2011年05月04日

4月に読んだ本。

4月の読書メーター
読んだ本の数:10冊
読んだページ数:3079ページ

戦前昭和の社会 1926−1945 (講談社現代新書)戦前昭和の社会 1926−1945 (講談社現代新書)
今の世間を見回すと既視感にとらわれる。いつの風景なのか。それは大正末期から太平洋戦争開戦前まで。今の姿と瓜二つに見える。筆者は3点を指摘する。1にアメリカ化、2に格差社会、3に大衆民主主義である。3つのキーワードに収斂される種々の現象を点綴していく。デパート、アパート、映画、モガ・モボの出現、家の光やひとのみち(現PL教団)の出現などなど。カリスマの出現(戦前に於いては近衛文麿首相誕生)を待ち望む空気。今の日本はこの段階まで来ている気がする。この相似形ぶりにある種の危惧を覚えるのは小生だけではあるまい。
読了日:04月23日 著者:井上 寿一
あの戦争と日本人あの戦争と日本人
幕末から日清、日露の両戦役を経て太平洋戦争に突入していく日本。司馬遼太郎は軍部の「統帥権」を「魔法の杖」と呼んだ。半藤は掘り下げて、「軍部大臣現役武官制」「帷幄上奏権」の2つにスポットを当てる。統帥権は天皇の大権とされた一方、前者は気に入らない内閣なら陸、海軍は大臣を推薦しなかったり、辞任させさえすれば内閣は総辞職に陥る。また後者も参謀本部や軍令部は天皇に直接裁可を仰げば、陸海軍大臣に事後報告で可、とする制度です。確かにこの3振りの宝刀は実に有効とよくわかります。さてどこかで空気が今、似てはいませんか
読了日:04月20日 著者:半藤 一利
料理のお手本 (中公文庫―BIBLIO (B18-24))料理のお手本 (中公文庫―BIBLIO (B18-24))
「きょうの料理」で「お塩は大さじ何杯ですか」と聞かれて「そりゃ加減ですわ」とこたえていたような記憶が。うまいと思う舌のそれぞれを認めつつ、ひとつの物差しも示していたように思う。口調をそのまま文章にしたような1冊。読み直してもおいしそうに思う。
読了日:04月19日 著者:辻 嘉一
料理歳時記 (中公文庫)料理歳時記 (中公文庫)
タケノコをゆでるのに、再読。そのつもりが余計なところまで読み進んでしまう。口調の歯切れのよさ、所作、立ち居振る舞いの品。筆者のようなああいう人はいなくなってしまったなあ。
読了日:04月19日 著者:辰巳 浜子
能ナビ ~誰も教えてくれなかった能の見方~能ナビ ~誰も教えてくれなかった能の見方~
今までにない能の解説書でしょう。能を演劇として見るという立場は観世寿夫が提唱して以来の考え方ですが、他の演劇の見聞やテキスト(能本)の読み込みに依って生まれる見識などを具体的に案内してくれる本はなかったからです。総合藝術という言葉に踊って観ることが難しくなってしまいがちな能を芝居として読み解いています。文章は「渡辺節」なのですけど、自身が能ににじり寄っていった軌跡、経験が生きています。専門用語を遣わないで、明快にドラマを分解してくれれば作者の世阿弥や元雅、金春禅竹、観世小次郎信光も泉下で喜んでいるのでは。
読了日:04月12日 著者:渡辺 保
センセイの書斎---イラストルポ「本」のある仕事場 (河出文庫)センセイの書斎---イラストルポ「本」のある仕事場 (河出文庫)
書斎を覗いてみたい、というのは今に始まった好奇心ではない。山藤章二登場前の週刊朝日には各界の方々の仕事場をグラフで紹介するコーナーがあった。アサヒグラフの「我が家の夕めし」と並ぶ名物だった。そして観察とリアリズムの極地、妹尾河童の「河童の覗いた××」シリーズもあった。その系統に属する1冊。イラストは柔らかい調子、文章は基本的には「へえ、すごい」と驚きの連続で、ちょっと綾が欲しいかなあ。でももっとこのシリーズは続けてくれたらいいなあ。
読了日:04月11日 著者:内澤 旬子
大日本地名辞書〈第1巻〉汎論・索引 (1971年)大日本地名辞書〈第1巻〉汎論・索引 (1971年)
よくできた「工具書」です。通読する本じゃないけど、拾い読みも楽しい。
読了日:04月08日 著者:吉田 東伍
括弧の意味論括弧の意味論
筆者は週刊誌の中吊り広告に必要以上の括弧があるのに気付き、意味を考え始める。アプローチの仕方たるや、論理学、数学と大手搦手から総掛かり。でも正直に言う。話の展開が疲れる。引用例の浅田彰らに代表されるポストモダンの書き様はだれが読んでも韜晦的だし、””(爪カギ)は今の日本語表記からは消えた。筆者提唱の「括弧率」=括弧が文中にどの頻度で登場するか=の言いは面白いけど、読み間違いや字面のリズムを作る上で括弧が今や欠かせない、の1点に収斂されるのではないか。むしろ例にある「こそあど言葉」の思索が面白い。
読了日:04月08日 著者:木村 大治
江戸の気分 (講談社現代新書)江戸の気分 (講談社現代新書)
何か物足りない。江戸時代の論理は落語の世界だけではなく、重層的なはず。それを落語の間尺だけで推し量ろうとするのには無理がある。拾い読みを繰り返して読了したが、通読するには脳裏で補わなくてはいけないものが多すぎる。落語の解説本として読むのなら差し支えないとは思うけど。
読了日:04月07日 著者:堀井 憲一郎
夜中の薔薇 (講談社文庫)夜中の薔薇 (講談社文庫)
筆者の没後に出された随筆集。ベルギーの旅行記、アマゾンの旅行記(アマゾン川のさまを仙台味噌と八丁味噌に例えるのが、らしい)が、そして人物評が、と、軽く読めて滋味が豊かなものが多い。最後の方に並ぶPHP掲載分はちょっと心学の先生みたいな感じだけど。同じ文といっても脚本と随筆は違うはず。手練れになってきたんだな、と思った時には遺稿集、という感じ。改めて惜しい人物である。
読了日:04月05日 著者:向田 邦子

読書メーター

matome_gimage_25109_1.jpg


posted by 曲月斎 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。