2008年01月27日

「連歌とは何か」



連歌というのは不思議な文藝です。

日本文学の歴史の中でも、特に中世から江戸期(ま、この時代には連句になっているのですが)には流行したもので、筑波の道とも言われたそうでありますが、自分の中でピンとこない。というのは少なくとも、一人では出来ず、相手(少なくとも3人くらい居た方がいいらしい)が必要で、そのメンバーも一定のバックボーンがないと、楽しいとは思えない代物だからであります。

と言っても、そんなに複雑怪奇ではなく、一人が五七五と上句を詠めば、次の御仁が七七と受け、この七七に沿うように3人目が五七五と詠む訳であります。連句は三十六句で「歌仙」となりますが、連歌は100韻とか200韻とかになるらしい。戦国時代には連歌師という存在が貴重で、あるお城では包囲された時に攻め手が上句を矢文で城内に打ち込んだ時、下句を上手に返したので包囲を解いて帰陣したとか、長篠の合戦の前に武田家中で興行した連歌が不吉だったので合戦に敗れたとか。徳川家では、家康が生まれる前に結構めでたい連歌が興行できたので、幼名がそれにちなんで竹千代になったり、幕府が開かれた後も正月には必ず連歌を城中で興行したとか。文学というよりも、民間信仰みたいになっている訳です。

そういう不可解な代物をその淵源から、歴史の表舞台を去るまで追いかけた通史であります。この手の本は確か中公新書に「連句入門」というのがありましたけど、それよりも柔らかいので読みやすい。もう一度、文学史の舞台から退場したこの文藝を見直すいいきっかけになる本であります。


posted by 曲月斎 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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