2009年05月21日

信州飯田行

信州飯田に行ってきた。
とんでもなく時間的に遠い。

2009051916260000.jpg鉄路で東京から行こうと思うと、中央本線の岡谷乗り換えで飯田線。約5時間の鉄路である。困ったと思っていたら、なぜか高速バスがあった。横浜から。第三京浜〜環8〜中央高速という道筋。途中、甲斐の山々の夕映えが見えたし、突然現れた光まばゆい街が諏訪だったのに驚いたり、吉良上野介の息子が流された信州高遠ってのはこんな遠くだったのかと思ったり。横浜そごうの1階から乗って、飯田まで4時間50分。ま、よしとしなくてはなるまい。

で、仕事が終わって、今は次の仕事場の静岡に向かっているのだが、この経路は飯田線しかない。この鐵道が約2時間に1本ペース。

午後4時23分に飯田を出て、天竜峡で乗り継ぎ、豊橋に着くのが午後8時過ぎというから恐ろしい。でも考えてみれば尾根一つ向こう側は元の仕事場。静岡県榛原郡川根本町である。南アルプスの西と東、なのであった。海があればいうことないけど、それにしても緑の山並みが見える風景というのは、四角い空しかないエリアと違って心地よい。

飯田線は途中、通学の高校生の群れが乗っては下りを繰り返していたが、車窓に流れる景色は美しく、何とも心和むものであった。

天竜川はやはり見事な川である。

飯田線というと、思い出すのが映画「点と線」の幕切れ間際の場面。一応、推理ものだから委細は省くが、犯人役夫妻の山形勲と高峰美枝子の会話で、結核持ちの夫人がこんなせりふをいう。「飯田線はどこからだったかしら」「中央線の岡谷だろう」「飯田、天竜峡・・・。谷間を縫うように小さな列車が走っているのね」みたいな会話だったと記憶する。谷間を縫うように走る列車は2両編成。「為栗」「鶯巣」「大嵐」珍読駅名のオンパレードであるが、谷間の平地ではまるでバスのように駅が続く。こりゃ江ノ電並ですよ。

2009052019080002.jpgこういう路線も大切な住民の足。黒字のJR東海はもっと気合いを入れて運行してほしいものだ。ところで待避線もない単線のこの線で走る特急というのは詐欺ではないか。ただ駅に止まらないというだけなのだから。とよけいなことを考えているうちに、愛知県に入った。三河川合という駅。ここで入れ替えのため15分待ちである。


posted by 曲月斎 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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