2011年02月23日

もう4年。

四国遍路を果たしてもう4年になる。

バイクで廻ったあの道中。なぜか雨のシーンばかり思い出す。
徳島の阿南から日和佐、室戸まで、高知の窪川から足摺、宿毛まで。札所でいえば、22〜24番、37〜39番。いずれも札所の間隔が長い区間ではあるのだが。

あの時、物に拘らず、煩わされず、執着しないような気分になったのだけど、また濁世にすっかりなじんでしまった今日このごろである。

来月は仕事で高知に行く予定。何かあの地の空気を吸ってくると、少しはリフレッシュするものがあるかもしれない。
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2010年01月29日

四国行(3)

うっかり#3が抜けてました。

ということで、フェリーの話を追加したい。

高速道路の土、日曜が1000円になる割引の所為で、フェリー業界は大変らしい。
確かに和田浦に出かける時に、久里浜〜浜金谷間のフェリーよりも、アクアラインを遣うものね。何しろ乗用車なら800円だから。

便利になるのはいいけど、長距離フェリーがなくなるのは如何かと思いますね。

毎度利用するのは東京〜徳島〜北九州のオーシャン東九フェリーなんですけど、これがあるおかげで四国に渡るのが非常に楽。おまけに今はやりのエコです。

でも、24000円も払って利用する人は減っているらしい。

かつては東京〜北海道とか、川崎〜宮崎とか長距離フェリーがあったのにね。島国日本で、こういう交通手段はもっと大切にされてもいいと思うし、高速1000円よりも、こういうところに金を使う方がエコだと思いますね。

何より、遍路をするときに、島に渡るんだ、渡ったんだ、という実感が結構、決意を固める気分にさせてくれる。
きょうは出航は11:30。東京着が明日の5:30です。

そう、ひそかに。ぼうぜの寿司.jpg船内の食堂がうどんコーナーに格下げになっていたので、徳島駅で買った「ぼうぜの寿司」がせめてもの救いになった。

追浜〜牧之原〜苅田という航路があるらしい。今は旅客不可になっていますけどね。
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2010年01月28日

四国行(5)

今回は自分の愛車、ジムニーシエラで回りました。

この車は山道を苦にせず、小型で取り回しがいい。
その点で四国のお遍路を自家用車で回りたいという人には、一番いい車じゃないでしょうかね。

ジムニーは普通、レンタカー屋さんにはない車ですけど、四国にはそれなりの需要があるんじゃないかしらん。

前回は400tのバイク、CB400sfでした。
遍路の意味は札所と札所の間の道にあると思っていますが、その点で、自動車で回るというのは、物足りなさがあったのも事実です。
やはり徒歩、自転車、ゆずってバイクまでですかね。
というのは雨に濡れ、風の冷たさを感じることが、値打ちだと思うから。

ところで問題です。

四国4県、隣り合わせになっていない県があります。どことどこか。

職場の愛媛出身の同僚に言われたのですが、今回実感しましたな。

そう、徳島から愛媛に抜ける境目峠、です。つまり徳島と愛媛が接しているので、香川と高知は隣り合わせていないんですな。

標高381メートル。一番低いところは標高約220メートルの銅山川の河原。ということで、今回はひとまず。
明日のフェリーで東京に戻ります。
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四国行(4)別格16〜20番

箸蔵寺から猪ノ鼻峠を越えて、16番萩原寺へ。

峠道はなぜかゴミのパッカー車を追走する。峠道の途中にゴミの最終処分場があるみたいだ。

途中で雲辺寺へと続く道が現れる。トンネル越えて、今度は財田川へ。琴平の町に下り、西へ。
萩原寺は小さなお寺。敷地の中にあれこれと立っている。山内には写しの西国札所があるみたい。16-1.jpgこれは1番青巌渡寺の奥の院とされた那智の寺のもの。きちんと整備すればいい風情だと思うのだけど。

また高松道に大野原ICから乗り、高松西ICへ。
高速がともかくもあるので、距離を稼ぐことができる。

19番香西寺。
参拝を済ませ、朱印を頼みに入ると、そこは十王像がまつられていた。19-2.jpg

中央の閻魔王だけではなく、十王がそろっているのは珍しいのではないか。たぶん、江戸期の作なのだろうけど。

各王の持ち物はほとんど欠けていたけど、それぞれに表情やしぐさがきちんとしていて、もっと大切にして欲しい感じ。

19-3.jpg
ただ、堂内はどちらかといえば、雑然とお札やお守りが山積みされていて、どちらが堂の主か分からない感じ。

19-4.jpg右端には奪衣婆もきちんといるし、きちんと修復して欲しいもんです。

そういえば、この寺は水子供養をしています。
どうも水子供養とか、ボケ封じとかっていうのは、個人的には何か商売っ気丸出しな感じで好感を持てないんです。

人の弱みにつけ込む商売みたいな感じで。

そんな余計なことはさておき、最後の20番大瀧寺へ。
以前、回った時に道に迷って大瀧寺ではなく與田寺へ行ってしまったんでした。

途中からは、本当に細い道。自分の車がジムニーで良かった、と本当に思いましたな。ほとんど最後は2速で、しかも路肩には雪が残っているとあって、4駆にして。大瀧山の北側(つまり香川県側)はキャンプ場があるんですけど、徳島側に少し下ったところにお寺はありました。

鞍部の標高は約900メートル。高野山よりも高いんですから。雪も氷も残っていて当たり前、です。

庫裏で朱印を頼むと、星祭りのお札の準備の合間に応じてもらいました。これで7カ寺回って午後4時半。

ただ下りの脇町への道も怖かった。たぶん、南側だから凍結しているところはないだろうと言い聞かせる心境で山を下りました。

下大滝の集落の辺りは、段々畑にへばりつくように、民家が点々とあり、ここでの暮らしの厳しさを思いました。

下りると脇町。道のアップダウンはまさに河岸段丘を上り下りする感覚ですな。また徳島道で徳島へ。ともかくも区切りをつけることができました。
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四国行(2)別格10〜15番

ということで、28日。

残った7カ寺。愛媛3カ寺、徳島2カ寺、香川2カ寺。
中央構造線を挟んでの遍路になる。じっと地図をにらんで、10〜11〜14〜15〜16〜19〜20と回ることにした。

19-1.jpg10番西山興隆寺。
駐車場を下りてから、長い石段が続く。
地形を見ると、この石段は尾根筋に伸びており、両側に谷川が流れている。上り詰めると立派な石垣。
10-2.jpg
ということで、光明真言三遍、手を合わせ、納経を受け付けてもらう。

11-1.jpg11番生木地蔵。
1954年の洞爺丸台風で倒れるまで、このクスノキの大木に本尊が彫られていたという。

さぞな、と思う。
カーナビでは生木地蔵というと、少し離れた寺を案内されることがあると思う。聞けばそちらが本坊で札所は飛び地の境内だそうな。若い住侶が説明してくれた。

14番椿堂までは高速で伊予小松北から三島川之江へ。椿堂は阿波街道から少し入ったところにある。

ここで15番箸蔵寺へいくか、16番萩原寺にいくか。カーナビで検索してみてもその後の旅程からみてほぼ同じ。ならば境目峠を一般道で越え、15番へ。途中、池田の町を通った。あのやまびこ打線で名を売った池田高のある池田町である。「この子らに海を見せたいんじゃ」と言ったのは故・蔦監督。吉野川が刻んだこの深い谷間から川下を望んでみると、確かにこの言葉が実感として分かってきた。

15番箸蔵寺。
猪ノ鼻峠への道ばたにある。戦前はケーブルカーだったと思ったが、今はロープウエー。左下を望むと軌道敷跡が見える。戦時中にケーブルカーが撤去された後はリフトから山門のところで乗り継いでケーブルカーだったそうな。今は空中を通り抜けるだけになった山門は右下に見える。
ロープウエーは15分間隔。12時半で登った。山上まで登ってもなお、石段が続く。15-1.jpg石段の玉垣の名が独特の書体で楽しい。行書とも楷書とも違う、江戸文字などとは違うものの、独特の強弱が味わい深い。
ここも仙龍院と同じく、ちょっと寂れている感がある。でも、遠く四国の山並みを望み、気持ちのいいお寺だ。

立派な入り母屋作りの本坊の脇から階段を上がる。鐘楼、薬師堂、天神社と棚田のように続き、本堂が建っている高みに登りつく。

本堂の左手に基壇だけ残っている個所があった。
何が立っていたのだろう。神馬の銅像があったけど。
春は桜の花がきれいなのかもしれない。

15-2.jpg

本堂と大師堂のある高みはちょっとガランとしていて、不思議な感じだ。お参りを済ませて、本堂の中をのぞくと、畳4畳分ほどの賽銭箱が床に作りつけてあった。こんな大きな仕掛けが畳敷きの座敷にあるのは不思議な光景でもあった。15-3.jpg
posted by 曲月斎 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四国行(1)

前回、四国を回ったのは07年3月。

2週以上の休みを遣っての遍路だったが、八十八カ所は結願できたものの、同時に回っていた別格の7カ所は時間がなくて回りきれなかった。何となくまだ終わっていない、という感じが残っていた。

今回、高野山に出かけたのを機会に残りの7カ寺を巡ってしまいたいと計画した。

前日、高野山から下りて和歌山港に着いたのが午前11時前。凍った道を早朝、下りてくる勇気はない。どうしてもこの時間が一番早い。

13時40分発の便で徳島着が16時前。
あわよくば1カ寺くらいと思ったが、とてもとても。

残った7カ寺は、
10番興隆寺、11番生木地蔵、14番椿堂、15番箸蔵寺、16番萩原寺、19番香西寺、20番大瀧寺。

一番遠いのが10番。愛媛県西条市。ということで、そのまま徳島道で一路西へ。中央構造線に沿って走るこの道。片側1車線で対面通行。どんなペースで走っていいのか、わかりにくい。

その中で境目峠の下を通るトンネルでそのまま愛媛県へ。
川之江東JCTで高知道になり、川之江JCTで今度は松山道へ。今治小松道の終点まで行き、この日の宿の鈍川温泉へ。

旅館ではせかされるばかり。食事をばたばたと済ませ、風呂に1度入って、そのまま就寝。温泉旅館というのは1人客が嫌われているのは承知なのだが、それにしても……。聞けば、客が少ないからだろうか、風呂を1カ所にしているので、入れ替えの時間を気にしていたとのこと。翌朝も朝食のあと、風呂はまだかまだかとの帳場からの電話。仲居さんは「いい風呂だからゆっくり入っていって」と言われたのに、「実は朝9時からメンテナンスなので」。それなら先に言って、といいたい。宿名はあげずに置くけど。
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2009年12月20日

坂東三十三カ所(3)/印可巻

という訳で、坂東三十三カ所を廻ろうかと発心したので、納経印を頂く帳面を買ってきた。

四国を回った時と同じくはいばらの「印可巻」にすることにした。
印可巻は以前は天地に枠線が入っていないものがあったのだけど、今はないそうな。3尺、6尺、9尺、特注の12尺。

紙は中厚手の鳥の子紙で巻子本仕立てになっているから、改めて表装に出す必要がないことを考えれば、上々のものだ。add-inkamaki.jpg
写真は別の商店のhpから拝借したが、表装の金襴地は草色系、紺色系、茶色系とあって、今回は紺色系にした。

四国の時は順に朱印を頂いて廻って、計6巻。今回は1カ寺幅3寸としてだいたい6尺2巻でどうにか番外まで収まるかなと見込んだ。

はいばらは東京・日本橋にある紙問屋さんで、小売もしています。
ここの和紙製品は実に結構です。

四国の時は途中で足りなくなりそうになって、店から旅先にこの印可巻を送って頂いたこともありましたっけ。

という訳で、また巡礼に出ようかなという気分が高まるのであります。
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2009年12月19日

坂東三十三カ所(2)意外な難所

いざ、回ろうと本をめくっていると、意外な難所に出くわした。

19番大谷寺と21番日輪寺である。

大谷寺には定休日がある。しかも年末は休みだそうだ。
「正月の準備がありますので。20日までは開けます。27日も開けますけどそれ以外は……」との答えだ。hpによれば、「拝観休業日:毎年12/19〜31、1月・2月・3月の各第2・4木曜日」。

もう1カ所日輪寺。
こちらは茨城と福島の県境、八溝山の中腹にある寺。「きょうは大丈夫のようですけど、昨日はもう雪が積もって……」とのこと。

寺を開けるかどうかはその朝の天候次第だそうだ。「一応、お詣りの時は朝、電話をしていただいて」とのこと。で、寒気厳しき1、2月は閉山するそうだ。「(夏)8:00〜17:00 (冬)9:00〜16:00 1月〜2月 閉山」

ちょっと想定していなかった難関だ。

八溝山は標高1022メートル。寺は標高800メートルくらいのよしだが。確かにこのところの寒気だ。厳しいかも。

日程をもういちど検討しなおさなくては。各札所とも「昼休み」があるところが多いのも考えどころだ。
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2009年12月16日

坂東三十三カ所……


坂東三十三ヵ所めぐり―鎌倉時代に始まる観音霊場の旅へ (楽学ブックス―古寺巡礼)

坂東三十三ヵ所めぐり―鎌倉時代に始まる観音霊場の旅へ (楽学ブックス―古寺巡礼)

  • 作者: 安宅 夏夫
  • 出版社/メーカー: ジェイティビィパブリッシング
  • 発売日: 2007/12/30
  • メディア: 単行本



このごろ、冬籠もりの間に何をしようか、考えています。

夏休みもないままに走ってきたので、少し休みたい。リセットするには何がいいのか。

そこで浮かんだのが坂東三十三カ所巡り。
関東をぐるり1周するような札所巡りなんですけど、真冬は閉山してしまう山もあり、どうしたものか。

今、あれこれとガイドブックを探しているところ。


坂東三十三カ所を歩く (歩く旅シリーズ 古寺巡礼)

坂東三十三カ所を歩く (歩く旅シリーズ 古寺巡礼)

  • 作者: 芦澤 武仁
  • 出版社/メーカー: 山と溪谷社
  • 発売日: 2006/10/01
  • メディア: 単行本



という本もありました。四国とかと違って札所が順に並んでいるというよりも、区切りうちが原則みたいな感覚です。鎌倉からスタートして小田原まで行って浅草寺まで戻ってまた、今度は北上、みたいなルートになるので。

どう回ればいいのか、そこも考えどころです。


西国坂東観音霊場記

西国坂東観音霊場記

  • 作者: 金指 正三
  • 出版社/メーカー: 青蛙房
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本




という本もあり、草創は鎌倉時代とか。ま、ぼちぼちと考えていくことにします。



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2009年07月02日

この夏に……

四国を遍路した思い出を振り返る時、45番岩屋寺の後が、あいまいになる。もちろん、印象深い寺はある。でも数えるほどになってしまう気がする。思い返すと、石手寺、横峰寺、番外のいざり松、三角寺、番外の仙龍寺、雲辺寺、弥谷寺、善通寺、白峰寺、屋島寺〜志度寺、そして大窪寺、番外の胎蔵峰寺。

大きいか険しいか、どちらかの気がする。

休みの残り日数が気になり始めたことも事実だし、札所と札所が近いのでそんなものだったのかもしれない。

何か、もう一度、詣り直してみたい気もする。何か、結願を急ぐあまり、落としてしまったものがあるような。

徳島から逆打ちで岩屋寺辺りまで打ってみる。また違ったものが見えるかもしれない気がしている。
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2009年03月17日

島遍路第5日/ともかく結願。

帰路途中である。
さすがに疲れたので三河の岡崎泊まり。

日程だけアップしておく。ともかく結願はできた。

【この日の日程】旭屋旅館午前9時発
49番東林庵〜50番遊古庵〜55番観音堂〜56番行者堂〜44番湯舟山〜●43番浄土寺〜45番地蔵寺堂〜●37番明王寺〜36番釈迦堂〜35番林庵〜●38番光明寺〜39番松風庵
午後3時30分福田港発

帰りは順調に新名神に入ったのだけど、東名阪道の亀山〜鈴鹿で7キロの大渋滞。通り抜けるのに40分くらいかかって、さすがに疲労困憊。岡崎ICで下りた。往路と同じく名神を回ればよかったかな。前を行く馬運車が東名阪道を南下していったけど、亀山PA辺りから一般道に回ったのだろう。ああいう判断はできないわなぁ。
ともかくも、岡崎IC近くでカーナビで検索、岡崎グランドHに投宿することにした。
恩師・近藤貞雄の故郷は岡崎、ここに来たことはなかった。
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2009年03月15日

島四国第4日/とりあえず道程だけ。

何かさすがに疲れてきました。原稿は後日・・・。

きょうは道程だけ。忘れちゃいそうなので。

【この日の道程】民宿みさき午前9時発
5番堀越庵〜6番田ノ浦庵〜10番西照庵〜15番大師堂〜18番石門洞〜20番仏ケ滝〜14番清滝山〜19番木下庵〜22番峯山庵〜23番本堂〜●24番安養寺〜25番誓願寺庵〜●26番阿弥陀寺〜27番桜ノ庵〜28番薬師堂〜29番風穴庵〜●31番誓願寺〜34番保寿寺庵〜●32番愛染寺〜●33番長勝寺〜42番西ノ瀧〜41番仏谷山〜●40番保安寺
午後5時45分旭屋旅館着
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2009年03月14日

島遍路第3日/バスと追いつ追われつ

土庄港前の旭屋を出たのは前日と同じく午前9時ごろ。きょうは土曜日、週末となると団体さんが増える。宿の女将は「本四国ほど集中しないですから・・・」とは言っていたけど。団体さんと出くわすとどうも「オリエンテーリング」状態になってしまう。というのはともかく人混みをさけたい。小豆島の札所は小さいところが多い。マイクロバス程度の一団がいるだけで堂前はいっぱいになる。本当はそんな気持ちの小さいことでは修行どころではないのだけど。

宿を出て県道を北へ。まず54番宝生寺へ。ここは3カ所の札所が一緒にある。納経をすませて今度は46番多聞寺へ。ここから2カ所の山の霊場を回る。48番毘沙門堂。堂の傍らの川には大きな砂防ダムができていた。石段を上がって一枚岩の上を通り、47番栂尾山へ。ここは山岳寺院、岩場にはめ込むように堂があり、入り口の扉にはかんぬきがしてある。「お参りの方、あけて入ってください」。やはりサルが出没するらしい。

ここから昨日の残り、島の北側へ。花崗岩の切り出し場が何カ所も続く。つくづくと石の島なんだな、と思う。北海岸で最初に行ったのが78番雲胡庵。梅の盛りならさぞきれいだったろう。庵の傍らに案内石があり何か滝行場が次の札所だったみたいだ。ただし「通行止め、通り抜けられません」とのこと。

この次が謎の札所「山の観音」。71年に刊行された平幡良雄の「小豆島八十八カ所」には80番観音寺の後に出てくる番外札所だ。配られているパンフレットによってはこの札所が80番の奥ノ院として出てくる。インターネットで検索すると80番子安観音寺、81番恵門の滝、そして小豆島大観音と一緒に出てくる。役僧もたくさんいるみたいだ。
県道沿いに今も札所の表示板は出ており、これに従って上がっていくとダム湖の傍らに出る。そのまま登り続けるとそのダムの源流、境内を清冽な滝の水が流れ、コンクリート造りの本堂が現れる。ちょうど団体さんがご祈祷の最中のようで、太鼓の音がドンドン聞こえてきた。事情を聞いたら、もともと子安観音寺と恵門の滝は同じ寺の管理で、エリア外に小豆島大観音を建立したので、そこまですることはないだろうと他の札所が言ったとか言わないとか。「元々人気のある札所だったんですけどね」とはある人の弁。ちなみに80番では納経帳にないので別紙でこの寺の朱印を渡してくれる。個人的にはあまり太鼓ドンドンというお寺は苦手なので・・・。札所が出入りするというのは何か不思議な気もする。前記の本では洞窟をくりぬいたようなところに建ち、老尼が堂守にいたとあるけど、とても今の姿からは想像できない。

81番恵門の滝ではびっくりした。4WDしか登るのが難しいんじゃないかというような急勾配の細道をバスが登っているのだ。ブンブンとエンジンをフルに吹かして。あまり安全とは思えないのだけど。バスに乗っている人は木の間越しに見える瀬戸内海の景色を楽しんでいるのだろうけど。

小豆島に上陸した福田港にもどり、ここから南下。87番海庭庵ではちょっとひやり。車を路肩に寄せたときには堂内に女性の人影が見えたのだけど、いざ堂内に入るとだれもいない。辺りをみまわしても誰もいない。見間違えだったのかしらん。

山を越えて内海の町へ。12番岡ノ坊。ちょうどおばさんと行き会う。この日は地区の芸能祭だとかで、コーラスに出演するそうだ。「ちょうはホワイトデーじゃろ。だからそうめんもろうたんよ。昼に茹でて食べた」。

団体さんと追いつ追われつしているので、先に納経の必要な8番常光寺と13番栄光寺を打ってしまう。山岳寺院は午後4時が閉門。2時過ぎに8番の脇の道から2番碁石山へ。登り切ると駐車場。ここから石段を登り、下りて本堂へ。ここも岩場に張り付くように立っているお堂。この傍らにある金比羅社からの眺めがすごかった。そして駐車場までもどって今度は1番洞雲山へ。ここも岩の裂け目の中に八角円堂があり、毘沙門天がまつられている。岩の裂け目から日が差し、独特の雰囲気だ。

山を下って今度は3番観音寺へ。寺の傍らから奥ノ院隼山へ。古い四国の本尊を写した石仏に今様の百観音の石仏、コンクリート造りの堂。1954年に焼失して70年に再建されたよし。ただ、何十年と経過したときにはどんな景観になっているのだろう。昔は海から本堂の前へ石段が続いていたらしいが今は通行止め。本堂の階段からみる景色は見事だった。このころにはやっと晴れ渡った。しかし寒風吹きすさぶとあって3番の大黒さんは「風がなければ暖かいんじゃけど、風が吹いたら北海道よりも寒い」とつぶやいていた。

ちなみに駐車場の便が悪い11番観音堂はガソリンを入れた金両醤油の駐車場に置かせてもらった。門前まで軽自動車はいけるという看板はあるけどとても無理です。堂守は元マルキン醬油の人だそうで、自力で堂を再建したよし。ちなみにこの辺りは酵母のにおい、パンが発酵しているようなにおいがする。醤油工場が軒を連ねているかららしい。町の中に「醤(ひしお)の里」散策用の駐車場があった。23番庚申堂はJAのキャッシュコーナーに行くついでに足を伸ばした。たまたま土曜日で空いていたのが幸い。

この日の最後は4番古江庵。海沿い、砂浜続きに立っている。絵に描いたような白砂青松、堂の前に並ぶ西国札所の観音像の石仏がいい雰囲気を出している。午後5時15分、同報無線で童謡が流れたとたんに、海辺でキャッチボールをしていた子供らが帰っていった。この夜は田舎の迎賓館みさき泊。

【この日の道程】旭屋旅館午前9時発
●54番宝生院・51番宝幢坊〜●46番多聞寺〜48番毘沙門堂〜47番栂尾山〜78番雲胡庵〜80番奥ノ院山の観音〜79番薬師庵〜●80番観音寺〜81番恵門の滝〜82番吉田庵〜●84番雲海寺〜85番本地堂〜83番福田庵〜86番当浜庵〜87番海庭庵〜88番楠霊庵〜12番岡ノ坊〜●13番栄光寺〜●8番常光寺〜2番碁石山〜1番洞雲山〜7番向庵〜●3番観音寺〜3番奥ノ院隼山〜●16番極楽寺〜●21番清見寺〜11番観音堂〜9番庚申堂〜4番古江庵
民宿みさき午後5時半着
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2009年03月13日

島四国第2日/雨の笠ケ滝に傘は無益

いよいよ島四国のスタートである。

この日出発したのは福田。島の北東部に当たる。あれこれと考えたのだが、土庄まで回って総本部から打ち始めることにする。車で走ればおよそ20分くらい。ガイドブックの道程の方がわかりやすいから。。。

総本部に行くと、マイクロバスの一行さんがちょうど受戒するところ。2階で1人250円見当でやるみたい。授戒するお僧が袈裟を着けてござった。こちらはお参りを済ませて納経帳と笈摺を買う。何でも巡礼会指定の納経帳でないといけないらしい。

まず最初に向かったのは64番松風庵。とことこと石段を登ったところにある草堂。次は58番西光寺。ここで一気に8カ所分の納経をする。裏手の山にある奥ノ院の誓願の塔から眺める海の景色はなかなか見事だ。下る石段の途中から路地を通っていくと尾崎放哉が死ぬまで住まいした南郷庵の跡。今は記念館になっているけど、こんなところだったのかな、と思う。見上げればさっきの塔。

ここから前島を回る。59番甘露庵。ちょうど地元のご婦人が堂でお接待中だった。お茶をいただく。ここからも島の眺めが見事だ。60番江洞窟は柳の漁港の端にある。蛸壺が干してある岸壁を進むと鳥居、その奥に朱の柱に白壁、瓦葺きの堂が岩壁に張り付いている。空海が求聞持法を修したような洞窟だ。中には本尊や井戸がある。鞘堂の窓からみる瀬戸内の海は白兎が跳んでいた。堂守の男性は「1月からみているけどこんなに荒れたのは初めて」とか。

ぐるり回って本島の53番本覚寺へ。住持は高野山大相撲部の出身で、大翔山と同級生だという。納経を終えたあと、しばし相撲談義。輪島の話やら、今の相撲の話まで転々しておもしろかった。住持が勧めてくれたのは「笠ケ滝に先にお参りした方がいい」という助言だ。順番通りだと島の北西部をぐるり回ることになるが、この72番奥ノ院は午後2時で閉まってしまう。あいにくの雨だったが、福田から帰るなら先に済ませておいた方がいいという。そのまま72番奥ノ院の笠ケ滝へ。ここは72番滝湖寺の脇を通ってつづら折れの山道。こんなところまで入るのにやはりジムニーシエラはいい。と思って山上の駐車場に行けば、マイクロバスのご一行。ここまで上がる執念に恐れ入った。

ここは鎖行場がある。地図だと石段になっているけど、1間ほどの幅で石ころの路頭が出ていて、ここの真ん中に鎖や鉄棒が渡してあるというイメージ。あいにくの雨。傘を持って出たがこれがじゃま。笠ケ滝では傘はさせない。鎖場の脇にいろはの標識。これが唯一のなぐさめだ。途中でいったん横に移動して、再び岩壁。ここを老婆らが上り下りしていたのだから信仰心は強いものだ。雨で手も足下も滑るけど何とか昇り切り、参拝して後ろ向きに下りた。

ここからぐるっと見回して、75番大聖寺、77番歓喜寺、76番金剛寺、番外の藤原寺と打ってしまう。いずれも納経のある寺。先に回ってあとの堂庵をゆっくりまわる計算だ。雨も少し小やみになったりまた降ったり。途中76番奥ノ院の三暁庵で甘酒の接待を受ける。この日はおじいちゃん。何でも地域の保存会が毎日交代で堂守をしているよしで、この方は金曜日の当番。軒先の半鐘を鳴らしたのを合図に甘酒を温めてくれたようだ。少し生姜の味がした。車を運転しているので、飲酒運転にならないかとちょと不安。でもすっかり酒精分は煮返しているらしく抜けていた。

ここから島の北西部を逆に巡る。時計回りに島を巡ると札所の標識が見つけやすいのだが、逆向きだと見逃しやすい。67番瑞雲堂などは見落としかけた。

最後は66番等空庵。車を路肩に止めてお参り。旧道に入れば1台分の駐車スペースはあった。堂内ではおばあちゃんがテレビ鑑賞。お参りに訪れた小生に気が付いて、わざわざ灯明を上げ直してくれた。

この日の宿は土庄の旭屋。泊まりは小生一人だったらしい。車ですぐの鹿島集落にあるスーパー銭湯の無料券をもらい、入浴としゃれ込む。スーパーマルナカに隣り合わせ。土庄の町は昼間も人影が少ないけど、ここだけは別。夜8時過ぎだったが、にぎわっていた。スーパーももちろん。駐車場がないと地方では厳しい。露天風呂から眺めると庵治辺りの火影がちらちらと見えた。

明日は旭屋は満室のよし。お遍路さんが一杯くるのかな。

【この日の道程】午前8時半福田・くさか旅館発
●総本部〜64番松風庵〜●58番西光寺・58番奥ノ院誓願の塔〜旧南郷庵〜59番甘露庵〜60番江洞窟〜61番浄土庵〜62番蓮華庵・63番大乗殿〜57番浄源坊〜●53番本覚寺・65番光明庵〜72番奥ノ院笠ケ滝〜●72番滝湖寺〜73番救世堂〜●74番円満寺〜76番奥ノ院三暁庵〜●77番歓喜寺〜●76番金剛寺〜●番外藤原寺〜71番滝ノ宮堂〜●70番長勝寺〜69番瑠璃堂〜67番瑞雲堂〜68番等空庵〜土庄・旭屋着午後5時半前。
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2009年03月12日

島四国第1日/トップ引き探し。

小豆島である。

前日まで仕事。この朝も仕事を1本仕上げて藤枝の家を出たのが午後0時半。
カーナビに「姫路港」を目的地に登録。吉田ICから一路、西へ西へ。
走り出してしばらくするとケツが痛くなるは、右足がかったるくなるは(オートドライブなんてシエラには付いてないもんで)。

浜松の手前くらいから前に尾張小牧ナンバーのトラックを見つけ、この後をずーっと付いて走った。自転車のトップ引きじゃないけど、運転が確かな人を見つけると無駄な加速はしないし、無益な追い越しもしない。流れに乗ってスーッと行く感じであります。

ジムニーシエラは高速でも不自由はないのですが、100キロを超えるような加速をするとさすがにガタつきます。80〜90キロくらいで走っていくのが一番楽。

ただ、カーナビが古かったのか、本当は東名から伊勢湾道に抜けた方が早かったのに、東名直進を指示するので、そのまままっすぐ。トップを引いてくれていたトラックが上郷PAに入ったので一緒に休憩。

カレーパンを買って、そのまま本線に戻る。名古屋を抜けるまでは車が多くで難渋。長良川を過ぎた辺りで陸自のジープ(本当はジープじゃないんだけど)を目当てに。この陸自が速い速い。関ヶ原を抜け、伊吹山を越え、栗東の手前あたりまで引っ張ってもらった。この車の御陰で、何とか最終便のフェリーに間に合ったというのはあとの話。

そのまま名神〜中国と進んで、西宮名塩PAで給油。スタンドに兄ちゃんに「姫路ならあと1時間くらいですよ」と励まされる。この辺りで、最終便のフェリーの時刻が気になっていた。

山陽道に入って延々。本当に速いのかね、と疑いたくなるほど延々。やっと山陽姫路で下り、こんどは播但連絡道。バイパスに入った辺りで久しぶりの渋滞を味わう。下道に下りてあと45分。渋滞が恨めしい。

何とか姫路港に着いたのが午後7時過ぎ。乗船券を買い、フェリーに。乗客は8人くらい、車は6台だけ。船はオリーブ号。甲板に上がるとかすかに明石海峡大橋が見え、おぼろ月。あしたは雨みたいだ。

四国というとやはり船である。本四国を回った時も東京〜徳島の往復はフェリー。すでに暗い夜のこと。かすかに島々の明かりや漁船の火が見える。

小豆島の福田港に上陸したのが午後9時半前。出発前にいったんは土庄の旭屋旅館に電話したが「最終便なら福田泊まりの方がいい」と紹介されたのが「くさかべ旅館」。駐車場までご主人が出迎えてくれ、車をおいて宿へ。部屋にはこたつ。こたつなんて久しぶりだ。風呂桶に8分目ほどの湯にゆっくりつかる。明日の天気はやはり雨みたいだけど。
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2009年03月09日

もうすぐ転勤。

IMG_1417.jpg
もうすぐ転勤することになった。
今の住まいも1年11カ月でピリオド、ということである。

ここに住居を移す時は今までの仕事とは守備範囲がガラリ変わった。ま、内野手が外野手に転向しろといわれたようなもので、どうしようかという不安の方が先に立っていた。

ま、リセットするつもりでちょうど四国遍路に400ccのバイクで出掛けたのが2年前のこの時期。無事に四国を回りきれるかどうか、不安だったけど。

88カ所を本当は歩くのがベストなのは分かっている。でもこんなに長い休みを現役サラリーマンが取ることは不可能に近い。で、当時は自動車の運転ができなかったから、次善の策で選んだのがバイクだった。

荷物を満載して走り回ること約20日。札所を巡るだけだったらもっと早かったかもしれないけど、札所と札所の間にこそ、四国の値打ちがあるのに気が付いて、ゆっくり廻った。

あの時、酷い悪路も走った。自動車と違ってカーナビもないし、看板と地図が頼り。道に迷うこともまた遍路の一部だし、歩きの方同様、雨に打たれてずぶぬれになるのも一部。室戸岬、足摺岬で、暗くなって街路灯もないブラインドカーブ続きの国道を何とか側線を頼りに走ったのもいい経験だった。

IMG_1382.jpgで、今の仕事。動き回ることを苦にしない、悪路でも山道でも田圃のあぜ道でも、ヒョコヒョコと入っていくのはこの時の経験が生きているとしか思えない。写真の道は13、14、15、16、17番と打って、12番焼山寺に戻り、峠を越えて徳島に戻る途中のもの。このエリアに来て、「こんな道はどこかで見たな」と思う風景である。

何か転機には自分をリセットした方がいいと思うようになったのはこの遍路行の経験から。今度は自動車が運転できるようになったので、小豆島の島四国を今、狙っている。

遍路とはいらないものを捨てていく過程だと思う。また今度の転勤で家財のいらないものは捨てなくてはいけないけど、心の中のいらないものも意識して捨てなくては。
posted by 曲月斎 at 02:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

旅ごころ #2

zuhuku.jpg旅心が膨らむに任せているのが一番楽しい。
いろんな動機で遍路に出ようと思う人はいると思うけど
自分の場合には句読点、かな。
前回、四国をめぐった時は長年続けてきた仕事の分野から、足を洗う時だった。
そして今回。
ま、節目を付けたくなったのかも知れない。
まだ、時間も金策も立てている訳ではないけど、何とかここで、点か丸を打っておかないと、またずるずるとしてしまう気がする。

で、思いついたのが小豆島だった。

市川團蔵が播磨灘に投身したのは本四国を打ち終え、島四国を回った後のこと。何もそんなことをするつもりはないけど、島四国って言ってみたいと思う。
map.jpgで、出掛ける時に確認するのは地図。
こういうときに、日本という国では国土地理院というところが地図をあまねく発行しているので、これを見るに限る。
ここに上げたのは2万5千分の1の「寒霞渓」の一部。車で出掛けるとすれば姫路からの航路で上陸する福田港ということになる。

何か、地図を見るだけでも、何か風景が見えるようじゃないですか。

都会なら2万5千分の1の地図をそろえている店もあるけど、静岡では無理なので、近所の本屋で取り寄せてもらうように頼む。とどくのに1週間くらいかな。図幅名でいうと「寒霞渓」「小江」「土庄」「草壁」に「五剣山」。2万5千で5枚。今、自分が回っているエリアだと19図幅分くらいある。何とか車で回れるでしょう。

で、高速で行くとなると、便利なのがこの「高速日和」というHP。
どうも、自宅最寄りのICから姫路のICまでのルート、予測時間、料金が出てくる。ざっと4時間半。ETCの夜間割引を使えばざっと4500円。自分の運転能力を勘案すると6時間として何とかなるかな。

dai8_oribu_maru.jpgそこから姫路から福田までは四国フェリー。何でも、10%オフのサービス券がインターネット上には置いてある。プリントアウトするにしくはない。

あれこれ考えつつ、旅心はまた膨らむ。

posted by 曲月斎 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

「小豆島八十八カ所ガイド」

小豆島八十八ヵ所ガイド―詳細ドライブ遍路地図付き
「小豆島八十八ヵ所ガイド」

小豆島の霊場協会が送って下さったのが上記の本。
パラパラとめくると、地図も付いていて、親切な1冊。
一緒に巡拝案内や地図も送って下さった。多謝。
ちなみに送料込みで1800円。
また、旅ごころ膨らむ。
あとは時間をどう作るか、ですな。

同じ、出版元から以下の本も出ているようで。
伊予大島八十八ヵ所ガイド―しまなみ海道島四国遍路
「伊予大島八十八ヵ所ガイド」


こちらは分からないけど、今年の巡礼の日は4月の16、17、18日になるのかな。
一応、ご参考まで。
posted by 曲月斎 at 15:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

五来重。

四国遍路の寺 上
「四国遍路の寺 上」


旅心、というと五来重の本が気になる。
この2冊は四国巡礼という習俗がどんな淵源を持っていたのか、という考察と実証を巡らした本。以前は角川新書で発刊されていて、品切れ続きだったけど、どうも文庫化されたらしい。内容はたぶん同じだと思う。

四国遍路の寺 下
「四国遍路の寺 下」


四国を巡礼していたとき、本当に役に立った1冊だった。
何が役になったかというと、古代の修行者が「行道」という考えを強くもっていたことを繰り返し繰り返し説いている。そして今は訪れる人も少ない奥の院にこそ、信仰の原形が残っているということ。そして御詠歌にも意味があるということなどなど。
振り返ってみると、鶴林寺の奥の院や、弥谷寺の裏山の石割禅定などなど、奥の院の方が印象に残っていたりする。



同じシリーズで、
西国巡礼の寺 (角川ソフィア文庫)
「西国巡礼の寺」


「西国巡礼の寺」
が出ているけど、こちらも本尊の意味するもの、また花山院以来の伝統についてあれこれと点綴するのが知的好奇心を刺激してくれる。



文学と民俗を語る〔対談〕 (宗教民俗集成)
「宗教民俗集成」


そういえば、この本[「宗教民俗集成」は8冊揃いなのだけど、つい衝動買いをしてしまった。
身辺に変事が迫ってくると、この五来重の本が読みたくなるのはなぜなのだろう。
posted by 曲月斎 at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

案ずるより……

島四国の一件。

小豆島霊場総本院に電話したら少し事情が分かってきた。

1)本院は土庄だけれども、上陸したところから時計回りに巡礼すれば十分可能である。
−−というのは、東日本から行くとなると、日生か姫路から船に乗って島に行くのがいい。すると島の東部に上陸することになる。
島を半周して土庄まで行くのは非効率だ。
聞くとフェリーの乗り場の2階に遍路洋品などは売っているのでそこで対応すればいいらしい。ちょっと安心

2)ガイドブックは?
総本院で扱っているらしい。1冊1000円である。で、納経帳は小豆島の場合、各寺で染筆する部分は印刷したものが主流らしい。朱印ポンポンで終わる。もちろん、自筆も可能らしい。

ということで、ガイドブックを送ってもらうことにした。
すでにAmazonで平幡良雄の本も手配した(ま、この人の本はもう1971年版と古いのであまりあてにはできないのですが)。

ともかく「旅ごころ」また少し膨らむ。追記
posted by 曲月斎 at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする