2010年05月14日

1泊2日 和田浦の旅。

久々に和田浦に行った。

車が運転できるようになって、自分の自由な時間に動けるのがありがたい。何しろ和田浦辺りでは内房線は上下とも1時間に1本のペース。バスも館山、鴨川からそれぞれ1日8本くらい。公共交通機関の便は不自由だ。とはいえ、足繁く通うようになったかといえば、自由な時間をなかなか作り出せず、歯がゆい限り。で、この機会にと車を転がした。

まず和田へ着く前に、江見の昇龍に寄る。ここの挽き肉ソバが何ともうまい。師匠に教わった手法は白飯にこの挽き肉あんを載せるスタイルだったけど、チャーハンでやってみてもこれまた結構でありました。満足していざ和田へ。

用事があって旧町役場(現南房総市和田支所)に行く。役場の建物は取り壊し中なのか、改装中なのか。で、臨時の支所事務所に行くと、職員はほんの10人余。南房総市は千葉県の行政指導の下、館山市を取り囲む形で新市を作ったのだが、内房側に旧富山町、旧富浦町。外房側を白浜町、千倉町、丸山町、和田町。内陸に旧三芳村。結局、新市の市役所は旧富浦町役場にあり、新設合併とはいえ、一番東のハズレの旧和田町は見事に割を食った形だ。

旧和田町は元々、農業に漁業と1次産業と公共事業の町だが、それに加えてエリートの勤め先といえば、役場に農協、郵便局に国鉄という構図。その役場と農協が見事に脱落し、郵政も国鉄も民営化してどうなったかはご承知の通りだ。新市は新設合併とはいえ、合併特例法のゆがんだ手法のしわ寄せの見本みたいなものだ。詳しくは調べてないけど、ゴミ処理や火葬、水道、養護学校など、一部事務組合の整理も進んでいるとは思えない。

合併話はさておき、師匠の家に一晩お世話になった。ここに泊まるのはすくなくとも9年ぶりくらいかな。まだ先代の看板犬が健在だったころだから。2代目看板犬もめったに行かぬ小生のことを匂いで覚えていてくれるのが嬉しい。初めてこの家に伺ったあの頃、まだ中学生だった師匠のお嬢さんは今春から社会人だそうだ。時の経つのは早い。

それにしても東京から100キロ圏、でも時間の流れがまったく違うエリア。改めていい町だなあと思う。ただ、もしも自分が静岡での体験をもっと早くしていれば、全然違う視点でこの町の合併話を見ていただろうと思う。

自分がまだ「まれびと」だから暢気なことを言っているのだが、光ケーブルも未開通、地上波デジタルも山間部は×。いざ暮らすとなると、さまざま覚悟は必要なのはいうまでもない。
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2008年03月09日

きょうのM新聞の書評欄

M新聞の書評欄には「好きなもの」というコーナーがあり、9日付は料理研究家の辰巳芳子だった。
「上質な時間」が生きていく上で必要と述べた上で、

人はそれぞれ、自分のお守りをしながら生きていかねばなりません。私は疲れを感じたら、海へ行って浜に寝そべり、波の差し引きに息を合わせます。すると「命を与えられ、今ここにいる自分」への肯定感が体に満ちてくる。
「波の力を借りた瞑想」という意味で、私はこれを「波禅」と呼んでいます。自然に見出した呼吸法ですが、解剖学者の故・三木成夫さんも著書を通して「ほら、良いだろう」と言ってくださった。不思議なことに一人ひとり、波長の合う浜が違うようですね。ぜひ皆さんも、ご自分の浜をお探しください。波のリズムに身を任せる時間は遠回りなようでいて、真理にたどり着く切り札です。

って書いていました。確かにそうであります。サーファーというのも口幅ったい者ですけど、和田浦の浜での時間は確かにそうだったなあ、と思うばかりであります。
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2007年11月19日

波静か・M市

sizunami.jpg

19日は晴れ。日中は結構風が吹いていたのだけど、ここM市のS波は本当に波もなく真っ平ら。

普段はどんなに波がなくても、数人は波間にいるのに、さすがにきょうはゼロ、だった。
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2007年11月13日

M市・K浜

K浜.jpg
いい天気だった。
富士山がくっきり見える。国道150号を走っていて、富士山が真正面に見えるとは知らなかった。

で、天気がいいと出かけるM市のK浜。
こちらは波は全然なし。琵琶湖みたいな海面であります。

和田浦には波はあるけど、富士山は見えない。富士山が見えても、波がなければ波間では所在なげにするしかない、のであります。

とはいえ、久しぶりに海水浴がしたいなぁ、と思うこのごろ。
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2007年09月27日

M市のK浜

k-hama.jpg午前11時からM市で仕事がある、と思いこんでいたので、朝も早よから車でのこのこと出掛けたら……。

仕事の時間は午後2時に変更になっていました。仕事まで2時間。ここまで来てしまうと、戻るに戻れず。

仕方ないので、時間をつぶすことに。

ここM市は北からS波、K島、K浜、S良、S々木とポイントが続きます。この中でもK浜は国道から脇に折れて防波堤を越えればすぐ砂浜。人気の少ないポイントです。

車を砂浜に止め、沖合を見ている間に眠くなってそのまま昼寝になってしまいました。きちんと仕事はしましたのであしからず。

でも海を見ているとなぜ、小生は眠くなるのか……。それくらい気持ちのいい晴れた浜辺だった、ということなのですが。
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2007年08月13日

本当にどうなんだろう?

taifu.jpg今月アタマのこと。

近所の海岸で「サーファーがいなくなった」という騒ぎがありました。何でも、近くの河口対岸から見ていたサーファー2人が『波消しブロックの外側で波にたたかれていたサーファーが見えなくなった』と118番通報したよし。

でも、サーフィンを囓っている身とすると、どう考えても正気の沙汰ではないんですな。波はダンパーで、喜んで出て行くような波じゃないし、だいたい、ゲティングアウトしたとしても、波に乗れるような状況じゃない。

それでも、堤防の上から見ていたのがサーファーだというのだから、そう見間違えるとも思えないし。

結局、ボードの破片も未だに上がらず、分からずじまいになっていますけど。あれは何だったのだろう、と思うのであります。

ま、事故じゃなかったのは幸いなんですけど。



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2007年02月03日

25周年の辞

和田浦の師匠のサーフショップ「ジェイズ・オーシャン・ワークスが25周年を迎えた。

テケテケのまま、末席に居座っている小生など、図々しい限りなのかもしれない。でも、この店のお陰で、朝、起きて海に行き、昼寝をし、焚き火をし、祭りにも出させてもらって、クラブハウスで時にビールも飲んで、夜は知り合った気の合う仲間と飲んで……。

精神的な天秤の片方の分銅みたいな存在であります。
25周年の開店の辞を掲載されたのでそのまま転載します。

興味のある方は追記をご覧下さい。

追記
posted by 曲月斎 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

チンチロリン

サイコロ

チンチロリンが唐突に懐かしくなる。

男達はわずか2畳ほどのスペースに車座になって、真剣な表情でさいころを振っている。「おお、アラシ」「またションベンかよ」てな会話が飛び交う。当然杯も廻る。
「小博打のススメ」

には正統的な解説が載っていて、手本引きまで照会しているのだが、ともかくチンチロリン=千葉の正月、という感じである。
こんな風景がいつまでも続けていて欲しいなあ。
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2007年01月01日

吉例初日の出情報

日本国内で初日の出を一番最初に見られる地点はどこなのか。

厳密に言えば、最東端の東京都 南鳥島(北緯24度16分59秒・東経153度59分11秒) の日の出で、5時27分だそうな。こちらは海保と海自と気象庁の職員しかいない島だから、初日の出を拝みに行くわけにもいかない。
ならば最北端の北海道 択捉島カモイワッカ岬(北緯45度33分28秒・東経148度45分14秒) は6時45分。こちらはロシアの主張する国境線の向こう側ですから命に関わる。
ともあれ、こんな計算が即座にできるのは海上保安庁海洋情報部のHPのお陰であります。

最高所の富士山山頂は6時42分。ちなみに一番遅いのが最西端の沖縄県 与那国島西崎(北緯24度26分58秒・東経122度56分01秒) の7時31分。
和田のJ’s前は計算上では6時48分の日の出。だけど、海面からではなく、雲の上からになりそうみたいだけど。

ともあく佳い初日の出となりますように。
追記
posted by 曲月斎 at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

12月23日の日の出

日の出
年賀状向きの絵柄ですなあ。仮寓の隣家、奥原兄が電話で知らせてくれました。こんな景色を毎日のように見ながらの生活というのは、なんと人間的なことか。
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2006年12月21日

砂浜、縮んだのかな?

和田浦.jpg
あれこれと探していると、ありました。
海上保安庁海洋情報部のサイトに、空中写真が。
約10年前の写真ですけど、砂浜がひろいですなあ。
posted by 曲月斎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

消えた温泉

和田の花園に温泉がありました。
球形のドーム型の建物で「瑞豊温泉」という名前だったと思います。

ちょうど抱湖園という名所への登り口にありました。建物は変わりなく建っているので、きょう行ってみたら、廃墟になっていました。先代の犬・デュークが生きていたころですから、もう随分経ちます。元々、営業時間が結構短かったような記憶があるのですけど、ガラス戸越しにのぞいたら、温泉の効能書などはそのままになっていたので、まだ湧いてはいるのでしょうが、もう営業はしていないみたいでした。

この陽気だから、温泉があったらうれしいのに……、とちょっとがっかり。
地形図からもいつの間にか、温泉マークが消えていました。
瑞豊温泉.jpg
posted by 曲月斎 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

和田浦冬晴

和田浦12月11日

和田浦は冬晴れ。

余計なことだけど、ロシア人の冗句を思い出した。まだ共産党の一党独裁のころのもので、どこに行ってもクレムリンの塔の赤い星が見えていたころの話だ。「モスクワ1の景色の名所はどこか知っているか」「どこだ」「そりゃ、クレムリンの塔さ、あそこなら赤い星が見えない」

ここからも確かに余計なものは見えない。
posted by 曲月斎 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月10日

テトラスクロール

和田にテトラスクロールというカフェが出来た。ブックカフェと銘打ったこの店。海水浴場の上、竜宮様の斜向かい辺りにある民家を改造した店である。

ガラス戸を開けると、玄関で左手が水屋、店舗部分は8畳、奥に元仏間風の3畳、そして床の間付きの6畳という広さ。奥には縁側があってお手洗いがある。元は襖が入っていた仕切りを取り払い、一間にして使っている。店内には火鉢が数個にブルーフレーム。

テトラスクロール



メニューはブレンドが1杯280円。売りは地サイダー(地方ブランドのサイダーらしい)のようで約10種類ほど。ビールはヱビス。先月半ばに開店したそうで、そもそもはこの家を貸しだそうとういう不動産屋に見取り図の作成をこの夏に頼まれて、物件を見るうちに自分で何かできないか、と考えてカフェを始めたとのこと。NALUか、海楽にでも出てきそうな感じのご主人は41歳で、江見に住んで14年とのことだった。

「下に海水浴場の駐車場がありますし、そこから海から上がってきたサーファーの方が寄ってくれれば。ゆくゆくはワッフルとか、沖縄そばとかを置いていけるようにしたい」とご主人。ブックカフェと銘打つ以上、どんな本があるかな、と見たら、奥の捕鯨関係の書籍の一群はさておき、多彩多岐にわたる本が並んでいた。

店名は限られた資源を消費する一方の政治経済システムを批判し、地球経済や人類の活動を持続可能なものとするための「宇宙船地球号」の概念を提唱した米国の思想家で科学者のバックミンスター・フラーの著書、テトラスクロールに由来するそうな。原書が8畳間の棚にあった。

「テトラスクロール―少女ゴールディと3匹の熊たち」



「テトラとつけばテトラポッドで馴染んでいるだろうから、この辺の人も耳に店名が引っ掛かるかな、と思って」サーフィンも江見に移住してから始めたという。ロングを楽しんでいるよしで、時間があれば海に入るという。

こちらは店内で、このところはまっているB・フランクの「日本仏教曼荼羅」を読んでいた。北斗七星を神格化した妙見信仰の話を読み終えたところで店内禁煙なので、店先に出てタバコをのんで居たら、そこに自転車に乗った知り人が通りかかって、「ところてん、あげるから。食べなっせえよ」と頂き物。店内に戻って、「空と現身仏」という論文を読んでコーヒーをおかわり。もう1章読み進んだ。ガラス戸越しに道を行く車や人、自転車が見え、不思議な感じだった。

店を出るともう暮れ方。お天気が良かった分、師匠の愛犬と散歩していても気分がいい、晴れた一日だった。
posted by 曲月斎 at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

The Surfer's Journal

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日本国内でもサーフィンの雑誌は何種類も出版されている。
でも、このアメリカでの雑誌に勝る雑誌はないような気がする。
というのは、写真の妙味だ。
写真の美しさはある意味で雑誌の命だろう。
国内の雑誌でもそれに勝るとも劣らない内容があるのだけど、扱い方が上手い。

サーフィンの写真はもとより、そのサーフィンをする里、その里でのサーフィンの歴史、などなど、厚み、生活の中のサーフィンを考えさせてくれる内容が多い。

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今年に入っての雑誌の表紙。

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テケテケのサーファーである我が身でどうこういうのはおこがましいのだけれども、この雑誌が遠く太平洋の向こうから届くと、また格別な気持ちになるのはなぜなのだろう。

英語の部分はほとんど飛ばし読みである、ということは告白しておくのだが。

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この雑誌の特徴は、ほとんとコマーシャルを掲載していないこと。だから編集者は思う存分に誌面立てを考え、実施していくことができる。何気ないようなことではあるけれど、出版文化の中で得難い存在ではあると思う。

posted by 曲月斎 at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

遥々と和田浦

久し振りに和田浦に出掛けた。

3連休をとってはみたが、1日目は野暮用が入って×。2日目は朝のトラブルがあって、出発が遅れ、到着は日暮れ方。

それでもクラブハウスを覗いてから犬のお散歩。この犬が賢いのか、遠くまで連れ回す自分が悪いのか。それにしてもよくよくなついて下さる。親方の犬を連れて歩いていると、自分の犬も飼いたくなってしまうのだが、ここは我慢。

クラブハウスは梁山泊のような風情。食客三千人を抱えた斉の孟嘗君、魏の信陵君、秦の呂不韋にも比べようかという顔ぶれ。師匠は素浪人というが、近衛重四郎演じた花山大吉ではあるまいに、老若取り混ぜて食客三千人の風情と見た。
一番の火急の用件である(というのが情けないが)散髪を済ませるために、馴染みの理髪店に。時間外だったが、応対してくれた。ありがたいことである。大鼾で寝ている間に日本シリーズの試合は進んでいた。

その後、和田浦といえば、先ず以てうな陣。うな陣

最初に和田浦に来た夜もうな陣だった。

鰻がメインといえども、何でもあるのがここの店。
重箱


メインのこの鰻の他に、酒の肴になるもの多数。中でも名物は、ほうれん草のサラダで、天かすが載っかっていて、マヨネーズとぐしゃぐしゃにして混ぜて食べると是が結構うまいのであります。
サラダ


最後の最後に、知人といい加減、焼酎を飲み、ファイターズの優勝も確認してから出る頃合いに、つい頼んでしまったのが焼き肉弁当。
これが実にボリュームたっぷりで、翌朝食べるつもりがやはり誘惑に負けて、食べた食べた。久し振りにドカ飯を食った、という感じ。やはりビール掛けはサッポロビールであったか、などと妙な感慨を抱きつつも、お腹が張って2時頃まで文字通り輾転反側。

どうせ、夕方4時には出社しなくてはいけないことになったから、半ば厠の火事。そのままふて寝をして、昼過ぎの電車で帰宅。結局海水浴はせずじまいになってしまった。砂浜で寝ているだけでもデトックスの効果がありそうなのに。

という訳で、また週明けには行きたいな、と思うばかり。師匠のところの食客はまた飄々としていることだろう。
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2006年02月10日

2月の和田浦

和田

房州和田に行ってきた。
久しぶりのこと、部屋のクリスマスの飾りを片付け、掃除をし、雑用をして果ててしまった。
師匠に「少し都会のチリを洗ったらどうですか」と言われ、海に入ったが、さすが其所は南房総。しばらく波にもまれている内に、水の冷たさなど気にならなくなった。
孔子先生は「宰予、昼寝ヌ。子曰ク、朽木ハ雕(え)ル可(ベ)カラザル也。糞土ノ牆(しょう)ハ杇(ぬ)ルベカラザル也」(論語・公冶長篇)と、昼寝した弟子を大層怒っておられるのだが、砂浜での昼寝にいそしみ、時々海水浴をする程度のテケテケの弟子を赦してくださっている師匠のありがたみを改めて思う。

ちょうど和田浦は1月28日、初不動の後で「綱吊り」を交換したばかり。部落の境に麦わらで作った蛇を巻き付けるのだが、天地の目の合わないサイコロに、出来かけの大草鞋、さんだらぼっちがお決まりのぶら下がりもの。蛇の口には橙と唐辛子の牙というものである。今年も不肖の海水浴客が穏やかな和田浦を訪ねられますように。
道切り2

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2005年11月29日

「海楽」

f6aae866.jpgニ出版という版元は不思議なところで、元々、「ニ(えい)」という雑誌は今の「銀花」みたいな民俗学的なグラフ誌だったと記憶している。それが今では、硬派ではライダースクラブから、サーフィン関係でも「NALU」「サーフトリップジャーナル」などなど数誌を出版するに至っている訳で、出版社としては文武百般という感じに見える。
今回、創刊されたのが「海楽(エクスタシー)」という雑誌。サーフィンを根っ子に、海辺の生活を点綴するという趣向。同じ会社から出ている、「湘南生活」だったか、そんな風合いを加味したサーフィン雑誌だ。(ちなみに確か「横浜生活」という雑誌も出していたような記憶がある)
サーフィンというスポーツは長年、若者の特権のようなスポーツだった。それが今では壮年のスポーツになりつつあるそうな。確かに、今年の夏、片瀬の西浜で開催された全日本サーフィン選手権でも、決勝の最終クラスは、かつての花形だった「メン」ではなく、「シニア」だった。つまり30歳前後というカテゴリーだったと記憶する。
確かに、ベテランのサーファーがエレガントに滑っていく姿は見ていて美しい。我が身に引き比べるのは烏滸がましい話だが、あのエレガントさは年輪の賜だと思う。
さて、雑誌。巻頭はジェリー・ロペスのインタビュー記事。独白体に近いものだ。読み応えは、と言われれば、サーフィンジャーナルなどで掲載していたものと比べて、薄味な気がした。海辺でカジュアルなマリンライフ、みたいな雑誌のコンセプトに合わせて構成されているようで、文字面がちょっと上滑りしている感じだった。これは完全に聞き手、書き手のレベルの問題。どんな名鐘でも撞き手が悪ければ、それなりの音しかならないのは致し方ない。
それと何よりも気になったのが誌面の広告の出稿元の構成。記事があってその対向面(向かい側のページ)に広告が入る、という体裁で雑誌は進行しているのですが、そこに掲載されているメーカーがオメガだったり、ハンセンだったり。あくまで狙うところの読者は那辺にあるのか、という衣の下の鎧が透けて見える。一介の海水浴客ながら、海に親しむ、ということは決してそういうものではない、と思うのだが。

ちなみに版元の宣伝文は以下の通り。
「仕事はハードにこなし、遊びもウマイ。そして、何よりも海が好きだ! をキャッチフレーズに、海が大好きな大人に向けたライフ・サポート・マガジン『海楽』が堂々完成いたしました。創刊号のトップを飾るのはサーフィンの神様、ジェリー・ロペスの単独インタビュー! サーファーだけではなく、海に関わるすべての人々、そしてエコロジスト、ヨギーニといったあらゆる分野から尊敬されているジェリー・ロペスが“海と関わることで幸せになる”という快楽主義を本誌だけに語ってくれました。ほか、サーファーが住むビーチハウスや、海楽主義者たちのライフスタイル、海の気分がいっぱいのレストランに、ベスト・バイ・ガイドなど、海楽人の衣食住&遊を提案していきます」
うーん。提案されても、自分の好きな世界とはちょっと違うなあ。ちょっと塩気の強いムロアジの干物でも焼いて、ビール飲んでいる方が性に合っている自覚はあるから。
posted by 曲月斎 at 05:52| Comment(0) | TrackBack(2) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする