2009年02月06日

かっぱえびせん。

top_001.jpg大毎ミサイル打線で名をはせた山内一弘氏が他界した。

氏の謦咳に接すること、わずかの機会であったが。
晩年のブルーウェーブでのコーチ時代のこと。
当時の監督土井正三がやたらに気を遣う存在であった。
そして、シュート打ちの名手といわれたが、
その妙技の片鱗は見たことがある。

バックネットの前約30センチのところでネットに向かい合うように立って、バットを捌いて見せたのだ。何度スイングしても、ネットにがちゃんと当たる音もせず、ビシッと振り抜いていた。

そんな妙技も当時のある選手には「今時、そんな切れ味のいいシュートなんて投げる投手はいないよ、パには」と言われ、かっぱえびせんの異名をとったコーチぶりも空回りではあったが。

このころ、入団したのが田口壮であり、鈴木一朗だった。教えを乞うたことがプラスだったか否かは、歴史の示すところである。

オリックスではこの後に来たコーチが中西太。小生は両者を見る機会を得たけど、話がわかりやすいのは明らかに後者、だった。

あと、山内といえば駒場球場での9回2死満塁での振り逃げだろう。振り逃げは2死なら満塁でも起きるという例で、ルールの解説書にはよく出てきたものだ。怪訝な顔をしながらダイヤモンドを一周する姿は想像するだに滑稽である。

そういえば、ノベルティグッズ販売会社をしていたんですよね。

ともあれ、名物コーチが1人また幽冥境をことにした。ご冥福を祈りたい。


posted by 曲月斎 at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 騙仕合傳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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