2008年01月27日

適塾と船場吉兆

大阪で時間が取れたので、難波の自由軒に名物カレーを食べに行く。
ここは織田作之助が愛したという代物のカレーが看板にて、昼時ともなると店の前には行列ができる。

すっとうまく店に潜り込んで名物カレーを頼む。この店はテーブルが3列に並んでいるのだが、店の女給さんは「東・中・西」と区別して呼ぶ。小生が座ったところは東の1番。でここのレジをしている女主人が傑物。客の注文を細大漏らさず聞いているのである。女給が奥の調理場に注文を通し忘れても、この女主人が「あんた、中の7番さん、ビールの小瓶というてなかったか」てな具合に修正するのである。見事。

そのまま北にあがって北久宝寺町。物見高いが常にて、船場吉兆はどこかと訪ねれば、もうほとんど堺筋に出ようかという辺り、繊維問屋街の一角に聳えていた。表の大戸は閉まったまま。休みだったから本日はお休みだったのかもしれない。あの全国に顔を売った女将が見られないかと思って出かけたが。

でさらに北へ北へ。知人に「北浜の適塾は一見の価値がある」と言われていたのを思い出して、適塾跡へ。土佐堀通の1本南、三休橋筋を少し西に入ったところにある。実に構造が複雑な家で、塾生部屋や、あの蘭和辞書ズーフハルマのあったズーフ部屋などは天井が低く、たいしたものだと思う。で、知人にも言われていたのだが、大村益次郎が豆腐を食べていたという物干し台はどこかと中からさんざん探したが、結局分からず、外に回ってみると、あった。ちなみにこの建物は大阪大学のキャンパスの一部らしい。隣の大阪市立愛珠幼稚園が適塾の一部のように見えるが実は全く無関係である。


posted by 曲月斎 at 15:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
販売ってなに?
Posted by BlogPetのArato at 2008年01月28日 09:21
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