国民を縛るための憲法」という立場へ。とまれ、こんな皮肉が、皮肉ときちんと受け止めていられる世の中であって欲しいと思う。
読了日:8月23日 著者:自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗感想
ジュンク書店での中高生向け講演会が下敷きの1冊。リットン報告書(国際連盟への対応)、日独伊三国同盟、日米交渉の3点に焦点を合わせて読み解く。俗に日本はブロック経済圏から弾き出されて満州進出を図ったように喧伝されてきたが、実は経済統計から虚偽であることが示される。リットン報告書も蒋介石側に有利な内容とされているが、実は国際協調で日本の主張も認めていたことを読み解く。三国同盟では政府部内の不一致と目的の不明確さが尾を曳くさまも。石橋湛山の評論ではないが、冷静な目で史料を読み解き判断する姿勢の涵養を痛感する。
読了日:8月22日 著者:加藤陽子
戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡 (中公新書)戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡 (中公新書)感想
基準排水量6万4千トンもの戦艦は必要だから造ったはずが、途中で無用の長物と化していたのを承知の上で運用した訳で、筆者の指摘通り、現実と幻想の間に浮かんでいる。本書の真骨頂は「戦艦武蔵の享受史」ともいうべき部分。技術立国日本の先駆とされたり、主計官にとっては愚昧な査定への戒めだったり、天皇制の見方だったり。歴史の常として、「体験した」と称する話者によって「事実」が異なる以上、個人的には吉村昭が「戦艦武蔵」で採った手法が蓋然性が高いように思う。で、吉村が「なぜ」を自身に問うために書いたという読みは正鵠だろう。
読了日:8月22日 著者:一ノ瀬俊也
大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)感想
途中で引用されている戦争末期の昭和天皇の述懐が印象的。「(米空母の)サラトガが沈んだのは今度で確か4回目だったと思うが」と。組織防衛のために情報軽視が起き、常態化する。追従する新聞社、ラジオがいる。陸軍記者倶楽部、黒潮会(海軍)の存在は記者クラブ制度の1典型でしかない。広報担当が資料を配布し、説明する。今は「ペーパー」であり「レク」と呼んでいるだけである。間違いを探す、矛盾を突くことは、当時の発表資料を詳細に詰めればできたことだし、当時の国民の方が冷静である。原発事故や安保関連法案の報道を見れば自明だが。
読了日:8月20日 著者:辻田真佐憲
高校野球を100倍楽しむ ブラバン甲子園大研究高校野球を100倍楽しむ ブラバン甲子園大研究感想
丹念なルポです。甲子園球場のアルプス席では吹奏楽団の演奏が付き物。風景と言ってもいい。元々は東京六大学の応援に淵源を持つのだろうと想像しつつも、京都二中(現鳥羽)が鼻祖との話や、千葉の市習志野と拓大紅陵との因縁や、PL学園、智弁和歌山などなどの強豪校が刻んできた歴史をひもといてくれる。これば文化だなぁと実感。「美爆音」なる言葉を初めて知った。それと「屋外の演奏で音を太くしてストレートでキレのある音にする」っていう効用、「野球応援を通じて人間付き合いの場になっている」という言葉も感慨深い。さて明日は生音。
読了日:8月15日 著者:梅津有希子
イランの野望 浮上する「シーア派大国」 (集英社新書)イランの野望 浮上する「シーア派大国」 (集英社新書)感想
ペルシア文明を伝える国イラン。日本に伝えられるニュースでは反米デモが盛んで、イスラム革命以降の偏向が印象付けられる。当のイラン自身もそういう姿勢を見せる(見せたい?)ものの、性根は穏健な国であるというのが特派員だった筆者の視線。自然、第5章の「等身大のイラン社会」の章が出色。アラブの2大国サウジとどちらが穏健なのか……。ただ閉塞感から海外への頭脳流出が続き、宗教的な規範に囚われることが今後も続けられるのか。確かにグローバル化に一線を画すのは間違いだとは思えないのだが。兎も角書題の「野望」の2文字が不適切。
読了日:8月15日 著者:鵜塚健
ペリー来航 - 日本・琉球をゆるがした412日間 (中公新書)ペリー来航 - 日本・琉球をゆるがした412日間 (中公新書)感想
連想したのは中世末期に南蛮船の来航、後期倭寇の存在が近世への序章となったこと。相似形で米艦隊の来航が近世から近代への第一歩となったこと。第2に、異文化との遭遇はこういう対応になるのだろうなぁ、と。というのは実家は横浜。米軍進駐前夜に若い女性は兎も角縁故を頼って疎開、でも闇市での横流し物資の取引で町が潤う、民の竈の煙も立つという経験。そして今、こういう目に見える形での遭遇ではなく、無意識的な侵攻を受けているのかも、とも。ま、こういうことをWeb上に書き込んでいることも一翼なんですが。ワンテーマ新書上々。
読了日:8月13日 著者:西川武臣
京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)感想
本圀寺近くで育った筆者の京都考。京都市バス206番東周りの道行きは道具立てだ。自身の経験と知見を元にした都市論である。千年の伝統の都という装いの奥では人が生活している訳で、閉鎖的との指摘は「お上」の交代が激しい経験をした町が、実は人と人との結び付きを重んじてきただけであり、糸口さえあれば異端も受け入れる度量(しなやかさ)が営みを支えてきたと説く。入れ子で柔構造の町も、仕事が変質し、人口が減少すると共に、今は変化しているとの指摘。アブラムシが一番繁殖するのはヒゲが接する距離くらいの環境との引用が示唆に富む。
読了日:8月12日 著者:鷲田清一
分裂から天下統一へ〈シリーズ日本中世史 4〉 (岩波新書)分裂から天下統一へ〈シリーズ日本中世史 4〉 (岩波新書)感想
新書という体裁らしい1冊。応仁の乱から徳川殿の御代まで、東アジアの中の日本という位置づけを見せながら説いていく。日明間の貿易、東シナ海に出没した南蛮船、アイヌとの窓口となった蠣崎氏(松前氏)、朝鮮との間の宗氏、琉球王国の存在と窓口になった島津氏。国内の歴史の歯車を動かす「蝶の羽ばたき」が見えてくる面白さ。秀吉の朝鮮出兵を「16世紀末の大東亜戦争」と見立てた手際の鮮やかさはこの本の中でも出色。壬辰・丁酉の倭乱があれば丁卯・丙子の胡乱もある訳で、松前、対馬、鹿児島と長崎という「四つの口」論にもつながる。明解。
読了日:8月11日 著者:村井章介
坊ちゃんの時代 第5部 凛冽たり近代なお生彩あり明治人 不機嫌亭漱石 アクションコミックス坊ちゃんの時代 第5部 凛冽たり近代なお生彩あり明治人 不機嫌亭漱石 アクションコミックス感想
修善寺大患の漱石。大吐血の後、約30分間意識を失っていたと言われる間に夢を見た。夢の中にはここまで登場してきた多くの人物が出現し、物語を完結にと導く。ただ。夢、という体裁を取ることは多くの構成を無役にする。黒沢明の「夢」が茫洋とした一作になったように、筆者は蓋然性が高いと信じることを融通無碍に繋げられるから。夏目という存在で明治という時代に通底したもの(今も続いているのかも知れないが)を謎解きするカギに仕立てるのは分かるのだが。絵はいいのだけど、本の方がここまで4巻とは違い過ぎる気がする。個人的には。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代 第4部 明治流星雨―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (第4部)『坊っちゃん』の時代 第4部 明治流星雨―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (第4部)感想
本巻の主題は「大逆事件」。芽生えたばかりの社会主義運動を徹底弾圧するための冤罪事件であります。幸徳秋水を始め、当事者が大逆罪という意識がないままに話がでっち上げられていく。筆者は1945年の敗戦に向けて、日本の近代史の中でエポックにとらえているのですが。個人的には日比谷焼き討ち事件だと思っているから、ちょっと見解の相違かな。ただ、読んでみるに社会主義運動が本当に生硬いままで動き出してしまった不幸は、今でも続いていることかもしれないし、リベラルな動きが未だに円滑にならぬのもここの辺に一因があるのかも。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代(第3部) 【啄木日録】 かの蒼空に ―凛烈たり近代なお生彩あり明治人  アクションコミックス『坊っちゃん』の時代(第3部) 【啄木日録】 かの蒼空に ―凛烈たり近代なお生彩あり明治人 アクションコミックス感想
啄木と漱石、滝山町の社屋で出会うことがあったかも。啄木石川一に関しては、特に作品、その生活ぶりに共感をすることはないし、感懐を持つことはできないのだけど。この時代の俸給人の一人として、この作品の中で飛び回ることは意味があるのかもしれない。太宰と並ぶダメダメ系だけど、南部の人をはじめ、支えてしまうんだよなぁ。ある意味で全力を尽くした人生だったのかも、と思えてくる。あと、キンドル版で読んでいますが、活字本よりも読み飛ばしがしやすい。過去に得ている知識で埋め合わせるところは筆者のペースにつきあうことはないから。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人  アクションコミックス『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人 アクションコミックス感想
「早石炭をば積み果てつ」という書き出し。今は高校国語の教科書に「舞姫」は採用されていないだろうな。でも、僕の頃はまだ教材でした。そんな思い出と共に。以下余談。今、こういう形式の本が出るということは、すでに若い世代にはこれらの文字を脳内で図像化することが難しいのだな、と思います。関川の文章だけなら、ここまでイメージを膨らませることができない。僕の世代はまだ明治百年の祝があったり、明治生まれが身近に居たり。どこかあの時代の空気が残っていた。今、それを求めるのは無理です。黒電話すら想像つかなくなっている時代に。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
御家騒動―大名家を揺るがした権力闘争 (中公新書)御家騒動―大名家を揺るがした権力闘争 (中公新書)感想
良著。御家騒動の顛末を追うというよりは、主従関係(換言すれば上下関係)の変化を追究した1冊。双務的・契約的な関係の家礼型、権門の庇護を得るための一方的・隷属的な家人型、戦闘要員が従者化した郎党型等の主従関係が、鎌倉殿の時代は片務的に、室町殿は双務的に傾きながら進化し、江戸時代になって固定化する。御家への帰属意識が生まれる。自律性のある家老型から、主君との一体感を絆にする出頭人型への変化は、御家騒動という極限の場面でも変化を見せる。江戸時代に入って御家の上にある「公儀」という概念の成立が与えた影響は大きい。
読了日:8月8日 著者:福田千鶴
『坊っちゃん』の時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)『坊っちゃん』の時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)感想
知己に勧められてキンドルで入手。山田風太郎の明治物小説のような風体で、時代の空気を絵にしてみたら、という作意がおもしろい。原作の関川夏央の力もさることながら、こういう企画に谷口ジローの絵が合っているのがいい。初版刊行は1987年。約20年目にして巡り会ったけど、味わい深い1冊です。神は細部に宿る、という感じで。
読了日:8月8日 著者:関川夏央
蕩尽する中世 (新潮選書)蕩尽する中世 (新潮選書)感想
受領が専横を極めた時代から、戦国期の分国体制まで「蕩尽」の一語で読み解く試み。後三条帝の記録荘園券契所設置を契機に日本の文書主義(或いはフェチ)が始まるという見立ては面白い。為替決済にも似た制度の登場から、受領の行き着いた果てが六波羅政権であると説く。下って守護地頭の時代、足利殿の時代と銭貨の流入が齎す影響が増えていく。荘園領主に代表される商品経済と商品を扱う業者の貨幣経済の並列が悪党の存在を生んでいく。諸国の事例個々は興味深いが、徐々に「蕩尽」から後段は離れていくようで、散漫になる恨みを残した。
読了日:8月5日 著者:本郷恵子
このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)感想
同僚からの流浪本で読了。サークルには西武池袋線、常磐線の先輩多々いた中で、あの当時の酒宴の雑談を絵画化すればこうなるよねえ、というのが実感。別に何のストーリーもなく、当時の埼玉県、茨城県に対する揶揄をテーマにしただけのこと。小学生の落書きの域。今では自主規制で描けないとすれば、息苦しい監視社会になっているとしかいいようがないし、筆者自身が所沢から横浜に転居したため、表題作は未完のままというのも乙。さて一読して、この本をどこへ流すかが問題である気がしてきた。手元に置いて置くには煩わしい感が満ち満ちているし。
読了日:8月4日 著者:魔夜峰央
北の富士流北の富士流感想
本書の得手を挙げれば、姿を社会相の中に置いて読み解いていること。ルポでも評伝でもない村松の感想文。北の富士の人生での波瀾万丈の出来事は偶然か、必然か判然としない。でも竹沢勝昭という人物はいる訳で、合間を描きたかったか。昔、北の富士氏が相撲協会を去る時、後任の広報部長に長く巡業畑で知られた親方が就いた。人柄を承知の上で「老い花咲かせたな」と呟いたのを覚えている。もし玉の海が健在だったら、とは思うけど、今の姿が必然なのだろう。将に自身が今や花盛り。育ての親・出羽ノ花の武蔵川が描いた力士の理想像である気がする。
読了日:8月2日 著者:村松友視

読書メーター
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2016年08月01日

★2016年7月に読んだ本。

2016年7月の読書メーター
読んだ本の数:12冊
読んだページ数:3077ページ
ナイス数:432ナイス

京“KYO”のお言葉 (文春文庫)京“KYO”のお言葉 (文春文庫)感想
正確に言えば筆者は西陣が出自。でも京での生活を骨の髄まで染み込ませている筆者ならではの文の数々。婉曲表現を遣いつつ、実は直截的。逆裏対偶のような論理の駆使。とても及ぶところではない。でもそんな嫌みな部分を軽妙な文体で読ませてしまう。同趣向の「京都ぎらい」(井上章一)よりもずっと読みやすい気がする。各項の末尾に店の紹介が2軒ずつ載っているけど、これこそ蛇足。ない方がいいのだが、元々「anan west」の連載だったというから仕方ないか。でも常に蹂躙され続け、新入者を受け入れてきた街のしたたかさが言葉に覗く。
読了日:7月31日 著者:入江敦彦
植民地時代の古本屋たち―樺太・朝鮮・台湾・満洲・中華民国 空白の庶民史植民地時代の古本屋たち―樺太・朝鮮・台湾・満洲・中華民国 空白の庶民史感想
台湾、朝鮮、満洲、樺太と戦前の日本の植民地での古本屋業界を展望した1冊。同業者間の通信物であったり、懐旧記であったりを元に当時を振り返る。挿入されている都市市街図で、奉天、真岡、京城、台北などの町の様子が分かる方が個人的には興味深かった。本が知性と比例した時代。教科書が古本の主力商品だった町、あるいは渡海した人の旧蔵本が出る町など。そんな土地でも、内地の古書業者が「せどり」に出向いていること、本屋商売が花形であった時代の懐旧譚。文は地域別に進んでいるのだけど、総集編部分の充実を他日に俟ちたい。
読了日:7月28日 著者:沖田信悦
都市鎌倉の中世史―吾妻鏡の舞台と主役たち (歴史文化ライブラリー)都市鎌倉の中世史―吾妻鏡の舞台と主役たち (歴史文化ライブラリー)感想
中世史の研究とはこういう風にやるという方法論を一般書にしている1冊。文献学出身の筆者が考古学と出会い、考察を進めていく。吾妻鑑の断片的な記述を元に遺跡、出土品との突き合わせ。北条義時の邸宅跡、大倉御所の後等々。また私的な持仏堂であったり、境界に置いた寺、鎮魂の寺など今に寺院の残る理由を解いたり。一番面白かったのは町の背骨は東西に走る六浦道で、若宮大路に対して約87度で交わる街路が発達していたという考察や、巷間に伝わる城塞都市としての機能はなかったとの見立て、京と並ぶ物流拠点だったことなど。東国国家論?
読了日:7月28日 著者:秋山哲雄
兵隊になった沢村栄治: 戦時下職業野球連盟の偽装工作 (ちくま新書)兵隊になった沢村栄治: 戦時下職業野球連盟の偽装工作 (ちくま新書)感想
読んでいて、悔しくなってきた。前川八郎、坪内道典、川上哲治、千葉茂に会っていた。鈴木龍二の書生にも。腰を据えて聞いていれば色々な話が聞けたに違いない。辛うじて思い出話を聞いた近藤貞雄、近藤をモデルにした新東宝の映画「人生選手」のこと。読んでいてありとあらゆる場面が思い出されて、オレならこう書いたと思うこと屡々。本書には出ていないが、1945年春、阪神間の空襲直前までやっていた職業野球の話がある。当時、出場した選手も取材したっけか。リーグ運営者の立場もさることながら、選手の話を盛り込んで見たかったな、と。
読了日:7月21日 著者:山際康之
代議制民主主義 - 「民意」と「政治家」を問い直す (中公新書)代議制民主主義 - 「民意」と「政治家」を問い直す (中公新書)感想
政策を実行する「執政」と民意を反映する「議会」と。人間の集団には代議制民主主義が登場する。ただ、執政を大統領のように直接国民が選ぶか、議員内閣制にするかの違いがあり、また、議会も小選挙区のような民意との比例性が低い選挙制度か、大選挙区や比例代表制のような制度か。この執政と選挙制度の組み合わせによって行政の有り様が変わるというのが本書の指摘。記述している内容は示唆に富むのだけど、頭の中で「代入(具体的なイメージの連想)」が必要な記述が続く。と同時に日本の現状を鑑みると議員の資質低下に憂慮せざるを得ない。
読了日:7月21日 著者:待鳥聡史
パックス・チャイナ 中華帝国の野望 (講談社現代新書)パックス・チャイナ 中華帝国の野望 (講談社現代新書)感想
書名は「Pax Romana(ローマの平和)」に由来する。ローマ帝国時代の5賢帝時代のことだ。以来、ブリタニカであれ、アメリカーナであれ、その背後には権謀術数がある。習近平の動静をどう見立てるのか。AIIBであれ、一路一帯であれ、19世紀に欧米と日本に席捲された経験を持つ中国の指導者が対米で「同等のパートナー」、対露では主従の関係を逆転させたと見立てる。細部にわたる描写が生々しさを感じさせるのだけど、逆に何がネタ元なのか? という胡散臭さも生んでいる。事実か陰謀論の類いなのか。どこかに夕刊紙の風合いが。
読了日:7月15日 著者:近藤大介
イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑感想
説明文1頁、イラスト1頁。見開きで1項目。挿絵が秀逸。画風とすれば遠藤ケイか、今和次郎か。昭和の時代のホワッした気分をよく写していると思う。仕事別に文章は綴られていく。本当に消えちゃった仕事って多い。機械化で消えたもの、省力化で消えたもの……。身近に考えればコンピュータの出現で「○○の名手某さん」とか「△△なら某さん」という人々が消えていったなぁ。おまけにコンプライアンスという名の下に、縁故や人脈が忌避され、公明正大一辺倒になった。大切なことだけど、消えちゃったものもあるような気がする。委細は本書を。
読了日:7月15日 著者:澤宮優
足利義稙-戦国に生きた不屈の大将軍- (中世武士選書33)足利義稙-戦国に生きた不屈の大将軍- (中世武士選書33)感想
波瀾万丈を絵に描いたような主人公。世上に知られぬ人物を取り上げた筆者に拍手。同じ「将軍」職でも徳川殿には直轄地(財力)も兵力もあったが、足利殿には2要素がなく、守護大名連合の事務局長程度の力だったという見立てを基盤に「流れ公方」の人生を辿る。父と共に逃れた美濃から上京して10代将軍義材に。細川京兆家に追われて将軍廃立、越中に逃れ、越前、周防で13年余の雌伏を経て将軍義稙として返り咲き。だがまた追われて阿波に逃れた処で没する58年の生涯。大河ドラマには向かないけど、中世という時代を象徴する人物だ。秀逸。
読了日:7月12日 著者:山田康弘
角川映画 1976-1986(増補版) (角川文庫)角川映画 1976-1986(増補版) (角川文庫)感想
角川書店&角川春樹の歩みを振り返った1冊。角川映画というと犬神家の人々、悪魔の手鞠歌、人間の証明等を連想するけど、抱える作家が少なかった書店が、横溝正史、森村誠らの発掘と、自社専属の女優(薬師丸ひろ子、原田知世ら)の育成等々、元々は本を売るためのメディアミックスが変貌していく。映画興行界の習慣を破る形であれ。日本の出版界、いやマスコミの先端的な動きだったのかもしれない。ただ角川書店も結局、旧来の体制に組み込まれていく過程であった気もする。アニメ、Webへの進出と挑戦は続いているが。鵺のような姿かも。
読了日:7月9日 著者:中川右介
裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心 (新潮選書)裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心 (新潮選書)感想
内容散漫、事実の認識不足。読者をこの問題に誘う切っ掛けに、豆州下田の公衆浴場のスケッチを引いているのだけど、絵柄として別に奇異に見えない。柘榴口があり、流し場がある江戸時代までの風呂の絵。西欧人にとって混浴が珍しいなら、そも入浴自体が珍しい人々相手のこと。青森の酸ヶ湯にでも行けば認識は改まるかも。明治時代初頭に出された政令で意識の変化が生まれたというが、その後長く裸の庶民はいた。羞恥心とは違うレベルが続いた。今和次郎先生の本を玩味熟読せられたいくらい。後段は井上章一の「パンツが見える。」を読んだ方がまし。
読了日:7月7日 著者:中野明
【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)感想
今日に至る中東紛争の起源とも言われる英仏露によるこの協定。実は後のセーブル、ローザンヌの両条約を経て、今の枠組みが完成した。勝手な領土分割を批判するのは易しい。だが、近代化の中で1)オスマン帝国が自壊 2)露の南進策−−が相俟って不安定になったのが原因と説く。この構図の読み解きが本書の眼目。中東からバルカン半島にかけて、クルド人に限らず民族が混住してきた地域。一歩間違うと「民族浄化」の悲劇に繫がる。現実的には米露を始め、中東の大国も含めての解決が必要だが、WWI後の状況にも似る今、良識が問われている。
読了日:7月5日 著者:池内恵
香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)感想
「自治のない自由」な地域である香港。英国の租借地であれ、中国の行政特別区であれ、所謂民主的な手続きで行政が行われるのではなく行政長官(総督)が権力を握る形態である。でも対英国、対大陸であれ、住民が「不自由であること」を自覚した分、「自由」への希求、抑制への危機感が発露する。先の「雨傘運動」が記憶に新しい。この本を読んでいて彼の地の知見が改まったのと同時に、今の日本国憲法下で定められている自由すら、制限する動きに鈍感であるような気がして仕方ない。偖、抑圧するものを民衆に意識させない今の統治を称揚すべきか。
読了日:7月3日 著者:倉田徹,張ケ暋(チョウイクマン)

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2016年07月01日

★2016年6月に読んだ本。

2016年6月の読書メーター
読んだ本の数:16冊
読んだページ数:4040ページ
ナイス数:564ナイス

昭和の戦争 日記で読む戦前日本 (講談社現代新書)昭和の戦争 日記で読む戦前日本 (講談社現代新書)感想
今ならTwitterやFBなどのビッグデータを解析なのかもしれないなと思いつつ読了。とまれ昔の人は筆まめでした。ただ日記は読まれることを想定して書いている部分があり、本書のように時系列で対比することで史料的な価値が生まれる。中で印象的だった人物2人。広田弘毅の下で外務省東亜局長だった石射猪太郎、明治生命企画課の山中宏。犀利な目線が光る。と同時に宮沢喜一に繋がる小川平吉と床次竹二郎の2人の政治屋が残した影響の大なるを思う。民主主義と全体主義は紙一重、戦争は体制変革と体制破壊を齎すという結びの言葉が今に響く。
読了日:6月29日 著者:井上寿一
増補 大江戸死体考: 人斬り浅右衛門の時代 (平凡社ライブラリー)増補 大江戸死体考: 人斬り浅右衛門の時代 (平凡社ライブラリー)感想
処刑&刀剣の試し切り&生薬の製造を家業とした山田浅右衛門の話を縦軸に、横軸はそれを必要とした社会の話を以て組み上げた1冊。土壇場という言葉も実は生きた人間を据物切りした名残との見立て。人の胆嚢を乾した家伝薬(万能薬だったそう)も1家独占だったでしょう。江戸末期には武士が切腹の始末も難しくなっていたこと(山田家にアルバイトを頼む)や、技藝を持つ切り手の育成、刑死者の遺骸確保(蘭学者の解剖希望に死体の管理は山田家の独占事項という旧例の遵守)等々「御様(おためし)御用」の家を続けるのは中々に大変だったようで。
読了日:6月28日 著者:氏家幹人
へうげもの(22) (モーニング KC)へうげもの(22) (モーニング KC)感想
大阪冬の陣。真田丸登場。内堀埋立。俵屋宗達、岩佐又兵衛、桂離宮……。大団円ももうすぐ、ですな。久しぶりにすっきりした読後感。
読了日:6月26日 著者:山田芳裕
中国近代の思想文化史 (岩波新書)中国近代の思想文化史 (岩波新書)感想
新書とは言いがたい難解書。とにかく登場してくる人名が多い。人物の略歴が分からない。分からない出自の同一人物があちこちで活躍する。相関が分からない(清朝崩壊から国共内戦の終了までは戦国時代同様、知識人の移動が激し過ぎる)−−。ということであります。ただ本書の特色として、性差の話や女性の地位向上など従来の書にない視点や、戦火の下、疎開しながら存続したほどの高等教育機関(北京大、清華大ほか)や出版社(商務印書館ほか)の果たした役割の解説など新鮮な視点がある。組版や註記でもっとわかりやすくできたのではないかな。
読了日:6月25日 著者:坂元ひろ子
おすもうさんおすもうさん感想
角界には「よかた」という言葉がある。狭義は力士、親方、OB、広義は相撲記者やその出入り業者までを含めた境界認識である。身内が嘲笑すれば激怒するけど、外界人が揶揄しても決して体力的に優位にある彼らは手を挙げることはない。で、筆者はどこまで行っても「よかた」である。文献を紐解き、新聞紙面を博索し、引用しても、実像には近づけない。「のんびり」「あいまい」という言葉に集約してしまうけど、実は彼らはすごく繊細で目端が利く。分かりやすく言えば、関取と付け人の関係を観れば分かってもらえるかな。ありがちな相撲ルポ本。
読了日:6月23日 著者:高橋秀実(たかはし・ひでみね)
キリスト教と戦争 (中公新書)キリスト教と戦争 (中公新書)感想
最初に取り上げられる素材がチャプレン(従軍司祭、従軍牧師)の話。戦闘に参加しつつ平和を祈る存在。というきっかけから、自分の脳裏では日本の中世の陣僧、聖の存在との比較を考えながら読み進めていた。確かに戦いを否定すれば宗教は生き残っていなかったろう。ただ一方で暴力を肯定する訳でもなし、死者の成仏というか、死の除穢というか、戦場を駆け巡った僧がいたのが不思議に思えてならなくなった。聖書の読み解きからアメリカ教を生んだ世界最大の軍事大国などとは何かが違う。島国で発達してきた日本の宗教観が逆に謎めいて思える。
読了日:6月19日 著者:石川明人
絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))感想
元々は中公が出版した「日本絵巻大成」(全26巻別1)の月報に綴った文章を再構成したものであるという。絵巻に登場する生活の風俗を細々と拾い、注釈を入れていく。ふと文章の裏側にある「採集カード」の存在を想定したくなるような1冊。古式ゆかしい。首を打つのは死者を怨霊にしないためで、戦場では顔の皮を剥いで人の識別をさせないようにする(そりゃ逃げる側を首を何個も抱えては大変)とか、衣食住すべてに及ぶ内容。ただ絵巻物資料が写真で見られるようになった時代の本。今は電子情報化され、検索が速い。今の学徒の新版を待ちたい。
読了日:6月19日 著者:宮本常一
戦いの日本史  武士の時代を読み直す (角川選書)戦いの日本史 武士の時代を読み直す (角川選書)感想
治承・寿永の内乱から小牧長久手の戦いまで、8件の合戦の意味をどう歴史の中に位置づけるかという試みの掌編集。曰く攻守の確認、目的の確認、目的達成の成否を元に、勝敗を判定していく理論。見立ての妙が生きる。中でも鎌倉殿の中での「霜月騒動」(安達泰盛と平頼綱)は「統治派対権益派」の内紛と、「応仁の乱」は「形式より実力重視」と、三好長慶と織田信長での「日本S(五畿)」「日本A(糸魚川静岡構造線以西、中国四国まで)、日本B(それ以外)」と区分けて考える法など。領国の石高、銭の蓄積から兵の動員可能数を勘案も一興。
読了日:6月18日 著者:本郷和人
妄想かもしれない日本の歴史      (角川選書)妄想かもしれない日本の歴史     (角川選書)感想
初出が新聞、或いはWebマガジンという媒体の故か、どうも中身が軽い。随筆、漫筆という風情の1冊。筆者が書かんとしていることは、後書きに挙げた沢村栄治の逸話に尽きている。曰く、復員後、投手として能力の落ちた彼を解雇し、彼自身は南海へのトライアルをしようとしていた、という話だ。今は「巨人の伝説の名投手が戦線に散った」みたいな美談になっているが、実は巨人は真っ先に沢村を見限っていたという話。歴史はある部分が隠され、ある部分は語られる。書き方が左右に揺らぐ中、勘所を見極めるのが歴史を味わう醍醐味、と。確かに然り。
読了日:6月18日 著者:井上章一
天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)感想
長く続いてきた東大対京大の史観論争の中で、黒田俊雄が提唱した権門体制論に対して佐藤進一譲りの本郷は武力の重みを説く東国国家論を説く。何を以て王権と考えるかという問いかけだ。この本では書札礼から宮廷の位階など読み解きの基本から宮廷、武門の機構に目を配る。基本的なことを押さえているので好著なのだけど、筆者が思っているほど読者は専門家ではない。例えば「畏友新田一郎」という記述。知っている人間なら東大大学院法学政治学研究科教授で中世法制史の泰斗と知れるが、筆の運びが性急。ススッと読み進められた人は何人いたか。
読了日:6月13日 著者:本郷和人
記憶の歴史学 史料に見る戦国 (講談社選書メチエ)記憶の歴史学 史料に見る戦国 (講談社選書メチエ)感想
あとがきに拠れば本郷和人に煽られて書いた1冊だという。学者のジレンマのような気分が書かせたのか。取り上げているのは本能寺の変、細川忠興夫人の死、佐竹殿統治下の修史作業等々。史料、記録として残っているものを分別し、系統だて、対比して、事実に近いと今の時点で探る作業の妙味を語る。ただ、膨大な歴史史料の前に如何な碩学といえど1人の人間。詳細に調査を極めたことが日本史として敷衍できるかどうか、研究手法が歴史を研究することにつながることかどうか、筆者の懊悩が覗く。典籍を元に記述すればいい時代は終わったのだから。
読了日:6月11日 著者:金子拓
戦国の食術: 勝つための食の極意 (学研新書)戦国の食術: 勝つための食の極意 (学研新書)感想
講談本。名将言行録などをネタ本に食事の点景を綴った1冊。元ネタが元だけに、1件のエピソード当たりの行数が短く、ぶち切れ、細切れの感が否めないのは残念。読んでいて連想したのは1974年にベストセラーとなった樋口清之の「梅干と日本刀」。カリウムだ、ナトリウムだ、アミノ酸だと、お説が並ぶのだけど、裏付けとなるようなデータに乏しい。読んでいる時は一種の快感もあるのだけど、読み終わってみると何が残ったのだろうと思い返そうと思っても思い出せない、っていうか。味噌大好きのそういう方向性の筆者であったのを見逃していた。
読了日:6月8日 著者:永山久夫
日本会議の研究 (扶桑社新書)日本会議の研究 (扶桑社新書)感想
書いてあること=椛島有三の「日本会議」、伊藤哲夫「日本政策研究センター」はともに生長の家原理主義者の安東巌に帰一するというのが本書の読み。70年安保の学園紛争での民族派系学生の動きや「元号法制定」を通して運動は地下水脈のように続いていた。左派学生の多くが転向したのとは対照的に。権勢の淵源は「動員力」だ。君が代に一体感を持ち、宗教的な差異は感じさせない運営能力、事務能力。組織力は票である。議員、特に小選挙区制の下の議員には確実な票になるという点で魅力だ。民主的を装う手段で民主主義が歪んでいく不思議。
読了日:6月8日 著者:菅野完
室町幕府と地方の社会〈シリーズ日本中世史 3〉 (岩波新書)室町幕府と地方の社会〈シリーズ日本中世史 3〉 (岩波新書)感想
今の生活にまで繋がる部分が多いもののイメージが湧きにくいのが室町時代。室町殿は15代とはいえ、歴代将軍の中で名が5人挙がれば上々なのではないか。そんな時代の空気を概説する好著。天皇を中心とする権力構造の中、武門も利用し利用されつつ王権を確立していく。何より興味深い指摘はこの時代に「村」が確定したのではないかという分析。灌漑や水防工事の技術が確立し、今に続く日本の集落、風景が確定してきたとみる。筆者自身があとがきで触れているように今に続いてきた景色(居住地、生業、信仰……)が急激に変化、崩壊している現実。
読了日:6月6日 著者:榎原雅治
夜明けあと (新潮文庫)夜明けあと (新潮文庫)感想
キンドルで購入。店頭でもしパラパラとやった後だったら、買ったかなぁ。安政5年から明治45年まで、新聞記事などの拾い書き。1項目3行ほど。時に寸評が入る。文章の調子は木村荘八とか、宮武外骨のようなにおいがする。時代の空気を示すものではあるだろうけど。
読了日:6月3日 著者:星新一
名前と権力の中世史: 室町将軍の朝廷戦略 (歴史文化ライブラリー)名前と権力の中世史: 室町将軍の朝廷戦略 (歴史文化ライブラリー)感想
偏諱というと堅苦しいけど、子供の名に父や祖先の名の一字を遣ったりするのは今でも身近な習慣。社会的な関係構築に援用された風習から権能の在処を探る。一字を賜る、貴顕の名に憚って改名する等々。猶子の話も取り上げているがテーマを名前に絞った方がよかったかも。主要な部分は足利殿の話だが、名を授ける側、受ける側に当然利益があるからの習慣。都合がいい時には利用し、悪くなれば知らんふりをする貴族のしたたかさが印象的。名前、諱への言霊信仰というか、礼儀というか。今は本名を呼ぶのが当たり前で感覚として分かりにくい話だけど。
読了日:6月2日 著者:水野智之

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2016年06月01日

☆2016年5月に読んだ本。

2016年5月の読書メーター
読んだ本の数:19冊
読んだページ数:4811ページ
ナイス数:653ナイス

雨と生きる住まい-環境を調節する日本の知恵 (INAXライブミュージアムブック)雨と生きる住まい-環境を調節する日本の知恵 (INAXライブミュージアムブック)感想
温帯の中でも降水量が多い日本。そこで暮らすためには知恵がいる。雨をどうしのぐか、だ。茅葺き、檜皮葺、瓦葺き。切妻、寄棟、入母屋。水を早く流し切ってしまう、通気をよくして湿気を室内に籠もらせないようにする工夫の成果が日本の伝統建築であることが分かる。写真をふんだんに使い、小さな図録のような仕立ての1冊。レイアウトも丁寧で、写真もいい。いい本ではあるけど、1500円という価格をどうみるかなぁ。展覧会の図録と思えば決して高い訳ではないけど。
読了日:5月31日 著者:INAXライブミュージアム企画委員会
食魔 谷崎潤一郎 (新潮新書)食魔 谷崎潤一郎 (新潮新書)感想
作品から食事の場面を抜き出して考察したり、日記や関係資料から谷崎の食生活をトレースしたり。ただ、色と食慾ともに、個人的には谷崎に親和性を持てない故なのか、読んでいてリズムがつかめず、ぶつりぶつりと小分けしたような文章に乗り切れなかった。末尾の陰影礼讃に出てくる柿の葉鮨のレシピ、高校時代に同書を読んで、一時かぶれたことがあったことを思い出した。杉の葉を敷き詰めたアサガオの小便器の話とともに。
読了日:5月29日 著者:坂本葵
北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)感想
烏帽子親、諱、氏族ごとの通字、長子と庶子、本家と庶家、官位など武家社会の常識を押さえつつ、鎌倉殿に於ける北条氏の存在を探る1冊。謎解きが面白い。登場するのは承久の乱の際の義時と元寇の際の時宗。義時は時政にとっては跡継ぎではなく、結果的に後継者になっていたという見立てや、「頼朝が八幡、義時が武内宿彌」の生まれ変わりという説話集の逸話に時代の空気を掬ったり、時宗がモンゴルの襲来もあって独裁的な体制を築くために身内を討ち、皇位継承にまで介入する。吾妻鑑や増鏡などの史料で見事な口語訳ぶりが秀逸。筆者の才気をみる。
読了日:5月28日 著者:細川重男
戦国大名の正体 - 家中粛清と権威志向 (中公新書)戦国大名の正体 - 家中粛清と権威志向 (中公新書)感想
教科書から専門書への階梯を開く意図の1冊。端書きに挙げている「戦国大名」の中の世代差、「天下」の概念、「下剋上」の意味などを事例別に説く。数ページが吉川弘文館などで1冊の本となっている内容なのだから、読者は駆け足を覚悟せねばなるまい。僕は逆の順番で読んでしまったけど、この本を手がかりに次の関心の項目に進めば理解が深まると思うし、入門書としては悪くない。特に外国人宣教師の書簡を手がかりにしているのは新しい試みか。元々は郷村単位の集団が国単位にと進化する中での権力闘争であり、権威付けであり、近世の母胎であり。
読了日:5月26日 著者:鍛代敏雄
コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)感想
流石「ブルーバックス!!」。1杯の珈琲から自然科学の花が咲く。まず植物学的手法でコーヒーノキについて語り、エチオピアの奥地で生まれた豆が全世界に伝播し、広まった歴史を述べる。「おいしさと香り」の相関やら、ガスクロマトグラフィーで味、香りを分析し、DNA解析で系統を探り、さらには鉱石の浮遊選鉱の話で淹れ方を探る。この1杯にどう取り組んでみるかという遊び心と真剣さがどこまでいっても面白い。抽出した香り成分、苦み成分で人造コーヒーを試みたりも。これまでの経験則への科学者としての相対的な評価案とみたてた。
読了日:5月25日 著者:旦部幸博
トウガラシの世界史 - 辛くて熱い「食卓革命」 (中公新書)トウガラシの世界史 - 辛くて熱い「食卓革命」 (中公新書)感想
コロンブスが南米大陸から持ち帰ったことで、主食になる素材でもないのに爆発的に世界中に伝播していった唐辛子。そのスピードたるやすごいものです。胡椒を席捲し、遥か東海の小島まで至るのですから。個人的には第1章が難物でした。農学的な観点から起源を探る部分ですが、ここを乗り越えるとあとは一気呵成。元々は何年も収穫できる木本性の植物であったというのはちょっと驚きでした。今も微妙に欧州の北側では普及せず、多様な品種が続いている。入門書であり専門書の風を押さえた素敵な1冊。今の方が味覚が保守化しているのかもしれない。
読了日:5月23日 著者:山本紀夫
中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉 (岩波新書)中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉 (岩波新書)感想
日本に古代はあったのかという議論は扨置、中世と呼ばれる時代の始まりを白河からの3代の院政の間に見て、社会の変化を探った1冊。「家」「身体」「職能」の3つの視点からの読み解きが興味深い。この時期に上は五摂家から始まって家という概念が成立したと見る。加えて武門が西に東にと移動し、攪拌された時代であったのが分かる。身体という視点は宗教でみると分かりやすいか。教学を旨とした平安仏教から禅、念仏聖と行を主体にした鎌倉仏教へ。家が成立することで家職、家藝が成立する訳で。和歌、随筆など文学も史料に時代の空気を探る試み。
読了日:5月20日 著者:五味文彦
鎌倉幕府と朝廷〈シリーズ日本中世史 2〉 (岩波新書)鎌倉幕府と朝廷〈シリーズ日本中世史 2〉 (岩波新書)感想
高校教科書ではほとんど登場しない摂家将軍、親王将軍の存在が鎌倉殿の政権維持と帰趨に影響していた。天皇家内での遺産相続、皇位継承の問題と北条家内の執権、得宗の権力確立との関わりを書札礼や古文書から読み解く。筆者の面目躍如。持明院統と大覚寺統に分かれ、南北朝の因をなした萌芽まで。ただ惜しむべし。筆者は通史の叙述は緑色で、史料の解釈・考察は銅色で書いてみたいと「はてしない物語」の顰みに倣いたい旨をあとがきで述べているけど、この意図が全体を読みにくくしている気がする。権門体制論への一つの反証の標榜を狙っているが。
読了日:5月17日 著者:近藤成一
こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)感想
学界で定説になるのには30年間は必要というのが文科省教科書検定官の見解だそうだ。歴史学も社会科学の一分野、研究が深化すれば記述が変わるのもまた宜なる哉。技術の進歩もある。鎌倉殿の権力確立を何時にみるか、肖像画の主の変遷くらいは論争として分かるけど、近代史の部分はどう記述するのか、しうるのか。文科省と執筆者の間でどういうやりとりがあるのか、気になるところ。「〜の役」が{〜戦争」になるのは規模や影響を勘案してのことで済むが、歴史的な意義付けも改変が可能であり、恣意的にプラスにもマイナスにも振れうる気がした。
読了日:5月12日 著者:山本博文
段取りの“段”はどこの“段”? 住まいの語源楽 (新潮新書)段取りの“段”はどこの“段”? 住まいの語源楽 (新潮新書)感想
住まいの用語から派生した言葉を拾い集め、簡単な解説をつけた1冊。トリビア集みたいなものが読みたいのならいいかも。ちょと面白そうに思えたのだけど、中身が薄いかなぁ。広辞苑と逆引き広辞苑片手に書いたような。週刊新潮誌上で広告と抱き合わせの短文ゆえなのか。ふと連想したのが同じ新潮社の1冊、新潮選書「住まいと暮らしの質問箱」(室内編集部)。山本夏彦の「室内」に連載されたコラムをまとめたものですけど、どうせなら質、量とも後者の本の方をおすすめしたいなぁ。
読了日:5月11日 著者:荒田雅之+大和ハウス工業総合技術研究所
キメラ―満洲国の肖像 (中公新書)キメラ―満洲国の肖像 (中公新書)感想
増補版の方を再読。巻末に書き足された約70ページの補章の部分を先に読むとよい。Q&A形式で24問、初学の階梯となるような質疑応答が続く。本文を読み返すに付け、「満州国」とは、関東軍(石原莞爾とも言える)の、溥儀の、思惑の上に築かれた「王道楽土」という看板の掛かった砂上の楼閣であったということが緻密に語られる。溥儀は最初は皇帝ではなく執政であったこと、国内官界から出向した岸信介らの官僚がその体制を創り上げたこと、「弐キ参スケ」が跳梁跋扈したこと等々。「満洲は日本の生命線」という偏執が招いた禍殃というか。
読了日:5月9日 著者:山室信一
カストロとフランコ: 冷戦期外交の舞台裏 (ちくま新書)カストロとフランコ: 冷戦期外交の舞台裏 (ちくま新書)感想
公式的な発言と実際の行動は違って当たり前、「したたか」という言葉で括られるのかもしれないスペインのフランコとキューバのカストロ。「米国眼鏡」を通してみると「独裁者」であるけど。父祖の地を同じくし、カソリックという共通した宗教を持つ、しかもイエズス会系の教育を受け、母語がスペイン語。東西対立が厳しかった時代にも自国の利益を追求し、成果を挙げる、大使は召還しても国交断絶はしない等々−−米国中心の安保体制と言い続けて疑わない日本に比べ、成熟した大人の振るまいに見えて仕方ない。東アジアに据え替えてみても……。
読了日:5月8日 著者:細田晴子
戦国夜話 (新潮新書)戦国夜話 (新潮新書)感想
週刊新潮連載の記事、回を重ねる毎に熟れ、和人節ともいうようなリズムが心地よい。古老の聞書のようでもあり。縦横無尽に人名が連射されても怯まず読み進めること。京大系の権門体制論に異議を立てる東大系の中世史学者の雄(孤塁?)なのかもしれないけど。後書きがこの弾幕の内輪話。文科省が人文系の学問は不要と言い出し、哲・文学と歴史は大変だと言われる中、日本中世史の研究志望者の現状は本当にひどいと嘆く。老年に差し掛かったと悟った1960年生まれの筆者は歴史の面白さを社会に紹介し、後学の役に立ちたいと呟く。その意気や佳し。
読了日:5月7日 著者:本郷和人
殺生と往生のあいだ: 中世仏教と民衆生活 (歴史文化ライブラリー)殺生と往生のあいだ: 中世仏教と民衆生活 (歴史文化ライブラリー)感想
最初にあとがきを読むと筆者の意図が把握しやすい。というのは狩猟の話から始まって仏教での殺生戒、往生要集からの地獄観という風に話が進み、ようよう殺生の話に入っていく葛籠折れ。宇治川の網代木(川魚漁)を主に破却され、再建され、禁止しながら一方で贄は要求するということを繰り返す。最大の殺生者ともいえる武士にとっての戦いに関しての記述で終わる。通底しているのは天台浄土教がいろいろな面で顔を出し、価値判断の基準になっている根深さ。筆者言う処の「少数と隙間の方」を追求した研究の振り返り。忍性はあるが、一遍への言及は?
読了日:5月6日 著者:苅米一志
下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)感想
PCとWebが出現した社会となって以降、何が知性なのか。包み込むような文体で諭していく1冊。脊髄反射のような速度、辞書を食べながら暗記するような知識は不要で、むしろ自分が何に拠って自立するのかを確かめることこそ大事であると説く。鍵になるのは自身の文化なのかを直視すること。今の任地に赴任して、或いは来し方行く末を考える時、必ず浮かぶ何か纏め切れない「曖昧模糊としたもの」を端正に因数分解されたような気分になる本。筆者は言う。「寛容と包摂」と−−。だが同時にガロアの言葉が浮かんでいる。「僕にはもう時間がない」
読了日:5月5日 著者:平田オリザ
習近平の権力闘争習近平の権力闘争感想
習は1953年生まれ、花のニッパチである。文化大革命の余波をもろに被った世代。でも彼には父で元国務院副総理・習仲勲の存在があり、つながる人脈「紅二代」がある。習が2012年に党・軍の中央書記を経て2013年には国家主席に成り上がった。この間の権力闘争について短信を繫ぎ合わせて「陰謀の」物語に仕立てたのがこの1冊。面白いのだけど、逆にどうも説得力に欠ける気がする。中国の為政者として目線は国内8、海外2と言われるが、ほぼ権力の掌握を終え、今後はどうするのか。そう毛、ケの再来と言える程の道を目指すのは隘路だが。
読了日:5月5日 著者:中澤克二
殴り合う貴族たち (角川ソフィア文庫)殴り合う貴族たち (角川ソフィア文庫)感想
能「葵上」では六条御息所の生霊が後妻打ちをする。彼女が何で悔しがったか、車争いとはどんなものなのかを想定させるような出来事が実は頻発していたとする。記述は藤原実資の日記「小右記」を中心に、貴族や宮中の実力行使の実態を点綴していく。巻末の「王朝暴力事件史年表」を本文と一緒に見ながら読み進めると頭が整理できると思う。慈圓は保元・平治の乱を以て武者の世になったと言ったが、公権力が不十分で、私的制裁せざるをえなかった平安中期。既に素地は整っていたような気がする。清少納言も紫式部も書かなかった実際の世相がある。
読了日:5月4日 著者:繁田信一
豊国祭礼図を読む (角川選書)豊国祭礼図を読む (角川選書)感想
秀吉の死から豊国社の成立、大阪&江戸の二極化の中の7回忌の大祭(1604年)の盛儀から生まれた屏風3雙。筆者はイエズス会の記録に従来からの日記類などの史料で背景を読み込み、推定した成立順に、豊国神社本→妙法院模本→徳川美術館本と制作依頼者を淀殿、北政所、蜂須賀家政とし、時期、意図を読み解いていく。先行研究を丹念に紹介し、自説を展開していく。就中、徳川本にある歌舞伎者の喧嘩を秀頼と秀忠と見立てて読み解いたのは妙味。今、山口晃や山田芳裕が「分かる奴には分かる」と隠喩をちりばめた仕掛けを自作に描くのにも似て。
読了日:5月4日 著者:黒田日出男
足利尊氏と関東 (人をあるく)足利尊氏と関東 (人をあるく)感想
尊氏とはと問われて足利幕府の初代将軍と答えるのは教科書レベル。でもこの時代に日本史が変わったと実感するような人物であるのが分かる。たぶん鎌倉で生まれて京都への往復は茶飯事、時に中国地方まで下り、また鎌倉に戻って……と実に動き回る。家族の営みより家や一族を重視、その間に鎌倉幕府を倒し、後醍醐天皇を追い出し、実子・弟との諍いもあり……。太平記のように主語が変わるのではなく、尊氏を主語にした視座での叙述が続くので分かりやすい。後段は関東に根を下ろした源家足利氏の振り返りとその遺跡の考古学的ルポ。立体的な本です。
読了日:5月2日 著者:清水克行

