2018年04月02日

★2018年3月に読んだ本。

3月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:2855
ナイス数:463

日本問答 (岩波新書)日本問答 (岩波新書)感想
感想が難しい1冊。日本で複線的に(筆者は「デュアルでリバース」という術語を使う)事態が進行してきたことを種々の例を挙げながら語らっていく。自分の断片的な知識をフル稼働して追いつくはずもないけど、この本の示唆で手を伸ばしてみようか、と思う本が何冊もあったのは事実。個人的には8章の「日本の来し方・行く末」から読む方がいいかも、と。2人の考えの後付けから理解しないと。あと、松岡の本は面白そうなのだけど、閊える理由が分かった気もする。というのは概念を表象する英語が理由で、もっと割註を入れてくれたらいいのに、と。
読了日:03月31日 著者:田中 優子,松岡 正剛
技術の街道をゆく (岩波新書)技術の街道をゆく (岩波新書)感想
ダム造りと酒井田柿右衛門の磁器づくりの共通項を探ったり、銑鉄→転炉→鋼材という一貫生産と鑪製鉄の技術を比較したり。筆者が出掛けてルポしていく。発想が興味深い。津波関連でも田老町の津波堤の話が出てくるが、知識と行動との間に聯関ができるかどうかはなかなかに難しいのが興味深い。あと、筆者が強調したいのが時間軸の概念。作業は直列つなぎで進めるような気分になるが、時間軸を考慮すれば並列つなぎで進めた方がいい。ただ、最終章の発想法の項目は本書のトーンにはそぐわない。再々筆者自身が書いているように、別の本を読めばいい。
読了日:03月26日 著者:畑村 洋太郎
空気の検閲 大日本帝国の表現規制 (光文社新書)空気の検閲 大日本帝国の表現規制 (光文社新書)感想
曰く「加納部隊長は死の直前軍旗をにぎらせてくれといつたから、軍旗をにぎらせるとにつこり笑つて死んだ」が事前検閲を通すと「○○をにぎらせてくれといつたから、○○をにぎらせるとにつこり笑つて死んだ」となった。伏字で却って卑猥でもあり不思議でもあり。新聞紙法、出版法に基づく内務省の検閲の一側面だ。寧ろ戦後のGHQによる検閲は徹底していた。筆者のいう「空気の検閲」とは言い得て妙の関係だったように思う。検閲する側・される側、双方忖度の産物が戦前戦中の検閲制度だったのか。放送禁止歌に通じる自主規制の感覚、今も。
読了日:03月25日 著者:辻田 真佐憲
墓石が語る江戸時代: 大名・庶民の墓事情 (歴史文化ライブラリー 464)墓石が語る江戸時代: 大名・庶民の墓事情 (歴史文化ライブラリー 464)感想
墓石の悉皆調査で歴史を探ろうという画期的な1冊。筆者は弘前などの津軽地方や北海道の松前、江差、海路で繫がっていた福井の敦賀、小浜、三国などの墓石を調べ上げ、人口動態や災害、疾病の流行、物流や家族像などを考察していく。墓石は位置が動かず、多様で紀年銘がある。過去帳や人別帳など他の資料と照合すると見事な史料になる。地道な文字の拾い起こしを続けたことで、生の人の動きが浮き彫りになる。家の観念が変化し、墓じまいなどの話題がのぼる昨今。筆者の地道な研究は翻って今の日本人の葬制観のみならず、生活観を映し出している。
読了日:03月23日 著者:関根 達人
古代の都と神々―怪異を吸いとる神社 (歴史文化ライブラリー 248)古代の都と神々―怪異を吸いとる神社 (歴史文化ライブラリー 248)感想
神社という装置について、飛鳥〜平安期に亘って考察した1冊。氏族の信仰装置はあったにせよ、都市の成立と共に変容していく。王権による地方の神社の系列化、王家の宗廟とされる神宮の位置と皇統の継承などに関わり、認定される祭祀の場に出現するものから、社に閉じ込められるものに変わる。行く先々で名が変わる春日社や、どこに出現しても八幡社となる信仰形態が出現。平安京の成立に至っては官幣の二十二社制や、法相、天台、真言の各宗派の影響での御霊信仰や神仏習合が起きる。今の神社の存在は、実は大きな変容の果て、なのかもしれぬ。
読了日:03月22日 著者:榎村 寛之
畜生・餓鬼・地獄の中世仏教史: 因果応報と悪道 (歴史文化ライブラリー)畜生・餓鬼・地獄の中世仏教史: 因果応報と悪道 (歴史文化ライブラリー)感想
中世に生きた人の宗教観を説話集等から探ろうという1冊。題材は今昔物語、沙石集などの説話や絵巻等。今の極楽と地獄という二分ではなく、悪道が畜生、餓鬼、地獄と細分化され、責苦の種類も観念されていたというのが不思議だ。また、前九年の役の源頼義が回向で成仏でき、後三年の役の義家が堕地獄したという考え方や、観応の擾乱で高師直らを討った足利直義が報いで非業の死を迎えるとか、因果を理屈として受け止められていたのが興味深い。あと万能の存在の地蔵菩薩。こんな風に獄代受苦は勿論、功徳を説かれれば信仰しておかない手はあるまい。
読了日:03月21日 著者:生駒 哲郎
陰謀の日本中世史 (角川新書)陰謀の日本中世史 (角川新書)感想
立大の一般科目としての講義録が底本。歴史学は人文科学で「科学する」範疇に入る学問。歴史の分野で陰謀論を振り翳す時の陥穽のパターンを示した。俎上は保元平治の乱から関ヶ原までだが、筆致に生彩があるのは室町期の章だ。曰く類型に「結果から逆行して原因を引き出す」「因果関係の単純明快すぎる証明」等々。暗記科目ではなく、歴史を学ぶ本当の意味を示す1冊となっている。同時に明治以来の歴史学の深化に触れている部分に学者としての矜持が覗く。「猫に鈴」というが、二元論的な論理に振り回されがちな今だからこそ、必要な1冊といえる。
読了日:03月20日 著者:呉座 勇一
壬申の乱と関ヶ原の戦い――なぜ同じ場所で戦われたのか (祥伝社新書)壬申の乱と関ヶ原の戦い――なぜ同じ場所で戦われたのか (祥伝社新書)感想
今でも日清どん兵衛の出汁の分岐点は関ヶ原と聞く。関ヶ原を舞台に起こった戦い壬申の乱、北畠顕家の戦い、関ヶ原の戦いを日本の東西の構図に落とし込んで見れば、という1冊。もう1点は戦いをやる必然の明確化。誰と誰が何のために仕掛けたのか。当たり前のことを手がかりに読み解く。内容に新味は薄いが、この立論の仕方が明解で、読み手は納得させられる。東西の境界は他にも、木曽三川や浜名湖、親不知子不知とあるが、全国一律と考える方が無理なのは当然。この一連の立論の向こうには権門体制論に対する東国国家論の意図、進化が見える。
読了日:03月11日 著者:本郷 和人
物語 フィンランドの歴史 - 北欧先進国「バルトの乙女」の800年 (中公新書)物語 フィンランドの歴史 - 北欧先進国「バルトの乙女」の800年 (中公新書)感想
日本から一番近い欧州・フィンランド。母語として瑞典語、芬蘭語を話す民からなり、スウェーデンとロシア、挟まれた位置から、両国の影響を受けながらの歴史を重ねてきた。アジアで言えば冊封体制のような。特にロシアの影響下から、二月革命、十月革命の起きた1917年に独立。以降も独ソの均衡の中で、或いは東西冷戦下で、独立を守った。トップの微妙な舵取りが絶妙で感服するしかない。冷戦終了後に市場経済に転換していく。木材資源の国から今の姿へと変貌したのもまた、入念な準備がある。女性の社会進出も然り。十二分に他山の石である。
読了日:03月09日 著者:石野 裕子
帝都防衛: 戦争・災害・テロ (歴史文化ライブラリー)帝都防衛: 戦争・災害・テロ (歴史文化ライブラリー)感想
人が集まった場所には騒乱が起きる。帝都東京で人が混乱した歴史を点綴していく。日比谷焼き打ち事件以降、内務省系の警察、陸軍の憲兵を始めとした武力、さらに東京府と東京市の二重行政の話と進んでいく。本書の要の空襲対策。ここで二重行政の解消が進み、防空法が登場。多くの犠牲を生む構図が生まれる。本書を読んでも、重慶爆撃でやる側の経験を、独ハンブルク空襲以下の戦訓を、学ぶことができたのに、何で生かせないのか、と改めて思う。「地震と違い、空襲は覚知できる」と言い放った結果を思うに。桐生悠々以来の予測は十分可能だったが。
読了日:03月07日 著者:土田 宏成
イスラームの歴史 - 1400年の軌跡 (中公新書)イスラームの歴史 - 1400年の軌跡 (中公新書)感想
モハメットの生涯に始まって、中東での盛衰とイスラム教、そして近代化を果たした欧州との角逐、瓜分された後の現代の話まで見事な通史です。スンニ派、シーア派などの分立については日蓮宗の分立してきた姿を代入しながら読みました。本書の核になる部分は5章「戦うイスラーム」以降。西欧の築いた政教分離や、その反動の原理主義の出現など。イスラムへのマイナスイメージは誤りであることを自然に説く筆運びに脱帽。分からない用語、人物名が出てきたら巻末の注釈、索引、年表を見るべし。イスラム世界を主語にした世界史は別の視点を生みます。
読了日:03月03日 著者:カレン・アームストロング

読書メーター
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2018年03月02日

★2018年2月に読んだ本。

2月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1341
ナイス数:245

貴の乱 日馬富士暴行事件の真相と日本相撲協会の「権力闘争」貴の乱 日馬富士暴行事件の真相と日本相撲協会の「権力闘争」感想
成程ね、という内容。相撲協会、いや、相撲会所は力士が主体でも、力士以外が運営に介在してきた。番付版元、相撲茶屋等々。その後の歴史で、力士出身以外の人間には権限を持たせない方向で組織を変えてきた。一方、実務を担う面で、事務方の存在は不可欠。相撲協会は人材に恵まれなかった。本書で俎上に上がるのは小林慶彦氏。専横に対し、外部の人間を掌握するだけの力量が、在京の理事に乏しかった結果がこの混迷の原因。事務方にの管掌事務を把握できる取締、頭取=つまり理事が不在だったということ。「ハサミは遣いよう次第」といえるような。
読了日:02月25日 著者:鵜飼 克郎,岡田 晃房,別冊宝島特別取材班
日中戦争―和平か戦線拡大か (中公新書)日中戦争―和平か戦線拡大か (中公新書)感想
筆者1924年生まれ、「日中十五年戦争史」の筆者1925年生まれ。この世代ならではの臨場感が行間に覘く。ただ、歴史は人の営みである以上、内外の政府、軍部の動きを詳述しようとすればするほど、彼らの判断の背景が大事に思えてくる。文中、1944年1月に三笠宮が南京で行った講話(173p)を紹介している。冷静に数字を見、人の意思を判断すれば宮の発言の蓋然性は容易に理解できるだろう。行きがかり、本音と建前、蔑視など人間の奢りがこの戦いを生んだとみたい。単に個人の誤判断の累積とみることは歴史を見誤ることになると思う。
読了日:02月21日 著者:臼井 勝美
1933年を聴く:戦前日本の音風景1933年を聴く:戦前日本の音風景感想
昭和8年。東京音頭が町に流れた年。戦時中ではあるけど、まだ大陸での出来事の時代。そんな時世に流行した音楽、音を追いかけていくことで世相を描く。新民謡の登場や国際連盟脱退の式典などを通じ、地方と都会、共産党への弾圧と右翼運動の勃興などを点綴していく。手法としては新鮮だけど、掘り下げが粗い気も。最後のサイレンが皇太子誕生の奉祝歌の歌詞に登場、次の空襲の時代につながる予兆と見立てるのは興味深いが。本書のような筋立てには「ディマジオの奇跡」(1941年を描いた1冊、M・シーデル)のような筆法が似合う気がする。
読了日:02月20日 著者:齋藤 桂
日中十五年戦争史―なぜ戦争は長期化したか (中公新書)日中十五年戦争史―なぜ戦争は長期化したか (中公新書)感想
15年戦争を新書で簡潔にまとめている1冊。それぞれの節目での人事構成や、事件の一覧、或いは年表に地図と、ツボを押さえている。本文351ページの中で節目は外していない感はあるものの、本書は1996年刊。今では同じテーマで執筆された山中恒の「アジア・太平洋戦争史(上下)」(2005年刊、岩波現代文庫)や、「日中戦争全史(上下)」(2017年刊、笠原十九司、高文研)が紙幅が違うとはいえ、通史として一日の長がある気がする。その一方、旭川の聯隊で終戦を迎えた筆者ならではのあとがきが玩味すべきで、筆者の姿勢に敬意。
読了日:02月18日 著者:大杉 一雄
源氏と坂東武士 (歴史文化ライブラリー)源氏と坂東武士 (歴史文化ライブラリー)感想
系図は豊富だが、地図は少なく、頭で絵を描くのが難しいので、巻末の年表を先に押さえたい。東国で在地の豪族が蜂起→京から派遣された武家貴族が登場→そのまま東国に在留→派閥抗争あり、武力統合あり、という流れを繰り返す。中でも源頼義、義朝、義平の3世代が鍵を握っていく。本書ではその武門が姻戚関係や乳母の繋がりで結び付く様を分析していく。ただし、頼朝が鎌倉殿となった頃には旧来の勢力はほとんど駆逐されていた点、そして貴種を頭領に頂こうとする心象が今一つ、釈然とできないまま。坂東武者も生き残りは大変だったということか。
読了日:02月07日 著者:野口 実
戦前日本のポピュリズム - 日米戦争への道 (中公新書)戦前日本のポピュリズム - 日米戦争への道 (中公新書)感想
新書判で概説的ながら、「ポピュリズム」という言葉で日露戦争後の日比谷焼き打ち事件以降のエポックを綴っていく。藤野裕子が「都市と暴動の民衆史」に詳述している日本での「民衆」の誕生、そして新聞に代表される輿論形成を受けて、振幅が大きくなる。単純明解な、正論重視の方向に進みやすい性向は、今も変わってはいない。寧ろ、SNSの登場で加速している。阿川弘之が謂う「軽躁」が齎すものが、せめても日本国憲法による「箍」で納まってきたと思ってきたが、それすら今や危うい。戦争を経験した者が退場すると又、妄想が広がりやすいのか。
読了日:02月06日 著者:筒井 清忠

読書メーター
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2018年02月02日

☆2018年1月に読んだ本。

1月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:2450
ナイス数:607

訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語 (光文社新書 352)訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語 (光文社新書 352)感想
東アジアには漢字文化圏があり、母語の言語体系とは異なる漢字を書き文字として使用するに当たって、折り合いを付けなくてはいけない。便法として登場したのが「訓読み」である訳で、日本語のみならず、朝鮮語、ベトナム語などのほか、北方、西方の領域にも広がった。本書は日本語での訓読みを相対的に位置づけると共に、事例を探っていく。後者の比重が高いか。漢字文化圏もハングルやクオック・グーの登場で漢字が退場した国あり、日本のように文字制限を加えながら遣うのもあり。高島俊男の随筆を連想した。本書は一生懸命だけど、少し散漫かな。
読了日:01月30日 著者:笹原 宏之
マニ教 (講談社選書メチエ)マニ教 (講談社選書メチエ)感想
西は欧州アフリカ、東は中国まで、伝播した宗教「マニ教」。書物と絵画で信仰が広まったのに、その2つながらに完全な形で現存しない。そんな宗教の姿を復元して入門書を書き上げた筆者の手腕に敬服。西域の砂塵に埋もれた断簡から、或いはイスラムの書、キリスト教の書と、繋ぎ合わせて全体像を描いていく筆運びはクロスワードを解いていくような愉悦がある。宗教自体の理解はキリスト教徒、イスラム教徒ならぬ身には理解し切れていないのは事実だけど。どんな宗教だったかという興味より、話の展開に惹かれた1冊。語学と宗教学への造詣に脱帽。
読了日:01月23日 著者:青木 健
特攻――戦争と日本人 (中公新書)特攻――戦争と日本人 (中公新書)感想
何か肝腎のところで、体を交わされることの連続のような読後感。勿論、本書は肯定的にとらえる訳でもなく、全体像を書こうとする。だがその試みのゆえに余計にピントが甘くなった感じ。筆者は毎日新聞学芸部記者。破綻はないのだけど平板。特攻に関し、事は単純な訳で、操縦をできる技術を持つ人間を養成するには時間と金と資源が必要な訳で、できないとなれば手を出すべきものではないということ。技術がなく、粗悪な機体だから、特攻が選択肢になるというのは本末転倒。戦争に関してもまた同じ。研究者の筆とは異質で、雑観記事の連続のような味。
読了日:01月18日 著者:栗原 俊雄
鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った (交通新聞社新書)鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った (交通新聞社新書)感想
徒歩か馬車だけだった時代に、鉄道の出現はどれほど大きな変化だったか想像が付かない。年に1度の正月に恵方詣に出掛ける程度だった都市住民は鉄道で遠出するようになる。川崎大師に成田山、関西圏なら伊勢神宮。今に変わらぬ年始の光景が出現する。しかも新聞広告の力もあって運行が2社競合になると人気が集まる不思議。一連の動きは寺社、参詣客、鉄道会社と三方良しの社会の進化だったように思える。そして生活から旧暦が消失する後付けを示した西宮戎の記録も興味津々。心地良い読後感とともに、文化の発展とは、という問いにもなっている。
読了日:01月16日 著者:平山 昇
日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)感想
戦争回顧では指導者層に目が向きがちだが、最前線にこそ実相がある。筆者が掘り起した細部には狂気が見える。例えば旧陸軍には歯科医師が職制としていなかったこと。中国大陸で伸びた戦線では虫歯を患う兵士が続出し、歯が欠損するのは当たり前。軍靴の材料の革が粗悪になり、縫製する糸が亜麻からスフの混紡になり、糸が腐って壊れた。軍靴ゆえの水虫や、南方でのマラリア、性病は勿論、集団生活を営んでいる中で結核を発症しても打つ手なく、戦争の極限状態が原因の精神疾患を惹起。或は員数合わせに知的障害者まで招集。傷病兵、俘虜の殺害……。
読了日:01月12日 著者:吉田 裕
仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版 (文春文庫)仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版 (文春文庫)感想
小林正樹、黒澤明、山本薩夫、岡本喜八、五社英雄……。邦画史を振り返る時、この人が欠かせないのは言うまでもない。五社協定など制約が多い時代だったから尚更だ。同時に、小沢栄太郎、滝沢修などアクの強い相手、三船敏郎、市川雷蔵等、渡り合った顔ぶれも錚々たるもの。中でも「天国と地獄」の山崎努、「影武者」の勝新太郎など、銀幕の向こう側からの見方も面白い。ただ、仲代自身が一方の軸足としてきた舞台が言及が少ないのが残念。せめて年譜に載せて欲しかった。「味のある役者がいた」「タレントと俳優の別が曖昧」などの苦言が効く。

読了日:01月11日 著者:春日 太一
通じない日本語: 世代差・地域差からみる言葉の不思議 (平凡社新書)通じない日本語: 世代差・地域差からみる言葉の不思議 (平凡社新書)感想
日本言語学会長の著作。謎解きが楽しい。音節とモーラ(拍)という単位で単語を読み解くところにこの本の新鮮さがある。俳句の五七五もモーラの概念なら休符の分も含めて888になるという説を紹介。高低、強弱のアクセントも語頭から何音目か、或いは語尾からかなど、母語の話者は意識せずに発音していることも分析する。規則性がないようでも、実は法則性があるというのが面白い。世代間、地域性など、語彙(略語)や発音の変化を理屈付けられるのがまた興味津々。「日本言語地図」など先行研究を別の概念で生かし、解析していく手際が心地よい。
読了日:01月09日 著者:窪薗 晴夫
日中戦争全史 下巻日中戦争全史 下巻感想
教科書的に言うと、1941年の太平洋戦争開戦で、戦場の中心は一気に南方に広がる。でも大陸でも延々と続いていた訳で、寧ろ物資の供給源の役割は増大。対国民党戦に加え、共産党の解放区を掃討する粛正戦を展開。無差別爆撃や、毒ガス、細菌兵器の使用、無為の大陸打通作戦。読んで情けなくなります。満州事変以来の流れを止める好機に「陸軍は暴力犯、海軍は知能犯。陸海軍あって国あるを忘れていた」振る舞いで開戦を避けえず、国益より組織的利益を優先した代価は大。日米開戦で敗者となる道しか残らぬ選択だったのに、気付かぬ不思議……。
読了日:01月06日 著者:笠原 十九司
一遍 捨聖の思想 (平凡社新書)一遍 捨聖の思想 (平凡社新書)感想
日本での浄土教の成立から、一遍の出現に至るまでが前段、後段はその言行録、伝承から教義を探っていく。極楽往生を願う民衆の願いを極限まで切り詰めて行けば一遍に至る。法然、親鸞に比して影が薄いのは否めない一遍に焦点を当てた好著。ただ一遍の没後、直ちに教団化が進んだ。戦国時代に陣僧の職務を果たし、庶民に近い宗教者だったと思うが、江戸期に徳川殿に全国遊行の許しを得る教団になり、権力の統制の下に入るのが現実。浄土系でも巧く立ち回った宗旨との差が出てしまった。一遍の個性、人柄が屹立した存在だったことの証左でもあるが。
読了日:01月03日 著者:桜井 哲夫

読書メーター
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2018年01月08日

★2017年12月に読んだ本。

12月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:1951
ナイス数:348

「南京事件」を調査せよ (文春文庫)「南京事件」を調査せよ (文春文庫)感想
NNN系列で放送された「南京事件 兵士たちの遺言」の制作者が著した取材ルポが前段。「なかった」と言い募る人に対し、従軍兵士が残した記録を元に少なくとも1937年12月16日に揚子江に面した水魚雷営という施設で、また17日にも大湾子という地で「捕虜」を殺害したという事実を裏付ける。1次資料を残した兵、掘り起こした民間の研究者、記録に陽を当てた筆者。南京事件の全容には言及せず「あったこと」だけを記す手法が効いた。後段は自身にも潜む「視線」の解明の独白録。確かに大虐殺という言葉が適切と理解させる理詰めが明確。

読了日:12月31日 著者:清水 潔
日中戦争全史 上巻日中戦争全史 上巻感想
「統帥乱れて信を中外に失う」を繰り返した歴史−−これは北部仏印進駐に際して西原一策が打った電文だが、大局観なく、派閥争い、予算獲得と覇権奪取に血道を上げた結果が招いたものは重い。本書は1945年まで続く中国大陸での日本軍の行動通史で上巻は対華21カ条要求から南京占領まで。夜郎自大、現場が暴走しても抑止出来ない。今風に言えば「組織統治」が行き届かない。事態に引き摺られていく。西原もまた組織の駒だが。筆致に軽い違和感を抱くものの、前段から全史を通観しようという1冊なので、長いうねりを概観するには好個の編年史。
読了日:12月26日 著者:笠原 十九司
模索する1930年代―日米関係と陸軍中堅層模索する1930年代―日米関係と陸軍中堅層感想
「それでも戦争を選んだ」「戦争まで」の謂わば基礎部分、底本です。元は5篇の論文で、1930年代、満州事変から太平洋戦争前夜まで。「政党制の崩壊」や「軍部の擡頭」と単純化した理解とは異なり、不戦条約に起因する米国の互恵通商法、中立法の立場や、蜂起した皇道派に対して統制派が目指した改革を進める陸軍中堅層(課長級)に焦点を当てて、分析していきます。中国大陸での宣戦できない戦争「事変」に対しての現地と中央の感覚の差、貿易統計に見る比重、枢軸国側との思惑等々。「微小量」の表現で現実に起きたことを解析している好著。
読了日:12月17日 著者:加藤 陽子
炎の牛肉教室! (講談社現代新書)炎の牛肉教室! (講談社現代新書)感想
土佐あかうし、の話が登場するので読了。好きこそ物の上手なれ、というけど、本当に牛肉LOVEの筆者が体を張って書いたルポ、です。ただ、肉を相応に評価してくれる枠組みができてこそ、すべては始まる訳で、第4章の「土佐あかうし」の事例紹介は、担い手確保が難しくなっている日本の農業の中で、一つの好事例であるのがよく分かります。消費者の嗜好は変わりますが、相対的な評価ではなく、絶対的な価値を畜産農家が持ち続けられるかどうか。行間にあかうし王子こと高知県の公文喜一君や、世話になった室戸の信吾さん、拓也くんの顔が……。
読了日:12月15日 著者:山本 謙治
戦争調査会 幻の政府文書を読み解く (講談社現代新書)戦争調査会 幻の政府文書を読み解く (講談社現代新書)感想
幣原喜重郎を中心に、終戦直後に組織された「戦争調査会」。本書では経緯、人選などに触れ、結局、GHQの意向で尻切れ蜻蛉になるまでが前段。後段は議事録をいくつか拾い読みして、興味深い部分の紹介、という構成。なにぶん、知名度の低い調査会の存在を書くのだから仕方ないとはいえ、組織の経緯よりも、証言集の内容の方に興味がある。ただ、この組織が辿った道は今の「もり・かけ」にも通底するような行政組織の記録の残し方、歴史の検証に耐えうるものかという好個の例であったのは間違いない。忘れるに加え、燃やす、消去では困るのだから。
読了日:12月09日 著者:井上 寿一
わたしが生きた「昭和」わたしが生きた「昭和」感想
1995年。戦後50年に刊行された1冊。手元に残った写真、家族と一緒に移住した満州の吉林での体験、また釜山の沖合にある加徳島に駐在し、一家全滅した叔父一家などが綴られる。五族共和、王道楽土という看板だった満州の実像こそ、貴重な記録といえる。食事や物資の配給、住居など、厳然とした差別が横たわる世界。朝鮮に渡る祖母との永久の別れとなった場面で「おかめ蕎麦」が羨ましかったという筆致が妙に印象的。結局、国籍法のなかった満州国。筆者のいう無数の無名な歴史を掘り起こすことこそ、歴史を確認するために必要な作業になる。
読了日:12月08日 著者:澤地 久枝
兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)感想
小机に肘を付いている姿が浮かぶ兼好法師。でも実に執着に富んだ人生を送った様が描かれる。金沢貞顕、高師直の所に出入りしたり、二条良基の下、頓阿らと歌人としての地歩を築いたり。閑居というより、器用に目端利かせて立ち回った人、という印象になる。文書と残っているものが少ない時代ゆえ、筆者の立論は推定、比定の部分が多いとはいえ、作者像の認識を一新させられる。そして「徒然草」自体が随筆というより、事例集としての「大草子」という分類に属するもの、という見立てが興味深い。本書自体が紙背に徹する読みを披露してくれている。
読了日:12月04日 著者:小川 剛生

