2010年06月20日

「氷雪の門 樺太1945年夏」

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今から、36年も昔の映画が日の目を観ることになった。

上記の標題の作品で、1945年に日本が敗戦の詔勅を世界に渙発した後も、北満州や樺太、千島では戦闘行為が続き、多くの邦人がその犠牲になった物語である。

舞台は樺太の西海岸、真岡。この地図で見ると、北緯50度を境として南半分が日本領、北半分がソ連領だったわけで、本来は軍事行動は停止するはずが、ソ連軍の南下策により、日本で最後の地上戦が行われることになった。中で、真岡郵便局で電話交換業務に当たっていた9人の女子交換手が服毒自殺を遂げたという悲劇的な事件が題材になったのが、この映画だった。
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真岡は西海岸の要衝の年で、50度の国境を突破してきたソ連軍の侵攻を大泊や内地に向けて発信する位置になった。

72086.jpg迫り来る赤軍の猛攻の下、最後まで通信の業務に準じた乙女らの姿は結構、感動的であったと記憶する。

というのもなぜか、一般向けには上映中止となったものの、学校映画で見た記憶があるのである。こういう映画をなぜ選定したのか。当時の我が母校の空気が反映しているようで、いまとなってはおもしろいのだけど。

それはさておき、近く改めて公開されるよし。もういちど、シネスコサイズでぜひ見ておきたい1本ではある。実際の舞台となった真岡は実は結構、樺太の南に位置していたことが改めて分かった。それだけに、それ以北の町との通信回線(だいたい線路と一緒に敷設される)を維持するために改めて要衝であったことが分かるし、迫り来る赤軍の恐怖もまた格別であったろうと思う。

詳しいことは上映委員会のHP


posted by 曲月斎 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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