2011年02月15日

「オリエント急行殺人事件」

1974年制作。

オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] / アルバート・フィニー, ローレン・バコール, イングリッド・バーグマン, ジャクリーン・ビセット, ショーン・コネリー (出演); シドニー・ルメット (監督)
この映画を見ていて、「ノックスの十戒」というのを思い出した。正統な推理小説が成立するための構成要件のようなものだ。曰く。

1.犯人は物語の当初に登場していなければならない
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
5.中国人(超常現象を駆使する人物)を登場させてはならない
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
8.探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
9.“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
10.双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない


もう一つ。ヴァン・ダインの二十則というのもある。
1.事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。
2.作中の人物が仕掛けるトリック以外に作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。
3.不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題はあくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。
4.探偵自身あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。
5.論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない。
6.探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない。
7.長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。
8.占いとか心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。
9.探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く。それはまるで読者をリレーチームと競争させるようなものである。
10.犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない。最後の章でひょっこり登場した人物に罪を着せるのは、その作者の無能を告白するようなものである。
11.端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。
12.いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。
13.冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの組織に属する人物を犯人にしてはいけない。彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである。
14.殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。
15.事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。
16.よけいな情景描写や、わき道にそれた文学的な饒舌は省くべきである。
17.プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる。
18.事件の結末を事故死とか自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。
19.犯罪の動機は個人的なものがよい。国際的な陰謀とか政治的な動機はスパイ小説に属する。
20.自尊心(プライド)のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。これらは既に使い古された陳腐なものである。
犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法
インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
指紋の偽造トリック
替え玉によるアリバイ工作
番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
双子の替え玉トリック
皮下注射や即死する毒薬の使用
警官が踏み込んだ後での密室殺人
言葉の連想テストで犯人を指摘すること
土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法


これらの規則に照らし合わせても、実によくできた映画であり、見直してみる価値はあった。

昨今のCG作品にはない序盤のイスタンブールの喧噪。アジア地区から欧州地区へ渡る連絡船乗り場からそれは始まる。駅頭に於いてもまたしかり。よく見るとで襦袢のような着物を着て、髷を結った日本女性風の姿があったり、アフリカの王侯のような隊列があったり。本当に楽しい。

一転、寝台車の中に舞台が移ると、緻密な構成だ。
上記の推理小説の王道を画像化すると、こういうことになるのだろう。
配役も豪華。オールスターキャストである。

ポワロ役が喧しいのはさておき、実によく作り込んであると思う。手札がどこかで示されているのだから。

そしてどうでもいいことなのだけど、最後の雪の壁の中を列車が走り過ぎていくシーンはふと市川崑
の横溝シリーズのラストを連想させる。
いってみれば、市川崑の作にはこの作品の換骨奪胎が見えるのも面白い。いわば本歌取りのような。それだけ、この映画が「古今集」たる所以なのだろう。


posted by 曲月斎 at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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