2006年08月02日

吉村昭氏死去。

作家の吉村昭が死去したそうだ。
吉村昭

一番、最初に読んだのが「戦艦武蔵」。棕櫚縄の材料が全国から消えていく話から始まって、世界史上最大の戦艦を建造する逸話(これがドライドックではなく、進水台を滑走させていくところまでがまた面白い)で、その後はレイテ島海戦で沈没し、その生き残りの末路まで、丁寧に追いかけた作品。
読んだのは小学校だったろう。表紙側の扉には精密な設計図が、そして裏表紙側の扉には被弾図が掲載されていたのが印象深い。小学生が読むような元気のいい戦記ものではなかったけど、今でも忘れがたい1冊だ。
何冊か、忘れがたい本もあるけれど、中でも「東京の戦争」という1冊はこのブログでも取り上げた。手堅い筆致が好きな作家だった。

一度だけ、氏とは話を交わしたことがある。もう10年近く昔になるだろうか。氏の言葉で忘れがたいのは「僕は決してコメントは出さない。出す時は必ず原稿用紙に書いて出す」という言葉だ。単純な論評でも言葉をゆるがせにしない氏の姿勢に感銘を受けたのをおもいだす。

死亡記事によれば闘病久しかった由。今は魂の平安を祈るのみである。
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2006年04月13日

異例の春の大雨で

a9dcb30d.jpg三重県桑名市の近鉄桑名駅から走っているローカル線、三岐鉄道北勢線の鉄橋の橋脚が流失。脱線事故が起きたそうな。
ローカル線、どこにでもあることだが、この鉄道、実は日本では何本も走っていない「軽便鉄道」なのである。
要はレールの巾(軌間という)が、通常のJRの在来線は1067ミリ。新幹線は1435ミリ。実はこの巾が「標準軌」といい、これより狭いJRの在来線は「狭軌」となる。で、この北勢線は軌間が狭軌よりも狭い2フィート6インチ、つまり762ミリなのである。
鉄道の軌間が狭ければそれだけ鉄道の建設も簡便で済むわけで、地方のローカル線や森林鉄道、鉱山鉄道などでは戦前は多くみられた。
しかし、今ではモータリゼーションの浪の前に、ほとんどが改軌か、廃止してバス転換、といった運命を辿っている。
北勢線も長く近鉄が経営していたが投げ出して地元に経営権を譲渡してしまった線区だから、大幅な黒字路線の訳はない。
こういう鉄道は上記のような事故が起きると、復旧する体力がなく、事故より先の区間を廃止してしまう例が多い。廃止してしまえば残る区間を鉄道で維持する意味もなくなり、全面的な廃止へと進んでいった例はこれまた多い。
単に鉄道マニアのためというより、この軌間の鉄道が日本で一般的に走っていた、というのが動態で保存されているのは、一つの誇るべき、文化遺産なんだが、といつも思う。今回の事故もいい方向に関係者が動いてくれることを祈るばかり。
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2006年02月15日

1956年橋戸賞受賞投手の通夜

 14日は藤田元司氏の通夜だったそうだ。このところ、野球関係の物故者が続く。
 藤田は東京六大学では慶應で歴代2位の31勝20敗(ちなみにチーム1位は昭和初期の名投手だった宮武三郎の38勝6敗。リーグ1位は法大の山中正竹で48勝13敗。同2位で江川卓の47勝というのが何とも江川らしい)。ちなみに無安打無得点試合は1。慶應では1年春にチームが優勝してるのみで、主力になってからは天皇杯に縁遠かった。(と、ここまで書いたら慶應の「塾員山脈」という記事に対談が出ていた。3年の早慶戦で監督に交代を告げられた藤田の続投を訴える異例の1年生捕手永野というのが出てくるが、たぶん、後に高校野球の審判で名を馳せた土佐高出身の永野元玄氏だろう。人のつながりは面白い)
 そして横浜・日本石油に入社して1年目の1956年の都市対抗野球では29イニング連続無失点を記録し、チームは熊谷組との決勝に競り勝って初優勝、藤田は最高殊勲選手賞に当たる橋戸賞を受賞している。ちなみに当時は、慶應出身の多かった日本石油と早稲田出身の多かった日本鋼管との都市対抗予選は「ハマの早慶戦」と言われたと聞く。
 ともあれ、讀賣に入団してからの活躍や遍歴はご存じの通り。この日の通夜のニュース映像で、弔問に訪れた長嶋茂雄氏の隣に、社会人野球のドン・山本英一郎氏が座っていたので、ふと余計なことを書き留めた。
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2006年02月02日

脳裏を離れぬ言葉

この半月ほどは、某社の不正経理に関する話題が続いていますが、まったく関係ないんですけども。

以前、十日戎で書いた「けんげしゃ茶屋」という上方落語で、
正月だからと書いてもらったという句に
「のとかなるはやしにかかるまつゑもん」というのが出てきます。

験担ぎの本人は「長閑なる林に懸かる松右衛門」と読むつもりが「喉が鳴る早死にかかる松右衛門」となる、濁りを打った方が陽気や、こりゃええ句や、と旦那に混ぜ返されるんですが、この下りがなぜか脳裏を離れないんですな。

うーん。
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2005年12月23日

社会鍋

b49c33bc.jpg数日前、後輩と話をしていて、全く頓珍漢なことになった。
歳末恒例の救世軍の「社会鍋」の件だ。
「そういえば銀座の街角に社会鍋が出ていたなあ。もう暮れだなあ」
「グツグツ煮えていたんですか? スープを配るとか?」
「え? 社会鍋知らない? じゃ救世軍も?」
「軍なんですか。昔は傷痍軍人が白衣を着て、街角に立っていたって、誰かに聞いたことはありますけど、それとは違うんですか?」
てな、かみ合わない話があり、そこから、救世軍の話、歳末の風物詩でもある社会鍋の講釈が始まったのであった。

ちなみに、救世軍はプロテスタントの一派で、1865年に、英国のメソジスト派の牧師ウイリアム・ブース等が始めた。東ロンドンのスラム街で人々を信仰に導き、物心両面の援助を行った。ブースは活動にふさわしい機動的な組織として、軍隊組織を採用した。1895年(明治28年)の秋、英国から派遣されたライト大佐一行14名が来日。日本での活動を開始した。山室軍平等の日本人が加わり、各地に小隊(教会)が開設された。1900年(明治33年)に廃娼運動を開始し、免囚保護、慰問籠(後の社会鍋)、児童保護、結核療養所、災害慰問(関東大震災等)等を始めた。1907年に日本最初のブラスバンドが組織され活躍した。戦争中の中断を挟んで、46年9月に再建。戦後は引揚者、戦災孤児救済活動、酒害者救護施設等が加わった。現在はホスピス、老人保健施設などでの活動を続けている、そうな。

さはさりながら、師走の喧噪の中で、ラッパを伴奏にして、「ただ信ぜよ」(リバイバル聖歌191番)を歌っている。「十字架にかかりたる 救い主を見よや こは 汝が 犯したる 罪のため ただ信ぜよ ただ信ぜよ 信ずる者は 誰も皆救われん」と歌っている姿は不思議な哀調がある気がする。

社会鍋じゃ何も煮ていないけど、今でも視覚的に温もりがある気がする。
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2005年12月09日

気にはなっていたのだけれど

12月8日(現地は当然7日)、日本海軍が真珠湾を奇襲し、日本という国が太平洋戦争に突入した日であります。(ジョン・レノンの命日、というのはさておき)
永井荷風じいさん、当日の日記はといえば
「褥中小説浮沈第一回起草。晡下土州橋に至る。日米開戦の号外出づ。帰途銀座食堂にて食事中灯火管制となる。街頭商店の灯は追々に消え行きしが電車自動車の灯を消さず、省線は如何にや。余が乗りたる電車乗客雑沓せる中に黄いろい声張上げて演舌なすものあり」
もちろん、読まれることを意識して書いている日記だから本音は那辺にあるのか、分からんけれど、淡々としたもの。確かにそういう気分だったろうとは思うけど。
「断腸亭日乗」
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2005年09月12日

自民圧勝

勝ちっぷりといえば、総選挙は見事な自民党の勝ちっぷりでした。
改選前が212議席だったものが、296議席。これも「民意」ということになるのですから。

昔、「暮らしの手帖」で花森安治(太平洋戦争中に「ほしがりません 勝つまでは」というコピーを考えたという伝説のある名編集長)が、「みんなで『×』を書こう」と執筆したことがありました。

選挙というのは民主主義の根幹ですけど、実は選択肢がない、でも不満が残るというのが本音なのではないかと思うのであります。そんな意思の表示として、「×を書こう」という発言になっていたと思うのであります。しばらく、この記事に触発されて「×」を投票していたんですけどね。今回は……、ですけどね。

とあれ、「選良」は自民党を撰んだわけです。処方されている薬を服用して、寝ることにします。

でも、この選挙ではっきりしたのは、いいたいことをはっきり意思表示したいと思っている人間が多いということ。絶対多数を獲得した自民党にはこの際、重要法案に関しての「国民投票法」の制定でもして欲しいなあ。
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2005年08月14日

