2010年09月08日

吉野である。(承前)

吉野である。

宿にあったチラシによると、金峯山寺では、本尊が開帳の最中とのこと。これは詣らなくてはなるまいと、朝、仕事に行く前に立ち寄った。

100day%20kaityou.gif蔵王堂は見事な建物で、拝観料1000円は高いかな、と思ったが、護摩木になる携帯ストラップ、トートバッグ付きなので、そう高いという感じではない。

釈迦如来、千手観音菩薩、普賢菩薩の3体が現世の救いがたい衆生を救済するために、力強い姿と変じてこの世に現れたとするのが蔵王権現の思想。むしろ、森の精霊への畏敬が、こういう形になったと言った方が正しいのかも知れない。

と言うわけで、今回の開帳では、障子で区切った半畳ほどの空間がいくつか本尊の前にしつらえられており、座ると短い線香を堂守が1柱立ててくれる。端座して本尊と向かい合う時間の目安だ。

青い御身の巨大な像が、圧倒的な迫力で迫ってくるのを、じっと見上げる時間は、不思議な流れだった。


さて。吉野である。
戦前の教科書では「南北朝時代」は「吉野朝時代」と読み替え、南朝正統の歴史観を押しつけたのではあるが、実際に吉野にきてみると、単なる「山岳ゲリラ」状態ではなかったか。吉野の町並みは尾根筋に広がるばかりで、下界との上り下りにはかなり難渋するのは想像に難くない。山城に立てこもった反政府派、という感じではなかったか。

言葉が俗に過ぎるかもしれないが、そんな感じがした。


posted by 曲月斎 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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