2011年01月23日

「米・百姓・天皇」

米・百姓・天皇 日本史の虚像のゆくえ (ちくま学芸文庫) [文庫] / 網野 善彦, 石井 進 (著); 筑摩書房 (刊)
本にはだいたい、「解説」というものが付いています。
多くは大して役に立たないものが多いのですが、この本は本当に解説が解説の役目を果たしている、それだけに先に読むことをお勧めします。

日本史学者で碩学と言われた網野善彦と同じく歴史学者の石井進の対談集です。不明にして石井進という方は余り存じ上げないのでありますものの、一方の網野善彦は他流試合はよくやっているので、よく愛読しておりました。ですが、網野が本職同士の立ち合いをするのは珍しい。それだけに専門家の斬り合いというのはこういう太刀筋から入るのか、と思わせてくれます。ともかく、日本史の教科書で学んだ日本史の枠組みを大きくゆがめてくれる対論です。

で、キーワード。
1)律令制虚構説 日本の国家統一は明治期の廃藩置県によって完成した、という考え。
2)日本文化=稲作文化論の虚構
3)士農工商の虚構
4)仏教は商工業親和的、儒教は農業主義 この視点が面白かった。重商主義と農本主義。日本にそんな早くから芽生えていたのか、と思い知らされる。視点を持つと、結構いろんなものが違った風景に見える。
5)明治政府史観からの脱却 古くからの伝統と思っても、結構明治政府が創りだしたものが多いということ。

たとえば、商取引に関する用語で、実は明治以前に起源を持つ言葉が多いというのは言われてみれば、の話。たとえば、元手、寄りつき、立て玉、前場、大引け、などなど。マルクスの資本論は「元手論」と訳せばもっと違った理解があったはずなんていう論理は面白い。

いずれにせよ、上記5項目を読んでから、本文を読むと示唆に富んでいること、間違いない。門外漢でも十分に楽しめるし、目から鱗の部分も多い。

ところで両氏の専門である中世史への言及が少ないのは、プロ同士の戦いでの一つの「本能」なのだろうか。


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「広重の富士」

完全版 広重の富士 <ヴィジュアル版> (集英社新書ヴィジュアル版) [新書] / 赤坂 治績 (著); 集英社 (刊)
浮世絵で富士山といえば葛飾北斎富嶽三十六景にトドメを刺す。それはだれしも異論のないところだろう。名所絵という範疇を超えて、「凱風快晴」「山下白雨」などは成り立っていると思う。で、筆者は実は安藤広重も富士山を描いているんだぞ、ということを紹介したくて、この本を書いたそうだ。

とにかく印刷がきれいで、筆者の目指したところはまずは成功しているといっていい。
なぜ、最晩年にしか、広重が富士山を描かなかったのか。
江戸、あるいは関東平野で、富士山というのは常に仰ぎ見る存在であり、信仰の対象であり、富士山画家の存在は常に時代が求めてきたのだろうが、北斎の作品の版木が摩滅するころ、新たな富士山画家が時代の要求として存在する必要に迫られ、広重が描いたものだろうという、筆者の論考はあっていると思う。

北斎のそれと比べてみると、広重のそれは明らかに柔らかい。北斎が愛用した「ベロ藍(ベルリン藍、の意。言えばプルシャンブルーですな)」なら広重はそれを薄くした独自の青を以て絵を構成している所為もあるでしょう。

陰に隠れてきた名画の存在を、こういう形で紹介するというのは一つ、興味深いことです。
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2011年01月04日

「ボーイング777機長まるごと体験」

ボーイング777機長まるごと体験 成田/パリ線を完全密着ドキュメント (サイエンス・アイ新書) [新書] / 秋本 俊二 (著); ソフトバンククリエイティブ (刊)別にどうということはないのですが、成田〜巴里線のANAの操縦ルポです。たぶん、コックピット内に入っての取材ではないでしょう。機長や副操縦士、関係者の聞き書きをつなぎ合わせ、ルポ風に仕立てたものだと思います。

ま、お気楽に読める本です。約1時間で読了。
中で面白かったのは、操縦中の機長と副操縦士が同じ機内食を食べることがないということ。機長が和食を選べば、副操縦士は洋食となる−−そのココロは万一、食中毒になったときに2人一度にダウンしないようにするため、だそうです。うーん、あとは……。活字も大きいし、横組み、章立ても簡潔で。それ以上でも以下でもない感じですなあ。
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2010年12月30日

「韓国人の作法」

韓国人の作法 (集英社新書) [新書] / 金 栄勲 (著); 金 順姫 (翻訳); 集英社 (刊)近くて遠い国、といういいようは使い古されたものだけど、改めてその不思議を韓国人自身がQ&Aで応えていくと、こりゃちょっとイメージが違うぞ、という印象でしたな。

1)儒教文化の伝播
孔子が言い始めた儒教は東アジア、漢字文化圏ではある意味で行動規範となってきたのはご存じの通りです。で、伝来のルートは朝鮮半島を通ってこの島に入ってきたわけで、本家に近かったのか、少し距離があったのか、の差だけではなかったか、ということ。
決して日本の中に、朝鮮半島の背負っている「くびき」がないとはいえない。
2)村社会から個への進化過程
日本も高度成長期に味わったように、韓国は稲作中心の村社会から、個の生活への移行が進んでいる最中の姿を今は示しているということ。冠婚葬祭の儀礼にも衣食住にも、その課程が見て取れる。ちょうど日本の30年前かもしれない。一番、共通項であるのだな、と思うのは、「米」を食べ尽くし、「麦」の収穫が出来るまでの間の「端境期」。この期間に餓えを痛切に感じてきたという民族的な経験は今も残っているに過ぎない。

ということで、問答体の1冊。大上段に構えるのではなく、自分の身近に引き寄せて読んでみると面白い1冊だった。
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2010年12月19日

「占領下の日本」

写真で読む昭和史 占領下の日本 (日経プレミアシリーズ) [新書] / 水島 吉隆 (著); 太平洋戦争研究会 (編集); 日本経済新聞出版社 (刊)写真集好きというのは、自分の中で振り返ってみると、岩波写真文庫に行き着く気がします。

名取洋之助が時代を切り取ることに精魂込めたこのシリーズで、1葉の写真が物語るものの大きさを思い知った訳ですが、逆に写真があると理解がはるかに進むということもあるわけです。

このシリーズは「太平洋戦争」編も読んだ訳ですが、今回のもその延長。世界でも稀有の占領統治が成功した例でありましょう。そんな時代の空気を切り取った写真が何枚か並びます。

A級戦犯28人のカオ写真が並んでいるだけでも今となっては珍しい。闇市、木炭バス、皇居の内堀で鮒釣りに興じる少年、三越のストライキ、などなど。何か今よりも不自由な生活ながら、自由を満喫している空気を感じるのは僻目だろうか。

全体とすればいい子ぶった本だけども、何葉か、ハッとするような写真があったのでまあ可。
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「はとバス六〇年」

「はとバス」六〇年――昭和、平成の東京を走る(祥伝社新書208) [新書] / 中野 晴行 (著); 祥伝社 (刊)はとバスのお世話になったのは……。思い出してもそんなに回数がある訳ではないけど、たとえば国技館の2階席、ズラズラっとご一行様が現れる姿や、歌舞伎座の3階席で突然出現する団体、なんて記憶に形が残ります。

そう、原節子の「東京物語」でも養父母を乗せての東京見物、あれははとバスでしょう。

遊覧バスというのは、ある意味で時代の要求を反映するものであって、かつてのように上野の西郷さんの銅像、皇居前広場、東京タワーという時代認識ははるかに古いものであることを思います。

この会社が次々と時代の要望の熱を受けて、おいらんショーであったり、ニューハーフショーであったり、キャバレーであったり、一見では行きにくい場所にも連れて行ってくれる、そんな夢を売る会社であることを再認識しました。そして日本人が追い掛けてきたその欲求の多彩さも。

東京の観光バス会社という視座から見た、一箇の立派な日本近代史、といってもいい1冊です。
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「山口組概論」

山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか (ちくま新書) [新書] / 猪野 健治 (著); 筑摩書房 (刊)今、警視庁が血道を上げてその組織の壊滅を目指している折も折、建前だけではなく、その由来沿革から説き起こしている1冊です。山口組入門、といってもいい。

神戸港の港湾荷役を請け負うことを生業としながら、その一方で権益を確保していく。そんな組織のありようがよく分かります。今でこそ、業界と堅気の区別がついているように見えていますが、その境目は実にあいまいであることも。

そしてその淵源は筑豊炭鉱の遠賀川から洞海湾にかけての荷役業にあり、それが神戸に移り、全国に波及していったという指摘はすこぶる日本の産業の発展と表裏一体であったことを物語ります。何しろ、日本で唯一の製鉄所があったのは八幡なんですから。そして横浜も原田港湾や藤木企業がその黎明期には山口組とも関係があったこと、そして今でも、暴力団としての面と、なにがしかの生業を持つ面との両面で成り立っていることも、興味深いものがあります。

今の時点で判断をしようとすると見間違うことも多いのが事実。一つの歴史的な発展の姿を提示してくれる1冊です。
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「写真 日露戦争」

写真 日露戦争 (ちくま学芸文庫) [文庫] / 小沢 健志 (編集); 筑摩書房 (刊)日露戦争の認識って、結構あやふやなものではないか。

今、流行のドラマの尻馬に乗る訳ではないだろうけど、このごろ、あの時代を取り扱った本が山のように出ている。

そんな中で、この1冊は実に興味深い。

いわゆる戦時写真集、である。

当時の第1軍が仁川に上陸して、鴨緑江を渡河し、沙河の会戦をし、同時に旅順を攻略し、黒溝台の会戦からにらみ合って最後は奉天会戦に至るまでの各派遣軍別の写真が並び、海軍編も同じように時系列で写真が並ぶ。

特に印象深いのは旅順を攻めた第3軍の写真。ロシア側の要塞がどんなところだったのかというのは、ちょっと想像の外、だった。
あと、水雷艇の大きさ。中に写る人影からして、伝馬船の毛が生えた程度にしか見えないサイズだ。

それと、奉天会戦後の2元帥6将軍の写真や、旅順での東郷&乃木の写真など、実に表情を見ているだけでも興味深い。前にも書いたけど、カオ写真というのは実にその人柄を物語る気がする。中で写っている山県有朋の小人物そうな表情など、そう見てしまうのは僻目ではあるまい。
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2010年11月03日

「歌う国民」


歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

  • 作者: 渡辺 裕
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/09
  • メディア: 新書



「唱歌」というと日本人の原風景を描いた世界みたいに思うけれど、その実は結構、違う姿であったということを教えてくれる1冊です。
明治の文明開化の当時、なぜいち早く、明治政府が音楽教育(正確に言えば歌うこと)を教科として導入したのか。文部省教科書の中で、国語と唱歌はある意味で素早く形になった訳ですが、その意味を歌うことを通じて国家の意識を醸成することにあったという視点は示唆に富んでいます。
その後の県歌(「信濃の国」が代表例として取り上げられますが)や、校歌、ラジオ体操や、地方の新民謡運動まで、一つの水脈が続いているというのは、すこぶる面白い展開です。さらには、戦後の「歌声喫茶」まで話が展開すると、歌うという作業のもつ意味の大きさを改めて考えさせられます。
同じテキストの歌を同じように歌えること、というのは、意外や大きな力を持っていることに気付かされます。知的な刺激の多い1冊でした。
それと、日本には「替え歌」の文化があるという話も面白く、今はやりの著作権の観点からは、いろいろと堅苦しい問題も派生しているのを改めて認識したことでした。
お勧めの1冊です。
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2010年10月13日

「地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法」





実に「おたく」と「おたく」の想定問答集形式の本。

表題のごとき条件であれば、どうしたらいいのかという質問から始まって、延々と話が展開していく。輸送船も満足に用意していなかった、あるいは自動車、いやトラックさえ、国産の満足なものがなかった国が戦争を仕掛けるとどうなるのか、という話である。

カタログ次元の性能諸元についての比較になってしまうのがつらいのだが、筆者の言わんとすることは、日本には戦争を始める資格がなかった、という現実だろう。

モリブデン、クロム、タングステンといった鉱物資源がないこと、ましてや砲身を作るような鉄すら満足に生産する体制になかったこと、あるいは、大阪造兵工廠のような一極集中型の生産体制で、型式を更新することすら満足にできなかったこと……。

その後の日本の工業化とはかけ離れた、生糸が主力輸出品だった時代の日本の姿があるわけで、そういう視点からみると「おたく」の問答集も興味深い。

それと、大軍を前に、有効な所持品といえば穴を掘るためのスコップ、と言うこたえが最初の方で提示されるが、この比喩は今の自分の立場に引き重ねられるようで悲しい。
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2010年09月19日

「藝の秘密」


芸の秘密 (角川選書)

芸の秘密 (角川選書)

  • 作者: 渡辺 保
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 単行本



この筆者の本は総じて面白いのですが、この本は江戸時代の江戸、上方の歌舞伎役者の芸談から、エッセンスを取り出して、そのいわんとするところを説いているのです。

1人4ページほどでしょうか。
誰の芸談に載っていたのか、忘れてしまいましたが「見物が関心する藝というのはタバコ1服ほどの間のものだ」というのがありました。

一瞬のきらめきに、見物は心を奪われるものです。なかなかに性根のある言葉だと思いつつ、きょうも現場で、タバコを1服。

今時、四国八十八カ所の札所で、きちんと分煙しているかどうかの調査をするような御仁が出てきているご時世ですから、こんな比喩も不適切なのかもしれませんが。
実に枕頭に置いて楽しい1冊です。
posted by 曲月斎 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

「はとバス」六〇年


「はとバス」六〇年――昭和、平成の東京を走る(祥伝社新書208)

「はとバス」六〇年――昭和、平成の東京を走る(祥伝社新書208)

  • 作者: 中野 晴行
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2010/06/30
  • メディア: 新書



はとバスというと、「東京物語」の一場面を思い出す。

原節子が笠智衆と東山千栄子を連れてはとバスにのる場面だ。
1953年のこの作品の中のはとバスは何かつかの間の何かを感じさせる象徴のようなものだろう。

この本はその草創期から東京五輪、高度成長期、そして今とはとバスの動きを追うことで日本の心を点描していこうとしている。

はとバスとは面白いものを手づるに選んだものだ。

そういえば夜の東京コースもだいぶ変わっているそうな。かつては吉原松葉屋のおいらんショーが有名だったが、今はショウパブのツアーが人気だそうだ。おまけに筆者ははとバスの飯ははずれが少ないという。確かにそうかもしれない。

自分も今度はとバスツアーのプログラムを調べてみようか、実際にのってみようかと思うくらいの面白さである。
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2010年06月20日

「大落語」


大落語〈上〉

大落語〈上〉

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本



世の中には、落語という藝能があって、この藝能は「寄席」と呼ばれる小屋で上演されるのが、通常の形態とされる。こちらは多くても500人ほどの小屋、客席と高座の距離が近い。池袋演芸場など、その最たるもので、小会議室かと思うほど。

それに対して、TBSの落語研究会や、NHKの東京落語会など、ホールで上演される場合もあり、こちらは「ホール落語」と言われる。定席と違って、1人も持ち時間が長く、主催者がある意図を持って咄家を選ぶ訳で、有り体にいえば藝術性が高くなる可能性はある。

大落語〈下〉

大落語〈下〉

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本



そんな分類に対して、この平岡の生き方は視聴覚室の落語と言うべきか。ジャズの評論の手法を取り入れ、論評の対象はもっぱらライブではなく、録音音源である。

録音音源であるからこそ、見えるもの、見えないものがあると思う。

舞台芸術である以上、その場に演者と一緒にいることで共有できる空気みたいなものは一切無視される。たとえば天候。梅雨の晴れ間の寄席だったら、暑いに決まっている。そんな空気。あるいは世上が平穏ならざる時もあるだろう。そういう空気。

そういうものを無視して、藝能の淵源までさかのぼって論究するという姿勢は一つの見識かもしれない。読んでいてその発想の多彩さは楽しくさえある。でも、同時に、ライブの即興性を評価しきれぬ恨みは残る。

この本はそういうことも全部、丸呑みにして、筆者が大学で落語について講じたのを活字化したらしい。ライブの否定の上にあるライブの書籍化することによる固定。

何か2重、3重の入れ子になったような仕掛けの本。今までの落語論にはない地平ではあるけど、どこかそれだけでは成り立たないものも残っているような気がする。
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2010年06月02日

「哲学的落語家!」


哲学的落語家!

哲学的落語家!

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/09/23
  • メディア: 単行本



有意義な1冊である。

主題は桂枝雀。
稀代のエンターテイナーだった。

その昔。
TBSの落語研究会で口演した「寝床」のビデオを毎晩、繰り返し見た覚えがある。まだビデオはソニーのベータ。何度も繰り返し見ているうちに赤茶けてきてしまった記憶がある。

で、そんな落語家。真正面から伐り結ぶとなれば、返り血を浴びざるをえないような存在だ。

師匠の桂米朝も最終的には統御しきれなくなった。もちろん5代目という無頼の存在も越えていた。

何でそんな存在にまで、育ってしまったのか。最後は自死したのだが、そこまで行き着かなくてはいけなかったのか。

平岡はドグラマグラの夢野久作、英語落語の口演の真意(他言語を使うことによる客観性も)、ありとあらゆる角度からの分析は楽しい。

枝雀をして「哲学的落語家」という表現は適切であろうし、1980年代初頭まで、大学のキャンパスで見えたアジビラにあった力ようなものに一脈通じるものがある。

ということで、枝雀の「茶漬け閻魔」のCDを探そうかな。
posted by 曲月斎 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

「日本の15大同族企業」


日本の15大同族企業 (平凡社新書)

日本の15大同族企業 (平凡社新書)

  • 作者: 菊地 浩之
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 新書



別に15でなくてもいいし、官立に淵源をもつ企業は多かれ少なかれ同族企業ではあるのだけど、トヨタの豊田家、パナソニックの松下家、三洋電機の井植家、鹿島組の鹿島家、日本生命の弘世家、味の素の鈴木家、東急の五島家、西武の堤家、松坂屋の伊藤家、ブリヂストンの石橋家、武田製薬の武田家、大正製薬の上原家、出光の出光家、東洋工業の松田家などなど、錚々たる企業がその話題に並ぶ。

1社6ページほどなので、深く切り込んだ話にはならぬ難があるのだが、筆者も開き直っている通り、「広く浅く」がモットーの1冊。確かに類書はなく、こういう本も面白い。

どんなに独創的な創業者も老いれば血縁に頼る姿が浮かぶ。企業を支配するには株式を保有し、経営のトップに人材を送り込み続けるしかない。しかし、この2つながらを全うすることは実は難しいというのを、歴史が教えてくれる。創業家の社長が座っているトヨタなど逆に異例中の異例だろう。

各章に創業家の系図と、企業の系統図が載っている。実に親切。どこにも顔を出すのが住友銀行であり、旧財閥の三井、住友、岩崎、鴻池などの家であり、巧みに姻族でつながり合う、これらの家である。逆にもっとこういう本が出ると、日本株式会社を更生する企業の風土みたいなものが見えてくるし、階級社会ではないと言われる日本にあっても、厳然とそびえる階級の壁みたいなものを教えてくれる気がする。

先の15大財閥の本に続き、好著。入門書としてはすこぶるの3乗くらいにいい本だった。
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2010年05月11日

「志ん生的 文楽的」


志ん生的、文楽的 (講談社文庫)

志ん生的、文楽的 (講談社文庫)

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/03/12
  • メディア: 文庫



面白い本だった。
というのは筆者が自身の脳内に蓄積したありとあらゆる知識を連想で繫いでいく妙技のゆえに。

長年、舞台芸術というのはその藝が演じられた場に居てこそ、すべてを共有できるという前提があるものと思ってきた。つまり再現性を期待しきれない、その場の空気こそ至上であると考えてきた。
だが、平岡は残された音源を手がかりにこれだけ縦横無尽に話を展開する。あたかもジャズ評論家がライブの場に立ち会わず(居合わせず)とも、残された音源を頼りにセッションを評価するように。

もちろん、筆者の及ばないところはある。たとえば音源の残っていない終戦直後の大連での森繁久弥、圓生、志ん生のバレ噺セッション。でも筆者は満州放送協会の番組を探り、当時の記録を探りして、その場の空気がどんなであったか再現を試みる。もちろん、事実の描写ではないけれど、正鵠を射たものであろうとは思うことができる。

それと落語の中に含意する古典の蓄積、たとえば歌舞伎であったり、浄瑠璃であったり、清元、常磐津、富本、一中節、あるいは能、狂言まで連想する限りの藝の下敷きを探り、展開してみせる。その即興性はジャズに通じるものがあるのかもしれない。

筆者が一つひとつ提示するテーマを追い掛けるだけでも、読者はかなりのトレーニングになると思う。そして、こういう舞台芸術の評論もあるのかと改めて思った。

かつて新左翼系の論客として知られた筆者の力量に敬服。楽しかった。
posted by 曲月斎 at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

「台湾鉄路と日本人」


台湾鉄路と日本人―線路に刻まれた日本の軌跡 (交通新聞社新書)

台湾鉄路と日本人―線路に刻まれた日本の軌跡 (交通新聞社新書)

  • 作者: 片倉 佳史
  • 出版社/メーカー: 交通新聞社
  • 発売日: 2010/02
  • メディア: 新書



なぜか駅なかの本屋には鉄道関係の本をよく扱っている店がある。
新橋駅にあった新橋駅書店もそうだったし、桜木町駅のエキナカの本屋もそう。交通新聞社新書が置いてあるなんて。

で、台湾鉄道事情を回顧した1冊。
基隆から台北〜台中〜台南から高雄までの西海岸を通る幹線の建設逸話、それに産業の開発の要望もあって伸びていった支線の話。森林開発、鉱山開発、精糖業。

単なる回顧談に終わらず、結構緻密に現地取材をしてのルポになっているのが楽しい。

最後は台湾鉄道唱歌の紹介で終わっている。

ところで。
中に塩水港という港街が出てくる。製糖業で栄えた街だ。そういえば今でも塩水港精糖という会社があり、横浜の大黒に「さとうのふるさと」という看板を掲げている。元々大洋漁業(マルハ)系の会社だったが、今は三菱商事系に代わっているものの、その会長に納まっているのは元大洋球団の社長。何かうさんくさい総会屋とも付き合いのある、古い総務系のおっさんだと思っていたが、かつては「水産界の政治部長」と言われ、今は「精糖界のドン」と言われているそうな。確かに水産業も製糖業も農水省の保護の下に発展、商売をしてきた業界。何かそこに「巣くう」という感じがこの御仁には似合っている。

台湾の鉄道事情の本からとんでもない話を連想してしまった。ただ、台湾を植民地支配した時代は今も日本のあらゆるところにその姿をとどめているのだと思い、逆に台湾で今もそのインフラが活用されていることを幸いだと思う。いずれにせよ、筆者は鉄道マンであることの誇り、を高く評価しているが、その視点は大事にしたい部分だ。
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「脇役力」


脇役力<ワキヂカラ> (PHP新書)

脇役力<ワキヂカラ> (PHP新書)

  • 作者: 田口 壮
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2010/04/16
  • メディア: 新書



田口壮。懐かしい選手だ。

彼がプロ入りした時も見ているし、土井正三に陰湿でいじめのような矯正(指導ではない)に遭い、送球がおかしくなっていく姿を見ている。その後、仰木彬に見いだされ、中西太に打撃の手ほどきを受け、立ち直っていく姿も。左翼田口、中堅本西、右翼イチロー。ボクが今まで見た中で一番美しく軽妙華麗な外野陣だった。

そんな彼がカージナルスに行き、フィリーズに行き、カブスに行き。ベンチ25人目の選手として懸命に生きてきた話を、赤福のさらしあんみたいにしてしまった本。

田口の話は具体性があるから面白いのであって、抽象化したり、妙に一般社会の論理に昇華しようとするとつまらなくなる。確かにこの1冊は面白い。でも彼自身が書いていたブログに比すればちょっとビジネス書っぽくしたのが疵だ。

仰木彬、トニー・ラルーサ。いい監督の後ろ姿を見たと思う。僕自身の経験で言えば、近藤貞雄、仰木彬、この2人は有る意味で大きな存在である以上に。

お勧めするかといえば、ほぼ日刊イトイ新聞で掲載された2度の対談「野球のカミサマ、初球だけねらわせてください」「25番目のピース」の方が田口自身の話の持って行きようの軽妙さから、1冊の本よりも上であると思う。

今年はまた、古傷が再発したようだ。交流戦の時にでも会えたらいいなと思っていたけど。
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2010年04月25日

元町・高橋書店

この店は古い。
すっかり店が変わってしまった元町の家並みの中で、未だに牢固として本屋を開いているのは立派であると言える。

1階こそ靴屋に貸しているものの、2階はマンガ本は一切なし、店の3分の1は洋書、3分の1が文庫、残りが単行本と雑誌というくらいの取り合わせか。


『点石斎画報』にみる明治日本

『点石斎画報』にみる明治日本

  • 作者: 石 暁軍
  • 出版社/メーカー: 東方書店
  • 発売日: 2004/03
  • メディア: 単行本



なんていう本が書棚の一番目立つところに置いてあったりする。調べれば昔、中野美代子が抄訳していたようだけど。
非常にトラップの多い店である。きょうも引っ掛かってしまった。

そう、本屋といえば、
本牧のT書店。ここもよく分からぬ本の構成なのだけど、今世上で話題の「1Q84」第3巻が平積みで山となっていた。この本、本牧の衆には関心を持たれなかったのかしらん。ま、もっともAmazonでも手に入るようになっているみたいだけど。
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2010年04月17日

「鉄道廃線跡の旅」


鉄道廃線跡の旅 (角川文庫)

鉄道廃線跡の旅 (角川文庫)

  • 作者: 宮脇 俊三
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 文庫



またやってしまった。
どこかで読んだ文章と思っていたら、JTBの「鉄道廃線跡を歩く」全10巻の巻頭に寄せた随筆のまとめ本。
道理で読んだ記憶はあるわけで、自分で自分が結構情けなくなった。

この中で取り上げているのは、北陸本線の旧線、下津井電鉄、夕張鉄道、南薩鉄道など7路線。
いささかトホホ、である。

文庫化するのは結構だが、出典はもっと大きく書いて欲しい(と八つ当たりしたくなる)。
posted by 曲月斎 at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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