2011年04月09日

嗚呼、海員閣。

中華街は海員閣である。

いつも観光客が行列をしている上に、連れではいれば調理場が面倒なので同じモノを注文しろといった物言いの付く客あしらいの粗放さから、敬遠していた。
味はといえば、もちろん愛して已まない昔ながらの支那料理の味なのだけど。

叉焼麺.jpg
数日前の昼下がり、露地を歩いていると、海員閣が店を開けていた。なおかつ客がいない。これは好機とばかり、店に入った。

2階では宴会をしていたようだ。
1階はテーブルが3卓。4人掛け2、円卓1。文句を言わず相席にするための便法だ。調理場との境の壁には真っ赤に塗りたくった仏壇がある。中華街ではあちこちで見掛けたけど、今でものこっているのは安記、清風楼、そしてここくらいかな。徳記にもあったかもしれない。

注文したのは叉焼麵。きちんとたぶん自分のところで焼いた叉焼が旨い。熱くて、外側は香ばしく、香料も利いていて、肉汁も十分にある。麵は昔ながらの細いもの。素っ気ない丼の表面だが、麵、スープとよく相和して申し分ない。

焼売.jpg
そういえば、焼売もあるようだ。1皿頼む。ただこちらは行った時間も時間だった所為か、蒸しすぎて皮がグズグズ。4個のうち、3個は半分、蒸し肉団子状態だった。しかも皮の破片が小皿の片隅に追いやられていたのは悲しい。中身には大きなエビの切り身入り。そういえば海員閣はまだエビが高価だった時代から、エビをふんだんに使うことで人気を集めた店だった。

たぶん30年ぶりに行った店。全然変わっていないことを確認し、味もまずまずと思う。安いのもよろしい。またタイミングが合えば、はいってみるに如かず。


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2011年04月03日

末の松山波越さじとは

「契りきな形見に袖を絞りつつ末の松山波越さじとは」
百人首の清原元輔の歌ですな。
09.jpg
(佐竹本三十六歌仙絵・五島美術館蔵)

この歌のミソは歌枕の「末の松山」です。
2211.jpg
で、どこにあるかといえば宮城県多賀城市八幡2丁目、だそうであります。

歌枕としては
きみをおきてあだし心をわが持たば末の松山浪もこえなむ(古今集東歌1093)
浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとそみる(古今集冬326)
老のなみこえける身こそあはれなれことしも今は末の松山(新古今集705)

などなど。イメージとしては「末の松山→越える」なんですね。

で、何でこんな話かというと、古今集の奏上が905年。で、昨今話題の貞観地震が869年。
約1000年前の大震災を都ではこんな風に受け止めていたのだな、というのが第1点。
要は記憶に新しい出来事、それを引いての歌ということになりますな。今の感覚でいうと、東京五輪くらいのことを話題にするのと同じくらいの感覚ということになりますな。

そしてもう一つ。1906年に吉田東伍という学者殿が、貞観地震のことを取り上げてセッセと論考しているんですね。「歴史地理第8巻12号・貞観十一年陸奥府城の震動洪溢」と題する論文です。

もちろん、中身は今の科学的な知見を持つ立場からすると、如何かと思う点も多いですけど、実はきちんと地誌の面から注目していた、ということの方に、敬意を払いたいもんです。

ちなみに今度の震災でも末の松山を波は越えなかったらしいけど。
吉田東伍の本を探していて、こんな話にぶつかったので。心覚えに。
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2011年03月31日

浜のキリン

といっても、かつての麒麟麦酒生麦工場特製のビールではない。

麒麟1.jpg

知人で埠頭のガントリークレーンをキリンと呼ぶ人がいる。
いわれてみればなるほど、という感じであり、湾岸線を走りながらしげしげと見ていると
大黒埠頭、本牧埠頭。どちらもキリンが首をもたげて群れているようにも見える。

麒麟2.jpg
いってみればセレンゲティ国立公園か、マサイマラ国立公園か、という風情に見えなくもない。

夕暮れ時。キリンがきょうも群れているだろう。
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2011年03月28日

横浜・安楽園(承前)

さて、勇を鼓して乗り込んだ安楽園であります。
「座敷にしますか?」と言われたが、右手のテーブル3卓が入った部屋に通してもらう。
窓には緑色の色ガラスが十文字に意匠された戸が入り、なぜかある床の間には山水画の軸。一昔前の時間が止まったような空間だった。

さて約1日経った今でも満腹感が(いや膨満感が)続くというのは恐ろしい。
思案を巡らせた末に出た結論は、この店は昔ながらに持ち帰ることを前提にした店であること。
客はその場に供されたものをすべて食べてはいけないのだ。

「お土産」にして持って帰る。かつての結婚式の折り詰めがそうであったように、この店は「ハレ」の場で、その幸せを持って帰って分かち合って欲しい、と願う場であったのであった。

大いに勉強になった。

さて、実際の話は下で。

追記
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2011年03月27日

南京街の秘境。

横浜に生まれてかれこれ半世紀。南京街は子供のころから通っている。
それでも縁のない店が大半で、「中華街はどこの店がおいしいんですか」と質問されると、「値段相応、好みですから」と答えに窮するのが常、である。

その南京街の中でも、ひときわ異彩を放っているのが「安楽園」であろう。
まるで日本旅館のような店構え、これが実に小生が子供の頃から変わっていないのだから。
見事というか、あっぱれというか。

安楽園外観.jpg
しかも「安楽園知っている?」と尋ねると多くの横浜人はその存在を認知しているだろう。しかし「入ったことある?」と尋ねるなら、「いや」「いいえ」というはずだ。

如何にも敷居が高いのである。ひと気がないのである。
玄関.jpg
でも、先に手にした「小津安二郎美食三昧」にこの店が出てくる。後押しされた気分。身近な秘境に乗り込んでみようという気になった。

1人で行くのはさすがに気が引ける。こういうときに頼りになるのは畏友I君である。「いいよ」って答えてくれて、付き合ってくれた。予約は午後3時である。
門構え.jpg
安楽園には暗い記憶がある。あれは祖父の精進落としの時であったか。南京街でという話になり、何軒か電話したうちの1軒に安楽園は入っていた。
当時にしては華正楼や同發、華勝楼といった中華街の大店と同等以上のコース値段だったと記憶している。高いに決まっている。でもまあ、一番安いコースで4000円というし、ま、どうにかなるだろうと腹をくくって出掛ける。

中で待ち受けていたものは……。(つづく)
posted by 曲月斎 at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3:2、3/5

dw_M.jpg
今週の週刊ダイヤモンドの表紙だそうだ。
真ん中に日の丸をあしらって、実にエネルギッシュな印象である。

でも、どこもかしこも日章旗一色になるのはどうも抵抗感がある。
確かに日本人にとって国旗はシンボルとしては分かりやすいし、旗というのは「旗幟鮮明」という言葉があるとおり、実に気分一新、大いに決意を表現するのにはふさわしい道具だ。

震災云々ということではない。ただ、過去を振り返った時に、どうも「一億一心」みたいな話の展開に酔いやすい傾向があったことは忘れてはいけない。

何か気分として「欲しがりません……」「贅沢は……」みたいなものが過剰になるのは如何かと思う。節電のために「パーマネントはやめませう」と呼号した時と紙一重の差、ではないか。

日章旗は縦横が2:3、赤い丸の部分の直径は横の3/5。
この白地の部分にはみだりに文字を書き込むべきではない、と個人的には思っている。「白地に赤く」という歌ではないけど。
posted by 曲月斎 at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

チキンオーバーライス。

伊勢佐木町、関内に出掛けた。

有隣堂に向かうとぽっかりと空間が見える。
野沢屋.jpg

閉店した横浜松坂屋、というか野沢屋の建物がすっかり取り払われて白い柵で囲われるばかりの空き地になってしまったから。

何か見慣れた光景の変化というのは不思議だ。

今、東京駅の八重洲口側から見た景色と似ている。
ビルの建て替えのため、駅の上はぽっかりと空間がある。丸ビル(マルビルと書くと大阪になってしまうんだな)が見える。

有隣堂で用事を済ませ、利休庵にでも出掛けようかと思ったのだが。

関内の桜通り。気になっていた店に行ってみることにした。
「チキンオーバーライス」なるものを売っているのである。

外観.jpg
要は漬け込んだ鶏の肉を焼いて、その上にソースを掛けて、ターメリックライス(というか日本食堂のチキン弁当の飯を思い出した)に載せて供する、というものらしい。

頼んだのはメキシカンソース何タラというもの。
ライス.jpg

皿の隅には野菜があり、追加で頼んだアボガド付き。好みでピクルスと食べるタバスコなるものを添える。タコライスの鶏肉版、というべきか。
飯の量は茶碗1膳弱だそうだが、ボリュームは十分である。

なかなかに興のあるひと皿だった。
ただ、混ぜてしまうと味が一色になってしまうので、少しずつ混ぜた方がおいしいかもしれない。

店内.jpg

でも、いかにもアメリカ人が好きそうな味である。
Webで調べてみると、「ニューヨーク生まれ。横浜の新名物 まさに感動を生むうまさ 是非お試しあれ」とのこと。
更新が全然されている気配はないが、ほかに東神奈川と日吉にも店があるらしい。
しかし、時間も時間だったので店内には客は小生1人。でも出来上がってくるまでに結構、時間がかかった。昼飯時にはどうするのだろう、など余計な心配をした。この辺りは7年間、務めで通ったエリア。こんな店も出来ていたんだと小さな感慨。

店から向かいのビルを見上げると、当時、横浜市内の某プロ野球球団の幹部(といっても平取締役部長クラス)がしょっちゅう出入りしていたクラブはもうなくなっていた。そう、池波正太郎の随筆に出てきたバーも。
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2011年03月19日

問わず語り。

アポロ.jpg
震災の後、何か話したくなることがある。
家人に話をしても仕方のない内容だったり、他愛のない内容だったり。

ふと話がしたくなって、曙町のアポロに出掛けた。

いつに変わらぬ「いらっしゃい」という声に迎えられ、カウンターに座る。

この前の地震では店は大変だったよし。

預かっているボトルもだいぶ棚から落下したそうで、「まず、ドアが開かない、カウンターの仕切り戸が開かない、強烈なアルコールの匂いで。ジンだのウイスキーだのみんな混ざっていたからね。カカカ」と甲高いマスターの笑い声にホッとする。

自慢のジュークボックスは壁際からカウンターまで動いていたそうだ。

アポロ2.jpg
名物のビーフシチューを頼む。

昔風の味で、本当によく煮込んであるのだなあ、と思える味。
シェフも無事だったそうだ。
業務用の大型冷蔵庫は動いていたそうだが。

大過なかったから話もできるのだけど、そんなひとときに身をまかせる快感。

アポロ3.jpg
いつもは畏友のI君が一緒なので頼まない「シーフードグラタン」もおいしい。
きちんとマカロニが入っているのが。

死んだばあちゃんはこの下に飯が敷いてあるライスグラタンが好きだったっけ。

あれこれ思い出しながら、店に流れるルイ・アームストロングの歌声が妙に落ち着きを生んでくれた。

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2011年03月17日

欠測。

この地名の羅列は何か、ご存じであろうか。

日光(栃木県)、諏訪(長野県)、伊良湖(愛知県)、上野(三重県)、四日市(三重)、むつ(青森県)、新庄(山形県)、白河(福島県)、秩父(埼玉県)、伏木(富山県)、小樽(北海道)、羽幌(北海道)、広尾(北海道)、平戸(長崎県)、人吉(熊本県)、延岡(宮崎県)、都城(宮崎県)、阿久根(鹿児島県)、萩(山口県)、剣山(徳島県)[5]、多度津(香川県)、宿毛(高知県)、飯塚(福岡県)、佐世保(長崎県)、日田(大分県)、伊吹山(滋賀県)、森(北海道)、津山(岡山県)、呉(広島県)、福山(広島県)、牛深(熊本県)、名護(沖縄県)、西表島(沖縄県)、石巻(宮城県)、三島(静岡県)、姫路(兵庫県)、洲本(兵庫県)、境(鳥取県)、河口湖(山梨県)、石廊崎(静岡県)、網代(静岡県)、油津(宮崎県)、枕崎(鹿児島県)、苫小牧(北海道)、雄武(北海道)、北見枝幸(北海道)、深浦(青森県)、久米島(沖縄県)、敦賀(福井県)、高山(岐阜県)、浜松(静岡県)、宇和島(愛媛県)、雲仙岳(長崎県)、岩見沢(北海道)、倶知安(北海道)、大船渡(岩手県)、館山(千葉県)、飯田(長野県)、江差(北海道)、紋別(北海道)、八戸(青森県)、宮古(岩手県)、勝浦(千葉県)、高田(新潟県)、相川(新潟県)、松本(長野県)、尾鷲(三重県)、豊岡(兵庫県)、浜田(島根県)、清水(高知県)、種子島(鹿児島県)、寿都(北海道)、留萌(北海道)、小名浜(福島県)、富士山(静岡県)、米子(鳥取県)、西郷(島根県)、室戸岬(高知県)、屋久島(鹿児島県)、沖永良部(鹿児島県)、与那国島(沖縄県)、浦河(北海道)、酒田(山形県)、大島(東京都)、三宅(東京都)、八丈島(東京都)、軽井沢(長野県)、潮岬(和歌山県)、厳原(長崎県)、福江(長崎県)、阿蘇山(熊本県)、根室(北海道)、若松(福島県)、千葉(千葉県)、御前崎(静岡県)、輪島(石川県)、山口(山口県)

気象庁が1997年から2010年にかけて無人化をした全国103カ所の測候所である。
今はいわゆるアメダスになっているのだけど、こういう有事の際にもかかわらず、被災地の観測点は何れも「×」。つまり欠測が続いている。

もちろん、目視によるしかない、霜降も開花も観測できくなったのだけど、こういう時に、人がいる、いないの差が出る。もし、人がいれば、放射線量の測定はもちろん、風向、風速、天候、気温といった基本データが把握できただろう。もちろん、気象衛星で代替できる部分はある。でもそれ以上に人の存在は大きい。

もちろん、全部を存続させる必要はないし、民間の気象会社と補完関係を結ぶことができる地域もあるだろう。でも、今回の震災はこういう基本的な組織の力を軽視してきたことを教えてくれる気がする。
posted by 曲月斎 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

潮位計・心覚え。

心覚えに。

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岩手・宮古

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岩手・大船渡

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宮城・鮎川

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福島・小名浜


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千葉・銚子


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千葉・布良

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2011年03月13日

福島県の旧市町村名

飯野町→福島市

白沢村→本宮市 平成19年1月1日

田島町
舘岩村
伊南村
南郷村→以上 南会津町

熱塩加納村
塩川町
山都町
高郷村→以上 喜多方市

伊達町
梁川町
保原町
霊山町
月舘町→以上 伊達市

原町市
鹿島町
小高町→以上 南相馬市

安達町
岩代町
東和町→以上 二本松市

表郷村
東村
大信村→以上 白河市

河東町
北会津村→以上 会津若松市

会津高田町
会津本郷町
新鶴村→以上 会津美里町

長沼町
岩瀬村→以上 須賀川市

滝根町
大越町
都路村
常葉町
船引町→以上 田村市


実は南相馬市が分からなかった。
posted by 曲月斎 at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手県の旧市町村名

川井村→宮古市

山形村→久慈市

水沢市→奥州市
江刺市→奥州市
前沢町→奥州市
胆沢町→奥州市
衣川村→奥州市

玉山村→盛岡市

種市町→洋野町
大野村→洋野町

浄法寺町→二戸市

大迫町→花巻市
石鳥谷町→花巻市
東和町→花巻市

湯田町→西和賀町
沢内村→西和賀町

宮守村→遠野市

花泉町→一関市
大東町→一関市
千厩町→一関市
東山町→一関市
室根村→一関市
川崎村→一関市

西根町→八幡平市
松尾村→八幡平市
安代町→八幡平市

田老町→宮古市
新里村→宮古市

posted by 曲月斎 at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮城県の旧市町村名

ニュースで連呼している行政区画と、頭の中の地図がどうしても一致しない。
南三陸町といわれてもピンとこないけど、旧志津川町なら位置やイメージが少しは固定できる。

という訳で、宮城の旧行政区画名(平成の大合併前)の一覧を。

本吉町→気仙沼市
唐桑町→気仙沼市

古川市→大崎市
松山町→大崎市
三本木町→大崎市
鹿島台町→大崎市
岩出山町→大崎市
鳴子町→大崎市
田尻町→大崎市

小牛田町→美里町
南郷町→美里町

志津川町→南三陸町
歌津町→南三陸町

矢本町→東松島市
鳴瀬町→東松島市

迫町→登米市
登米町→登米市
東和町→登米市
中田町→登米市
豊里町→登米市
米山町→登米市
石越町→登米市
南方町→登米市
津山町→登米市

築館町→栗原市
若柳町→栗原市
栗駒町→栗原市
高清水町→栗原市
一迫町→栗原市
瀬峰町→栗原市
鶯沢町→栗原市
金成町→栗原市
志波姫町→栗原市
花山村→栗原市

河北町→石巻市
雄勝町→石巻市
河南町→石巻市
桃生町→石巻市
北上町→石巻市
牡鹿町→石巻市

小野田町→加美町
中新田町→加美町
宮崎町→加美町
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2011年03月12日

震災の時。

昼間に起こった地震ですが、まだ被害の全容が見えてきません。

首都圏は帰宅困難な方がたくさんいらっしゃるようですね。

1995年の経験で生きたこと。
まず公衆電話に走ったことでした。

実家の家人の安否が確認できたのでひと安心。

仕事の現場では携帯電話のワンセグ放送にのぞき込んでいる人がいっぱいいました。
1995年の時、家にあった単2電池で見られるポータブルテレビが活躍してくれたのを思い出しました。文字情報だけでは分からないもどかしさ、画像をみた時の衝撃……。

震災直後の静寂、漆黒の闇。山陽新幹線の高架が落下して、見えないはずの北摂の山並みが自宅から見えたことも。

忘れられないのは被災後しばらく経って明らかになった仁川の地滑りです。

たぶん、同様にいろんな被害が明らかになってくると思います。

心から、みなさんの無事を祈ります。
posted by 曲月斎 at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

新山下・ALC

ALC.jpg
昼間はトレーラーが激しく行き交うこの道。
夜中2時まで開いている、ALCはつくねんと立っている。

店の前にアプリリアがあれば、店主の居る証拠。

元々は491Houseの立てバーテンダーだった小作君が昨年5月に独立して店を構えた。

勉強熱心な彼のことだ。
開店当初から比べるとバックバーの充実ぶりは見事だ。
ここまで投資するのは大丈夫かなと思うくらい。
それでも、「まあ、自分にギャラが出ないくらいですから」という。
まずは安心である。

小作.jpg
この日はカメラを担いでいたので、自然なポーズでと注文したら、グラス片手にほほえんでくれた。
この日の無理難題は、「三ツ矢サイダープレミアムでなんか作って」というもの。
サイダーとしては上々だが、それで完成しているものに、何を加えるのか。
味見をしてしばし考えると、奥からアブソリュートのカシス風味を持ってきた。
軽く割って、レモンでピール。
「スライス入れるのは……、と思いましてね」と小作君。

ところで、畏友のI君はなぜか「オザク」とは発音できないのか、勘違いか「オザワ君」と彼のことを呼ぶ。正しくはオザク君である。そう、I君は何度言っても、若竹では「ノムラさん」なのであった。勘違いもまあ、味のうちなのだろうか。
posted by 曲月斎 at 12:33| Comment(3) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

南京街・生福園

生福園.jpg
南京街の市場通りのハズレ、その店は夜中の12時ごろまではやっている。
その名ぞ「生福園」。
どうみても入るのに台湾風のお守りやら魔よけのグッズなどなど、ためらわれるような満艦飾状態の店なのだが、入ってしまえば、怖いことはない。

お兄ちゃんがスキンヘッドだからといって怖いことはない。周囲の客が全員、中国人でも恐れることはない。

たぶん。
今の南京街で一番、魯肉飯が美味い店だと思う。しかも値段は500円!!。
魯肉飯.jpg
豚の角煮、そぼろ、煮染めた卵、高菜漬けとこれだけなのだけど、微妙なバランスの下、いい味をだしているのである。
何でなのだろう。

あとは台湾料理屋なので、一応ビーフン。
タンタンビーフン.jpg
担々ビーフン、である。スープ代わりに頼むといいかもしれない。
味はごく淡泊。

なによりも夜中まで開いているのがいい。
でも兄ちゃん曰く。
「最近の人は中華街は夜遅くまではやっていないと思っているんで、お客さん少ないんですよ。特に雨の日は。そんな日は早く閉めたくなりますね」とのこと。

この日は頼まなかったけど牡蠣のお好み焼きとか、バジルの卵焼きとか、ガチョウの燻製とか、この店ならではのメニューもあるので、酒を飲んでもいいのである。
posted by 曲月斎 at 12:25| Comment(3) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月03日

横浜元町・en

en.jpg

横浜元町のenである。

ここはともかくも暗い。

オーナーバーテンダーの遠藤君は一生懸命の人で、スモーク好きの人である。

元々は本牧・リキシャルームの育ちで、ジントニックならぬ、トニックウオーターとソーダで割った「ジンソニック」なるものが、何かといえば呑む1杯である。

通称、「クラヤミ」と呼んでいるこの店、ふと写真が出てきたので、アップしておく。
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2011年02月27日

福富町・クライスラー

老舗のバーはなぜ、階段を上がった2階にあるのだろう。

福富町。その名も高きクライスラーである。
創業1950年。ってことはまだ、飛行場のあったころ?
5184730.jpg

バックラックはすべて、インドネシア土産の彫刻というか、タンザニア土産の彫刻というか、そういう細工のもので埋め尽くされている。重厚というか、いつごろ成立したものなのだろうかという疑問とか。天井が高い。普通の店の1・5倍はある。天井はコースターであったり、酒瓶のラベルであったり、あまたのもので埋め尽くされ、壁面には各メーカーのトレー。奥を見やれば、巴里、羅馬、倫敦、紐育、布哇の時計が並ぶ。今様なら米西海岸やモスクワ、北京、コルカタ辺りの時間も欲しいところだが。で奥の壁に奉納額のように威風を払っているのが、メニュー。すでにこの世にはない三楽オーシャンの銘柄がならぶ。これが約3分の1。すべて彫刻なのだが、すでになくなった銘柄は空白になっている。そう、同社の銘柄でブランデー部門には「大黒」というのもありました。
店の右手奥は陶器ボトルで埋め尽くし、カウンターの向かい側はミニボトルで埋め尽くし。トイレもボトルのラベルで埋め尽くし。

店の意匠はすべて「埋め尽くし」である。

で、オーシャンの軽井沢のハイボールとジンフィズを頼む。まずまずの味。ピザが名物だそうだが、豚パパの後、次回の注文とすることにした。
posted by 曲月斎 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

東京りんかい線。

大井町から初めて乗ってみた。

大井町では深い深い地下を走って居るんですな。
そして、国際展示場前(というか、新交通の有明駅前)辺りで地上に出るんですな。

不思議な感じがしたし、あの辺りというのは妙に清々していて、余り湿気を感じない街ですな。

帰りですか。もちろん。
新交通システムの方に乗って帰ってきました。
景色がきれいだしね。

そういえばお台場のフジテレビの前の海面で、昔、ボードセーリングとかやっていたけど、ああいう酔狂なことは今やだれもしないんでしょうなあ。

posted by 曲月斎 at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

スープストックトウキョウ@京急品川駅

きょうは品川でお仕事。
高輪側だったので京急で出掛ける。
蒲田付近の高架が完成した所為か、京急川崎〜京急蒲田〜京急品川と実に快速の名にふさわしい走りっぷりだ。

平行して走るJRは地上を走っているので周囲の見晴らしが利かないが、京急は眺望も素晴らしい。こんな所に東邦大学ってあったよな、とか、池上辺りの丘陵を眺めつつ疾走する車中。快適である。

で、昼飯を食べていなかったので、品川駅で立ち食いソバでも、と思ったら、なんと記憶の場所(間違っているかも知れないけど)はスープストックトウキョウになっていた。

硝子張りの店内、こぎれいなカウンター。駅ソバの対極である。
一碗のスープでも、と思ってはいったらライスセットなるものあり。
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海老と豆腐の淡雪スープ
豆腐と卵白が雪景色を連想させる冬限定のスープです。すりつぶした海老の旨みと玉葱のやさしい甘さが溶け込んだ、ごま油香る中華風仕立て。


weeklysrec_ph080.jpg
野菜と鶏肉のトマトシチュー
トマトの酸味をミルクでまろやかに仕立てた、さっぱり・クリーミーなシチューです。鶏肉も食べ応え十分。

の2種とライスを選ぶ。

白い方は塩加減がきつめ、スープをおかずに白飯を食べるという稀有な経験をした。
食堂なら、タクアンの一つもツボに入って卓上にあるのだろうが、そこはそれ、である。

初一念は実は東京・八丁堀の宮川でから揚げ定食を食べることだったのだが……。
満足のいったようないかないような。
複雑な感じの残る今日の中食、だった。

確かに新橋ポンヌッフでメンチカツそばをすすっているよりは、体形はともあれスマートだったとは思うが。

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但馬牛すじ肉とクレソンのスープ
じっくり煮込んだ但馬牛と大根を生かしたコクのある和風仕立てのスープにクレソンを加えました。ベトナムのクレソン鍋をヒントにしています。


p_146.jpg
カムジャタン
「カムジャ」とは韓国語でじゃがいものこと。甘辛く食べ応えある韓国の定番料理に、やわらかく煮込んだ鯖を加えて奥深い味にアレンジしました。

の2種類を明日は試してみようか、と思うのは、嵌ってしまったのだろうか。
posted by 曲月斎 at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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