日本忌

江國滋酔郎の句に
「大いなる繁栄ここに日本忌」がある。
終戦記念日を「日本忌」と詠んだ(「俳句と遊ぶ法」)。


何年か前、投句していた句会の句で、この句を本歌取りして
「大いなる忘却ここに日本忌」と投句したことがある。

今年も暑い終戦記念日、というか、ポツダム宣言受諾表明日が来る。(正式に受諾表明は8月14日午後11時、スイスとスウェーデンの日本大使から連合国側に通達された。さらに国際法上は東京湾上に浮かんだ戦艦ミズーリ艦上で降伏文書に正式に調印した日に終えたと9月2日、という方が正しいそうな。その辺りは半藤一利の「昭和史」に詳しい)

昭和史 1926-1945
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2005年07月28日

アホらし。

昨今のブログの流行で、こんな仕掛けが登場したそうな。
ブログジェネレーター
というもので、クリックを数回繰り返していくと、ブログの文章が出来上がっているというのだから。
何か、本末転倒、だよなあ。

でも、こんな仕掛けで作った文章、ってよく見掛けるような気がする。そんな思いをしてブログ続けるなら、止めるか、休んでしまえばいいのに。
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2005年07月25日

変わったぞ「日本郵政公社」

ちょっと前まで「郵ぱっく」というのは実に不便な宅配便だった。というのは不在だったときに再配達を依頼する場合、どこかに預けてもらうのも、いちいち、再配達の郵便を投函しなくてはいけないし、もし、当日に受け取りたいとなったら、郵便局の窓口に夜になってから出掛けなくては叶わなかった。それも「係の者が帰ってくるのが夕方ですから夜になってから取りに来てください」と言われるのが当たり前、だった。

それが、だ。最近はすっかりヤマト運輸の宅急便並みになってきた。当日の再配達ももちろん可能。転送も可能。夜間の時間指定も可能。それも電話一本でできるのだから。

郵政民有化問題はさておき、ここまでのサービスをしなくては、ヤマト運輸や佐川急便との競争には勝てない、ということなのだろう。

競争や潔し。ただ、その扉を開いたヤマト運輸の主張ではないが、公租課税などの恩典を受けた状態で、というのならフェアではない。尻に火がつかないと変われない、というのは煩悩具足の身なれば仕方ないが。気がつくのが少し遅すぎた気もする。
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2005年07月18日

「海の日」

「海の日」は毎年、変動する休日になった。
1995年に7月20日と定められ、2003年から7月の第3月曜日ということになった。
この2003年からの法改正で変動するようになったのは
1月の成人の日(第2月曜日)
9月の敬老の日(第3月曜日)
10月の体育の日(第2月曜日)
昔ながらに変動しない日として、建国記念日や勤労感謝の日、文化の日、みどりの日(2007年から昭和の日と4月29日は改称。5月4日が「新」みどりの日)などなど。
何か変動することが不便なような気がしてしかたない。
同じ変動するなら、春分の日、秋分の日みたいに、天文学的に決めるとかいうのなら、まだ納得づくな気分がするんだけど。

変動するといえば、横浜の花火大会は昔は何があっても7月20日で、この花火を見ていよいよ夏休みだ、と心新たになったものだけど。50万人余も17日の夜は観光客が集まったそうだけど、それが本当にいいことなのかな。
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2005年07月08日

We shall never surrender

倫敦で同時多発テロが起こった。
現場の封鎖が続き、正式なスコットランドヤードの発表がない今、ことの云々には言及したくないけど、今回のブレア首相の動きや演説を見ていて、連想したのは戦時下のチャーチルの姿だ。
フランスを占領し、ナチスドイツが倫敦大空襲を繰り返したころ、時の宰相チャーチルは「We shall never surrender」と国民に説いた(決してタイガースのキャッチフレーズではない)。
ことの中身はまったく違うものであると思うけれど、ブレア首相は自らを無意識のうちに、国民に、世界に向けて、自らの姿を、かつてのチャーチルに見立てさせようとしている気がする。

チャーチルはフランスが降伏した後、こう言った。
「ヒトラーは必ず、イギリスに侵攻しなければならない。そうしなければ、彼は負ける。ヒトラーはイギリス侵攻に失敗すれば、東方(ソ連)に向かわざるをえない。そして負けるのだ」と。

ここまでの卓見があれば、ブレアも歴史に残る宰相となろうが、さて、どうだろうか。
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2005年07月04日

終身名誉監督???

脳梗塞に倒れた長嶋茂雄氏が3日夜、東京ドームでのジャイアンツ−カープの試合を観戦したそうな。
天覧試合は宮中から天皇が、台覧はそれ以外の皇族が試合を見物された時に付く言葉だけど、強いて言えば「上覧試合」なんだろうけどねえ。
それと、その肩書きの「終身名誉監督」
結局は何もない、ということでしょ。
かつて、三原が監督を務めていたときに、水原が復員してきて、三原が「総監督」に祭り上げられるや、かれはそのままその職を辞して、打倒巨人に粉骨砕身したのはご存じの通り。
音楽の世界でもカラヤンがベルリンフィルの終身指揮者というまだ分かるけど、岩城宏之のN響の終身常任指揮者なんて、ほとんど今は形骸化しているんじゃないかなあ。
星野仙一を阪神が引き留めておくために用意した呼称は「シニアディレクター」。そこまでは言わないけど、もう少し、何か別の呼称はないものか、と思うのは私だけ?
終身名誉××。結構、この××のところに入れる文字でその本質が見えてくる気がしますね。仰々しい漢語の響きの持つ空疎さが。
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2005年06月23日

おとな

日本たばこのHPは次々と面白いものが出てくる。
同社の考えるおとなとは次のような定義だそうだ。


白でもなく、黒でもなく、
ただ純粋であることに憧れず、不純である自分を弁え、
大声で叫ぶことを恥ずかしく思い、小さな声で呟くのをやめ、
若いことに価値などみつけず、年輪の重みにも意味などなく、
肩書きの名刺を破り、責任という荷物を背負い、
愛されることだけを盲目的に信じる人を寂しいと思い、愛するものを盲目的に守り、
自分の場所を探している人に地図を与え、自分の場所をその足が憶えている、
夜を嫌い、夜を好み、
やさしいという言葉の危うさを教え、きびしいという言葉の重さを忘れず、
つばを吐くことをやめ、ため息を吐くことをやめ、
こころより体を磨く人びとを笑い、長生きのために長生きをせず、
痛みを知り、快楽を知り、
お金の意味を知り、お金の海に溺れず、
いのちを育て、いのちを与え、
他人の詩をいとおしいと思い、自分の詩を書き、
おとなという言葉をうしなった国で、おとなという言葉をにぎりしめている。
そういう大人に認められ、愛されたいと、わたしは思う。



という会社の作るタバコを愛飲して早○○年、か。まだ、「おとな」ではないなあ。喫煙はしているけど。何ともありがたい限り。
posted by 曲月斎 at 03:43| Comment(1) | TrackBack(1) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うーん?

以下、日本たばこ産業のHPにある「たばこに関する基本認識」から。

■ 喫煙者にとってのたばこ
たばこは、豊かな味わいや香りを愉しむため、リラックスしてひとときのゆとりを得るため、あるいは集中力を高めるためなど様々な理由から世界中の約3分の1の成人により愛用されています。一方で、喫煙はリスクを伴います。また、喫煙はなかなかやめられないと言う方々も多くおられます。
私たちは、成人の方には喫煙のリスクに関する情報をもとに、喫煙の是非を自ら判断し、個人の嗜好として愉しむ自由があると考えます。

■ 社会にとってのたばこ
たばこは、会話に「句読点」をつくるため、その場の緊張を解きほぐすため等、様々に人々とのコミュニケーションを演出する道具として愛用されています。
一方、たばこを吸われない方々にとってたばこの煙はしばしば迷惑なものとなることがあります。たばこを吸われる方は常にマナーを守り、たばこを吸われない方に十分配慮することを心がけるべきです。
また、社会経済の視点から見ると、たばこは耕作者から販売店にいたる幅広い産業の担い手により支えられている製品であり、世界中の多くの人々の生計の糧となっています。たばこを吸われる方々が負担しているたばこ税は世界各国の財源に大きく貢献しているということも忘れてはならない事実です。

■ 歴史におけるたばこ
たばこは、マヤ文明の時代から永きにわたる歴史的背景をもち、世界各国で多くの人々に親しまれ、その歴史の中で多様な文化を築いてきました。
近世において葉たばこは経済価値の高い重要な農作物となり、各種たばこの製造も家内工業から急速な技術革新を経て、他産業よりもいち早く19世紀末にはグローバル産業への進展を見せました。一方で、庶民にとっては贅沢なたのしみであるなどの理由で禁制とされたこともあり、近年では健康の観点から様々な議論がなされております。
たばこは歴史的にも議論の多い製品ですが、500年以上にわたり、そして今もかわらず、多くの人々から支持されております。

ここまで故事来歴を説かないといけないことなのかなあ。
posted by 曲月斎 at 03:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

かっこよさ

きょう、かっこいいと思ったのは、カージナルスの田口。
センターを守っていて、完全に本塁打になっている打球をもぎ取ってしまったのだから。
もぎ取っただけではない。その後、何にも起こらなかったかのように、スッとベンチに引き上げてくる表情がまたかっこいい。
すごいことしても当然なようなカオをしてプレーしているのが、何ともかっこよかった。
かっこいい、ってそんなところにあるような気がする。
本人の弁はで。数日で消えてしまうけど。
で、どんなプレーだったかを見たいひとはこの中のカージナルスの試合を撰んで、トッププレーの中にある田口のところを見てやってください。ええでえ。
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野茂200勝

正直のところ、どれほどの値打ちのある記録なのか、自分では判断しかねている。
野茂自身もそうだろうし、周囲の狂騒に少なからず左右された部分もあったような気がする。

でも、野茂というと、どうしても89年の全日本チームを思い出す。
当時、野茂(新日鐵堺)、潮崎(松下電器)、与田(NTT東京)と日本の投手陣は本当に充実していたし、それを受けていたのが古田(トヨタ自動車)と名人高見(東芝)。
日本の社会人野球の歴史の中でも頂点のチームだったと思う。
あれから幾星霜。
そういう思いにふけったのは、ちょうど全国のトップをきって都市対抗野球の東京第一代表の座を「NTT東日本」が勝ち取ったせいもあるかもしれない。負けた鷺宮製作所。3段落ちしないように祈りたい(第1代表決定戦からこけて、第3代表決定戦までこけ続けること)。
そういえば、ベンチでユニホーム姿で座っていた鷺宮製作所の社長さん、元気なのかなあ。
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最近かわいいと思ったもの……

サッカー日本代表の大黒のカオ。
21日夜(ま、現地では20日)の練習中の写真がいくつか、見られたのだけど。
いい表情しているよね。
自信をつけているんだな、って感じで。
スポーツ選手に対して「かわいい」という言い方は変だけど、
ボールとじゃれている表情には、打算も計算もないし。
こういう表情のスポーツ選手って、本当に絵になるなあ、と思う。
それに比べて、同じ日本代表でも……。
おっとこれ以上はいいますまい。
ちなみに、決して中田英のことを想起していないので、書き添えておく。
じゃ、だれなんだって?
ま、言わぬが花、でしょう。
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2005年06月15日

「名球会:って何_?

名球会といえば、日本のプロ野球で通算2000本安打を放つか、200勝するか、200セーブを記録した選手により構成される親睦団体と理解している。今は国内のみならず、大リーグでの戦績も加算されることになったので、この会自体はまた存続を続けていくだろう。

でも、本当はそれでは困る気がする。
アメリカの野球殿堂には「ベテランズ委員会」というのがあって、殿堂入り選手の選考に大きな役割を果たしているが、本当はそんな役目も本当は果たすような組織になってほしい。

選出のみならず、選出した会員を新会員としてクーパースタウンンに迎えるときのホスピタリティも立派な者だ。このクラスの選手になると、自ずから備わる人間性の厚みに思わず頭が下がる。

テレビ曲のアゴ足付きで、ハワイに出掛けてゴルフをするだけの団体だったら意味がないのだから。

そこまで話が進むのは難しいかもしれない。しかし、古田がその中核メンバーになることには、そこまで進化していて欲しいと思う。

その時にファンは選手へのリスペクトを身につけることを覚えていると信じたいから。
アメリカの殿堂表彰の前夜、オネオンタホテルでの晩餐会で、ベテランズ委員会のメンバーはホストに回り、新会員の相手をするそうな。そんなことができるか−−言った時に総ては未熟とした言えないのんだろうな。
posted by 曲月斎 at 02:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月13日

八百屋で

八百屋で魚をくれというようなモンだ、という啖呵があったが。
振り返ってみると、それも「いいですねぇ」とこなしてきてしまった人が一人だけいた。
長嶋氏である。
トランプでいえばジョーカー、何も勝てない。
そんな存在がいたが故に……。
日本の野球はスポーツとしての歩みを止めてしまったような気がしてならない。長嶋氏本人の思惑とか、願いとか、感性とかとは、まったく違う次元で。
長嶋氏にパラサイトする有象無象のゆえに。
そしてまた、担ぎ出されようとしている今……。

おかしいと思う。
posted by 曲月斎 at 03:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする