2007年04月08日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所/#9 3番奥の院愛染院まで

1番でショッピングセンターのような印象を受けた余韻なのか、2番極楽寺も10年余以前よりはずいぶん立派になったものだと思う。

特に、本坊で朱印を受け付けていたのが、今は山門に近い売店の奥が個人遍路の納経所。団体と分けてくれるのは助かるが、それはそれで不思議な感じだ。おまけに庭もすっかり整備されて綺麗になった。それだけ遍路に訪れる人が多いのだろう。

朱印を押してもらって300円、掛け軸なら500円、笈摺ならは200円。これだけの収入がどれだけのものになるのだろう。ある意味で宗教活動であり、

ちょうど持ち歩いていた経本が「真言宗常用経典」と分厚いものだったので、さすがに荷物になる。ここで遍路用の般若心経に買い換えて、厚い方は送り返す荷物に。

3番金泉寺も印象が薄い。本堂、大師堂でおつとめをして、そのままバイクで導かれるままに農道へ。この辺りはかつては撫養街道から右に左にと折れて寺を詣でていたのだが、農免道路、というのができたお陰で、山に登ってしまえば、アップダウンもバイクなら気にならない。

3番の納経所で奥の院の愛染院への道を聞くと、すぐに分かった。

明王院.jpg

何か街道沿いの小堂だったような記憶だったが、山の麓に広がる小さなお堂だった。門前には犬が寝そべり、納経所に声を掛けると、「車があるから、住職さんがいると思う」という話。声を掛けると、この寺独自という刷毛書きの不動明王の梵字を書き上げてくれた。

梵字の刷毛書きは、筆書きするのと違って、バランスを取るのが難しい。川崎大師でも一番下のランクの木札は筆書き風、その上から刷毛書き風になる(どうせ直筆ではない、シルクスクリーンだろうから)

ここへ来て初めて四国遍路を始めたんだという実感みたいなものが湧いてくる気分だった。それで納経を終えて、しばし話し込む。庫裏の縁先にはポットとコーヒー、紅茶、緑茶とティーバックがおいてあり、セルフサービスだ。

話をしていると先代の庵主さんは体調を崩して今は施設に入所しているという。なかなか自分の身仕舞いを決めるのは難しい。高野山大学の話になったのだけど「うーん、山大でなくても勉強できることはあるような気がしますよ。むしろパーリ語とかサンスクリット語とかの授業が多くて外国語を勉強しているみたいな気分だった。確かに加行はできるし、実技の面ではいいのかもしれないけど。何か学びたいことが貴方の場合は違うところにあるような気がしますよ」との助言だった。

もう5時。徳島への道を習い、この日の巡礼は終わった。門の裏にある小屋から長い鎖で門外まで柴犬風の茶色い犬が見送りに出てきてくれた。

犬.jpg

この夜は仕事関係の人間と飲んでしまい、結局翌朝も遅くなってしまった……。やはり俗世との関わりは避けた方がいいのかもしれないけど。

〈この日の教訓〉
だれとでも話をしてこその巡礼。特にバイクは走っている間は話辛い。ヘルメットを外している間は人と話すことがきっといい結果を生むような気がする。


posted by 曲月斎 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。