読書メーター
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2016年05月01日

☆2016年4月に読んだ本

2016年4月の読書メーター
読んだ本の数:20冊
読んだページ数:6104ページ
ナイス数:601ナイス

中国革命を駆け抜けたアウトローたち―土匪と流氓の世界 (中公新書)中国革命を駆け抜けたアウトローたち―土匪と流氓の世界 (中公新書)感想
今風に言えば、ISがつい隣の国を支配していたという話。義民風の緑林であれ、地縁を力で繋いだ土匪であれ、職域や生国を基盤にした紅幇、青幇などの幇会であれ……。呼称、遣り口は違えど、本質的には力次第で動いていたということ。日本で言えば法治が及ばなかった戦国時代を想定するしかないか。省境の山や低湿地で跳梁跋扈する訳で。中国共産党の聖地井崗山も蒋介石が立て籠もった重慶もそんな土地、民衆の記憶の上に成り立つという見立て。「三大紀律八項注意」「没有共産党就没有新中国」なんていう革命歌が今も歌われているのも示唆的かも。
読了日:4月29日 著者:福本勝清
江戸諸國四十七景 名所絵を旅する (講談社選書メチエ)江戸諸國四十七景 名所絵を旅する (講談社選書メチエ)感想
「名所」「名物」を名乗るためには「構成要件」が必要である、という概念が整理されたのが江戸時代である、ということ。それが製版の技術進化に伴い、図画化され、視覚情報となって定着した、ということ。古くは古今集、源氏物語、能などを通じて土地の伝承として定着していたものを再構成したものであり、換言すれば「歌枕」。と同時に近代的な百科事典的興味も生まれ、名所である上、特産、名産にも関心が広がったと説く。要件を下敷きにした読本、歌舞伎、浄瑠璃など江戸時代の文化も開花したとする。というか淡々とした内容で漫筆に近い。
読了日:4月28日 著者:鈴木健一
入門 国境学 - 領土、主権、イデオロギー (中公新書)入門 国境学 - 領土、主権、イデオロギー (中公新書)感想
国境の概念の淵源をヴェストファーレン条約の成立に見ているがどうだろうか。時に1648年=慶安元年。3代将軍家光の時代。別の概念もあった気がする。物理的な境界というより、社会的・精神的境界の方が実質的な効力としては大きいのではないだろうか。亜欧も接している訳で西欧的な概念に汎用性を求めるのは如何? 6章の多国間関係を考える上で国境を接しているか否か、海か陸か、という模式化は興味深いものの、全体に話の内容が広汎、抽象的な気がする。「入門」と銘打つ以上仕方がないのかもしれないが。扨々、国境はフェンスか壁か砦か。
読了日:4月27日 著者:岩下明裕
中南海――知られざる中国の中枢 (岩波新書)中南海――知られざる中国の中枢 (岩波新書)感想
浅田次郎の小説の舞台が13億余の人口を誇る中国の中枢たり得ているということがイメージしにくい。国内に当て嵌めて強いて想像すれば赤坂御用地か。中の様子は分からないけど、生活している人がいる、プロトコルの舞台装置たりえる等々。本書の前段はベールに包まれたこの中南海のルポである。筆者2度の体験と膨大な文献情報から築き上げた世界。1800年落成のホワイトハウス同様、古蹟に居住することは正統性の証なのかも。後段は中国共産党のシステムの読み解き。結党以来の支配制度「幹部等級別待遇制」と「檔案」は健在なのだな、と。
読了日:4月27日 著者:稲垣清
石油・武器・麻薬 中東紛争の正体 (講談社現代新書)石油・武器・麻薬 中東紛争の正体 (講談社現代新書)感想
プロテスタンディズムの上に資本主義が成立したとは古人の説くところ。ムスリムの説くところの上に安定した社会が成立しても不思議はない。多様な価値観が認められる社会といいつつ、エネルギー資源を巡る利権争い、社会の不安定化に乗ずるような軍産複合体の闊歩。テロルが終わらないのではなく、見識の欠如がテロルを生み出していることを示す。瞬時に巨万の富が飛び回る今に至っては、従前の文化の墨守だけでは対処しきれない部分もある気がするが。何より情報が平均かつ平準に享受できることの大切さも。メルカトル図法ではない世界観が必要。
読了日:4月26日 著者:宮田律
国宝神護寺三像とは何か (角川選書)国宝神護寺三像とは何か (角川選書)感想
作品を美術品として見る立場=印象批評は指標作品との比較に留まるに対して歴史学の傍証の一分野として観る立場の筆者。3図の読み解きをする。鍵になるのが「足利直義願文」。像が三幅対でなければならなかった理由、絵絹の異例の幅から見えるもの、夢窓疎石と直義の対話による「夢中問答」の読み解き。黒田節が全開する。歴史科学は新資料が出れば変わるにせよ、今の時点での最高の読み解きを示すものがこういう形で出るのが興味深い。歴史の頼朝像(筆者のいうョ義像)は江戸時代に徳川家の外護の都合で寺が変身させたという読みまで興味津々。
読了日:4月25日 著者:黒田日出男
明治政府と英国東洋銀行(オリエンタル・バンク) (中公新書)明治政府と英国東洋銀行(オリエンタル・バンク) (中公新書)感想
印度のムンバイで生まれ、日本に4番目に乗り込んできた銀行が日本の明治政府の財政面での牽引役を引き受けてくれた歴史。曰く旧幕からの横須賀造船所接収に当たっての抵当解除資金、曰く新橋〜横浜の鉄道資金、大阪での造幣寮設立、秩禄公債の処理用資金。そして貿易決済に使った洋銀券の流通、三井組の救済も。この銀行がなかったら、日本はどうなっていたことやら。ただこの銀行自体も1880年代にはセイロンやセーシェルへの投資失敗などが響き退場していくのだが。極東の小国の明治初頭の一つの裏面史である。横浜の雑踏が聞こえるようだ。
読了日:4月22日 著者:立脇和夫
日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)感想
モンゴルの独立運動を描いた1冊。民族自決の機運の中で、日本が先導役になることを期待しながら、日本の陸士を出たエリートは興安軍官学校やモンゴル少年学校の設立を通して独立を窺う。満州国成立時も王道楽土という耳良い標語で誤魔化された。日本が抱いた野心(というか利用した)、蒙古聯合自治政府〜蒙彊聯合自治政府と民族自決の本意とは遠ざかる結果に、狭間の民族の悲哀がある。内蒙古、外蒙古一体となった民族国家を作る目標がWWIIのヤルタ協定で崩れ、日本に協力した者として共産党中国では追われる身に。軍官学校の存在の大きさよ。
読了日:4月21日 著者:楊海英
第一次世界大戦史 - 諷刺画とともに見る指導者たち (中公新書)第一次世界大戦史 - 諷刺画とともに見る指導者たち (中公新書)感想
筆者の「戦争の帰趨には偶然の要素も入り込む余地があるが、戦争を起こすのも遂行するのも終わらせるのも最終的には人である」という視点に基づいての記述が連なる。あの人がここに、みたいな驚きが処々にあったり、寸土も敵国に占領させず降伏した独の話等々、日本的には遠い戦争が実は結構身近な問題と関連があるのを教えてくれる1冊となっている。高校日本史の教科書では青島占領くらいしか出てこないが、WWIがWWIIへの芽を胚胎していることがよく分かる。日本人にかけてきた知見に関する良書。写真ではなく風刺画を入れたのも効果的。
読了日:4月21日 著者:飯倉章
寺院消滅寺院消滅感想
人が減れば寺も減る。当然だ。全国で約3〜4割の寺が無住になり、消えていくとの見立てだ。需要と供給のバランスが崩れるから淘汰されるのは仕方ないかもしれない。寺が消えることで、地域社会で寺や神社が担ってきた人と人を「紐帯」のような役割を果たす場も消える。家族関係も薄れる。住侶にも檀家にも1960年代以降の社会変化は想定してきたものではないにせよ。ただ人間は死だけは絶対であり、人質ならぬ「骨質」を持つ寺院がどう再生の道を探るか、家ではなく個人と寺の結びつきを生み出していくのか。むしろその点が興味深い気がした。
読了日:4月18日 著者:鵜飼秀徳
気まぐれコンセプト 完全版気まぐれコンセプト 完全版感想
1981年からの35年分、より抜きの1冊です。前のクロニクルも厚かったけど、これも厚い。この35年間は、日本という国が「Japan as No.1」と持ち上げられて浮かれ、「失われた20年」を味わって、震災もあって今に至る時間に当たります。この年月、ある意味で空気を上手く切り取っている気がします。漫画というより、おじさん向けの年鑑という感じ。このページにはないけど、本に付いている帯が秀逸。曰く「第1位」(売れないとホイチョイが困る本ランキング)、「おかげさまで満足度No.1」(著者の印税に対する)……。
読了日:4月16日 著者:ホイチョイ・プロダクションズ
当確師当確師感想
選挙の「裏面」を描いた小説ということになるのだろうけど、現場を少し知っている身にはちょっと違うかな、という気が。小説に仕立てるために劇的に盗聴だ、裏切りだ、二重スパイだと情報戦風の味を効かせているのだけど、実際はそんなものではない。特に後段というか、メインの市長選の話は道具立てがあまりに荒唐無稽。ちょっと鼻白む感じ。世論調査の結果や選管の書類風のものをはさみ込むことでリアリティを持たせているつもりだろうが、井上ひさしの「十二人の手紙」にある道具立てほどの効果はない。面白いテーマを飾り、作り込みすぎた感じ。
読了日:4月16日 著者:真山仁
アマチュア・ベースボールオフィシャルガイド’16 グランドスラム47 (小学館スポーツスペシャル)アマチュア・ベースボールオフィシャルガイド’16 グランドスラム47 (小学館スポーツスペシャル)感想
創刊号からもう腐れ縁のように購読している。昔懐かしい顔がちらほら。明治安田生命の監督に日石の林さんが就任していたり、横製や金港倶楽部の部長に懐かしい顔があったり。チーム紹介号でありますが、体裁が統一していないのが残念。広告の出稿の都合なのは分かるのですけど、対向面に記事がなくて広告しか載っていないとなると寂しい。今、社会人野球に進むのは本当に難しいのだな、と。あ、四国銀行のページは白黒でした。
読了日:4月14日 著者:小学館
金(ゴールド)が語る20世紀―金本位制が揺らいでも (中公新書)金(ゴールド)が語る20世紀―金本位制が揺らいでも (中公新書)感想
金融システムの枠組みから金は今でこそ外れたが、その存在は長く「等価」を示す指標だった。筆者は国力(という抽象的なもの)を探るために金の当時の価格を利用して外貨準備などを金換算して見せる。外募国債のためにも、輸出入の決済にも結局は金が不可欠であった訳で、金の現送、勘定の移し替えなどなど。何よりWWIに突入していく独で保有の金がかなり少なめだったこと、食料の確保も。WWIIでも同じだ。日本も開戦前夜、横浜正金銀行や日銀の面々がぎりぎりの為替、金操作をして軍需物資の輸入に努めたとは。見事な裏面史になっている。
読了日:4月13日 著者:鯖田豊之
フジテレビはなぜ凋落したのか (新潮新書)フジテレビはなぜ凋落したのか (新潮新書)感想
筆者は1986年入社。本書は入社以前の社の歴史が前半部分。後段、1980年代後半のバブル期の思い出話は入社間がない時代になる。平成不況、企業統治が重視され、法令遵守が当たり前となる今。CXは株式上場に伴うTOBも経験した。後半の要点「なぜ凋落」の部分は一介の元社員の叙述であり、蓋然性が薄い。「企業の老化」という点で片付けられないし、目指したという「敗因」の分析について十二分に目が行き届いているとは思えない。市谷河田町時代の、バブル期の経験があり、その体験から筆者自身も離れられないのではないだろうか。
読了日:4月10日 著者:吉野嘉高
世界の名前 (岩波新書)世界の名前 (岩波新書)感想
1編が2ページ前後。掌編随筆ながら、「名前」という素材で描かれたお国ぶり、伝統、来歴が見えるのが興味深い。筆者はその国語や文学の専門家。ドストエフスキーのような文豪の名の読み解きあり、本人+父+祖父の名を連ねるアラビアのような父系の伝統を重んじる国もあり、古代インドのサンスクリット語+近世のイスラム文化+近代の西洋文化と重なったインドネシアのような国あり……。日本の明治維新の時同様、適当に作った姓があったり、新生児の死亡率が高かった時代に名付けに気を配ったり。国や民族を問わず通底する人間の思いが見える。
読了日:4月10日 著者:
和食はなぜ美味しい――日本列島の贈りもの和食はなぜ美味しい――日本列島の贈りもの感想
虻蜂取らず、かなぁ。「マグマ学者」が和食についての蘊蓄を、専門の地球物理学に絡めて解説している本です。でもどちらの要素に関しても説明不足の感が否めないです。入門書、という括りの中で書かれたのだと思うのですが、初学への本こそきちんと正対した姿勢で書くべきではないか、と思うのです。専門の地球物理学に関する事項の模式図がちょっと雑駁で丁寧ではありません。取っつきにくい分野の話ですから崩して書こうという意欲は買うのですが。同じ趣向の本で「物理の散歩道」というシリーズがありました。あのレベルはやはりほしいところ。
読了日:4月8日 著者:巽好幸
洛中洛外図屏風: つくられた〈京都〉を読み解く (歴史文化ライブラリー)洛中洛外図屏風: つくられた〈京都〉を読み解く (歴史文化ライブラリー)感想
洛中洛外図屏風の出現から衰退までを概説した1冊。要は注文主が誰に贈るのかで画像は決まるという読み解きだ。歴博甲本、上杉本、舟木本と話が展開する。美術史の立場からの観る研究と日本史の立場からの読む研究の間合いを縫う。ただ読み終えて思うのはこの一連の屏風の面白さは、表象というか、隠喩というか、「分かる人に分かる」という自己満足を写す鏡である点が伏せてあるのが面白いのだ。紋所、有職故実に基づく装束や装具の分別などなど。それを逆手にとったのが今様なら山口晃だろう。彼の作品が今、最前線の読み解きの姿かもしれない。
読了日:4月6日 著者:小島道裕
大日本帝国の海外鉄道大日本帝国の海外鉄道感想
戦前、日本が「外地」(旧満洲を含めて)と呼んだ地域の旅客向け概説書。亜欧連絡運輸があり、下関〜釜山〜新京〜満洲里〜倫敦が15日かかった時代の話です。長崎〜大連、敦賀〜浦塩などのルートもありました。鉄路への実感が今と違うのを感ずる。台湾、樺太、南洋諸島の鉄道事情も。個人的には日銀券と朝鮮銀行券、満洲中央銀行券、法幣とのリンクの話(関釜間、安東での税関、山海関での日銀券持ち出し制限等)、時差の話(朝鮮時間、満洲時間、哈爾浜時間など)や年の表記など、鉄道の話よりも旅にまつわる話が興味深かった。とまれ不思議な本。
読了日:4月4日 著者:小牟田哲彦
日本歓楽郷案内 (中公文庫)日本歓楽郷案内 (中公文庫)感想
濹東綺譚のような描き方の対極にある一冊。当時はエログロの風靡した時代、歓楽街のガイドブックの体裁で実はルポ。満州事変が勃発した1931年に刊行されたと知って読むと戦地とは別の生活が続いていたのがわかる。吉原のような伝統的な色街が衰退する一方、新興の街玉ノ井や亀戸などの話、一方で大阪・道頓堀の芝居茶屋の利用のような古典的な姿や、横浜のチャブ屋のような戦後は絶滅した業態にも、筆が及ぶ。独特の文体に少々戸惑うものの、当時のウケ狙いはこんな感じなのかな?とも。モガモボの時代、乱歩の時代、こんな世界もあったのかな。
読了日:4月1日 著者:酒井潔

読書メーター
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2016年04月01日

★2016年3月に読んだ本

2016年3月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:4243ページ
ナイス数:519ナイス

ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015感想
国内の銀行の盛衰史。まだ歴史が近い分、民衆史までは降りていない。でも人の判断という部分に焦点を当てることで厚みを生み出した1冊。13行の都銀、7行の信託専業、3行の長期銀と計23行もあった。今、その名を諳んじることは最早、鉄道唱歌を覚えている程度の価値もないが、やってきたことは人々の暮らしを左右してきたことばかり。最初の長期銀の精算、3大メガバンクの出現、UFJ銀行を巡る綱引きなどなど、当時の断片的な知識が繫がっていく快感がある。仕事の枠組みは中世から変わらない一方、「護送船団方式」は外れた今はどう???
読了日:3月31日 著者:前田裕之
首都直下地震 (岩波新書)首都直下地震 (岩波新書)感想
かつては「69年周期説」という説があった。まだ身近に関東大震災の経験者も生きていた。そんな時代とは違う首都圏で起こりうる地震についての本。プレート境界型と沈み込んだプレート(スラブ)内で起こる直下型とがあり、結局のところ、分からないことが多いということが分かる1冊。相模プレートが3・11の後、動いても不思議がなかったという学者としての印象は分かるのだけど、被害想定とか、対策にまで話が及んでいるのは広汎に過ぎる気も。せっかく碩学の書いた1冊。首都直下地震の機序と知見を整理してくれた方がよかったかも。
読了日:3月27日 著者:平田直
南海トラフ地震 (岩波新書)南海トラフ地震 (岩波新書)感想
平明な本。北米プレートにのった東日本とユーラシアプレートにのった西日本。それぞれに東や南から太平洋、フィリピン海と2枚のプレートが沈み込んできています。南海トラフ地震はこのフィリピン海プレートの沈み込みに由来する巨大地震で、震源域が実は陸地に近く、津波もさることながら激しい揺れが想定されることを説きます。東海道ベルト地帯から四国の太平洋側、九州西部に至る範囲です。休止中の富士山にも影響が出て噴火するかも。被害想定をどう考えるべきか(浸水高30aと2b)など、怖がるだけでも開き直るでもない智恵があります。
読了日:3月26日 著者:山岡耕春
鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町 (歴史文化ライブラリー)鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町 (歴史文化ライブラリー)感想
鉄道という仕掛けは勾配・傾斜に弱く、隧道・橋梁が増えれば金がかかる。路線の通過地は経済的な判断に基づく訳で、どうしても必要なところではないと、碓氷峠のような仕掛けは作らないのである。しかし、市街地から外れたところに駅が作られると、なぜか旧来の街道筋の人々から鉄道が忌避されたという伝説が喧伝されてきた。この一事を丹念に論破していったのがこの1冊。鉄道の果たしてきた役割が変わってしまった今となっては(小口の貨物輸送なんてもうない)この本が熱心に掘り起こした当時の熱意は朧化し伝説を生む素地ができているのだけど。
読了日:3月23日 著者:青木栄一
完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)感想
NHKでの羽田圭介との対談を観て手を伸ばした1冊。自意識過剰、俯瞰的等々、自画像を見立てているけど、実は犀利な視線と挙措を持っている人物ではないかな。個人的には中、高の恩師の言葉を思い出した。「何か一生懸命やっている自分を斜め上から見下ろしているもう一人の自分がいる」と師は言っていたけど。そこで止まれば次がないのだけど、筆者は「感動」という形で止揚しているんじゃないかな。決して冷笑的に捕らえる必要はないことだし。「結果より、自己ベストを求める」なんて泣かせる一言じゃないか。悩む時には「応援の1冊」かも。
読了日:3月22日 著者:若林正恭
海の武士団 水軍と海賊のあいだ (講談社選書メチエ)海の武士団 水軍と海賊のあいだ (講談社選書メチエ)感想
だいぶ前に読んだ記憶があるが、記録していなかったので備忘。武士の統制の下にある「水軍」とソマリア沖のような「海賊」、そして海の上を生業の場として生きていた武士団がいたという説明。どうしても陸路の攻防をメインに語ってきた従前の歴史(例外は毛利氏の厳島合戦、本願寺の救援くらいかな)とは違う視点を提示するという意味で新鮮な1冊。ただこの1冊で筆者の提唱する概念がカバーしきれているかというとそうでもない気がする。大本にあるのは明の海禁策であり、冊封体制であり、筆者得意の東と西の戦国大名の異質性があるのだから。
読了日:3月21日 著者:黒嶋敏
琉球王国と戦国大名: 島津侵入までの半世紀 (歴史文化ライブラリー)琉球王国と戦国大名: 島津侵入までの半世紀 (歴史文化ライブラリー)感想
筆者の論を全部を是とする訳ではないのですが、南シナ海の自由な通商の展開と海上の状況の変化に伴って、明と琉球の冊封体制が変化していき、2次尚氏王朝が存立基盤を揺るがすような事態だったという見立ては新鮮。冊封使が明から来るときには内地からの準備をしなくてはいけない、そのための琉球と薩摩、日本との関係が変化するのが一様ではないことが自然に読める。と同時に、戦国大名と言いつつ、中央集権的な体制が整っていた東国と土豪の支配を認めつつ、臣下に組み入れるという形で領国を広げた西国では事情が違うことが背景への指摘が新鮮。
読了日:3月21日 著者:黒嶋敏
鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民主主義・ナショナリズム (朝日選書)鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民主主義・ナショナリズム (朝日選書)感想
鉄道への「信仰(というか憧憬)」が日本を近代国家たらしめた、というのが本書の論。巨大な投資を必要とする鉄道事業の成立には資本主義の発展は必要だし、我田引鉄的な地方の要望を通すためには政友会原敬を代表とする代議士が必要になり、民主主義? が成立する。そして大喪と大典、行幸、お召し列車の運行で天皇の存在が見えなくても形になるという仕掛けを見立てる。個人的には1の部分をきちんと書くべきだった気がする。2の部分、今の国政でも同じ構図は続いているのかと、当時を嗤う気分にはなれなかった。解説の小熊英二の一文が秀逸。
読了日:3月18日 著者:張ケ暋
丸谷才一 (文藝別冊)丸谷才一 (文藝別冊)感想
高知・金高堂本店でKAWADE夢ムックのフェアをやっていて見付けた1冊。小説は疎遠だったけど(というか取り組んだけど駄目でしたね)、随筆はずっと好きで読み継いできた作家。巻末の評論とエッセイはほとんど読んでいた。「古典と外文と作家・批評家」というサブタイトル通りの筆業。採録されている網野善彦との御霊信仰の話、小島吉雄との「新古今と後鳥羽院」など丁々発止、面白かった。巻頭の岡野弘彦の随筆が地味豊か。自分の文体に、面白がり方に大きな影響を残した作家だったな、と改めて思うことしきり。
読了日:3月17日 著者:
社会主義への挑戦 1945-1971〈シリーズ 中国近現代史 4〉 (岩波新書)社会主義への挑戦 1945-1971〈シリーズ 中国近現代史 4〉 (岩波新書)感想
「等身大の中国を知る努力」として書かれた1冊。抗日という大義を失った国共が終戦を機に分かれていく。蒋介石は信を失い、百家騒鳴の時代を挟んで共産党の一党独裁へと変わる中、スターリンの影が大きくなったり、小さくなったり。土法高炉・深耕密植などを試みた大躍進、毛沢東の権力欲の末の文化大革命と錯誤を繰り返すさまは喜劇にすら見える。ただ現政権は反汚職を重要な課題に据えるのが現状。正確な情報、統計を開示することの大切さを思う。と同時に、史料が公開されてきたとはいえ、なお隔靴掻痒の感が残る。近現代史ゆえの難しさ、か。
読了日:3月15日 著者:久保亨
革命とナショナリズム――1925-1945〈シリーズ 中国近現代史 3〉 (岩波新書)革命とナショナリズム――1925-1945〈シリーズ 中国近現代史 3〉 (岩波新書)感想
日中戦争に就いて種々理由を並べ立てることはできるだろうけど、筆者の言う「中国人を屈服させる」ためという日本側の根源的な動機は一連の不可思議な決断の連続を解明する点で分かりやすい。もう一つの鍵は「ねじれ」だ。南京政府内(第一次国共合作から国民党内の内部抗争)、国民党と共産党の間(囲剿戦から西安事変、第二次国共合作)、重慶政府と英米ソ、コミンテルンの存在、WW2全体の中での中国大陸の位置づけ、日本が降伏した後の戦後処理(国共内戦に向けての兵器の鹵獲)……。新たに公開された史料を基にした著述は新鮮で明快だった。
読了日:3月13日 著者:石川禎浩
近代国家への模索 1894-1925〈シリーズ 中国近現代史 2〉 (岩波新書)近代国家への模索 1894-1925〈シリーズ 中国近現代史 2〉 (岩波新書)感想
日清戦争〜孫文の死までの時代を描く。日本側から見ると、礼に縛られ、近代的な国家としての体をなさない清は「眠れる獅子」であるという見方に偏りがちだ。しかし内側から見れば諸外国の圧力と地方分権のうねりの中で行政が機能しなくなってきたのは当事者こそ百も承知で、何とか変革の道を探るものの失敗を繰り返す。真っ当過ぎるくらいに一生懸命な指導者の姿の一方、皇帝という重しを外した後は袁世凱から始まる北京政府、孫文から始まる広東政府、そして長江流域の「省人省治」という指向。混乱の2文字で済ませきれない歴史の綾を綴った好著。
読了日:3月9日 著者:川島真
BL進化論 ボーイズラブが社会を動かすBL進化論 ボーイズラブが社会を動かす感想
そもそも関心の外にあるこの本を読むきっかけは、「きのう何食べた?」(よしながふみ)というゲイカップルの料理漫画を読み、スピンアウト版がコミックマーケットで発売されたというので、取り寄せて読むとまた驚愕吃驚。筆致は穏やかなものの、BL(ボーイズラブ)とは何じゃと思い、この本を読み通した。BLという分野は広大で無辺なのだなぁ、と思う。最後のBLの視点から見た映画評ってのは興味深かった。ホモフォビア(同性愛に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見)の視点とか、意外に自分でも見落としている部分があるものだ、と感じたり。
読了日:3月5日 著者:溝口彰子
時代の正体――権力はかくも暴走する時代の正体――権力はかくも暴走する感想
キンドルで読了。
読了日:3月4日 著者:神奈川新聞「時代の正体」取材班
洛中洛外図・舟木本を読む (角川選書)洛中洛外図・舟木本を読む (角川選書)感想
屏風の筆者は岩佐又兵衛、荒木村重の息。筆者の出自は扨置、舟木本を取り巻く環境はこの20年で変わったな、と思う。屏風に描き込まれた世界を読み解くこの1冊、断片的な史料を繋ぎ合わせていく筆捌きはここまで断定調で書き込んでいいのかと思いつつ、肯んじている自分がいる。豊国祭の能の演目、内裏に向かう武者行列を家康と見立て、御所で密会する男女に猪熊事件の寓意を見、二条城に向かう公家から禁中公家法度制定前夜の人間関係など当時の出来事を画像化しているという解釈は、たぶん屏風の注文主の視線と重なっている気がする。面白い。
読了日:3月4日 著者:黒田日出男

読書メーター
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2016年03月01日

☆2016年2月に読んだ本。

2016年2月の読書メーター
読んだ本の数:12冊
読んだページ数:3402ページ
ナイス数:341ナイス

乱舞の中世: 白拍子・乱拍子・猿楽 (歴史文化ライブラリー)乱舞の中世: 白拍子・乱拍子・猿楽 (歴史文化ライブラリー)感想
音も映像も残っていない中世の藝能。本の読み手の想像力如何となる世界だ。専門家には脳裏に音が再現されるのだろうけど、素人には能や歌舞伎、民俗藝能といった今まで見聞きしてきたことを総動員して読み進める。断片的な記憶が繋がっていく。正しい理解か否かは別にして、楽しい作業ではあった。音源として残る越天楽今様から能の「融」の小書の笏拍子、「道成寺」の乱拍子、「安宅」の延年ノ舞、室戸・吉良川の御田祭の演目や静岡の志太榛原で見た数々の神楽や田遊びなどなど。本論の蓋然性は別にして、文字記録からの脳内での復元作業は一興。
読了日:2月28日 著者:沖本幸子
戦国の陣形 (講談社現代新書)戦国の陣形 (講談社現代新書)感想
軍談という藝能が成立したり、軍学に流儀が成立して甲州流だ、越後流だ、北条流だと、威勢を張り合う中で、魚鱗鶴翼、車懸の陣備えという伝説が生まれたのが「陣形」の淵源だと思う。太平の世に実際の戦いの場では生まれ得なかったような概念が闊歩したのではないか。力説する兵科の分離や兵農分離の成立を以て「陣形」が生まれたと見る説を筆者は立てているのだけど、何か張扇の音がするような内容。唯一、成程と思ったのは戦場の地形、道や川、池沼などに配慮したという三方原合戦図の読み解きくらい。帯にある「快作」という惹句に惑わされた感。
読了日:2月25日 著者:乃至政彦
清朝と近代世界――19世紀〈シリーズ 中国近現代史 1〉 (岩波新書)清朝と近代世界――19世紀〈シリーズ 中国近現代史 1〉 (岩波新書)感想
「東アジア」という視点から歴史を語ることが増えた。だが勘違いの基ともなることを教えてくれる1冊。日本から見ると中国(清朝)も東アジアだけど、中国は実は大陸国家で多民族国家。内政的には人口増があった上、欧米の進出に伴う交易や銀の流出、信仰宗教に由来する内乱と、内憂外患に晒されることになる。内陸と沿岸部の格差、少数民族の問題など、今に続く問題の萌芽が既に現れている。国って何だろう? 最初に結構をつかんだ方が理解しやすいと思うので、「おわりに」から読むことと同じ岩波新書の「李鴻章」を併読することをお勧めします。
読了日:2月23日 著者:吉澤誠一郎
昭和史(下)昭和史(下)感想
1945年の敗戦から1989年の昭和天皇の崩御までの叙述。同時代を生きた1箇の人としての叙述で、筆者自身が「田中内閣以降は面白くない」と後書きで記しているけど、まだ歴史として客観的に書くのが難しかったことと、影響を与える間もなく政権が次々交代していくことと……。戦後の経済成長と共に進む社会の叙述に、獅子文六の小説「大番」を個人的には思い重ねた。株屋の牛ちゃんが成功を収めていくまでの大衆小説だが、厳格な中村の本と「大番」が好一対の本に思える。あと「右傾化する日本政治」を重ねると丁度読み物として三幅対か。
読了日:2月15日 著者:中村隆英
増補版 誤植読本 (ちくま文庫)増補版 誤植読本 (ちくま文庫)感想
誤植という言葉が手書き原稿と活字の時代の遺物である。ワープロ(パソコン)が出現し、DTPが当たり前になった今も校正刷りの制度は残っている訳だから、印刷物に誤りがあり、それを見逃したとなれば、それは文選工の誤りでも編集者の錯誤でもなく、筆者自身の誤謬になる。印刷物であれ、Webであれ、文字を扱う以上、誤りが生まれるのはどこかで覚悟をしなくてはいけない。このアンソロジーは「Good Old Day」の昔噺に見えてならない。文士さまであり、活字への信仰があった時代の。坪内稔典、吉村昭の一文が光っているけど。
読了日:2月14日 著者:高橋輝次
京都の歴史を歩く (岩波新書)京都の歴史を歩く (岩波新書)感想
江戸時代の俳諧師秋里籬島が書いた「都名所図会」と今の「ブラタモリ」を合体したような風合い。単に名所旧跡を巡るというよりも、土地が刻んできた歴史を振り返ることに重点がある(この様式は全国でも成立しうる町は少ないということ)。例えば江戸期の繁栄の基礎となった高瀬川についての項で、物流の動脈という視点だけではなく、都市化の結果として六条界隈の被差別集落が移転したり、明治期に角倉家が所有権回復を申請したり、と通り一編の読み物にはない面白さが売りだ。ただ現地の地理が頭に入っていないと興趣の減衰は間違いないけど。
読了日:2月14日 著者:小林丈広,高木博志,三枝暁子
籤引き将軍足利義教 (講談社選書メチエ)籤引き将軍足利義教 (講談社選書メチエ)感想
4代義持の死後、4人の弟から籤引きで選ばれたのが6代義教。この本の縦糸が義教の選定に至るまでの話と後継指名を受けた後の義教の治政で「籤引き大好き」だった話になる。横糸が卜占のあれこれ。宮中でも紫宸殿の東廊下での「軒廊御卜」の伝統があり、後白河院が皇位継承で頻りに遣っていたという話が加わる。「凡慮として定め難し」「神慮覚束なし」と思考停止し湯起請にと及ぶ義教の話が本筋のはずなのだが、途中から盛り沢山過ぎて「神判」の話なのか。虻蜂取らずの気もする。「神判」のみ掘り下げた清水克行の「日本神判史」の方が好著。
読了日:2月13日 著者:今谷明
右傾化する日本政治 (岩波新書)右傾化する日本政治 (岩波新書)感想
右に左にと振れる振り子の支点自体が右にスライドしてきた結果が今の安倍政権の行動に反映している。ここがよく分かる。憲政の危機が急に訪れた訳ではない。本書の面白いところは「日本政治」とは銘打っているものの、序盤で諸外国の事例も引き、日本の右傾化が特異ではないことを説いている点。もう一つは官主導の開発主義と補助金を核とする恩顧主義の融合した旧右派が衰退の一方、国際協調主義の中から生まれた新右派が偏狭な国家主義に変質しつつある実態を跡づけした点。無条件に多数党が生まれる今からリベラルの再建は難しいのか……。
読了日:2月11日 著者:中野晃一
街頭から見た新東京の裏面 (青空文庫POD(シニア版))街頭から見た新東京の裏面 (青空文庫POD(シニア版))感想
関東大震災後の東京のルポ。九州日報記者時代の作品でしょうか。震災以前の東京にあった風紀が消えた、と嘆きます。日本論とも読めるのですが、何か話題が堂々巡りをしているのと、時代相の違いと。何となくしっくり読後感はしっくりこなかった感じです。キンドルで読んだ所為もあるのかな。
読了日:2月10日 著者:夢野久作
東京の風俗 (1978年) (富山房百科文庫)東京の風俗 (1978年) (富山房百科文庫)感想
青空文庫版で出ているのは本の一部のみ。別編も通して読むと滋味深い。素っ気ない文章ながら哀惜が伝わってくる。筆者は明治中期に牛鍋チェーンを展開した「いろは大王」こと木村荘平の息。妾を構える度に店を持たせたことから筆者は両国広小路の第8いろはに育つ。後に画家・文筆家となり、「濹東綺譚」の挿絵でしられる。江戸の残り香、関東大震災前に育った人ならではの感覚が小気味よく語られる。就中、洲ア遊郭訪問記や東両国回向院の相撲場や生家のいろは牛鶏肉店の風景などこの人でなければという内容が多い。冨山房百科文庫って小体でいい。
読了日:2月9日 著者:木村荘八
権力の館を歩く: 建築空間の政治学 (ちくま文庫)権力の館を歩く: 建築空間の政治学 (ちくま文庫)感想
毎日新聞への連載を元に刊行されたこの本。今、読むと何か違和感が拭えない。森喜朗首相のころまではルポの世界があったろう。だが「劇場政治」といわれた小泉内閣以降(民主党政権の鳩山首相、小沢幹事長の時代を例外として)、私邸であれ、派閥事務所であれ、「権力の館」「政治劇場」が廃れてしまったのではないか。政治家の変成、変節というか、「館」をはみ出してしまった気がする。後書きで藤森照信が筆者を政治劇場の座付き役者に見立てているけど。今は情報公開されているように見せているけど以前より不可視化が進んでいる気がする。
読了日:2月7日 著者:御厨貴
朝鮮王公族―帝国日本の準皇族 (中公新書)朝鮮王公族―帝国日本の準皇族 (中公新書)感想
清の冊封国・朝鮮が日本から「冊立」され、西欧的な概念では保護国化したのが日韓併合。朝鮮王室は存続している訳で、日本の国内法的には「皇族≧王族>華族」という序列で扱ってきた歴史を分析する。2世代目になると「臣民」「日本国民」としての生活に同化していく。朝鮮半島が当時、累卵の危にあったのは分かるものの、歴史の評価としてどういう対処をするのが最善だったのか。王族の死に伴う国葬、宮廷費の問題、戦後の処遇などなど、考えることが多すぎる。ただ筆者の土台、テーマになる部分が著述がニッチな感じ。手法自体は緻密なのだけど。
読了日:2月3日 著者:新城道彦

読書メーター
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2016年02月01日

☆2016年1月に読んだ本。

2016年1月の読書メーター
読んだ本の数:20冊
読んだページ数:4652ページ
ナイス数:521ナイス

戦国時代の足利将軍 (歴史文化ライブラリー)戦国時代の足利将軍 (歴史文化ライブラリー)感想
中央集権的だった鎌倉幕府の得宗体制に対し、室町幕府は地方分権的である。有力守護大名と将軍家の相互補完で成立していたからで、鎌倉府の存在もある。「上の権威」より「下の支持」があればこそ成立する領国経営である。当時の幕府を政治学の「リアリズム」「リベラリズム」「コスモポリタニズム」の視点で分析し、「上なる権威」として将軍家の価値を秀吉の登場まで残したと見立てる。だが幕府の役割は畿内にすら威勢は及ばず、宮廷の武力部門の長という程度ではなかったか。筆者が見立てているほど、武威も権威のなかったように見えるのだが。
読了日:1月30日 著者:山田康弘
江戸時代の遊行聖 (歴史文化ライブラリー)江戸時代の遊行聖 (歴史文化ライブラリー)感想
一遍を宗祖とする時宗。中世以来、藤沢遊行寺にいる藤沢上人と廻国する遊行上人の2トップ制で、後者は出歩くことが特徴。江戸幕府から全国で通用する伝馬朱印状(馬人足の徴発許可状)と天皇から貰う「他阿上人」号を背景に「生き仏」が町に出前する形。ただ本で取り上げている江戸期には「南無阿弥陀仏、決定往生六十万人」という賦算の札が民衆からの篤い信仰を集めていた一方、どこか「金」の臭いもする体制だったような。明治になって後ろ盾を失うと一気に宗門としての勢いを失ったのも成程と思うばかり。宗教として興味深いのだけど……。
読了日:1月29日 著者:圭室文雄
江戸の武家名鑑―武鑑と出版競争 (歴史文化ライブラリー)江戸の武家名鑑―武鑑と出版競争 (歴史文化ライブラリー)感想
武鑑とは大名や幕府の役人を網羅した本。紋や行列の道具、屋敷の位置、家系図などを記している。改版を重ねる実用書であり、時代の人にとっては都市の賑わいを感じさせてくれる1冊だったろう。当時は本屋の株仲間があり、出版・販売できる店が限られていたうえ、仲間内でも著作権保護のため、版木の保有、項目やレイアウトの独自性の確保が「株」という表現で守られていたという。版木は転売され、抵当に入り、版元間で係争の対象ともなる。当時の出版に対する統制や版元の権利意識も今に通じるものがある。現に「版権」という言葉は今も残る。
読了日:1月29日 著者:藤實久美子
辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理 (ちくま文庫)辻調が教えるおいしさの公式 西洋料理 (ちくま文庫)感想
和、中と読んで洋。西洋料理と一括りにはできない分、素材別の章立てになっています。基本的には仏、伊も西も出てきます。豚ロース肉のシャルキュティエール風では豚肉は筋切りをし、小麦粉をまぶしたらすぐ焼くとか、煮込むにしても具材の加減で鍋から取り出すという工程とか。その辺がこのシリーズの本らしい「突っ込み」です。ただ料理名から完成の絵が即座に連想できない点で写真のない料理本の限界も感じつつ。ちなみに挿絵が入っているのは「ニョッキの生地のまとめ方」「手打ちパスタの生地の練り方」「プレーンオムレツの作り方」の3カ所。
読了日:1月28日 著者:
江戸城が消えていく―「江戸名所図会」の到達点 (歴史文化ライブラリー 239)江戸城が消えていく―「江戸名所図会」の到達点 (歴史文化ライブラリー 239)感想
江戸の名所案内、古地図を題材に、筆者は「絵」から「図」への進化を説く。扁平だった区画表示が実測に近くなる。江戸の象徴として画面に登場していた城が消え、市井の姿が主役となる。一つの到達点が神田の町名主斎藤長秋・莞斎・月岑の3代が書き、長谷川雪旦・雪堤親子が挿絵を描いた「江戸名所図会」。その分析から「江戸城が消える」というのだがさて? ガイドブック、地誌の類と絵は違うとはいえ、広重の江戸百景には城は登場する。何か筆者の立論に無理がある気がする。古来地図であれガイドであれ、関心のあるものは大きくなるのだから。
読了日:1月27日 著者:千葉正樹
比叡山と高野山 (読みなおす日本史)比叡山と高野山 (読みなおす日本史)感想
最澄の開いた比叡山と空海が開いた高野山。日本を代表する山岳宗教拠点だろう。比叡山寺はその教学の広汎なるが故に、禅、法華、浄土などの諸宗祖を生んだ。一方、高野山寺の方は弘法大師の尊格化と高野聖が全国を行脚することで広めた祖霊信仰の根強さだろう。本書は山の骨格、歴史、そこに残る伝統、文化、美術など拾いまくる。筆者は1916年生まれ、まだ歩いて研究をせざるを得なかった時代の人としての目線の高さが改めて新鮮に映る。叡山の「宗徒:堂衆:山徒」の階級差が野山でも「学侶方:行人方:聖方」の3方となるのも興味深い。
読了日:1月25日 著者:景山春樹
辻調が教えるおいしさの公式 中国料理 (ちくま文庫)辻調が教えるおいしさの公式 中国料理 (ちくま文庫)感想
こちらは一転、中華料理の神髄は下準備にあると説く。下味を付け、粉をはたいて揚げたり、そのまま油通ししたり。炒めるには火の通り加減を適切にする必要があるので、加熱する時間をどう調整するのか、素材に水分をどの程度残すかが肝要であると説く。日本料理編よりはかなり枝葉に及んだ説明ながら、読んでいて違和感はない。もう一手間、の部分を明快に示しているからだろう。缶入りの中華スープの素で何でもごまかしては美味しいものは作れない、というところになるのだろうか。素材への味の含ませ方に腐心があるのがよく分かる1冊です。
読了日:1月22日 著者:
辻調が教えるおいしさの公式 日本料理 (ちくま文庫)辻調が教えるおいしさの公式 日本料理 (ちくま文庫)感想
「割主烹従」という言葉があるそうだ。切っただけという刺身を例に分析をする。単純だから切ることを丹念にせよ、という。きんぴらゴボウでも冷奴でも切ることを疎かにすれば味にも響くのは間違いない。調味料についても興味深い。塩について「非常にストライクゾーンの狭い調味料」、酒は「けちらずたっぷり使うこと」、味噌は「値段の差が出やすい。合わせてつかうこと」が「公式」の例として挙がっているのですが、上手いと思います。レシピの部分よりもその間に挟まっている小文(公式の部分)が小気味いい本です。文字ばかりですが、簡潔。
読了日:1月21日 著者:
ロンリのちから: 「読み解く・伝える・議論する」論理と思考のレッスン (単行本)ロンリのちから: 「読み解く・伝える・議論する」論理と思考のレッスン (単行本)感想
テレビで観ている時はおもしろいな、と思ったのですが、イラスト入りの活字本となると、さてどうなのだろう……、って感じです。説いていることはごく当然至極で、論理的なのですが。
読了日:1月21日 著者:NHK『ロンリのちから』制作班
見果てぬ日本: 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦見果てぬ日本: 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦感想
過去に遡るのが大好きな歴史小説家・司馬遼太郎、日常現在を描くのが大好きな映画監督・小津安二郎、未来へと大風呂敷を広げるのが大好きなSF作家・小松左京。筆者がこの3人をして、日本の姿を描いた慧眼に敬服。左翼・ブルジョア民主主義・右翼の3点倒立の妙。小松左京語るに〈日本は失敗者を全否定する。素人には失敗者を叩くのが一番分かりやすい。一方失敗に広い意味で関係する専門家筋は責任の追及を恐れて触らぬ神に祟りなしを決め込む。失敗の内容を細かくつつくような面倒なことを不撓不屈の信念で遂行する気風がこの国にはない〉と。
読了日:1月20日 著者:片山杜秀
されど鉄道文字―駅名標から広がる世界されど鉄道文字―駅名標から広がる世界感想
今のJR系列で使用している字体(フォント)について論じた1冊。ゴチック体の中でも「すみ丸ゴチ」についての論考。元々、駅名表示板や行先表示板は筆文字だったし(変態仮名の中で語頭にくる「し」だけ「志」と表記していたなんて知らなかった)、高度成長期に切り替わって行き、最終的に国鉄分割の後もフォントが生き残ったという経緯を綴る。琺瑯引きの駅名板、機関車の砲金製ナンバープレートなどの話や営団地下鉄時代の字体の話も。面白いネタだけど、何か抄き込みが足りない気もする。あと貨物車に書いてあった隷書体、知らないのかな。
読了日:1月18日 著者:中西あきこ
その後の東国武士団: 源平合戦以後 (歴史文化ライブラリー)その後の東国武士団: 源平合戦以後 (歴史文化ライブラリー)感想
基本的知識が必要な1冊。読み進めるには付箋紙と赤ペンが必要です。地図と系図に紙を貼り、事件に傍線。教科書を読むような加工をすると非常に明解な本になります。前半部分で通史を、後半部分で関八州の国ごとの動向を説いていきます。日本史の教科書では鎌倉・室町の両幕府に焦点が集まり、東国の状況が語られる部分は少ないだけに新鮮です。と同時に新領地の獲得や遠征、縁戚関係の結果として、人間が東に西にと大移動していたことが分かるのが驚きです。現状維持を目指した族は衰亡し、新天地を目指した族が存続する傾向があるのが興味津々。
読了日:1月18日 著者:関幸彦
潜水艦の戦う技術 現代の「海の忍者」――その実際に迫る (サイエンス・アイ新書)潜水艦の戦う技術 現代の「海の忍者」――その実際に迫る (サイエンス・アイ新書)感想
筆者「せとしお」元艦長。普段は情報が開示されることの少ない潜水艦についての基本的な解説本。日本は三菱重工と川崎重工が潜水艦を建造する技術を有しており、日常的な情報収集活動を続けている。一方、現実の問題として潜水艦を利用しての自衛行動というのが想定しにくい気がする。筆者は「日本が海を自由に利用することを邪魔しようとしたり、侵略を企てるものによる海の利用を拒否する役割を果たす」と力説するのだが。なお、潜水隊では今でも攻撃をすることを「襲撃」と称するそう。何か秋山真之の能島流海賊古法の伝統でもあるまいが。
読了日:1月18日 著者:山内敏秀
うらやましい人生うらやましい人生感想
読み終わったものの感想が書きにくい。ご本人が記しているように「クラゲ」のような生き方ゆえ、に。もし読後感というものが砂のようなものなら、指の間から抜け落ちていく感じ。元から普通などということはクラゲのようなもので定まらないものではあるけれど。それと「女装家」という呼び名は人気アイドルグループの不祥事で「メンバー」という肩書きが登場したけど、そんな違和感と当たり障りのなさと。本当は自分という存在が当たり障りないなんてことはないのを一番ご自身が承知しているのに、というか。なお、この本はキンドルで読了。
読了日:1月17日 著者:ミッツ・マングローブ
戦国大名の兵粮事情 (歴史文化ライブラリー)戦国大名の兵粮事情 (歴史文化ライブラリー)感想
ゆるキャラの「かつ江さん」で話題となった鳥取城の飢え殺しではないけど、兵糧=食料と考えがちだ。でも通貨の用途もある。「兵糧」を巡って後北条氏の事例を中心に叙述した1冊。銭と米の換算で当時の経済が成り立っていたことを考えれば、簡便な交易手段であり、運搬に不便だけど必要不可欠な軍需物資とも見られる。貸借や権利の輻輳なども起きる。兵糧を戦国大名が一括管理しようとする計画経済的な発想への発展は興味深い。ただ、惜しむらくは戦国時代の貫高制から江戸期の石高制への移行で、兵糧の概念が変わる姿をもう少し読みたかった。
読了日:1月13日 著者:久保健一郎
そして生活はつづく (文春文庫)そして生活はつづく (文春文庫)感想
これも年末年始のテレビ番組の連想から衝動買い。面白いとの評判だったけど、個人的には酢豆腐状態。星野の言説がきっと面白いと思える年頃があるような気がする。たまたま自分はそれからずれているのだろう。確かに遠藤周作の狐狸庵ものや北杜夫のどくとるマンボウものにうつつを抜かしていた自分を思い返せば、不思議はないのかもしれない。何よりも本書のテーマである「くそして生活はつづく」という現実が堆積してきたのかもしれないが。独特の極端な言い回しについつい「何の何の」と突っ込みたくなって仕方ない。これも年頃なのかもしれない。
読了日:1月9日 著者:星野源
メタモルフォシス (新潮文庫)メタモルフォシス (新潮文庫)感想
個人的に小説は滅多に読まないが、NHKの「SWITCH インタビュー 達人たち」の再放送で筆者とオードリー若林正恭の対談を見て、思いついてポチる。普段は読まない分野なのでどう書いていいのか分からないけど、精緻な叙述なので飛ばし読みができる。2つの顔を持つ男、公私で立場の逆転がある、などの道具立ては、特異で非日常であればあるほど、戯画化しやすい分野なのではないかな。そこから先がどうなの、という部分については個人的には読み込み切れない感じがした。安易な結論に帰着させれば人間の心の闇は深いってことになるのかな。
読了日:1月9日 著者:羽田圭介
鎌倉幕府の滅亡 (歴史文化ライブラリー)鎌倉幕府の滅亡 (歴史文化ライブラリー)感想
「鶏が先か、卵が先か」という警句を思い出す。教科書では暗愚な執権北条高時の出現で鎌倉幕府は崩壊したとされる。だが将軍と御家人が直接結びつく中央集権型の地方政権として頼朝の下で発足した幕府が、執権を頂点とする合議制、家系を重視した得宗専制へと進化する中で全国政権となり、地方分権化を迫られつつ、中央集権化も守るという矛盾をはらむ。家職化した幕府の官僚の活躍でトップは必要ですらなくなる。被支配層の武士が最大の宿痾は幕府組織であると覚醒した時に倒れるのは自明。昨今の「霞ケ関対地方」の論議にもどこか重なって見える。
読了日:1月9日 著者:細川重男
新田一族の中世: 「武家の棟梁」への道 (歴史文化ライブラリー)新田一族の中世: 「武家の棟梁」への道 (歴史文化ライブラリー)感想
源頼朝、足利尊氏、新田義貞。八幡太郎義家を祖先に持つ同族であり、「武家政権が成立した」と京で関東で全国津々浦々で認知されるためには武力を以て「清和源氏の棟梁」となる必要があった。征伐をしないと認められない。そのために足利氏には新田氏が必要であり、徳川氏が系図を乗っ取って新田氏を祖先に仕立て武威を示したのもこの構図による。だが新田一族の実像は如何だったのか、史実と物語の間を読み込んだ1冊。正史に準ずる扱いの太平記にどう描かせるか、当事者には問題になる訳で、出来事の点綴では見えない世界を立体視させてくれる。
読了日:1月4日 著者:田中大喜
弊風一斑 蓄妾の実例 (現代教養文庫)弊風一斑 蓄妾の実例 (現代教養文庫)感想
黒岩涙香は土佐国安芸郡川北村前島の人。蓄妾は男(女も)の甲斐性という社会通念の時代に、一夫一婦制を宣揚しようと、妾を囲っている者を暴露していく。町の商人から貴族院議員まで。俎上には北里繁三郎、犬養毅といった面々も。個人情報とかプライバシーとかいう以前の時代。後のモンティパイソンを連想させるような。逆に何で書いてくれぬという者もいたというから、蓄妾も栄典のうち、という意識だったか。ただ救いようがなく読めたのは池上本門寺関係の記事。女犯と横領と。本当なら本当に筆誅に値するのかも。紙一重ですね、この手の問題は。
読了日:1月1日 著者:黒岩涙香

読書メーター
posted by 曲月斎 at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

★2015年に読んだ本。。

2015年の読書メーター
読んだ本の数:223冊
読んだページ数:59907ページ
ナイス数:6791ナイス

天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)感想
銀行という言葉が定着しているように、明を中心とする東アジアでは銀が貿易の決済で使われた。時代の需要に合うように石見銀山の発見、銀の流通が始まる。領有した毛利氏の動向を中心に話が進む。湯泉津、赤間などの湊町の発達、関銭の撤廃など、物流の変化が起き、米を介した商取引きが金、銀に変わっていく。豊臣、徳川と中央集権に向かうのと軌を一にして産出量が減る。国とり物語的な世界とは別の世界の広がりを教えてくれる1冊。江戸の金遣い、上方の銀遣いの由縁や、江戸時代になっても最終的には米本位制の社会制度になった点も興味深い。
読了日:12月29日 著者:本多博之
アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)感想
大友、大内、相良、松浦、島津……。九州の戦国大名は国内ではなく、アジアに目を向けていた姿を綴る。狭い国内での覇権を唱えるより貿易を通じて自身の存立を目指した姿は新鮮だ。石見銀山のような貴金属だけではなく、火山国日本ならではの硫黄までも売り物にする。東シナ海、南シナ海は実は内海であり、近代的な船の出現以前から貿易のための船は行き交っていたのは自然な話だ。後には東南アジアにまで商売の圏域が広がっていく話は雄大。論理の組み立てに飛躍がある部分もあるけど、筆者の提唱する「アジアン大名」という呼称は言い得て妙。
読了日:12月26日 著者:鹿毛敏夫
役者は一日にしてならず役者は一日にしてならず感想
聞き書きという体裁を取るこの本。実は筆者の質問の勘所が冴えているのが妙味。1人の俳優が出演した作品を見、その時代の空気の予備知識があるからこそ成立した1冊だ。長きにわたって撮影所の裏方の取材を続けてきた経験があるからこその問い掛けであり、個性豊かな言葉を引き出している。観て覚えること、引き出しを作っておくこと。年齢を重ね、主役から脇役へと演じる役は変わっても、逆に脇役をやる楽しさにたどり着いたというべきかも。それぞれの答えは芭蕉の俳諧論や世阿弥の能楽論に通じる年齢を重ねていくとは、という問いに重なる。
読了日:12月25日 著者:春日太一
へうげもの(21) (モーニング KC)へうげもの(21) (モーニング KC)感想
とうとう大坂冬の陣。水指破袋も登場。へうげ、とはというテーマがどんどん隘路に入っていく。そんなもの、かもね。
読了日:12月23日 著者:山田芳裕
戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)感想
戦前の立川文庫の抄録かと思うような内容で、釈台を叩く張り扇の音が景気よく響く感じの1冊。筆者が統率力、教養、実行力、企画力、先見性の5項目について主観で採点しているのだが、実証性、説得性がゼロ。1人見開き2ページ。元々は読売新聞の連載だったそうだが、内容が空疎。編集者が付けたという採点グラフの下の略歴も本文をなぞるようなものが多い。茶の間(これも死語か)のテレビの前に置き、時代劇を見るときの手引きにする位しか用途が思いつかない。こういう本を中公新書が出す意味があるのか、と思う。筆者及び編集者の見識を疑う。
読了日:12月22日 著者:小和田哲男
昭和史 (上)昭和史 (上)感想
今も戦前日本も、中央官僚の課長級が政策立案をして、稟議の末に政策として決定していく。旧憲法下は各閣僚、各省、軍、参謀本部、軍令部が個別に天皇に対する責任を負う体制であり、独裁者なき独裁制という不思議な現象が起こった。共産主義者の転向、統制経済志向と続く戦争への道。議会も天皇機関説批判、国体明徴声明の頃から変わる。世の中は急激に変わる訳ではなく、少しずつ姿を変えていく。気が付けば後戻りできなくなっていることを教えてくれる。筆者は経済史の専門家らしく、経済の面からのデータの裏付けがあるのが分かりやすい。
読了日:12月20日 著者:中村隆英
昭和史のかたち (岩波新書)昭和史のかたち (岩波新書)感想
図形、表、数式というのは万国共通の言語である。戦前の昭和史の碩学である筆者が「シンボル」を使って、難解(というのは話者の立場によって事実とされるものが変わるから)な歴史を解説しようと言う試みの1冊。昭和天皇の戦争責任を、時系列と要素に分解して筆者が判定した1章を別にして、正直に言うと試みはあまり成功したとはいえない気がする。というのはその図表や式に、多端な事象を集約しきれていない。たとえ話としては興味を喚起する部分があるにせよ。そも、昭和史の「かたち」というのはそう簡単に図表や式で抽象化できるのだろうか。
読了日:12月17日 著者:保阪正康
江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)感想
本家と分家。幕藩体制の下の概説した1冊。初期の家名をつぐことを第一とした時代から、中期、綱吉の時代から長幼や血縁を重視するように変化していく。また「分家」といっても将軍から領地を保証された別朱印分家(これは対本家と対幕府、二重の主従関係を抱えることになる)あり、本家から稟米(サラリー)を貰うだけの内分分家があり。財政難から本家に丸抱えになる家あり、分家は分家と貫く家あり。義絶あり、両敬あり。旧民法改正とともに家制度は変わったとはいえ概念は今も残る。手本として大名の家々のありよう、意識の変遷は興味深かった。
読了日:12月16日 著者:野口朋隆
パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)感想
日本では着物の下は何も着けないのが伝統であった。だから立ち小便も当たり前であった。ズロース(デカパン)の登場で逆に「羞恥心」が脚光を浴びる。その惹句として使われたのが「白木屋火事」だったと読み解いていく。ズロースは貞操を守るための衣類だったはずが逆に男性からの窃視の対象となる。さらにパンティの登場で女性自身のナルシズムの象徴となり、同時に羞恥心が生まれる機序ともなる。パンツと羞恥心の誕生から近代化の様子を読み解いた1冊。ただ本が書かれた後、時代がさらに変わっていってしまった気がする。社会史は難しい。
読了日:12月12日 著者:井上章一
天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)感想
東アジアは中国を中心とした世界であり、周囲の国は冊封国(朝貢関係)を結ぶことで存立しえた中、日本は室町時代の勘合貿易の後、明の海禁策(鎖国)もあって冊封国たりえなかった。覇者と認められるために、秀吉、家康という2人が対外的な地位を獲得するために、時には武威(武力)で、時に下手に出て、関係確立を目指したか(琉球王国に対する日本の態度が相似形になるのだが)を分析した1冊。ただ話の展開がちょっと概括的すぎて、言っていることは分かるけど、という気分が正直なところ。基本的には権門体制論が下敷きになっているだけど。
読了日:12月12日 著者:黒嶋敏
市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)感想
市川崑という映画監督の見事な分析書。元々動画の出身で、計算し尽くした上で画を作るということ、情に流されるのではなく理で分解して人間像を描いていく手法であったこと。解説を読んだ上で作品を思い返すと成程と思うこと多々。妻の和田夏十の存在も。後段は表題の「犬神家の一族」以下、横溝作品の映画化についての分析。最後に考えを裏付けるように石坂浩二のインタビューがつく。市川は確かにクールでスタイリッシュ。タイトルで出てくる極太明朝のイメージは借用しているなぁ。吉永小百合を「監督クラッシャー」と見立てたのは痛快!!
読了日:12月11日 著者:春日太一
科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)感想
先の大戦前夜を顧みると、日本という国の民衆を信じ切れない気分でいる。「沸点」を簡単に超えてしまう瞬間がくるような気がするのだ。科研費の紐を付けた成果主義の横行する今、学者とても節を曲げて時の政府に簡単に協力する(学者である以上、研究はしたいという思いは分かるし、するには金が要る)可能性は否定できない。毒ガスを開発したハーバーしかり、原爆のオッペンハイマーしかり。「科学者として学問を愛する以前に人間として人類を愛す」「勉強だけでなく社会の問題も考えられないと一人前の科学者ではない」などの言葉が重く響く。
読了日:12月10日 著者:益川敏英
耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)感想
日本史の教科書には必ず登場する「紀州阿氐河荘百姓申状」。ミミヲキリハナヲソギ、という文言で知られる「耳鼻削ぎ」の背景を探った1冊。自力救済が原則の中世で男なら死罪になるところを女性や僧はこの処刑で罪一等を減じるという感覚、被差別階級だったハンセン病者にやつしたとの見方も蓋然性がある。戦国末期からむしろ残忍な処刑の追加項目という意識に変わり、朝鮮出兵での無道に繫がる視点も理解できる。中国との関係で「隣国型」か「周縁型」か。日本だけ近世に至って別の歩みをしたのか。そこまで耳鼻削ぎの習俗から読み解く手練は見事。
読了日:12月10日 著者:清水克行
つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)感想
「桂離宮の美は独建築家のB・タウトによって発見された」とする言説を木っ端微塵に打ち砕く。独に居づらくなったタウトと、古典主義を外国人の言葉をテコに打破したいという国内の若手モダニズム建築家。両者の思惑が一致して「簡素の美」という見立てが流布する。日本精神の再発見(例えば国民性十論を書いた芳賀八一のような)の思惑も重なって、桂離宮神話は形成される。その過程をこれでもか、というくらいに読み解いていくのは、井上章一の真骨頂だろう。単に建築史の問題ではなく戦前(いや戦後もか)の思想史の断片を巧みに描いている。
読了日:12月5日 著者:井上章一
映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)感想
筆者は1941年生まれ。青春時代が邦画、洋画を問わず、映画全盛時代に重なる。本書の前段はその黄金期の映画の数々。映画好きが昂じて東宝入り。後段は映画館勤務から映画を配給、選択する側に廻り、製作の分野まで勤めるまで。好きなことが仕事になって、なおかつ幸せな生活を送れた、というのはご本人の努力があり、会社の理解もあり、羨ましく思うばかり。映画界の内側を知る興味もさることながら、シネコンではない昔の映画館の雰囲気を活写しているのが懐かしい。連想した人物は歌舞伎、演劇評論の渡辺保。同じ東宝の出身、社風だろうか。
読了日:12月3日 著者:高井英幸
小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)感想
この本の面白さはあとがきの種明かしだ。「論でも伝でもない、映画で刺戟され触発された運動の記録」という見識だ。つまり「見る、調べる、書く」の繰り返しがこの上下2冊に結実している。戦場から帰った小津が映画に社会に会社に向き合ってきたか(田中絹代監督作品の話など)と、同時に作品の主題は「崩壊する家族」に置き、新民法施行で個人主義が芽生え、米が普通に食えるという、日本では有史以来初めて出来する現実に視点が向くのは当然だろう。「麦秋」の三宅邦子の台詞「やわらかいおいしいご飯」の一言の重みを記す筆者は流石だと思う。
読了日:12月2日 著者:田中眞澄
小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)感想
日記や書簡、新聞雑誌の記事や言説・風評を追い、人物像を描く。1903年生まれの小津は大正デモクラシーの申し子であり、米映画を愛するモダンボーイであったこと、映画監督として一家を認められながら33歳で応召したこと。陸軍の下士官として上海から中支戦線を転戦した記録迄。特に陣中、修水河渡河で自身の日記の中に「特殊弾」を使ったと記した箇所を「あか」(C13H10AsN、嘔吐剤、くしゃみ剤と呼ばれる砒素化合物)の毒ガス戦に参加した経験と読み解く。約2年に及ぶ戦場体験がその後に残したもの大なること、よく分かる。
読了日:11月30日 著者:田中眞澄
イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!感想
親切な料理の本です。石器時代の昔から、料理の基本はまず切ること。切ることを通して調理に至る階梯を教えています。まず魚。鯛に始まり、たぶん一般の人に無縁の鱧の骨切りまでも。次が甲殻類、貝類、野菜と話が進んでいきます。たぶん、使うことはないだろう飾り切りも。最後が肉。鶏1羽を捌く段取りまで教示の範囲に入っています。阿古真理の分類に従えば、辻嘉一や土井勝の系統に属する料理指南本なのかもしれません。ちょっと本式にやってみようかという気分をくすぐる1冊です。でも魚屋さんで「三枚に卸して」という方が楽なのですが。
読了日:11月29日 著者:
映画の戦後映画の戦後感想
眼目は後段の米映画の評論にある。マッチョな米文化、自警主義。その一方で東部エリート対一般大衆という構図の中で起こったレッドパージ。マッカーシー旋風が大衆に支持されて吹き荒れ、排除と転向の影響下にあった訳で、スクリーンの裏に流れていた思惑、構図が今も多かれ少なかれ続いているのかもしれない。第二にベトナム戦争。戦死者の比率は黒人10に白人1だったと言われるものの、身近な人間が死に傷ついてきた経験が多くの無名戦士の映画につながった。「映画をその時代のなかに置いて見ること」を基本にする筆者の面目だろう。
読了日:11月28日 著者:川本三郎
昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)感想
マニアックな本です。スラスラと読みこなすのは無理です。組織の要諦は人事、なのですが、上手くいかなかった組織の悲劇列伝。前例踏襲、派閥力学、郷党意識等々、人事を歪めてきた要素が並びます。まして陸軍省と参謀本部という2本立て(現場を入れれば3本立て)組織なので、人事は慎重かつ複眼的に決まるべきなのですが。あと、徹底的にあの戦争をやるには幹部が不足していたこと、陸大卒業時の序列が最後まで響く組織の硬直性……。クラウゼヴィッツが戦争論でいう「必要な知識は地位とともに異なる」。今もあちこちで教訓が生きていない、か。
読了日:11月27日 著者:藤井非三四
京都ぎらい (朝日新書)京都ぎらい (朝日新書)感想
差別は常に再生産される訳で、洛外・嵯峨出身の筆者が洛中の人間に疎外、見下されたと思う気持ちは、自身認めているとおり、亀岡、城陽への筆者の視線に重なる。この枠組みが根底にある訳で、存立基盤として今の若い世代にも受け継がれているということに過ぎぬ。寺の僧侶と花街の関係は今に始まったことではなく、寺院が本末寺関係を元に資金源となって街金が発達した異例さや古都税問題で市に勝った歴史と共に、広く知られていることだ。御霊信仰と南朝の話を始め、土地の歴史と今をつなぐ分析が散漫に羅列されているけど、新味に欠ける。
読了日:11月24日 著者:井上章一
きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)感想
この漫画の面白さを因数分解すれば、グルメ漫画としての料理の妙、凡百のBLには及びもつかないゲイカップルの思いや思考回路の興、そして誰しもが抗うことのできない老への姿勢、だと思う。その点でこの巻では3番目の要素は薄い。とはいえ、蒸し器の話、レバニラ炒めの話、子供が家を行き交った時代のシフォンの話(昨今は友達のお母さんの作った物が食べられないという話に驚いたところだが)、相変わらず間然とするところがない。この人情の機微は山本周五郎の佳編に比肩するものがあって、読後感のよろしさは言うまでもない。
読了日:11月22日 著者:よしながふみ
沙門空海 (ちくま学芸文庫)沙門空海 (ちくま学芸文庫)感想
空海の人物像を極力、一次史料に近いものから復元していく1冊。後継者不在と書く等、冷静に書いていることに好感がもてます。ただ、性霊集や三教指帰、御遺誡等が中心になる訳で、個人史と包摂している教団史、或いは宗教史、社会史の分野まで及ばないと人物像の真の理解は進みますまい。特に入唐までの謎の七年間のこと、最澄と徳一との論争が続く中での空海の立ち位置の分析など、触れて欲しかったこと多々。良書ではあると思います。でもこの本を自在に読み進められるのは知識がないと難しいと思います。「もどき(口説)」が必要な1冊です。
読了日:11月21日 著者:渡辺照宏,宮坂宥勝
華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)感想
北清事変後、英仏独墺露伊米日の8カ国と清が結んだ北京議定書を元に列強が獲得した華北での駐屯権。海路、鉄路の自由通行の確保を名目に始まった制度は、辛亥革命の後も続いた。各国間の協調で運営されていたはずながら(当事者の清、中華民国にとっては国権の侵害だが)、力の空白を利して日本の独走が始まる。日中戦争の端緒となった盧溝橋事件を起こしたのはこの議定書に基づく華北駐屯日本軍。国際協調の時世から満州の覇権を樹立しようとする動きの中で「きしみ」が続いていく様をよく描いている。当時の国力を考えるとあり得ぬ論理なのだが。
読了日:11月18日 著者:櫻井良樹
満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)感想
森林が広がる大地・満洲。開拓されて大豆の世界有数の産地となる。大豆は商品作物、油を絞り、糟が棉花栽培に利用され、金が動き回るようになる。満州事変の枠組みや、県城経済と呼ぶ国単位ではなく小さな地域経済の集合体であったことが日本軍の動きを容易にしたものの、盧溝橋事件以降の日華事変以降との差の説明もわかりやすい。データを摘まみ食いするように読み解くのは鮮やか。ただ後段で「日本立場主義人民共和国」と呼ぶ「立場(建前といってもいい)」を重んじる姿の話は分かるけど分からない感じが残る。連鎖を断ち切れぬのは分かるけど。
読了日:11月12日 著者:安冨歩
ニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたちニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち感想
東京・丸ノ内の檀那衆が銭湯で「盆踊りやりたいね」と言わなければ今日的な意味での「音頭」は始まらなかった訳で、本書は「東京音頭」と労働歌から生まれた「炭坑節」を源とし、今のアニソン音頭にまで至る水脈を辿る1冊です。音頭の誕生には明治以前からのお座敷藝の集積の上にレコードやラジオなどのマスコミの出現が重なります。「ドドンガドン」というリズム感が生まれ、フォーマットに乗って新曲が生まれていく。フランキー堺から流れや大瀧詠一ら、新しい息吹を生む存在が登場してくるとの指摘。「音頭」の持つ生命力を再評価させられる。
読了日:11月9日 著者:大石始
中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)感想
内藤湖南が「日本の歴史は室町時代以降」と喝破してますけど、藤木が本で紹介している「村の掟」は、実は今も形を変えながら存続している気がします。村には生き残っていくための知恵があり、構成する人がいて、掟がある。自治という言い方が適切かはともあれ、支配者に対しても長年積み上げてきた習慣、互酬の関係を要求し貫いていく。階級史観華やかなりしころの「民衆は虐げられる存在」という定型ではなく、実はしたたかであることを活写しています。実は阿部謹也が指摘する日本社会の「世間」の概念の原型があるのではないか、と。
読了日:11月8日 著者:藤木久志
台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食感想
すき焼き、サンドイッチ、ねぎま等々。戦前戦後に渡って食卓を飾ってきた献立を、当時の調理書や文書を元に変化を探る1冊。味噌仕立ての牛鍋に大阪から進出した魚すきが重合して今の姿に発展しているし、マグロのトロが庶民の味だった時代の葱鮪から、鶏とネギの串差しに変わることを探ったり、洋食もどきの歴史も興味深い。阿古真理は「小林カツ代と栗原ひろみ」で1930年以降の調理技術の伝承の変化を指摘しているけど、魚柄が「食べ方上手だった日本人」で言う「電気冷蔵庫の出現」の影響の大なること、改めて思う。変わったんだな、と。
読了日:11月7日 著者:魚柄仁之助
画と文 四国遍路画と文 四国遍路感想
演芸や民俗、落語の研究家として知られた宮尾しげをの四国遍路記。刊行されたのが1943年6月、合理的な筆者のこと、乗合自動車も使えばハイヤーも使う。今では見られぬような遍路宿をはじめ、札所での習俗など興味深い。跋語にいう「弘法大師は本当はダシであって野を通り山を越し海辺を歩きなどして六十日近い日程を歩くので新鮮な空気と十分な日光浴で健康になり、日々のうるさいことなんか関せず焉で、病悩を除外することが出来る。その点に目をつけたのは弘法大師で自らはダシであるがその効果に於いてダシで無くしてる手腕に敬服する」と。
読了日:11月5日 著者:宮尾しげを
四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開感想
社会の多様な階層が廻っていたが故に、四国遍路には種々の側面がある。土佐、南阿波のような険阻な地と隔絶して伊豫、讃岐があり、一つの機能的組織になり得なかった。今の団参や徒歩の遍路姿からは隔絶したものではあるけれど、地元の住民には「法力を持った恐ろしい人」であり、ハンセン病に代表される「病気をもった人」という眼鏡で眺めてきた記憶がある。宗教儀礼として近世初頭からの「遍照一尊化」(大師信仰への集約)の傾向や戦後に進んだ「十カ所参り」のような地元の習俗の衰退等、どう捉えるのが適切か、四国遍路を解しかねている。
読了日:11月3日 著者:星野英紀
世界史を変えた薬 (講談社現代新書)世界史を変えた薬 (講談社現代新書)感想
大航海時代のビタミンC、マラリヤの特効薬キニーネ、消毒の草分けとなった石炭酸、第一次世界大戦の塹壕戦から生まれたサルファ剤、そして結核の特効薬として知られたペニシリン……。出現によって人類の生活が変わったことは言うまでもない。でもその発見に至る過程には偶然もある。発見した人物と薬の物語。数学とか物理の分野でもよく見掛ける紀伝体の歴史物語だけど、筆者が巧く話を砕いて書いているので門外漢にも興味深い仕立て。ただ残念なのは分子構造図が挿絵になっているのだけど、発見者の肖像1枚でも載せていた方が親切だったかな。
読了日:10月30日 著者:佐藤健太郎
源頼政と木曽義仲 - 勝者になれなかった源氏 (中公新書)源頼政と木曽義仲 - 勝者になれなかった源氏 (中公新書)感想
論の根幹になっているのは読み本系と言われる平家物語(延慶本、長門本など)、貴族の日記や尊卑分脈を併せた1冊です。面白さは人物の動きの背景に白河院を中心とした宮中、藤原家の内紛に、源氏の家系内部での勢力争い(特に為義と義朝の対立)を絡めて読ませる所が新味。摂津源氏の源頼政が意外や平清盛にとって安全弁になっていたこと、同じ清和源氏でも河内源氏の門流の動き(義朝流と義国流)が後の征服者義仲の動きの伏線になること等々。園城寺の嗷訴が予定調和で収まるつもりが治承寿永の内乱につながることを読み解く。読み解きの妙味。
読了日:10月27日 著者:永井晋
孤高 国語学者大野晋の生涯 (集英社文庫)孤高 国語学者大野晋の生涯 (集英社文庫)感想
評伝は取り上げる人物と筆者の距離感が命だと思う。近すぎても遠すぎても駄目だ。その点、この本は前者の嫌いがあるような気がする。大野晋、希代の国語学者で、広辞苑、大系本、ひいては文語文法の教科書でもお世話になった。若い時に勉強しておくものですね。興味深く読んだのは、その前半生部分。つまり岩波古典大系の万葉集、日本書紀の校注をした辺りまで。それ以降について筆者にしてみれば一番書きたかったところなのだろうけど、何かあまり感心できなかった。というのは文脈がナマ過ぎる感じだから。「ロマン」をロマンと書く拙さというか。
読了日:10月26日 著者:川村二郎
書斎の王様 (岩波新書 黄版 324)書斎の王様 (岩波新書 黄版 324)感想
「書斎」−響きはいい。ただ本書は1985年初版。WebもDBもない時代の話だから、今とは比較できない。でも本が溜まり続ける現実の前にみんな悩んで大きくなった、とでも言うか。家にきた大工に「この本全部読んだのですか」と聞かれ「戦争がなくても軍備をするのと同じ」と答えた下村寅太郎、「現実、それは哀しみの異名、空想の中だけ人々は幸福と一緒だ」という森茉莉の言葉を引いた小泉喜美子。17人の筆者中存命は6人。題名は元日銀理事、鷗外研究家の吉野俊彦の「書斎こそ我が城、私こそ我が城我が書斎の王様」という結句による。
読了日:10月24日 著者:
空海空海感想
空海という平安時代の1人の僧侶と、弘法大師という諡号を贈られた存在は別人格と考えるのが至当、というのが本書の論旨。足跡を辿り、継承者の姿を綴り、民衆への浸透を考える。弘法大師を尊格とする庶民信仰と、今も続く後七日御修法に見られるような鎮護国家の宗教と、日本総菩提所という祖霊信仰に根ざす高野山への信仰−−3点セットが真言宗を支えてきたという見立ては間違いない。と同時に「宗教行為が僧侶の専有だった1200年前のかたちを留めて今日に至っている」という指摘も。1人で完結した世界は広大無辺だったということか。
読了日:10月24日 著者:村薫
【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))感想
今、中東でISが悪逆非道をしているように報じられるけれど、実は戦の世の習い、日本でも同様のことは起きていた訳で、「乱暴狼藉」とは殺戮、略奪、拉致などなど。戦国時代末期から江戸時代初頭にかけては日常茶飯事。筆者は断片的な史料を読み継ぐことで、拉致した人間を転売し、諸外国に労働力、兵力として売り払っていたことを読み解く。当時の生産力から、冬から春にかけて多くの農民が飢餓に陥ったことも事実で、出稼ぎ感覚で戦乱の原動力となっていた側面もあります。教科書では見えない当時の世相の一断面を活写している好著です。
読了日:10月21日 著者:藤木久志
刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))感想
秀吉による「検地」と並ぶ「刀狩り」は教科書的に言えば、兵農分離策であり、庶民の武装解除であったとされるけど、「刀を帯びる」スタイルを武士と庶民の差として表象することに意味があり、武装解除の意味は薄いという見立てを示す。確かに鳥獣害が身近にある中、鉄砲は一種の農具である。秀吉の試みが綱吉の時代に一つの節目を迎えるという見方は興味深い。昨今の「惣無事令」の及んだ範囲の研究を考えると限定的だったと見るのは妥当。明治の廃刀令、進駐軍の武装解除と3度の「刀狩り」があったにせよ、最後の時の印象が強烈に過ぎたのか。
読了日:10月19日 著者:藤木久志
日本神判史 (中公新書)日本神判史 (中公新書)感想
熱湯中の石を拾う「湯起請」、熱鉄を握る「鉄火起請」。今から見れば過激で非科学的な判定である。でも犯人、審判を即決し、冤罪が生まれるのも厭わぬ必要があった。曰く「自力解決社会であった中世は常に外部に敵を抱え、共同体の秩序を乱す存在を放置して置く寛容さのない社会」という背景にあったとの分析は興味深い。同時に「神慮」を根拠に行いながらも、神仏を時に疑い、軽んじていく過程が同時並行する。神判の盛衰は「聖から俗へ」の文化史ともいえる。さて今の日本。外に敵を論う社会になっている。今様、鉄火起請はネットの炎上か。
読了日:10月15日 著者:清水克行
タモリと戦後ニッポン (講談社現代新書)タモリと戦後ニッポン (講談社現代新書)感想
読み手の世代によって受け止め方が違うだろう。タモリが登場した時には既に意識があった者の読みは、権威的、重厚長大なものを否定し、受けの名手として生きてきたという見立て、植草甚一、森繁久彌との重ね合わせに成程と思う。同時代の証言を綴り、環境を説明することで、自らを生で語らぬ人物を浮き彫りにする−−筆者のいう「補助線」−−手法は成功している。引用の元の文献に当たりたいと思うものも。「国民史」とは言えまいが1970年代以降のテレビ編年史ではある。日本に都市は成立しえたのだろうか。望蜀の嘆だが、年表が欲しかった。
読了日:10月14日 著者:近藤正高
金魚はすごい (講談社+α新書)金魚はすごい (講談社+α新書)感想
東大本郷キャンパスに近い店、江戸時代以来の金魚屋さんの主が書いた金魚の蘊蓄本。フナの突然変異種から営々と交配が続けられ、種の固定が試みられてきた歴史は、園芸植物のそれにも似て途方もなく根気のいる作業でそれだけに新種を創り出す喜びは一入なのだろう。この本を読んで、最近は蘭鋳とか、和蘭陀獅子頭とかは偶に見るけど、出目金って見かけなくなったなぁと。筆者は琉金を美しいという。何か分かる気がする。後半は金魚の種類と飼育法指南。昔なら1冊の分厚い本になったような内容が続く。久しぶりに身近に金魚を置く生活もいいかも。
読了日:10月10日 著者:吉田信行
ニッポンの裁判 (講談社現代新書)ニッポンの裁判 (講談社現代新書)感想
裁判所の現状を元裁判官が書いた本。司法・立法・行政の三権分立が根幹のはずだが、人事権を握る最高裁事務総局を頂点とした組織の論理が正義よりも優先していると説く。政治の支配を受け、民主主義の最後の砦などという感覚は蜃気楼であるのが分かる。下級審から最高裁まで一貫している論理、旧軍の組織論理と相似形であり、官僚組織に共通しているともいえる。民事裁判の和解で「恫喝強要型・長期懐柔型」という例示や「株式会社ジャスティス」の比喩。「怪物と戦うものは自らを怪物と化さないよう心掛けなければならない」という箴言が重い。
読了日:10月10日 著者:瀬木比呂志
壇蜜日記2 (文春文庫)壇蜜日記2 (文春文庫)感想
2冊目はちょっと読んでいてしんどかった。なぜなら、売れなくなったとも、テレビで見なくなったとも思わない壇蜜ながら、この日記ではすこぶる湿っぽいというか、自分を卑下したように見るような表現が目につくからだ。筆者が述懐するほどに、「短足ババア」とも「臭そう」とも「消えたおばさん」とも思っていないと思うのだが。警句めいた文章が挟まるのは1冊目に同じく小気味いい。でもそれ以上に原稿を覆う無彩色のトーン。黒でも灰でも白でもない。筆者の見せる韜晦の手管なのか、あるいは本音がそうなのか。前者であるような気がするが。
読了日:10月6日 著者:壇蜜
文明探偵の冒険 今は時代の節目なのか (講談社現代新書)文明探偵の冒険 今は時代の節目なのか (講談社現代新書)感想
4月に出た本。既にどこかで古さを感じる。寿命の短い本だったか。帯に曰く「気鋭の科学史学者が知の世界を飛び回る」と。話は桂馬、大桂馬に三間開き。理解が大変だ。「時代の節目」を探る話が骨子。ただ同時代の人間には言えないことだろう。文中の記述を借りれば「歴」は過去を、「暦」は未来を考える概念で、同根の字であるという。筆者のこの示した「節目」というテーゼに向けての論考が進むのだけど、成程と思えないままの読了。多分、冪乗的に人口変動が進む日本にあって、過去に経験したことのないことが起こるだろうことは分かるが。
読了日:10月4日 著者:神里達博
大飢饉、室町社会を襲う! (歴史文化ライブラリー)大飢饉、室町社会を襲う! (歴史文化ライブラリー)感想
「応永の大飢饉」を時系列的に書いていく。「満済准后日記」「看聞日記」を軸に、ドキュメント風で「世相」を描くことに力点を置く。天候の分析、足利義持という人の奇矯な考え方(禅宗への原理主義的な傾倒)の一方で飽食好色な権力者の撫民策の無為。疫病が流行り、餓死者が出る中、一方で高麗の対馬出兵(応永の外寇)を機にか、能「白楽天」を書き、数々の藝談書を書き上げていく。寡聞にして能の研究論文でこんな見方は出会ったことがない。文化も生活も社会を反映するものだ。さらに盆踊りが生まれるという見立て。これまた学際を突く1冊。
読了日:10月2日 著者:清水克行
思い出袋 (岩波新書)思い出袋 (岩波新書)感想
岩波書店「図書」に「一月一話」と題して連載された随筆。難しいことを書いている訳でもなく、気張ってもない。肩の力が抜けたというと碩学に対して失礼ながら、こういうしなやかな文章が書ける日はいつ来るのかと思う。どこか向田邦子の随筆を連想させるような情景の切り取り方だ。ハーバード大留学中に日米が開戦し、引き揚げるかどうかの判断。「この戦争で日本が米国に負けるのはわかっている。日本が正しいと思っているわけではない。しかし、負けるときには負ける側にいたいという気がした」と考えを決める。覚悟が後の生き方の基礎にある。
読了日:10月2日 著者:鶴見俊輔
日本の地名 (岩波新書)日本の地名 (岩波新書)感想
刊行されたのが1997年。この後、平成の大合併が全国で進み、多くの地名が消えていった。たぶん、この本で俎上にのせている「小字」などは登記簿の上とか、各市町村の字切図などにかろうじて残っているだけだろう。角川、平凡社と相次いで地名辞典を刊行したころが辛うじて、の時代だったか。地方では人口減少が続いていて、集落が消え、地名も一緒に消えているのが現状。わずかこの20年ほどの間に、日本という国が大きくその姿を変えているのが忍ばれる1冊。この時代はカードだろうけど、小字のデータベースみたいなものはできているのかな。
読了日:10月1日 著者:谷川健一
日本仏教入門 (角川選書)日本仏教入門 (角川選書)感想
日本人の宗教観(顕と冥)の関係を押さえてから読むと分かりやすい。宗派や開祖の知識ではなく、仏伝以降、南都六宗に天台、真言が入り、天台から禅宗、浄土系が派生していく様がよく分かる。宗論を重ねる中で、本覚思想から仏教の大衆化、伴う堕落、一方で戒律回復運動が起きる。また兼学が当たり前の時代、密教が基調低音のように広がる中で、浄土三部経への絶対的帰依を説く浄土教系、法華経への信仰に基づく日蓮宗と、専修の仏教に変貌していく。元々は個別の論文ながら、再編集よろしきを得て、日本の仏教の全体像を示すものになっている。
読了日:10月1日 著者:末木文美士
番線―本にまつわるエトセトラ (ウンポコ・エッセイ・コミックス)番線―本にまつわるエトセトラ (ウンポコ・エッセイ・コミックス)感想
Twitterで本屋さんの陳列関連のつぶやきを見つけ、「番線印」という言葉を知り、画像検索を掛けたらこの本が登場。コミックエッセイという形式でしかできない芸かもしれません(写真にしたら本の単価はいくらになることか)。本への愛に充ち満ちています。国立国会図書館のルポ、写植の話などなど。「1日の終わり ふとんの中で読む本は格別です」という書き出しの「おやすみ本」の章や「本棚戦線異状なし」の章など、身につまされるばかり。ということで、この本はキンドルで済ませたので本棚に負荷をかけることないのが吉だったか。
読了日:9月29日 著者:久世番子
近世の仏教―華ひらく思想と文化 (歴史文化ライブラリー)近世の仏教―華ひらく思想と文化 (歴史文化ライブラリー)感想
近世の宗教というより、日本人の宗教観についてまとめた1冊と受け止めたい。GODのいる世界は人間の世界と絶対神だけで中間はない。無神論の世界になると神が消える。対して日本は人間の世界の「顕」とそれ以外の「冥(みょう)」があってそこには神も仏も死後の世界も住まっていると考え、その遙か彼方に無の世界があると見立てる。柳田国男のいう年数が経てば祖霊も神になるという論で分かるか。また江戸幕府が長きに渡って葬送儀礼を仏教に限ったことが日本の仏教の変質に寄与したという指摘、その反動の平田神道の出現と構図が分かりやすい。
読了日:9月28日 著者:末木文美士
日本風景論 新装版 (講談社学術文庫)日本風景論 新装版 (講談社学術文庫)感想
明治27年、日清戦争の頃に刊行された本。というよりも個人的には講談社学術文庫が刊行され始めて間がなく上下2冊で出た本の再刊で、たぶん高校1年の時に読んで以来の再読になります。明治時代の青年を啓発すること多、であったらしい。当時、有隣堂本店は中2階(いまの2階)に機関紙「有隣」の編集部があって、そこで顔見知りになったK川さんという大学の先生にあれこれと教示してもらった思い出につながる1冊です。「日本風景論、ああ、志賀重昂ね」と即座に返答された。たぶん、明治生まれの方だったと思うけど。内容は特に記すことなし。
読了日:9月28日 著者:志賀重昂
大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実 (講談社選書メチエ)大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実 (講談社選書メチエ)感想
江戸期の商業を探る1冊。長期に亘る史料が残っていることから三井文庫中心の叙述が多い一方で、町方の残した「小間付」や「沽券帳」、天保の改革後、株仲間復活に際しての「諸問屋名前帳」等々のデータを元に実態を推計する。「狭いけど深いケーススタディより浅いけど広い数量分析」が合言葉である。ただ土台にした「江戸商家・商人名データ総覧」の実像が分からず、表計算ソフトの結果を次々と挙例していくような書きぶり。躍動感と同時に少々荒っぽさを感じる。そも史料が残っていない期間をどう見るか。隙間を埋めるだけのものだったか……。
読了日:9月25日 著者:山室恭子
九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史 (角川選書)九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史 (角川選書)感想
実物を見たことがない読者に、絵のことを書いて想像してくれ、というところが難しい。九相図というのは人間が死んで腐敗し、白骨が散乱するまでの様を描いた図絵で、人間は不浄のものであり、美人も一皮むけば白骨に過ぎない、という無常観を画像化したもの。今の時代だから、本で印刷写真製版するのは難しいにせよ、Web上で絵を見られるような仕掛けがあれば良かったかな。それと、無常の諦念と大上段に振りかぶっているけど、こりゃ落語の「野ざらし」の世界でもある訳で堅苦しくなりすぎな気も。「野を肥やす骨を形見に芒哉」と手向けて。
読了日:9月25日 著者:山本聡美
自然災害と民俗自然災害と民俗感想
気象衛星も近代的な水防施設もなかった時代。島国で荒ぶる自然に向き合ってきたのは、今も昔も同じ。どう被害を最小限にしてきたのか。例えば農地を拡大するにも、防砂と津波の被害を意図して、松林や照葉樹林を活かしたり(静岡・浜岡)、堤防内の滞水を防ぐために敢えて本流沿いに堤防を築かない京都・木津川の例など示唆に富む。「蛇(じゃ)」という地名が土砂災害の地域に残るとの指摘があるけど、確かに深層崩壊を起こした様態は「大蛇が抜けた」ようだ。同じ造林でも尾根筋に照葉樹(シイ、カシなど)を残す知恵は今も残っているだろうか。
読了日:9月24日 著者:野本寛一
川を巡る―「河川塾」講演録―川を巡る―「河川塾」講演録―感想
旧建設省と旧文部省が所管した財団法人建設技術研究所から、1963年に分離された(株)建設技術研究所が会社創立50周年を記念して発行した「説明本」というところか。国内の1級河川(国が所管)と主な河川を概説したもの。都道府県界を跨がって流れるのが川であるのに対し、章立ては都道府県別。あくまでも行政単位からの視点に立っての構成なので、不自然なところも出てくる。とはいえ、「日本海側の河川は河口に砂丘を作る」とか「東西に流れる川で文化を興したのは中国の黄河・長江以外にない」とか、独特の語りがあるのはいいのだけど。
読了日:9月23日 著者:宮村忠
新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす感想
「性欲の研究 東京のエロ地理」(井上章一ほか)に詳しい内容だが、「2丁目」という土地の重ねてきた歴史(江戸時代の内藤新宿以来の)がゲイのコミュニティを生んだ背景にある。新宿という街の「エッジ」で「ディストリクト」なのだ。筆者がこの博士論文を執筆した2008年以降でも、ゲイの置かれている立場が変わった部分、変わらない部分がある。周囲の建前論とその一方に今も「クローゼット」な部分はあるし、東京メトロ副都心線の開業に伴う土地利用の変化など都市計画的な外的要因もある。ゲイにとっての「アジール」の記録といえる。
読了日:9月22日 著者:砂川秀樹
世界の辺境とハードボイルド室町時代世界の辺境とハードボイルド室町時代感想
数年来随一の本。「探検家・作家」でエンタメノンフの旗手・高野と日本中世民衆史研究者の清水が自在に語り合う。ここまで見事に2人の興味を噛み合わせることを思いついた集英社の編集者に拍手。きっかけはツイッターだそうだ。両者の本の愛読者にはソマリアと室町時代の日本がつながるという感覚は「天晴れ」というしかない。1冊の本を読んだだけでは断片的だった興味がここで体系付けされるというか、金胎両曼荼羅の関係のように収斂しまた発散していく。学問的な興味のみならず、ものを考える、書くという作業の話も興味深い。装丁は山口晃。
読了日:9月21日 著者:高野秀行,清水克行
坊さん、父になる。坊さん、父になる。感想
四国札所58番栄福寺住職、38歳時点の3冊目の本。処女作が住職になるまでなら、この本では住まいを建て、結婚し、子を授かるという過程が題材。読者には見せなかった自画像もみえる。ただ読者は「筆者が僧侶」というだけなら3冊も読む興味は続くまい。でも面白い。謎は日本中世史学者の清水克行が夏目房之介に言われたという言葉で解けた気がする。「ものを書いて生きていくには自分の中に特殊な核となるものがないと食べていけない」と。ミッセイさんにとって「自分の核」は密教であり、空海であり、仏教であり、信仰のありようなのだと。
読了日:9月20日 著者:白川密成
恋するソマリア恋するソマリア感想
人間集団を形作る内面的要素は「言語・料理・音楽(踊りを含む)」ーーという「高野の推論」を証明していく1冊。前著を承け、前半は北部ソマリランドを舞台に、氏族社会の機序、食生活、そして詩の朗唱に起源を持つと推定する歌を説く。後半は南部ソマリアでイスラム過激派と戦闘まだやまぬ中、中東とアフリカの文化の接点を見、イスラム教と都市化、豊かになることへの疑問を浮かべる。筆者の視点は、体験したことを必ず自分の頭の中で位置づけし直すところが上手い。司馬遼太郎の「人間の集団について」や開高健の著作をどこか連想させる1冊。
読了日:9月19日 著者:高野秀行
放送禁止歌 (知恵の森文庫)放送禁止歌 (知恵の森文庫)感想
放送禁止歌という「自主規制」を追ったドキュメンタリー番組の活字版。この一括りの言葉の中には実は、猥褻、公序良俗に反すると判断されたものあり、ポリティカルコレクトの考えを当てはめたものあり、「竹田の子守唄」「手紙」「赤いアップリケ」のような背景を忖度して姿を消したものあり。本は最後の一項を追って進む。全ては自身の意思、判断に戻り、無思考・脊髄反射的な反応を繰り返していてはいけないということ。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という水平社宣言。「にんげん」という読み以外に「ジンカン」という読みもあるよし。
読了日:9月18日 著者:森達也
男の絆の比較文化史――桜と少年 (岩波現代全書)男の絆の比較文化史――桜と少年 (岩波現代全書)感想
T・マンの「ヴェニスに死す」、夏目漱石の「坊ちゃん」、三島由紀夫の「仮面の告白」から萩尾望都の「風と木の詩」まで、比較文学という学問の手法を使って、日本の「男の絆」という言葉の分析をする。とはいえ印象批評の域を出ない感じ。まず「桜」と「美少年」というイメージが中世の稚児物語に起源を持つという説は断定の材料が十分提示されていない。「男の絆」という言葉は少年愛に源を持つ「男色」と男性間の感情としての「ホモセクシャリティ」に因数分解できるという見立ては興味深いが。特に少女漫画、BL小説に関する最終章が駆け足。
読了日:9月14日 著者:佐伯順子
ゲイ性愛辞典 GAY SEXUAL LOVE DICTIONARY (もう一つの文化を知るバイブル)ゲイ性愛辞典 GAY SEXUAL LOVE DICTIONARY (もう一つの文化を知るバイブル)感想
研究社の「アメリカ俗語辞典」かつてあり。その四つ文字の豊富なること、圧巻でありました。本書はそのゲイ版。こういう辞典が編まれること自体、時代の変化を感じるし、多彩な語彙を誇っているのがすごいというか。辞典類は高島俊夫センセは「工具書」というと書いていますが、工具書好きとしてはつい買ってしまいました。はしがきに曰く「この辞典は多くの文献からの引用で成り立っている。引用した文献、参考とした資料には心より謝意を表する。この辞典から引用する際は『ゲイ性愛の辞典』である旨、明記していただきたい」。意気やよし。
読了日:9月13日 著者:いけだまこと
知って役立つ民俗学 現代社会への40の扉知って役立つ民俗学 現代社会への40の扉感想
この本の種明かしは最終章、筆者自身の文にある。庶民の生活を調査研究することで、その意味するところを探り出そうとするのが20世紀の民俗学だった。今は地方の人口減少、地域社会の崩壊が深刻化する一方で、都市に集積した人々の行動様式についての考察は京都、江戸を除き、少ない。何とか身近なテーマとして取り上げようというのがこの1冊。「出る杭は打たれ」「贈答の習慣」は続く。身内が減る中、どう生きるか。考え始めるきっかけをこの本は作ってくれる。できれば、社会人1年の新卒の人々に読んで欲しい気がした。特に公務員ならば。
読了日:9月13日 著者:福田アジオ
弔いの文化史 - 日本人の鎮魂の形 (中公新書)弔いの文化史 - 日本人の鎮魂の形 (中公新書)感想
随筆なのか、論文なのか。一般の読者に分かりやすい形で学問の最先端を提示するのがこの手の新書ではないかと思います。この本は随筆寄り。筆者は東北大で学びを始め、長年、日本の宗教に関わる民俗学に関わってきた碩学。だから、鴨長明から折口信夫、柳田国男、南方熊楠に飛び、イタコから巫女、殯(もがり)の話と自由自在に移り動いても自在なのかもしれないのですが、ちょっと読者はついていくのが大変かも知れません。
読了日:9月9日 著者:川村邦光
カレーライスと日本人 (講談社学術文庫)カレーライスと日本人 (講談社学術文庫)感想
1989年、講談社現代新書の補筆再刊。筆者はカレーの淵源を尋ねて、インド亜大陸に赴き、大英図書館で史料を博索し、カレー粉製造の元祖と言われる「C&B社」で調査を重ねる。インドではスパイスを入れた料理がカレーであり、英国では日曜に焼いたローストビーフの残り肉を食べるシチュー風のものがカレーであるという結論に至る。さて日本では。魚柄仁之助が見立てたように「インド風+英国風」に日本伝来の「あんかけ」が重なったのではないか、というのが当たっている気がする。確かにカレー粉がなければ「カレー味」の食品は成立しないし。
読了日:9月9日 著者:森枝卓士
食べかた上手だった日本人――よみがえる昭和モダン時代の知恵 (岩波現代文庫)食べかた上手だった日本人――よみがえる昭和モダン時代の知恵 (岩波現代文庫)感想
2008年の本の再刊。昭和10年代に日本の料理に変革が起きた。原因は戦役など外地との交流で中華料理などを覚えた人が増えたこと、熱源がガスに変わったこと、欧風料理を換骨奪胎する技術の確立。電気冷蔵庫の存在と物流の点で、食品を保存する技術が一般的だったこと。漬ける、干す、燻す等々、加工して保存。今の人間にこの手間がかける時間が欲しい気も。電気冷蔵庫の普及が人間の感覚を鈍磨させているのか。氷冷蔵庫は夏だけ使うものとは知らなかった。賞味期限も含め、表示ではなく自分の舌と感覚で。とまれ、当時のレシピは美味そうな。
読了日:9月8日 著者:魚柄仁之助
二〇世紀の歴史 (岩波新書)二〇世紀の歴史 (岩波新書)感想
日清、日露の戦役から盧溝橋事件に至るまでの本を読み進める中で、実はあそこで起きていたことは辺境で起きていた植民地の獲得競争であることが改めて分かる。本書では定点ポイントとしてアイルランド、南ア、琉球の3カ所の動きを綴っているけど、それが効いている。戦いのベクトルは18世紀は内向きに、19世紀は外向きに働き、アフリカ、中東での戦いに広がる。極東のある国の動きもそれに乗ったもので、距離感故に、手出しがなかったり、融和策だったり。権力のエアポケットが生まれた。実は今もきちんと精算できていないのかもしれない。
読了日:9月7日 著者:木畑洋一
戦国乱世から太平の世へ〈シリーズ 日本近世史 1〉 (岩波新書)戦国乱世から太平の世へ〈シリーズ 日本近世史 1〉 (岩波新書)感想
前半は「信長の野望」を活字化したような展開。ただ「天下」という概念や「惣無事令」の意味が教科書で習った頃よりかなり限定的な概念であったという読みの面白さから始まって、文禄・慶長の役の捉え方(これだけやれば戦場にされた国は恨みを残すし、冊封制との関連は後の日清日露戦争前夜を連想させる)とか、幕藩体制の確立とか、一朝にして成立した訳ではないのが詳述されています。中世は太閤検地により終了したように認識していたけど、実はもう少し時代が下がったところかも、と考えたくなりました。時代の感覚を掴むにはいい本です。
読了日:9月6日 著者:藤井讓治
日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。感想
この本を読んで分かったこと。宮田珠己さんは男前であるということ。口絵写真に登場するし、筆者近影が奥付の向かいにでていたのがステキであった。何か肌合いが違うと思って読んだのだけど、あとがきで謎が解けた。従来の本は筆者が行きたいところにいく企画を立てて出掛けていっていたのに対し、この本は編集部が行きませんかという企画を立てたところにのった、という仕掛け。元は裏千家系出版社の淡交社「なごみ」に連載されたものらしい。同じ仕掛けで山口晃&藤森照信の「日本建築集中講義」があるけど、何か「パッション」が違う感じ。
読了日:9月5日 著者:宮田珠己
四國遍禮道指南 全訳注 (講談社学術文庫)四國遍禮道指南 全訳注 (講談社学術文庫)感想