読書メーター
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★2017年に読んだ本。

2017年の読書メーター
読んだ本の数:119
読んだページ数:31454
ナイス数:4955

炎の牛肉教室! (講談社現代新書)炎の牛肉教室! (講談社現代新書)感想
土佐あかうし、の話が登場するので読了。好きこそ物の上手なれ、というけど、本当に牛肉LOVEの筆者が体を張って書いたルポ、です。ただ、肉を相応に評価してくれる枠組みができてこそ、すべては始まる訳で、第4章の「土佐あかうし」の事例紹介は、担い手確保が難しくなっている日本の農業の中で、一つの好事例であるのがよく分かります。消費者の嗜好は変わりますが、相対的な評価ではなく、絶対的な価値を畜産農家が持ち続けられるかどうか。行間にあかうし王子こと高知県の公文喜一君や、世話になった室戸の信吾さん、拓也くんの顔が……。
読了日:12月15日 著者:山本 謙治
戦争調査会 幻の政府文書を読み解く (講談社現代新書)戦争調査会 幻の政府文書を読み解く (講談社現代新書)感想
幣原喜重郎を中心に、終戦直後に組織された「戦争調査会」。本書では経緯、人選などに触れ、結局、GHQの意向で尻切れ蜻蛉になるまでが前段。後段は議事録をいくつか拾い読みして、興味深い部分の紹介、という構成。なにぶん、知名度の低い調査会の存在を書くのだから仕方ないとはいえ、組織の経緯よりも、証言集の内容の方に興味がある。ただ、この組織が辿った道は今の「もり・かけ」にも通底するような行政組織の記録の残し方、歴史の検証に耐えうるものかという好個の例であったのは間違いない。忘れるに加え、燃やす、消去では困るのだから。
読了日:12月09日 著者:井上 寿一
わたしが生きた「昭和」わたしが生きた「昭和」感想
1995年。戦後50年に刊行された1冊。手元に残った写真、家族と一緒に移住した満州の吉林での体験、また釜山の沖合にある加徳島に駐在し、一家全滅した叔父一家などが綴られる。五族共和、王道楽土という看板だった満州の実像こそ、貴重な記録といえる。食事や物資の配給、住居など、厳然とした差別が横たわる世界。朝鮮に渡る祖母との永久の別れとなった場面で「おかめ蕎麦」が羨ましかったという筆致が妙に印象的。結局、国籍法のなかった満州国。筆者のいう無数の無名な歴史を掘り起こすことこそ、歴史を確認するために必要な作業になる。
読了日:12月08日 著者:澤地 久枝
兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)感想
小机に肘を付いている姿が浮かぶ兼好法師。でも実に執着に富んだ人生を送った様が描かれる。金沢貞顕、高師直の所に出入りしたり、二条良基の下、頓阿らと歌人としての地歩を築いたり。閑居というより、器用に目端利かせて立ち回った人、という印象になる。文書と残っているものが少ない時代ゆえ、筆者の立論は推定、比定の部分が多いとはいえ、作者像の認識を一新させられる。そして「徒然草」自体が随筆というより、事例集としての「大草子」という分類に属するもの、という見立てが興味深い。本書自体が紙背に徹する読みを披露してくれている。
読了日:12月04日 著者:小川 剛生
日本の夜の公共圏:スナック研究序説日本の夜の公共圏:スナック研究序説感想
スナック、というと大人の空気。そんな空間に就いての考現学。法務、社会学、民俗学、歴史学……etc、各々の世界の専門家が真面目に論じる。読み進めて、この手法は「ウルトラマン研究序説」でも採られた手法であったと気付く。各章も興味深く、二次会の起源から探る日本での酒の飲み方や宴会の慣行、昭和初期のカフェー文化との縁等々。題名にある「日本の夜の公共圏」とは蓋し見事な見立てである。統計的手法による分析も興味深いし、スナックという装置を正面から論じて日本の社会規範の一側面を活写することに成功している。真面目で面白い。
読了日:11月16日 著者:谷口 功一,スナック研究会
愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか (講談社現代新書)愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか (講談社現代新書)感想
フランシスコ・ザビエルの来日以来のクリスマスに特化した日本史である。最初は教会が担い手だったのが、子供の行事になり、乱痴気騒ぎに続く。戦時中の中断を挟んでまた復活。中で紹介している萩原朔太郎の「今の日本には国民的祭日がない。浮かれるのは『失われた祭日』への郷愁」と評が鋭い。この習俗から日中戦争の勃発が落とした影の大きさが分かる。自身のクリスマスの思い出を振り返ると、狂瀾の後に位置していたことが分かる。「サザエさん」の一コマへの違和感の由来だったか。バブル期も経験し、今は遠い思い出。ただし終章は一寸蛇足。
読了日:11月09日 著者:堀井 憲一郎
同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル (星海社新書)同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル (星海社新書)感想
同性を愛する行為は一定程度自然な行為であったろう。宗教的な背景から、18世紀に成立したドイツ刑法の143条で、男性同士の性交、獣姦を包括して公序良俗に反すると定めたことを端緒に様々な「判定法」が出現する。脳、ホルモンバランス等々、珍奇な似非医学が登場した。興味本位で日本でも変態性慾という受け止めが生まれた。その後、精神疾患ではないと医学界での見解が成立したのは1990年、日本の文科省の性非行から除外されたのは94年。長い日陰の歴史を「診断法」という切り口で追跡した1冊。さて衆道の歴史のあった日本では如何?
読了日:11月04日 著者:牧村 朝子
天皇家のお葬式 (講談社現代新書)天皇家のお葬式 (講談社現代新書)感想
盛り込み過ぎた部分もあるか。前段が仏式で営まれた葬送の説明で、後段が神式で進められた明治天皇以降の大葬についての説明。でも一番肝心なところは、仁孝天皇までの仏式と国学思想の入ってきた孝明天皇の葬儀、そして国家神道の色彩で統一された明治以降の葬送へと「変形」した部分にある。神仏分離令であり、神道の国家管理化の道である。ここを焦点に詳述して欲しかった。一方、天皇の棺に題目や名号を紙片に書いて納める習俗が残っていたという。表と奥の意識の差が覘く。竹のカーテンの奥には、皇室の私的な信仰は今も残っているのだろうか。
読了日:11月03日 著者:大角 修
全体主義の起原 3――全体主義 【新版】全体主義の起原 3――全体主義 【新版】感想
テーマはナチドイツとスターリン下のソ連の体制。どちらも全てを巻き込むシステムであったことに変わりはなく、本書では両者を比較対照しながら全体主義についての分析が続く。個人的には現下の状況を代入し、反芻ながら読む、という形になった。その中で、10章「階級社会の崩壊」、11章「全体主義運動」の章は特に興味深く読んだ。というのは「よもや」と思いつつも今の日本社会の姿にどこか相似形にも思えるからだ。「政党制度の枠内で政党が議会に多数を占めたとしてもそれは決して国の現実を反映などしていない」など心に残る表現が続く。
読了日:10月16日 著者:ハンナ・アーレント
帝国の昭和  日本の歴史23 (講談社学術文庫)帝国の昭和 日本の歴史23 (講談社学術文庫)感想
「君主無答責」という明治憲法の原則が生んだ権力の空白は、誰も修正不可能な結果を招いた。ナチスドイツの授権法のような強権的な手法ではなく、官僚と現場、政党と財界、無産階級と資本家等々、WWT後の国際化の波の中で累積した矛盾を合法的に手直ししようとした末の結末は承知の通り。どこに修正すべきことがあったのか。今でも答えは明確にできまい。状況の違いはあるものの、昨今の国内の出来事の構造に類似点を見付けるのが恐いくらいだ。戦前と戦後の連続性を思う。特に大政翼賛会発足のころの感覚は。終章の「戦時とモダニティ」は上々。
読了日:10月14日 著者:有馬 学
空のプロの仕事術―チームで守る航空の安全 (交通新聞社新書)空のプロの仕事術―チームで守る航空の安全 (交通新聞社新書)感想
JALの元・名機長が経験、見聞から飛行機の運航に関わる人々の紹介をしていく。機体の運行から、整備、運行管理、機内サービスもすべて経済効率が優先する今の時代。言えばパンナムが世界中の空にジャンボ機を飛ばしていた時代は優雅ではあっても2度と戻ってはこない。そんな時代に育った敢えて筆者が記しておきたいのは、如何にハイテク機になったとしても、それぞれの経験した事例をどう共有化するのか、という点に尽きるだろう。安全運航技術の蓄積は船>鉄道>空、であると思う。空はなお発展途上の分野。プロという一語に込めた思いを想う。
読了日:10月10日 著者:杉江 弘
斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史 (中公新書)斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史 (中公新書)感想
源氏物語の秋好中宮の逸話か、伊勢物語の「君や来し我や行きけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか」の歌で知られる話程度しか、斎宮の存在は認識されていないだろう。でも実は奈良、平安期の天皇にとっては祖神を斎き祀る大事な役職で国家管理の役所であったことが説かれる。数人の斎王を点描することが生活ぶりや存在感を生み出す効果を生んでいる。その後、両部神道や度会神道の成立や、役目役職は変質。制度自体は南北朝期に絶えてしまうのだけど、上古期には宮中の意思決定に大きな影響を与える存在であったことが描かれる。一種の裏面史。
読了日:10月04日 著者:榎村 寛之
天皇の戦争宝庫: 知られざる皇居の靖国「御府」 (ちくま新書1271)天皇の戦争宝庫: 知られざる皇居の靖国「御府」 (ちくま新書1271)感想
皇居の中に今も残る(と推定される)御府と呼ばれた施設に就いてのルポ。日清戦争の戦利品と戦没者名簿、遺影を納めた振天府に始まり、北清事変の懐遠府、日露戦争の建安府と明治期に続き、大正天皇の時代のWWI、シベリア出兵の惇明府、昭和の戦役を対象とした顕忠府の5棟。天皇が身近で戦没者を慰霊していることを宣撫するための施設に変容し、終戦と共に姿を消す。鹵獲品の行方はともあれ、多くの写真等歴史資料が残る可能性があるという。竹のカーテンの奥、まだこういう存在があったことに驚く。記憶と記録は尚、封じ込められて……。
読了日:09月10日 著者:井上 亮
絶滅危急季語辞典 (ちくま文庫)絶滅危急季語辞典 (ちくま文庫)感想
本書は東京堂出版で出された1冊が親本。あの事典の東京堂が版元なのだが、寧ろ歳時記の体裁を取った随筆、漫筆という方がいい。筆者の謂う「絶滅の虞がある季語」を拾い上げ、俎上に載せて捌いていく。絶滅危惧といっても、「佐竹の人飾」のように、実態を失っているもの、「われから」のように疎遠になっていたもの。面白がるのか、素っ気ないか、それも俳味ということになるのだけど。「綾取」の項でふっと覘く心根や、「霹靂(はたた)神」の項で欣喜している筆者と青ざめる憧れの君の落差とか。句の背後に描かれる世界が面白い1冊。
読了日:09月07日 著者:夏井 いつき
字幕屋の気になる日本語字幕屋の気になる日本語感想
映画の字幕翻訳に生涯を捧げた筆者の最後の随筆。まず字幕が台詞1秒4文字という制約の下で成立しているとは知らなかった。プロ意識に関わる部分は「字幕屋・酔眼亭の置き手紙」の章に詳しい。"You didn't know?"が「知らなかった?」になり、秒数の制限から「初耳?」に置き換えていく。言葉への感覚が研ぎ澄まされるのはなるほど、と思う。それと1章目の「気になる日本語」も成程の連続。自分の言葉への感覚に近いのにちょっと安堵したり、膝を打ったり。制約の下で意を尽くす。字幕翻訳で身に着けた圧縮技術、畏るべし。
読了日:09月06日 著者:太田 直子
鎌倉幕府滅亡と北条氏一族 (敗者の日本史)鎌倉幕府滅亡と北条氏一族 (敗者の日本史)感想
鎌倉殿の屋台骨を支える北条氏が執権、得宗となり、滅亡していく過程から、権門体制論に対する「東国国家+西国での軍事勢力」という構図を見立てる。北条氏は実質的に政権を掌握した後、元寇を機に全国支配を目指すものの内部抗争から破綻していく。一門で鎌倉殿+六波羅、鎮西探題と切り回すのは人材的に厳しかった。それ以上に事務方の根強さが際立つ。実務を担った官僚は室町殿の時代になっても、或いは徳川殿の時代になっても(今も?)生き残る。角田文衛の「平家後抄」ではないが、「鎌倉殿後抄」みたいな本を読んでみたいなぁ、と。
読了日:09月02日 著者:秋山 哲雄
ノーサイド成田闘争―最後になった社会党オルグ (ふるさと文庫)ノーサイド成田闘争―最後になった社会党オルグ (ふるさと文庫)感想
旧社会党オルグの加瀬勉を主人公に据えた成田闘争史。空港開港に向けて国の執った方策、手段は憲法に抵触するものであったと思う。開港40年を迎えようかという今、空港自体が一番の地域にとっての産業であり、雇用先であり、立地要件になっている。都市近郊農業で生活基盤を確保していたかつてとは異なり、「空港があるからこそ」の町なら、空港との共生共栄を考えるしかない。空港周辺で人口の増加が見込めるエリアと少子高齢化+人口減少の続くエリアに二分化している昨今、歴史と現実との間の清算が一層、自覚的に必要ではないか。
読了日:08月18日 著者:桑折 勇一
新・中世王権論 (文春学藝ライブラリー)新・中世王権論 (文春学藝ライブラリー)感想
本郷先生の権門体制論批判。謂わば「東国国家論」の改良版。「王権」という言葉が適切かは別にして、北条家が執権から得宗専制への移行を通じて、東の武門、西の朝廷の関係を読み解いていく。筆者は「将軍と首頂」という概念を提唱している。寧ろ武力政権が統治の手法を習得する過程と受け止めると分かりやすいかも。勿論、その延長線上に後醍醐天皇の建武の新政、また足利高氏、直義の太平記の時代を挟んで、義満に至って文字通りの「王権」が確立するのだが、頻りに2項対立的に見立てる手法には時に違和感があるものの、見立てとしては興味深い。
読了日:08月14日 著者:本郷 和人
日本史の快楽―中世に遊び現代を眺める (角川ソフィア文庫)日本史の快楽―中世に遊び現代を眺める (角川ソフィア文庫)感想
元原稿は1994年から週刊現代に連載された1ページの〈漫筆〉。1ページという紙幅と週刊という時間的制約。当然ながら、文章にコクがあるかと言われれば、普くその水準を維持するのは厳しい。江戸期に多く書かれた随筆を連想する。数篇は成程と思うものもあったが、舌足らずの感が拭えない。余談ながら、この手の随筆というと、その昔、岩波書店の「図書」に連載された「一月一話」(淮陰生=英文学者の中野好夫の筆名)が思い出される。時事ネタを取り上げても古びない。文章の運びがよく、切れ味がいい。こんな水準こそ〈随筆〉であると思う。
読了日:08月05日 著者:上横手 雅敬
歴史力で乱世を生き抜く (中央公論 Digital Digest)歴史力で乱世を生き抜く (中央公論 Digital Digest)感想
呉座本「応仁の乱」ベストセラー記念の特集号2017年4月号の中央公論の抜き刷り。日本中世史学者の呉座が言う「WWIに似ている応仁の乱」説をイギリス外交史学者の細谷雄一との対談で肉付けしていく。均衡・協調・共同体、という秩序の体系が破れ、戦時と平時の区別がなくなる時代になっていく、という見立てが浮き彫りになる。これは「応仁の乱」が改版になるなら是非解説代わりに巻末に欲しい対談。清水克行と古代オリエント学者の小林登志子の対談「神は紛争をどう解決してきたか」も興味深い。この2篇の対談だけで十分にお勧めです。
読了日:08月03日 著者:呉座勇一,細谷雄一,池田嘉郎,佐藤賢一,出口治明,小林登志子,清水克行,原田眞人,宇野重規,瀧井一博
人民元の興亡 毛沢東・ケ小平・習近平が見た夢人民元の興亡 毛沢東・ケ小平・習近平が見た夢感想
紙幣とは不思議なもの。たとえば日本円。外貨準備としてかつては金、今は米ドルの保有が信用の裏付けになる。今の人民元もバスケット制があり、米国債を保有が信用の源だ。大陸では多くの発券銀行が存在し、統一的な紙幣がなかった。日米英ソなどが瓜分を試みた時期に重なる。筆者はそんな時代から読み解き始め、人民元をIMFのSDR構成通貨まで育て上げた苦闘を読み解く。この先、米ドルとならぶ基軸通貨になり得るかと言えば、中国自身の体制が抱える弱点ゆえに限界があるとの指摘、ビットコインの登場まで目配りする視野が広くて楽しい1冊。
読了日:07月08日 著者:吉岡 桂子
バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)感想
オスマン帝国の西端、バルカン半島の来歴をまとめた1冊。旧ユーゴ諸国が分離独立した後の出来事は記憶に残る。決して昔の話ではない。何で「火薬庫」になってしまったのか、を読み解くのが眼目。民族、宗教(イスラム、ギリシャ正教などなど)という「違い」を意識するきっかけとなったのは西欧から来た「ナショナリズム」の故であり、露、独、墺、仏、英といった周囲の国々の影響、思惑が覘く。一概に「国民国家」の成立が近代化なのか、と考え込む。現在進行形である中東での混乱を見るにつけても……。巻末の訳者外題から読む方が分かりやすい。
読了日:07月05日 著者:マーク・マゾワー
東京昭和百景―山高登木版画集東京昭和百景―山高登木版画集感想
たぶん戦後、1964年の東京五輪前後までの風景の版画。安藤広重を初め、多くの浮世絵師が手がけてきた素材だが、どこか、新版画の旗手、川瀬巴水の感性とか、川上澄生の色づかいの影響も感じられる。小、中学生のころ、背伸びして出かけた東京にあった風景。もう残っているところは少ないが。ちょと知人がいいねをしているので、手を伸ばした1冊。
読了日:07月03日 著者:山高 登
ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実 (平凡社新書)ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実 (平凡社新書)感想
ノモンハン事件の概要、国内での報道、現地での検閲ぶり、そして戦中戦後に亘る享受史を概説した1冊。新書という判型、入門書という制約があるので仕方ないのだけど、力点を絞って欲しかった気がする。抑も日本側、旧ソ連側の記録が詳細になっているという状況になく、なお先方の秘密文書が次々発見されているのが現状では事件についての記述も得心のいく内容を提示しにくいのは承知だが。個人的には本書は副題にもある「検閲資料」の部分と戦中戦後の当事者の執筆に懸かる戦記、そして藤田嗣治の絵が2枚あったという逸話を膨らませて欲しかった。
読了日:07月02日 著者:小林 英夫
謎の漢字 - 由来と変遷を調べてみれば (中公新書)謎の漢字 - 由来と変遷を調べてみれば (中公新書)感想
肩肘張らずに読むと楽しい。漢字に魅せられて、享受の歴史を辿れば、という随筆だからだ。中国に発し、日本に渡ってきた文字体系がどう受け止められてきたのか。地名に残る国字、或いは作字の山。JIS水準漢字のコードを決める作業に携わった筆者には感慨深いものがあろう。また、5代目團十郎が名乗った「鰕蔵」のエビの字。海老でも蝦でも蛯でもない。江戸期の爛熟した文化が背景にある。そして科挙の制を通じて筆記の際に変転する字形、書体で甲乙を付ける愚かしさ。研究というのはこういう風に目線を上げたら楽しい、と説いている1冊。
読了日:06月09日 著者:笹原宏之 著
陰謀・暗殺・軍刀―一外交官の回想 (岩波新書 青版 38)陰謀・暗殺・軍刀―一外交官の回想 (岩波新書 青版 38)感想
初版は1950年。世上では真相を記す貴重な書であったのだろうけど、今、読み返してみると、果たしてどうだろうか。例えば文中に、奉天総領事時代の吉田茂について「現総理」という記述が出てくる。当時はあからさまなことを書けないほどに生存者はいただろうし、筆者が先を急ぐあまり、書いていることが散漫になっている気がする。頭の中でかなりの事項を補いつつ読むしかない1冊で、当事者の記録としての価値は見いだし得るものの、今となっては隔靴掻痒、馬耳東風の感が強い。彼も東大法科を出た一流官僚。視点は一角からしか、でない。
読了日:06月05日 著者:森島 守人
習近平の中国――百年の夢と現実 (岩波新書)習近平の中国――百年の夢と現実 (岩波新書)感想
読み終えて感じること。「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」という言葉だ。この国は2度目どころか、この警句を何回も繰り返してきた訳で、今の習近平もまた軛から逃れることはない。「士庶の別」と「華夷の別」。本書を通じて、この2つの概念を乗り越えることはかなり難しいのを実感した。と同時に時代はこの国に別の役割を求め始めている現実。一強だったはずの米国が漂流を始めた中、党の下に国家があるという体制がどこまで維持できるのか。事実を積み上げた書きぶりならではの説得感が残る。大丈夫なのか、と。
読了日:06月03日 著者:林 望
列島を翔ける平安武士: 九州・京都・東国 (歴史文化ライブラリー)列島を翔ける平安武士: 九州・京都・東国 (歴史文化ライブラリー)感想
「一所懸命」という言葉に引き摺られる訳でもないが、武士=土着、という印象が強い。実は京の兵家貴族が地方へ下り、地元の豪族と結びついて勢力を広げていった様を読み解く。全国を股にかけての展開だ。本書の話題の舞台の中心は九州。京から、関東から下った武士が頭角を現していく様を書く。立論に蓋然性は高いとは思うものの、推定形の結論が一寸目立つのが気になった。伊勢を基盤にした平氏、東国を基盤にのし上がった源氏と、一朝一夕に表舞台に躍り出た訳ではないのが分かる。物資も自給自足ではなく、薩摩〜京〜陸奥と結んだ。興味深い。
読了日:06月01日 著者:野口 実
80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ (扶桑社新書)80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ (扶桑社新書)感想
80時間、13万円台で西周りで世界一周(茨城〜上海〜モスクワ〜デュッセルドルフ〜チューリッヒ〜NY〜LA〜羽田)する話。2012年刊。就航していない所に住んでいたので実感がなかったが、実はLCCが空の世界を大きく変えているのを実感する。旅の大半が旅客機の中という旅行記なので、J・ヴェルヌのような波瀾万丈の中身にはならないのだけど、手続きと出入国審査と乗り継ぎを繰り返すのが現代的な波乱劇なのかも。小さな出来事からお国柄の見立てはなかなかに巧者。ともあれ今、世界の空はLCCだらけだったんだ、と。
読了日:05月09日 著者:近兼 拓史
和食の歴史 (和食文化ブックレット5)和食の歴史 (和食文化ブックレット5)感想
和食の歴史を概観した1冊。卓上に備えた塩や醬で自分で調味しながら食べた大饗料理の時代から、醱酵調味料の登場で味付けまでした形で供される形へ。実質的には鎌倉期の精進料理(粉食文化も)、室町期の本膳料理が茶道の懐石料理、江戸期の会席料理を節目に進化する。根幹にあるのは主食の米。モンスーン地域に適合した作物だったのが幸い。で、興味深かったのは、戦前の水準に米作の量が戻ったのが1955年。高度成長期前夜。進学率、集団就職、いろんなことに繫がっていそう。副菜の中で、肉食が魚食を上回ったのが1988年だったとは意外。
読了日:05月06日 著者:原田 信男
「天皇機関説」事件 (集英社新書)「天皇機関説」事件 (集英社新書)感想
美濃部達吉が貴族院で追及された「天皇機関説」。立憲主義を守るために必要であったものが、「天皇主体説」を奉じる面々に駆逐されていった。端緒は箕田胸喜や菊池武夫らながら、政争の具にした鈴木喜三郎、枢密院議長の座を巡っての平沼騏一郎、陸軍内の主導権争いの梃子にした真崎甚三郎と、有象無象が群れていき、混迷を深める。しかも「国体」という実態のない概念を奉じての行動に振り回される。勿論、世上に正常な情報を与えるべき報道機関も含め、呆れるばかりの軽躁の様に、情けなくさえある。さて歴史の彼方と嗤っていられるか否か……。
読了日:05月05日 著者:山崎 雅弘
天下泰平の時代〈シリーズ 日本近世史 3〉 (岩波新書)天下泰平の時代〈シリーズ 日本近世史 3〉 (岩波新書)感想
江戸時代でも、4代家綱から10代家治の頃までを視野に入れた1冊。外は明から清への王朝交代に始まって、露国の蝦夷地への来訪まで。内は武力による統治から権威を利用した治世に、江戸と京の関係では融和、統制から幕末への胎動まで。版図の言葉通り、地図を作り、戸籍を作り、修史をし、貨幣の改鋳から経済政策まで。天下泰平の大筋を網羅していく。今に続く統治機構、官僚制度の根幹が作られ、確立した体制は盤石に見えても格差の拡大によって揺らいでいく。時代区分で言えば中世から近世への移行期。小さな変化を紡いでいく書きぶり、良書。
読了日:05月04日 著者:高埜 利彦
昭和の歌舞伎 名優列伝 (淡交新書)昭和の歌舞伎 名優列伝 (淡交新書)感想
本文269頁の本で169頁までが筆者の未見の役者の話。列伝体ではあっても筆者の知識の集積を編輯した体裁。1次資料といいづらく、出典の明記も少ない。1955年生まれの筆者が取り組む主題としては厳しい気がする。75年以前が没年の役者になると、実際に見ていても運びが弱い。勢い文末を丸めるような文体で上品だけど、全体的に歯切れが悪い。同趣向の1冊として1960年生まれの中川右介「歌舞伎 家と血と藝」(講談社現代新書)の方が見立ての藝が行き届いていて出来がいいと思う。役者同士の聯関の説明が分かりにくいのも残念。
読了日:04月17日 著者:石橋 健一郎
張作霖:爆殺への軌跡一八七五‐一九二八張作霖:爆殺への軌跡一八七五‐一九二八感想
日本史の教科書なら1行にも満たない出来事が約350ページの本になった。1875年に奉天海城で生まれた張作霖を主人公に、日清、日露の戦役から清朝崩壊、軍閥の割拠、国民党の北伐を前に躍動した跡を辿る。2000年代以降に主に刊行された中国側の資料を読み込み、日本側の資料と付き合わせて描き出した物語、前半は講談を聞くような快感があり、後段はソ、日など外国勢力の思惑と各軍閥の絡み合いを描いて倦むことない展開。1928年の爆殺まで、精緻な細工ものを見るような楽しさがある1冊。行間にひとかどの人物像が浮かび上がる。
読了日:04月09日 著者:杉山 祐之
プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)感想
田口はプロ生活を始めた頃を知っているし、その後のMLBでの経験談も愛読してきた。書きぶりには一目どころか井目風鈴くらい置いているものの、本書はちょっと物足りない。テーマはファーム制度の話か、日米の比較なのか、2軍監督1年生としての経験談なのか。焦点が絞り切れていない感じが残った。もっと自在に書いていいのだし、筆者ならできるはず。何しろ、あの仰木彬やT・ラルーサの下でプレーした選手なのだから。もっと歯切れ良く書けたはず。プロの世界を一般社会まで敷衍しようという試みが本書の内容を半煮えにしたような気がする。
読了日:04月08日 著者:田口 壮
世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)感想
冊封制度は中国に臣下の礼はとっても、内政外交は自主的にできる「属国自主」の概念。植民地とは東アジアでは似て非なるものと受け止められてきた。礼を基本とする儒教を国教とした朝鮮は中国本土の王朝が明から清にと変わった中、自身が正統で天朝を引き継ぐものとしての自負が膨らむ。一方、18世紀にこの地を訪れた帝国主義を掲げる西欧列強には不可解な慣習だったろう。本書は朝鮮のそんな歴史的背景を踏まえた上で19世紀以降の変化を解析した点が今に続く事情の理解に役立つ。筆者の一連の著作を併読すると立体的に見えてくるものがある。
読了日:04月05日 著者:岡本 隆司
ブッダと法然 (新潮新書)ブッダと法然 (新潮新書)感想
釈迦と法然。「0」から「1」を生んだ宗教者という視点で読み解いていく。縁起を説いた人と念仏往生を説いた人。先行する考えを否定することで次の段階に進んでいく。「空亦復空」であり、悟りを開いたと思った瞬間に次の考えを生んでいかざるをえない。キリスト教は公会議で教義を1本に絞ってきたのとは対照的に絶対者・阿弥陀を想定しながら、そこで止まることがなかった点に筆者は仏教の特色を見る。読み終わって感じること。法然のという人はやはり叡山の人で、持戒清浄、大原問答に勝てる学識、もっと認識が改められていい宗教者である。
読了日:03月05日 著者:平岡聡
ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)感想
帝政ロシアの2月革命から10月革命に至る間の動きを追った1冊。混迷の構図の原因は「2分法」の思想にあるという。資本家、支配者などの「あいつら」と農民、兵士、労働者などの「われわれ」という構図だ。相手を考える余裕がなければ双方の理解と交渉と妥協が成立するはずもない。結局、ボルシェビキは結局、力で圧倒することで政体を確立したのだから。同じく共産主義革命が起きた中国を見れば根底には「士庶」「華夷」の別があり、本書で取り上げられた崩壊にも似る。で、日本では……。中世くらいのイメージかなぁ。さらに今の世相も……。
読了日:03月04日 著者:池田 嘉郎
中世の声と文字 親鸞の手紙と『平家物語』 シリーズ<本と日本史>3 (集英社新書)中世の声と文字 親鸞の手紙と『平家物語』 シリーズ<本と日本史>3 (集英社新書)感想
本来の本書の趣旨は、人が意図を伝える手段としての手紙や物語が書き言葉の漢文ではなく、仮名交じりになったという事象をきちんと分析、紹介することにあったはず。親鸞の手紙や和讃を取り上げるが表層的な感じ。後段の平家物語の部分は兪々表層。語り本系から読み本系へ発展したとする嘗ての説を筆者は奉じているが、最近の研究では逆。延慶本辺りに古態を見るのが定説だ。保元、平治物語もそう。昨今の国文学研究の進展を理解していないように見える。むしろ、本書は慈圓はなぜ愚管抄を漢字仮名交じりで書いたかを説く方が大切ではなかったか。
読了日:03月03日 著者:大隅 和雄
〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)感想
痲薬という字面の禍々しさ。「規制薬物=麻薬」なら中枢神経を抑制するモルヒネ類も興奮させる覚醒剤類も幻覚を催すLSDの類いも同じ範疇になる。寧ろ「血液脳関門通過物質」であることが共通項になる。罌粟、麦角といった植物を生かす古代からの知恵と、モルヒネの単離、尿素合成に始まる近現代の有機化学の技術が出会った時に、別方向へのベクトルが働いた気がする。南北戦争や普仏戦争でのモルヒネ、WWUでの覚醒剤、ベトナム戦争時のコカイン。薬用だけとはいかない。ただ薬も麻薬も結局は使い方次第という結論では肩透かしの感もある、が。
読了日:03月01日 著者:船山 信次
親鸞の信仰と呪術: 病気治療と臨終行儀親鸞の信仰と呪術: 病気治療と臨終行儀感想
「浄土真宗とは何か」の底本。今の認識では高僧であった法然も親鸞も平安〜鎌倉期に生き、比叡山で修行し、往生を願う人であったという素朴な背景の設定を読み解く。病気の時には呪術を使って快癒を願い、臨終に臨んでは奇瑞の顕現に願う。本人は元より、門弟や家族もそう願う。子弟も天台、真言の寺に学んでいる人。本書はごく当たり前の当時の風景が、後の信者の偏向で歪められた姿を補正する。新書版と梗概は同じながら、専門書として骨格が明解。浄土教の教えの「揺れ」がむしろ自然であり、後に「聖人」として固定化する前の姿に力を感じる。
読了日:02月12日 著者:小山 聡子
ことばの地理学: 方言はなぜそこにあるのかことばの地理学: 方言はなぜそこにあるのか感想
方言と謂えば「蝸牛考」。京を中心に同心円状に伝わるという柳田国男の周圏説だ。本書は視点を変えて区画説の立場で論が進む。例に否定形の語尾が「〜ない」か「〜ん」か。原因理由の接続助詞が「〜から」か「〜さかい」「〜きん」「〜よって」か。東西で分布が分かれると同時に、人の行き来で影響が拡散していることを分析する。そんな学問を「言語地理学」というそうだ。海陸の交通網、家族制度、人口密度、社会組織が東日本の同族的な番か西日本の地域単位の年齢階梯組織の衆か−−種々の要素を考えつつ、調査結果を記した地図を見るのは楽しい。
読了日:02月07日 著者:大西 拓一郎
柳田国男と今和次郎 (平凡社新書)柳田国男と今和次郎 (平凡社新書)感想
筆者は今和次郎のことが書きたかったのだと思う。そこで「民俗学とは」を書くためには柳田国男が必要になり、紙幅を割いたことで焦点が合いにくくなってしまったか。日本の民俗学の系譜で、柳田の「弟子」の今和次郎の仕事を探るはずが、登場人物が多くてエピソード集みたいになってしまった感がある。多彩な人脈を書くことより、今和次郎の存在を今の時点で掘り下げて欲しかった気がする。人物群の中で黒岩忠篤(終戦時の農水大臣。映画「日本の一番長い日」では「昭和8年以来の凶作が見込まれ……」みたいな台詞を言う)の存在は興味深かったが。
読了日:02月06日 著者:畑中 章宏
日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)感想
この風景はどう出来上がった? という疑問に今の時点での知見で解説した1冊。日本列島は花崗岩質で密度の低いユーラシアプレートに玄武岩質で密度の高い太平洋、フィリピン海プレートが沈み込む現象が続いているのは周知だが、気候変動で海水面の上下が起き、浸蝕や堆積が繰り返されたという視点を繋げたところが興味深い。まさか濃尾平野と近江盆地、京都盆地に大阪平野が繋がった動きであったとか、御前崎、潮岬、室戸岬、足摺岬の生成が関連があったとか。機序は頗る力学的なのだけど、組み合わせた時の面白さ。門外漢も楽しめる1冊でした。
読了日:02月03日 著者:山崎 晴雄,久保 純子
「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年 (中公新書)「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年 (中公新書)感想
1945年8月15日は日本では終戦記念日。だが朝鮮、台湾、中国本土、南方、樺太、千島は同じ時期に別の事態が進展した。不可侵条約を破ってソ連軍が南下した北方では後のシベリア抑留や居留民の放置が起こり、朝鮮では南北分割の基礎が固まった。台湾も本省人と外省人の対立は残った。日本は国として戦争終結がやっとで、民間人の保護と統治の引き継ぎすら満足にできなかった。政府の責任や大である。当時、大東亜省は「居留民はできうる限り定着の方針を執る」との指示しかなかったと言う。統治者の責任放棄に近く、戦後の禍根を残した日々だ。
読了日:01月04日 著者:加藤 聖文
SMAPと平成 (朝日新書)SMAPと平成 (朝日新書)感想
筆者には「歌舞伎 家と血と藝」という秀逸な1冊がある。梨園を愛憎、欲望、虚実入り乱れて描いたその本の印象があり、期待を持ってSMAP本2冊目と選んだものの、正直のところ期待外れだった。平成という時代区分(が一般化するかどうか分からないけど)、今上天皇、歴代内閣、世上の出来事をSMAPというグループの動向と繋ぎ合わせることで時代の空気感を描こうという意図なのだけど、結構、牽強付会のような気もして、総体にまとまりに欠ける。話の重心はグループとして世に出て第一人者になっていくまでに重心がある。話が流れ過ぎる。
読了日:01月03日 著者:中川右介
日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)感想
1941年の日米開戦に至る官僚(近衛文麿を除けば大臣も官僚の一種)の動向を跡付けした1冊。意思決定というより、筆者の言う「非(避)決定」と「両論併記」、自己矛盾の繰り返しの記録である。資源を目指して南方に進出しても輸送手段が不如意、工業生産の目算もなく、先方の意向すら牽強付会。この論法は満州事変、日中戦争を通じて現場専行を周囲が追認する構図と相似である。明治憲法下で天皇は無答責の存在で、建前論と御都合主義を制止する権能がどこにもないという制度上の欠陥はあるにせよ。今でもこの行動様式への危惧が拭い切れない。
読了日:01月02日 著者:森山 優
軍艦と装甲―主力艦の戦いに見る装甲の本質とは (光人社NF文庫)軍艦と装甲―主力艦の戦いに見る装甲の本質とは (光人社NF文庫)感想
「攻めるも守るも鐵の」という存在の軍艦。砲弾の威力と防禦の装甲は矛と盾。本書は木造帆船の時代、船首の衝角で体当たりという戦法の頃から40サンチ砲を備えたビッグ7の登場とワシントン条約で海軍の休日に入るまでの試行と結果を淡々と綴っていく。装甲鈑の質的な改良がある一方、砲撃や水中攻撃の進化で耐えられても人的被害が防げなくなる。1dの砲弾が音速の2倍で命中する世界は戦艦を巨大化させ、建艦費の高額化を招き、時代の遺物化を進めることになる。理詰めの書きぶりで納得。なぜ日本がこの妄想から抜け出せなかったか。不思議だ。
読了日:01月01日 著者:新見 志郎

