2010年04月24日

山本則直師逝去。

訃報が出ていた。

狂言の山本則直師である。享年71歳であるという。
大蔵流でも、京都の茂山千五郎家の藝風が華やかなら、東京の山本東次郎家の藝風は剛直。こめかみの血管が切れそうにさえ思うほどの武骨な台詞回しであった。
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故人と兄の4世東次郎、弟の則俊の組み合わせで何度狂言を見たことか。東京では野村萬蔵家が、万之丞、万作、万之介の3人で世評を得ていたころの話だ。剛直といわれる藝風の山本家にあっても、この人はひときわ剛直であったような気がする。

3世東次郎は「乱れて盛んになるよりも、むしろ堅く守って滅びよ」と教えたという。いつも同じ顔ぶれで武骨に演じる狂言がいつか素晴らしく思えるようになっていた。

今は則直の2子・泰太郎に則孝、そして孫・凛太郎、則俊の2子・則重、則秀と顔ぶれが揃い、3兄弟ともにそろって円熟の藝を開花させようかという時期だっただろうに。

あの3兄弟の狂言がもうみられないかと思うと少し寂しい。


posted by 曲月斎 at 23:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 三間四方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もう25年以上前になりましょうか、
「新の会」という狂言会での「那須語」の
鮮やかな姿が忘れられません。

その頃、山本門下の素人会で、
「鈍太郎」の女を演じていた則直さん、
なにが可笑しかったか、吹き出してしまい、
♪これは誰が手車♪が謡えず、
素人の「鈍太郎」が当惑していました。
オフの則直さんは、気さくな方だったろうと思っています。

残念です。合掌。
Posted by moraimuko at 2010年04月26日 21:51
もう25年以上前になりましょうか、
「新の会」という狂言会での「那須語」の
鮮やかな姿が忘れられません。

その頃、山本門下の素人会で、
「鈍太郎」の女を演じていた則直さん、
なにが可笑しかったか、吹き出してしまい、
♪これは誰が手車♪が謡えず、
素人の「鈍太郎」が当惑していました。
オフの則直さんは、気さくな方だったろうと思っています。

残念です。合掌。
Posted by moraimuko at 2010年04月26日 21:53
ホンマに。
あの人はあの3兄弟の中でも、一番必死だったろうと思います。
ある意味で東次郎さんよりも。
一度、素で話をしてみたい人でしたなぁ。
Posted by 亭主軽薄 at 2010年04月26日 23:38
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