今、ツアーではなく個人で四国霊場を廻っている遍路はたいてい手にしているのは「四国遍路ひとり歩き同行二人地図編」という本です。地図のほかに、宿泊施設、距離が一覧できるので手放せない1冊です。2015年4月にこの本の第10版が刊行されましたが、たぶん、江戸時代のこの本もそういう意図を持って版行されたものでしょう。翻刻した原文、現代語訳、地図という構成になっています。地元に住んでいると改めて思うのは高知県東部は昔も今もそう変わっていないなぁと思うばかり。今でも辺地行道なのです。
読了日:9月4日 著者:眞念
日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))感想
1903〜1904年の日露戦争を中心に前後100年間を概観した本で「キメラ−満洲国の肖像」の著者。本は2005年刊。その後に旧ロシア、旧ソ連の史料の発掘など研究の進展があった分、10年間の時の流れを感じさせる部分もあるものの、日露戦争に至るまでの視点、出来事を概括的に見るには好個の1冊。「ハルビン駅へ」の指摘や「李鴻章」などの指摘と考え合わせると面白い。特に戦争後の「アジアの解放者」「文明化の示範」であったはずの日本が「欧米と共に侵略者」に変わっていく様や、非戦論、文化的波及などへの言及は興味深い。
読了日:9月3日 著者:山室信一
ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)感想
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」とは渡辺白泉の句。異常事態が起こったと認識される以前に小さな「歪み」が積み重なっていた、ということが分かる1冊。1兵卒が戦争と虐殺を指導するまでの過程を探る。部品を組み立てるように話は進む。ナチ入党、議席確保、大統領緊急令を利用しての政敵の拘束、授権法によるワイマール憲法の実質的な改正。職業官吏再建法による人種差別、安楽死政策に始まる人種的優生主義……。絶滅収容所に至るまでの道は実は長い。責任の所在が分からないままになる日本と機構が複雑過ぎて独裁がまかり通るドイツの怖さと。
読了日:9月3日 著者:石田勇治
李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)感想
今も世界一の人口の中国。対外貿易活動をすると、挙措が巨体なるが故に影響は波及する。乾隆帝の世の入超から収支改善を計る列強の介入を招き、その世に登場したのが主人公。銀地金、銅貨を流通させる政権では生産・経済政策は民間の「幇・会・団」と呼ばれる組織が支え、武力は地方の私兵に頼る形。主人公か科挙及第者ながら地方官として私兵・淮軍を率い、上海を押さえて西欧と直面、外交の表舞台に立つことになる。朝貢関係こそ安全保障と考えた旧制の中で、満州人が漢民族を治めるという統治体制の矛盾を糊塗弥縫したと見立てるのが新鮮。
読了日:9月1日 著者:岡本隆司
軍隊と地域社会を問う: 地域社会編軍隊と地域社会を問う: 地域社会編感想
隣に普通に暮らしていた兵隊さんの存在は記憶の彼方に消えつつある。衣食住、支える民間組織、組織の中での兵の立身出世につながる意識など、戦争の歴史をたどるだけでは見えにくくなっている部分を掘り下げたのがこの1冊。軍都には不可欠とされた遊郭(慰安所)の存在や輸送手段としての鉄道の意味など既刊の本で取り上げられているテーマもある一方、国防婦人会と兵の側からの視線、戦死者の公葬という事柄や、軍内部の統計すら正確性が戦いと共に劣化していったという指摘、戦史の編纂過程など、当時の「空気」をトレースする意図は実っている。
読了日:8月31日 著者:
帝国支配の最前線: 植民地 (地域のなかの軍隊 7)帝国支配の最前線: 植民地 (地域のなかの軍隊 7)感想
日本が植民地経営をした時代、その最前線での軍隊の姿を綴った1冊。台湾、朝鮮、南満州では武力を背景にした統治を続けざるを得ず、元々住民が少なかった南樺太では進出、引き揚げを繰り返す度に犠牲を生み、南洋群島でも戦闘に巻き込まれる住民を生んだ。一等地が本州、四国、九州、二等地が北海道、沖縄(共に今でも内地という言葉が生きている)、そしてそれ以外の外地は三等地というランク付け意識が根底にあるだろう。勿論、欧州列強も武力を背景に植民地経営をしたのだけど、それと比較しても日本の植民地政策は武骨に見えて仕方ない。
読了日:8月29日 著者:
アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(下) (岩波現代文庫)アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(下) (岩波現代文庫)感想
最後まで通貨戦争の色合いが残る。日本銀行券=朝鮮銀行券=満州中央銀行券=中国聯合準備銀行券=中国儲備銀行券=蒙彊銀行券、とつなぐことで「円ブロック経済圏」を作るはずが、英ポンド、米ドルとリンクしているか否かの1点で、国民党政府の法幣に敗れ去る。決済用資金の欠如する中、近代戦に必要な3つの「M(Money、Men、Material)」のうち、第1、第3を欠いたのを認識したまま、戦いを始めてしまった結果である。落語の「素人鰻」のような様にしか見えないが、当時は真面目にやっていたのかと思うと、空恐ろしくなる。
読了日:8月28日 著者:山中恒
アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(上) (岩波現代文庫)アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(上) (岩波現代文庫)感想
あの戦いを考える時、手に取ってみるべき1冊。「十万の英霊、二十億の国帑」で購った旧満州の権益をどう生かすか。折しも清朝の滅亡に伴う大陸の混乱、第1次大戦後の経済の混乱で欧米が東アジアに手を出しかねていた等々の事情が重なって、日本の一人相撲ぶりがよく分かる。もし、日本も誘われた英主導の「法幣改革」に参画し、石橋湛山の主張した貿易立国を目指す態度をしめしていたら……。日比谷焼打事件以来、感情論に振り回された結果があの戦いの根本だと思う。満州国自体、インフラの整備に経費が掛かり、赤字の植民地だったのだから。
読了日:8月26日 著者:山中恒
日本海軍はなぜ過ったか――海軍反省会四〇〇時間の証言より (岩波現代文庫)日本海軍はなぜ過ったか――海軍反省会四〇〇時間の証言より (岩波現代文庫)感想
海軍反省会という1次史料を読みこなした3人の鼎談。1)予算獲得のために組織という存在は生命体となる。2)人数が限られていると手が回り切らない。冷静に考えれば分かることが分からなくなる。3)組織では失敗をどう次に繋げるかが大事、の3点に要約されよう。福島の原発事故も東京五輪の一連の問題も、企業の不祥事も同根ではないかと思う。そして海軍という道具を使う組織故の特殊性。戦時中の特攻作戦も人間を道具の一部と考えられる人間がいるからこそできた発想であり、真珠湾攻撃を立案した黒島亀人が関わったというのは新知見。
読了日:8月22日 著者:澤地久枝,半藤一利,戸高一成
もの食う話 (文春文庫)もの食う話 (文春文庫)感想
アンソロジーは日頃縁のない筆者、疎遠になった筆者の文も楽しめるのが妙味。この1冊は序章・食前酒の大岡昇平「食慾について」という一文が圧巻で、食い意地が張っていることと命への感覚の連環を説く。武田百合子、吉行淳之介、向田邦子、筒井康隆……。手練れの文が手際よく続くのが楽しい。巻末の中島敦の「幸福」なる掌編が、掉尾を飾るにふさわしい軽みが残す。あとペットのウサギを食う夫人の話。確か阿川弘之が随筆のネタにしていたと思うが近藤紘一という産経の記者の話が元であったか、ということを知る。編集者の手腕や見事也。
読了日:8月18日 著者:文藝春秋
東西ミステリーベスト100 (文春文庫)東西ミステリーベスト100 (文春文庫)感想
読者投票で本邦と翻訳もののミステリーベスト100を選ぶというのが趣向。日頃、ほとんど読まない分野なので発見も多かった。本邦では1位に獄門島、2位に虚無への供物、3位に占星術殺人事件。今でも横溝正史や松本清張が入ってるのがちょっと意外。ただ孤島での事件、密室での事件と古典的な道具立てが復活しているのも不思議な感じ。洋物では1位がそして誰もいなくなった、2位がYの悲劇、3位がシャーロック・ホームズの冒険。相変わらず、クリスティ、エラリー・クイーンが強いのが印象的。評者によると前回と大きな変動がないともいうが。
読了日:8月18日 著者:
玉の井という街があった (ちくま文庫)玉の井という街があった (ちくま文庫)感想
関東大震災の後、浅草十二階下の銘酒屋(という名の私娼窟)が集団移転したのが隅田川の東・玉の井。「濹東綺譚」で知られる街について同時代に生きた筆者が自身の見聞を含めて綴る等身大のルポ。廃娼運動側でもなく店主側でもない。視点が中立なのに好感。娼婦が搾取といっても実は店の家主、大家が一番の黒幕だったという指摘や、永井荷風が身長175cmの偉丈夫でコンドームを必ず利用する合理主義であったとか、高見順と従兄弟の関係であったとか、太宰治がここに流連したエノケンの座付作家菊谷栄の助手をしていた話とか。興趣漫々。好著。
読了日:8月16日 著者:前田豊
玉の井という街があった玉の井という街があった感想
関東大震災の後、浅草十二階下の銘酒屋(という名の私娼窟)が集団移転したのが隅田川の東・玉の井。「濹東綺譚」で知られる街について同時代に生きた筆者が自身の見聞を含めて綴る等身大のルポ。廃娼運動側でもなく店主側でもない。視点が中立なのに好感。娼婦が搾取といっても実は店の家主、大家が一番の黒幕だったという指摘や、永井荷風が身長175cmの偉丈夫でコンドームを必ず利用する合理主義であったとか、高見順と従兄弟の関係であったとか、太宰治がここに流連したエノケンの座付作家菊谷栄の助手をしていた話とか。興趣漫々。好著。
読了日:8月16日 著者:前田豊
根来寺を解く 密教文化伝承の実像 (朝日選書)根来寺を解く 密教文化伝承の実像 (朝日選書)感想
同じ空海を宗祖と仰ぎながら、新義と古義が違うのか。疑問を解く鍵がこの本にあった。浄土教の要望が高まった時代、覚鑁が阿弥陀と大日は一体という教義を立て、高野山上に大伝法院を構えた。パトロンの交代で山内で騒乱があったが、両者の交流は覚鑁が根来に退去した後も続いた。だが独立。頼瑜が教学を継ぎ、文書の形で流布していく。地方に根を張った理由だ。戦国時代は寺の事務を仕切った行人方が騒乱に身を投じ、寺が荒廃したが、法統は続いた。醍醐寺、葛城を主に山岳修験の道に伸びていた。そんな多重的な寺の再確認はもっとされてもいい。
読了日:8月15日 著者:中川委紀子
天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)感想
元は朝日新聞Beに連載された「磯田道史の備える歴史学」。新聞の連載なので文の運びはスピード感重視というか、氏のリズムというか。何よりもテレビに多数ご出演で、その謦咳に接しているという部分が大きいのかもしれない。内容に関しては、過去の史料や口碑口伝、実地の踏査などを織り交ぜて、日本を襲った災害(といっても津波、地震、高潮がメイン)と防災の心得を説く内容。実地の面白さが売りの1冊。
読了日:8月11日 著者:磯田道史
明治開化 安吾捕物帖 全21巻合本版明治開化 安吾捕物帖 全21巻合本版感想
古くは角川文庫版、ちくま文庫版で読んでいるのだけど、電子媒体で読むとまた味わいが変わる。何より活字が大きくなるのがありがたい。勝海舟の伝法な口ぶりなど、浅田次郎の「天切り松」につながるような歯切れの良さがある一方、くどくどしい文体、面妖なカタカナの遣い方など、読み手を幻惑しながら話が進む。元々は青空文庫版をまとめて売り出したもの。惜しむらくはたとえば「石の下」の一篇、紙媒体だと碁の「石の下」の手順表がついているけど、そういう部分がかけてしまうのであります。でも坂口安吾の独特な捕物帖もの、再認識されていい。
読了日:8月9日 著者:坂口安吾
応仁の乱に就て応仁の乱に就て感想
言葉遣いはともあれ、「時代の空気」をどう捕まえたらいいのか、ということを教えてくれる1冊。どうしても歴史教育というと、政権(朝廷、あるいは武家政権)などの上から目線になるけど、実は下から見上げた方がわかりやすいということを平明に説いています。今読み返しても、あ、この講演を粉本にして書いている本があるな、と思うほど。ぜひ、機会があればご一読を勧めたいところであります。
読了日:8月6日 著者:内藤湖南
フォト・ストーリー 沖縄の70年 (岩波新書)フォト・ストーリー 沖縄の70年 (岩波新書)感想
同じ著者の「四国八十八カ所」と同じ読後感。声高に訴える訳ではないけど、身近で起こったこと、聞いたこと、見たことを積み上げていく。当時の写真を添えていく。長い時間をかけて定点観測するように見つめ続ける。例えば、本土への疎開児童を乗せた対馬丸を撃沈した潜水艦は米・真珠湾に潜水艦博物館になっていたり、南洋諸島の戦禍には移住した沖縄の人々が巻き込まれていたり。「これから犯しますといいますか」と暴言を吐いた沖縄防衛局長の発言は辺野古の環境アセスの件だった。点の記憶はあってもそれを、線、面と広げていく努力が必要、と。
読了日:8月4日 著者:石川文洋
かわいい自分には旅をさせよ (文春文庫)かわいい自分には旅をさせよ (文春文庫)感想
随筆集とはいえ、「アサヒ芸能」の連載、朝日、読売、産経などの新聞への寄稿から岩手医科大の年史までいろんな媒体に書いたものを集めた1冊。作家という仕事は実に大変だと思う。往年の「勇気凜々ルリの色」のような軽みというより、年輪を重ねた味わいがにじむ作が多い。森鷗外に始まる漢文脈、夏目漱石以来の和文脈、昨今の翻訳に由来する文体などの分析から、清朝末を題材にした「蒼穹の昴」の余滴。挟み込んである一篇「かっぱぎ権左」が一服の妙薬。筆者の三島由紀夫への愛憎相半ばする感情の揺れが興味深い。そして肉体と思想の連環を思う。
読了日:8月2日 著者:浅田次郎
袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)感想
孫文らの仕立てた中華民国の総統に収まり、「対華二十一箇条要求」を受諾した人物という認識だったけど、本質は「対外的には承認されていても、地方を統治する能力がない中央政府」と「中央政府の支援なしでも自立していける地方政府」という二項対立の上で、この人物は中央に君臨しようとしたという見立てで納得がいく。トップに立っても地方が施策に着いてこなければ其迄。その後、諸外国と結んだ地方軍閥(張作霖と日本が好例)の簇生が毛沢東の現・中国建国まで続いたということ。北一輝の月旦「奸雄の器に非ずして堕弱なる俗吏」が確かに適切。
読了日:7月31日 著者:岡本隆司
日本に古代はあったのか (角川選書)日本に古代はあったのか (角川選書)感想
歴史観を確立するために、古代、中世、近代という時代区分を探る1冊だそうだ。筆者は中国の漢代までを古代とみれば、奈良、平安時代以降は中世としていいという見立て。時代の節目を邪馬台国の「倭国乱」と「応仁の乱」に置けば理解しやすい、という意見。鎌倉、室町といった時代区分の裏には内藤湖南、宮崎市定に始まる京大系と武士の擡頭を重視する東大系の対立、皇国史観からマルクス史観への変転などが背景にあるとする。「中世」をどこに見るか、丹念に学説を追う姿勢は見事。日本史を中国史、あるいは西欧史をも視野に入れる考えは新鮮だ。
読了日:7月31日 著者:井上章一
英語教科書は〈戦争〉をどう教えてきたか英語教科書は〈戦争〉をどう教えてきたか感想
最初の英語の教科書は人種の優劣を説く「ミッチェルの地理書」や「ハーレー万国史」から始まった。戦争の影が忍び寄ってくるにつれ、教材の中にも戦争のテーマが増える。北朝鮮を嗤えないし、僕らが大学で習った時の中国語の教科書(北京語言学院が文革当時、英米人向けに出した教科書の邦訳)を思い出しても、想像がつくというものだ。ただそれ以上に、1988年の英語の教科書で「戦争は人間を残酷にする」という話題を東南アジア人との話する章が、一部与党議員の抗議で削除されたという。気を抜くと今でも今の日本でも何があるか分からない。
読了日:7月28日 著者:江利川春雄
源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究 (講談社学術文庫)源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究 (講談社学術文庫)感想
イイクニ作ろう鎌倉幕府で終わらない、源頼朝の存在意義をかけた葛藤史である。清和源氏の嫡流であることを示しつつ、桓武平氏というブランドと戦いつつ。書状一本、官位の付与だけでは権力は確立しえないのであって、内幕を古文書史料を読み解くことで示した1冊。たぶん、治承寿永の乱は早い時期から「物語化」されているので(それは武門の家々が正統性を示すためでもあろうが)、薄皮が何枚も懸かっている状態で享受されてきた訳で、その薄皮を剥いでいく筆者の手際は快感でもある。末章に挙がる奥州藤原氏追討の見立て、お見事というほかない。
読了日:7月22日 著者:川合康
戦下のレシピ――太平洋戦争下の食を知る (岩波現代文庫)戦下のレシピ――太平洋戦争下の食を知る (岩波現代文庫)感想
戦時下の食料不足は生産力と輸送力の低下による。室町時代の京の飢饉と同じ構図だ。米食が普及したのが大正期、節米から代用品、糧物等と旧に戻したのだから食文化の歴史の退行現象である。あるときは生大豆粉、フスマ、くず米、魚粉等々、飼料のような代物を滋養があるといって食べさせる政策、つまりは戦争状態を招いてしまう政治の貧困が本当の原因である。真面目な顔で婦人雑誌が記事を掲載していたのに敬意を表するし、こんなものをありがたがって食べるような生活に成らぬよう、まず以て政治を健全に保つ努力を国民が続けていく大事さ。
読了日:7月21日 著者:斎藤美奈子
春画のからくり (ちくま文庫)春画のからくり (ちくま文庫)感想
日本の文学と美術は「過剰な装飾」というキーワードで読み解けるという。春画も例外ではない。隠し、見立て、周囲の道具立てで、衣服に含意する世界を見せる。前期の浮世絵からモロに描くことで別の世界を開いた後期の作品まで。「覗き見」も、日本では明治まで性的興奮の対象たり得なかったかもしれぬ(だって家の構造がそうでしょ)。また手淫が宗教的戒律として存在してきた西欧文化からは春画も別の視点から見えると説く。ともあれ、着衣のこだわりは、どこかフェティシズムへの連環を感じさせる。誰が春画を見ていたのかへの関心も興味深い。
読了日:7月19日 著者:田中優子
居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化 (ちくま学芸文庫)居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化 (ちくま学芸文庫)感想
江戸という町は職人や江戸詰めの武士など男性シングル者の多い町。必然的に外食産業、居酒屋が発達する訳で背景を探った1冊。当時常用していた日本酒は池田、伊丹等の上方の酒が船で江戸まで運ばれる間に美味くなることを見つけた人々は余計に酒に親しむ機会が増えた。ただその肴は「切らず汁(おからの味噌汁)」であったり、薬食いだったり。タコが店先に下がっているのが看板代わりとは。最初はチロリで燗をつけていたものが徳利になり、いよいよ安直になっていく訳で。個人的には本を読んでいて、鶯谷の居酒屋鍵屋の風情を思い出しました。
読了日:7月18日 著者:飯野亮一
教授の異常な弁解 (文春文庫)教授の異常な弁解 (文春文庫)感想
週刊文春の連載。軽い読み物という点からいうと、同じく文春に連載していた高島俊男の「お言葉ですが」を連想していたのですが、ちょっと味わいが足りない感じ。それはそれで独自のツチヤ・ワールドなのですが。
読了日:7月17日 著者:土屋賢二
少年と少女のポルカ (講談社文庫)少年と少女のポルカ (講談社文庫)感想
個人的な感想です。最後まで文体への違和感がぬぐえず、筋を追うのがやっと。作者との年齢の差を感じてしまったなぁ。学園ものなのですが、脳の中で絵が描けない感じでした。読解力、想像力不足かぁ。
読了日:7月17日 著者:藤野千夜
日本の軍隊を知る: 基礎知識編 (地域のなかの軍隊)日本の軍隊を知る: 基礎知識編 (地域のなかの軍隊)感想
今年は戦後70年、旧日本陸海軍という機構やその習慣、法令規則自体が記憶の彼方に消えようとしている中、実際はどうなのかという説明を試みた1冊。徴兵制という仕掛けから、徴兵忌避、陸軍の駐屯地、海軍の鎮守府の分布や性格、在郷軍人という存在、軍事郵便、軍隊生活全般に至るまでまとめている。従軍僧や神官、軍馬、演習等にも言及している。先行研究の論文紹介も行き届き、入門書としては手頃だと思う。色んな分野で述べられていることは多岐に渉るが、やはり15年戦争が始まって以降というのはそれ以前と際だって異なるのが印象的。
読了日:7月17日 著者:
昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年感想
国内の映画、ドラマ、漫画などに登場する食卓の様子を分析することで、背景にある世界を描き出すことを試みた1冊。基調低音は他の著作と同じで「戦前生まれの母親は戦中戦後に育ち、料理を覚えられず、その子供世代に料理が苦手という図式が引き継がれた」という見立てだ。加えて地域社会、大家族制の崩壊や住空間(台所)、家族構成の変化も加わった。ただ筆者は「飯は誰かと一緒に食べた方が美味しい」というテーマを論証し続けているといえる。そして危惧するように「料理を作って食べる、食べさせる文化」は今、脆弱になっているのも事実。
読了日:7月16日 著者:阿古真理
昭和育ちのおいしい記憶 (単行本)昭和育ちのおいしい記憶 (単行本)感想
「小林カツ代と栗原はるみ」を読んでの転進だったので少し期待はずれ。というのは随筆漫筆であり、何か切れ味も薬味も欲しい方だから。多分、料理の随筆でも辰巳浜子の「料理歳時記」や四方田犬彦の「ひと皿の記憶」みたいな内容なら違ったかも。それでも家計調査や農産物調査のデータに人口動態を絡めて、料理の変化に時代相を絡めて考えるのは筆者ならでは。面白い。さらに「食文化は結局刷り込みと慣れだ」とか、「人と親しくなるのは体験を共有すること、手っ取り早いのは同じ物を食べることだ」など、筆者らしい切口上が心地よい。
読了日:7月13日 著者:阿古真理
夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)感想
この中に所収の「キチガイ地獄」のみをキンドルで読了。言わぬが花のどんでん返し、こういう展開の小説もあるもんですね。北海道・大雪山から樺戸監獄、さらには九州へと話が展開するのですが。一人称独白形式の小説ながら、その手際にはお見事というしかない鮮やかさ、です。
読了日:7月12日 著者:夢野久作
ふしぎなイギリス (講談社現代新書)ふしぎなイギリス (講談社現代新書)感想
筆者は毎日新聞の外報記者。俎上に載るのは主にサッチャー以降の英国の有り様だ。合理主義者の英国民が何で王室という存在の存続を認めているのか、議会と国民(納税者としての辛辣な視点も含めて)の関係であったり、看板はどうあれ実を取る国民性であったり。視座が多角的だ。1976年、木村治美が「黄昏のロンドンから」でルポした後の様変わりぶりが分かる。「アングロサクソンの国」という米国との対等な立ち位置から「ジュニアパートナー」という表現への変容、超大国を如何に扱うか。愚直な日本と彼我の差を感じざるを得ない。
読了日:7月11日 著者:笠原敏彦
例外状態例外状態感想
市民の危急が迫った場合、法の規定がない場合、法の執行停止が宣言されることがある。そんな状況を「例外状態」と呼ぶ。古代ローマからこの問題は存在した。今もグアンタナモ基地があるように「例外状態」はある。西欧での例外状態の由来や変遷を論考する。今次国会の安保法制も事前にこの間隙を埋めるため、というのが一つの理屈ながら、誰が強権を振るうのか? 日本で行政府の長が振るうことを認めるとすれば危い。間接民主制で議院内閣制。そこまでの信認を付与していないというのが実感ではないか。戦時と平時は同時に存在しうるが。
読了日:7月9日 著者:ジョルジョアガンベン
支那米の袋 (青空文庫POD(ポケット版))支那米の袋 (青空文庫POD(ポケット版))感想
1人称小説、夢野自家薬籠中の独白体小説。浦鹽なんて言葉(ウラジオストックのこと)が出てきたり、被虐趣味の女性が出てきたり。筋立てはご存じどんでん返し。でも読んでいて江戸川乱歩(1894年生)とか横溝正史(1902年生)とかを連想していました。ちなみに夢野は1889年生、でした。
読了日:7月9日 著者:夢野久作
少女地獄 (1976年) (角川文庫)少女地獄 (1976年) (角川文庫)感想
最初に読んだ時はこの文庫本。再読したのは先日届いたキンドル。昭和の文庫本は活字が小さいので老眼にはつらいと思っていた矢先に、電子書籍を薦められて、ついに手を出す。Amazonで書籍検索をしているはずがいつの間にか青空文庫につながっていて、代金は0。確かに著作権切れだから当たり前なのだけど、何か不思議な感じもする。電子書籍、まだ使い慣れていないので何ともいえないけど、数ページすっ飛ばして読むこともあるので、愚直に指で送るのが何か億劫。まさか夢野久作にこんな形で再会するとは思っていなかった。相変わらず新鮮。
読了日:7月9日 著者:夢野久作
「皇国史観」という問題―十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策「皇国史観」という問題―十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策感想
「国体」という特殊な価値を体現している国家に対する絶対的優越感=観を「皇国史観」。文部省の役割が大きいことが分かる。1935年の天皇機関説事件を契機に2度に渡る国体明徴声明、満州国、北支への進出に関連しての田中智学による「八紘一宇」の提唱等々。「国体の本義」「臣民の道」の発行、高文試験での国史必須化と官製歴史書「国史概説」の登場……。すべて帰納されるのは当時の歴史学界の空気になかったか。「近代に於ける学問=『純正史学』と教育=『応用史学』」という二重構造、つまり「密教と顕教」の関係を受容してきたことに。
読了日:7月8日 著者:長谷川亮一
英国二重スパイ・システム - ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦英国二重スパイ・システム - ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦感想
偵察衛星も、インターネットや携帯電話の傍受も存在しなかった時代の話。第二次世界大戦の欧州戦線の一つの転換点だったノルマンディー上陸作戦に関しての情報戦の裏話である。英情報網の優秀さを裏付けるような話で、今は米がそんな覗き見の仕事を一手に担っているのだろうな、と。本書に出てくるのだけど、駐独大使であった大島浩陸軍中将が日本向けの外交電がほとんど連合国側に筒抜けだったという逸話は国内の有様を示すようなエピソードだ。独中枢の意向を知らせることとなった情報は詳細で多岐だったという。日本陸軍の性格を示すようだ。
読了日:7月6日 著者:ベン・マッキンタイアー
小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)感想
戦後家庭料理史、日本の女性史である。昭和前半生まれの世代は家の伝統料理や知恵を知らずに育った。家事を覚える時期が戦中戦後の混乱と飢餓の時代。家事負担の煩わしさから開放を意図して子の世代に教えなかった、られなかった。で、昭和後半生まれの世代も料理に苦手意識を抱き、「オレンジページ」などに依った。高度成長期を挟んで家族構成、住環境が変わった。バブル期を挟んで家計構造が変わる。伝統的な調理法は残せないのだ。そこで旗手として現れたのは小林と栗原。2人に限らず多くの料理研究家を紹介し、内容を充実させた好著!!
読了日:7月3日 著者:阿古真理
山賊ダイアリー(6) (イブニングKC)山賊ダイアリー(6) (イブニングKC)感想
相変わらずの「山賊暮らし」ぶり。だいぶ板に付いてきたというか。ハト、ウサギ、カモ、たまにシカ、川にコイを釣りにいく話まで。ストレートに話が展開していかないのが、らしいといえばらしくて、いいのかも。筆者が住んでいるのがやはり岡山。中国山地はやはりこの辺とは少し、山の様相が違うのかもしれません。今、住んでいる辺りでは狩猟期間に入ると、イノシシを狙うハンターが結構います。害獣駆除でシカも対象になります。もっとイノシシが話に出てくるかなと思いつつ……。この巻はDVD付きverもあるのですが、通常版です。
読了日:7月2日 著者:岡本健太郎
人物で語る数学入門 (岩波新書)人物で語る数学入門 (岩波新書)感想
高校時代、三角、微積、数列、行列式と続いた辺りで挫折した記憶の下、この本を読み始め、頭から読解は無理と判断。ただ、古代ギリシアでピタゴラスやユークリッドに始まった数学は、16世紀のデカルト、17世紀のフェルマ、デカルト、ライップニッツ、18世紀のオイラー、18世紀のガウスと才能と好奇心を繫ぐように発展したことだけは分かった。さらに特に中世の数学者の多くは大学では哲学や法律学、神学などを修めた訳で、高校時代の恩師に「数学は理解することではなく、考え方を学ぶことが大事なのだ」と後にいわれたことを思い出した。
読了日:6月30日 著者:高瀬正仁
時代を刻んだ貌―田沼武能写真集時代を刻んだ貌―田沼武能写真集感想
金高堂本店で見付けた。人物写真というのは難しい。表情、構図、カメラのレンズと被写体との間の空気も写る。言動や言葉が写真から聞こえてくるような1枚が続いている。背景の絞り込み加減まで緻密に神経が行き届く。更に編集も見事だ。1人1ページ、志賀直哉〜永井荷風〜谷崎潤一郎〜佐藤春夫〜里見クと続く。ページをめくるのが本当に楽しくなる。向かい合わせに載っている三島由紀夫と石原慎太郎。被写体が本の中で語り合っている如く。中でも向坂逸郎と吉田健一。見事だ。写真家という職業に就いて人生が豊かになったと結ぶ氏。続編に期待。
読了日:6月28日 著者:田沼武能
きのう何食べた?(10) (モーニング KC)きのう何食べた?(10) (モーニング KC)感想
月1度のペースで連載して単行本はほぼ年に1回。そのペースに乗って主人公のシロさんとケンジというカップルの生活は少しずつ変わっていく。親の老い、勤め先での立場や役割分担の変化、そして何より自身の身体。そのわずかな変化を1話に仕立て上げていく上手さ。同時に生活のリズムを自然に見せていくのが料理。季節の移ろいと共に取り上げられるメニューが変わり、1年が過ぎていく。時の流れを読む愉悦というべきか。日々の生活で節目になるのが2人の食事。相変わらず段取り、手際の良さには感服するばかり。食べることって大事だな、と思う。
読了日:6月27日 著者:よしながふみ
へうげもの(20) (モーニング KC)へうげもの(20) (モーニング KC)感想
BSマンガ夜話で取り上げられたのがきっかけで読み始めたこのマンガも早20巻。この巻では大久保長安、高山右近が舞台から退場し、古田織部の身辺は本当に寂しくなってきた。登場人物が円熟してくるにつれて、筆致も内容も一緒に成熟している気がする。もうすぐ大阪冬の陣。最期の時が近づいている。
読了日:6月26日 著者:山田芳裕
世論調査とは何だろうか (岩波新書)世論調査とは何だろうか (岩波新書)感想
筆者はNHK放送文化研究所世論調査部副部長。世論調査とは何かを易しく解説した本。統計の専門的な知見や論理、解析が大きな比重を占める分野だが、報道記者から現職に移って「参与観察」したルポである。週刊こどもニュースの3代目おとうさんの面目躍如。調査の意味、起源から方法、調査の実態、将来の姿まで縦覧する。偏差、調査の母数、無作為抽出、RDD等々用語説明も明解。就中重要な部分は分析の手法。常に調査には誤差があり、調査者のバイアスが掛かる、ビッグデータの読み誤りがあるという謙虚さを強調する姿勢は筆者ならではの視点。
読了日:6月26日 著者:岩本裕
選書日本中世史 2 自由にしてケシカラン人々の世紀 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 2 自由にしてケシカラン人々の世紀 (講談社選書メチエ)感想
所謂、南北朝から室町時代という区分に関しての本。摘まみ食い感はあるけど、先行研究を紹介していく。例えば日本の「公」という言葉は「小宅(おやけ)」に対しての「大宅(おおやけ)」という概念から生まれたと説いたり、太平記を土台に「公」と普通の人の関係が変動した時期を分析したり。中で京都で起こった飢饉が流通システムの破綻に起因するものから、流入人口増で供給が間に合わなくなった原因に分かれるとか、尊氏が見物した田楽と義満が見物した猿楽での観客の差とか。ある意味で旧世代と新世代の確執が時世を動かすのかもしれない。
読了日:6月26日 著者:東島誠
昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書)昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書)感想
日米開戦について「中国市場の争奪戦というより、英国とその植民地の帰趨を巡って始まった」と説く。この巻での視座は、日米開戦当時の武藤章陸軍省軍務局長と田中新一参謀本部作戦部長の2人。知性があり、適切な判断をする時もあれば、居丈高になって決断を誤る時もあり。満州事変以降、同じ人間が、時間軸の中で揺れるのが不思議。ただ日、中、独伊、ソ、米英と各々思惑があり、力関係があり、状況判断がある。一局面を見て結論は出せない。日本の力の実態を把握すれば、誰も米国相手の戦いに勝機を見いだせていなかったことは確かに明白だが。
読了日:6月26日 著者:川田稔
草原からの使者―沙高樓綺譚 (文春文庫)草原からの使者―沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
先ず以て有川浩の解説が秀逸!! 下ネタは作家にとって禁じ手なのだけど、書き手によってはファンタジーとして成立しうると説く。確かに最後の1篇「星条旗よ永遠なれ」は男性が「打ち止め」になると旗が飛び出すという逸話だ。米退役軍人と日本人妻の人情話に仕立てているのが何ともすごい。表題作「草原からの使者」は浅田にとっては自家薬籠中、お手のものの話だ。ただ当時の競馬場で特券を大量に刷り出す話や、「星条旗〜」で「米国では隠居ができない」という主人公のつぶやきなど、洒落た警句に満ちているのが、この人ならでは。続編を期待。
読了日:6月23日 著者:浅田次郎
選書日本中世史 1 武力による政治の誕生 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 1 武力による政治の誕生 (講談社選書メチエ)感想
中世日本の枠組みを考える上で黒田俊雄が提唱した「権門体制論」は斯界で支持されているそうだ。だが筆者は異議を唱える。単純化すると、天皇であれ、寺社であれ、武力の前には無力なのだと。論証のために手紙(綸旨、御教書、直状等々)の遣り取りを追跡したり、「取次」等の役職(中枢と地方を繋ぐ役目)の人物を詮索したり。実証的で説得力があります。また戦前の皇国史観の影響を清算しきっていない、という指摘は興味深い。唯物史観でも尚武の気風は続き、網野善彦の出現が別の時流を形成したという。社会科学の学徒たらんとする筆者に拍手。
読了日:6月22日 著者:本郷和人
選書日本中世史 3 将軍権力の発見 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 3 将軍権力の発見 (講談社選書メチエ)感想
日本史の教科書ではさらりと済ます南北朝時代。混乱の極みでした。兄弟で足利政権を作ったかと思えば離反して南朝に合流したり、北朝の血統が絶えかかったり。武力による政権は源頼朝(或いは平清盛)以降に成立したとされつつも、「太政官符」「官宣旨」といった朝廷由来の文書の効力が有効だったことから権力構造の複雑さを読み解きます。南都北嶺といった宗門勢力もいる。最初は為す術なかった武家政権も3代義満の後半になって武力鎮圧という手を発見するまでの話です。最終章の「公家と武家」を最初に読むとよろしい。ま、古文書の鬼の本。
読了日:6月20日 著者:本郷恵子
ナチスの財宝 (講談社現代新書)ナチスの財宝 (講談社現代新書)感想
ルポは新聞記者にとって入門編です。藝として確立するのは難しい。あったこと、見たことをそのままに書いていては成立しないから。その点、この本は至芸の一つかもしれない。旧ソ連レニングラードの宮殿にあったモザイク画が旧独軍に略奪され、戦後摘発されることから話が始まります。琥珀の間の財宝の追跡がナチスの残党が南米に逃れた話に転じ、ロンメル将軍の財宝(山下将軍の財宝の話に似てます)になり、最後はヒトラーの美術館建設の野望まで一気に進んでいきます。昨今評判のフェルメールもその中の1枚。確かに戦後ドイツの裏面史です。
読了日:6月20日 著者:篠田航一
ぼくらの近代建築デラックス! (文春文庫)ぼくらの近代建築デラックス! (文春文庫)感想
共同筆者の門田慶喜曰く「建築は建築家だけではなく施主、大工、政治家、華族、軍人、小説家……。建物の周りには様々な人がいる。逸話と物語の宝庫。自動車評論家の徳大寺有恒が言うように『車の楽しみは結局は人間の楽しみ』」と。そこに尽きる。辰野金吾の3大万歳、大阪で活躍した渡辺節、宮廷建築に活路を見出した片山東熊、妖怪の主伊藤忠太、傍流の王妻木頼黄などなど草創期のメンバーから多くの職人上がりの建築家まで。2人の談論風発つきることなく楽しい。嘗ての藤森照信の「建築探偵シリーズ」に続く文脈。2人の異能の作家に拍手。
読了日:6月19日 著者:万城目学,門井慶喜
幕末から維新へ〈シリーズ 日本近世史 5〉 (岩波新書)幕末から維新へ〈シリーズ 日本近世史 5〉 (岩波新書)感想
教科書の日本史とはひと味違う立体感が楽しい本。11代将軍家斉の時代から話は始まる。16人の妻妾から男児26人・女児27人を作ったこの方は寛政の改革の一方、財政的な窮乏と権威低下を招く。川越藩、庄内藩、長岡藩を同時に転封する三方領地替えは継嗣家慶が取り消さざるを得なくなり、天保の改革も失敗。ナポレオン戦争や毛皮用のラッコ猟で北辺に外国船が近づく。金と力がない中で頼った天皇の権威にいつか将軍家側も振り回されるようになる。国内と国外、江戸と京都、地方。学問の進捗と貨幣経済等々。同時代を輪切りにしてみせる愉悦。
読了日:6月17日 著者:藤田覚
しをんのしおり (新潮文庫)しをんのしおり (新潮文庫)感想
2005年刊。弟や友人との日常生活の中で妄想を膨らませ、文字化していく。明晰な文章であるにも関わらず、自由奔放な乙女の心は追いかけるのが大変だ。ただ時に見せる才が恐ろしい。古今集の凡河内躬恒の口語訳(乙女訳というべきか)は見事だし、BUCK-TICKの追っかけをし、宝塚歌劇に心を躍らせる姿にはまた掬すべきものがある。これらの随筆(というか雑文の分類という方がふさわしい)は筆者の「小説」という創作活動の余技という範疇ではなく、大いなるジャンピングボードになっているのが分かる気がする。文の落差がすごい。
読了日:6月16日 著者:三浦しをん
日本の名作住宅の間取り図鑑 (エクスナレッジムック)日本の名作住宅の間取り図鑑 (エクスナレッジムック)感想
一般庶民の家は別としても、家というものが常に「来客」を想定して作られてきた歴史と読み解けると思います。客と家人の動線を別にするために「中廊下」ができたり、「表」と「奥」の区別や、店と奥の別であったり。便所が2カ所になったり、洋館風の建物がくっついたり。ただ時代が下がると、家の敷地としての広さを確保することが難しくなること、家族の単位が核家族化することなどから、家がプライベート空間としての意味が強くなっていく過程が見えます。この本は江戸〜昭和の住宅を取り上げているのが一種の生活史となっています。
読了日:6月15日 著者:大井隆弘
空海はいかにして空海となったか (角川選書)空海はいかにして空海となったか (角川選書)感想
正直に言います。すこぶる学術的でありまして、広汎な史料を博索して、そのわずかな断片から佐伯真魚から空海へと変身していく過程を探ろうとしているのですが、いささかに全体像が見えにくい。個別の挙証がどう本体に繋がっていくのか、博学の士には何も苦にならないのであろうと拝察しますが、ちょっと選書という形態では難解に過ぎる気がしています。行間から実に篤学の士である様子は伝わってくるのですが。
読了日:6月13日 著者:武内孝善
道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書 2321)道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書 2321)感想
筆者は1925年生の元建設官僚。日本道路公団などを経て関連法人の道路歴史研究所理事長。古代の駅制に始まる道の概念と現代の高速道網の発想が近いとか、移動手段が古代の馬から近世の徒歩に変わると道も姿を変えたという指摘や、名神高速を開通させる際に世界銀行から招いたワトキンス、道路計画のドルシュ、土質・舗装のソンデレガーという「お雇い外国人」の教えを受けた世代である筆者の感慨は興味深い。また国交省、農水省、各地方自治体と管理主体がばらばらな道の規定を一元化する「道路総合法」の制定提唱は正論だけど実現するかな。
読了日:6月12日 著者:武部健一
桃色トワイライト (新潮文庫)桃色トワイライト (新潮文庫)感想
大河ドラマの「新撰組」が登場しているから、2004年ごろの連載なのだろうか。掲載誌は分からないけど。この方の随筆はすこぶる楽しいので手を伸ばしたけど、本書では筆者のスピード感について行けなかった。ニヤッとしている間に対象物は遠くに走り去っているような感じ。残るは真抜けた己が顔ということになる。このスピード感(というかものを事柄を省いていく感覚)について行ける人にはおもしろいし、共感できる1冊なのだろうけど。「爆笑の大人気エッセイシリーズ」という売り文句に取り残された自分が……。
読了日:6月11日 著者:三浦しをん
日本木造遺産 千年の建築を旅する日本木造遺産 千年の建築を旅する感想
これも木造建築か、と思う。就中佳いのが、菅の舟頭小屋。のべ床面積約1坪。畳1畳と土間。生活ができるのだ。川崎の日本民家園にあるらしい。福井・大瀧神社、岩国・錦帯橋等々、写真に惹かれて買った1冊。藤塚光政の写真がいい。で、巻頭を飾るのが播州小野の浄土寺浄土堂。実に素敵な堂内なのだが今は撮影禁止なのだそうだ。昔の写真を所収しているけど、それがまたいい。空撮(たぶんドローン)写真があるのだけど、氏のこの写真の類の方はまだ練度が低い気もする。藤森照信センセイの説明文、腰原幹雄氏による構造説明と、行き届いた1冊。
読了日:6月11日 著者:藤森照信
小説を、映画を、鉄道が走る (集英社文庫)小説を、映画を、鉄道が走る (集英社文庫)感想
連想に任せて、鉄道が出てくる映画、小説を綴っていく。随筆だから仕方ないけど、読み進めると発想について行くのにちょっと疲れる。でも映画「張込み」、小説「オリンピックの身代金」の夜行列車、林芙美子の「房州白浜海岸」、吉村昭の「東京の戦争」などを含む一篇は心に残る。映画に当時の風景が残っていることの意味を説かれて成程と。「砂の器」再読したくなった。個人的に印象的だったのは旧制一高時代の芥川龍之介が外房での海水浴について書いた一文。「海水浴と云うのは名ばかりで実は波にぶんなぐられにはいるのだから堪りません」
読了日:6月11日 著者:川本三郎
ハルビン駅へ 日露中・交錯するロシア満洲の近代史ハルビン駅へ 日露中・交錯するロシア満洲の近代史感想
ロシアの根底に流れる汎スラブ主義。欧州からアジアまで制覇するのが歴史的使命感と遅れてきた帝国主義国としての現実。東清鉄道を創設し、資金的な裏付けを担った露清銀行を設立して話が始まる。中心がハルビンという新しい町。鉄道が荒蕪の地を開発の拠点に変えた。利権が生まれればロシアの大蔵省と外務省、陸軍省との主導権争いが生まれる。軍人、旧教徒やユダヤ人の入植、満州の大豆輸出が経済活動を生み、日清、日露の戦争を経る間に力関係が変わっていく。ユーラシア大陸の西から満州、朝鮮を観るを視点が新鮮。結論を先に読む方が楽かも。
読了日:6月9日 著者:ディビッド・ウルフ
メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)感想
わずか1年余ほど前の本だけど、中身の一部はもう古くなっている気がする。活字媒体というか、テレビというか、既存のメディアのありようというのはいよいよ分からなくなっている気がする。そして重心が偏った時にどうするのか……。
読了日:6月6日 著者:長澤秀行
侍従長の回想 (講談社学術文庫)侍従長の回想 (講談社学術文庫)感想
元・中公文庫所収。1944年8月から1946年5月まで、侍従長として昭和天皇に仕えた人の随筆。1次史料として読む場合には注意が要る。第1に旧海軍出身であること。畢竟旧陸軍系統の人物評は辛口になる。第2自身の見聞を見極めること。8月15日の記述、朝日新聞を引用している。多分、二重橋前の光景を見ていない。ともあれ動乱の時期に日本の中枢にいた者が記憶を基に綴った文という点で値打ちがある。映画「日本のいちばん長い日」の描写に色濃く反映している。また、学術文庫版の価値は保阪正康の解説の部分。先に読んだ方がいい。
読了日:6月6日 著者:藤田尚徳
満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)感想
加藤陽子は分かりやすい本を書く人ですが、この本の内容を平明にするためには3分冊くらいにしないと無理です。読者は観覧車に乗ったつもりが、昨今流行のジェットコースターに乗せられていたようなものです。書いてある内容は理性的、中立的で学術的ですが、新書で1冊という体裁、分量に、このいくつもの補助線(外交、世界情勢、財政金融、陸海軍と各国の軍事力、国民の生活などの統計資料などなど)が必要な事象を収めていくのは無理です。満州事変以後を書いたいい本ですが、教科書から1歩進んだところで、という時にはおすすめできないです。
読了日:6月4日 著者:加藤陽子
満鉄調査部 (講談社学術文庫)満鉄調査部 (講談社学術文庫)感想
国策会社の満鉄で植民地経営の企画立案を担ったのが同社の調査部。赤化するロシアとの関係の研究が入ってきたり、世界が中国大陸の権益に注目する中で始まる15年戦争の中、満州に留まらず広く日本の権益を探る機関に変貌していく。今日考えている以上に共産主義的な考え方は魅力的に映った部分があり、左傾する者もいたり、関東軍を中心とした軍部に阿る部分もあったり。ただ、この時に身に付けた感覚は戦後、自民党を中心とした政治体制の中でも大きな影響を残したのは事実。例えば椎名悦三郎。概説的な内容。なお本書は平凡社新書の再編版。
読了日:6月3日 著者:小林英夫
沙高樓綺譚 (文春文庫)沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
前回勧めた2篇を再読。「小鍛治」の方は読み返すと、探偵小説の鉄則「ノックスの十戒」にあるとおり、前半に登場した人物が最後に鍵を握っているという仕掛けであり、モデルの人物をだれに想定するかも楽しい。蒼風か太郎か? 「雨の中の刺客」の方は何でもない別れが最後の引き金になっていく。日常生活にはそんな瞬間があちこちに転がっているのだと改めて思う。 そして全編。沙楼のモデルというか、イメージには、華道家の栗アfが2000年代初頭までやっていたという六本木の高級ゲイバー「西の木」のイメージが投影している気がする。
読了日:6月2日 著者:浅田次郎
沙高樓綺譚 (文春文庫)沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
1編目の「小鍛治」と5編目の「雨の中の刺客」がいい。前者は刀剣鑑定を家業とする友人が主人公を秘密の会合に誘うことから話が始まる。自然な展開で刀剣の「折紙」を付ける鑑定作業、また出自不明の名刀が現れ、話が展開していく。後者は高度成長期に博徒系ヤクザに入り込んだ男が綾なすままに斯道の真ん中を歩く羽目になった回顧談。「天切り松」の口調に近く、話の流れが自然だ。「誇張や飾りを申されますな、聞いたら夢にも他言なさいますな」という女装の主人の台詞は、濃いビロードのような世界を作り出す決め台詞か。解説の百田尚樹が蛇足。
読了日:6月1日 著者:浅田次郎
増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学 (ちくま学芸文庫)増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学 (ちくま学芸文庫)感想
第2次大戦が終結して今年で70年。日本で終戦記念日といえば8月15日になる。だが歴史的には昭和天皇の降伏詔書が公表された日であり、ポツダム宣言受諾は8月14日、降伏文書の正式締結は9月2日になる。1945年からしばらくは、8月14日や9月2日の記憶が残っていたものの、記憶が8月15日に収斂された過程を記した本。政府の戦没者追悼式典や昔からの旧盆の習俗が重合した結果ながら、筆者の言う如く、8月15日は戦場銃後や敵味方の別ない慰霊の日とし、無条件降伏した9月2日を敗戦の日と分けた方が昨今の議論が明解になる。
読了日:6月1日 著者:佐藤卓己
選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層感想
津軽選挙に甲斐選挙、奄美全島区……。この本は衆院選旧山梨全県区で12期当選した金丸信を題材に、選挙運動の話を点綴する。これも柳田国男以来の民俗学の姿ではあるのですが。地縁血縁、さらには後援会の顔をした無尽(頼母子講)などなど。ただ、こんな形態が残っているのは地方の町村議選、市議選くらいではないか。衆院選の小選挙区制がもたらした弊は少なからずあるような気がする。ま、金が動くことは地域の活性化であるのは事実なのですが。この本は飛ばし読みでした。
読了日:5月31日 著者:杉本仁
追記
posted by 曲月斎 at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする