2010年12月22日

大銀杏。

tree1.jpgふと思い出す光景である。

藤枝市瀬戸谷。

小さな谷あいの集落にある大銀杏の木。
少しでも街の衆に注目して欲しい、という願いから、ライトアップを続けている。

この写真は2年前の冬のもの。
たぶん、今年もやっているはずだ。



ふと思い出してしまった。この集落の数軒しかない家々が力を合わせてやっているイベント。何か心まであったかくなるような光景だった。辺りはとても寒かったけど。


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偶感。

東横線にひさしぶりに乗った。

渋谷駅ももうすぐ地下鉄副都心線に乗り入れるようになると聞くから、この駅ももうすぐ姿を変えるのだろう。

渋谷駅.jpg独特の蒲鉾型の屋根が連なるこのホーム。4本の線路が入り込んできているのだが、確かにいささか古風の感は否めない。

東横線にのってそのまま横浜のみなとみらいへ。
クイーンズモールに出て、そのままランドマークの下を突っ切り、動く歩道で桜木町へ。

途中、何人かが三脚を立てて日本丸の夜景を撮ってござった。

こちらはたまたま肩に提げていたカメラ。手持ちでささっと撮ったので多少ぶれているのはご容赦。
日本丸.jpg遠目の美人、ってところですかな。

今日は雨、明日の午前中まで残るらしいが。
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2010年11月16日

東京・尾張町 和光の時計台。

P1000348.jpg久方ぶりに銀座に出掛けた。
この日は、眼科で眼底検査、心療内科での受診、そして内分泌科の主治医での1カ月に1度の受診と医者のはしご。

日も暮れ方になって、尾張町の交差点で服部時計店の上を見上げるとちょうど5時。
時計台全体が明るくなって、鐘の下ではサーチライトが回転しているのが見える。
今年は改装して一段と派手ですな。

時刻を告げる打鐘の度に、電飾が明滅するんですな。P1000349.jpg
これがまあ、なんと鮮やかなことか。

そう、今年の大晦日。
どこかの放送局でこんな企画しないかな。
ここ尾張町の交差点の画像をひたすら夕方から流し始めて、BGMにはツイッターかなにかで曲を無作為にリクエストするというもの。制作費は安いし、年の瀬にはいい企画だと思うのだけど。

そういえば、歌舞伎座の1階外にあった歌舞伎そばが、今は工事現場となっている歌舞伎座用地の裏露地でやっているんですな。ひさしぶりにちぎったかき揚げのつけ天ソバを食べてきました。あのかき揚げ、1枚の中に小エビが2匹くらい、あとは長ネギだったんですな。香ばしくていつも気にしたことはなかったけど。

何か、店員さんの1人は修行中のようで先輩に「暖かいそばの湯切りだけはしっかり覚えてね。きついかもしれないけど。湯切りが甘いと汁の味が変わっちゃうから」と指導されていましたが。何度も同じソバでおけいこしてましたけど、繰り返すウチにソバがねちゃねちゃになって湯切りどころではなくなっているのではないかと。ざるの中はソバではなく、蕎麦搔き状態に近付いていたのではないであろうか。

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2010年10月11日

秋は夕暮れ……。

nitibotu1.jpg

秋は夕暮 ゆふ日のさして山の端いとちかうなりたるに からすのね所へ行くとて 三つ四つ二つみつなど とびいそぐさへあはれなり まいて雁などのつらねたるが いとちひさくみゆるは いとをかし 日入りはてて 風の音 むしのねなど はたいふべきにあらず

nitibotu2.jpgというけれど、なるほど、秋の夕暮れは趣深い。

昨日の夕方の景色。
見る間に太陽が富士山の向こう側に沈んで行き、最後は日足が見えた。
何かと雑事の多い週末だったけど。

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2010年08月25日

文久生まれ……。

このところ、問題の本質をすり替えるような話が続いている。

高年齢の人間が戸籍の上で生き残っていることになっていた話だ。

こんなことは当たり前の話で、死亡の届け出が出なければ、戸籍の上では何歳にでもなる。
そんなことは広島や長崎、空襲や震災のあった街ではごく当たり前の話だ。

「原爆戸籍」といわれた一群の戸籍がある。
戸主以下、原爆によって一瞬に全滅してしまった家の戸籍だ。
とうに1945年8月6日で時間は停止してしまっている人間が書類の上では生き残ってしまう。
こんな話はとうの昔に分かっていた話だ。

住民票は行政の実務上、欠かせない基礎情報だから、行政も一生懸命になる。
でも戸籍はそうではない。

一方、その前に報じられた高齢者の失踪問題は別だ。
地域のセーフティネットが崩壊してしまった今、行方不明になってしまっても、それが問題にならない。
謂わば独居老人が看取られぬままの死を相次いで迎えている問題が重要なのであって、
この文久生まれ、慶応生まれの人間が書類の上でいた、と言う問題とは別なのだ。

民主党の代表選問題もそう。
何か問題の本質をずらしてしまおうというバイアスが働いているような気がする。

何か変、だ。
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2010年08月23日

尾州行。

名古屋に日帰り。

ご同業はこの炎暑の中、朝から断郊のお稽古だそうだ。
こちらはご遠慮申し上げ、午後の会合だけの出席。
それでもやはり現場に出かけた方が、いろいろと得るものが多いのは言うまでもない。
安物の刑事ドラマではないが、現場百回、である。

往路も復路も新幹線はなかなかの込み具合。
「五人廻し」で「東京駅から下関まで急行列車の上がり賃が欲しい、って欲張ったヤツだね」って女郎屋の落書きを読む下りがあるけど、そんなことは今でも一緒といっていい。

帰りの名古屋駅。
立ち食いきしめんが救いだ。

新大阪駅にはうどん屋さんがなくなってしまったけど、名古屋駅にはきしめん屋さんが上下線ともにあるのがうれしい。

不思議なもので、七色唐辛子の文化圏と一味唐辛子の文化圏の違いがある。
名古屋は一味唐辛子文化圏である。
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2010年07月22日

おけいはん、異聞。

poster_13_L.jpg京阪電車のキャラクター、おけいはん。

この時期は沿線にお祭りが多いので、大忙しである。

今年の祇園祭のポスター、その筋では問題になったそうだ。

というのは大きな絵だと分かりにくいけど。
poster_13.jpg帯の柄が逆さなんですな。

青海波は下向きの同心円の弧が重なって波を表す古典的な柄なんですけどね。何でもスタイリストは「逆向きにして新鮮味を出したかった」という話もあるやに聞いていますが。

そういえば、凱旋船鉾の再建話も浮上しているとか。今ある、船鉾は出陣の船、凱旋の船鉾もあったのですが、元治年間の火事で焼失して以来、焼け山として休止したままだったんですけどね。

ヨドバシカメラも支援しているとか。
ある意味で実現したらええ話ですな。こんなご時世に。
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2010年05月29日

ホウノキ

ホウノキ.jpg出張先の埼玉の現場で見かけた。何の木だかおわかりだろうか。

「ホウノキ」である。
葉っぱはおなじみかも知れない。「朴葉味噌」「朴葉巻き」のホウである。あるいは「朴歯下駄」のホウである。

モクレン科の落葉高木で、高さは20メートル、幹は1メートルにもなるという。版画の版木の材料としてよく売っているので、その手触りは思い出があるかも知れない。

小生はちょっと違って、実家の庭にあるのである。
街の真ん中、ネコの額ほどしかない庭なのに、なぜかホウノキがある。以前は茂るに任せていたが、最近は手入れを頼む植木屋さんにすっかり切り倒されて昔の面影はない。

この白い花、独特の芳香がある。初夏の匂いだ。

久しぶりにホウの花を見て、何かうれしくなってしまった。
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2010年05月11日

イチローズモルト

若竹に出掛けた帰途、山下町の491ハウスに寄った。

バーテン氏が出してきたのが「イチローズモルト」の1本。
何でも東亜酒造という会社が趣味のようにモルトを製造。その後、社運が傾き、廃棄寸前にまで行ったモルト(モルトは蔵出し税である)を笹の川酒造が引き取る形で残し、それをその東亜酒造の創業家の末裔が製品化したのだという。

秩父で小規模の蒸留所を運営しているそうで、その筋では有名だそうな。

この日、出してくれたのは日英修好150周年記念か何かの記念ボトルで、味わいとすればまあカスクね、って感じ。

でもその筋では高い評価の蒸留所だそうな。

メーカー名が「ベンチャーウイスキー」。何とも怪しげな名前だが。
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2010年05月03日

上海万博と堺屋太一氏と老夜上海。

昨年秋、上海に仕事で出掛けた。

投宿したのは茂名南路の上海花園飯店。要はオークラである。
その道を挟んで筋向かいに有ったのが、錦江飯店。長楽路との交差点に面している。
その上層階にある「老夜上海」は24時間営業の上海料理店で、毎日お世話になった。cs06741_1.jpg

普通に食べれば200〜300元くらい、接待で600元というところだろうか。決してリーズナブルとはいいがたいが、オールドホテルの中の雰囲気も加味すれば仕方あるまい。

毎夜、紹興酒を1本開け、上海料理に舌鼓である。



cs06741_3.jpg

で、ある夜(というか最初に行った晩)のことだ。

隣の卓子に4人連れが入ってきた。もう夜も更けていたので、だれも廻りにはいない。よくよく見ると、作家の堺屋太一が入っていた。

どうも上海万博の事務局が大阪万博の仕掛け役の堺屋太一を招いて、何か会合を持ったらしい。cs06741_menutab_1_2.jpg

こちらは上海がにをほぐしたカクテル仕立ての前菜や、アスパラガスのスープ煮などをつつきながら杯を重ねていると、卓の向こうから日本語が聞こえてくる。
「大変かもしれんけど、やりとげたら、そらええですよ。ボクも経験したことやけど」
あの耳に覚えるのある大阪弁だ。
cs06741_5.jpg
「夜も遅いし軽いもんがええなあ」「それでは麵類にしますか」「そうやなあ」とかいう会話も聞こえ、結局氏は炒飯も食べている様子だった。氏はどんな有益な助言をしていたのだろう。ふと、興味深かった。

さてその万博。1日にいよいよ開幕したが、あの町中ひっくり返したような工事があちこちで進んでいる様はどうなったのだろう。浦東空港から旧市街までの道にあったあの工事現場はその後半年で世界の祭典の場になったのだろうか。聞けば、まだ一部の展示館は未完成だという。大会のテーマ曲に続き、キャラクターや中国館の意匠まで盗作疑惑が相次いでいるとも聞く。

あの70年大阪万博当時の日本のカオスを考えれば仕方のないことかもしれないし、それを通り抜けることで、何かが変わるのかも知れない。

それにしても老夜上海の上海料理はそこそこにうまかった。でも、中華街の萬来亭の方がずっと美味いと思う。

上海万博期間中、込んでいるので上海出身の同亭の女将は帰郷しないそうだ。
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2010年04月27日

サクラエビの季節。

3539334172_87f8a022cd.jpg静岡ではこの時期、サクラエビである。

日本広しといえども、サクラエビが捕れるのは駿河湾だけ。それも由比と大井川の2カ所しか水揚げをしない。

普通は釜ゆでにして、干したものが流通している。粉モノの具によく登場する代物だ。でも本場は違う。

生のママか釜揚げの段階で食べるのである。就中、個人的にはかき揚げが美味であると思う。

志太界隈では年中あるとはいえ、旬の時期が一番。藤枝宿の山内屋で出してくれるかき揚げをフト思い出したのであった。

うまいものはうまい、としかいいようがない。

そういえば、サクラエビは未だに人工養殖が成り立たない生物。以前、焼津の水産試験場で卵からサクラエビを育てている研究員さんに会ったことがある。次々に死んでいき、残ったのは1匹。7ミリほどの命を慈しんでいた。名前を付けて懸命に育てていたが、話をした数日後に死んだ。美味いと食べるのは一瞬だが、その背後にあるいろんな思いもあるのを知った。
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謎の構造物?

tower-n.jpg夜、首都高速を経て帰宅すると、三菱重工横浜製作所本牧工場の中に謎の構造物が見える。

造船所というのは横に長いものを作っているイメージなのだけど、ここの代物はなぜか縦に高い。

鉄骨を組み上げているような、それ自体が製品なのか、それともパーツなのか。よく分からないのだが。

何かのタワーの一部なのか、あるいは原油採掘のための櫓なのか、或いは橋の一部なのか……。

かつて戦艦武蔵は同社長崎造船所で建造された時に、周囲からの目隠しのために、棕櫚縄の簾をドックの廻りに張り巡らせたという。太平の世なれば、隠す必要もないのだし、どうでもいいのだが。

touwer-d.jpg昼間の姿はこんな感じ。やっぱり分からん。

何を作っているのだろう。不思議だ。

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2010年04月06日

トレッサ横浜??

800px-Tressayokohama_Lyonbridge.jpgこの時期になって、仕事着のチノパンを買いに、ユニクロに出掛けた。

高級である必要はないので、ユニクロで十分。で、どこにあるかなと見回してみると、港北区のトレッサ横浜という施設にあるのを見付けた。場所は環状2号沿い。ま、行けば分かるかと言うノリで出掛けたのだが。

いって吃驚。忽然と大きなビルが道を挟んで3棟建っていて、4階より上は駐車場という仕掛け。北館の駐車場に入ったはずが、南館に移動していて、ありゃありゃと思っていたのだが。

さて。用件を済ませて、帰宅しようと駐車場に戻る。確か南館の4階Oエリアだったはず。ところがである。いくら探してもAからMまでしかなくてOがない。

こりゃいよいよ呆けたか、きちんとメモをしておかねばと思いつつ、フロアの中をしらみつぶしに歩いたのだが、愛車がない。こりゃいよいよ階数まで間違えたかと思ったが、どうも様子が違う。

で、よくよく見ると、南館のパーキングは2カ所に分かれていて、もしかしたら別棟の方に停めたかもしれぬことが分かった。

で、1階まで下りて、やっとの思いで4階に上がり、辺りを見回すと。ありました。Oエリアが。で愛車もありました。

田舎ものゆえ、大したことも考えずに車を降りてしまったのですが、こういう施設に出掛ける時はメモ帳が必須ですな。実は駐車場内でご同様の年配夫婦を見掛け、大いに今後の経験として生かさなくてはと思った次第。でも、車が見付からないと実に切ないもんです。
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2010年03月14日

急行能登。

先日、急行能登が廃止された。

今を去ること35年余り昔。上野駅から小松駅まで乗った夜行急行はこの列車だと思っていた。

しかしどうも違うらしい。
かすかな記憶をたどれば、確か横川で釜飯を買った記憶があるので、碓氷峠越え、つまり信越線経由だったはず。直江津は確かに通って、富山、津幡と通った記憶がある。当時は電気機関車が客車を引っ張る形式の列車で、その客車もドアが手動、ま開けっ放しということですな。最後尾の客車から後ろに流れていく鉄路が見えたのが印象的だった、っけ。

となると、あれは急行越前、ということになるらしい。

夜の発車の列車だったが、昼間からホームの看板の下に並んだ記憶がある。当日は田中角栄元首相が逮捕された日。しらべれば1976年7月27日のことだ。

上野駅のホームで新聞の号外が舞っていた記憶が残る。
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2010年02月25日

三の午 王子稲荷

12ouji-2.jpgふと日めくりを見るときょう25日は三の午。

そうだ、王子稲荷へでも行くかと出掛けた。

2月の午の日には王子稲荷では凧市が立ち、社務所では火伏せの凧が頒けられる。久しぶりに買いに出掛けようかという次第。

京浜東北線に乗って一路王子へ。快速運転だと上野〜田端間がノンストップなのだが、これが意外に速い。

まず裏手の装束稲荷へ。13110102.jpgここでも火伏せの凧を分けているがデザイン的には衣構にかかった装束の形で背中に赤い鳥居とおキツネさん。なかなかいいではないか。

京浜東北線の下をくぐって王子稲荷へ。
以前はこんなことはなかったように思うが、境内は普段は通行禁止、何しろ幼稚園の園地なのだ。手水舎も石盤が取り除けられて砂場に。不思議な景色。こちらの凧は奴凧。明快な話だ。

何で凧が火伏せかというと、風を切るからだそうな。境内の凧市はさすがに三の午とあって気が抜けきった感あり、細工凧の店しか出ていなかった。

帰りに扇屋の玉子焼きと思ったのだが、見付からずに断念。往年の店はすでに畳んで、小さな出店だけにしてしまったようだ。これでは見付からぬのも道理、だ。
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2010年02月14日

春節。

きょうが旧暦の正月1日。

いわゆる春節ですな。

今、日本で旧暦といっているのは正確に言えば「天保暦」。
江戸時代の天保年間に定めたルールで決めているわけで、暦の計算の総本山、国立天文台は以下のように書いてます。

「さて現在、日本で「公式な」太陰太陽暦の計算というものはおこなわれていません。そのため国立天文台でも、「今日は旧暦の何日か?」などの、太陰太陽暦に関するお問い合わせには、はっきりとしたお答えができないことがありますことをご理解ください。」

ありていに言ってしまえば、そんなことは関知しません、ということ。
一応、国民の休日と定められている春分の日、秋分の日は観測で決まるので、二十四節季は発表しているんですな。

で。天保暦の月の決定法だと、
秋分を含む月は八月、冬至を含む月は十一月ということになっているにもかかわらず、2033年には暦日はずれまくって8、9、11月に成ってしまうそうであります。

1年を約354日とする太陰暦と、約365日とする太陽暦。昔ならこんな矛盾が出る前に改暦していたのですけど、今となっては改暦をするところがない。そして何より、中国には独自の太陽太陰暦があり(時憲暦というらしい)、日本とたぶん、ずれるのではないでしょうかね。その時には。

春節。そんな先のことどうでもいいんですけど。
きょうは中華街はごった返していました。何があるという訳ではないんですけどね。
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2010年02月13日

綜合警備保障のCM

cap16_1.jpg綜合警備保障のCMであります。

レスリングの吉田と柔道の塚本が石段を駆け上がっているのですが、そんなことはどうでもよくて。

この石段がどこの石段なのだろうと思っていたんですな。CMを見るたびに。

切り石の石段で杉林、石灯籠が点々とある。
ネットには何でも出ているもんです。

南足柄の道了尊の奥の院の石段らしい。
それなら中学のころか、登らされた記憶があります。
この脇を抜けて明星が岳、強羅と下りた記憶が。

CMはどうでもいいのですが、絵になる石段ですなあ。
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2010年02月05日

銀座 よしだのコロッケそば

320x320_146315.jpgきょうは久々に腹部のCT検査を受ける。

4時間前からカロリーのあるものはダメとのこと。
遅い昼飯になった。

ふらふらと銀座まで戻ってきて、思いついたのがよしだのコロッケそば。鶏のミンチに山芋、卵をつなぎにフライにしたもので、有り体に言ってしまえば、ふわふわの鶏メンチカツ。

美味いかといえば、うーん、名物としか言いようがないけど。
ま、新橋駅のメンチそばを愛する小生ゆえに、仕方ないのかな。こんな感想は。

で、帰り道に久々に車橋もつ肉店に寄る。
店内は結構込んでは居たけど、少し前のようにざわついた感がないのに安堵。

落ち着いて立ち飲みができる感じ。
金曜日だったけど、それなりに。

というよりも、このごろ、立ち飲みですら、すいてきているのかな、不況の波で。そうではないことを祈るけど。
posted by 曲月斎 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月28日

和歌山港 みなと食堂

minato.jpgみなと食堂、というのはどこも盛りがいいのだろうか?

和歌山港のフェリー乗り場に行く途中にあるこの店、1階が駐車場で2階が食堂。

関西によくある定食屋形式で、好きなおかずを取って、飯と汁物を注文する仕掛け。さばの塩焼き、ハンバーグ、シラスおろし、豚汁などなど。

精算してみたら960円。やすくてうまかった。
posted by 曲月斎 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

横浜の年明けについて。

毎年、横浜の年明けは午前零時に港に停泊している船の汽笛が一斉に鳴るのが恒だった。

しかし、今年はほとんど鳴らなかった。

生まれてこの方、ほとんど記憶にない事態だった。

横浜の港の使用料金が高いから、荷役の止まる年末年始は船がいないのか、昔のように正月くらいは船員を陸で過ごさせようという船主がいないのか。事情通の知人は「日本荷主協会が解散したのも影響しているんですかね」と言っていたけど。

ともかく、拍子抜けの年明けだったのは事実。
広報よこはま辺りでこの不思議を解明して欲しいもんです。
posted by 曲月斎 at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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