2012年05月31日

アサガオの観察。

局舎には小さな庭があります。

その庭には鬱蒼と木が茂り、雑草も生え、何か粉みたいな赤い虫もたくさん。
こりゃいかんと、当該部分をコンクリート殻で埋め尽くしました。

で、玄関脇の小さな花壇は。

コスモスやサルビアの枯れたものが生えるに任せていました。
たぶん、2冬は越しているのではないかな。

で、あまりに殺風景な、と思い、アサガオを植えました。DSC_5011_edited-1.jpg

まあ、のんきな話なのですけど、局舎を管理するのも、仕事のうち、ですから。

この写真は24日のもの。
ここ数日でぐっと大きくなっています。
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2012年05月03日

クリーム色の花。

新緑萌える高知の山々では、クリーム色に変わっている部分が目につく。

正体はこれ、である。
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シイの仲間、らしいのだけど。
クリの花にも見える。ただ葉っぱはクリの木じゃないようだ。

昔、横浜スタジアムでの仕事の時。今の会社にいる先輩記者が、中華街へ夕飯を食いに出かけた時に呟いた。
「クリの花か。ザーメンの匂い、だな」
つい最近まで長野で現役だったと思うが。

なぜかクリの花を見ると、匂いをかぐと、この先輩のことを思い出す。
posted by 曲月斎 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 土州日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

安芸國虎?

土佐の国はその昔、豪族の割拠する地であった。
山間には平家の落人が暮らす一方、海沿いは中部に長宗我部氏、東は安芸氏、西には都落ちしてきた一条氏と、鼎立状態だったそうな。

戦国末期に、長宗我部氏が国内を統一したのは日本史でならう通りだけど、日本の中央とは別個の歴史が九州などと同様に流れていたようだ。

で、安芸國虎なる人物が、この高知県東部に跋扈し、今もこの地の名に由来するのだが、今やその名残の一番といえば、国道55号沿いにある國虎屋なるうどん屋であろう。

名物は「國虎うどん」。2012033016520000+.jpg

味噌仕立ての豚汁にうどんが入っているという代物。
店の卓子には、おろしショウガが備え付けで、たっぷりのショウガと一味がなかなかにうどんに合う。

心密かに安芸國虎の名を今に残す一番は、國虎屋の「國虎うどん」ではないかと思っている。
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土佐と言えば

高知に赴任というと、「魚が美味くていいでしょう」と判で捺したようにおっしゃる。

確かに高知は黒潮洗う海に面している。
折しもカツオの時期である。

安芸でも、「魚里」という店を覚えた。
地元の同輩が教えてくれた店だ。383534_162513577210939_100003568922439_216670_1275304042_n.jpg

腹皮を残して刺身にしてもらうのは、相良風?
ともかくもカツオである。そして皿にのっているのはドロメ。
いわゆる静岡でいう「生シラス」である。
この辺りではショウガ醤油でもわさび醤油でもなく、柚子の酢を掛けて食べる。

そして安芸ではもう1軒。
「白川」という鮨屋である。
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この日は「カツオは今ひとつなので、イシダイは如何ですか」とのこと。
タタキにして出してくれた。
イシダイもこうして食べるのである。

この辺りではアジの開きは頭の部分は開いていない。なぜなのだろう。
いよいよカツオも本番。もうすぐ鮎の季節にもなる。

それと。
太平洋に面しているこの県だが、海水浴場は実は少ない。
何でも「どん深で、海水浴には適さない」からだそうだ。
実に白砂青松、美しい海岸もあるのだけど、海水浴というと、室戸岬を回って東洋町の白浜海岸まで行くか、夜須町の人工海浜か。そのくらいだそうだ。
「その分、川で泳ぐことになっているから」という。川は泳ぐ場所なのである。
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赴任1カ月

この1カ月、何か雑然と過ごしてきた気がする。
戸惑いの中にまだ、いる気がする。

というのは、何しろ安芸郡は広い。
もちろん、藤枝の時も広かったけど。

それに山深い。川根本町の杉山前町長と電話をする機会があったけど、そのときに「中央構造線の南側は山が険しいからね」という話になった。確かにそうである。

脱輪も経験した。
旧魚梁瀬森林鉄道の軌道敷跡の道を走っていたら、路面の苔にタイヤが滑り、見事に側溝にはまった。538629_157659241029706_100003568922439_204435_1177333076_n.jpg

雨上がりの苔は雪よりも滑るのである。

JAFの救援を待つ1時間半。することもなく、待っていたのであるが、527462_157767121018918_100003568922439_204718_1284117524_n.jpg

道の辺に目をやれば、サトイモ科の花が咲いていた。
この辺りでは「タヌキの小便タゴ」というそうな。狸の小便桶、という意味か。

とあれ、2カ月目に突入である。



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2012年04月01日

荷入れ。

引っ越しの荷は午後1時に届いた。

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午前中は大雨だったのだけど、午後になったら、見事に晴れた。
現場の差配は白石君という中堅。ベテラン陣も混じる中、テキパキとした差配で、部屋に荷物を収めていく段取りは感服。

そもそも。
今回の引っ越しで。

まず、往路は参りましたね。
確かに荷物は多い。でも、荷造り、積み込みの段階は参りました。

一括梱包を頼んだのですが、肝心のことが表書きに書いていない。どこの部屋にあったか、しか分からない。ここで失敗しましたね。
そして。元町〜藤枝の引っ越しの時は、コンテナを近所に待機させ、そこまで小型トラックでピストン輸送するという策を講じてくれたのに、今回は道幅の広い道に面しているにもかかわらず、本牧からトラック輸送〜品川でコンテナに積み替え、という方法。前回は荷詰めしたスタッフが同行してくれ、現場の指揮を執ってくれた。つまり、積む人とほどく人が同じ、という感覚と、荷造りする人:コンテナに積む人:荷ほどきする人、という個別の仕事になってしまった。本来はこのイベントの全容を把握しているはずなのは、下見に来てくれた人のはずながら、その見通しが甘く、このコンランを招いてしまった。

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第2に、職人気質の限界。横浜の現場を指揮ってくれたのはKさんというベテラン。確かに重い荷も担げるし、梱包も丁寧。でも量が多いとなると、仕事の分業をもっとしないと時間ばかりがかかる。今日の白石君の働きぶりを見ていて、つくづくと感じますな。

ということで、引っ越しは終わったのでありました。

これからは最低でも「1日1箱」を目標に、荷ほどきをすることにします。
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2012年03月31日

第1日

早石炭をば積み果てつ……、というのは舞姫の書き出し。「をとこもすなる日記を……」とは六歌仙の紀貫之が遺した「土左日記」。
浅学菲才の身を重々に知りながら、土州に暮らす日々の始まればとて、曲学阿世の小身を羞じず、書き綴らんと、「土州日乗」の項目を立てることとしたり。
さても如何なる日々となるやら。

前任の西方への除目を承けて、土州に至る。家の鍵の引き継ぎは町内会の総代に托せりとのこととて、総代宅を訪ふ。良きひとがらにて、慣れぬ土地に歩む道しるべとも思ほゆ。この街の一番高き旅宿に荷を解く。眼下に広がるのは太平洋の大海原。その脇のNHKのローカルニュースでは、南海地震に備えてなるミニコーナーあり。津波は紀州沖が震源なら約10分ほどで岸まで到達するべし、高さは8公米にも及ぶべし、と。新たな住まいの海抜はおよそ5公米。ということで思い巡らしつつ、第一夜は更けぬ。
posted by 曲月斎 at 02:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 土州日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする