2011年08月30日

某月某日。

某日。
菅直人内閣総理大臣が内閣の総辞職を決めた。
そして野田某が総理大臣になった。
一度だけ、藤枝に在勤していたころに会ったことがある。
民主党の落下傘候補の応援演説会でのことだった。
あの歯切れの良さは野党だったからだろうね。

ところで、菅直人君はいつ四国遍路に復帰するのだろう。
再開するときのお約束。
前回、打ち終わったところから打ち始めるのがお約束だ。
たしか53番円明寺だったかな。

後の難所は石鎚山と、横峰寺、雲辺寺辺りか。
無事に打ち終わって高野山に至ることを祈りたい。
あと、ちなみに正式には88番を打った後、山を越えて10番に戻り、1番まで逆打ち。さらに高野山奥の院で打ち納めである。

某日。
まだ暑い。
ということで、東京に出掛けるのがますます嫌になっている。
何も生産せず、受診するのがメーンのお出かけだから。
精神衛生上よろしくないですな。

某日。
サッポロ土産といえば、メロンにトドメを刺す。
家人が喜んでくれるのが何よりである。

メロンといえば「夕張メロン」なのだが、実は8月15日を過ぎるともう仕舞なのだそうだ。
「もう農家が作っていないから。ブランドはあるけど、中身が保証しきれない」とは親しくしているメロン屋のオヤジの言。

で、今の時期は富良野メロンだそうだ。
ちなみにこの店、完熟してしまうと安売りを始めるのだが、富良野メロンにはない。
「1カ月持つからね」
同じメロンでも違うことを知る。何ごとも奥が深い。
posted by 曲月斎 at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月10日

破廉恥。

最近、もっともらしい顔をしてコメントの垂れ流しをする人間が横行するのに、ちょっと違和感というか、嫌悪感を持っている。

本当に事情を知っているのか、あるいは知ろうとする努力をしてきたのか。ほとんど何にも知らないのに、もっともらしい顔をして、「正論」をぶつ。それを唯々諾々と垂れ流すテレビ。

破廉恥というべきか。知らない、あるいは知りもしないことを、あるいは自分はその世界で何もしえなかった人間までもが、平気で講釈垂れている姿を見て、浅薄な「報道」というものを思う。
posted by 曲月斎 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

享年32

昔、たぶん日本人として初めてマン島TTで新人賞を取った福田照男というライダーに話を聞いたことがある。
彼は京都の周山街道で峠小僧をやっていて、そこからGPライダーにまで上り詰めた御仁だった。
彼の言うには「サーキットの方が公道よりもずっと安全ですよ。公道は何があるか分からないのだから」と。

天才といわれた、確かに天才と言ってもいい、GPライダーがあっという間に死んだ。阿部典史。享年32歳。
posted by 曲月斎 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

目が覚めると……

pN.jpg目が覚めると、車がパンクしていました。

別にタイヤを切り裂かれた訳ではありません。

高速道路に乗ろうと、インターチェンジの料金所で通行券を受け取り、右に車線をずらしていこうと思った時に、料金所の縁石で右前輪がガリガリ。

いやな予感はしたのですが、どうすることもできずにそのまま本線に乗り込み、次のインターで下り、しばらく走ってみるとどうも右に傾いている様子。タイヤを触ってみると少し空気が抜けているような……。

ともかく、なじみの修理場まで走らせて、みてもらうとやはり空気が抜けています。空気を入れ直してタイヤの縁に洗剤を塗ってみるとエア漏れなし。「たぶん、衝撃で抜けたんでしょう」とのことでしたが、やはり翌朝になると、見事にタイヤはぺしゃんこになっていました。

どうして? と思うようなトラブルが起きるものであります。
posted by 曲月斎 at 04:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

宮崎・つぼや

宮崎のモツ焼き屋。
第3つぼや
宮崎市橘通り3−2−11
まだあるのかな。
posted by 曲月斎 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

ある選手の引退試合

新聞の小さな記録を見ていて、とても気になる選手がいた。
全日本スキー選手権ジャンプ、複合の記録。今年はもちろん世界選手権の直前だから、代表選手はほとんど欠場していた。でも全日本の重みに変わりはないと思っている。

初日のスプリント。前半の飛躍が3位、で後半の距離が30位以下。で総合で3位に食い込んだ薄井智行選手だ。

050107_usui.jpg(写真は全日本スキー連盟から)
ただでさえ、競技人口が少なく、練習するのも大変なこの競技を続けてきて、年齢的なものもあるだろう。

で、この試合が実は引退試合だったことを知った。飛躍と距離。懸命の力走が、現場に行っていなくても目に浮かぶ。ぜひ生で見てみたかった。会って話をしてみたかった。そんな選手だった。

機会があれば話をしてみたい。今でもそう思う。長い間、緊張の生活をご苦労さまでした。彼のブログ「うすぃのgood life」に素直な気持ちが綴ってあります。もし佳ければ、覗いて見て下さい。追記
posted by 曲月斎 at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

30円の値上げ

崎陽軒のシウマイ弁当が18年ぶりに30円値上げされて、740円になるそうだ。
shiumaibento.jpg
曰く、「弊社では、シウマイの主原料である豚肉・ホタテの価格高騰により、昨年シウマイ製品の価格改定を実施いたしましたが、シウマイを主惣菜とする「シウマイ御弁当」は、価格を据え置き、全社的な経営努力に邁進してまいりました。しかし、長引く食材の高騰に加え、包材のほか諸経費も高騰し、コスト削減、経営努力にも限界がきているため、このたび、約18年ぶりに改定することにいたしました」とのこと。

ちなみに同社のHPによれば、シウマイ御弁当の発売開始は1954年。

東海道新幹線が開業するまでの横浜駅は
【特急】
つばめ 東京〜大阪、広島
富士 東京〜神戸、宇野
こだま 東京〜大阪
はと 東京〜大阪
ひびき 東京〜大阪
おおとり 東京〜名古屋
さくら 東京〜長崎
みずほ 東京〜熊本、大分
はやぶさ 東京〜西鹿児島
あさかぜ 東京〜博多

【急行】
高千穂 東京〜西鹿児島
霧島 東京〜鹿児島
雲仙 東京〜長崎
西海 東京〜佐世保
宮島 東京〜廣島
六甲 東京〜大阪
いこま 東京〜大阪
なにわ 東京〜大阪
せっつ 東京〜大阪
よど 東京〜大阪
ぶんご 東京〜大分
筑紫 東京〜博多
安芸 東京〜広島
出雲 東京〜浜田
那智 東京〜新宮
伊勢 東京〜鳥羽
能登 東京〜金沢
銀河 東京〜神戸
すばる 東京〜大阪
彗星 東京〜大阪
月光 東京〜大阪
金星 東京〜大阪
大和 東京〜和歌山市、湊町
【準急】
東海 東京〜名古屋、大垣
はまな 東京〜浜松
伊豆 東京〜伊豆急下田、修善寺
いでゆ 東京〜伊東、修善寺
おくいず 東京〜伊豆急下田
湘南日光 日光〜東京

と、これだけの特別列車が走っていたという。シウマイ御弁当の値打ちもまた、当時とでは違った感じだったろう。

ところで、今では東京駅でもシウマイ御弁当は買えるのだが、パッケージが違うのをご存じか。
tokyo_shiumaibento.jpg東京などでは箱形の紙蓋に対して、神奈川県内では経木の蓋に掛け紙が掛かっている。飯の水分の吸い取り具合の善し悪しはやはり、経木の方がいいような気がする。

30円の値上げ、同社はえらく遠慮がちだが、まだ訳の分からない駅弁やら、コンビニ弁当よりもずっと良心的な値段だと思う。
posted by 曲月斎 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

茹で卵から考えた。

不二家の衛生管理の問題についての一考察を加えてみたい。

実は、和田の家の冷蔵庫には年末に買った卵が5個、そのままになっていた。もちろんのこと賞味期限とやらは切れている。

でも、である。煮抜きのゆで卵にしてしまえば問題はないのではないか(さすがに生卵ご飯にして食べる勇気はない)と考えて、じっくり茹でた。濃い食塩水に入れると、腐った卵は浮くという昔の知恵も思い出しつつ、鍋にかけてゆであげたのであるが、全量検査をしたところ、加熱加工をした場合に問題は発生しなかった(ということは臭くなかったということ。いわゆる腐卵臭なんてなし)のである。

ということは、卵だ、牛乳だの賞味期限云々の話以前の問題として、基準値の数倍におよぶ細菌が発見されたということはもっと別の原因があるのではないか、という気がする。

たぶん、不二家の一件はもっと大きな問題が隠れているような気がする。あくまでもゆで卵から生まれた推論に過ぎないけど。
posted by 曲月斎 at 03:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

焚き火

焚き火、って時々したくなりませんか。

焚き火

昨今はダイオキシンがどうこうということもあって、落ち葉焚きもままならないし、左義長やどんど焼きすら存続の危機に立たされているそうですが。
でもときどき火を燃やしたくなる。それも海辺がいいなあ。
来週辺り、何とか和田浦へ行って、カヤキやら防砂林の枯れ枝を集めて、焚き火をしたいなあ。天気のいい日がいいなあ。
何かを焼くため、じゃなくて、焚き火がしたい。そういう感じですな。

当今は、こんな機材もあるそうです。
焚き火台

「焚き火台」というものだそうで、そりゃ便利で環境にも優しいかもしれないけど、ちょっと違う感じがする。

イメージ検索をしていたら、こんな写真に出くわしました。
ライナスの焚き火

ネタもとは「ライナスの屋根裏部屋」さん。夜明け前、の焚き火だそうです。今度、和田浦に行って、早起きして焚き火をするのもいいなあ。
もちろん、火の用心第一、ですけど。
posted by 曲月斎 at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

30年間の不思議

 お手許に「暦」があったらご覧頂きたい。だいたい表紙の裏辺りに、年齢と干支と星回りの話が書いてあるページが着いているものである。
 確か、こどものころはその一番上段の部分が明治はおろか、慶応、元治、文久、万延、安政くらいまではついていたような気がした。つまり江戸時代の最末期の人間と同じ空気を吸って生きていたのである。
 翻ってみると、今は明治20年代くらいまでか。100歳としても明治40年生まれ。ほとんど居ない、といっていい。
 知らない間に消えていった人はどこへいったのだろう。少なくともこの30年の間には生きていたと思うのだが、自然と潮が引くように消えて行っているのである。「その年なら寿命だよ」という意見はもっとも。しかしつい認識の中で江戸時代というと遙か昔のことのように思う。しかし、決してそんなことはなかったはずなのだから。現に死者の戸籍である除籍簿の閲覧をしてみるがいい。ひいじいさん、ひいばあさんの代くらいになってみると、生年はまちがいなく江戸時代になっている。何かがこの30年の間に起きてしまったような気がしてならない。
 暦をめくっていてこんなことを考えた。
posted by 曲月斎 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

震災から干支一回り

 唐突にきょうの夕食時、母親が言い出した。「阪神大震災も亥年だったんだって。その前の大島の噴火も富士山の噴火もいのしし年だっていうryから、今年は何かある年なのかもね」
 具体的な2例は別に、あの1995年の阪神大震災から早、干支一巡りしたのだ。もうすぐあの日はやってくる。震災というと、震余の静かな音、真っ暗な闇が思い出される。別に閉じこめられた訳でもないし、何とか五体満足だったのだから。
 自分の中で震災の経験が風化しているところが多い。都合の悪いことは忘れるのは人間の性だからだろう。味。冷蔵庫の電源が切れて自然解凍したミンチカツの味。
 なんだかよく分からないうちに、近所中激震地の真ん中にいることだけは分かった。そんな時、厳しい通信事情ながらも連絡をくれた友人を思う。震災はそのものよりも、その後の方が怖い。そんな寒い朝を思い出すべき日が近付いてきた。
posted by 曲月斎 at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

「食べる」ということ

 鍵屋に行ってから、考えた。
 「××に行きませんか」と言ってくれる後輩の存在感だ。もう何年来の付き合いになるのだろう。「きょうはちょっとさぶいね」「じゃあ森下のけとばしにでも行きますか」という具合に、打てば響く存在だった。
 人間にとって「飯を食う」という作業は実は根幹を成すことだと思う。一人で黙々と食うよりは、相方が居て、ちょっと左利きみたいな話があって、幸せなのだと思う。駒形のどぜうも、彼が仕入れて来た知恵(どぢやうの丸鍋に篠掛けゴボウを追加して、是を煮て食べる。実はどぢやう以上に美味い代物だ)もあって、多いに助けられてきた。
 こんな話を書いていて、真っ先に思い出したのが日本堤の「土手の伊勢屋」。天丼で名を成している店だが、そういえば彼とは出かけたことがないままに終わった。
 「これからは尾張表まで来て下さいよ」。名古屋には天丼といえば、光村があり、イチビキがある。そんな連想からだったのかも知れない。彼は7日に引っ越していく。
posted by 曲月斎 at 02:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

中央分水嶺

水が流れていくのは高いところから低いところに行くのに決まっている。その背を分ける部分を分水界という。

ふと思い立って、この分水界のことをWebで飛び回って探していたら、日本山岳会がその創立100周年を記念して2005年から昨年まで、その記念事業として、太平洋側と日本海側に水が分かれる線を「中央分水界」というそうだが、その中央分水嶺踏破をしていた。

面白いな、と思ったのは、その一番低いところが北海道の新千歳空港の真ん中を走っていた、ということ。わずか標高13.7メートルだったという。
自分の知識では中央分水界で最も高度が低いところは兵庫県丹波市氷上町石生(いそう)で標高95.45メートルと記憶していた。この最低点の近くには「水分れ(みわかれ)公園」があり、公園内で水路が加古川(瀬戸内海/太平洋)側と由良川(日本海)側とに分かれているという。つまり、地球温暖化が進んで、海面が上昇すると、まず兵庫県の山奥で太平洋と日本海が繋がってしまうということなのだが、確かにその地点の地図を見ると川が本当に二股に分かれている。

石生

新年早々、何を珍妙なことを考えているのだろうか。
posted by 曲月斎 at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

コンタクトレンズが安心して使えるわけ。

大きな発見があった。
「コンタクトレンズは目玉の裏側までは回り込まない」ということだ。

先日、和田浦にいるとき、何度か海に入るので使い捨てのコンタクトレンズを使用した。ふだんは眼鏡なのだが、海水浴をするときは眼鏡をかけたままという訳にもいかず、コンタクトレンズの登場となる。

使い捨てのコンタクトレンズは時にずれてまぶたの裏側に入り込んでしまうことがある。この前も右目のコンタクトが中にずれてしまい、海に入りたさで、まあいいかともう1枚入れて入った。海から揚がって1枚は取り出したのだが、もう一枚が出てこない。

数日経っても目の回りがごろごろした感じが抜けないので、目玉に沿って奥までコンタクトレンズが入り込んじゃったのかな、と思ってかかりつけの眼科に出掛けた。

「まぶたの裏もずっと見ましたけどないようですね。ごろごろするのは結膜炎の所為じゃないですか」と主治医。このお医者殿、はっきりしたものいいをするので好きである。

「ことによってコンタクトレンズが目玉の奥まで回り込んでしまうと思ってませんか? 目というのはまぶたの裏から白目の部分まで『結膜』が繋がっているんで、コンタクトレンズがどこかにいってしまうということはないんですよ」とお医者殿。模式図と撮影したばかりの自分の目玉の写真を見せながらのご説明である。
目玉

「ソフトコンタクトは直径が14ミリ以上ありますから、それこそ蛇腹のように器用に畳んでいる状態なら結膜の隅に入り込むこともあるかもしれませんけど、常識的には考えられませんからねえ」

となると、どこかで自然と外れていたのかもしれない。

しかし、である。目玉はまぶたとは結膜で繋がっているというのは初めて聞いた話だった。確かにこういう構造ならコンタクトレンズを使用しても安心なわけだ。妙なことに感心をした1日だった。
posted by 曲月斎 at 00:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月22日

有馬記念

愚見を。
有馬記念であります。
やっぱり、ディープインパクトが軸。ドラマチックな馬の時には、やはり武が何とか売り上げ向上を目指すJRAの期待に応えて勝つのではないか、と。
で、無念のリタイアをしたフジキセキを父に持つドリームパスポートが対抗。×は牝馬ながらスイープトウショウ。単勝でアドマイヤフジまで、かなあ。ダイワメジャーは2200以上の勝ち鞍がないので消し、かな。
追記
posted by 曲月斎 at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

家の造りやうは

家のつくりやうは夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き頃わろき住居は堪へがたきことなり。深き水は涼しげなし、淺くて流れたる、遙かに涼し。細かなるものを見るに、遣戸は蔀の間よりもあかし。天井の高きは、冬寒く、燈くらし。造作は用なき所をつくりたる、見るもおもしろく、よろづの用にも立ちてよしとぞ、人のさだめあひ侍りし。(徒然草55段)

っていいますけどね。
本当ですかいな、と思いますね。地球温暖化の昨今、室町時代の兼好法師の時代よりは暑いと思うのですが、寒さは変わらないと思いますな。

和田に居るとよく分かるのですが、暑いのは風が通れば何とか凌げる。おまけに和田浦は裏は山で正面は海。湿気はあるにせよ、そんなに死人が出るほど、暑くなることはないんですな。でも冬は違う。山を背負って居る分、多少、北西の季節風は多少凌げますけど、寒いことは寒い。この寒さを凌ぐ術はなにがいいのか、横浜での暮らしも含めて、ちょっと真剣に考えているところであります。

生活のスタイルとして、今さら、炭で火鉢という訳にもいかないし。
posted by 曲月斎 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

12月8日

開戦の詔勅

昭和16年、1941年のきょう、日本という国は戦争を正式に始めました。
1931年の満州事変以降、それまでは戦争をしながら、戦争ではないといい続けていいましたが、それはいわゆる海外派兵を国際協力というようなものであります。
8月15日はみんな覚えているものですが、この日は歴史的な事実の中では一つの課程に過ぎないのではありますけど、日本という国に生きている限り、実は忘れてはいけない日の一つだと思っています。

追記は長いのであしからず。以下引用したのは斎藤隆夫の反軍演説であります。ここで出てくる話は今も固有名詞を入れ替えれば論理が通るので、心覚えも兼ねて載せておくだけ。

追記
posted by 曲月斎 at 13:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

知らぬこととは言いながら

 知らないうちに世話になった方が亡くなっていた。

 昨年末、亡くなった方の墓所を訪ねようと、この方の所に電話したら、夫人が電話口に出て「ご存知ありませんでしたか。この8月に亡くなりました」。と言われて、愕然とするやら、恥ずかしいやら。ずいぶんと世話になりながら、どうにも格好のつかない話になった。

 この方は人生を2度生きたような方だった。京大工学部を卒業して、帝人で技術畑一筋に歩いてきたものの、オリックスが球団を買収し、幹部を公募した時に突然のひらめきで転身。新生球団の重役として活躍した。幾度となくご自宅で話をしたものだが、才気煥発、語れば領域を超えての話題に及ぶアイデアマンで、笑顔の柔らかい人だった。それで野球少年のような純粋さがあった。振り返ればあのころのオリックス野球クラブというところは新生の意気に燃えたようなところのある球団だった。長谷川、田口、イチローらが次々と入団していたころの話だ。

 「どうも生前は本当にお世話になりました」と夫人。聞けば、第一線を退いてからここ数年はガンで闘病中だったという。一度は車いすで生活するまでに回復したものの、再発して病魔に倒れたそうだ。

 金光千尋氏、享年67歳だった。まだ若い。
posted by 曲月斎 at 19:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

リヤカー

博多といえば、屋台。屋台といえばリヤカーである。

リヤカーを製造している東京・南千住のムラマツ車輌によると、全部当然ながら手作りである。

もうふた昔にもなろうか。このムラマツ車輌に出掛けたことがある。というのは、その直前にアフリカに出掛け(何しろ、初の海外旅行はケニア、タンザニアだったのだから)て、現地で日本から持ち込まれたリヤカーが大活躍をしていたので、面白くなって、見に行ったのである。

確かにアフリカのように、人手は余っていて、物資が不足しているところでは、リヤカーほど便利な運搬手段はあるまい。タンザニアのダルエスサラームには日本の援助でリヤカー工場ができている筈だが、今はどうなっているだろう。

最近は新製品でマウンテンバイクに取り付けられる小型のリヤカーも発売しているそうだ。ちなみにHPによると、タイヤのサイズはすべて26インチで荷台の大きさによって、72000〜84000円だそうだ。フルのウエットスーツ1着というところか。

おどろいたことに、今や楽天市場で通販もしているようで、他のメーカーからはアルミボディの折りたたみ式のものまであるというのだからすごいものである。

博多の屋台は開いているときにはそれなりの間口に見えるものだけど、昼間は路肩に駐車してあるのを見ると、本当にこじんまりしたものだ。ちんまりと主人の帰りを待つ忠犬のようにも見える。
posted by 曲月斎 at 20:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

会うた子に教えられて

人間関係というのは不思議なものだ。

親兄弟だから、言えないし話せないこともある。仕事関係や職場関係ならなおさらだろう。

逆に全くの赤の他人だから、自分の弱味も考えあぐねていることも、何となく話せる気分になるときもある。

それには年は関係ないし、経歴も肩書きも関係ない。もちろん、相手の肩書きも経歴も知らない。でも、人間として、信を措くに足るかどうかだけだ。

そういう関係が希薄になっていくことが、閉塞感や逼塞感に繋がるのではないかと、ちょうど年が半分の子に教えられた。

そんな週末だった。海に出掛けて、波に巻かれているのが一番、そんな時間を過ごす近道なのかもしれない。
posted by 曲月斎 at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする