2006年12月23日

「嫌われ松子の一生」

「嫌われ松子の一生」

映画館ではなくDVDで見たことをまず断っておく。J'sのクラブハウスでのこと。
ただ、この映画はシネスコサイズではなく、所詮はテレビ画面サイズで十分の奥行きしかない駄作だった。

昭和22年。福岡県でひとりの女の子が誕生した。お姫様のような人生を夢見る彼女の名は川尻松子。夢を抱いて就いた教師の職をクビになり、どうみてもダメダメな文学青年にお金を貢ぐ日々。やがてソープ嬢となり、挙げ句の果てにヒモを殺害。刑務所に入ることに。そんな壮絶すぎる女・松子の人生は、不幸なはずなのに、なぜか彼女を応援したくなってくる。男たちに利用され、搾取され、捨てられる。でも彼女は誰を責める訳でもない。53歳、河川敷で死体となって発見された彼女の生涯を探る甥が追跡した叔母人生はどう映ったのだろう。

結論をいうと、今の映画でCGを多用した映画は安っぽくなるという鉄則を見事に証明した1作。困るとミュージカルにしてしまうという古典的手法まで取りれているのだから、タチが悪い。都合が悪くなると花畑が出てきて、役者は歌を歌って踊り出す。思考停止である。

絵柄の見た目は綺麗だけど、ストーリーのカットバックが多く、情けないくらいに不器用な映画であった。

最近、鰻屋に入って、いい店か、悪い店かを見分けるコツを見付けた。山椒の粉が深い緑色なら鰻も美味い。一方、茶褐色した粉を出す店は最悪なことが多い。この作品はCGとミュージカルという安易な手段に頼ったばかりにチープな作品になった。

監督は「3丁目の夕日」が昭和30年代なら、この作品は40年代からの世相の一断面を見せるのを意図しているのだろうけど、その試みは失敗しているとしかいいようがない。
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2006年06月13日

蛇足。

映画という世界は、その銀幕に映ったものがすべてであり、主人公のインタビューや制作風景を見せる、というのは邪道な気がする。
つまり作品の読みを観客にゆだねるのではなく、恣意的に制作者側へと誘導することに他ならない。
メイキングDVDを見てしまった方が悪いんだけど、監督、主人公があれこれと講釈を垂れて、揚げ句の果てにはヒット祈願をするさままで見せられては、興醒めというものだろう。
サントラ版ならサントラ版で、メイキングものにしたいのなら是枝監督得意のドキュメンタリー風に作ればよかったのに。言葉にしてしゃべってしまっては、終わりである。
ただし、ナレーター役を務めた古田新太。上手い。
「岡田准一 改メ 青木宗左衛門 ~映画『花よりもなほ』入門DVD」
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2006年06月09日

「花よりもなほ」(2)=ネタばれあり

映画というのは時差があるわけで、クランクアップしてから劇場公開まで約1年、という時間がかかるものらしい。
今回、観てきた「花よりもなほ」でもそうで、プログラムの撮影日記を観ると、クランクインが2005年4月29日で、クランクアップは6月13日。で劇場公開は6月3日。
いつも思うのだが、時系列で芝居をさせていくのなら、頭の中で絵柄は繋がっていく。舞台の上を考えてみればいい。
でも、映画はそうは行かない。ラッシュフィルムからシーンを繋ぎ合わせて編集し、1本にまとめ上げる。黒澤明がこの作業が一番楽しい、といっていたという記憶があるけど、確かにそうかもしれないし、自分だったら、あそこも撮り忘れた、ここも撮り直したい、ということになるのではないか、と思う。助監督日記の最後の項目もこの確認で終わっていたが。

主役の岡田准一。仇討ちを目指して江戸に出てきて、実はとっくに仇を見付けていて、敵の日々の暮らしぶりと自分を取り巻く環境の変化で、心境を変化させていく。たかが若手アイドルタレントとは侮るなかれ。追記
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2006年06月07日

「花よりもなほ」=ネタばれあり。

画像20.jpg「花よりもなほ」
「誰も知らない」の是枝裕和監督の最新作。後味の良さは保証する。「当たり」を久々に引いた気分だ。

追記
posted by 曲月斎 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(2) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

映画の字幕の書体

映画字幕の歴史は約50年だそうだ。

数年前までは映画字幕は「タイトルライター」と呼ばれる職人さんが一枚一枚すべて手書きで書いていたという。だが、近年はデジタルフォント化され、プリンターで出力して光学的にフィルムに焼き付けるようになったそうだ。レーザー光線によってフィルムに焼き付ける方法も使われているそうだ。

このごろ、映画の字幕でも明朝体や、丸ゴシック体がおおくなった。特にシネコンみたいな映画館だと多い気がする。
でも、何か座りが悪い気がする。
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日本の字幕は漢字はやはり伝統の「穴あき」デザイン。映画フィルムに文字を刻印する際、例えば「日」などのように四辺を完全に閉じてしまうと、フイルムのその部分がポロリと抜け落ちる。それを防ぐために全ての文字が必ず1箇所空いている。刻印後、洗浄液が流れ出るようする目的もあるという。何か、同じ映画を見に行っても、この旧来からの字幕だとほっとしてしまうのは、古いのかもしれないけど、何か映画を見た、という気分にさせてくれるのが不思議だ。
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ちなみに、この書体のフォント、PC用にも売っているらしい。デザイン的にも面白い字面になるかもしれない。

http://www.jimaku-font.com/index.shtml

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2006年05月29日

「ナイト・オン・ザ・プラネット」

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ジム・ジャームッシュの監督・脚本作品。
ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキのタクシー運転手とその乗客が繰り広げる物語がオムニバス形式に綴られる。時差の関係で、すべて同時進行であると見せるのが妙味。
以前、近所のバーで、音声なしで流されていたのだが、今回、中古のDVDを買って、改めて見てみると、良くできているし、仕掛けも面白い。不自由に見えていることが実は自由であったり、自由なつもりが実は不自由であったり。外見とその実で、不条理がある、ということを示唆している作品群。好みはあるだろうが、パリとローマの編がその監督の意図するところを明確に示しているように思う。舞台となっている都市の空気、みたいなものもわずかなタクシーの車内という空間ながら、見せているのは技量。ちなみに、タイトルや、各編のつなぎ部分に現れる映像が、今流行のGoogle Earthみたいな動き方をするのがちょっと改めて主恣意。
DVDも既に製造が完了していたのだが、好評なのか、7月には再発売されるらしい。
追記の部分にGooからのあらすじを添付するけど、ネタばれありなので、念のため。追記
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2006年05月25日

「横浜メリー」どうしようか……

メリーさん、というのは、横浜で育った人なら、関内、伊勢佐木町界隈で見掛けたことがあると思います。白髪で白塗り、白いドレス姿は子供心にも奇異に映りました。
その商売は街娼。まだ進駐軍が町を闊歩していた時代から、そのなりわいを続けていたといいます。実際に商売をしていたのかどうかも分かりませんが、横浜の「都市伝説」の一人といってもいい人物です。
その後、五大路子が芝居にして上演したりしていますが、さて。
子供のころの謎解きをしてみたい気もするし、謎は謎のままでもいいような気もするし。そのドキュメンタリー映画が今、上映中です。
実際に見に行った方の話を聞くと、実物のメリーさんの姿は、故郷の老人ホームに行って素顔に戻った後の姿だけだったとか。そしてラストシーンは五大路子が伊勢佐木町をその扮装で歩く姿だったといいます。
1800円の値打ちがあるかどうか、悩ましいところであります。追記
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2006年05月05日

「キャッチ ア ウェーブ」

 世の中には「見なきゃ良かった」と思う映画が存在する。いや、実はそういう映画の方が多いのかもしれない。以前にも書いたけど「夢見が悪かったんだ。芋虫の天ぷら」とぼやくしかない。そんな1本だった。「キャッチ ア ウェーブ」は。同じ渋谷で見るのなら、知人の勧めてくれた「立喰師列伝」の方がずーっと良かったかもしれない。

 話の筋は簡単だ。高校1年生の3人組の夏休み。中で主人公が彼女と出会い、一夏の恋物語りが展開する。これが映画の縦糸。綾となる横糸に、鞘当てをする悪漢3人組が現れ、主人公ら3人を助けるおっさんも現れる。その道具立てにサーフィンが登場する。クライマックスで台風のうねりを乗りこなさんと悪漢組との対決があり、双方痛み分け。結局、自然をリスペクトしましょう、みたいな話で落ちが付き、その後で主人公とヒロインの別れがくる。そんな次第。
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 つまり話を展開させる道具がサーフィンである必然性は全くなく、これがボクシングでも、ロッククライミングでも、ヨットでも弓道でも、あるいは華道だって、茶道だって構わない。ある夏、16歳の少年が大人に出会って、力の及ばぬものに出会い、一皮剥ける。その機序になるものさえあればよいのだから。俳句に例えて言えば、季語を取り換えても何ら問題の起きない程度の句、ということになる。
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 原作、脚本が現役の高校生というから、少しは新鮮なプロットがあるかと思ったけど、特になし。目新しいところといえば、舞台は湘南、敵役に横須賀の基地に住む軍属子弟を持ってきたところくらいか。むしろ事実は小説よりも奇なり。
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 むしろ、そんなチープなストーリーよりも、どこでどうロケしたフィルムを繋ぎ合わせているんだろう、ということの方がよほど気になった。幕開けのシーンは七里ガ浜の鎌倉高校前。すぐに転じて和田浦になり、また太東になり、千倉になり、プログラムを見れば下田の入田浜だったり、最後は新島の羽伏浦(これも分かった)まで登場。作り事とはいえ、よくもまあこれだけ点綴するものだ、と妙に感心した。秋のロケーションだったはずだが、作り様によっては日本版エンドレスサマーになるのかな、とよけいなお節介を考えたりした。
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 因みに主人公の吹き替えが田中樹。JPSAの全面協力をうたっているけど、話の展開にJPSAの出てくる幕はまったくなし。かりそめにも、全日本プロを竹中直人扮するおっさんが制するシーンが出てくるに至っては、噴飯ものというよりも、もの悲しくさえなる。ただ、映画の展開上は竹中直人が出ていなかったら、平板な作品がより平板になっただろうことは想像に難くない。
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 ともあれ、何度か出てきた和田の海。やはり出色、すばらしかった。この海の色、なんだな、と一介の海水浴客でも思う。エンドロールでは早手回しに「協力:南房総市」となっていたのはちょっと悲しかった。やっぱり和田、なのに。

 入場料1800円、上映時間2時間余。少しでも和田に近づいた方がよほど精神衛生上良かったと後悔。
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2006年04月29日

連休中のこと。

「キャッチ・ア・ウェーブ」

連休が始まりました。
でも関係ないです。
ちょうどロードショーが始まったので、この映画でも見に行きますか。
不思議なもので、映画って行き始めると、映画館に足を運ぶことが苦ではなくなる、んですね。
携帯のサイトからも上演情報はチェックできるし。
実はもう一つ。「かもめ食堂」というのも気になるんですけどね。
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2006年04月22日

「LIMIT OF LOVE 海猿」

この本の脇に、平積みになっていたのがこの1冊。
「LIMIT OF LOVE 海猿」


1巻目の映画を観ている義理もあるし、2巻目もか、と思ってパラパラとめくってみたけど、どうもいかん、ですな。好いた腫れた愛だと声高に叫ぶ作品ほど、何か陳腐になっていく。

おまけにここ数年来の海上保安庁の露出具合はどうですか。第1線ではたらく人には何の責任もないし、命令一下の任務に当たっているわけですから、それは尊い。でもその仕掛ける人間にあざとさが見える気がする。彼らの職業意識の高さを知るがゆえに、それを小利口に利用しようとする人間の策動は許し難いものに見えて仕方ないんですけどね。

ま、5月6日ロードショー、ですから。
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2006年04月21日

「ナイト・オン・ザ・プラネット」

「ナイト・オン・ザ・プラネット」


ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの世界5都市のタクシードライバーたち。彼らが同じ夜にそれぞれ体験する5つの物語を、オムニバス形式でつづった作品で、しかも1編1編のできが高い。この映画がまたみたい。みてみたい。
以前は近所の某所で簡単に観られたのに。仕方ないか。
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2006年04月20日

「寝ずの番」(ネタばれあり)

寝ずの番」である。6代目松福亭松鶴をモデルにしたと思われる一門の通夜の夜3題の映画。
寝ず#3
さておき、面白い映画だ、とはとてもいう気になれなかった。理由はなにか。散漫、尻切れトンボ、だからだ。

まず師匠の笑満亭橋鶴(長門裕之)が死ぬ訳だが、一番弟子の橋次(笹野高史)にいまわの際に「そそが見たい」といい、弟子で主人公の橋太(中井貴一)の妻・茂子(木村佳乃)がベットに跨って「なぎなたきず」を見せるシーン。あざといのでこの部分がやけに話題に採り上げられていたが、面白くもおかしくもない。「そそやない。外が見たいというたんや」という落ちになるのだが、導入部の掴みのエピソードとしては受けを狙おうという意識がありありで作為的だ。どうせなら、橋鶴の妻・志津子(富司純子)がみんごと跨って見せる方がよほど面白いし、どうせなら絵柄として見たかった気もする。
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むしろこの橋鶴の通夜の「かんかん踊り」の方がよほど面白い。落語の「らくだ」にあるこのフレーズ。生前得意ネタにして居たという設定の橋鶴が見事にかんかん踊りを踊るという図柄。死体役になっている長門裕之の名演である。

次の通夜は橋次。このエピソードの部分がカットしてもいい気がする。このエピソードが入れ子になっている分、映画の濃度が散漫になっている。確かにバーの女(高岡早紀)との一夜の恋など見せる部分もあるが、折角の藝達者が中途半端な遣われ方になっている。

最後が志津子の通夜。今里新地で芸妓に出ていた時代に橋鶴と張り合ったという元工場長の男(堺正章)が出てくる。橋太との春歌の歌合戦など、見ていて楽しいが、それからどうした、という心境。
寝ず#2

そして最後の最後に春歌を歌いながら、列を作って踊って終わり、では映画としてここまで引っ張る意味がない。「小早川家の秋」までは言わないけれど、何かの落ちを付けないと単なるエピソードの開陳、小咄集の域を出なくなってしまう。ともあれ、映画とは「長講一席」なのだから。 323453view001.jpg

という訳で、あくまで個人的な意見ながら、この映画はあまり……。追記
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2006年04月06日

「ブロークバック マウンテン」

3c5b9b6c.jpg 見てきました。アカデミー賞3部門制覇の話題作を。
同性愛の問題をアメリカ北西部(ワイオミング州)を舞台に、淡々と描いていく、という手法であります。
 もちろん、ホモフォビア(同性愛嫌悪主義者)が大多数を占める、ルート66よりさらにひと山奥のハートランドの中で、ゲイであることをひた隠しに生きていく主人公。そしてその心の恋人。たった一夏の経験がその後の人生を転換させていくのですから。やはり「恋」とは業の深いものである、としか言い様はありますまい。
 同性愛を否定するとか、容認するとかの議論を超越したところで、メインテーマは進んでいくのであります。2人はふつうに結婚をし、子供を設け、ふつうの家庭生活を営んでいる。もちろん、精神的な充足がないわけではないし、その生活を否定するものではない。しかし、並列的に一夏の経験が、基調低音のように人生に影を落としていく。ただ、子供も居て、パートナーも居て、その上でのことだ。社会的な規範がどうであれ、人間として生きていく上ではどうなのだろう。得心できないままだ。
 話の途中での仕掛けが山ほどあって、それが語られることのない2人の関係の結末に向けて集約していく。例えば一方がペンテコステ派(福音派の一派)といえば、もう一方はメゾシスト派(主流派)だといい、セックスのシーンの最中も「これ以上稼げないと生めない」と暗に中絶が容認されない宗教色の強い風土であることを示すなどなど、枚挙にいとまがない。
 先に「ルート66をゆく」を挙げたが、それ以上に、ハートランドのアメリカが抱え込んで居るものの大きさを教えてくれた。映画を見た後、原作本にも目を通したが、人生を送っていく上で、2人はどうすればベストの道だったのか。すべては「きっかけ」というところに帰納させてしまうのは簡単な答えなのだろうが。
 また、根本的なところで、農耕民族に育った人間と狩猟・牧畜を稼業とする地域に育った人間の持って生まれた環境の差が横たわっているのはいうまでもない。
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2006年02月14日

「日本海大海戦」

日本海大海戦


 唐突に「戦争もの」の東宝映画である。
 公開は1969年。お盆映画だったような気がする。近所にもまだ映画館(シネコンに非ず)なんていうものがあり、祖父に「見に行くか」と誘われたものの、上映時間が合わずにそのままになってしまった。ということで幾星霜を経て、DVD購入となった次第。
 東郷平八郎役が三船敏郎、乃木希典が笠智衆、広瀬中佐が加山雄三、仲代達矢、黒沢年男、小鹿敦、東山敬司、松山省二、佐藤允、
藤田進、平田昭彦、小泉博、田崎潤、柳永二郎、加藤武、清水将夫、北龍二、佐々木孝丸、三津田健、辰巳柳太郎、草笛光子、松本幸四郎……。
 司馬遼太郎の「坂の上の雲」がこの時代の定番小説となる以前の、エピソード満載の筋立て。常陸丸やら、宮古島の5勇士やら、旅順港閉塞での「杉野はいずこ」だったり。秋山兄弟も活躍しなければ、児玉源太郎も出てこない。満漢全席の展開です。
 そう、円谷英二の担当した特撮はある意味で「ハワイ・マレー沖開戦」と大差なかったこと。それと、日本からは軍人顔の出来る俳優がいなくなったのだな、という実感(現在上映中の「男たちの大和/YAMATO2005」の顔ぶれを見られたし。反町隆史、中村獅童じゃ役不足じゃないかな)。
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2006年02月03日

30年目の再挑戦

「犬神家の一族」


 1976年に市川崑監督、松坂浩二主演で制作された「犬神家の一族」がリメークされるという。当時の2人の年齢を考えると、60歳に34歳。時の流れを超越した作品になるだろう。

 横溝正史お得意の因縁、血縁が入り交じった中で、小道具(斧・琴・菊)に見立てての殺人が続くという展開。当時、脇を固めていたメンバーを見ると、遺産を残された3人娘が長女松子が高峰美枝子、二女が三条美紀、三女が草笛光子。特に犯人役の高峰美枝子の肚の座り具合、三条美紀が見せた狂気の演技。代役が立てにくい。

あと、青沼静馬の実の母で琴の師匠になっていた岸田今日子の役どころも難しいし、川口晶の正気を失った姿も。

 あえて男優陣を出さなかったけど、あれだけの一流の芸達者を揃えてのリメークは在る意味で厳しいものになる。
見る側に30年前の印象が鮮烈だから。
それでも敢えてリメークに取り組む市川崑。こりゃ時間との戦いになるんじゃなかろうか。

犬神家


「犬神家の一族」
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2005年11月30日

「大脱走」

「大脱走」
どうでもいいんですけど、駅前のレコード屋(というかCD屋)の店先で売っていたんですけど、実に価格が999円。下手な単行本を買うより、泰西名画の方が安いというのは何か不思議な感じ。これからササッと早送りで見ますか。
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2005年10月01日

6部構成11時間

「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」という記録映画をご存じだろうか。13代目片岡仁左衛門の晩年の姿を追った作品だ。
岩波ホールで上演された時に評判になったようなかすかな記憶があるけど、今、東中野のポレポレ東中野で連続上映会が開かれているそうな。

そんな話をふと、ウェブサーフィンしていて見付けた。品のいい役者だった。振り返ってみると、1983年3月、歌舞伎座で孝夫(現仁左衛門)の助六初役の時(ちなみに揚巻は玉三郎)、意休で付き合っていたが、和事だけではなく、ああいう「はら」の据わった役が上手だったのを思い出す。

見に行ってみたいけど、無理だはなあ。
posted by 曲月斎 at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月25日

花咲く港

23日の夜、帰宅したらTBSで古い邦画をやっていた。東山千恵子、笠智衆、東野英次郎などなど、錚々たる日本の俳優の若い姿が映っている。すでに新聞は捨ててしまっているし、題名も分からない。

という訳で、調べてみたら「花咲く港」という木下恵介監督の処女作だった。どうも、TBSでは木下恵介監督作品のシリーズをやっているようで、この夜は「破れ太鼓」。こんな映画を夜中にやっているとは、TBSも侮れぬ。木下惠介 DVD-BOX 第1集
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2005年06月14日

「張込み」


サスペンスといえば、真っ先にこの映画を思い出す。
詳しいことはgooの映画のあらすじを見ていただくことにして
買おうか、買うまいか、迷っていたこの1編のDVDをついに買ってしまった。
何て大袈裟に書くほどの話でもないんですけどね。
刑事の宮口精二と大木実が犯人役の田村高広が元恋人の高峰秀子の元に立ち回らないか、と延々と張り込みをする話。
分かり切っているような、平凡な日々が淡々と続き、最後にがらりと転換する。
結末の部分には「緩み」があるけど、それ以外はモノトーンの抑制された調子のカメラワークがいい。
機会があればご覧になることを勧めたい1編、だ。
でもどうして夜中になると、つい衝動買いをしてしまうんだろう……。
張込み
posted by 曲月斎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

「早朝トバク?」

a36c2139.jpg名古屋のバー、「英吉利西屋」はもう10年来の、出張先での行き付けだ。

まだ、並行輸入が本格化してない時代に、世界の銘酒辞典と同じ値段でボトルキープを受け、そのかわりチャージを支払う、というシステムだった。まだ、ボトルキープが一般的だった時代。このシステムで店は結構繁盛していた。

味見をしてごらんと言われ、廃番になった酒も高価な酒もずいぶんとマスターに教えてもらった。今でも人生の一番と思っている「コンバルモア(ケーディンヘッズボトルのカスク)」はここで覚えた味。手元にもらったボトルには残り3センチくらいの液体が今でのある。

で、そんなバーの講釈話はさておき、ある夜、カウンター越しの話で、邦画の話になった。かのマスター曰く、日本で一番面白い任侠映画は? ということになった。
蘊蓄大魔王のようなこのマスター。言下に「ソウチョウトバク」だね。という。
脳裏の漢字変換では「早朝賭博」。
業界の方々が朝早くに集まって、賭博行為をなさるのかと思ったら、何のことはない「総長賭博」であった。

封切り当時は評判もぱっとしなかったそうだが、三島由紀夫が絶賛して、それなりの評価を受けるようになったという。
任侠映画オールスターキャストみたいな顔ぶれは、gooの映画サイトで検索してご覧頂くとして、その映画を18日から東京の浅草橋の1映画館で上映するという。
しかも3日間だけ、しかも3本立て。これじゃ上映しても1日2回チャンスがあるかどうか。
前からあれだけ吹き込まれている作品だけに、見にいってみたいが。
この機会、実現するや否や……。
posted by 曲月斎 at 03:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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