読書メーター
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★2017年9月に読んだ本。

天皇の戦争宝庫: 知られざる皇居の靖国「御府」 (ちくま新書1271)天皇の戦争宝庫: 知られざる皇居の靖国「御府」 (ちくま新書1271)感想
皇居の中に今も残る(と推定される)御府と呼ばれた施設に就いてのルポ。日清戦争の戦利品と戦没者名簿、遺影を納めた振天府に始まり、北清事変の懐遠府、日露戦争の建安府と明治期に続き、大正天皇の時代のWWI、シベリア出兵の惇明府、昭和の戦役を対象とした顕忠府の5棟。天皇が身近で戦没者を慰霊していることを宣撫するための施設に変容し、終戦と共に姿を消す。鹵獲品の行方はともあれ、多くの写真等歴史資料が残る可能性があるという。竹のカーテンの奥、まだこういう存在があったことに驚く。記憶と記録は尚、封じ込められて……。
読了日:09月10日 著者:井上 亮
絶滅危急季語辞典 (ちくま文庫)絶滅危急季語辞典 (ちくま文庫)感想
本書は東京堂出版で出された1冊が親本。あの事典の東京堂が版元なのだが、寧ろ歳時記の体裁を取った随筆、漫筆という方がいい。筆者の謂う「絶滅の虞がある季語」を拾い上げ、俎上に載せて捌いていく。絶滅危惧といっても、「佐竹の人飾」のように、実態を失っているもの、「われから」のように疎遠になっていたもの。面白がるのか、素っ気ないか、それも俳味ということになるのだけど。「綾取」の項でふっと覘く心根や、「霹靂(はたた)神」の項で欣喜している筆者と青ざめる憧れの君の落差とか。句の背後に描かれる世界が面白い1冊。
読了日:09月07日 著者:夏井 いつき
字幕屋の気になる日本語字幕屋の気になる日本語感想
映画の字幕翻訳に生涯を捧げた筆者の最後の随筆。まず字幕が台詞1秒4文字という制約の下で成立しているとは知らなかった。プロ意識に関わる部分は「字幕屋・酔眼亭の置き手紙」の章に詳しい。"You didn't know?"が「知らなかった?」になり、秒数の制限から「初耳?」に置き換えていく。言葉への感覚が研ぎ澄まされるのはなるほど、と思う。それと1章目の「気になる日本語」も成程の連続。自分の言葉への感覚に近いのにちょっと安堵したり、膝を打ったり。制約の下で意を尽くす。字幕翻訳で身に着けた圧縮技術、畏るべし。
読了日:09月06日 著者:太田 直子
鎌倉幕府滅亡と北条氏一族 (敗者の日本史)鎌倉幕府滅亡と北条氏一族 (敗者の日本史)感想
鎌倉殿の屋台骨を支える北条氏が執権、得宗となり、滅亡していく過程から、権門体制論に対する「東国国家+西国での軍事勢力」という構図を見立てる。北条氏は実質的に政権を掌握した後、元寇を機に全国支配を目指すものの内部抗争から破綻していく。一門で鎌倉殿+六波羅、鎮西探題と切り回すのは人材的に厳しかった。それ以上に事務方の根強さが際立つ。実務を担った官僚は室町殿の時代になっても、或いは徳川殿の時代になっても(今も?)生き残る。角田文衛の「平家後抄」ではないが、「鎌倉殿後抄」みたいな本を読んでみたいなぁ、と。
読了日:09月02日 著者:秋山 哲雄
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2017年12月02日

★2017年11月に読んだ本。

11月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1436
ナイス数:274

ねじ曲げられた「イタリア料理」 (光文社新書)ねじ曲げられた「イタリア料理」 (光文社新書)感想
所謂、イタリア料理というのは何なのだろう。筆者曰く、トマトはトマト缶出現以前は主要な味ではなかったし、乾燥のパスタは生パスタとは別物で、エキストラバージンオイルやピザ、カプチーノが普及したのはこの半世紀ほど……。確かに日本料理を見ても然りと思いつつ、戦後のアメリカ文化の席捲ぶりは凄まじかった(往年の「旅情」「ローマの休日」を考えても想像できる)。ただ、その根底にあるのは農業の工業化であり、本物を考えると相応の対価も生まれるのは至極当然。折しも種子法廃止の議論もある。気付かぬうちに足下の砂が無くなる怖さも。
読了日:11月24日 著者:ファブリツィオ・グラッセッリ
戦争と農業 (インターナショナル新書)戦争と農業 (インターナショナル新書)感想
1950年頃、世界の人口は推計約25億人。直近でそれが約75億人。増加できたのは食料の確保がある訳で、理由は農業機械と化学肥料と農薬と品種改良の故。勿論、光と影があるのは言うまでもなく、特に筆者の言う「砂時計のネック」(穀物メジャーと大手食品メーカー)の見えざる手が全てに働いているのもまた事実。筆者の懸念は理解できる一方で、現実的に人口が増えた事実の前に、どんな処方箋が有り得るのか。農業が工業化することの弊は分かるが、近代的な生活に慣れてしまった身として不可逆的な進化であったような気も。考えることは多い。
読了日:11月19日 著者:藤原 辰史
日本の夜の公共圏:スナック研究序説日本の夜の公共圏:スナック研究序説感想
スナック、というと大人の空気。そんな空間に就いての考現学。法務、社会学、民俗学、歴史学……etc、各々の世界の専門家が真面目に論じる。読み進めて、この手法は「ウルトラマン研究序説」でも採られた手法であったと気付く。各章も興味深く、二次会の起源から探る日本での酒の飲み方や宴会の慣行、昭和初期のカフェー文化との縁等々。題名にある「日本の夜の公共圏」とは蓋し見事な見立てである。統計的手法による分析も興味深いし、スナックという装置を正面から論じて日本の社会規範の一側面を活写することに成功している。真面目で面白い。
読了日:11月16日 著者:谷口 功一,スナック研究会
愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか (講談社現代新書)愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか (講談社現代新書)感想
フランシスコ・ザビエルの来日以来のクリスマスに特化した日本史である。最初は教会が担い手だったのが、子供の行事になり、乱痴気騒ぎに続く。戦時中の中断を挟んでまた復活。中で紹介している萩原朔太郎の「今の日本には国民的祭日がない。浮かれるのは『失われた祭日』への郷愁」と評が鋭い。この習俗から日中戦争の勃発が落とした影の大きさが分かる。自身のクリスマスの思い出を振り返ると、狂瀾の後に位置していたことが分かる。「サザエさん」の一コマへの違和感の由来だったか。バブル期も経験し、今は遠い思い出。ただし終章は一寸蛇足。
読了日:11月09日 著者:堀井 憲一郎
同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル (星海社新書)同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル (星海社新書)感想
同性を愛する行為は一定程度自然な行為であったろう。宗教的な背景から、18世紀に成立したドイツ刑法の143条で、男性同士の性交、獣姦を包括して公序良俗に反すると定めたことを端緒に様々な「判定法」が出現する。脳、ホルモンバランス等々、珍奇な似非医学が登場した。興味本位で日本でも変態性慾という受け止めが生まれた。その後、精神疾患ではないと医学界での見解が成立したのは1990年、日本の文科省の性非行から除外されたのは94年。長い日陰の歴史を「診断法」という切り口で追跡した1冊。さて衆道の歴史のあった日本では如何?
読了日:11月04日 著者:牧村 朝子
天皇家のお葬式 (講談社現代新書)天皇家のお葬式 (講談社現代新書)感想
盛り込み過ぎた部分もあるか。前段が仏式で営まれた葬送の説明で、後段が神式で進められた明治天皇以降の大葬についての説明。でも一番肝心なところは、仁孝天皇までの仏式と国学思想の入ってきた孝明天皇の葬儀、そして国家神道の色彩で統一された明治以降の葬送へと「変形」した部分にある。神仏分離令であり、神道の国家管理化の道である。ここを焦点に詳述して欲しかった。一方、天皇の棺に題目や名号を紙片に書いて納める習俗が残っていたという。表と奥の意識の差が覘く。竹のカーテンの奥には、皇室の私的な信仰は今も残っているのだろうか。
読了日:11月03日 著者:大角 修

読書メーター
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2017年11月01日

☆2017年10月に読んだ本

10月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:2810
ナイス数:439

出羽三山――山岳信仰の歴史を歩く (岩波新書)出羽三山――山岳信仰の歴史を歩く (岩波新書)感想
山岳信仰は日本の宗教観の中で、特異な位置を占める。2度の変化(江戸時代の宗門改と明治時代の神仏分離)を経て、大きく変容している。中で出羽三山の信仰は今猶、古体を残している。そんな信仰の姿を総まくりした入門書。歴史に始まり、四季の峰入り、古絵図から探る三山の信仰の姿、一世行人と山麓に残る即身仏信仰、そして修行者、参詣者のための食、そしてツーリズムの発展まで目配りの行き届いた1冊になっている。信仰は広く関東地方にまでその跡を残す。2度の破壊を経て、分かり難くなっている元の姿をトレースする試みは成功している。
読了日:10月29日 著者:岩鼻 通明
日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)感想
新聞連載の漫筆。森羅万象、見識を蓄積して繋ぎ合わすというのはやはり才能だと思う。本書で面白かったのは第4章の「この国を支える文化の話」の項。能、香道、生花に落語、そして出版。実際に体験してみたからこその随想がおもしろかった。出版の話の中で「本が作った国に生きている」という表現は将に当たっていると思う。江戸時代には「往来」物から、今に至るまで続く「日本外史」の歴史観、そして「養生訓」。ほかにも太平記や謡本など、紙で見聞を広め、知識を積み重ねてきた歴史を改めて思う。筆者ならずとも、Webの時代、如何にせんと。
読了日:10月29日 著者:磯田 道史
十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」 (集英社新書)十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」 (集英社新書)感想
先の戦争を体験した世代が物故していく中、陸軍幼年学校最後の生徒だった筆者が当時を回顧し、自身の歩みを振り返った等身大の部分には発見がある。俸給を貰うようになって兵として組み込まれた自分の発見、空襲で死んだ学友の屍衛兵のこと、陸幼に同性愛の気風があり、阿南惟幾を評して「陸幼始まって以来の美少年」との言葉をして、その証左という。空気を体験した人ならではだ。「鬼畜米英といっても顔が浮かばない」というのもまた実感で興味深い。終章は「なぜ戦争に進んだか」を筆者なりに謎解きした部分でこの時代を生きた人ならではの解釈。
読了日:10月29日 著者:西村 京太郎
江戸の小判ゲーム (講談社現代新書)江戸の小判ゲーム (講談社現代新書)感想
寛政の改革の際の棄捐令や猿楽町会所の施策、数次に渉る貨幣の改鋳を例に、一連の施策が商人が蓄える金銀を市中に流通させる幕府の金融政策と解釈し直すのが本書の眼目。経済活動を刺激する、と読み替えるのは新鮮。筆者が経済学のゲーム理論に出会い、史料を読み解いたのが面白い。ただ、ここまで劇的だったのだろうか。確かに「支配−被支配」という二項対立という視点だけに縛られていては窮屈だが、ここまで自由闊達であり得たか。江戸三年寄の奈良屋・樽屋・喜多村や大坂の三郷惣年寄の権能、株仲間制度など考慮すべき変数は多い気がする。
読了日:10月29日 著者:山室 恭子
カラー版 地図にない駅 (宝島社新書)カラー版 地図にない駅 (宝島社新書)感想
筆者の本は「秘境駅に行こう」が最初。藤枝に住んでいて、大井川鐵道の奥大井湖上駅が紹介されていたので手に取ったのを思い出した。本書も京成本線の駒井野信号所が出ていたので手を伸ばした。信号所、臨時駅、仮乗降場の一覧がついているので、何かの時?の索引用に手元に置くような。車窓から眺めていてもそれと知らなければ気がつくことはないだろう。でもそこにはなにがしかの物語がある。年に1度の体育祭、あるは祭礼のため、工事の従事者のため、など鉄道が今よりも身近な存在であった証なのかも知れない。函館本線張碓をふと思い出した。
読了日:10月28日 著者: 
折口信夫 - 日本の保守主義者 (中公新書)折口信夫 - 日本の保守主義者 (中公新書)感想
碩学・折口信夫の考えを社会全体の中で位置づけてみたら、という1冊。心の動きを折口の「歌」と「発言」を元に分析する。関東大震災後の朝鮮人虐殺、2・26事件など、心動かすものがあるものの、基調としては日本人の心に与える潤いこそ大事であり、国学で教示するのが仕事と思っていたと説く。社会への関心がありながら、要路への交渉が薄く、WWUでは沖縄戦や養子の春洋の戦死まで実感として戦争を受け止めていたのか……。平泉渉や阿南惟幾など、対照として登場する。ただ、ねっとりとした読み心地がこの本からは感じられない。どうだろう。
読了日:10月27日 著者:植村 和秀
トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たちトラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち感想
1892年に内燃機関搭載のトラクターが登場した。筆者に指摘される迄、この機械が人間の世界に齎した影響力に気付かなかった。農耕の牛、馬に代わる存在という以上に、収穫量増の代償に、農家の中での肥料の循環が崩れ、化学肥料が浸透、深く耕す影響で進んだ土壌の乾燥化を招き、同時に農家の自給自足が崩れた。中小農家の衰退と工業への労働力移動の20世紀だった。と同時に戦争の世紀でもあり、WWIでの戦車の登場にも繫がる。本書は米、ソ、中、そして日本など世界各地での影響を追う。躍動的で立体的。20世紀を考察する視点として痛快。
読了日:10月22日 著者:藤原 辰史
享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)感想
1455年から1483年まで続いた関東での内乱「享徳の乱」に就いての筆者執心の1冊。室町殿の東国の出店・鎌倉公方とNo.2の関東管領の覇権争い。前提として守護領国制が明確に確立していた西国と違い、関東はどうだったのだろうとの疑問が残る。関東管領を誅した鎌倉公方・成氏(4代持氏の子)が起こした争乱の間に、国人層の自立が高まり、戦国大名化が進み、地頭、領家、本家という階級や寺社領での力関係が変わる。肝腎の「応仁の乱の前哨」説は筆者のいうのも一理あろう。だが、相似形であるものの今一つ得心がいかない気もしている。
読了日:10月18日 著者:峰岸 純夫
全体主義の起原 3――全体主義 【新版】全体主義の起原 3――全体主義 【新版】感想
テーマはナチドイツとスターリン下のソ連の体制。どちらも全てを巻き込むシステムであったことに変わりはなく、本書では両者を比較対照しながら全体主義についての分析が続く。個人的には現下の状況を代入し、反芻ながら読む、という形になった。その中で、10章「階級社会の崩壊」、11章「全体主義運動」の章は特に興味深く読んだ。というのは「よもや」と思いつつも今の日本社会の姿にどこか相似形にも思えるからだ。「政党制度の枠内で政党が議会に多数を占めたとしてもそれは決して国の現実を反映などしていない」など心に残る表現が続く。
読了日:10月16日 著者:ハンナ・アーレント
帝国の昭和  日本の歴史23 (講談社学術文庫)帝国の昭和 日本の歴史23 (講談社学術文庫)感想
「君主無答責」という明治憲法の原則が生んだ権力の空白は、誰も修正不可能な結果を招いた。ナチスドイツの授権法のような強権的な手法ではなく、官僚と現場、政党と財界、無産階級と資本家等々、WWT後の国際化の波の中で累積した矛盾を合法的に手直ししようとした末の結末は承知の通り。どこに修正すべきことがあったのか。今でも答えは明確にできまい。状況の違いはあるものの、昨今の国内の出来事の構造に類似点を見付けるのが恐いくらいだ。戦前と戦後の連続性を思う。特に大政翼賛会発足のころの感覚は。終章の「戦時とモダニティ」は上々。
読了日:10月14日 著者:有馬 学
空のプロの仕事術―チームで守る航空の安全 (交通新聞社新書)空のプロの仕事術―チームで守る航空の安全 (交通新聞社新書)感想
JALの元・名機長が経験、見聞から飛行機の運航に関わる人々の紹介をしていく。機体の運行から、整備、運行管理、機内サービスもすべて経済効率が優先する今の時代。言えばパンナムが世界中の空にジャンボ機を飛ばしていた時代は優雅ではあっても2度と戻ってはこない。そんな時代に育った敢えて筆者が記しておきたいのは、如何にハイテク機になったとしても、それぞれの経験した事例をどう共有化するのか、という点に尽きるだろう。安全運航技術の蓄積は船>鉄道>空、であると思う。空はなお発展途上の分野。プロという一語に込めた思いを想う。
読了日:10月10日 著者:杉江 弘
斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史 (中公新書)斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史 (中公新書)感想
源氏物語の秋好中宮の逸話か、伊勢物語の「君や来し我や行きけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか」の歌で知られる話程度しか、斎宮の存在は認識されていないだろう。でも実は奈良、平安期の天皇にとっては祖神を斎き祀る大事な役職で国家管理の役所であったことが説かれる。数人の斎王を点描することが生活ぶりや存在感を生み出す効果を生んでいる。その後、両部神道や度会神道の成立や、役目役職は変質。制度自体は南北朝期に絶えてしまうのだけど、上古期には宮中の意思決定に大きな影響を与える存在であったことが描かれる。一種の裏面史。
読了日:10月04日 著者:榎村 寛之

読書メーター
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2017年09月02日

☆2017年8月に読んだ本。

8月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:2359
ナイス数:374

貧困と地域 - あいりん地区から見る高齢化と孤立死 (中公新書)貧困と地域 - あいりん地区から見る高齢化と孤立死 (中公新書)感想
大阪・あいりん地区(釜ケ崎)。東京の山谷、横浜の寿町と合わせて日本三大ドヤ街と言われた。一方、「ドヤ街」「寄せ場」という語彙が注釈が必要かと思う今。日雇労務者というと古色だが、非正規雇用者といえば今風に理解できるか。地縁血縁が薄くなり、社会的に孤立する人が増えている今、ここに暮らしてきた人々が独居高齢化している現況は決して特異な例ではない。日本のどこで起こっても不思議ない気がする。むしろここで暮らしてきた人々の長い歴史は社会福祉の先進例とも言え、学ぶべきことは多いと思う。筆者の手堅い筆運びに好感を抱いた。
読了日:08月29日 著者:白波瀬 達也
笛を吹く人がいる: 素晴らしきテクの世界 (ちくま文庫)笛を吹く人がいる: 素晴らしきテクの世界 (ちくま文庫)感想
話を聞いて面白い人と文章を読んで面白い人がいる。確実に筆者は前者だろう。Eテレの番組で話が興味深かったのだけど。解説でしりあがり寿が記している通り、宮沢は「口から万国旗を出す人」なのだ。面白そうに思って平積みから取り上げたけど、筆者の発想の連鎖に着いて行くのが難しかった。味があるなぁ、というのはしりあがり寿の扉絵くらい。頭上を右斜め60度くらいで横切って行くのが筆者の文。僕とは「ねじれ」の位置でした。非ユークリッド空間にでも行けるようになったら……。
読了日:08月26日 著者:宮沢 章夫
飛行機の戦争 1914-1945 総力戦体制への道 (講談社現代新書)飛行機の戦争 1914-1945 総力戦体制への道 (講談社現代新書)感想
「大艦巨砲主義」という言葉で旧海軍の旧弊を片付けてきたことの陥穽を思う。原因を単純化すれば、犯人捜しも責任の回避もしやすい。でも現実はもっと複雑な要素が錯綜していたことを本書は説き明かす。WWTの戦訓、軍縮条約の制約の中、建艦競争をする財政力なき日本では航空力の有為を国民にいち早く周知していたのだから。井上成実が指揮した重慶爆撃も1937年に実行している。航空兵は立身出世の手段であり、羨望の的でもあった。でも結果は承知の通り。巷間の説を否定し、日本が無分別な道を選んだ原因を探り直す契機をこの1冊にみる。
読了日:08月25日 著者:一ノ瀬 俊也
太平記の時代  日本の歴史11 (講談社学術文庫)太平記の時代 日本の歴史11 (講談社学術文庫)感想
扱う範囲は後醍醐天皇の即位から足利義満の死辺りまで。本書の一の主題は天皇が中心とした物語の成立、という点。権力の行使の為には天皇という権威が必要、という図式の定着をいう。通史である以上、事績を追う部分が前半。ただ列島を縦横に走り回る初めての事件が南北朝時代。手がかりになる。二に時代相を記した5章が白眉。村落に法が成立し、文書が登場し、通貨が流通する。平安以来の有職故実が整理される、といった事象が起こることを整理している。太平記やこの時代の本を読むなら、真っ先にこの1冊を選ぶことを勧める。座標軸が作れる。
読了日:08月20日 著者:新田 一郎
山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇 (新潮文庫)山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇 (新潮文庫)感想
久しぶりに山口瞳の随筆を読み直す。高橋義孝と並んで、当時から寸鉄人を刺す警句が含まれていたのは承知していたし、それは歯切れ良くも思えた。読み返してみても、話の扱いが上手いなと思う。ただ、それ以上に、読んでいてゴツゴツする何かがある。昭和の男性が持っていた照れ隠し半分以上とは分かっていても「男は……」「女は……」という口調が目についてしまうことに気がつく。古い言葉で言えば、ちょっと旧弊なのである。あの成人の日のサントリーの5段広告を思い出すにつけ、時代によって受け止め方は変わる、変わっていくものだ、と思う。
読了日:08月18日 著者:山口 瞳
ノーサイド成田闘争―最後になった社会党オルグ (ふるさと文庫)ノーサイド成田闘争―最後になった社会党オルグ (ふるさと文庫)感想
旧社会党オルグの加瀬勉を主人公に据えた成田闘争史。空港開港に向けて国の執った方策、手段は憲法に抵触するものであったと思う。開港40年を迎えようかという今、空港自体が一番の地域にとっての産業であり、雇用先であり、立地要件になっている。都市近郊農業で生活基盤を確保していたかつてとは異なり、「空港があるからこそ」の町なら、空港との共生共栄を考えるしかない。空港周辺で人口の増加が見込めるエリアと少子高齢化+人口減少の続くエリアに二分化している昨今、歴史と現実との間の清算が一層、自覚的に必要ではないか。
読了日:08月18日 著者:桑折 勇一
新・中世王権論 (文春学藝ライブラリー)新・中世王権論 (文春学藝ライブラリー)感想
本郷先生の権門体制論批判。謂わば「東国国家論」の改良版。「王権」という言葉が適切かは別にして、北条家が執権から得宗専制への移行を通じて、東の武門、西の朝廷の関係を読み解いていく。筆者は「将軍と首頂」という概念を提唱している。寧ろ武力政権が統治の手法を習得する過程と受け止めると分かりやすいかも。勿論、その延長線上に後醍醐天皇の建武の新政、また足利高氏、直義の太平記の時代を挟んで、義満に至って文字通りの「王権」が確立するのだが、頻りに2項対立的に見立てる手法には時に違和感があるものの、見立てとしては興味深い。
読了日:08月14日 著者:本郷 和人
日本史の快楽―中世に遊び現代を眺める (角川ソフィア文庫)日本史の快楽―中世に遊び現代を眺める (角川ソフィア文庫)感想
元原稿は1994年から週刊現代に連載された1ページの〈漫筆〉。1ページという紙幅と週刊という時間的制約。当然ながら、文章にコクがあるかと言われれば、普くその水準を維持するのは厳しい。江戸期に多く書かれた随筆を連想する。数篇は成程と思うものもあったが、舌足らずの感が拭えない。余談ながら、この手の随筆というと、その昔、岩波書店の「図書」に連載された「一月一話」(淮陰生=英文学者の中野好夫の筆名)が思い出される。時事ネタを取り上げても古びない。文章の運びがよく、切れ味がいい。こんな水準こそ〈随筆〉であると思う。
読了日:08月05日 著者:上横手 雅敬
歴史力で乱世を生き抜く (中央公論 Digital Digest)歴史力で乱世を生き抜く (中央公論 Digital Digest)感想
呉座本「応仁の乱」ベストセラー記念の特集号2017年4月号の中央公論の抜き刷り。日本中世史学者の呉座が言う「WWIに似ている応仁の乱」説をイギリス外交史学者の細谷雄一との対談で肉付けしていく。均衡・協調・共同体、という秩序の体系が破れ、戦時と平時の区別がなくなる時代になっていく、という見立てが浮き彫りになる。これは「応仁の乱」が改版になるなら是非解説代わりに巻末に欲しい対談。清水克行と古代オリエント学者の小林登志子の対談「神は紛争をどう解決してきたか」も興味深い。この2篇の対談だけで十分にお勧めです。
読了日:08月03日 著者:呉座勇一,細谷雄一,池田嘉郎,佐藤賢一,出口治明,小林登志子,清水克行,原田眞人,宇野重規,瀧井一博

読書メーター
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2017年08月03日

☆2017年7月に読んだ本。

7月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:3255
ナイス数:460

ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 3 (ヤングアニマルコミックス)ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 3 (ヤングアニマルコミックス)感想
「覚悟ある武人の死は美しいものと思っていた。だが今、間近に来て知る。死というものは実に汚らしく、おぞましく、無残な悪臭を放つ−−」。本巻の終盤で指揮官が組織的戦闘の終結するに当たっての述懐だ。日本陸軍の戦死者の大半が餓死と水死と戦病死だった事実、小松真一が「虜人日記」で、或いは大岡昇平の「レイテ戦記」で書き綴ってきたことを、絵にするとこうなるということだ。本書の表紙のサクラの花、靖国神社の九段の桜などなど、意味するものを改めて考える。体験した者が居なくなる中、本書のような記憶を補完するものが必要だ、と。
読了日:07月29日 著者:武田一義,平塚柾緒(太平洋戦争研究会)
観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)感想
呉座勇一は「応仁の乱」を「嘉吉の変」と「明応の政変」の間の変化と捉えた。本書のテーマ「観応の擾乱」も多くの事象、場面を含んでいるので、筆者独自の見立てが欲しい。一読後も理解しにくい。一言で言えば「足利家の内訌」だが、全国規模で、登場人物の立ち位置が変わっていくのが難しい。@出来事を明確に区分した方が理解しやすい。A系図、地図をもっと掲載できなかったか――と思う。将軍と御内人の関係、鎌倉殿から室町殿へと権力体制の移行での効用など、読みたかった。最終章の「観応の擾乱とは何だったのか?」を先に読む方がいいかも。
読了日:07月27日 著者:亀田 俊和
ソビエト連邦史 1917-1991 (講談社学術文庫)ソビエト連邦史 1917-1991 (講談社学術文庫)感想
20世紀の壮大な実験・ソ連。その歴史をWWUの時代に外相を務めたモロトフを主人公に据えて読み解く。格好の狂言廻しの人物を選び出したのがこの本の第一の妙味。革命の第一世代であり、スターリンの粛正の嵐をかいくぐって1986年にゴルバチョフの時代になるまで生き抜いていた。第二に共産党という組織以前に、ロシア正教の異端派とされた「古儀式派」との関係を探っているのが興味深い。急にボリシェビキが出てくる訳ではない。第三に党と政府、国民の関係が最後まで整序されないままであったのか、ということ。被粛正者の数が桁違いだ。
読了日:07月23日 著者:下斗米 伸夫
番地の謎 (光文社知恵の森文庫)番地の謎 (光文社知恵の森文庫)感想
番地は何のために振られているのか。要は土地登記を明確にする、という目的が第1に来るわけで、地租改正以来の地番が最初に成立する。地方では小字単位にすれば、どこに誰が住んでいるかは明解になるので住居表示はこの用で済む。ただ財政力の面で、明治、昭和、平成と基礎自治体の大合併が進んで、地名が土地の記憶と離れていくにつれ、新しく住居表示法に基づく番地が成立する。そういう当たり前の流れを概説した1冊。この人の本はネタの遣い廻しが多いのだけど、概論を示すには格好の入門書。悉皆性が薄いのでこの本はあくまで手掛かり。
読了日:07月19日 著者:今尾 恵介
飛行機はどこを飛ぶ? 航空路・空港の不思議と謎 (じっぴコンパクト新書)飛行機はどこを飛ぶ? 航空路・空港の不思議と謎 (じっぴコンパクト新書)感想
仕事の都合もあって読了。国内線で飛行機の窓から見える風景の話が一つ、航空機の航路と管制の話が一つ。どちらが眼目で書いているのか、焦点が合いきれない気も。結構乗った時期があったので、そうですね、としか言いようがないのだけど。
読了日:07月14日 著者:
「太平記読み」の時代: 近世政治思想史の構想 (平凡社ライブラリー)「太平記読み」の時代: 近世政治思想史の構想 (平凡社ライブラリー)感想
太平記秘伝理尽鈔。太平記の解釈を記した本だ。和歌・物語の古釈とか、古今伝授のような風体で、口伝のような形で伝えられた。江戸期に入って民衆に伝わり、講談のネタ本になったという。この本が楠正成を軸に忠義とは、宗教権力との対峙姿勢とか、撫民の考え方などを示す中で、金沢、岡山藩などでの享受史や、山崎闇斎や熊沢蕃山、安藤昌益に至るまでの思考の糸口になっているのではないかと読み解いていく。顕密体制が強固だった時代に、宗教を否定し、後の「造反有理」に近い考えを示しているのは驚き。今日忘れかけられた思索の源流が見える。
読了日:07月13日 著者:若尾 政希
ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 2 (ヤングアニマルコミックス)ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 2 (ヤングアニマルコミックス)感想
前巻に続き淡々とした筆致。飲料水を確保するために戦い、鹵獲した兵器で戦い、フィリピン出撃の米軍の基地となるはずだった島はすでに1間跳びで先に侵攻が進んで戦いの目的を失っても戦闘行為が続く。伝単も登場して、筆者の下調べのほどがうかがえる。「この世界の片隅に」もそうであったけど、調査が行き届いたシナリオで、なおかつバイアスがかかっていない分、説得力が増す。最終的にはこの島は戦史によると34人が1947年まで生き残っていたそうな。次の巻は組織的な戦闘の終了からその後辺りになるのかな。
読了日:07月11日 著者:武田一義,平塚柾緒(太平洋戦争研究会)
ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1 (ヤングアニマルコミックス)ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1 (ヤングアニマルコミックス)感想
WWUでの米軍の太平洋飛び石作戦の一つ、ペリリュー島での戦いを日本軍の1兵卒の目線から描いた作品。人物が3頭身でケロロ軍曹のように見え、戯画的。背景は細密な描きぶりで、そもそもレイテ島、硫黄島、沖縄と続く戦いふり、敵に勝つというより、負けを引き延ばすための戦いという思いテーマとの乖離が逆に効果を生む。暴発で死に、居た場所で明暗が分かれ、屍体には蠅がたかり、戦死した兵の水筒の水を飲む。当たり前の出来事が淡々と描かれるが故の迫力。声高でない分、響くものがある。本巻は米軍の上陸辺りまで。
読了日:07月11日 著者:武田一義,平塚柾緒(太平洋戦争研究会)
人民元の興亡 毛沢東・ケ小平・習近平が見た夢人民元の興亡 毛沢東・ケ小平・習近平が見た夢感想
紙幣とは不思議なもの。たとえば日本円。外貨準備としてかつては金、今は米ドルの保有が信用の裏付けになる。今の人民元もバスケット制があり、米国債を保有が信用の源だ。大陸では多くの発券銀行が存在し、統一的な紙幣がなかった。日米英ソなどが瓜分を試みた時期に重なる。筆者はそんな時代から読み解き始め、人民元をIMFのSDR構成通貨まで育て上げた苦闘を読み解く。この先、米ドルとならぶ基軸通貨になり得るかと言えば、中国自身の体制が抱える弱点ゆえに限界があるとの指摘、ビットコインの登場まで目配りする視野が広くて楽しい1冊。
読了日:07月08日 著者:吉岡 桂子
バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)感想
オスマン帝国の西端、バルカン半島の来歴をまとめた1冊。旧ユーゴ諸国が分離独立した後の出来事は記憶に残る。決して昔の話ではない。何で「火薬庫」になってしまったのか、を読み解くのが眼目。民族、宗教(イスラム、ギリシャ正教などなど)という「違い」を意識するきっかけとなったのは西欧から来た「ナショナリズム」の故であり、露、独、墺、仏、英といった周囲の国々の影響、思惑が覘く。一概に「国民国家」の成立が近代化なのか、と考え込む。現在進行形である中東での混乱を見るにつけても……。巻末の訳者外題から読む方が分かりやすい。
読了日:07月05日 著者:マーク・マゾワー
東京昭和百景―山高登木版画集東京昭和百景―山高登木版画集感想
たぶん戦後、1964年の東京五輪前後までの風景の版画。安藤広重を初め、多くの浮世絵師が手がけてきた素材だが、どこか、新版画の旗手、川瀬巴水の感性とか、川上澄生の色づかいの影響も感じられる。小、中学生のころ、背伸びして出かけた東京にあった風景。もう残っているところは少ないが。ちょと知人がいいねをしているので、手を伸ばした1冊。
読了日:07月03日 著者:山高 登
ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実 (平凡社新書)ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実 (平凡社新書)感想
ノモンハン事件の概要、国内での報道、現地での検閲ぶり、そして戦中戦後に亘る享受史を概説した1冊。新書という判型、入門書という制約があるので仕方ないのだけど、力点を絞って欲しかった気がする。抑も日本側、旧ソ連側の記録が詳細になっているという状況になく、なお先方の秘密文書が次々発見されているのが現状では事件についての記述も得心のいく内容を提示しにくいのは承知だが。個人的には本書は副題にもある「検閲資料」の部分と戦中戦後の当事者の執筆に懸かる戦記、そして藤田嗣治の絵が2枚あったという逸話を膨らませて欲しかった。
読了日:07月02日 著者:小林 英夫

読書メーター
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2017年06月07日

★2017年5月に読んだ本。

5月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:2863
ナイス数:537

真説・戦国武将の素顔 (宝島社新書)真説・戦国武将の素顔 (宝島社新書)感想
面白さは筆者が表白している立ち位置。曰く「僕らの頃は、少なくともソ連が崩壊する以前には(中略)共産主義と自由貿易主義があって、どちらが勝つのかわからない時代に生まれていたから、正義とか秩序というのは『疑ってかかるものだ』というのが深層心理の中にある」といい、「秩序を作る上位者を認めてしまう」若い研究者に疑問を投げかける。1960年生まれ、奇しくも同い年。先生のこの気持ちが分かる。本書の釈台に張り扇、調子のいい語り口の裏にある漠然とした「懼れ」みたいなものがシニカルに響いてくる。史料を読み込んだ自負と共に。
読了日:05月29日 著者:本郷 和人
プロテスタンティズム - 宗教改革から現代政治まで (中公新書)プロテスタンティズム - 宗教改革から現代政治まで (中公新書)感想
教皇を頂点とする旧教の改善を求めて、ルダーに始まるプロテスタンティズムの分析が中心。ただ改善したものは次の時代にはまた権威を持つものになり、異端は別の場所で広まっていく。運動に旧と新の別を挙げている。社会の要求に合わせて姿を変える歴史である。ただ、個人的にはそれ以上に、面白く読めたのは「頭の中の代入」の故だ。教皇が天台座主なら、ルターは法然、バプテストが親鸞という見立てもできるし、教皇や公会議が明治政府ならルターは憲法を立てにとった大正期の政治とも見える。知識を得る以上に、人の営みとしての宗教は興味深い。
読了日:05月25日 著者:深井 智朗
東京下町百景 100 Views of Tokyo東京下町百景 100 Views of Tokyo感想
「おとなの週末.com」という雑誌に連載された作品集。東京の下町(というか東部)の風景を描いた戯画集。筆者自身も影響を受けたと記しているけど、浮世絵から発展した新版画の吉田博(瀬戸内海集など)や、川瀬巴水の版画(東京二十景など)を連想させる。ただ、画面の片隅に招き猫だったり達磨だったりが紛れ込んでいる。これを戯れと見るか、緩みと見るか。見る人間の感覚次第だろう。「少し不思議で少し懐かしい」という味を出したいのなら、個人的にはこれだけ上手の描き手、あえて戯れて見せる必要はなかったのではないかな、と思う。
読了日:05月24日 著者:つちもちしんじ
「成田」とは何か―戦後日本の悲劇 (岩波新書)「成田」とは何か―戦後日本の悲劇 (岩波新書)感想
筆者が本書を「世界」に連載したのは成田空港の閣議決定から四半世紀の頃、1992年刊。その後、さらに四半世紀の時が過ぎている。。時の経つのは早い。経済は低成長期に入り、当時は考えもしなかった人口減少が進む。今、本書から掬すべきは、為政者(と官僚)が恣意的に私的な財産権すら「公益のため」という理由で蹂躙することがあり得る、という教訓だろう。封建制度の時代と変わらぬ手法だった。と同時に、この成田空港という土地の長い歴史(江戸期からの住人、明治期の移住者、戦後の入殖者)という3層だったことも見逃してはなるまい。
読了日:05月23日 著者:宇沢 弘文
ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点感想
秦郁彦の「明と暗のノモンハン戦史」を読んだので、本書を再度通読。やはり、おすすめの1冊だ。第1。二正面作戦を展開できる戦力、資本があったのは米国だけという当時、ソ連にとって西側の欧州戦線と東の満蒙の国境。2正面作戦となるのをどう回避するのか、という意味のある戦いだった訳で、アジアの局面だけ見ていると意識できない部分が多すぎる。第2。本書でも旧ソ連時代の資料の博索は進んでおり、戦いの評価は冷静である。第3。日本型の組織と、恐怖による統制を旨としたソ連の軍制。類似点を見せているのが興味深い。お勧めの1冊です。
読了日:05月21日 著者:スチュアート・D・ゴールドマン
明と暗のノモンハン戦史明と暗のノモンハン戦史感想
眼目は「旧ソ連側の資料と突き合わせた」という1点に尽きる。確かに戦史を綴るためには客観的事実が必要なのは分かる。只、筆者のタネ明かしの仕方は作為的。張鼓峰事件にも当て嵌まるが、当時も今も「軍事的に価値のないエリアは放置する」というのが正しい姿勢。GPSの発達した今の物差しとは違う。国境線の位置より、陸続きの大陸では第1歩を踏み出す事と、戦後処理こそ大事なのは謙信&信玄の川中島に同じ。撃鉄を誰が何のために引いたのか、どう終息を付けたのか。単なる数字の羅列では手薄い。単なる甲乙論併記、赤白の旗判定ではなく。
読了日:05月20日 著者:秦 郁彦
日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)感想
「議論による統治」に始まる近代化の分析に始まって、貿易、植民地と視野を広げていく。幕政の中に合議制の素地を見、権力の集中を回避する体制への親和性を見る。国民国家が成立するために不可欠な個人の成立、そのための教育の充実。地租改正による村の請負から個人の責任への移行、租税収入の安定化、外債に頼らない殖産から、戦争を機に国際金融の世界への転換。そして立憲主義の中で教育勅語の果たした役割。歴史を振り返る時、点を覚えて知ったつもりになり、線を知って理解したつもりになりがちだが、本書が示すのはその先、立体模型の世界。
読了日:05月13日 著者:三谷 太一郎
80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ (扶桑社新書)80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ (扶桑社新書)感想
80時間、13万円台で西周りで世界一周(茨城〜上海〜モスクワ〜デュッセルドルフ〜チューリッヒ〜NY〜LA〜羽田)する話。2012年刊。就航していない所に住んでいたので実感がなかったが、実はLCCが空の世界を大きく変えているのを実感する。旅の大半が旅客機の中という旅行記なので、J・ヴェルヌのような波瀾万丈の中身にはならないのだけど、手続きと出入国審査と乗り継ぎを繰り返すのが現代的な波乱劇なのかも。小さな出来事からお国柄の見立てはなかなかに巧者。ともあれ今、世界の空はLCCだらけだったんだ、と。
読了日:05月09日 著者:近兼 拓史
和食の歴史 (和食文化ブックレット5)和食の歴史 (和食文化ブックレット5)感想
和食の歴史を概観した1冊。卓上に備えた塩や醬で自分で調味しながら食べた大饗料理の時代から、醱酵調味料の登場で味付けまでした形で供される形へ。実質的には鎌倉期の精進料理(粉食文化も)、室町期の本膳料理が茶道の懐石料理、江戸期の会席料理を節目に進化する。根幹にあるのは主食の米。モンスーン地域に適合した作物だったのが幸い。で、興味深かったのは、戦前の水準に米作の量が戻ったのが1955年。高度成長期前夜。進学率、集団就職、いろんなことに繫がっていそう。副菜の中で、肉食が魚食を上回ったのが1988年だったとは意外。
読了日:05月06日 著者:原田 信男
「天皇機関説」事件 (集英社新書)「天皇機関説」事件 (集英社新書)感想
美濃部達吉が貴族院で追及された「天皇機関説」。立憲主義を守るために必要であったものが、「天皇主体説」を奉じる面々に駆逐されていった。端緒は箕田胸喜や菊池武夫らながら、政争の具にした鈴木喜三郎、枢密院議長の座を巡っての平沼騏一郎、陸軍内の主導権争いの梃子にした真崎甚三郎と、有象無象が群れていき、混迷を深める。しかも「国体」という実態のない概念を奉じての行動に振り回される。勿論、世上に正常な情報を与えるべき報道機関も含め、呆れるばかりの軽躁の様に、情けなくさえある。さて歴史の彼方と嗤っていられるか否か……。
読了日:05月05日 著者:山崎 雅弘
天下泰平の時代〈シリーズ 日本近世史 3〉 (岩波新書)天下泰平の時代〈シリーズ 日本近世史 3〉 (岩波新書)感想
江戸時代でも、4代家綱から10代家治の頃までを視野に入れた1冊。外は明から清への王朝交代に始まって、露国の蝦夷地への来訪まで。内は武力による統治から権威を利用した治世に、江戸と京の関係では融和、統制から幕末への胎動まで。版図の言葉通り、地図を作り、戸籍を作り、修史をし、貨幣の改鋳から経済政策まで。天下泰平の大筋を網羅していく。今に続く統治機構、官僚制度の根幹が作られ、確立した体制は盤石に見えても格差の拡大によって揺らいでいく。時代区分で言えば中世から近世への移行期。小さな変化を紡いでいく書きぶり、良書。
読了日:05月04日 著者:高埜 利彦

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2017年05月01日

★2017年4月に読んだ本。

4月の読書メーター読んだ本の数:9読んだページ数:2386ナイス数:354シリーズ<本と日本史> 4 宣教師と『太平記』 (集英社新書)シリーズ<本と日本史> 4 宣教師と『太平記』 (集英社新書)感想軍記物といっても平家物語や保元、平治物語と比べて影が薄い太平記。近代的な歴史学が移入する前、江戸時代までは貴賤、老若男女を問わず享受されていたことを説くのが眼目。「戦国と宗教」で筆者が説いたように、単に儒学や仏教の因果論だけではない「天道」の導くところが、歴史の帰趨に反映すると展開するのが、太平記が広汎に享受された理由と見立てる。と同時に、物語が成立した室町期は「日本国」「日本人」という概念が定着した時期。国民意識の形成に影響を与えたと見る。大津雄一の「平家物語の再誕」にも通じる「享受史」は興味深い。読了日:04月30日 著者:神田 千里
足利尊氏 (角川叢書 583)足利尊氏 (角川叢書 583)感想尊氏像を、発給した文書から探る1冊。中でも領地を与える際などの「袖判下文」(冒頭に花押が据わった文書)と「軍勢催促状」、所領安堵の「下文」など、文書の性格、書式、時期、、年号、書き手などを分析して、尊氏と弟直義、その次世代の義詮と直冬といった人物の内心や権限、役割を探る。倒幕の挙兵から南北朝、観応の擾乱と、時代が移る中で、発される文書の性格、権能が変わっていく。現存する文書を解析した功は興味深いが、同時に、未発見の文書の山が有り得るのでは、という気持ちが起こる。門外漢だからか。ま、「悪魔の証明」だけど。読了日:04月26日 著者:森 茂暁
帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)帝国大学―近代日本のエリート育成装置 (中公新書)感想本書の述べる通り、高等教育を自力でするにはまず教員の確保が必要で、明治の世に国家の人材養成のために作った機関というのが描かれる。と同時に、旧制高校、講座制、学位制度、大学特別会計など、旧7帝大という存在の特権的な地位を改めて実感する。予算があってこその高等教育、である。旧帝大>旧官立大>私学という序列……。ただ一方で、複線式の高等教育制度だった戦前と6334制に統一された今の学制と、どちらが良かったのか。巻末に取り上げられているが「研究大学(RU)」の芽は今後の「大学」像として求められるのではないか……。読了日:04月20日 著者:天野 郁夫
昭和の能楽名人列伝 (淡交新書)昭和の能楽名人列伝 (淡交新書)感想1939年生まれの筆者が書いた本書は33人登場して10人が見ていない演者。昭和の能楽師を語る上で、万六銕や新、長は欠かせないのだろうけど、選から外した役者に惜しい人が多い。例えば茂好、一次。紙幅を考えると差し替えても良かった気がする。「私の観た」の一句をタイトルに入れればいいのだから。振り返ればこの本に登場する役者の多くを観てきた仕合わせというか。一方で自分自身が観た印象を併せると、能狂言の評の本で、どうしても印象批評の域を出ない気がするのは残念。藝系とか空気とか。戦争という大事を挟んだ昭和の世だけに。読了日:04月19日 著者:羽田 昶
昭和の歌舞伎 名優列伝 (淡交新書)昭和の歌舞伎 名優列伝 (淡交新書)感想本文269頁の本で169頁までが筆者の未見の役者の話。列伝体ではあっても筆者の知識の集積を編輯した体裁。1次資料といいづらく、出典の明記も少ない。1955年生まれの筆者が取り組む主題としては厳しい気がする。75年以前が没年の役者になると、実際に見ていても運びが弱い。勢い文末を丸めるような文体で上品だけど、全体的に歯切れが悪い。同趣向の1冊として1960年生まれの中川右介「歌舞伎 家と血と藝」(講談社現代新書)の方が見立ての藝が行き届いていて出来がいいと思う。役者同士の聯関の説明が分かりにくいのも残念。読了日:04月17日 著者:石橋 健一郎
ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで (文春文庫)ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで (文春文庫)感想鬼平というと白鸚。高麗屋のニンに合っていた。丹波哲郎、萬屋錦之助と挟んで長く続いたのが当代の播磨屋。本書は4代目の話が軸。ただ背景の理解が欲しいところ。2章、序章を前にして1章の聞き書き部分を中に挟んだかも。元々「必殺」ものを撮影していた松竹京都に残っていた映像の職人衆が新生・鬼平を支えた。仕事の聞き書きは貴重で脚本、殺陣から記録まで、職責への自負が行間に覗く。4代目のシリーズが映像的にも今の時代で受け入れられ、長く続いた謎解きになったかどうか。アナログ時代からデジタル化。時代劇もその例外ではなかった。読了日:04月17日 著者:春日 太一
張作霖:爆殺への軌跡一八七五‐一九二八張作霖:爆殺への軌跡一八七五‐一九二八感想日本史の教科書なら1行にも満たない出来事が約350ページの本になった。1875年に奉天海城で生まれた張作霖を主人公に、日清、日露の戦役から清朝崩壊、軍閥の割拠、国民党の北伐を前に躍動した跡を辿る。2000年代以降に主に刊行された中国側の資料を読み込み、日本側の資料と付き合わせて描き出した物語、前半は講談を聞くような快感があり、後段はソ、日など外国勢力の思惑と各軍閥の絡み合いを描いて倦むことない展開。1928年の爆殺まで、精緻な細工ものを見るような楽しさがある1冊。行間にひとかどの人物像が浮かび上がる。読了日:04月09日 著者:杉山 祐之
プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)感想田口はプロ生活を始めた頃を知っているし、その後のMLBでの経験談も愛読してきた。書きぶりには一目どころか井目風鈴くらい置いているものの、本書はちょっと物足りない。テーマはファーム制度の話か、日米の比較なのか、2軍監督1年生としての経験談なのか。焦点が絞り切れていない感じが残った。もっと自在に書いていいのだし、筆者ならできるはず。何しろ、あの仰木彬やT・ラルーサの下でプレーした選手なのだから。もっと歯切れ良く書けたはず。プロの世界を一般社会まで敷衍しようという試みが本書の内容を半煮えにしたような気がする。読了日:04月08日 著者:田口 壮
世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)感想冊封制度は中国に臣下の礼はとっても、内政外交は自主的にできる「属国自主」の概念。植民地とは東アジアでは似て非なるものと受け止められてきた。礼を基本とする儒教を国教とした朝鮮は中国本土の王朝が明から清にと変わった中、自身が正統で天朝を引き継ぐものとしての自負が膨らむ。一方、18世紀にこの地を訪れた帝国主義を掲げる西欧列強には不可解な慣習だったろう。本書は朝鮮のそんな歴史的背景を踏まえた上で19世紀以降の変化を解析した点が今に続く事情の理解に役立つ。筆者の一連の著作を併読すると立体的に見えてくるものがある。読了日:04月05日 著者:岡本 隆司
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2017年04月01日

☆2017年3月に読んだ本。

3月の読書メーター読んだ本の数:7読んだページ数:2240ナイス数:324武田氏滅亡 (角川選書)武田氏滅亡 (角川選書)感想長篠合戦の後、すぐ武田氏は滅亡するような感覚を抱きがちだが、間には1575〜1582年という時間が挟まっている(関ヶ原の後、即豊臣氏滅亡という感じに似て。この間実に15年)。その間のことを詳細に跡づけした1冊。武田氏の存亡に限らず、戦国大名は勝頼と同じように精一杯領国支配を続けようと努力したのだろう。隣国と抗争したり、調略したり、同盟を結んだり。合戦もさることながら、日常的な撫民がどれだけできたか、で命運が分かれていったのがよく分かる。最終章の滅亡までは時系列のドキュメント風。一気に崩れていく様は壮観。読了日:03月24日 著者:平山 優
裁判の非情と人情 (岩波新書)裁判の非情と人情 (岩波新書)感想刑事裁判官として長年の経験を積んだ筆者ならではの随筆。1篇4ページほどながら、味わい深い。藤沢周平を読み、鬼平を若手に勧めたり、無罪判決を起案する話であったり、また後進の育て方だったり。法曹の世界に軸足を置きながら、展開する方向は多岐。碩学ぶりと人柄が偲ばれる内容だ。同じ法曹の世界の穂積重陳の「法窓夜話」を思い出した。裁判員裁判制度が導入されて変わることを期待する点や、最高裁の判事の事務方を務めた経験など、ならではの話が多い。担当事件について裁判官は順番ながら検察は上席の思惑が反映するとは知らなかった。読了日:03月06日 著者:原田 國男
海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)感想神功皇后の三韓征伐など今は史実として認める方は少ないだろう。とはいえ、百済、新羅、任那に高句麗。日本もまだ統一国家といえるものがない時代に、先方もそうだった訳で、中小社会がしのぎを削っていた。そんな社会の交流を考古学の手法で読み解こうというのが本書の趣向。出土品であったり、前方後円墳だったり。「吉備の乱」とか「磐井の乱」とか、勝者の歴史からだけでは本当の意味が実はなかなか捉えにくいものであり、その点で考古学的な手法を取り入れた筆者の姿勢、書きぶりには好感が持てる。単線的な交流に簡潔化していない分析が新鮮。読了日:03月06日 著者:高田 貫太
ブッダと法然 (新潮新書)ブッダと法然 (新潮新書)感想釈迦と法然。「0」から「1」を生んだ宗教者という視点で読み解いていく。縁起を説いた人と念仏往生を説いた人。先行する考えを否定することで次の段階に進んでいく。「空亦復空」であり、悟りを開いたと思った瞬間に次の考えを生んでいかざるをえない。キリスト教は公会議で教義を1本に絞ってきたのとは対照的に絶対者・阿弥陀を想定しながら、そこで止まることがなかった点に筆者は仏教の特色を見る。読み終わって感じること。法然のという人はやはり叡山の人で、持戒清浄、大原問答に勝てる学識、もっと認識が改められていい宗教者である。読了日:03月05日 著者:平岡聡
ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)感想帝政ロシアの2月革命から10月革命に至る間の動きを追った1冊。混迷の構図の原因は「2分法」の思想にあるという。資本家、支配者などの「あいつら」と農民、兵士、労働者などの「われわれ」という構図だ。相手を考える余裕がなければ双方の理解と交渉と妥協が成立するはずもない。結局、ボルシェビキは結局、力で圧倒することで政体を確立したのだから。同じく共産主義革命が起きた中国を見れば根底には「士庶」「華夷」の別があり、本書で取り上げられた崩壊にも似る。で、日本では……。中世くらいのイメージかなぁ。さらに今の世相も……。読了日:03月04日 著者:池田 嘉郎
中世の声と文字 親鸞の手紙と『平家物語』 シリーズ<本と日本史>3 (集英社新書)中世の声と文字 親鸞の手紙と『平家物語』 シリーズ<本と日本史>3 (集英社新書)感想本来の本書の趣旨は、人が意図を伝える手段としての手紙や物語が書き言葉の漢文ではなく、仮名交じりになったという事象をきちんと分析、紹介することにあったはず。親鸞の手紙や和讃を取り上げるが表層的な感じ。後段の平家物語の部分は兪々表層。語り本系から読み本系へ発展したとする嘗ての説を筆者は奉じているが、最近の研究では逆。延慶本辺りに古態を見るのが定説だ。保元、平治物語もそう。昨今の国文学研究の進展を理解していないように見える。むしろ、本書は慈圓はなぜ愚管抄を漢字仮名交じりで書いたかを説く方が大切ではなかったか。読了日:03月03日 著者:大隅 和雄
〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)〈麻薬〉のすべて (講談社現代新書)感想痲薬という字面の禍々しさ。「規制薬物=麻薬」なら中枢神経を抑制するモルヒネ類も興奮させる覚醒剤類も幻覚を催すLSDの類いも同じ範疇になる。寧ろ「血液脳関門通過物質」であることが共通項になる。罌粟、麦角といった植物を生かす古代からの知恵と、モルヒネの単離、尿素合成に始まる近現代の有機化学の技術が出会った時に、別方向へのベクトルが働いた気がする。南北戦争や普仏戦争でのモルヒネ、WWUでの覚醒剤、ベトナム戦争時のコカイン。薬用だけとはいかない。ただ薬も麻薬も結局は使い方次第という結論では肩透かしの感もある、が。読了日:03月01日 著者:船山 信次
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2017年03月02日

★2017年2月に読んだ本。

2017年2月の読書メーター
読んだ本の数:9冊
読んだページ数:2357ページ
ナイス数:417ナイス

地下生菌識別図鑑: 日本のトリュフ。地下で進化したキノコの仲間たち地下生菌識別図鑑: 日本のトリュフ。地下で進化したキノコの仲間たち感想
馬路村のトリュフに関連して、お世話になった方に拝借、読み終わった1冊。地球には不思議な世界が広がっているのを実感。元々、地上に顔を出していたキノコがわざわざ地面の中で進化したのが「地下生菌」。子孫を繁栄させるには地面の上で胞子を飛ばした方が有利なのに。それでも独自に進化をして、この形にたどり着いた世界は不可思議。トリュフも豚、犬、モモンガ、ネズミと様々な動物に捕食されることで移動が可能になるという。簡単に見つかるはずもないこの菌類を研究した筆者たちの探究心には敬意を表するしかない。学問の世界は深い。
読了日:2月21日 著者:佐々木廣海,木下晃彦,奈良一秀
文庫解説ワンダーランド (岩波新書)文庫解説ワンダーランド (岩波新書)感想
文庫本の解説を評論した1冊。解説の指針に就いて筆者曰く、@本の書かれた基礎情報。A読書の指針となるアシスト情報。B今読むべき意義を述べた効能情報。C新たな読み方を提案するリサイクル情報――の4点であると視座を説く。その前提の上で夏目漱石、川端康成、サガンに小林秀雄と東西泰斗の文庫の解説を読み解く。性差の視点だけではなく、時代が「読み」を変えていく面白さを解析したのがこの1冊の眼目だ。筆者独特の筆捌きがあるけど、それ以上にテキストを読み込んでいる労力に敬意。原民喜の読みでリービ英雄の評を挙げたのは秀逸。
読了日:2月20日 著者:斎藤美奈子
河内金剛寺の中世的世界 (上方文庫)河内金剛寺の中世的世界 (上方文庫)感想
河内・和泉・紀伊の国境に近い山に成立した金剛寺。在地の勢力の強い地域ならではのことで、一山一寺、寺と地域が一体化することで存続をしてきた。葛城修験の影響もあるし、勿論南北朝の舞台にもなる。早い時期から仁和寺を本寺としながらも独立的な形態を維持し、寺域には城の虎口のような門を構えていたという。寺の種々の側面を点綴することを通じて、中世的な寺と地域の関係を探ろうとした1冊。筆者の言うように観心寺、施福寺など一寺一山が成立しえたエリアの特性も見せる。武家の式酒として定評を得た「天野酒」への言及も興味深い。
読了日:2月17日 著者:堀内和明
一遍読み解き事典一遍読み解き事典感想
江戸期までに教団としての体裁を十全に備え切れなかった故に、明治維新の荒波の前に宗旨として存在感を失った時宗。でも、一遍が求め、布教した趣旨は今の世の中でもっと再確認されていいものだと思う。阿弥陀如来への絶対的な帰依を説きつつ、自身の念仏もまた是として受け入れる。そんな世界をトレースした1冊です。ただ惜しむらくは一遍自身が明解な教義を残していないがゆえに、肝心の部分ですこぶる端折った書き方になっています。でも、捨て聖一遍の生き方は今の日本の精神世界で見直されてもいいと思います。そんな手掛かりの1冊です。
読了日:2月15日 著者:長島尚道,砂川博,岡本貞雄,長澤昌幸,高野修
増補 モスクが語るイスラム史: 建築と政治権力 (ちくま学芸文庫)増補 モスクが語るイスラム史: 建築と政治権力 (ちくま学芸文庫)感想
モスクの建築形態を元にイスラーム世界の歴史を探った1冊。元々はモハメッドの家を原点に始まった礼拝施設が増殖していく。過程には武力があり、王朝の変遷があり、支配地域の変化がある17世紀くらいを範囲に、西アジアから南欧州、北アフリカまで支配が移り変わるままに、宗教施設のモスクが変わっていく姿を追う。本来は墓の存在がないはずのこの宗教で墓が大きな存在になっていくのが興味深い。元々中公新書の1冊たったものに最後の1章を加えて再版したのが筆者の矜持。宗教上の相剋以上にこの近現代に起こったことを記したのが値打ち。
読了日:2月15日 著者:羽田正
親鸞の信仰と呪術: 病気治療と臨終行儀親鸞の信仰と呪術: 病気治療と臨終行儀感想
「浄土真宗とは何か」の底本。今の認識では高僧であった法然も親鸞も平安〜鎌倉期に生き、比叡山で修行し、往生を願う人であったという素朴な背景の設定を読み解く。病気の時には呪術を使って快癒を願い、臨終に臨んでは奇瑞の顕現に願う。本人は元より、門弟や家族もそう願う。子弟も天台、真言の寺に学んでいる人。本書はごく当たり前の当時の風景が、後の信者の偏向で歪められた姿を補正する。新書版と梗概は同じながら、専門書として骨格が明解。浄土教の教えの「揺れ」がむしろ自然であり、後に「聖人」として固定化する前の姿に力を感じる。
読了日:2月12日 著者:小山聡子
ことばの地理学: 方言はなぜそこにあるのかことばの地理学: 方言はなぜそこにあるのか感想
方言と謂えば「蝸牛考」。京を中心に同心円状に伝わるという柳田国男の周圏説だ。本書は視点を変えて区画説の立場で論が進む。例に否定形の語尾が「〜ない」か「〜ん」か。原因理由の接続助詞が「〜から」か「〜さかい」「〜きん」「〜よって」か。東西で分布が分かれると同時に、人の行き来で影響が拡散していることを分析する。そんな学問を「言語地理学」というそうだ。海陸の交通網、家族制度、人口密度、社会組織が東日本の同族的な番か西日本の地域単位の年齢階梯組織の衆か−−種々の要素を考えつつ、調査結果を記した地図を見るのは楽しい。
読了日:2月7日 著者:大西拓一郎
柳田国男と今和次郎 (平凡社新書)柳田国男と今和次郎 (平凡社新書)感想
筆者は今和次郎のことが書きたかったのだと思う。そこで「民俗学とは」を書くためには柳田国男が必要になり、紙幅を割いたことで焦点が合いにくくなってしまったか。日本の民俗学の系譜で、柳田の「弟子」の今和次郎の仕事を探るはずが、登場人物が多くてエピソード集みたいになってしまった感がある。多彩な人脈を書くことより、今和次郎の存在を今の時点で掘り下げて欲しかった気がする。人物群の中で黒岩忠篤(終戦時の農水大臣。映画「日本の一番長い日」では「昭和8年以来の凶作が見込まれ……」みたいな台詞を言う)の存在は興味深かったが。
読了日:2月6日 著者:畑中章宏
日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)感想
この風景はどう出来上がった? という疑問に今の時点での知見で解説した1冊。日本列島は花崗岩質で密度の低いユーラシアプレートに玄武岩質で密度の高い太平洋、フィリピン海プレートが沈み込む現象が続いているのは周知だが、気候変動で海水面の上下が起き、浸蝕や堆積が繰り返されたという視点を繋げたところが興味深い。まさか濃尾平野と近江盆地、京都盆地に大阪平野が繋がった動きであったとか、御前崎、潮岬、室戸岬、足摺岬の生成が関連があったとか。機序は頗る力学的なのだけど、組み合わせた時の面白さ。門外漢も楽しめる1冊でした。
読了日:2月3日 著者:山崎晴雄,久保純子

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2017年02月01日

★2017年1月に読んだ本。

2017年1月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:4097ページ
ナイス数:584ナイス

都市と暴動の民衆史 東京・1905-1923年都市と暴動の民衆史 東京・1905-1923年感想
日露戦争の講和後に起きた日比谷焼き討ち事件、1918年の米騒動、普選運動の時の暴動、そして1923年の関東大震災後の朝鮮人虐殺。農村から都市に流入した人、生活水準の差から生まれた「疎外感、劣等感」の産物と読み解く。さらに性差の意識の影が差す。「飲む打つ買う」が「男らしさ」の証とされた時代。生活水準の上昇かなう見込みない、抜き差しならぬ状況に置かれて、自分よりも立場の弱い者への暴力という形で発露した事実を史資料から読み解く。空気は「大衆迎合」という形で続いた。さらにこの構造は今も再現していないか。考える。
読了日:1月30日 著者:藤野裕子
浄土真宗とは何か - 親鸞の教えとその系譜 (中公新書)浄土真宗とは何か - 親鸞の教えとその系譜 (中公新書)感想
親鸞というと絶対他力。だが自筆の筆跡を見るに実に神経質な人の印象。仏教の験力が信じられていた時代に生きた人であり、衆生済度のために三部経千遍読誦をしたことを思い返して曰く「まはさてあらん」と振り返る。何があっても往生という教えを説く一方で自力を頼む自分も居た訳で、その揺れが興味深い。寧ろその後裔が何を齎したのか、神祇不拝の原則とか、善鸞の存在とか。一神教に近い考え方とか。宗祖、聖人と仰がれる存在である以前に1人の人間として、あるいは宗教者として見直すという姿勢は今に生きる読者には納得がいくものだろう。
読了日:1月26日 著者:小山聡子
<軍>の中国史 (講談社現代新書)<軍>の中国史 (講談社現代新書)感想
本書は「中国は法治ではなく人治の歴史」という前提と「故に中国共産党軍は共産党(正確には毛沢東、今なら習近平)の私軍である」という結論に至るのが骨子。残念ながら論証になっていない。清末までの記述は文献の矧ぎ寄せ。岩波新書の「李鴻章・袁世凱・孫文」の記述に及ばず、軍事力の苛烈さは中公新書の「中国革命を駆け抜けたアウトローたち」の方が躍動感がある。軍閥の長の抗争を跡づけしているだけの感がある。筆者の熱意は買うが新書という寸法、「帯に短し」状態というか。もっと題材を絞って点綴した方がこの分量には見合ったと思う。
読了日:1月25日 著者:澁谷由里
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)感想
興味深かった2点。1)「正統性」。選挙を通じて民意を反映することで担保される概念が成立しえてないことがEUという枠組みの危うさを招く。軍事はNATOに、以外はEUにという流れの中で、独の強大化を抑えようとした仏。局面的には正しくても、戦略的に如何だったのか。選挙という概念は国民国家単位にしか機能しない現実の前に。2)「富の再分配」。富める国の負担を他の国に分配するという機能。円滑に進んでいるのだろうか。日本国内に当てはめても「都市対地方」という構図が顕在化している中、EUには建前論では済まない世界が残る。
読了日:1月23日 著者:遠藤乾
戦国大名 (1960年) (塙選書〈第9〉)戦国大名 (1960年) (塙選書〈第9〉)感想
本書は黒田基樹の同題(平凡社新書)に先行書の記載ありて手を伸ばす。1960年刊。筆者は1904年生。中世史畑を一筋に歩んだ。組版や文章の進め方に時代の差を感じるものの、検索が簡単でなかった時代によくぞここまで様々な史料を頭に入れて、丹念に抽出し、書き上げたと思う。前半は戦国大名諸家の総論。後半は生活や産業、交通全般に及ぶ。細かく出典とした史料の名を引きつつ。江戸時代の随筆や博物学の文化と西欧史学の融合を目指したような1冊。多岐に渉りながら今も役に立つ部分が残るのはすごい。史料編纂の余技というにはすごい。
読了日:1月21日 著者:奥野高広
天に遊ぶ (新潮文庫)天に遊ぶ (新潮文庫)感想
原稿用紙10枚、軛を自らに課しつつ、書かれた掌編はどこまでもいとおしい。私小説は好きではないが、吉村が描く世界はきれいに私小説のそれとは違う世界を描きだす。筆者の他の作品を読んでいれば、思い当たる節も多いエピソードをここまで別世界の出来事のように換骨奪胎してしまう世界に驚きすら覚える。だって原稿用紙10枚、書ける世界は限られる。でもこの切れ味の良さ、首が飛んでもそのまま笑顔になりそうな、切れ味の良さ。元々は週刊新潮の連載だったという。こういう小説が存在しうる時代の犀利さを思う。身近な小説にはない切れ味。
読了日:1月19日 著者:吉村昭
密着 最高裁のしごと――野暮で真摯な事件簿 (岩波新書)密着 最高裁のしごと――野暮で真摯な事件簿 (岩波新書)感想
正確には「最高裁・裁判部門のしごと」という書名になろうか。1、2審が事実関係の審査であり、最高裁は法律に照らして齟齬がないかを確認する組織であること、少数意見も公表されること等々。日頃身近に感じることが少ない組織だけに、筆者の筆致は丁寧で平易。司法記者愛を感じる。ただ一方には司法事務部門があり、人事局が広く下級裁判所を掌握している存在。本書では調査官の話がチラと出てくるが……。それと「霞ヶ関の奇岩城」の異名に違わず、「権力の館」(御厨貴)で各裁判官の事務室の独立性が極端に高いと紹介していたのを思い出す。
読了日:1月18日 著者:川名壮志
戦国大名 (1978年) (教育社歴史新書―日本史〈55〉)戦国大名 (1978年) (教育社歴史新書―日本史〈55〉)感想
本書は1978年刊。同名の黒田基樹の1冊(平凡社新書)で取り上げていたので手を伸ばした。今となっては考古学的な知見が広がったり、新史料が出てきたりと、研究が進歩していることが改めて感じるような内容。後北条家の成立や斎藤道三の出自、長篠の合戦の有様等々。ただそんな点を割り引いても、当時の研究水準で軍事、政治、行政、文化、商業などあらゆる分野について、糸口を付けていくような書きぶりには頭が下がる。戦国時代の史料はなかなかに残っていない。一部の例を敷衍する危うさはあるにせよ、新書の判型でよく纏まっている。好著。
読了日:1月15日 著者:小和田哲男
数学する身体数学する身体感想
中・高校の恩師に卒業した後、蒙を啓かれたことがある。「世の中、物理と数学だ」と。現象の解析を積み重ねる帰納的な方法と仮説を元に演繹的に考える方法と。ものの考え方の手段として数学は有効、と教えられた点だ。本書は数学とは、という問いかけの果てを考える1冊。一人に抽象化を推し進めたチューリングを挙げ、一人に数学が生まれる瞬間を考えた岡潔を描く。「数学は零から」と考えるか、「零までが大切」と見るか。筆者は「ない」世界から「ある」世界への変転に心惹かれるのだろう。その変化をどう生み出すのかを考えるのが数学なのか。
読了日:1月13日 著者:森田真生
クー・クラックス・クラン: 白人至上主義結社KKKの正体 (平凡社新書)クー・クラックス・クラン: 白人至上主義結社KKKの正体 (平凡社新書)感想
白い三角頭巾に松明、燃え盛る十字架−−KKKへの先入観を改める1冊。運動の時期により、1期は南北戦争当時の南部諸州での体制維持が主眼、2期目は増える新移民への排斥主義と表裏のWASPに代表される白人至上主義が、3期目は公民権運動への対立命題として。「文化的定義」のエスニック集団か、「身体的基準」の人種か。さらに人(集団)という存在を「構造主義」的に見るか「本質主義」的に見るか。空想の産物ともいえる共通の敵を想定するときに、後者に傾く傾向が顕著になった事例なのだろう。この動きは米国内に限るものではない、と。
読了日:1月12日 著者:浜本隆三
ニセチャイナ―中国傀儡政権 満洲・蒙疆・冀東・臨時・維新・南京 (20世紀中国政権総覧)ニセチャイナ―中国傀儡政権 満洲・蒙疆・冀東・臨時・維新・南京 (20世紀中国政権総覧)感想
表装は禍々しいゲーム攻略本のようだが中身は真っ当。満洲事変から内蒙古、華北、華中と日本軍が仕立てた傀儡政権(対日協力政権)の記伝。占領地の維持を目指して「自治政府」を作っては崩壊していく。日本側についた人物も日本軍の利害関係者、権力欲を持っていて一筋縄ではない。一方、財源が阿片と関税。紙幣も英ポンドとリンクする法幣と、日銀券、朝鮮銀行券とのリンク頼みの満州中央銀行券、中央儲備銀行券、中国聯合準備銀行券、蒙疆銀行券、華興商業銀行券+軍票では民政も安定する筈もなく、砂上の楼閣建設を繰り返した当時の愚が分かる。
読了日:1月10日 著者:広中一成
「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年 (中公新書)「大日本帝国」崩壊―東アジアの1945年 (中公新書)感想
1945年8月15日は日本では終戦記念日。だが朝鮮、台湾、中国本土、南方、樺太、千島は同じ時期に別の事態が進展した。不可侵条約を破ってソ連軍が南下した北方では後のシベリア抑留や居留民の放置が起こり、朝鮮では南北分割の基礎が固まった。台湾も本省人と外省人の対立は残った。日本は国として戦争終結がやっとで、民間人の保護と統治の引き継ぎすら満足にできなかった。政府の責任や大である。当時、大東亜省は「居留民はできうる限り定着の方針を執る」との指示しかなかったと言う。統治者の責任放棄に近く、戦後の禍根を残した日々だ。
読了日:1月4日 著者:加藤聖文
SMAPと平成 (朝日新書)SMAPと平成 (朝日新書)感想
筆者には「歌舞伎 家と血と藝」という秀逸な1冊がある。梨園を愛憎、欲望、虚実入り乱れて描いたその本の印象があり、期待を持ってSMAP本2冊目と選んだものの、正直のところ期待外れだった。平成という時代区分(が一般化するかどうか分からないけど)、今上天皇、歴代内閣、世上の出来事をSMAPというグループの動向と繋ぎ合わせることで時代の空気感を描こうという意図なのだけど、結構、牽強付会のような気もして、総体にまとまりに欠ける。話の重心はグループとして世に出て第一人者になっていくまでに重心がある。話が流れ過ぎる。
読了日:1月3日 著者:中川右介
日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)感想
1941年の日米開戦に至る官僚(近衛文麿を除けば大臣も官僚の一種)の動向を跡付けした1冊。意思決定というより、筆者の言う「非(避)決定」と「両論併記」、自己矛盾の繰り返しの記録である。資源を目指して南方に進出しても輸送手段が不如意、工業生産の目算もなく、先方の意向すら牽強付会。この論法は満州事変、日中戦争を通じて現場専行を周囲が追認する構図と相似である。明治憲法下で天皇は無答責の存在で、建前論と御都合主義を制止する権能がどこにもないという制度上の欠陥はあるにせよ。今でもこの行動様式への危惧が拭い切れない。
読了日:1月2日 著者:森山優
軍艦と装甲―主力艦の戦いに見る装甲の本質とは (光人社NF文庫)軍艦と装甲―主力艦の戦いに見る装甲の本質とは (光人社NF文庫)感想
「攻めるも守るも鐵の」という存在の軍艦。砲弾の威力と防禦の装甲は矛と盾。本書は木造帆船の時代、船首の衝角で体当たりという戦法の頃から40サンチ砲を備えたビッグ7の登場とワシントン条約で海軍の休日に入るまでの試行と結果を淡々と綴っていく。装甲鈑の質的な改良がある一方、砲撃や水中攻撃の進化で耐えられても人的被害が防げなくなる。1dの砲弾が音速の2倍で命中する世界は戦艦を巨大化させ、建艦費の高額化を招き、時代の遺物化を進めることになる。理詰めの書きぶりで納得。なぜ日本がこの妄想から抜け出せなかったか。不思議だ。
読了日:1月1日 著者:新見志郎
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読書メーター
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2017年01月01日

☆2016年12月に読んだ本。

2016年12月の読書メーター
読んだ本の数:20冊
読んだページ数:5587ページ
ナイス数:641ナイス

近代はやり唄集 (岩波文庫)近代はやり唄集 (岩波文庫)感想
不思議な本です。別に歌ったことがあるわけではないけど、どこか知っている。記憶の奥底にあるのかもしれません(といっても世代的な隔絶はあるのを承知、ですが)。要は口伝え、実演で広まっていった唄です。自由民権運動の場面で、映画、演歌師、寄席、宴席。部立てがなかなかに巧いので、ひとかたまりで摑むのにはいい1冊です。方言があり、歌唱力がなかった日本人が唄を、歌を歌うという力を身につけてきた歴史の一部を綴った1冊とも言えるのかもしれません。パイノパイノパイとか、春はうれしや、とか、ダンチョネ節とか。
読了日:12月31日 著者:
勝負の極意 (幻冬舎アウトロー文庫)勝負の極意 (幻冬舎アウトロー文庫)感想
初期の作品ゆえ、今のねっとりした書きぶりではないが、「蒼穹の昴」が世に送り出されるまでの世過ぎ見過ぎを綴った1冊。前半は特に生業の傍らで、作家になるという一念で書くことを続けてきた執念。努力は凡才を天才にするとはいえ、本当に大した物だと改めて思う。競馬の方は余り親しくないので佳く分からない。でも随筆を頼まれて、最初は自衛隊のことを書き、次に自身の来し方を書き、本篇を書く機会を待ったという。日々6時間の執筆を続けるとは。畳のあちこちに座り込んでいたことで出来た窪みができていたという逸話がこの方らしく思えた。
読了日:12月31日 著者:浅田次郎
横浜港の七不思議―象の鼻・大桟橋・新港埠頭 (有隣新書 (65))横浜港の七不思議―象の鼻・大桟橋・新港埠頭 (有隣新書 (65))感想
日本の都市としては横浜は特異な街だ。貿易港が寒村に出来たことで一気に変貌した。砂浜だったところに港を造るのだから大変。石詰みの岸壁がやっとだった時代。今の大桟橋は、米に支払った下関戦争の賠償金がこの頃、返還されることで財源を確保できた訳で、鉄製の桟橋ができたのは知らなかった。「我が日の本は島国よ」の横浜市歌も、東京音楽学校の斡旋宜しきを得ての誕生とか、この街の成立には多くの僥倖があったのが知れる。精いっぱいのやりくりと、生糸輸出港での外貨獲得と。如何にもふるさとに矜恃という筆者の書きぶりが気になるが。
読了日:12月31日 著者:田中祥夫
日米開戦と情報戦 (講談社現代新書)日米開戦と情報戦 (講談社現代新書)感想
昨今「インテリジェンス」という言葉が独歩している。理解力、知性といった意味が本旨だが、情報や諜報という意味に重きを置いている感がある。暗号化情報でも自分が読めていれば相手も読んでいると考えるのが冷静な考えだろう。正確に把握できている保証もない。本書は"1次情報"と内向きの体面に振り回され、陸海軍、外務省、米英側と各々が予断を持ち、真意を摑みかねた揚げ句の失敗の来歴である。巻末に幣原喜重郎や米英駐日大使が公開情報と経験、人脈で適切な判断をした例を挙げる。今でも本当の意味で求められるインテリジェンス、である。
読了日:12月30日 著者:森山優
通州事件 日中戦争泥沼化への道 (星海社新書)通州事件 日中戦争泥沼化への道 (星海社新書)感想
北京郊外の通州で、日本の傀儡政権・冀東防共自治政府の守備隊が、駐屯していた日本軍や民間人を殺害したのが「通州事件」の骨子。華北分離工作の中で、冀東政府と国民党側の冀察政務委員会の対立、中国共産党の工作等の指摘、冀東密貿易や阿片の移動を黙認する体制など、本書は時代背景を完結にまとめている。シベリア出兵に際しての「尼港事件」同様、民間人が巻き込まれたことで、日本軍の統制下で対外宣伝工作の材料となったとの推論も示される。結論が明示されている訳ではないが、当時醸成されていた「抗日」の空気を十二分に理解できる1冊。
読了日:12月29日 著者:広中一成
最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常感想
行ってみたいけど実現していないことの一つに「藝祭」がある。東京藝大の学園祭。毎年9月、上野の山。音楽系、美術系混成の1年生8チームが作る神輿の見事さは写真で知れる。真剣に遊ぶ見事さの象徴に思えた。そんなギモンに答えてくれる1冊。筆致はルポの常道で、丹念に学生に話を聞き、紡いだ書きぶり。取材はこの何倍も重ねているのだろう。この学校の素顔を等身大で写す。「ニッポンの文化芸術を背負うのは、お前らじゃあァ」と言い切れる学長。読み終わってなおカオス。でも本当の姿を知ろうと思うのは「渾沌に目鼻を空ける」ようなものか。
読了日:12月28日 著者:二宮敦人
戦国大名: 政策・統治・戦争 (平凡社新書)戦国大名: 政策・統治・戦争 (平凡社新書)感想
自力救済の時代にあって、地域の単位である村・郡に注目し、戦国大名との関係を解析した1冊。支配構造、徴税、流通、軍役と話を進める。常に近隣との紛争が起こる中で、村という単位が果たした機能を説き起こし、下からの目線の像を描くことになる。史料が多く残る後北条氏が中心。今も残る「村」起源はこの時代にある。貫高制から石高制への移行だったり、大名同士の戦の契機となるのは周縁部の領域争いであったり。織豊時代、いや徳川殿の前期まで続く母型が見えるのが明解。中世と近世の境は軍事費を社会投資に回せる社会への変革だったのかも。
読了日:12月26日 著者:黒田基樹
ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点感想
WWUで二正面作戦を勝ち抜けたのは米だけである。外蒙古と満洲の国境(というか口伝の境界線)を巡って関東軍と赤軍が衝突したのがノモンハン事件。本書は拡張を続けるナチスと英仏、ソの均衡と野心収攬の結果が独ソ不可侵条約成立、西部戦線の一時的静穏であり、その裏の東部戦線ではノモンハン事件が起きたのではないか、と筆者は読み解く。スペイン内乱も絡んで、英仏が植民地支配する余力がなくなっていた時代状況を前段で説明、関東軍内の暴走は中段で、日ソ不可侵条約とソの動きは後段で展開。旧日本軍の夜郎自大ぶりには頭を抱えるばかり。
読了日:12月23日 著者:スチュアート・D・ゴールドマン
ゴルゴさんち 全1巻ゴルゴさんち 全1巻感想
昔、別冊ゴルゴ13に連載されていた掌編。ある時期から突然消えたように記憶していたので不思議に思っていたが、実は離婚していたんですね。ゴルゴ13の作者さいとうたかお氏の元夫人が描いたこの漫画。一家の日常を描くもので、どこか昭和の香りのする作品です。巻末に「当時の空気を懐かしみつつ大らかに楽しんでほしい」と後記をいれるほど。でも何か懐かしいような。「将棋の渡辺くん」に刺激されて思い出した本。2009年に単行本として刊行されているのは日本の漫画文化の懐の深さを感じるというか。夫婦に娘2人、そんな生活は今は昔?
読了日:12月21日 著者:セツコ山田
犯罪の大昭和史 戦前 (文春文庫 編 6-18)犯罪の大昭和史 戦前 (文春文庫 編 6-18)感想
本書は「犯罪の昭和史1・戦前」(作品社、1984年)の再編集、文庫化。旧版3冊本を読んでいるので再読になる。戦前の説教強盗や玉ノ井バラバラ事件、阿部定事件など巷間を騒がせた事例から、北原二等兵天皇直訴事件、九大生体解剖事件まで多岐に渉る。今となっては忘れかけた事件も多い。本書の面白いところは当事者が登場する例あり、当時の知識人が分析したものあり。一種のアンソロジーになっている点。週刊誌的な興味だけではない。今、読み返しても事案の骨格と裏面を窺うことができる仕立てになっているのは類書の及ばぬ点だ。好復刊。
読了日:12月21日 著者:
ジャニーズと日本 (講談社現代新書)ジャニーズと日本 (講談社現代新書)感想
騒動の中で改めて、と手にした1冊。戦中戦後を生き抜いたジャニー喜多川という人物が作り上げたこの世界。巷間言われる通り、闇市世代の体験と米西海岸で見たというショービジネスの感覚とが渾然一体となった世界は再現不可能だ。本書の焦点は前半の音楽的な系譜を辿った部分にある。自家薬籠中。後段になって、戦後史の系譜の話になると一寸如何か。確かにバブル後の「失われた10年」は一面的に見れば筆者の所説になるものの、本当は人口減少時代を迎えたところでの安定成長期に切り替えられる契機でもあった。筆者1983年生、まだ若書きか。
読了日:12月20日 著者:矢野利裕
将棋の渡辺くん(2) (ワイドKC 週刊少年マガジン)将棋の渡辺くん(2) (ワイドKC 週刊少年マガジン)感想
この漫画も2年に1冊くらいのペースで単行本が出ているらしい。間遠である。でも何か、プロ棋士という普通には想像しがたい生活ぶりを垣間見ることができて、おもしろい。大タイトル戦だと和服が多くて、順位戦だと背広、意外に大事なのが靴下などなど。中学生でプロ入りした渡辺明のどこか純粋無垢なところが、将棋という藝を支えている気がした。
読了日:12月17日 著者:
将棋の渡辺くん(1) (ワイドKC 週刊少年マガジン)将棋の渡辺くん(1) (ワイドKC 週刊少年マガジン)感想
キンドルで読了。かつて、ゴルゴ13の別冊に「ゴルゴさんち」(セツコ山田)を連想させる内容。棋士という方々はもちろん常識的な方々が多いとは聞くが、渡辺明氏は、なかなかに取捨選択の上手い生活をしているようだ。ぬいぐるみ好き、虫嫌い、考え抜く理論派……。テレビの画面でご尊顔を拝する程度ではあるけど、本当にこの人はすごいんだろうな、と思わせる何かが画面が伝わってくる。いい1冊です。
読了日:12月17日 著者:
1941 決意なき開戦: 現代日本の起源1941 決意なき開戦: 現代日本の起源感想
「ディマジオの奇跡」とか「山田風太郎の明治小説」を連想させる筆致。筆者の管見に入った資料を換骨奪胎して複数の視点、思惑の錯綜を1篇の物語に織り上げた。主役級は近衛文麿、松岡洋右、東条英機。授権法で突っ走った独、ファシスト党独裁をつくった伊とは違い、すべて法手続に基づいて日米開戦への道をひた走るのが怖ろしい。結局「十万の英霊、二十億の国帑」と同じ論理展開が進んでいく。本書は細部が命、長身の近衛、キャビアとウオッカで赤い松岡、生者より死者のメンツを重んじる能吏東条。確かにこの3人に焦点があっているのはいい。
読了日:12月15日 著者:堀田江理
一冊でつかむ日本中世史: 平安遷都から戦国乱世まで (平凡社新書)一冊でつかむ日本中世史: 平安遷都から戦国乱世まで (平凡社新書)感想
帯にある通り、「図版満載 一目瞭然」の部分に惹かれて読んだ。だが、内容は高校の教科書に毛が生えたかな、くらい。「1冊でつかむ」という書名の方に重点を見て選択か。物足りなさが残った。日本の中世という激動期(というか自力救済が徹底していた時代)を俯瞰するHow To本しては佳いのかもしれないけど、事実関係が最新の主流の意見とは異なるものがそのまま定説として掲載されている箇所が散見するし、重要な変化と思われる箇所が簡素な表現で止まっているし。手を伸ばすなら岩波新書の中世シリーズの方が可。模式図化は上手いが。
読了日:12月7日 著者:
修行と信仰――変わるからだ 変わるこころ (岩波現代全書)修行と信仰――変わるからだ 変わるこころ (岩波現代全書)感想
宗教者ルポ本。登場するのは密教、修験道、念仏、神道、カソリック等々。今の日本で「魅力がある」と筆者が考えた人々が登場する。修行の過程でトランス(変性意識状態)になった体験が語られる。最終章のカソリック・本田哲郎氏を除いては個人的には一寸肩透かしの感。というのは取材相手と自分の距離感、あるいは周囲の状況、筆者が基礎に置いている立ち位置がいま一つはっきりしないし、点綴していく手法が某かの結論を導き出せていないように思ったから。勿論、修行を否定しないし、入神、脱魂、恍惚……という境地があるのは重々分かるのだが。
読了日:12月6日 著者:藤田庄市
村上春樹はノーベル賞をとれるのか? (光文社新書)村上春樹はノーベル賞をとれるのか? (光文社新書)感想
往年の井上靖、当今の村上春樹。毎年、ノーベル文学賞候補として話題になる。本書は逆にノーベル文学賞とはどんな賞なのかを分析した1冊と言って佳い。1章は過去の日本作家、川端康成と大江健三郎のほかに、数多くの候補が浮かんでは消えしていたと跡づける。本書の眼目。三島由紀夫はこの栄誉を逃したことを二重に苦しんだのでは、との見立てだ。又、候補に挙がっていたという賀川豊彦や西脇順三郎が受賞していたら、というifを逆に考える。2章は過去の受賞者、非受賞者の分析(名の羅列が続く)、3章で世界文学としての村上春樹を記述する。
読了日:12月3日 著者:川村湊
電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ感想
「海軍めしたき物語」(1979年、高橋孟)という本を思い出しました。戦艦霧島に乗務した主計兵の回顧談です。乗り組んでいても炊事場の周囲の出来事しか見えない−−。筆者は博報堂出身の元広告マンで、業界としての客観性を積み上げようとするのですが、視線が広告代理店寄りになっている気がします。利益率が実はどれほど高いか分からないものを商うのは不思議な気がします。電通が得意としたテレビ中心の枠をすべて制御する営業方法はWeb広告が伸びている中で業態自体が変わらざるを得ないし変わっている時期に来たのを改めて感じました。
読了日:12月3日 著者:本間龍
原発プロパガンダ (岩波新書)原発プロパガンダ (岩波新書)感想
プロパガンダは揉み手笑顔で、或時は世間話の様に近寄る。原発関連広告を回顧する1冊。新聞、テレビ、ラジオに雑誌に出稿し、広告主の意図とは反する内容になれば引き揚げる手法で、飴と鞭を繰り返してきたと説く。歯切れのいい書きっぷりで一気に読了。さてどうなのだろうか。今までの電通、博報堂を中心にきた日本の広告界の体制は。して、今やWebの時代。となると、Googleなどのサイトに左右されることになるが、どこまで信頼できるのか……。いずれにせよ、広告代理店はいる。情報は自分の頭と目で精査せよ、ということなのだが。
読了日:12月1日 著者:本間龍
喪失の戦後史喪失の戦後史感想
帰納的日本社会の分析。自身が生まれ育った蒲田での日常生活を土台に、日本社会がどう変わってきたのかを読み解く。筆者は家族制度を権威主義的か自由主義か、兄弟関係が平等か不平等かをXY軸にして考えると、日本は権威主義的不平等から自由主義的不平等に移行したと分析する。つまり家族の崩壊です。契機をエンゲル係数を指標に食べること=生きることという時代からの変化に見ます。結果が人口動態調査に出た日本では有史以来の減少傾向。筆者のいうように不可逆的である以上、静的平衡を探すのが一番だと思います。見事に絵解きされた心境。
読了日:12月1日 著者:

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☆2016年に読んだ本。

2016年の読書メーター
読んだ本の数:208冊
読んだページ数:55686ページ
ナイス数:6915ナイス

近代はやり唄集 (岩波文庫)近代はやり唄集 (岩波文庫)感想
不思議な本です。別に歌ったことがあるわけではないけど、どこか知っている。記憶の奥底にあるのかもしれません(といっても世代的な隔絶はあるのを承知、ですが)。要は口伝え、実演で広まっていった唄です。自由民権運動の場面で、映画、演歌師、寄席、宴席。部立てがなかなかに巧いので、ひとかたまりで摑むのにはいい1冊です。方言があり、歌唱力がなかった日本人が唄を、歌を歌うという力を身につけてきた歴史の一部を綴った1冊とも言えるのかもしれません。パイノパイノパイとか、春はうれしや、とか、ダンチョネ節とか。
読了日:12月31日 著者:
勝負の極意 (幻冬舎アウトロー文庫)勝負の極意 (幻冬舎アウトロー文庫)感想
初期の作品ゆえ、今のねっとりした書きぶりではないが、「蒼穹の昴」が世に送り出されるまでの世過ぎ見過ぎを綴った1冊。前半は特に生業の傍らで、作家になるという一念で書くことを続けてきた執念。努力は凡才を天才にするとはいえ、本当に大した物だと改めて思う。競馬の方は余り親しくないので佳く分からない。でも随筆を頼まれて、最初は自衛隊のことを書き、次に自身の来し方を書き、本篇を書く機会を待ったという。日々6時間の執筆を続けるとは。畳のあちこちに座り込んでいたことで出来た窪みができていたという逸話がこの方らしく思えた。
読了日:12月31日 著者:浅田次郎
横浜港の七不思議―象の鼻・大桟橋・新港埠頭 (有隣新書 (65))横浜港の七不思議―象の鼻・大桟橋・新港埠頭 (有隣新書 (65))感想
日本の都市としては横浜は特異な街だ。貿易港が寒村に出来たことで一気に変貌した。砂浜だったところに港を造るのだから大変。石詰みの岸壁がやっとだった時代。今の大桟橋は、米に支払った下関戦争の賠償金がこの頃、返還されることで財源を確保できた訳で、鉄製の桟橋ができたのは知らなかった。「我が日の本は島国よ」の横浜市歌も、東京音楽学校の斡旋宜しきを得ての誕生とか、この街の成立には多くの僥倖があったのが知れる。精いっぱいのやりくりと、生糸輸出港での外貨獲得と。如何にもふるさとに矜恃という筆者の書きぶりが気になるが。
読了日:12月31日 著者:田中祥夫
日米開戦と情報戦 (講談社現代新書)日米開戦と情報戦 (講談社現代新書)感想
昨今「インテリジェンス」という言葉が独歩している。理解力、知性といった意味が本旨だが、情報や諜報という意味に重きを置いている感がある。暗号化情報でも自分が読めていれば相手も読んでいると考えるのが冷静な考えだろう。正確に把握できている保証もない。本書は"1次情報"と内向きの体面に振り回され、陸海軍、外務省、米英側と各々が予断を持ち、真意を摑みかねた揚げ句の失敗の来歴である。巻末に幣原喜重郎や米英駐日大使が公開情報と経験、人脈で適切な判断をした例を挙げる。今でも本当の意味で求められるインテリジェンス、である。
読了日:12月30日 著者:森山優
通州事件 日中戦争泥沼化への道 (星海社新書)通州事件 日中戦争泥沼化への道 (星海社新書)感想
北京郊外の通州で、日本の傀儡政権・冀東防共自治政府の守備隊が、駐屯していた日本軍や民間人を殺害したのが「通州事件」の骨子。華北分離工作の中で、冀東政府と国民党側の冀察政務委員会の対立、中国共産党の工作等の指摘、冀東密貿易や阿片の移動を黙認する体制など、本書は時代背景を完結にまとめている。シベリア出兵に際しての「尼港事件」同様、民間人が巻き込まれたことで、日本軍の統制下で対外宣伝工作の材料となったとの推論も示される。結論が明示されている訳ではないが、当時醸成されていた「抗日」の空気を十二分に理解できる1冊。
読了日:12月29日 著者:広中一成
最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常感想
行ってみたいけど実現していないことの一つに「藝祭」がある。東京藝大の学園祭。毎年9月、上野の山。音楽系、美術系混成の1年生8チームが作る神輿の見事さは写真で知れる。真剣に遊ぶ見事さの象徴に思えた。そんなギモンに答えてくれる1冊。筆致はルポの常道で、丹念に学生に話を聞き、紡いだ書きぶり。取材はこの何倍も重ねているのだろう。この学校の素顔を等身大で写す。「ニッポンの文化芸術を背負うのは、お前らじゃあァ」と言い切れる学長。読み終わってなおカオス。でも本当の姿を知ろうと思うのは「渾沌に目鼻を空ける」ようなものか。
読了日:12月28日 著者:二宮敦人
戦国大名: 政策・統治・戦争 (平凡社新書)戦国大名: 政策・統治・戦争 (平凡社新書)感想
自力救済の時代にあって、地域の単位である村・郡に注目し、戦国大名との関係を解析した1冊。支配構造、徴税、流通、軍役と話を進める。常に近隣との紛争が起こる中で、村という単位が果たした機能を説き起こし、下からの目線の像を描くことになる。史料が多く残る後北条氏が中心。今も残る「村」起源はこの時代にある。貫高制から石高制への移行だったり、大名同士の戦の契機となるのは周縁部の領域争いであったり。織豊時代、いや徳川殿の前期まで続く母型が見えるのが明解。中世と近世の境は軍事費を社会投資に回せる社会への変革だったのかも。
読了日:12月26日 著者:黒田基樹
ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点ノモンハン 1939――第二次世界大戦の知られざる始点感想
WWUで二正面作戦を勝ち抜けたのは米だけである。外蒙古と満洲の国境(というか口伝の境界線)を巡って関東軍と赤軍が衝突したのがノモンハン事件。本書は拡張を続けるナチスと英仏、ソの均衡と野心収攬の結果が独ソ不可侵条約成立、西部戦線の一時的静穏であり、その裏の東部戦線ではノモンハン事件が起きたのではないか、と筆者は読み解く。スペイン内乱も絡んで、英仏が植民地支配する余力がなくなっていた時代状況を前段で説明、関東軍内の暴走は中段で、日ソ不可侵条約とソの動きは後段で展開。旧日本軍の夜郎自大ぶりには頭を抱えるばかり。
読了日:12月23日 著者:スチュアート・D・ゴールドマン
ゴルゴさんち 全1巻ゴルゴさんち 全1巻感想
昔、別冊ゴルゴ13に連載されていた掌編。ある時期から突然消えたように記憶していたので不思議に思っていたが、実は離婚していたんですね。ゴルゴ13の作者さいとうたかお氏の元夫人が描いたこの漫画。一家の日常を描くもので、どこか昭和の香りのする作品です。巻末に「当時の空気を懐かしみつつ大らかに楽しんでほしい」と後記をいれるほど。でも何か懐かしいような。「将棋の渡辺くん」に刺激されて思い出した本。2009年に単行本として刊行されているのは日本の漫画文化の懐の深さを感じるというか。夫婦に娘2人、そんな生活は今は昔?
読了日:12月21日 著者:セツコ山田
犯罪の大昭和史 戦前 (文春文庫 編 6-18)犯罪の大昭和史 戦前 (文春文庫 編 6-18)感想
本書は「犯罪の昭和史1・戦前」(作品社、1984年)の再編集、文庫化。旧版3冊本を読んでいるので再読になる。戦前の説教強盗や玉ノ井バラバラ事件、阿部定事件など巷間を騒がせた事例から、北原二等兵天皇直訴事件、九大生体解剖事件まで多岐に渉る。今となっては忘れかけた事件も多い。本書の面白いところは当事者が登場する例あり、当時の知識人が分析したものあり。一種のアンソロジーになっている点。週刊誌的な興味だけではない。今、読み返しても事案の骨格と裏面を窺うことができる仕立てになっているのは類書の及ばぬ点だ。好復刊。
読了日:12月21日 著者:
ジャニーズと日本 (講談社現代新書)ジャニーズと日本 (講談社現代新書)感想
騒動の中で改めて、と手にした1冊。戦中戦後を生き抜いたジャニー喜多川という人物が作り上げたこの世界。巷間言われる通り、闇市世代の体験と米西海岸で見たというショービジネスの感覚とが渾然一体となった世界は再現不可能だ。本書の焦点は前半の音楽的な系譜を辿った部分にある。自家薬籠中。後段になって、戦後史の系譜の話になると一寸如何か。確かにバブル後の「失われた10年」は一面的に見れば筆者の所説になるものの、本当は人口減少時代を迎えたところでの安定成長期に切り替えられる契機でもあった。筆者1983年生、まだ若書きか。
読了日:12月20日 著者:矢野利裕
将棋の渡辺くん(2) (ワイドKC 週刊少年マガジン)将棋の渡辺くん(2) (ワイドKC 週刊少年マガジン)感想
この漫画も2年に1冊くらいのペースで単行本が出ているらしい。間遠である。でも何か、プロ棋士という普通には想像しがたい生活ぶりを垣間見ることができて、おもしろい。大タイトル戦だと和服が多くて、順位戦だと背広、意外に大事なのが靴下などなど。中学生でプロ入りした渡辺明のどこか純粋無垢なところが、将棋という藝を支えている気がした。
読了日:12月17日 著者:
将棋の渡辺くん(1) (ワイドKC 週刊少年マガジン)将棋の渡辺くん(1) (ワイドKC 週刊少年マガジン)感想
キンドルで読了。かつて、ゴルゴ13の別冊に「ゴルゴさんち」(セツコ山田)を連想させる内容。棋士という方々はもちろん常識的な方々が多いとは聞くが、渡辺明氏は、なかなかに取捨選択の上手い生活をしているようだ。ぬいぐるみ好き、虫嫌い、考え抜く理論派……。テレビの画面でご尊顔を拝する程度ではあるけど、本当にこの人はすごいんだろうな、と思わせる何かが画面が伝わってくる。いい1冊です。
読了日:12月17日 著者:
1941 決意なき開戦: 現代日本の起源1941 決意なき開戦: 現代日本の起源感想
「ディマジオの奇跡」とか「山田風太郎の明治小説」を連想させる筆致。筆者の管見に入った資料を換骨奪胎して複数の視点、思惑の錯綜を1篇の物語に織り上げた。主役級は近衛文麿、松岡洋右、東条英機。授権法で突っ走った独、ファシスト党独裁をつくった伊とは違い、すべて法手続に基づいて日米開戦への道をひた走るのが怖ろしい。結局「十万の英霊、二十億の国帑」と同じ論理展開が進んでいく。本書は細部が命、長身の近衛、キャビアとウオッカで赤い松岡、生者より死者のメンツを重んじる能吏東条。確かにこの3人に焦点があっているのはいい。
読了日:12月15日 著者:堀田江理
一冊でつかむ日本中世史: 平安遷都から戦国乱世まで (平凡社新書)一冊でつかむ日本中世史: 平安遷都から戦国乱世まで (平凡社新書)感想
帯にある通り、「図版満載 一目瞭然」の部分に惹かれて読んだ。だが、内容は高校の教科書に毛が生えたかな、くらい。「1冊でつかむ」という書名の方に重点を見て選択か。物足りなさが残った。日本の中世という激動期(というか自力救済が徹底していた時代)を俯瞰するHow To本しては佳いのかもしれないけど、事実関係が最新の主流の意見とは異なるものがそのまま定説として掲載されている箇所が散見するし、重要な変化と思われる箇所が簡素な表現で止まっているし。手を伸ばすなら岩波新書の中世シリーズの方が可。模式図化は上手いが。
読了日:12月7日 著者:
修行と信仰――変わるからだ 変わるこころ (岩波現代全書)修行と信仰――変わるからだ 変わるこころ (岩波現代全書)感想
宗教者ルポ本。登場するのは密教、修験道、念仏、神道、カソリック等々。今の日本で「魅力がある」と筆者が考えた人々が登場する。修行の過程でトランス(変性意識状態)になった体験が語られる。最終章のカソリック・本田哲郎氏を除いては個人的には一寸肩透かしの感。というのは取材相手と自分の距離感、あるいは周囲の状況、筆者が基礎に置いている立ち位置がいま一つはっきりしないし、点綴していく手法が某かの結論を導き出せていないように思ったから。勿論、修行を否定しないし、入神、脱魂、恍惚……という境地があるのは重々分かるのだが。
読了日:12月6日 著者:藤田庄市
村上春樹はノーベル賞をとれるのか? (光文社新書)村上春樹はノーベル賞をとれるのか? (光文社新書)感想
往年の井上靖、当今の村上春樹。毎年、ノーベル文学賞候補として話題になる。本書は逆にノーベル文学賞とはどんな賞なのかを分析した1冊と言って佳い。1章は過去の日本作家、川端康成と大江健三郎のほかに、数多くの候補が浮かんでは消えしていたと跡づける。本書の眼目。三島由紀夫はこの栄誉を逃したことを二重に苦しんだのでは、との見立てだ。又、候補に挙がっていたという賀川豊彦や西脇順三郎が受賞していたら、というifを逆に考える。2章は過去の受賞者、非受賞者の分析(名の羅列が続く)、3章で世界文学としての村上春樹を記述する。
読了日:12月3日 著者:川村湊
電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ感想
「海軍めしたき物語」(1979年、高橋孟)という本を思い出しました。戦艦霧島に乗務した主計兵の回顧談です。乗り組んでいても炊事場の周囲の出来事しか見えない−−。筆者は博報堂出身の元広告マンで、業界としての客観性を積み上げようとするのですが、視線が広告代理店寄りになっている気がします。利益率が実はどれほど高いか分からないものを商うのは不思議な気がします。電通が得意としたテレビ中心の枠をすべて制御する営業方法はWeb広告が伸びている中で業態自体が変わらざるを得ないし変わっている時期に来たのを改めて感じました。
読了日:12月3日 著者:本間龍
原発プロパガンダ (岩波新書)原発プロパガンダ (岩波新書)感想
プロパガンダは揉み手笑顔で、或時は世間話の様に近寄る。原発関連広告を回顧する1冊。新聞、テレビ、ラジオに雑誌に出稿し、広告主の意図とは反する内容になれば引き揚げる手法で、飴と鞭を繰り返してきたと説く。歯切れのいい書きっぷりで一気に読了。さてどうなのだろうか。今までの電通、博報堂を中心にきた日本の広告界の体制は。して、今やWebの時代。となると、Googleなどのサイトに左右されることになるが、どこまで信頼できるのか……。いずれにせよ、広告代理店はいる。情報は自分の頭と目で精査せよ、ということなのだが。
読了日:12月1日 著者:本間龍
喪失の戦後史喪失の戦後史感想
帰納的日本社会の分析。自身が生まれ育った蒲田での日常生活を土台に、日本社会がどう変わってきたのかを読み解く。筆者は家族制度を権威主義的か自由主義か、兄弟関係が平等か不平等かをXY軸にして考えると、日本は権威主義的不平等から自由主義的不平等に移行したと分析する。つまり家族の崩壊です。契機をエンゲル係数を指標に食べること=生きることという時代からの変化に見ます。結果が人口動態調査に出た日本では有史以来の減少傾向。筆者のいうように不可逆的である以上、静的平衡を探すのが一番だと思います。見事に絵解きされた心境。
読了日:12月1日 著者:
SNS時代の写真ルールとマナー (朝日新書)SNS時代の写真ルールとマナー (朝日新書)感想
銀塩カメラからデジカメへ。メディアが変わり、愛好家は増えた。さらに今は携帯端末、Webの時代。写真や動画を撮るのは簡単になった。でもマナーは逆に問い直されている。撮影した人間にある著作権と、被写体の側の肖像権、プライバシーの保護など。日常的に写真を撮っていて、アマチュアカメラマンの傍若無人ぶりに愕然とする一方で、自身の撮影でも改めて法的な側面、公正性の確保の大事さを考える内容。冒頭から8章まではQ&A形式ながら、要点は末尾の2章。手短に読むならここを先に。ぜひ写真教室でもこの本、教材にして欲しい。
読了日:11月30日 著者:
たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)感想
「プロパガンダ」というと声高なものというイメージが先に立つ。北朝鮮のアナウンサーのように。でも本当に怖いのは耳元で囁くような話だ。手もみしながら笑顔で近付いてくる者だ。戦前の日本では宝塚歌劇が、浪曲が、琵琶が。あらゆる娯楽に紛れ込ませてあった訳で、旧ソ連、ナチス、中国、IS、そして聖林を擁する米国。かつてのオウムもそう。実は今の日本でも百田尚樹の「永遠の0」であったり、荒巻義雄の仮想戦記「紺碧の艦隊」であったり。いつかそういう価値観が身近になっていく部分はないか。筆者はその危惧を指摘する。さも、と思う。
読了日:11月27日 著者:辻田真佐憲
中東鉄道経営史 -ロシアと「満洲」 1896-1935-中東鉄道経営史 -ロシアと「満洲」 1896-1935-感想
筆者の著作の脊梁となった1冊。帝政ロシアが露仏銀行を元に敷設した中東鉄道(満州里〜ハルビン〜綏芬河、ハルビン〜大連)は植民地化会社であった。ただ物資の消費先の開発というより、大豆などの穀物を露側に輸出する道になったこと、日本、清(後に中華民国)との勢力争いの中で、投資額に対して利が生まれない形だったことを浩瀚な資料から分析する。他国に鉄道を通して利権を生もうというのは如何にも帝国主義的な手法だが、無理筋であることを示す。ただ日露の交渉でここでも相手は一枚上手、武力の背景なしに進んだことがない歴史が見える。
読了日:11月24日 著者:麻田雅文
元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)感想
英国型立憲君主制を目指し、天皇機関説を奉じながら、安定した実務のために生まれた元老制度。議会や官僚、藩閥が補完できない部分を調整していく。大久保利通〜伊藤博文〜山県有朋〜西園寺公望と流れを追い掛けた1冊。少人数で清貧だったことが当初は「黒幕会議」と呼ばれた仕掛けを「元老」という名に変えていったのは興味深い。ただ昭和史でも出てくる天皇への「内奏」、宮内省や宮中の支配という点。元老の匙加減が一歩間違うと軍部が振るった帷幄奏上権となる歴史もある。時代と共に、単なる安全弁としての機能に限定されていく気がする。
読了日:11月21日 著者:伊藤之雄
巨大地震の科学と防災 (朝日選書)巨大地震の科学と防災 (朝日選書)感想
著者の人柄+座談を編集構成した2人の力量=好著、の1冊ですね。地震の波形の解析を重ねることで、地震の姿を明らかにすることを自身の仕事にした科学者の最新地震学です。「分かっていることと分からないこと」を明確にし、何のための研究かを示す。「地震職人」を自称する筆者の姿勢に好感が持てます。加えて学術的な内容も平易。マグニチュードって何、地震波、地震の予測は、といった話が続きます。しかも筆者の考えてきた順に話が展開するので読みやすい。末尾の「あとがきにかえて」まで本当に読ませる1冊になっています。お勧めの1冊。
読了日:11月19日 著者:金森博雄(著),瀬川茂子/林能成(構成)
断片的なものの社会学断片的なものの社会学感想
聞き取り調査の手法を元に沖縄や在日を手がかりに今を描くのが生業の筆者。その聞き取りの合間に、理屈の付けようがなく、付ける気もない断片的な話が残る。それを整序して取り合わせた1冊。「私たちは生まれつきだれも孤独だ」という筆者、自分の場所から出ていく人に惹かれ、帰る人に惹かれ。独りでいることが好きだけど接触することは好まない。二律背反ながら、よく分かる感覚ではある。筆者は言う。「どこかに移動しなくても出口を見付けることができる。外に向かって開いている窓がある。私の場合は本だった」と。オチがないのがオチの1冊。
読了日:11月16日 著者:岸政彦
人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長 (中公新書)人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長 (中公新書)感想
富の源は人口だった時代から、技術革新がもたらしたものは今日の富が富を生む時代である。となれば人間が不要になる。となると人口が減少する。確かに人口が減少すること自体は悪ではない。個々人の単位を見れば所得が向上するかに見えるからだ。筆者は高度成長期は個人が貯蓄し、企業が投資をする構図だったが、今は企業が内部留保をする時代になったと見立てる。となれば、富が富を生む時代に、内部留保は咎め立てできない。加えて人口が減少することによって、人間の営みが変容せざるを得ない。人口の偏在は確実に地域を変えているのだから。
読了日:11月12日 著者:吉川洋
読書と日本人 (岩波新書)読書と日本人 (岩波新書)感想
こうやって本を読んでいる。何故だろう。筆者は日本での本と読み手の関係を分析する。筆致は随筆風。写本から版本、活字本、電子書籍と本の形態が変わる。黙読か音読か、識字率と読書の習慣の定着、照明の変化、書斎(個室)の成立、図書館の存在、用紙の需給等々、種々の断面で分析する。結句、読書も大量生産大量消費の20世紀に変貌したことを読み解く。本の内容の硬軟、年代による本への感覚の変遷の指摘も興味深い。個人的には「多読で博識な人(ex丸谷才一)」を手本にして、どこかで憧れて育ったことが今も影を落としているのかも……。
読了日:11月10日 著者:津野海太郎
桂太郎 - 外に帝国主義、内に立憲主義 (中公新書)桂太郎 - 外に帝国主義、内に立憲主義 (中公新書)感想
大正政変と第1次護憲運動の中の登場人物としてだけの認識は改めなくてはなるまい。長州藩上士の出、陸軍内で山県有朋の下、長州閥の一員として出世。1901年に1次内閣で総理に就任すると日英同盟の締結、日露戦争の指導とで約5年半、国政を切り盛りし、2次内閣では日露協約、日韓併合。で、根底に緊縮財政主義があったのは意外。伊藤博文、山県ら元老第1世代を「あしらう」術を披露したのはこの人であった。「外に帝国主義、内に立憲主義」とは徳富蘇峰の評。後者はとまれ、大正期の政治への繋ぎ役として欠かせぬ人物であるのは間違いない。
読了日:11月9日 著者:千葉功
寺社勢力―もう一つの中世社会 (岩波新書 黄版 117)寺社勢力―もう一つの中世社会 (岩波新書 黄版 117)感想
筆者は日本中世史で画期的とされた権門体制論の提唱者。公家と武家という二項対立から脱し、寺社という宗教勢力を権門の一角としてみることで社会体制を見直した。本書は宗教権力について平安期に遡る勃興期から事実上の終焉を迎える織豊時代まで通観した1冊。目配りが行き届いていて、抑えた筆致で書き進む。顕密体制のありよう、今となっては意識しにくい兼学が当たり前だった時代の姿、中で起こった浄土教の動きと抑えていく。ただ民衆に近い部分(周縁部なのかもしれないが)の動きがもう少し欲しいところ。中世を考える上で押さえたい1冊。
読了日:11月7日 著者:黒田俊雄
江戸名所図屏風を読む (角川選書)江戸名所図屏風を読む (角川選書)感想
出光美術館所蔵で出自由来が不明なこの屏風。筆の謎解きシリーズの1点の俎上に上がった。注目したのは江戸湊の繁華。徳川殿の水軍を管掌した向井将監の一門に目をつける。猿若町の賑わいが描かれていることからこの絵の注文主として一門の傍流を歩んだ五郎左右衛門正俊なる人物を挙げるに至る。絵画は作者の創意ではなく注文主の裁量で描かれる時代だったことを思い出す。ただ、本シリーズの豊国祭屏風2本、舟木本洛中洛外図屏風、神護寺の三像(頼朝、重盛など)の分析に比べて、一般読者の興味をつなぎきれるかな。研究とはそういうものだけど。
読了日:11月5日 著者:黒田日出男
戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)感想
本書の大半が原爆の出現以前の事象に割かれている。歴史を綴ろうという意識のゆえか。然し最早牧歌的な戦闘は起こりえない(という建前に)のであるから無駄だ。本当に紙幅を割くべきなのはナポレオンでもクラウゼビッツでもマハンでもない。国対国ではなく国と非対称的な戦闘行為である。原爆の出現以降、対する相手はゲリラでしかない。「参った」がない暴力行為になる。人類は確かに戦闘行為と共に歩んできた。だが19世紀までの戦闘行為と20世紀に入ってからのものとは峻別されなければならない。その区別を見極める視点、示唆がかけた1冊。
読了日:11月3日 著者:橋爪大三郎
神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)感想
日本会議の一件にも繋がる、単純化した国家観、宗教観の淵源は実はこの神仏分離、廃仏毀釈にある気がする。平田国学や水戸学の面々が力づくで進めようとした奇矯な形の神道の横行は、日本中の村々に続いてきた信仰、社会を歪めた。爾来約150年。度会、荒木田の両家が支えてきた伊勢信仰を始め、修験道系の山岳信仰や本書には出てこないが時衆の存在などを抹殺した。神職は國學院、皇學館の2機関に今も管理されている。一方、仏教側も寺領上知の前に、独自の資金力で踏ん張れたのは本願寺系のみ。今に続く歪んだ伝統の第1歩というべきか。
読了日:11月3日 著者:安丸良夫
弘法大師空海と出会う (岩波新書)弘法大師空海と出会う (岩波新書)感想
筆者は四国霊場28番の住職。新書1冊のサイズで、空海の生涯、遺跡、大師の姿と唐から招来した美術、著作と網羅することを目指した1冊。空海の実像に近い部分を提示する試みだ。ただ、初学を相手に網羅しようとすると、駆け足になる。読者の需要は、2章の遺跡の部分を生かした1冊にした方が良かったかも。最近読んだ手法では高村薫の「空海」が説く鎮護国家の宗教家、日本総菩提所の祖霊信仰の象徴、そして大師個人への信仰の三点倒立が気になる。。四国遍路する人はたぶん、札所よりも札所を繋ぐ路次、小径で大師と出会うのではないだろうか。
読了日:11月2日 著者:川崎一洋
兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)感想
筆者の訃報に接して再読。吉川弘文館で「地域の中の軍隊」というシリーズ本9冊が昨年までに出ているけど、この1冊は筆者自身が当事者、1兵卒の視点で見て、聞いたことを書いているのが強み。新兵の教育から慰安所の話まで、俸給、上下関係や考え方まで筆は及ぶ。巻末の解説で保阪正康が「軍隊経験を持たない人にとっての必読書」といい、初年兵教育の冊子「内務の躾」から「国民が国家の要求に服従すること、とりもなほさず、国民自身の精神生活に満足を與ふる」と言いつつ、「人間の扱いを綴ることで国家の欺瞞を示している」との評が重い。
読了日:11月1日 著者:伊藤桂一
住友銀行秘史住友銀行秘史感想
1991年のイトマン事件をメーンバンクの側から描いた1冊。その多くには住友銀行内部の権力闘争がある。筆者は行内で大蔵省担当(MOF担)を務めた人物。MOF担といえばノーパンしゃぶしゃぶ程度しか連想できない頭には、荷が勝った1冊だった。登場してくる人物に誰ひとりとしてカタルシスがない(ま、必要ないのだけど)。内部告発者としての仮面を脱いだという1点に意味のある1冊だから。とまれ、大変な業界ではあるな、と。この後、山一証券の破綻が97年、拓銀の破綻、大蔵省接待汚職事件が98年。封じ込まれた物は大きかったのか。
読了日:11月1日 著者:國重惇史
鉄道ミステリーの系譜 (交通新聞社新書)鉄道ミステリーの系譜 (交通新聞社新書)感想
鉄道ミステリーの系譜を書くとなると、全部を書けばネタバレになる。だから以て廻った書きぶりになってしまう。筆者が情熱を傾ければ傾けるほどに、読み手は隔靴掻痒になるという自己撞着。正直に言えば、鮎川哲也なりの編んだ鉄道ミステリーのアンソロジーを読んだ方が良かったかもしれない。それと「変革探偵小説入門」(谷口基、岩波書店)が説くような、小説では書けない世界を探偵小説で構築してみせるという側面もこの分野の小説にはある気がした。現に当時の風俗を映す古典となっているのだから。本書はキンドルで読了。
読了日:11月1日 著者:原口隆行
応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)感想
筆者の視点は「応仁の乱」を室町殿6代義教が謀殺された「嘉吉の変」と10代義材(義稙)が廃された「明応の政変」の間の変化の事象として捉える点にある。定点観測点を大和の興福寺に据え、2人の別当の日記を軸に、畿内の出来事を整理することで本書は成立している。従来は諸大名や室町殿の動きの傍証に使われてきた史料を土台にする試みは興味深い。ただ、日記とはいえ、登場人物が多く、空間の移動が激しい。この時代を描く手法として、新鮮だが、新書という体裁では複雑ではないか。1篇の叙述の中で、主語が錯綜するのが取っ付きにくかった。
読了日:10月29日 著者:呉座勇一
きのう何食べた?(12) (モーニング KC)きのう何食べた?(12) (モーニング KC)感想
珍しく再読。自分が好まないサツマイモとカボチャが登場していたことが熟読を妨げていたことがちょと判明。本巻はちょと2人の関係が割合、円滑に進んでいることが、薬味不足かと思わせる要因なのかも。ただ、「へうげもの」もそうだけど、面白いと入れ込んだ作家の描線が目に慣れてくると自分の中に別の反応が起きているのも事実な気がする。何が原因なのだろう? ただ本書のもう一つのテーマ、老いという点では、アクシデントが減っていくものなのかもしれない。
読了日:10月26日 著者:よしながふみ
通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで (中公新書)通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで (中公新書)感想
副題にある無文銀銭から当今の電子マネーまで。本邦の通貨を主眼に置いた通史。面白い。というのは「1円は1円」という今の感覚(計数貨幣で法定貨幣)という概念が定着するには長い時間がかかったからだ。物々交換の経験を挟んで、金・銀・銅の産出量と市況による変動、対外貿易を管理した江戸時代ですら、貿易決済通貨としての銀があり、不足する少額貨幣の代わりとしての紙幣(藩札)があり、改鋳される度に品位による区別が起きる。勿論、財政経済政策としての操作がある。金銀銭の3貨体制といっても単純ではない。確かに「悪銭苦闘」である。
読了日:10月26日 著者:高木久史
本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)感想
帯の惹句はとまれ、この人は偉いのだろうかという懐疑は誰にでもある。個人的には坂本龍馬のごときはその最たるもので、田中光顕が居なければ存在すらしなかった人物になっていたろう。裸の王様と一緒で世間が金襴玉褸であると言っている以上、何となく同調しておかなくてはいけないという気分になるもの。その筆法で歴史上の人物から近接する人物まで、俎上に上げては切りまくる。出自や人間関係等々、博引旁証、手練手管を使っての文章は軽快。博覧強記此処に有りという感じ。一種の快感は覚えつつ。所謂雑文の1冊、後に何が残るか振り返りつつ。
読了日:10月24日 著者:小谷野敦
きのう何食べた?(12) (モーニング KC)きのう何食べた?(12) (モーニング KC)感想
正直にいうと、ワクワク感が薄れていました。この漫画の面白さというか、魅力は、白黒のペン画ながら、匂い立つようなおいしさ(美味しそうというか)が魅力だったのですが。何か理屈が先に立っているような気がして。12巻を待たされた感が導くものなのか、何が原因なのか分析しきれないのですが。とまれ、スタイリッシュな表紙に比べて、自分の中では得心のいく展開ではなかったです。以上。
読了日:10月23日 著者:よしながふみ
憲法の無意識 (岩波新書)憲法の無意識 (岩波新書)感想
幣原の意思だった日本国憲法9条(戦争の放棄)を成立させたGHQの主意は1条(天皇)を成立させるためにあったことを読み解く。日本人にとって太平の世の記憶「pax Tokugawa(徳川の平和)」が蘇り、WWUの鮮烈な記憶と結びついて、9条の改正の意思を持たなくなったのではないか、と読み解く。碩学が先学の考察を読み解く構造。話が次々と展開して楽しい。フロイトから中江兆民、カントにヘーゲル、マルクスまで登場して、筆者の読み解きを追う形。講演録だけに口調が柔らかく、読みやすい1冊。昔の記憶は確かに根強く影響する。
読了日:10月22日 著者:柄谷行人
銀の世界史 (ちくま新書)銀の世界史 (ちくま新書)感想
通史を書くのは難しい。各々の分野の専門家の研究を横串に刺していくからで、粗さはやむを得ないのかもしれないが。本書のテーマは銀。冒頭に提示される2004年の東大世界史の問題「銀が果たした経済の国際化について」の説明が展開されていく。視点はどうしても英、蘭に傾きがちで、銀が決済通貨として世界中を一つに結んでいった様を描くことに力点がある以上、何処か「どうするどうする」とでも合いの手を入れたくなるような筆致。焦点を押さえることは大学受験的な知識プラスアルファならよいのだろうが。個人的には満足に欠ける内容だった。
読了日:10月21日 著者:祝田秀全
アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で (岩波新書)アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で (岩波新書)感想
要旨は「利益の民主制」と「理念の民主制」の相剋。題名にある「壁」は両者を隔てるものの意。大きな政府か小さな政府かの選択をx軸、軍事介入か不介入かをy軸に採って絵解きしていく。4章の相関図を手引きにすると理解しやすい。民主党か共和党か、リベラルか保守というような二項対立ではなく、2大政党制下の有権者の合従連衡は多元方程式の解法並みに展開する。本書はルポの体裁に近く、手がかりの概念図を元に整理しながら読んだ方がいいかも。TV番組のフリップを連想させる図の出来がいいのでもっと挿入してくれた方が有り難いが……。
読了日:10月19日 著者:渡辺将人
ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)感想
「公益のために民衆共同体に一体化し、総統国家の下、国民同胞となる」。仕事とパンが配られる社会。本書には印象深い数字がいくつか引用されている。終戦時のナチ党員850万人超。1951年の輿論調査ながら「今世紀ドイツが一番うまくいった時期は」との問いに、@第三帝国期44%A帝政期43%Bワイマル期7%。こんな大衆の中で良心に基づく反ナチ行動を執った人がいたこと、無私の行動に頭が下がる。それ以上に戦後の独、EUの体制まで考えた「クライザウ・サークル」の人々がいたことが驚きであり、日本と彼我の差を考え込んだ。重い。
読了日:10月16日 著者:對馬達雄
帰郷帰郷感想
子供のころ、まだあった景色である。白衣姿の傷痍軍人がアコーディオン片手に奏でる傍ら、義手の男が正座をして頭を下げる。日常のように繁華街で見かけていた裏側にある(あっただろう)思いを綴った短編集。サラッと読めば、それなりの音だけど、引っ掛かって読むと別の顔を見せる。短編だけに寸景を切り取った形のものが多い。でも前後の余白をどう想像するのか、その余白の美を感じさせる1冊。普通の人が普通ではなくなる戦争という仕掛けへの穏やかな抗議でもある。浅田自身の年齢と経験が書かせる1冊であると思うし、余人では書けない。
読了日:10月14日 著者:浅田次郎
謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉感想
お見事。現場に勝る知見なし。語学の天才とは本当にうらやましい。納豆菌による大豆醗酵食品を訪ねての旅はタイ、ミャンマーなどの東南アジアに、中国南部に、ネパール、インドにと続く。豆を醗酵させた食品は実は「出汁」であり、魚醤や醤油、味噌(醤)などの調味料と競合する味であった発見。日本に戻れば広く分布した「納豆汁」が東北地方にのみ残る景色もあり。筆者のルポを読むと、思わず納豆が作ってみたくなるし、各地の料理を試してみたくなる。ワクワク感と驚愕と知の喜びと。高野ワールドはこの1冊でも爆発している。今年の5指に入る。
読了日:10月13日 著者:高野秀行
「国史」の誕生 ミカドの国の歴史学 (講談社学術文庫)「国史」の誕生 ミカドの国の歴史学 (講談社学術文庫)感想
「ミカドの国の歴史学」改題。歴史といえば国学、儒学、そして水戸学が果たした役割が大きい。一つの到達点として「大日本史」を挙げられよう。だが明治になって西欧の歴史学研究手法が導入される。文明としてか、文化としてか、両者の相剋を描く1冊。中で転換点となったのが久米邦武筆禍事件(「神道は祭天の古俗」)や喜田貞吉が巻き込まれた南北朝正閏論争だ。この2件は社会科学者としての学問の見識か、国民教育の問題かを争うものであったけど、筆者は日本独自の「中世」を描くことで、後の皇国史観に繫がるような土壌が生まれたと見立てる。
読了日:10月7日 著者:関幸彦
戦国と宗教 (岩波新書)戦国と宗教 (岩波新書)感想
起請文に見えるように、人倫五常を守り,神仏への帰依を誓う者に加護がある一方、他人の信仰には関与しないという姿勢=「天道」という絶対的な是非を想定する。中で信長と本願寺の関係については、実は宗祖親鸞の教団内での争いに、応仁の乱以降の室町殿の内紛が絡んだのではないかという読み解きや、九州のキリシタン大名の分析も新鮮。寺社というと俗世の権力ではないように今日的には先入観を持つが、中世では領地を持つ守護大名と同様の領主であることが伺える。ただ庶民に葬送儀礼が定着したこの時期、書中で時衆への言及が少ないのは残念。
読了日:10月7日 著者:神田千里
ひさしぶりの海苔弁 (文春文庫)ひさしぶりの海苔弁 (文春文庫)感想
最近、海苔弁にはまっているのでつい、買ってしまったが。最後のオチまで行かない感じの文が続くのが……。
読了日:10月6日 著者:平松洋子,安西水丸
日本陸軍と中国: 「支那通」にみる夢と蹉跌 (ちくま学芸文庫 ト 16-1)日本陸軍と中国: 「支那通」にみる夢と蹉跌 (ちくま学芸文庫 ト 16-1)感想
「支那通」−−旧陸軍で中国大陸の情報収集を旨とした専門家を謂う。 軍備兵站を調べ、時に政治工作もする。「日本は東亜の盟主。西欧列強から独立するために指導するのが役目」みたいな自惚れも。「アラビアのロレンス」と似た立場ながら、大局観がないセクト主義の一介の武弁だった。情報は偏向し、傲慢の誹りを免れぬ振る舞い。WWI以後の民族自決の流れを認められないままに。結果が張作霖の謀殺から始まる15年戦争である。中国大陸での抜き差しできない戦いをした揚げ句の日米開戦。少数のエリートが日本の進路を誤らせた歴史は重い。
読了日:10月6日 著者:戸部良一
日本経済のトポス 文化史的考察日本経済のトポス 文化史的考察感想
この本が刊行されたのは1980年代。筆者は著名なマルクス経済学者。まだ「マル経」が現役だった時代の本。丸谷才一がこの本を随筆で褒めていて、読んだ記憶がある。何度もの引っ越しでも、本棚の中でしかるべき位置に置いてきた。読んだ当座、班田収受法から説き起こすなんて、新鮮なのだろうと思ったからだ。あれから約40年、読み直してみたけど、あの当時の驚きはなかった。日本史への科学的研究の進歩のゆえか。権門体制論が生まれ、農民は搾取される存在という訳でもないことが明らかになった今、時代の使命はもう終えた1冊なのかも。
読了日:10月5日 著者:日高普
興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産 (講談社学術文庫)興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産 (講談社学術文庫)感想
岸信介の顕密構造を読み解く。内に国家社会主義、統制経済への志向や反米感情を抱きつつ、米国の覇権の下に自分の権力の扶植と拡大に努める姿は、一介の農業国だった韓国で高度成長を成し遂げた朴正煕と相似形なのかもしれない。2人の指向を培ったのが満州国ではなかったかと読み解く。時に満州事変後の大陸に、或いは5・16軍事クーデターの中にと話が展開していく。顕密構造である以上、主権者である国民の前に本心の部分を明かし切れないのは仕方ないところ。とまれ、祖父の遺訓を顕彰するに足らんと思っている坊ちゃんとは違う次元の話だが。
読了日:10月4日 著者:姜尚中,玄武岩
日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)感想
「復旧から復興への歩み」という副題の方が本書の内容に相応しい。震災そのものの被害への言及より、その後についての方に重点がある。特に史料の多くなる江戸期以降、大名普請(被災地の住民への雇用対策の意味も持つ)から、請負普請へと変遷する様を、また火山噴火に関連して幕府が執った施策についての言及。明治期以降は備荒儲蓄金法、罹災救助基本法といった法整備に基づく体制へと引き継がれる。関東大震災に際し、当時の内務官僚がインフラの再建と併行して住民が帰還するか否かへの配慮があったのは興味深い。復興はやはり民間主導である。
読了日:9月30日 著者:北原糸子
ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)感想
米国の人口比で2%のユダヤ系は政治的に影響力を持ってきた。政治意識の高さ、献金、ロビイスト活動が活発……。米国の「戦略的資産」とまで言われたイスラエルという存在だが、本土と米国在住民との間には意識の乖離が生まれていることをきれいにトレースした1冊。「中東唯一の民主国家」という決まり文句が今も惹き付けるのか、旧約聖書の「約束の地」であるからか(ここには福音派の信者の動きもあるという)。イスラエル本土での右傾化と米国内でのホロコーストを身近に見聞きした世代の高齢化が意識のギャップを生むという見立ては興味深い。
読了日:9月29日 著者:立山良司
無縁所の中世 (ちくま新書)無縁所の中世 (ちくま新書)感想
前著に続き、公、武家ではなく、寺院を中心とした中世文化を想定する。生活に困窮した庶民が流動化して都会に流入する世、移民が発生する世。移民のいない大集落は大きなムラだが、旧住民と移民がいる風景は都市だ。移民が発生するところ、無縁所あり(ま、京都に対する叡山)。「人類普遍の無縁を考察する場合、参考になるのはアメリカ史」なんていう分析は首肯できるのだけど。あらゆる局面の史料を繋ぎ併せての立論ぶりは豪快だが、展開について行き切れなかった。史料を読み込んでいない上、時空座標が組み立てられないのに過ぎないのだろうが。
読了日:9月27日 著者:伊藤正敏
寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)感想
日本の中世で一番の権力者は寺社(特に比叡山)であるという命題提起の1冊。特に延暦寺末の祇園社が京の経済面で特権を与える一方で寺銭を稼いでいた、警察司法権に対しての検断不入権を誇り、鴨川以東は勿論、洛中にも勢力を伸ばしていた様を描く。祇園社の祭りが洛中の町衆に支えられているのは確かに証左だ。前著「日本の中世寺院」でも叡山の他、南都、高野山、根来寺などを挙げていて、本書でも挙例の事象があちこちに展開し、年代も交錯するので追い掛けるのが大変ではあるが。要は公権力の行使(徴税も含め)が普くことが近世化なのだ、と。
読了日:9月23日 著者:伊藤正敏
シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)感想
地図を逆さに見た時のような驚きがある。シベリア出兵が後の15年戦争の姿と相似であること、後の戦争を指導する立場にいた人物が関わっているのに、当時の経験が生かせていないこと。鮮満の権益を守り、あわよくば更に北辺を狙う妄想が膨らんだ結果としての出兵。終結への構想がない戦いが広がる。現地と参謀本部、政府の思惑の食い違いが広がるまま、糊塗弥縫が続く。一般には点(尼港事件等)の知識だが、実は19世紀から続く歴史の一齣、面であるのが分かる。兎も角、兵戈を政府が収められたのは元老(山県有朋)という錨の有無でしかない。
読了日:9月20日 著者:麻田雅文
情報参謀 (講談社現代新書)情報参謀 (講談社現代新書)感想
自民党を支えた広告代理店とその周囲に存在するマーケティング会社の話。その中心にいたという筆者がこういう話を書いているということは、既に次の段階に進んでいるということだ。「政策本位の政治」という建前は別にして、「政治家」が「政治屋」になっているということを端なくも提示した形ではある。中身はWeb上やテレビを監視して、対応策を立てていく。果敢な対策を立てられるだけの資金力(これも政党交付金の一部である)。内容自体はさもありなむ、の水準ながら、「情報は発信しないと存在しないのに等しい」ということ。ちょっと引く。
読了日:9月19日 著者:小口日出彦
鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)感想
本書は街の人の視点である。鳥獣害の話は地方に住んでいれば日常生活の一部である。鹿、猪、猿は日常的にいる。(夜、道を走っていて気付くのが遅れて車にぶつかってこられたら、被害は免れないところ。こういう場合は警察は事故証明を出してくれるのだろうか、保険は、と不安になる)。本書は鳥獣害のルポ部分と、日本人が生み出してきた殺生観の考察の2部構成。個人的には思惟的な部分よりも、実例をきちんと紹介してくれた方がよかった。人口減少、過疎化、耕作放棄と続く連環や荒蕪の地になっても自分の土地と手放せない精神性への言及とか。
読了日:9月19日 著者:祖田修
昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)感想
全20講の中で9、10講の「日中戦争における和平工作」、12講の「天皇指名制陸相の登場」は読ませる内容だった。以外は厳しいかも。学会機関誌の「研究往来」みたいな欄を思い出す。新書という体裁で一般に向けて本を書くなら、1)先行論文の引用と論文名の提示ではなく、筆者が知見を咀嚼して記述するべきで、文章がぎこちない篇が多いのが気になる。2)参考文献を挙げる欄を作れるのなら、注釈(特に人名)を入れた方がいい。3)活字版にはあるのかもしれないけど、索引が必要な本ではないか−−てな難点を挙げておく。捷径はないな、と。
読了日:9月19日 著者:
孫文――近代化の岐路 (岩波新書)孫文――近代化の岐路 (岩波新書)感想
華夷の別を立てる伝統的な世界観から、孫文は終生脱し切れなかったのではないか。生涯59年のうち、通算19年に及ぶ亡命生活。筆者は二面神ヤヌスに例えているけど、むしろ「キメラ」のような存在を想う。江南から興った明の朱元璋、太平天国の洪秀全のような姿を念頭に描きつつ、目的のためには手段を選ばない手法。白くても黒くても鼠を捕る猫はいい猫、という論理に繫がる。実力はないので「収」(中央集権)を目指しつつ、「散」(地方分権)を呑まざるを得ない。国共双方の国父という偶像になる前の姿を考える。日本史なら足利義昭……。
読了日:9月18日 著者:深町英夫
近代中国史 (ちくま新書)近代中国史 (ちくま新書)感想
快著。中国の宋〜明〜清と続く中で「眠れる獅子」は欧米流とは全く違う統治、財政構造を築いてきた。欧米が予算主義なら、中国は現額主義。地域貨幣の銭と地域間流通貨幣の銀の二本建て。加えて貿易代金として流入する銀に依存する経済。資本が育たず、関税を抵当にした外資頼りの経済。アヘンすら通貨として経済に組み込んできた歴史はすごい。穀物の増産から人口爆発、そして辺境・海外への流出、流氓化と、清末から国民政府、共産党政府にまで続く民間の感覚をトレースしている。この本を読んでから枝葉の本に読みすすめば、理解は数倍違うはず。
読了日:9月16日 著者:岡本隆司
昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)感想
編者自身が「得難い本」と記したことに失笑を禁じ得ない。「最先端の専門研究者によってまとめられた」と称する15講で構成されているものの、1)時系列の中で事件や出来事ごとでまとめられているので、前後の講との間で、文脈、扱いに齟齬が出る。2)中央官庁や軍関係、中国の中枢にいた人物の記録に依存している部分が多く、記述内容が政治外交軍事に偏重していて、従来の書物での知見の域を出ない。3)最近で言えば加藤陽子の「戦争まで」や、山中恒の「アジア・太平洋戦史」の方が視野が広い−−等々。研究者はやはり自惚はいかんな、と。
読了日:9月14日 著者:
中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)感想
史記以来の正史は理非の判断を下した上で記録されてきたという感覚が新鮮。「経・史・子・集」という4部の別に基づき、歴史は儒教的解釈第一、今の考証学や史実第一主義の産物ではない。裏付けになっているのは縦方向の士庶の別、横方向の華夷の差。過去の史実に付会するなど、想定外の思考回路。儒教に深く親しんでいるが故に攘夷思想が生まれ、和魂漢才ならぬ「中体西用」の考えが起こる。清朝後は「三国史」で、毛沢東は「士庶の別」を排して新時代を開いたとしつつも、今は長年の中華思想に回帰してはいないか。嫌いでも面白い、の評が的確。
読了日:9月12日 著者:岡本隆司
天下と天朝の中国史 (岩波新書)天下と天朝の中国史 (岩波新書)感想
血統に裏付けされた皇帝と天の指名に基づく天子。両概念が重なった存在こそが東アジアの支配者たりえる。と同時に漢民族を中心とした中華と周囲の異民族を含めた天下を併せてこそ真の天朝を担うものになる。北方の異民族と南方に逃げた漢族の争覇が王朝の交代になるのだが、易姓革命が起きても信仰、思想的な根幹として儒教が横たわる。中華の国の統治する大天下と日本、朝鮮、越などの小天下が構成する世界。逆に言えば双方とも中華の存在を常に意識せざるをえない世界観を示す。冊封体制や現中国の海洋進出もこの論理の延長線上という読み解き。
読了日:9月10日 著者:檀上寛
昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)感想
残酷な本である。喜劇の世界に生きる限り、旬がある。旬が過ぎれば老い、寂寞が立ちこめる。そういう風を感じさせなかったのは巻末の伊東四朗の聞き語りに出てくる三木のり平ぐらいかもしれない。筆者が俎上に取り上げた7人(生で記憶があるのはそのうち4人だが)はこんな晩年を過ごしていたのか、と思う。ダメなのは分かっていてもなお残る自負と執着。昭和の喜劇役者の雰囲気、戦前戦後の空気、興行界の出来事など、登場人物の姿を通して描き出してみせる。読み物ではあるけど研究論文風。なかなかに畳の上での大往生というのは難しい。好著。
読了日:9月5日 著者:笹山敬輔
地域再生の失敗学 (光文社新書)地域再生の失敗学 (光文社新書)感想
至極真っ当。でも、こんな建前論では追いつかない気がする。広島での原爆投下後、被爆直後の広島赤十字病院で、放射線障害が何かも分からぬまま、手探りで治療に当たった医師らが、当時の数少ない検査方法で、血球数を顕微鏡下で数えたという話を思い出しています。白血球が一定数を割り込むと回復が困難になる、という治療経験が生まれたという思い出の記を思い出した。。確か「爆心」(朝日新聞広島支局)で読んだと思うのだけど。白血球 も人口も同じなんじゃないか、と。漠然とした気分になる。地方創生とは所得の増加がゴールなのは確かだが。
読了日:9月4日 著者:飯田泰之,木下斉,川崎一泰,入山章栄,林直樹,熊谷俊人
日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)感想
中世の寺院(山門、寺門、興福寺、東大寺、高野山、根来寺)が実は宗教施設ではなく、軍産学複合体の都市だった、という解釈は豪快。学侶、行人、聖という3階層のうち、教学を専らにする学侶は約1割、残りは荘園の管理、商工業の統括をする行人が占め、聖は遊行しているので、掌握不可能という姿を高野山の記録から見立てる。顕密体制とはいえ、教義上最高位の大日如来への信仰は影が薄く、実態は大師信仰、太子信仰を中心に「呪術的」な信仰と死者の供養が中心であったとする言説は今の実態を見ても納得がいく。権門体制論を補完する内容に納得。
読了日:9月3日 著者:伊藤正敏
中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)感想
同題の中公新書の改版。人口が集積すれば当然、疫病の流行が起こる訳で、京都でどうして長年に亘って続けられてきたかがよく分かる。祭神の牛頭天王が抑も最初は疫病を齎す神であったはずが、蘇民将来と出会って疫病除けを約束した神に変身してしまうのがすごい。最初は官や寺社が主催した祭りで、種々の役銭の収入や名誉が祭りの執行者に付随していたのが、室町期から変化。下京に住む町衆主体の祭りに変わっていく。住民自治の精神の発露と見るか、権門の弱体化とみるか。今に続く祭りが全国で都市の生活に不可欠な神祭として享受された不思議も。
読了日:9月1日 著者:脇田晴子
EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)感想
極東の島国では見えないことがある。欧州での異変だ。2度の戦争を基に生まれたEU。国境の撤廃、通貨の統合と、民主主義の先進地域として実験を続けてきたはずが、軋みが目立つ。ギリシャの財政破綻、中近東などからの難民の流入、治安の悪化など。英国の国民投票も記憶に新しい。そんな疑問を解く糸口を示している。フランスに在住し、軸足を置き、地面に近い視線から社会の見た姿の点綴だ。「日常生活で吸った空気、肌で感じたことを大切にしながら、事実から出発して個別事例を考察する」という筆者の姿勢は研究論文にはないルポの強みがある。
読了日:8月30日 著者:広岡裕児
ベストセラーなんかこわくないベストセラーなんかこわくない感想
ベストセラーというとつい背を向ける。旬日を俟たずブックオフでごく安価で流通しているさまを見る。古書店の値付けというのは本の値打ちを正直に示すもので、本書で取り上げられている本の多くはその類いになる。ただ、ノストラダムスの大予言を愛読したという筆者の手にかかると、通り一遍では済まないのも数冊出てくるからおもしろい。香合わせ、歌合わせよろしく、2冊の本を見立てで合わせるのが特に妙手。「なんとなくクリスタル」と「太陽の季節」、「砂の器」と「人間の証明」等々。ただ「どくとるマンボウ航海記」に読み解く手練、中々。
読了日:8月28日 著者:入江敦彦
三浦一族の中世 (歴史文化ライブラリー)三浦一族の中世 (歴史文化ライブラリー)感想
「三浦介、上総介両人に綸旨を与えつつ」と殺生石の謡に出てくる「三浦介」。東国の武士団の代表格の一家である。とはいえ、常に順風満帆であった訳ではなく、和田合戦で和田氏が滅んだり、宝治合戦で本家筋が滅亡したり。ただ「三浦」という家名は分流に伝えられていく訳で、武士団の中ではブランドであったということだろう。本書は別書にあるような足利氏の通史と違って物足りないものが残る。鎌倉殿の時代の盛衰に重きをおかず、中央との関係がある前史や、家名を変えながら全国各地に散らばって行った様を丁寧に追う方が重点にしてほしかった。
読了日:8月27日 著者:高橋秀樹
都と京都と京感想
一篇一篇は面白かったけど、通読した後に何も残らない。例えれば「長生殿・越の雪・山川」みたいな。舌の上に甘みだけが残る感じ。いけずと意地悪、ダサいとモッサイなど、意思を明示することで東京は人付き合いをし、京都は相手の腹を探りながら、意思を悟らせることに重点を置くなど、二分法で論理を進めていくのだけど、確かにそういう世界もおますなぁ、という印象が拭えない。掌編の随筆は「箸休め」であり、一冊の本に仕立てるにはこの論法を使うのが都合がいいのだろうけど、並べると諄くなる。鷲田清一の「京都の平熱」を読後だから余計か。
読了日:8月25日 著者:酒井順子
ふしぎな部落問題 (ちくま新書)ふしぎな部落問題 (ちくま新書)感想
同和の今、これからを紹介したいと考える筆者のルポ。中でも4章の箕面市北芝での取り組みの紹介が精彩を放つ。1969年の同対法施行以後、生活や環境の改善が進んだと同時に、住民の間に行政への「待ち」と「もらい」の姿勢が生まれたと分析。2002年の同法廃止を見据えての努力を続けてきた人々の話が綴られる。内部の人間が「閉じていたから同質のコミュニティで安定している」状態から「部落解放は周辺とのつながりの中で達成される」という次元にどう移行するのか。この話は昨今の「都会対地方」の構図に似てはいないかとふと思うのだが。
読了日:8月24日 著者:角岡伸彦
あたらしい憲法草案のはなしあたらしい憲法草案のはなし感想
憲法の主語が「国民」から「国」に変わるとどういう解釈が成り立ちうるのか、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に換言されると何が変わるのか。「緊急事態条項」をもうけるということの例外性も。「国民が司法、立法、行政の三権を縛るのが憲法」という立場から「国が国民を縛るための憲法」という立場へ。とまれ、こんな皮肉が、皮肉ときちんと受け止めていられる世の中であって欲しいと思う。
読了日:8月23日 著者:自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗感想
ジュンク書店での中高生向け講演会が下敷きの1冊。リットン報告書(国際連盟への対応)、日独伊三国同盟、日米交渉の3点に焦点を合わせて読み解く。俗に日本はブロック経済圏から弾き出されて満州進出を図ったように喧伝されてきたが、実は経済統計から虚偽であることが示される。リットン報告書も蒋介石側に有利な内容とされているが、実は国際協調で日本の主張も認めていたことを読み解く。三国同盟では政府部内の不一致と目的の不明確さが尾を曳くさまも。石橋湛山の評論ではないが、冷静な目で史料を読み解き判断する姿勢の涵養を痛感する。
読了日:8月22日 著者:加藤陽子
戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡 (中公新書)戦艦武蔵 - 忘れられた巨艦の航跡 (中公新書)感想
基準排水量6万4千トンもの戦艦は必要だから造ったはずが、途中で無用の長物と化していたのを承知の上で運用した訳で、筆者の指摘通り、現実と幻想の間に浮かんでいる。本書の真骨頂は「戦艦武蔵の享受史」ともいうべき部分。技術立国日本の先駆とされたり、主計官にとっては愚昧な査定への戒めだったり、天皇制の見方だったり。歴史の常として、「体験した」と称する話者によって「事実」が異なる以上、個人的には吉村昭が「戦艦武蔵」で採った手法が蓋然性が高いように思う。で、吉村が「なぜ」を自身に問うために書いたという読みは正鵠だろう。
読了日:8月22日 著者:一ノ瀬俊也
大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)感想
途中で引用されている戦争末期の昭和天皇の述懐が印象的。「(米空母の)サラトガが沈んだのは今度で確か4回目だったと思うが」と。組織防衛のために情報軽視が起き、常態化する。追従する新聞社、ラジオがいる。陸軍記者倶楽部、黒潮会(海軍)の存在は記者クラブ制度の1典型でしかない。広報担当が資料を配布し、説明する。今は「ペーパー」であり「レク」と呼んでいるだけである。間違いを探す、矛盾を突くことは、当時の発表資料を詳細に詰めればできたことだし、当時の国民の方が冷静である。原発事故や安保関連法案の報道を見れば自明だが。
読了日:8月20日 著者:辻田真佐憲
高校野球を100倍楽しむ ブラバン甲子園大研究高校野球を100倍楽しむ ブラバン甲子園大研究感想
丹念なルポです。甲子園球場のアルプス席では吹奏楽団の演奏が付き物。風景と言ってもいい。元々は東京六大学の応援に淵源を持つのだろうと想像しつつも、京都二中(現鳥羽)が鼻祖との話や、千葉の市習志野と拓大紅陵との因縁や、PL学園、智弁和歌山などなどの強豪校が刻んできた歴史をひもといてくれる。これば文化だなぁと実感。「美爆音」なる言葉を初めて知った。それと「屋外の演奏で音を太くしてストレートでキレのある音にする」っていう効用、「野球応援を通じて人間付き合いの場になっている」という言葉も感慨深い。さて明日は生音。
読了日:8月15日 著者:梅津有希子
イランの野望 浮上する「シーア派大国」 (集英社新書)イランの野望 浮上する「シーア派大国」 (集英社新書)感想
ペルシア文明を伝える国イラン。日本に伝えられるニュースでは反米デモが盛んで、イスラム革命以降の偏向が印象付けられる。当のイラン自身もそういう姿勢を見せる(見せたい?)ものの、性根は穏健な国であるというのが特派員だった筆者の視線。自然、第5章の「等身大のイラン社会」の章が出色。アラブの2大国サウジとどちらが穏健なのか……。ただ閉塞感から海外への頭脳流出が続き、宗教的な規範に囚われることが今後も続けられるのか。確かにグローバル化に一線を画すのは間違いだとは思えないのだが。兎も角書題の「野望」の2文字が不適切。
読了日:8月15日 著者:鵜塚健
ペリー来航 - 日本・琉球をゆるがした412日間 (中公新書)ペリー来航 - 日本・琉球をゆるがした412日間 (中公新書)感想
連想したのは中世末期に南蛮船の来航、後期倭寇の存在が近世への序章となったこと。相似形で米艦隊の来航が近世から近代への第一歩となったこと。第2に、異文化との遭遇はこういう対応になるのだろうなぁ、と。というのは実家は横浜。米軍進駐前夜に若い女性は兎も角縁故を頼って疎開、でも闇市での横流し物資の取引で町が潤う、民の竈の煙も立つという経験。そして今、こういう目に見える形での遭遇ではなく、無意識的な侵攻を受けているのかも、とも。ま、こういうことをWeb上に書き込んでいることも一翼なんですが。ワンテーマ新書上々。
読了日:8月13日 著者:西川武臣
京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)感想
本圀寺近くで育った筆者の京都考。京都市バス206番東周りの道行きは道具立てだ。自身の経験と知見を元にした都市論である。千年の伝統の都という装いの奥では人が生活している訳で、閉鎖的との指摘は「お上」の交代が激しい経験をした町が、実は人と人との結び付きを重んじてきただけであり、糸口さえあれば異端も受け入れる度量(しなやかさ)が営みを支えてきたと説く。入れ子で柔構造の町も、仕事が変質し、人口が減少すると共に、今は変化しているとの指摘。アブラムシが一番繁殖するのはヒゲが接する距離くらいの環境との引用が示唆に富む。
読了日:8月12日 著者:鷲田清一
分裂から天下統一へ〈シリーズ日本中世史 4〉 (岩波新書)分裂から天下統一へ〈シリーズ日本中世史 4〉 (岩波新書)感想
新書という体裁らしい1冊。応仁の乱から徳川殿の御代まで、東アジアの中の日本という位置づけを見せながら説いていく。日明間の貿易、東シナ海に出没した南蛮船、アイヌとの窓口となった蠣崎氏(松前氏)、朝鮮との間の宗氏、琉球王国の存在と窓口になった島津氏。国内の歴史の歯車を動かす「蝶の羽ばたき」が見えてくる面白さ。秀吉の朝鮮出兵を「16世紀末の大東亜戦争」と見立てた手際の鮮やかさはこの本の中でも出色。壬辰・丁酉の倭乱があれば丁卯・丙子の胡乱もある訳で、松前、対馬、鹿児島と長崎という「四つの口」論にもつながる。明解。
読了日:8月11日 著者:村井章介
坊ちゃんの時代 第5部 凛冽たり近代なお生彩あり明治人 不機嫌亭漱石 アクションコミックス坊ちゃんの時代 第5部 凛冽たり近代なお生彩あり明治人 不機嫌亭漱石 アクションコミックス感想
修善寺大患の漱石。大吐血の後、約30分間意識を失っていたと言われる間に夢を見た。夢の中にはここまで登場してきた多くの人物が出現し、物語を完結にと導く。ただ。夢、という体裁を取ることは多くの構成を無役にする。黒沢明の「夢」が茫洋とした一作になったように、筆者は蓋然性が高いと信じることを融通無碍に繋げられるから。夏目という存在で明治という時代に通底したもの(今も続いているのかも知れないが)を謎解きするカギに仕立てるのは分かるのだが。絵はいいのだけど、本の方がここまで4巻とは違い過ぎる気がする。個人的には。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代 第4部 明治流星雨―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (第4部)『坊っちゃん』の時代 第4部 明治流星雨―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (第4部)感想
本巻の主題は「大逆事件」。芽生えたばかりの社会主義運動を徹底弾圧するための冤罪事件であります。幸徳秋水を始め、当事者が大逆罪という意識がないままに話がでっち上げられていく。筆者は1945年の敗戦に向けて、日本の近代史の中でエポックにとらえているのですが。個人的には日比谷焼き討ち事件だと思っているから、ちょっと見解の相違かな。ただ、読んでみるに社会主義運動が本当に生硬いままで動き出してしまった不幸は、今でも続いていることかもしれないし、リベラルな動きが未だに円滑にならぬのもここの辺に一因があるのかも。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代(第3部) 【啄木日録】 かの蒼空に ―凛烈たり近代なお生彩あり明治人  アクションコミックス『坊っちゃん』の時代(第3部) 【啄木日録】 かの蒼空に ―凛烈たり近代なお生彩あり明治人 アクションコミックス感想
啄木と漱石、滝山町の社屋で出会うことがあったかも。啄木石川一に関しては、特に作品、その生活ぶりに共感をすることはないし、感懐を持つことはできないのだけど。この時代の俸給人の一人として、この作品の中で飛び回ることは意味があるのかもしれない。太宰と並ぶダメダメ系だけど、南部の人をはじめ、支えてしまうんだよなぁ。ある意味で全力を尽くした人生だったのかも、と思えてくる。あと、キンドル版で読んでいますが、活字本よりも読み飛ばしがしやすい。過去に得ている知識で埋め合わせるところは筆者のペースにつきあうことはないから。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人  アクションコミックス『坊っちゃん』の時代(第2部) 秋の舞姫―凛烈たり近代なお生彩あり明治人 アクションコミックス感想
「早石炭をば積み果てつ」という書き出し。今は高校国語の教科書に「舞姫」は採用されていないだろうな。でも、僕の頃はまだ教材でした。そんな思い出と共に。以下余談。今、こういう形式の本が出るということは、すでに若い世代にはこれらの文字を脳内で図像化することが難しいのだな、と思います。関川の文章だけなら、ここまでイメージを膨らませることができない。僕の世代はまだ明治百年の祝があったり、明治生まれが身近に居たり。どこかあの時代の空気が残っていた。今、それを求めるのは無理です。黒電話すら想像つかなくなっている時代に。
読了日:8月9日 著者:関川夏央,谷口ジロー
御家騒動―大名家を揺るがした権力闘争 (中公新書)御家騒動―大名家を揺るがした権力闘争 (中公新書)感想
良著。御家騒動の顛末を追うというよりは、主従関係(換言すれば上下関係)の変化を追究した1冊。双務的・契約的な関係の家礼型、権門の庇護を得るための一方的・隷属的な家人型、戦闘要員が従者化した郎党型等の主従関係が、鎌倉殿の時代は片務的に、室町殿は双務的に傾きながら進化し、江戸時代になって固定化する。御家への帰属意識が生まれる。自律性のある家老型から、主君との一体感を絆にする出頭人型への変化は、御家騒動という極限の場面でも変化を見せる。江戸時代に入って御家の上にある「公儀」という概念の成立が与えた影響は大きい。
読了日:8月8日 著者:福田千鶴
『坊っちゃん』の時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)『坊っちゃん』の時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人 (アクションコミックス)感想
知己に勧められてキンドルで入手。山田風太郎の明治物小説のような風体で、時代の空気を絵にしてみたら、という作意がおもしろい。原作の関川夏央の力もさることながら、こういう企画に谷口ジローの絵が合っているのがいい。初版刊行は1987年。約20年目にして巡り会ったけど、味わい深い1冊です。神は細部に宿る、という感じで。
読了日:8月8日 著者:関川夏央
追記
posted by 曲月斎 at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

☆2016年11月に読んだ本

2016年11月の読書メーター
読んだ本の数:18冊
読んだページ数:5285ページ
ナイス数:612ナイス

喪失の戦後史喪失の戦後史
読了日:11月30日 著者:平川克美
SNS時代の写真ルールとマナー (朝日新書)SNS時代の写真ルールとマナー (朝日新書)感想
銀塩カメラからデジカメへ。メディアが変わり、愛好家は増えた。さらに今は携帯端末、Webの時代。写真や動画を撮るのは簡単になった。でもマナーは逆に問い直されている。撮影した人間にある著作権と、被写体の側の肖像権、プライバシーの保護など。日常的に写真を撮っていて、アマチュアカメラマンの傍若無人ぶりに愕然とする一方で、自身の撮影でも改めて法的な側面、公正性の確保の大事さを考える内容。冒頭から8章まではQ&A形式ながら、要点は末尾の2章。手短に読むならここを先に。ぜひ写真教室でもこの本、教材にして欲しい。
読了日:11月30日 著者:
たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)感想
「プロパガンダ」というと声高なものというイメージが先に立つ。北朝鮮のアナウンサーのように。でも本当に怖いのは耳元で囁くような話だ。手もみしながら笑顔で近付いてくる者だ。戦前の日本では宝塚歌劇が、浪曲が、琵琶が。あらゆる娯楽に紛れ込ませてあった訳で、旧ソ連、ナチス、中国、IS、そして聖林を擁する米国。かつてのオウムもそう。実は今の日本でも百田尚樹の「永遠の0」であったり、荒巻義雄の仮想戦記「紺碧の艦隊」であったり。いつかそういう価値観が身近になっていく部分はないか。筆者はその危惧を指摘する。さも、と思う。
読了日:11月27日 著者:辻田真佐憲
中東鉄道経営史 -ロシアと「満洲」 1896-1935-中東鉄道経営史 -ロシアと「満洲」 1896-1935-感想
筆者の著作の脊梁となった1冊。帝政ロシアが露仏銀行を元に敷設した中東鉄道(満州里〜ハルビン〜綏芬河、ハルビン〜大連)は植民地化会社であった。ただ物資の消費先の開発というより、大豆などの穀物を露側に輸出する道になったこと、日本、清(後に中華民国)との勢力争いの中で、投資額に対して利が生まれない形だったことを浩瀚な資料から分析する。他国に鉄道を通して利権を生もうというのは如何にも帝国主義的な手法だが、無理筋であることを示す。ただ日露の交渉でここでも相手は一枚上手、武力の背景なしに進んだことがない歴史が見える。
読了日:11月24日 著者:麻田雅文
元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)感想
英国型立憲君主制を目指し、天皇機関説を奉じながら、安定した実務のために生まれた元老制度。議会や官僚、藩閥が補完できない部分を調整していく。大久保利通〜伊藤博文〜山県有朋〜西園寺公望と流れを追い掛けた1冊。少人数で清貧だったことが当初は「黒幕会議」と呼ばれた仕掛けを「元老」という名に変えていったのは興味深い。ただ昭和史でも出てくる天皇への「内奏」、宮内省や宮中の支配という点。元老の匙加減が一歩間違うと軍部が振るった帷幄奏上権となる歴史もある。時代と共に、単なる安全弁としての機能に限定されていく気がする。
読了日:11月21日 著者:伊藤之雄
巨大地震の科学と防災 (朝日選書)巨大地震の科学と防災 (朝日選書)感想
著者の人柄+座談を編集構成した2人の力量=好著、の1冊ですね。地震の波形の解析を重ねることで、地震の姿を明らかにすることを自身の仕事にした科学者の最新地震学です。「分かっていることと分からないこと」を明確にし、何のための研究かを示す。「地震職人」を自称する筆者の姿勢に好感が持てます。加えて学術的な内容も平易。マグニチュードって何、地震波、地震の予測は、といった話が続きます。しかも筆者の考えてきた順に話が展開するので読みやすい。末尾の「あとがきにかえて」まで本当に読ませる1冊になっています。お勧めの1冊。
読了日:11月19日 著者:金森博雄(著),瀬川茂子/林能成(構成)
断片的なものの社会学断片的なものの社会学感想
聞き取り調査の手法を元に沖縄や在日を手がかりに今を描くのが生業の筆者。その聞き取りの合間に、理屈の付けようがなく、付ける気もない断片的な話が残る。それを整序して取り合わせた1冊。「私たちは生まれつきだれも孤独だ」という筆者、自分の場所から出ていく人に惹かれ、帰る人に惹かれ。独りでいることが好きだけど接触することは好まない。二律背反ながら、よく分かる感覚ではある。筆者は言う。「どこかに移動しなくても出口を見付けることができる。外に向かって開いている窓がある。私の場合は本だった」と。オチがないのがオチの1冊。
読了日:11月16日 著者:岸政彦
人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長 (中公新書)人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長 (中公新書)感想
富の源は人口だった時代から、技術革新がもたらしたものは今日の富が富を生む時代である。となれば人間が不要になる。となると人口が減少する。確かに人口が減少すること自体は悪ではない。個々人の単位を見れば所得が向上するかに見えるからだ。筆者は高度成長期は個人が貯蓄し、企業が投資をする構図だったが、今は企業が内部留保をする時代になったと見立てる。となれば、富が富を生む時代に、内部留保は咎め立てできない。加えて人口が減少することによって、人間の営みが変容せざるを得ない。人口の偏在は確実に地域を変えているのだから。
読了日:11月12日 著者:吉川洋
読書と日本人 (岩波新書)読書と日本人 (岩波新書)感想
こうやって本を読んでいる。何故だろう。筆者は日本での本と読み手の関係を分析する。筆致は随筆風。写本から版本、活字本、電子書籍と本の形態が変わる。黙読か音読か、識字率と読書の習慣の定着、照明の変化、書斎(個室)の成立、図書館の存在、用紙の需給等々、種々の断面で分析する。結句、読書も大量生産大量消費の20世紀に変貌したことを読み解く。本の内容の硬軟、年代による本への感覚の変遷の指摘も興味深い。個人的には「多読で博識な人(ex丸谷才一)」を手本にして、どこかで憧れて育ったことが今も影を落としているのかも……。
読了日:11月10日 著者:津野海太郎
桂太郎 - 外に帝国主義、内に立憲主義 (中公新書)桂太郎 - 外に帝国主義、内に立憲主義 (中公新書)感想
大正政変と第1次護憲運動の中の登場人物としてだけの認識は改めなくてはなるまい。長州藩上士の出、陸軍内で山県有朋の下、長州閥の一員として出世。1901年に1次内閣で総理に就任すると日英同盟の締結、日露戦争の指導とで約5年半、国政を切り盛りし、2次内閣では日露協約、日韓併合。で、根底に緊縮財政主義があったのは意外。伊藤博文、山県ら元老第1世代を「あしらう」術を披露したのはこの人であった。「外に帝国主義、内に立憲主義」とは徳富蘇峰の評。後者はとまれ、大正期の政治への繋ぎ役として欠かせぬ人物であるのは間違いない。
読了日:11月9日 著者:千葉功
寺社勢力―もう一つの中世社会 (岩波新書 黄版 117)寺社勢力―もう一つの中世社会 (岩波新書 黄版 117)感想
筆者は日本中世史で画期的とされた権門体制論の提唱者。公家と武家という二項対立から脱し、寺社という宗教勢力を権門の一角としてみることで社会体制を見直した。本書は宗教権力について平安期に遡る勃興期から事実上の終焉を迎える織豊時代まで通観した1冊。目配りが行き届いていて、抑えた筆致で書き進む。顕密体制のありよう、今となっては意識しにくい兼学が当たり前だった時代の姿、中で起こった浄土教の動きと抑えていく。ただ民衆に近い部分(周縁部なのかもしれないが)の動きがもう少し欲しいところ。中世を考える上で押さえたい1冊。
読了日:11月7日 著者:黒田俊雄
江戸名所図屏風を読む (角川選書)江戸名所図屏風を読む (角川選書)感想
出光美術館所蔵で出自由来が不明なこの屏風。筆の謎解きシリーズの1点の俎上に上がった。注目したのは江戸湊の繁華。徳川殿の水軍を管掌した向井将監の一門に目をつける。猿若町の賑わいが描かれていることからこの絵の注文主として一門の傍流を歩んだ五郎左右衛門正俊なる人物を挙げるに至る。絵画は作者の創意ではなく注文主の裁量で描かれる時代だったことを思い出す。ただ、本シリーズの豊国祭屏風2本、舟木本洛中洛外図屏風、神護寺の三像(頼朝、重盛など)の分析に比べて、一般読者の興味をつなぎきれるかな。研究とはそういうものだけど。
読了日:11月5日 著者:黒田日出男
戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)感想
本書の大半が原爆の出現以前の事象に割かれている。歴史を綴ろうという意識のゆえか。然し最早牧歌的な戦闘は起こりえない(という建前に)のであるから無駄だ。本当に紙幅を割くべきなのはナポレオンでもクラウゼビッツでもマハンでもない。国対国ではなく国と非対称的な戦闘行為である。原爆の出現以降、対する相手はゲリラでしかない。「参った」がない暴力行為になる。人類は確かに戦闘行為と共に歩んできた。だが19世紀までの戦闘行為と20世紀に入ってからのものとは峻別されなければならない。その区別を見極める視点、示唆がかけた1冊。
読了日:11月3日 著者:橋爪大三郎
神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 (岩波新書 黄版 103)感想
日本会議の一件にも繋がる、単純化した国家観、宗教観の淵源は実はこの神仏分離、廃仏毀釈にある気がする。平田国学や水戸学の面々が力づくで進めようとした奇矯な形の神道の横行は、日本中の村々に続いてきた信仰、社会を歪めた。爾来約150年。度会、荒木田の両家が支えてきた伊勢信仰を始め、修験道系の山岳信仰や本書には出てこないが時衆の存在などを抹殺した。神職は國學院、皇學館の2機関に今も管理されている。一方、仏教側も寺領上知の前に、独自の資金力で踏ん張れたのは本願寺系のみ。今に続く歪んだ伝統の第1歩というべきか。
読了日:11月3日 著者:安丸良夫
弘法大師空海と出会う (岩波新書)弘法大師空海と出会う (岩波新書)感想
筆者は四国霊場28番の住職。新書1冊のサイズで、空海の生涯、遺跡、大師の姿と唐から招来した美術、著作と網羅することを目指した1冊。空海の実像に近い部分を提示する試みだ。ただ、初学を相手に網羅しようとすると、駆け足になる。読者の需要は、2章の遺跡の部分を生かした1冊にした方が良かったかも。最近読んだ手法では高村薫の「空海」が説く鎮護国家の宗教家、日本総菩提所の祖霊信仰の象徴、そして大師個人への信仰の三点倒立が気になる。。四国遍路する人はたぶん、札所よりも札所を繋ぐ路次、小径で大師と出会うのではないだろうか。
読了日:11月2日 著者:川崎一洋
兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)感想
筆者の訃報に接して再読。吉川弘文館で「地域の中の軍隊」というシリーズ本9冊が昨年までに出ているけど、この1冊は筆者自身が当事者、1兵卒の視点で見て、聞いたことを書いているのが強み。新兵の教育から慰安所の話まで、俸給、上下関係や考え方まで筆は及ぶ。巻末の解説で保阪正康が「軍隊経験を持たない人にとっての必読書」といい、初年兵教育の冊子「内務の躾」から「国民が国家の要求に服従すること、とりもなほさず、国民自身の精神生活に満足を與ふる」と言いつつ、「人間の扱いを綴ることで国家の欺瞞を示している」との評が重い。
読了日:11月1日 著者:伊藤桂一
住友銀行秘史住友銀行秘史感想
1991年のイトマン事件をメーンバンクの側から描いた1冊。その多くには住友銀行内部の権力闘争がある。筆者は行内で大蔵省担当(MOF担)を務めた人物。MOF担といえばノーパンしゃぶしゃぶ程度しか連想できない頭には、荷が勝った1冊だった。登場してくる人物に誰ひとりとしてカタルシスがない(ま、必要ないのだけど)。内部告発者としての仮面を脱いだという1点に意味のある1冊だから。とまれ、大変な業界ではあるな、と。この後、山一証券の破綻が97年、拓銀の破綻、大蔵省接待汚職事件が98年。封じ込まれた物は大きかったのか。
読了日:11月1日 著者:國重惇史
鉄道ミステリーの系譜 (交通新聞社新書)鉄道ミステリーの系譜 (交通新聞社新書)感想
鉄道ミステリーの系譜を書くとなると、全部を書けばネタバレになる。だから以て廻った書きぶりになってしまう。筆者が情熱を傾ければ傾けるほどに、読み手は隔靴掻痒になるという自己撞着。正直に言えば、鮎川哲也なりの編んだ鉄道ミステリーのアンソロジーを読んだ方が良かったかもしれない。それと「変革探偵小説入門」(谷口基、岩波書店)が説くような、小説では書けない世界を探偵小説で構築してみせるという側面もこの分野の小説にはある気がした。現に当時の風俗を映す古典となっているのだから。本書はキンドルで読了。
読了日:11月1日 著者:原口隆行

読書メーター
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2016年11月01日

☆2016年10月に読んだ本。

2016年10月の読書メーター
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:4527ページ
ナイス数:712ナイス

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)感想
筆者の視点は「応仁の乱」を室町殿6代義教が謀殺された「嘉吉の変」と10代義材(義稙)が廃された「明応の政変」の間の変化の事象として捉える点にある。定点観測点を大和の興福寺に据え、2人の別当の日記を軸に、畿内の出来事を整理することで本書は成立している。従来は諸大名や室町殿の動きの傍証に使われてきた史料を土台にする試みは興味深い。ただ、日記とはいえ、登場人物が多く、空間の移動が激しい。この時代を描く手法として、新鮮だが、新書という体裁では複雑ではないか。1篇の叙述の中で、主語が錯綜するのが取っ付きにくかった。
読了日:10月29日 著者:呉座勇一
応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)
きのう何食べた?(12) (モーニング KC)きのう何食べた?(12) (モーニング KC)感想
珍しく再読。自分が好まないサツマイモとカボチャが登場していたことが熟読を妨げていたことがちょと判明。本巻はちょと2人の関係が割合、円滑に進んでいることが、薬味不足かと思わせる要因なのかも。ただ、「へうげもの」もそうだけど、面白いと入れ込んだ作家の描線が目に慣れてくると自分の中に別の反応が起きているのも事実な気がする。何が原因なのだろう? ただ本書のもう一つのテーマ、老いという点では、アクシデントが減っていくものなのかもしれない。
読了日:10月26日 著者:よしながふみ
通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで (中公新書)通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで (中公新書)感想
副題にある無文銀銭から当今の電子マネーまで。本邦の通貨を主眼に置いた通史。面白い。というのは「1円は1円」という今の感覚(計数貨幣で法定貨幣)という概念が定着するには長い時間がかかったからだ。物々交換の経験を挟んで、金・銀・銅の産出量と市況による変動、対外貿易を管理した江戸時代ですら、貿易決済通貨としての銀があり、不足する少額貨幣の代わりとしての紙幣(藩札)があり、改鋳される度に品位による区別が起きる。勿論、財政経済政策としての操作がある。金銀銭の3貨体制といっても単純ではない。確かに「悪銭苦闘」である。
読了日:10月26日 著者:高木久史
本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)感想
帯の惹句はとまれ、この人は偉いのだろうかという懐疑は誰にでもある。個人的には坂本龍馬のごときはその最たるもので、田中光顕が居なければ存在すらしなかった人物になっていたろう。裸の王様と一緒で世間が金襴玉褸であると言っている以上、何となく同調しておかなくてはいけないという気分になるもの。その筆法で歴史上の人物から近接する人物まで、俎上に上げては切りまくる。出自や人間関係等々、博引旁証、手練手管を使っての文章は軽快。博覧強記此処に有りという感じ。一種の快感は覚えつつ。所謂雑文の1冊、後に何が残るか振り返りつつ。
読了日:10月24日 著者:小谷野敦
きのう何食べた?(12) (モーニング KC)きのう何食べた?(12) (モーニング KC)感想
正直にいうと、ワクワク感が薄れていました。この漫画の面白さというか、魅力は、白黒のペン画ながら、匂い立つようなおいしさ(美味しそうというか)が魅力だったのですが。何か理屈が先に立っているような気がして。12巻を待たされた感が導くものなのか、何が原因なのか分析しきれないのですが。とまれ、スタイリッシュな表紙に比べて、自分の中では得心のいく展開ではなかったです。以上。
読了日:10月23日 著者:よしながふみ
憲法の無意識 (岩波新書)憲法の無意識 (岩波新書)感想
幣原の意思だった日本国憲法9条(戦争の放棄)を成立させたGHQの主意は1条(天皇)を成立させるためにあったことを読み解く。日本人にとって太平の世の記憶「pax Tokugawa(徳川の平和)」が蘇り、WWUの鮮烈な記憶と結びついて、9条の改正の意思を持たなくなったのではないか、と読み解く。碩学が先学の考察を読み解く構造。話が次々と展開して楽しい。フロイトから中江兆民、カントにヘーゲル、マルクスまで登場して、筆者の読み解きを追う形。講演録だけに口調が柔らかく、読みやすい1冊。昔の記憶は確かに根強く影響する。
読了日:10月22日 著者:柄谷行人
銀の世界史 (ちくま新書)銀の世界史 (ちくま新書)感想
通史を書くのは難しい。各々の分野の専門家の研究を横串に刺していくからで、粗さはやむを得ないのかもしれないが。本書のテーマは銀。冒頭に提示される2004年の東大世界史の問題「銀が果たした経済の国際化について」の説明が展開されていく。視点はどうしても英、蘭に傾きがちで、銀が決済通貨として世界中を一つに結んでいった様を描くことに力点がある以上、何処か「どうするどうする」とでも合いの手を入れたくなるような筆致。焦点を押さえることは大学受験的な知識プラスアルファならよいのだろうが。個人的には満足に欠ける内容だった。
読了日:10月21日 著者:祝田秀全
アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で (岩波新書)アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で (岩波新書)感想
要旨は「利益の民主制」と「理念の民主制」の相剋。題名にある「壁」は両者を隔てるものの意。大きな政府か小さな政府かの選択をx軸、軍事介入か不介入かをy軸に採って絵解きしていく。4章の相関図を手引きにすると理解しやすい。民主党か共和党か、リベラルか保守というような二項対立ではなく、2大政党制下の有権者の合従連衡は多元方程式の解法並みに展開する。本書はルポの体裁に近く、手がかりの概念図を元に整理しながら読んだ方がいいかも。TV番組のフリップを連想させる図の出来がいいのでもっと挿入してくれた方が有り難いが……。
読了日:10月19日 著者:渡辺将人
ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書)感想
「公益のために民衆共同体に一体化し、総統国家の下、国民同胞となる」。仕事とパンが配られる社会。本書には印象深い数字がいくつか引用されている。終戦時のナチ党員850万人超。1951年の輿論調査ながら「今世紀ドイツが一番うまくいった時期は」との問いに、@第三帝国期44%A帝政期43%Bワイマル期7%。こんな大衆の中で良心に基づく反ナチ行動を執った人がいたこと、無私の行動に頭が下がる。それ以上に戦後の独、EUの体制まで考えた「クライザウ・サークル」の人々がいたことが驚きであり、日本と彼我の差を考え込んだ。重い。
読了日:10月16日 著者:對馬達雄
帰郷帰郷感想
子供のころ、まだあった景色である。白衣姿の傷痍軍人がアコーディオン片手に奏でる傍ら、義手の男が正座をして頭を下げる。日常のように繁華街で見かけていた裏側にある(あっただろう)思いを綴った短編集。サラッと読めば、それなりの音だけど、引っ掛かって読むと別の顔を見せる。短編だけに寸景を切り取った形のものが多い。でも前後の余白をどう想像するのか、その余白の美を感じさせる1冊。普通の人が普通ではなくなる戦争という仕掛けへの穏やかな抗議でもある。浅田自身の年齢と経験が書かせる1冊であると思うし、余人では書けない。
読了日:10月14日 著者:浅田次郎
謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉感想
お見事。現場に勝る知見なし。語学の天才とは本当にうらやましい。納豆菌による大豆醗酵食品を訪ねての旅はタイ、ミャンマーなどの東南アジアに、中国南部に、ネパール、インドにと続く。豆を醗酵させた食品は実は「出汁」であり、魚醤や醤油、味噌(醤)などの調味料と競合する味であった発見。日本に戻れば広く分布した「納豆汁」が東北地方にのみ残る景色もあり。筆者のルポを読むと、思わず納豆が作ってみたくなるし、各地の料理を試してみたくなる。ワクワク感と驚愕と知の喜びと。高野ワールドはこの1冊でも爆発している。今年の5指に入る。
読了日:10月13日 著者:高野秀行
「国史」の誕生 ミカドの国の歴史学 (講談社学術文庫)「国史」の誕生 ミカドの国の歴史学 (講談社学術文庫)感想
「ミカドの国の歴史学」改題。歴史といえば国学、儒学、そして水戸学が果たした役割が大きい。一つの到達点として「大日本史」を挙げられよう。だが明治になって西欧の歴史学研究手法が導入される。文明としてか、文化としてか、両者の相剋を描く1冊。中で転換点となったのが久米邦武筆禍事件(「神道は祭天の古俗」)や喜田貞吉が巻き込まれた南北朝正閏論争だ。この2件は社会科学者としての学問の見識か、国民教育の問題かを争うものであったけど、筆者は日本独自の「中世」を描くことで、後の皇国史観に繫がるような土壌が生まれたと見立てる。
読了日:10月7日 著者:関幸彦
戦国と宗教 (岩波新書)戦国と宗教 (岩波新書)感想
起請文に見えるように、人倫五常を守り,神仏への帰依を誓う者に加護がある一方、他人の信仰には関与しないという姿勢=「天道」という絶対的な是非を想定する。中で信長と本願寺の関係については、実は宗祖親鸞の教団内での争いに、応仁の乱以降の室町殿の内紛が絡んだのではないかという読み解きや、九州のキリシタン大名の分析も新鮮。寺社というと俗世の権力ではないように今日的には先入観を持つが、中世では領地を持つ守護大名と同様の領主であることが伺える。ただ庶民に葬送儀礼が定着したこの時期、書中で時衆への言及が少ないのは残念。
読了日:10月7日 著者:神田千里
ひさしぶりの海苔弁 (文春文庫)ひさしぶりの海苔弁 (文春文庫)感想
最近、海苔弁にはまっているのでつい、買ってしまったが。最後のオチまで行かない感じの文が続くのが……。
読了日:10月6日 著者:平松洋子,安西水丸
日本陸軍と中国: 「支那通」にみる夢と蹉跌 (ちくま学芸文庫 ト 16-1)日本陸軍と中国: 「支那通」にみる夢と蹉跌 (ちくま学芸文庫 ト 16-1)感想
「支那通」−−旧陸軍で中国大陸の情報収集を旨とした専門家を謂う。 軍備兵站を調べ、時に政治工作もする。「日本は東亜の盟主。西欧列強から独立するために指導するのが役目」みたいな自惚れも。「アラビアのロレンス」と似た立場ながら、大局観がないセクト主義の一介の武弁だった。情報は偏向し、傲慢の誹りを免れぬ振る舞い。WWI以後の民族自決の流れを認められないままに。結果が張作霖の謀殺から始まる15年戦争である。中国大陸での抜き差しできない戦いをした揚げ句の日米開戦。少数のエリートが日本の進路を誤らせた歴史は重い。
読了日:10月6日 著者:戸部良一
日本経済のトポス 文化史的考察日本経済のトポス 文化史的考察感想
この本が刊行されたのは1980年代。筆者は著名なマルクス経済学者。まだ「マル経」が現役だった時代の本。丸谷才一がこの本を随筆で褒めていて、読んだ記憶がある。何度もの引っ越しでも、本棚の中でしかるべき位置に置いてきた。読んだ当座、班田収受法から説き起こすなんて、新鮮なのだろうと思ったからだ。あれから約40年、読み直してみたけど、あの当時の驚きはなかった。日本史への科学的研究の進歩のゆえか。権門体制論が生まれ、農民は搾取される存在という訳でもないことが明らかになった今、時代の使命はもう終えた1冊なのかも。
読了日:10月5日 著者:日高普
興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産 (講談社学術文庫)興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産 (講談社学術文庫)感想
岸信介の顕密構造を読み解く。内に国家社会主義、統制経済への志向や反米感情を抱きつつ、米国の覇権の下に自分の権力の扶植と拡大に努める姿は、一介の農業国だった韓国で高度成長を成し遂げた朴正煕と相似形なのかもしれない。2人の指向を培ったのが満州国ではなかったかと読み解く。時に満州事変後の大陸に、或いは5・16軍事クーデターの中にと話が展開していく。顕密構造である以上、主権者である国民の前に本心の部分を明かし切れないのは仕方ないところ。とまれ、祖父の遺訓を顕彰するに足らんと思っている坊ちゃんとは違う次元の話だが。
読了日:10月4日 著者:姜尚中,玄武岩

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2016年10月01日

★2016年9月に読んだ本。

2016年9月の読書メーター
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:4503ページ
ナイス数:622ナイス

日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)日本震災史: 復旧から復興への歩み (ちくま新書)感想
「復旧から復興への歩み」という副題の方が本書の内容に相応しい。震災そのものの被害への言及より、その後についての方に重点がある。特に史料の多くなる江戸期以降、大名普請(被災地の住民への雇用対策の意味も持つ)から、請負普請へと変遷する様を、また火山噴火に関連して幕府が執った施策についての言及。明治期以降は備荒儲蓄金法、罹災救助基本法といった法整備に基づく体制へと引き継がれる。関東大震災に際し、当時の内務官僚がインフラの再建と併行して住民が帰還するか否かへの配慮があったのは興味深い。復興はやはり民間主導である。
読了日:9月30日 著者:北原糸子
ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)感想
米国の人口比で2%のユダヤ系は政治的に影響力を持ってきた。政治意識の高さ、献金、ロビイスト活動が活発……。米国の「戦略的資産」とまで言われたイスラエルという存在だが、本土と米国在住民との間には意識の乖離が生まれていることをきれいにトレースした1冊。「中東唯一の民主国家」という決まり文句が今も惹き付けるのか、旧約聖書の「約束の地」であるからか(ここには福音派の信者の動きもあるという)。イスラエル本土での右傾化と米国内でのホロコーストを身近に見聞きした世代の高齢化が意識のギャップを生むという見立ては興味深い。
読了日:9月29日 著者:立山良司
無縁所の中世 (ちくま新書)無縁所の中世 (ちくま新書)感想
前著に続き、公、武家ではなく、寺院を中心とした中世文化を想定する。生活に困窮した庶民が流動化して都会に流入する世、移民が発生する世。移民のいない大集落は大きなムラだが、旧住民と移民がいる風景は都市だ。移民が発生するところ、無縁所あり(ま、京都に対する叡山)。「人類普遍の無縁を考察する場合、参考になるのはアメリカ史」なんていう分析は首肯できるのだけど。あらゆる局面の史料を繋ぎ併せての立論ぶりは豪快だが、展開について行き切れなかった。史料を読み込んでいない上、時空座標が組み立てられないのに過ぎないのだろうが。
読了日:9月27日 著者:伊藤正敏
寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)感想
日本の中世で一番の権力者は寺社(特に比叡山)であるという命題提起の1冊。特に延暦寺末の祇園社が京の経済面で特権を与える一方で寺銭を稼いでいた、警察司法権に対しての検断不入権を誇り、鴨川以東は勿論、洛中にも勢力を伸ばしていた様を描く。祇園社の祭りが洛中の町衆に支えられているのは確かに証左だ。前著「日本の中世寺院」でも叡山の他、南都、高野山、根来寺などを挙げていて、本書でも挙例の事象があちこちに展開し、年代も交錯するので追い掛けるのが大変ではあるが。要は公権力の行使(徴税も含め)が普くことが近世化なのだ、と。
読了日:9月23日 著者:伊藤正敏
シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)感想
地図を逆さに見た時のような驚きがある。シベリア出兵が後の15年戦争の姿と相似であること、後の戦争を指導する立場にいた人物が関わっているのに、当時の経験が生かせていないこと。鮮満の権益を守り、あわよくば更に北辺を狙う妄想が膨らんだ結果としての出兵。終結への構想がない戦いが広がる。現地と参謀本部、政府の思惑の食い違いが広がるまま、糊塗弥縫が続く。一般には点(尼港事件等)の知識だが、実は19世紀から続く歴史の一齣、面であるのが分かる。兎も角、兵戈を政府が収められたのは元老(山県有朋)という錨の有無でしかない。
読了日:9月20日 著者:麻田雅文
情報参謀 (講談社現代新書)情報参謀 (講談社現代新書)感想
自民党を支えた広告代理店とその周囲に存在するマーケティング会社の話。その中心にいたという筆者がこういう話を書いているということは、既に次の段階に進んでいるということだ。「政策本位の政治」という建前は別にして、「政治家」が「政治屋」になっているということを端なくも提示した形ではある。中身はWeb上やテレビを監視して、対応策を立てていく。果敢な対策を立てられるだけの資金力(これも政党交付金の一部である)。内容自体はさもありなむ、の水準ながら、「情報は発信しないと存在しないのに等しい」ということ。ちょっと引く。
読了日:9月19日 著者:小口日出彦
鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)鳥獣害――動物たちと、どう向きあうか (岩波新書)感想
本書は街の人の視点である。鳥獣害の話は地方に住んでいれば日常生活の一部である。鹿、猪、猿は日常的にいる。(夜、道を走っていて気付くのが遅れて車にぶつかってこられたら、被害は免れないところ。こういう場合は警察は事故証明を出してくれるのだろうか、保険は、と不安になる)。本書は鳥獣害のルポ部分と、日本人が生み出してきた殺生観の考察の2部構成。個人的には思惟的な部分よりも、実例をきちんと紹介してくれた方がよかった。人口減少、過疎化、耕作放棄と続く連環や荒蕪の地になっても自分の土地と手放せない精神性への言及とか。
読了日:9月19日 著者:祖田修
昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)昭和史講義2: 専門研究者が見る戦争への道 (ちくま新書)感想
全20講の中で9、10講の「日中戦争における和平工作」、12講の「天皇指名制陸相の登場」は読ませる内容だった。以外は厳しいかも。学会機関誌の「研究往来」みたいな欄を思い出す。新書という体裁で一般に向けて本を書くなら、1)先行論文の引用と論文名の提示ではなく、筆者が知見を咀嚼して記述するべきで、文章がぎこちない篇が多いのが気になる。2)参考文献を挙げる欄を作れるのなら、注釈(特に人名)を入れた方がいい。3)活字版にはあるのかもしれないけど、索引が必要な本ではないか−−てな難点を挙げておく。捷径はないな、と。
読了日:9月19日 著者:
孫文――近代化の岐路 (岩波新書)孫文――近代化の岐路 (岩波新書)感想
華夷の別を立てる伝統的な世界観から、孫文は終生脱し切れなかったのではないか。生涯59年のうち、通算19年に及ぶ亡命生活。筆者は二面神ヤヌスに例えているけど、むしろ「キメラ」のような存在を想う。江南から興った明の朱元璋、太平天国の洪秀全のような姿を念頭に描きつつ、目的のためには手段を選ばない手法。白くても黒くても鼠を捕る猫はいい猫、という論理に繫がる。実力はないので「収」(中央集権)を目指しつつ、「散」(地方分権)を呑まざるを得ない。国共双方の国父という偶像になる前の姿を考える。日本史なら足利義昭……。
読了日:9月18日 著者:深町英夫
近代中国史 (ちくま新書)近代中国史 (ちくま新書)感想
快著。中国の宋〜明〜清と続く中で「眠れる獅子」は欧米流とは全く違う統治、財政構造を築いてきた。欧米が予算主義なら、中国は現額主義。地域貨幣の銭と地域間流通貨幣の銀の二本建て。加えて貿易代金として流入する銀に依存する経済。資本が育たず、関税を抵当にした外資頼りの経済。アヘンすら通貨として経済に組み込んできた歴史はすごい。穀物の増産から人口爆発、そして辺境・海外への流出、流氓化と、清末から国民政府、共産党政府にまで続く民間の感覚をトレースしている。この本を読んでから枝葉の本に読みすすめば、理解は数倍違うはず。
読了日:9月16日 著者:岡本隆司
昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)昭和史講義: 最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書 1136)感想
編者自身が「得難い本」と記したことに失笑を禁じ得ない。「最先端の専門研究者によってまとめられた」と称する15講で構成されているものの、1)時系列の中で事件や出来事ごとでまとめられているので、前後の講との間で、文脈、扱いに齟齬が出る。2)中央官庁や軍関係、中国の中枢にいた人物の記録に依存している部分が多く、記述内容が政治外交軍事に偏重していて、従来の書物での知見の域を出ない。3)最近で言えば加藤陽子の「戦争まで」や、山中恒の「アジア・太平洋戦史」の方が視野が広い−−等々。研究者はやはり自惚はいかんな、と。
読了日:9月14日 著者:
中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)感想
史記以来の正史は理非の判断を下した上で記録されてきたという感覚が新鮮。「経・史・子・集」という4部の別に基づき、歴史は儒教的解釈第一、今の考証学や史実第一主義の産物ではない。裏付けになっているのは縦方向の士庶の別、横方向の華夷の差。過去の史実に付会するなど、想定外の思考回路。儒教に深く親しんでいるが故に攘夷思想が生まれ、和魂漢才ならぬ「中体西用」の考えが起こる。清朝後は「三国史」で、毛沢東は「士庶の別」を排して新時代を開いたとしつつも、今は長年の中華思想に回帰してはいないか。嫌いでも面白い、の評が的確。
読了日:9月12日 著者:岡本隆司
天下と天朝の中国史 (岩波新書)天下と天朝の中国史 (岩波新書)感想
血統に裏付けされた皇帝と天の指名に基づく天子。両概念が重なった存在こそが東アジアの支配者たりえる。と同時に漢民族を中心とした中華と周囲の異民族を含めた天下を併せてこそ真の天朝を担うものになる。北方の異民族と南方に逃げた漢族の争覇が王朝の交代になるのだが、易姓革命が起きても信仰、思想的な根幹として儒教が横たわる。中華の国の統治する大天下と日本、朝鮮、越などの小天下が構成する世界。逆に言えば双方とも中華の存在を常に意識せざるをえない世界観を示す。冊封体制や現中国の海洋進出もこの論理の延長線上という読み解き。
読了日:9月10日 著者:檀上寛
昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)昭和芸人 七人の最期 (文春文庫)感想
残酷な本である。喜劇の世界に生きる限り、旬がある。旬が過ぎれば老い、寂寞が立ちこめる。そういう風を感じさせなかったのは巻末の伊東四朗の聞き語りに出てくる三木のり平ぐらいかもしれない。筆者が俎上に取り上げた7人(生で記憶があるのはそのうち4人だが)はこんな晩年を過ごしていたのか、と思う。ダメなのは分かっていてもなお残る自負と執着。昭和の喜劇役者の雰囲気、戦前戦後の空気、興行界の出来事など、登場人物の姿を通して描き出してみせる。読み物ではあるけど研究論文風。なかなかに畳の上での大往生というのは難しい。好著。
読了日:9月5日 著者:笹山敬輔
地域再生の失敗学 (光文社新書)地域再生の失敗学 (光文社新書)感想
至極真っ当。でも、こんな建前論では追いつかない気がする。広島での原爆投下後、被爆直後の広島赤十字病院で、放射線障害が何かも分からぬまま、手探りで治療に当たった医師らが、当時の数少ない検査方法で、血球数を顕微鏡下で数えたという話を思い出しています。白血球が一定数を割り込むと回復が困難になる、という治療経験が生まれたという思い出の記を思い出した。。確か「爆心」(朝日新聞広島支局)で読んだと思うのだけど。白血球 も人口も同じなんじゃないか、と。漠然とした気分になる。地方創生とは所得の増加がゴールなのは確かだが。
読了日:9月4日 著者:飯田泰之,木下斉,川崎一泰,入山章栄,林直樹,熊谷俊人
日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)日本の中世寺院―忘れられた自由都市 (歴史文化ライブラリー)感想
中世の寺院(山門、寺門、興福寺、東大寺、高野山、根来寺)が実は宗教施設ではなく、軍産学複合体の都市だった、という解釈は豪快。学侶、行人、聖という3階層のうち、教学を専らにする学侶は約1割、残りは荘園の管理、商工業の統括をする行人が占め、聖は遊行しているので、掌握不可能という姿を高野山の記録から見立てる。顕密体制とはいえ、教義上最高位の大日如来への信仰は影が薄く、実態は大師信仰、太子信仰を中心に「呪術的」な信仰と死者の供養が中心であったとする言説は今の実態を見ても納得がいく。権門体制論を補完する内容に納得。
読了日:9月3日 著者:伊藤正敏
中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)中世京都と祇園祭: 疫神と都市の生活 (読みなおす日本史)感想
同題の中公新書の改版。人口が集積すれば当然、疫病の流行が起こる訳で、京都でどうして長年に亘って続けられてきたかがよく分かる。祭神の牛頭天王が抑も最初は疫病を齎す神であったはずが、蘇民将来と出会って疫病除けを約束した神に変身してしまうのがすごい。最初は官や寺社が主催した祭りで、種々の役銭の収入や名誉が祭りの執行者に付随していたのが、室町期から変化。下京に住む町衆主体の祭りに変わっていく。住民自治の精神の発露と見るか、権門の弱体化とみるか。今に続く祭りが全国で都市の生活に不可欠な神祭として享受された不思議も。
読了日:9月1日 著者:脇田晴子

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posted by 曲月斎 at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする