2016年01月01日

★2015年に読んだ本。。

2015年の読書メーター
読んだ本の数:223冊
読んだページ数:59907ページ
ナイス数:6791ナイス

天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)感想
銀行という言葉が定着しているように、明を中心とする東アジアでは銀が貿易の決済で使われた。時代の需要に合うように石見銀山の発見、銀の流通が始まる。領有した毛利氏の動向を中心に話が進む。湯泉津、赤間などの湊町の発達、関銭の撤廃など、物流の変化が起き、米を介した商取引きが金、銀に変わっていく。豊臣、徳川と中央集権に向かうのと軌を一にして産出量が減る。国とり物語的な世界とは別の世界の広がりを教えてくれる1冊。江戸の金遣い、上方の銀遣いの由縁や、江戸時代になっても最終的には米本位制の社会制度になった点も興味深い。
読了日:12月29日 著者:本多博之
アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)感想
大友、大内、相良、松浦、島津……。九州の戦国大名は国内ではなく、アジアに目を向けていた姿を綴る。狭い国内での覇権を唱えるより貿易を通じて自身の存立を目指した姿は新鮮だ。石見銀山のような貴金属だけではなく、火山国日本ならではの硫黄までも売り物にする。東シナ海、南シナ海は実は内海であり、近代的な船の出現以前から貿易のための船は行き交っていたのは自然な話だ。後には東南アジアにまで商売の圏域が広がっていく話は雄大。論理の組み立てに飛躍がある部分もあるけど、筆者の提唱する「アジアン大名」という呼称は言い得て妙。
読了日:12月26日 著者:鹿毛敏夫
役者は一日にしてならず役者は一日にしてならず感想
聞き書きという体裁を取るこの本。実は筆者の質問の勘所が冴えているのが妙味。1人の俳優が出演した作品を見、その時代の空気の予備知識があるからこそ成立した1冊だ。長きにわたって撮影所の裏方の取材を続けてきた経験があるからこその問い掛けであり、個性豊かな言葉を引き出している。観て覚えること、引き出しを作っておくこと。年齢を重ね、主役から脇役へと演じる役は変わっても、逆に脇役をやる楽しさにたどり着いたというべきかも。それぞれの答えは芭蕉の俳諧論や世阿弥の能楽論に通じる年齢を重ねていくとは、という問いに重なる。
読了日:12月25日 著者:春日太一
へうげもの(21) (モーニング KC)へうげもの(21) (モーニング KC)感想
とうとう大坂冬の陣。水指破袋も登場。へうげ、とはというテーマがどんどん隘路に入っていく。そんなもの、かもね。
読了日:12月23日 著者:山田芳裕
戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)感想
戦前の立川文庫の抄録かと思うような内容で、釈台を叩く張り扇の音が景気よく響く感じの1冊。筆者が統率力、教養、実行力、企画力、先見性の5項目について主観で採点しているのだが、実証性、説得性がゼロ。1人見開き2ページ。元々は読売新聞の連載だったそうだが、内容が空疎。編集者が付けたという採点グラフの下の略歴も本文をなぞるようなものが多い。茶の間(これも死語か)のテレビの前に置き、時代劇を見るときの手引きにする位しか用途が思いつかない。こういう本を中公新書が出す意味があるのか、と思う。筆者及び編集者の見識を疑う。
読了日:12月22日 著者:小和田哲男
昭和史 (上)昭和史 (上)感想
今も戦前日本も、中央官僚の課長級が政策立案をして、稟議の末に政策として決定していく。旧憲法下は各閣僚、各省、軍、参謀本部、軍令部が個別に天皇に対する責任を負う体制であり、独裁者なき独裁制という不思議な現象が起こった。共産主義者の転向、統制経済志向と続く戦争への道。議会も天皇機関説批判、国体明徴声明の頃から変わる。世の中は急激に変わる訳ではなく、少しずつ姿を変えていく。気が付けば後戻りできなくなっていることを教えてくれる。筆者は経済史の専門家らしく、経済の面からのデータの裏付けがあるのが分かりやすい。
読了日:12月20日 著者:中村隆英
昭和史のかたち (岩波新書)昭和史のかたち (岩波新書)感想
図形、表、数式というのは万国共通の言語である。戦前の昭和史の碩学である筆者が「シンボル」を使って、難解(というのは話者の立場によって事実とされるものが変わるから)な歴史を解説しようと言う試みの1冊。昭和天皇の戦争責任を、時系列と要素に分解して筆者が判定した1章を別にして、正直に言うと試みはあまり成功したとはいえない気がする。というのはその図表や式に、多端な事象を集約しきれていない。たとえ話としては興味を喚起する部分があるにせよ。そも、昭和史の「かたち」というのはそう簡単に図表や式で抽象化できるのだろうか。
読了日:12月17日 著者:保阪正康
江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)感想
本家と分家。幕藩体制の下の概説した1冊。初期の家名をつぐことを第一とした時代から、中期、綱吉の時代から長幼や血縁を重視するように変化していく。また「分家」といっても将軍から領地を保証された別朱印分家(これは対本家と対幕府、二重の主従関係を抱えることになる)あり、本家から稟米(サラリー)を貰うだけの内分分家があり。財政難から本家に丸抱えになる家あり、分家は分家と貫く家あり。義絶あり、両敬あり。旧民法改正とともに家制度は変わったとはいえ概念は今も残る。手本として大名の家々のありよう、意識の変遷は興味深かった。
読了日:12月16日 著者:野口朋隆
パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)感想
日本では着物の下は何も着けないのが伝統であった。だから立ち小便も当たり前であった。ズロース(デカパン)の登場で逆に「羞恥心」が脚光を浴びる。その惹句として使われたのが「白木屋火事」だったと読み解いていく。ズロースは貞操を守るための衣類だったはずが逆に男性からの窃視の対象となる。さらにパンティの登場で女性自身のナルシズムの象徴となり、同時に羞恥心が生まれる機序ともなる。パンツと羞恥心の誕生から近代化の様子を読み解いた1冊。ただ本が書かれた後、時代がさらに変わっていってしまった気がする。社会史は難しい。
読了日:12月12日 著者:井上章一
天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)感想
東アジアは中国を中心とした世界であり、周囲の国は冊封国(朝貢関係)を結ぶことで存立しえた中、日本は室町時代の勘合貿易の後、明の海禁策(鎖国)もあって冊封国たりえなかった。覇者と認められるために、秀吉、家康という2人が対外的な地位を獲得するために、時には武威(武力)で、時に下手に出て、関係確立を目指したか(琉球王国に対する日本の態度が相似形になるのだが)を分析した1冊。ただ話の展開がちょっと概括的すぎて、言っていることは分かるけど、という気分が正直なところ。基本的には権門体制論が下敷きになっているだけど。
読了日:12月12日 著者:黒嶋敏
市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)感想
市川崑という映画監督の見事な分析書。元々動画の出身で、計算し尽くした上で画を作るということ、情に流されるのではなく理で分解して人間像を描いていく手法であったこと。解説を読んだ上で作品を思い返すと成程と思うこと多々。妻の和田夏十の存在も。後段は表題の「犬神家の一族」以下、横溝作品の映画化についての分析。最後に考えを裏付けるように石坂浩二のインタビューがつく。市川は確かにクールでスタイリッシュ。タイトルで出てくる極太明朝のイメージは借用しているなぁ。吉永小百合を「監督クラッシャー」と見立てたのは痛快!!
読了日:12月11日 著者:春日太一
科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)感想
先の大戦前夜を顧みると、日本という国の民衆を信じ切れない気分でいる。「沸点」を簡単に超えてしまう瞬間がくるような気がするのだ。科研費の紐を付けた成果主義の横行する今、学者とても節を曲げて時の政府に簡単に協力する(学者である以上、研究はしたいという思いは分かるし、するには金が要る)可能性は否定できない。毒ガスを開発したハーバーしかり、原爆のオッペンハイマーしかり。「科学者として学問を愛する以前に人間として人類を愛す」「勉強だけでなく社会の問題も考えられないと一人前の科学者ではない」などの言葉が重く響く。
読了日:12月10日 著者:益川敏英
耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)感想
日本史の教科書には必ず登場する「紀州阿氐河荘百姓申状」。ミミヲキリハナヲソギ、という文言で知られる「耳鼻削ぎ」の背景を探った1冊。自力救済が原則の中世で男なら死罪になるところを女性や僧はこの処刑で罪一等を減じるという感覚、被差別階級だったハンセン病者にやつしたとの見方も蓋然性がある。戦国末期からむしろ残忍な処刑の追加項目という意識に変わり、朝鮮出兵での無道に繫がる視点も理解できる。中国との関係で「隣国型」か「周縁型」か。日本だけ近世に至って別の歩みをしたのか。そこまで耳鼻削ぎの習俗から読み解く手練は見事。
読了日:12月10日 著者:清水克行
つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)感想
「桂離宮の美は独建築家のB・タウトによって発見された」とする言説を木っ端微塵に打ち砕く。独に居づらくなったタウトと、古典主義を外国人の言葉をテコに打破したいという国内の若手モダニズム建築家。両者の思惑が一致して「簡素の美」という見立てが流布する。日本精神の再発見(例えば国民性十論を書いた芳賀八一のような)の思惑も重なって、桂離宮神話は形成される。その過程をこれでもか、というくらいに読み解いていくのは、井上章一の真骨頂だろう。単に建築史の問題ではなく戦前(いや戦後もか)の思想史の断片を巧みに描いている。
読了日:12月5日 著者:井上章一
映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)感想
筆者は1941年生まれ。青春時代が邦画、洋画を問わず、映画全盛時代に重なる。本書の前段はその黄金期の映画の数々。映画好きが昂じて東宝入り。後段は映画館勤務から映画を配給、選択する側に廻り、製作の分野まで勤めるまで。好きなことが仕事になって、なおかつ幸せな生活を送れた、というのはご本人の努力があり、会社の理解もあり、羨ましく思うばかり。映画界の内側を知る興味もさることながら、シネコンではない昔の映画館の雰囲気を活写しているのが懐かしい。連想した人物は歌舞伎、演劇評論の渡辺保。同じ東宝の出身、社風だろうか。
読了日:12月3日 著者:高井英幸
小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)感想
この本の面白さはあとがきの種明かしだ。「論でも伝でもない、映画で刺戟され触発された運動の記録」という見識だ。つまり「見る、調べる、書く」の繰り返しがこの上下2冊に結実している。戦場から帰った小津が映画に社会に会社に向き合ってきたか(田中絹代監督作品の話など)と、同時に作品の主題は「崩壊する家族」に置き、新民法施行で個人主義が芽生え、米が普通に食えるという、日本では有史以来初めて出来する現実に視点が向くのは当然だろう。「麦秋」の三宅邦子の台詞「やわらかいおいしいご飯」の一言の重みを記す筆者は流石だと思う。
読了日:12月2日 著者:田中眞澄
小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)感想
日記や書簡、新聞雑誌の記事や言説・風評を追い、人物像を描く。1903年生まれの小津は大正デモクラシーの申し子であり、米映画を愛するモダンボーイであったこと、映画監督として一家を認められながら33歳で応召したこと。陸軍の下士官として上海から中支戦線を転戦した記録迄。特に陣中、修水河渡河で自身の日記の中に「特殊弾」を使ったと記した箇所を「あか」(C13H10AsN、嘔吐剤、くしゃみ剤と呼ばれる砒素化合物)の毒ガス戦に参加した経験と読み解く。約2年に及ぶ戦場体験がその後に残したもの大なること、よく分かる。
読了日:11月30日 著者:田中眞澄
イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!感想
親切な料理の本です。石器時代の昔から、料理の基本はまず切ること。切ることを通して調理に至る階梯を教えています。まず魚。鯛に始まり、たぶん一般の人に無縁の鱧の骨切りまでも。次が甲殻類、貝類、野菜と話が進んでいきます。たぶん、使うことはないだろう飾り切りも。最後が肉。鶏1羽を捌く段取りまで教示の範囲に入っています。阿古真理の分類に従えば、辻嘉一や土井勝の系統に属する料理指南本なのかもしれません。ちょっと本式にやってみようかという気分をくすぐる1冊です。でも魚屋さんで「三枚に卸して」という方が楽なのですが。
読了日:11月29日 著者:
映画の戦後映画の戦後感想
眼目は後段の米映画の評論にある。マッチョな米文化、自警主義。その一方で東部エリート対一般大衆という構図の中で起こったレッドパージ。マッカーシー旋風が大衆に支持されて吹き荒れ、排除と転向の影響下にあった訳で、スクリーンの裏に流れていた思惑、構図が今も多かれ少なかれ続いているのかもしれない。第二にベトナム戦争。戦死者の比率は黒人10に白人1だったと言われるものの、身近な人間が死に傷ついてきた経験が多くの無名戦士の映画につながった。「映画をその時代のなかに置いて見ること」を基本にする筆者の面目だろう。
読了日:11月28日 著者:川本三郎
昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)感想
マニアックな本です。スラスラと読みこなすのは無理です。組織の要諦は人事、なのですが、上手くいかなかった組織の悲劇列伝。前例踏襲、派閥力学、郷党意識等々、人事を歪めてきた要素が並びます。まして陸軍省と参謀本部という2本立て(現場を入れれば3本立て)組織なので、人事は慎重かつ複眼的に決まるべきなのですが。あと、徹底的にあの戦争をやるには幹部が不足していたこと、陸大卒業時の序列が最後まで響く組織の硬直性……。クラウゼヴィッツが戦争論でいう「必要な知識は地位とともに異なる」。今もあちこちで教訓が生きていない、か。
読了日:11月27日 著者:藤井非三四
京都ぎらい (朝日新書)京都ぎらい (朝日新書)感想
差別は常に再生産される訳で、洛外・嵯峨出身の筆者が洛中の人間に疎外、見下されたと思う気持ちは、自身認めているとおり、亀岡、城陽への筆者の視線に重なる。この枠組みが根底にある訳で、存立基盤として今の若い世代にも受け継がれているということに過ぎぬ。寺の僧侶と花街の関係は今に始まったことではなく、寺院が本末寺関係を元に資金源となって街金が発達した異例さや古都税問題で市に勝った歴史と共に、広く知られていることだ。御霊信仰と南朝の話を始め、土地の歴史と今をつなぐ分析が散漫に羅列されているけど、新味に欠ける。
読了日:11月24日 著者:井上章一
きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)感想
この漫画の面白さを因数分解すれば、グルメ漫画としての料理の妙、凡百のBLには及びもつかないゲイカップルの思いや思考回路の興、そして誰しもが抗うことのできない老への姿勢、だと思う。その点でこの巻では3番目の要素は薄い。とはいえ、蒸し器の話、レバニラ炒めの話、子供が家を行き交った時代のシフォンの話(昨今は友達のお母さんの作った物が食べられないという話に驚いたところだが)、相変わらず間然とするところがない。この人情の機微は山本周五郎の佳編に比肩するものがあって、読後感のよろしさは言うまでもない。
読了日:11月22日 著者:よしながふみ
沙門空海 (ちくま学芸文庫)沙門空海 (ちくま学芸文庫)感想
空海の人物像を極力、一次史料に近いものから復元していく1冊。後継者不在と書く等、冷静に書いていることに好感がもてます。ただ、性霊集や三教指帰、御遺誡等が中心になる訳で、個人史と包摂している教団史、或いは宗教史、社会史の分野まで及ばないと人物像の真の理解は進みますまい。特に入唐までの謎の七年間のこと、最澄と徳一との論争が続く中での空海の立ち位置の分析など、触れて欲しかったこと多々。良書ではあると思います。でもこの本を自在に読み進められるのは知識がないと難しいと思います。「もどき(口説)」が必要な1冊です。
読了日:11月21日 著者:渡辺照宏,宮坂宥勝
華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)感想
北清事変後、英仏独墺露伊米日の8カ国と清が結んだ北京議定書を元に列強が獲得した華北での駐屯権。海路、鉄路の自由通行の確保を名目に始まった制度は、辛亥革命の後も続いた。各国間の協調で運営されていたはずながら(当事者の清、中華民国にとっては国権の侵害だが)、力の空白を利して日本の独走が始まる。日中戦争の端緒となった盧溝橋事件を起こしたのはこの議定書に基づく華北駐屯日本軍。国際協調の時世から満州の覇権を樹立しようとする動きの中で「きしみ」が続いていく様をよく描いている。当時の国力を考えるとあり得ぬ論理なのだが。
読了日:11月18日 著者:櫻井良樹
満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)感想
森林が広がる大地・満洲。開拓されて大豆の世界有数の産地となる。大豆は商品作物、油を絞り、糟が棉花栽培に利用され、金が動き回るようになる。満州事変の枠組みや、県城経済と呼ぶ国単位ではなく小さな地域経済の集合体であったことが日本軍の動きを容易にしたものの、盧溝橋事件以降の日華事変以降との差の説明もわかりやすい。データを摘まみ食いするように読み解くのは鮮やか。ただ後段で「日本立場主義人民共和国」と呼ぶ「立場(建前といってもいい)」を重んじる姿の話は分かるけど分からない感じが残る。連鎖を断ち切れぬのは分かるけど。
読了日:11月12日 著者:安冨歩
ニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたちニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち感想
東京・丸ノ内の檀那衆が銭湯で「盆踊りやりたいね」と言わなければ今日的な意味での「音頭」は始まらなかった訳で、本書は「東京音頭」と労働歌から生まれた「炭坑節」を源とし、今のアニソン音頭にまで至る水脈を辿る1冊です。音頭の誕生には明治以前からのお座敷藝の集積の上にレコードやラジオなどのマスコミの出現が重なります。「ドドンガドン」というリズム感が生まれ、フォーマットに乗って新曲が生まれていく。フランキー堺から流れや大瀧詠一ら、新しい息吹を生む存在が登場してくるとの指摘。「音頭」の持つ生命力を再評価させられる。
読了日:11月9日 著者:大石始
中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)感想
内藤湖南が「日本の歴史は室町時代以降」と喝破してますけど、藤木が本で紹介している「村の掟」は、実は今も形を変えながら存続している気がします。村には生き残っていくための知恵があり、構成する人がいて、掟がある。自治という言い方が適切かはともあれ、支配者に対しても長年積み上げてきた習慣、互酬の関係を要求し貫いていく。階級史観華やかなりしころの「民衆は虐げられる存在」という定型ではなく、実はしたたかであることを活写しています。実は阿部謹也が指摘する日本社会の「世間」の概念の原型があるのではないか、と。
読了日:11月8日 著者:藤木久志
台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食感想
すき焼き、サンドイッチ、ねぎま等々。戦前戦後に渡って食卓を飾ってきた献立を、当時の調理書や文書を元に変化を探る1冊。味噌仕立ての牛鍋に大阪から進出した魚すきが重合して今の姿に発展しているし、マグロのトロが庶民の味だった時代の葱鮪から、鶏とネギの串差しに変わることを探ったり、洋食もどきの歴史も興味深い。阿古真理は「小林カツ代と栗原ひろみ」で1930年以降の調理技術の伝承の変化を指摘しているけど、魚柄が「食べ方上手だった日本人」で言う「電気冷蔵庫の出現」の影響の大なること、改めて思う。変わったんだな、と。
読了日:11月7日 著者:魚柄仁之助
画と文 四国遍路画と文 四国遍路感想
演芸や民俗、落語の研究家として知られた宮尾しげをの四国遍路記。刊行されたのが1943年6月、合理的な筆者のこと、乗合自動車も使えばハイヤーも使う。今では見られぬような遍路宿をはじめ、札所での習俗など興味深い。跋語にいう「弘法大師は本当はダシであって野を通り山を越し海辺を歩きなどして六十日近い日程を歩くので新鮮な空気と十分な日光浴で健康になり、日々のうるさいことなんか関せず焉で、病悩を除外することが出来る。その点に目をつけたのは弘法大師で自らはダシであるがその効果に於いてダシで無くしてる手腕に敬服する」と。
読了日:11月5日 著者:宮尾しげを
四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開感想
社会の多様な階層が廻っていたが故に、四国遍路には種々の側面がある。土佐、南阿波のような険阻な地と隔絶して伊豫、讃岐があり、一つの機能的組織になり得なかった。今の団参や徒歩の遍路姿からは隔絶したものではあるけれど、地元の住民には「法力を持った恐ろしい人」であり、ハンセン病に代表される「病気をもった人」という眼鏡で眺めてきた記憶がある。宗教儀礼として近世初頭からの「遍照一尊化」(大師信仰への集約)の傾向や戦後に進んだ「十カ所参り」のような地元の習俗の衰退等、どう捉えるのが適切か、四国遍路を解しかねている。
読了日:11月3日 著者:星野英紀
世界史を変えた薬 (講談社現代新書)世界史を変えた薬 (講談社現代新書)感想
大航海時代のビタミンC、マラリヤの特効薬キニーネ、消毒の草分けとなった石炭酸、第一次世界大戦の塹壕戦から生まれたサルファ剤、そして結核の特効薬として知られたペニシリン……。出現によって人類の生活が変わったことは言うまでもない。でもその発見に至る過程には偶然もある。発見した人物と薬の物語。数学とか物理の分野でもよく見掛ける紀伝体の歴史物語だけど、筆者が巧く話を砕いて書いているので門外漢にも興味深い仕立て。ただ残念なのは分子構造図が挿絵になっているのだけど、発見者の肖像1枚でも載せていた方が親切だったかな。
読了日:10月30日 著者:佐藤健太郎
源頼政と木曽義仲 - 勝者になれなかった源氏 (中公新書)源頼政と木曽義仲 - 勝者になれなかった源氏 (中公新書)感想
論の根幹になっているのは読み本系と言われる平家物語(延慶本、長門本など)、貴族の日記や尊卑分脈を併せた1冊です。面白さは人物の動きの背景に白河院を中心とした宮中、藤原家の内紛に、源氏の家系内部での勢力争い(特に為義と義朝の対立)を絡めて読ませる所が新味。摂津源氏の源頼政が意外や平清盛にとって安全弁になっていたこと、同じ清和源氏でも河内源氏の門流の動き(義朝流と義国流)が後の征服者義仲の動きの伏線になること等々。園城寺の嗷訴が予定調和で収まるつもりが治承寿永の内乱につながることを読み解く。読み解きの妙味。
読了日:10月27日 著者:永井晋
孤高 国語学者大野晋の生涯 (集英社文庫)孤高 国語学者大野晋の生涯 (集英社文庫)感想
評伝は取り上げる人物と筆者の距離感が命だと思う。近すぎても遠すぎても駄目だ。その点、この本は前者の嫌いがあるような気がする。大野晋、希代の国語学者で、広辞苑、大系本、ひいては文語文法の教科書でもお世話になった。若い時に勉強しておくものですね。興味深く読んだのは、その前半生部分。つまり岩波古典大系の万葉集、日本書紀の校注をした辺りまで。それ以降について筆者にしてみれば一番書きたかったところなのだろうけど、何かあまり感心できなかった。というのは文脈がナマ過ぎる感じだから。「ロマン」をロマンと書く拙さというか。
読了日:10月26日 著者:川村二郎
書斎の王様 (岩波新書 黄版 324)書斎の王様 (岩波新書 黄版 324)感想
「書斎」−響きはいい。ただ本書は1985年初版。WebもDBもない時代の話だから、今とは比較できない。でも本が溜まり続ける現実の前にみんな悩んで大きくなった、とでも言うか。家にきた大工に「この本全部読んだのですか」と聞かれ「戦争がなくても軍備をするのと同じ」と答えた下村寅太郎、「現実、それは哀しみの異名、空想の中だけ人々は幸福と一緒だ」という森茉莉の言葉を引いた小泉喜美子。17人の筆者中存命は6人。題名は元日銀理事、鷗外研究家の吉野俊彦の「書斎こそ我が城、私こそ我が城我が書斎の王様」という結句による。
読了日:10月24日 著者:
空海空海感想
空海という平安時代の1人の僧侶と、弘法大師という諡号を贈られた存在は別人格と考えるのが至当、というのが本書の論旨。足跡を辿り、継承者の姿を綴り、民衆への浸透を考える。弘法大師を尊格とする庶民信仰と、今も続く後七日御修法に見られるような鎮護国家の宗教と、日本総菩提所という祖霊信仰に根ざす高野山への信仰−−3点セットが真言宗を支えてきたという見立ては間違いない。と同時に「宗教行為が僧侶の専有だった1200年前のかたちを留めて今日に至っている」という指摘も。1人で完結した世界は広大無辺だったということか。
読了日:10月24日 著者:村薫
【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))感想
今、中東でISが悪逆非道をしているように報じられるけれど、実は戦の世の習い、日本でも同様のことは起きていた訳で、「乱暴狼藉」とは殺戮、略奪、拉致などなど。戦国時代末期から江戸時代初頭にかけては日常茶飯事。筆者は断片的な史料を読み継ぐことで、拉致した人間を転売し、諸外国に労働力、兵力として売り払っていたことを読み解く。当時の生産力から、冬から春にかけて多くの農民が飢餓に陥ったことも事実で、出稼ぎ感覚で戦乱の原動力となっていた側面もあります。教科書では見えない当時の世相の一断面を活写している好著です。
読了日:10月21日 著者:藤木久志
刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))感想
秀吉による「検地」と並ぶ「刀狩り」は教科書的に言えば、兵農分離策であり、庶民の武装解除であったとされるけど、「刀を帯びる」スタイルを武士と庶民の差として表象することに意味があり、武装解除の意味は薄いという見立てを示す。確かに鳥獣害が身近にある中、鉄砲は一種の農具である。秀吉の試みが綱吉の時代に一つの節目を迎えるという見方は興味深い。昨今の「惣無事令」の及んだ範囲の研究を考えると限定的だったと見るのは妥当。明治の廃刀令、進駐軍の武装解除と3度の「刀狩り」があったにせよ、最後の時の印象が強烈に過ぎたのか。
読了日:10月19日 著者:藤木久志
日本神判史 (中公新書)日本神判史 (中公新書)感想
熱湯中の石を拾う「湯起請」、熱鉄を握る「鉄火起請」。今から見れば過激で非科学的な判定である。でも犯人、審判を即決し、冤罪が生まれるのも厭わぬ必要があった。曰く「自力解決社会であった中世は常に外部に敵を抱え、共同体の秩序を乱す存在を放置して置く寛容さのない社会」という背景にあったとの分析は興味深い。同時に「神慮」を根拠に行いながらも、神仏を時に疑い、軽んじていく過程が同時並行する。神判の盛衰は「聖から俗へ」の文化史ともいえる。さて今の日本。外に敵を論う社会になっている。今様、鉄火起請はネットの炎上か。
読了日:10月15日 著者:清水克行
タモリと戦後ニッポン (講談社現代新書)タモリと戦後ニッポン (講談社現代新書)感想
読み手の世代によって受け止め方が違うだろう。タモリが登場した時には既に意識があった者の読みは、権威的、重厚長大なものを否定し、受けの名手として生きてきたという見立て、植草甚一、森繁久彌との重ね合わせに成程と思う。同時代の証言を綴り、環境を説明することで、自らを生で語らぬ人物を浮き彫りにする−−筆者のいう「補助線」−−手法は成功している。引用の元の文献に当たりたいと思うものも。「国民史」とは言えまいが1970年代以降のテレビ編年史ではある。日本に都市は成立しえたのだろうか。望蜀の嘆だが、年表が欲しかった。
読了日:10月14日 著者:近藤正高
金魚はすごい (講談社+α新書)金魚はすごい (講談社+α新書)感想
東大本郷キャンパスに近い店、江戸時代以来の金魚屋さんの主が書いた金魚の蘊蓄本。フナの突然変異種から営々と交配が続けられ、種の固定が試みられてきた歴史は、園芸植物のそれにも似て途方もなく根気のいる作業でそれだけに新種を創り出す喜びは一入なのだろう。この本を読んで、最近は蘭鋳とか、和蘭陀獅子頭とかは偶に見るけど、出目金って見かけなくなったなぁと。筆者は琉金を美しいという。何か分かる気がする。後半は金魚の種類と飼育法指南。昔なら1冊の分厚い本になったような内容が続く。久しぶりに身近に金魚を置く生活もいいかも。
読了日:10月10日 著者:吉田信行
ニッポンの裁判 (講談社現代新書)ニッポンの裁判 (講談社現代新書)感想
裁判所の現状を元裁判官が書いた本。司法・立法・行政の三権分立が根幹のはずだが、人事権を握る最高裁事務総局を頂点とした組織の論理が正義よりも優先していると説く。政治の支配を受け、民主主義の最後の砦などという感覚は蜃気楼であるのが分かる。下級審から最高裁まで一貫している論理、旧軍の組織論理と相似形であり、官僚組織に共通しているともいえる。民事裁判の和解で「恫喝強要型・長期懐柔型」という例示や「株式会社ジャスティス」の比喩。「怪物と戦うものは自らを怪物と化さないよう心掛けなければならない」という箴言が重い。
読了日:10月10日 著者:瀬木比呂志
壇蜜日記2 (文春文庫)壇蜜日記2 (文春文庫)感想
2冊目はちょっと読んでいてしんどかった。なぜなら、売れなくなったとも、テレビで見なくなったとも思わない壇蜜ながら、この日記ではすこぶる湿っぽいというか、自分を卑下したように見るような表現が目につくからだ。筆者が述懐するほどに、「短足ババア」とも「臭そう」とも「消えたおばさん」とも思っていないと思うのだが。警句めいた文章が挟まるのは1冊目に同じく小気味いい。でもそれ以上に原稿を覆う無彩色のトーン。黒でも灰でも白でもない。筆者の見せる韜晦の手管なのか、あるいは本音がそうなのか。前者であるような気がするが。
読了日:10月6日 著者:壇蜜
文明探偵の冒険 今は時代の節目なのか (講談社現代新書)文明探偵の冒険 今は時代の節目なのか (講談社現代新書)感想
4月に出た本。既にどこかで古さを感じる。寿命の短い本だったか。帯に曰く「気鋭の科学史学者が知の世界を飛び回る」と。話は桂馬、大桂馬に三間開き。理解が大変だ。「時代の節目」を探る話が骨子。ただ同時代の人間には言えないことだろう。文中の記述を借りれば「歴」は過去を、「暦」は未来を考える概念で、同根の字であるという。筆者のこの示した「節目」というテーゼに向けての論考が進むのだけど、成程と思えないままの読了。多分、冪乗的に人口変動が進む日本にあって、過去に経験したことのないことが起こるだろうことは分かるが。
読了日:10月4日 著者:神里達博
大飢饉、室町社会を襲う! (歴史文化ライブラリー)大飢饉、室町社会を襲う! (歴史文化ライブラリー)感想
「応永の大飢饉」を時系列的に書いていく。「満済准后日記」「看聞日記」を軸に、ドキュメント風で「世相」を描くことに力点を置く。天候の分析、足利義持という人の奇矯な考え方(禅宗への原理主義的な傾倒)の一方で飽食好色な権力者の撫民策の無為。疫病が流行り、餓死者が出る中、一方で高麗の対馬出兵(応永の外寇)を機にか、能「白楽天」を書き、数々の藝談書を書き上げていく。寡聞にして能の研究論文でこんな見方は出会ったことがない。文化も生活も社会を反映するものだ。さらに盆踊りが生まれるという見立て。これまた学際を突く1冊。
読了日:10月2日 著者:清水克行
思い出袋 (岩波新書)思い出袋 (岩波新書)感想
岩波書店「図書」に「一月一話」と題して連載された随筆。難しいことを書いている訳でもなく、気張ってもない。肩の力が抜けたというと碩学に対して失礼ながら、こういうしなやかな文章が書ける日はいつ来るのかと思う。どこか向田邦子の随筆を連想させるような情景の切り取り方だ。ハーバード大留学中に日米が開戦し、引き揚げるかどうかの判断。「この戦争で日本が米国に負けるのはわかっている。日本が正しいと思っているわけではない。しかし、負けるときには負ける側にいたいという気がした」と考えを決める。覚悟が後の生き方の基礎にある。
読了日:10月2日 著者:鶴見俊輔
日本の地名 (岩波新書)日本の地名 (岩波新書)感想
刊行されたのが1997年。この後、平成の大合併が全国で進み、多くの地名が消えていった。たぶん、この本で俎上にのせている「小字」などは登記簿の上とか、各市町村の字切図などにかろうじて残っているだけだろう。角川、平凡社と相次いで地名辞典を刊行したころが辛うじて、の時代だったか。地方では人口減少が続いていて、集落が消え、地名も一緒に消えているのが現状。わずかこの20年ほどの間に、日本という国が大きくその姿を変えているのが忍ばれる1冊。この時代はカードだろうけど、小字のデータベースみたいなものはできているのかな。
読了日:10月1日 著者:谷川健一
日本仏教入門 (角川選書)日本仏教入門 (角川選書)感想
日本人の宗教観(顕と冥)の関係を押さえてから読むと分かりやすい。宗派や開祖の知識ではなく、仏伝以降、南都六宗に天台、真言が入り、天台から禅宗、浄土系が派生していく様がよく分かる。宗論を重ねる中で、本覚思想から仏教の大衆化、伴う堕落、一方で戒律回復運動が起きる。また兼学が当たり前の時代、密教が基調低音のように広がる中で、浄土三部経への絶対的帰依を説く浄土教系、法華経への信仰に基づく日蓮宗と、専修の仏教に変貌していく。元々は個別の論文ながら、再編集よろしきを得て、日本の仏教の全体像を示すものになっている。
読了日:10月1日 著者:末木文美士
番線―本にまつわるエトセトラ (ウンポコ・エッセイ・コミックス)番線―本にまつわるエトセトラ (ウンポコ・エッセイ・コミックス)感想
Twitterで本屋さんの陳列関連のつぶやきを見つけ、「番線印」という言葉を知り、画像検索を掛けたらこの本が登場。コミックエッセイという形式でしかできない芸かもしれません(写真にしたら本の単価はいくらになることか)。本への愛に充ち満ちています。国立国会図書館のルポ、写植の話などなど。「1日の終わり ふとんの中で読む本は格別です」という書き出しの「おやすみ本」の章や「本棚戦線異状なし」の章など、身につまされるばかり。ということで、この本はキンドルで済ませたので本棚に負荷をかけることないのが吉だったか。
読了日:9月29日 著者:久世番子
近世の仏教―華ひらく思想と文化 (歴史文化ライブラリー)近世の仏教―華ひらく思想と文化 (歴史文化ライブラリー)感想
近世の宗教というより、日本人の宗教観についてまとめた1冊と受け止めたい。GODのいる世界は人間の世界と絶対神だけで中間はない。無神論の世界になると神が消える。対して日本は人間の世界の「顕」とそれ以外の「冥(みょう)」があってそこには神も仏も死後の世界も住まっていると考え、その遙か彼方に無の世界があると見立てる。柳田国男のいう年数が経てば祖霊も神になるという論で分かるか。また江戸幕府が長きに渡って葬送儀礼を仏教に限ったことが日本の仏教の変質に寄与したという指摘、その反動の平田神道の出現と構図が分かりやすい。
読了日:9月28日 著者:末木文美士
日本風景論 新装版 (講談社学術文庫)日本風景論 新装版 (講談社学術文庫)感想
明治27年、日清戦争の頃に刊行された本。というよりも個人的には講談社学術文庫が刊行され始めて間がなく上下2冊で出た本の再刊で、たぶん高校1年の時に読んで以来の再読になります。明治時代の青年を啓発すること多、であったらしい。当時、有隣堂本店は中2階(いまの2階)に機関紙「有隣」の編集部があって、そこで顔見知りになったK川さんという大学の先生にあれこれと教示してもらった思い出につながる1冊です。「日本風景論、ああ、志賀重昂ね」と即座に返答された。たぶん、明治生まれの方だったと思うけど。内容は特に記すことなし。
読了日:9月28日 著者:志賀重昂
大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実 (講談社選書メチエ)大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実 (講談社選書メチエ)感想
江戸期の商業を探る1冊。長期に亘る史料が残っていることから三井文庫中心の叙述が多い一方で、町方の残した「小間付」や「沽券帳」、天保の改革後、株仲間復活に際しての「諸問屋名前帳」等々のデータを元に実態を推計する。「狭いけど深いケーススタディより浅いけど広い数量分析」が合言葉である。ただ土台にした「江戸商家・商人名データ総覧」の実像が分からず、表計算ソフトの結果を次々と挙例していくような書きぶり。躍動感と同時に少々荒っぽさを感じる。そも史料が残っていない期間をどう見るか。隙間を埋めるだけのものだったか……。
読了日:9月25日 著者:山室恭子
九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史 (角川選書)九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史 (角川選書)感想
実物を見たことがない読者に、絵のことを書いて想像してくれ、というところが難しい。九相図というのは人間が死んで腐敗し、白骨が散乱するまでの様を描いた図絵で、人間は不浄のものであり、美人も一皮むけば白骨に過ぎない、という無常観を画像化したもの。今の時代だから、本で印刷写真製版するのは難しいにせよ、Web上で絵を見られるような仕掛けがあれば良かったかな。それと、無常の諦念と大上段に振りかぶっているけど、こりゃ落語の「野ざらし」の世界でもある訳で堅苦しくなりすぎな気も。「野を肥やす骨を形見に芒哉」と手向けて。
読了日:9月25日 著者:山本聡美
自然災害と民俗自然災害と民俗感想
気象衛星も近代的な水防施設もなかった時代。島国で荒ぶる自然に向き合ってきたのは、今も昔も同じ。どう被害を最小限にしてきたのか。例えば農地を拡大するにも、防砂と津波の被害を意図して、松林や照葉樹林を活かしたり(静岡・浜岡)、堤防内の滞水を防ぐために敢えて本流沿いに堤防を築かない京都・木津川の例など示唆に富む。「蛇(じゃ)」という地名が土砂災害の地域に残るとの指摘があるけど、確かに深層崩壊を起こした様態は「大蛇が抜けた」ようだ。同じ造林でも尾根筋に照葉樹(シイ、カシなど)を残す知恵は今も残っているだろうか。
読了日:9月24日 著者:野本寛一
川を巡る―「河川塾」講演録―川を巡る―「河川塾」講演録―感想
旧建設省と旧文部省が所管した財団法人建設技術研究所から、1963年に分離された(株)建設技術研究所が会社創立50周年を記念して発行した「説明本」というところか。国内の1級河川(国が所管)と主な河川を概説したもの。都道府県界を跨がって流れるのが川であるのに対し、章立ては都道府県別。あくまでも行政単位からの視点に立っての構成なので、不自然なところも出てくる。とはいえ、「日本海側の河川は河口に砂丘を作る」とか「東西に流れる川で文化を興したのは中国の黄河・長江以外にない」とか、独特の語りがあるのはいいのだけど。
読了日:9月23日 著者:宮村忠
新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす感想
「性欲の研究 東京のエロ地理」(井上章一ほか)に詳しい内容だが、「2丁目」という土地の重ねてきた歴史(江戸時代の内藤新宿以来の)がゲイのコミュニティを生んだ背景にある。新宿という街の「エッジ」で「ディストリクト」なのだ。筆者がこの博士論文を執筆した2008年以降でも、ゲイの置かれている立場が変わった部分、変わらない部分がある。周囲の建前論とその一方に今も「クローゼット」な部分はあるし、東京メトロ副都心線の開業に伴う土地利用の変化など都市計画的な外的要因もある。ゲイにとっての「アジール」の記録といえる。
読了日:9月22日 著者:砂川秀樹
世界の辺境とハードボイルド室町時代世界の辺境とハードボイルド室町時代感想
数年来随一の本。「探検家・作家」でエンタメノンフの旗手・高野と日本中世民衆史研究者の清水が自在に語り合う。ここまで見事に2人の興味を噛み合わせることを思いついた集英社の編集者に拍手。きっかけはツイッターだそうだ。両者の本の愛読者にはソマリアと室町時代の日本がつながるという感覚は「天晴れ」というしかない。1冊の本を読んだだけでは断片的だった興味がここで体系付けされるというか、金胎両曼荼羅の関係のように収斂しまた発散していく。学問的な興味のみならず、ものを考える、書くという作業の話も興味深い。装丁は山口晃。
読了日:9月21日 著者:高野秀行,清水克行
坊さん、父になる。坊さん、父になる。感想
四国札所58番栄福寺住職、38歳時点の3冊目の本。処女作が住職になるまでなら、この本では住まいを建て、結婚し、子を授かるという過程が題材。読者には見せなかった自画像もみえる。ただ読者は「筆者が僧侶」というだけなら3冊も読む興味は続くまい。でも面白い。謎は日本中世史学者の清水克行が夏目房之介に言われたという言葉で解けた気がする。「ものを書いて生きていくには自分の中に特殊な核となるものがないと食べていけない」と。ミッセイさんにとって「自分の核」は密教であり、空海であり、仏教であり、信仰のありようなのだと。
読了日:9月20日 著者:白川密成
恋するソマリア恋するソマリア感想
人間集団を形作る内面的要素は「言語・料理・音楽(踊りを含む)」ーーという「高野の推論」を証明していく1冊。前著を承け、前半は北部ソマリランドを舞台に、氏族社会の機序、食生活、そして詩の朗唱に起源を持つと推定する歌を説く。後半は南部ソマリアでイスラム過激派と戦闘まだやまぬ中、中東とアフリカの文化の接点を見、イスラム教と都市化、豊かになることへの疑問を浮かべる。筆者の視点は、体験したことを必ず自分の頭の中で位置づけし直すところが上手い。司馬遼太郎の「人間の集団について」や開高健の著作をどこか連想させる1冊。
読了日:9月19日 著者:高野秀行
放送禁止歌 (知恵の森文庫)放送禁止歌 (知恵の森文庫)感想
放送禁止歌という「自主規制」を追ったドキュメンタリー番組の活字版。この一括りの言葉の中には実は、猥褻、公序良俗に反すると判断されたものあり、ポリティカルコレクトの考えを当てはめたものあり、「竹田の子守唄」「手紙」「赤いアップリケ」のような背景を忖度して姿を消したものあり。本は最後の一項を追って進む。全ては自身の意思、判断に戻り、無思考・脊髄反射的な反応を繰り返していてはいけないということ。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」という水平社宣言。「にんげん」という読み以外に「ジンカン」という読みもあるよし。
読了日:9月18日 著者:森達也
男の絆の比較文化史――桜と少年 (岩波現代全書)男の絆の比較文化史――桜と少年 (岩波現代全書)感想
T・マンの「ヴェニスに死す」、夏目漱石の「坊ちゃん」、三島由紀夫の「仮面の告白」から萩尾望都の「風と木の詩」まで、比較文学という学問の手法を使って、日本の「男の絆」という言葉の分析をする。とはいえ印象批評の域を出ない感じ。まず「桜」と「美少年」というイメージが中世の稚児物語に起源を持つという説は断定の材料が十分提示されていない。「男の絆」という言葉は少年愛に源を持つ「男色」と男性間の感情としての「ホモセクシャリティ」に因数分解できるという見立ては興味深いが。特に少女漫画、BL小説に関する最終章が駆け足。
読了日:9月14日 著者:佐伯順子
ゲイ性愛辞典 GAY SEXUAL LOVE DICTIONARY (もう一つの文化を知るバイブル)ゲイ性愛辞典 GAY SEXUAL LOVE DICTIONARY (もう一つの文化を知るバイブル)感想
研究社の「アメリカ俗語辞典」かつてあり。その四つ文字の豊富なること、圧巻でありました。本書はそのゲイ版。こういう辞典が編まれること自体、時代の変化を感じるし、多彩な語彙を誇っているのがすごいというか。辞典類は高島俊夫センセは「工具書」というと書いていますが、工具書好きとしてはつい買ってしまいました。はしがきに曰く「この辞典は多くの文献からの引用で成り立っている。引用した文献、参考とした資料には心より謝意を表する。この辞典から引用する際は『ゲイ性愛の辞典』である旨、明記していただきたい」。意気やよし。
読了日:9月13日 著者:いけだまこと
知って役立つ民俗学 現代社会への40の扉知って役立つ民俗学 現代社会への40の扉感想
この本の種明かしは最終章、筆者自身の文にある。庶民の生活を調査研究することで、その意味するところを探り出そうとするのが20世紀の民俗学だった。今は地方の人口減少、地域社会の崩壊が深刻化する一方で、都市に集積した人々の行動様式についての考察は京都、江戸を除き、少ない。何とか身近なテーマとして取り上げようというのがこの1冊。「出る杭は打たれ」「贈答の習慣」は続く。身内が減る中、どう生きるか。考え始めるきっかけをこの本は作ってくれる。できれば、社会人1年の新卒の人々に読んで欲しい気がした。特に公務員ならば。
読了日:9月13日 著者:福田アジオ
弔いの文化史 - 日本人の鎮魂の形 (中公新書)弔いの文化史 - 日本人の鎮魂の形 (中公新書)感想
随筆なのか、論文なのか。一般の読者に分かりやすい形で学問の最先端を提示するのがこの手の新書ではないかと思います。この本は随筆寄り。筆者は東北大で学びを始め、長年、日本の宗教に関わる民俗学に関わってきた碩学。だから、鴨長明から折口信夫、柳田国男、南方熊楠に飛び、イタコから巫女、殯(もがり)の話と自由自在に移り動いても自在なのかもしれないのですが、ちょっと読者はついていくのが大変かも知れません。
読了日:9月9日 著者:川村邦光
カレーライスと日本人 (講談社学術文庫)カレーライスと日本人 (講談社学術文庫)感想
1989年、講談社現代新書の補筆再刊。筆者はカレーの淵源を尋ねて、インド亜大陸に赴き、大英図書館で史料を博索し、カレー粉製造の元祖と言われる「C&B社」で調査を重ねる。インドではスパイスを入れた料理がカレーであり、英国では日曜に焼いたローストビーフの残り肉を食べるシチュー風のものがカレーであるという結論に至る。さて日本では。魚柄仁之助が見立てたように「インド風+英国風」に日本伝来の「あんかけ」が重なったのではないか、というのが当たっている気がする。確かにカレー粉がなければ「カレー味」の食品は成立しないし。
読了日:9月9日 著者:森枝卓士
食べかた上手だった日本人――よみがえる昭和モダン時代の知恵 (岩波現代文庫)食べかた上手だった日本人――よみがえる昭和モダン時代の知恵 (岩波現代文庫)感想
2008年の本の再刊。昭和10年代に日本の料理に変革が起きた。原因は戦役など外地との交流で中華料理などを覚えた人が増えたこと、熱源がガスに変わったこと、欧風料理を換骨奪胎する技術の確立。電気冷蔵庫の存在と物流の点で、食品を保存する技術が一般的だったこと。漬ける、干す、燻す等々、加工して保存。今の人間にこの手間がかける時間が欲しい気も。電気冷蔵庫の普及が人間の感覚を鈍磨させているのか。氷冷蔵庫は夏だけ使うものとは知らなかった。賞味期限も含め、表示ではなく自分の舌と感覚で。とまれ、当時のレシピは美味そうな。
読了日:9月8日 著者:魚柄仁之助
二〇世紀の歴史 (岩波新書)二〇世紀の歴史 (岩波新書)感想
日清、日露の戦役から盧溝橋事件に至るまでの本を読み進める中で、実はあそこで起きていたことは辺境で起きていた植民地の獲得競争であることが改めて分かる。本書では定点ポイントとしてアイルランド、南ア、琉球の3カ所の動きを綴っているけど、それが効いている。戦いのベクトルは18世紀は内向きに、19世紀は外向きに働き、アフリカ、中東での戦いに広がる。極東のある国の動きもそれに乗ったもので、距離感故に、手出しがなかったり、融和策だったり。権力のエアポケットが生まれた。実は今もきちんと精算できていないのかもしれない。
読了日:9月7日 著者:木畑洋一
戦国乱世から太平の世へ〈シリーズ 日本近世史 1〉 (岩波新書)戦国乱世から太平の世へ〈シリーズ 日本近世史 1〉 (岩波新書)感想
前半は「信長の野望」を活字化したような展開。ただ「天下」という概念や「惣無事令」の意味が教科書で習った頃よりかなり限定的な概念であったという読みの面白さから始まって、文禄・慶長の役の捉え方(これだけやれば戦場にされた国は恨みを残すし、冊封制との関連は後の日清日露戦争前夜を連想させる)とか、幕藩体制の確立とか、一朝にして成立した訳ではないのが詳述されています。中世は太閤検地により終了したように認識していたけど、実はもう少し時代が下がったところかも、と考えたくなりました。時代の感覚を掴むにはいい本です。
読了日:9月6日 著者:藤井讓治
日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。感想
この本を読んで分かったこと。宮田珠己さんは男前であるということ。口絵写真に登場するし、筆者近影が奥付の向かいにでていたのがステキであった。何か肌合いが違うと思って読んだのだけど、あとがきで謎が解けた。従来の本は筆者が行きたいところにいく企画を立てて出掛けていっていたのに対し、この本は編集部が行きませんかという企画を立てたところにのった、という仕掛け。元は裏千家系出版社の淡交社「なごみ」に連載されたものらしい。同じ仕掛けで山口晃&藤森照信の「日本建築集中講義」があるけど、何か「パッション」が違う感じ。
読了日:9月5日 著者:宮田珠己
四國遍禮道指南 全訳注 (講談社学術文庫)四國遍禮道指南 全訳注 (講談社学術文庫)感想
今、ツアーではなく個人で四国霊場を廻っている遍路はたいてい手にしているのは「四国遍路ひとり歩き同行二人地図編」という本です。地図のほかに、宿泊施設、距離が一覧できるので手放せない1冊です。2015年4月にこの本の第10版が刊行されましたが、たぶん、江戸時代のこの本もそういう意図を持って版行されたものでしょう。翻刻した原文、現代語訳、地図という構成になっています。地元に住んでいると改めて思うのは高知県東部は昔も今もそう変わっていないなぁと思うばかり。今でも辺地行道なのです。
読了日:9月4日 著者:眞念
日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))感想
1903〜1904年の日露戦争を中心に前後100年間を概観した本で「キメラ−満洲国の肖像」の著者。本は2005年刊。その後に旧ロシア、旧ソ連の史料の発掘など研究の進展があった分、10年間の時の流れを感じさせる部分もあるものの、日露戦争に至るまでの視点、出来事を概括的に見るには好個の1冊。「ハルビン駅へ」の指摘や「李鴻章」などの指摘と考え合わせると面白い。特に戦争後の「アジアの解放者」「文明化の示範」であったはずの日本が「欧米と共に侵略者」に変わっていく様や、非戦論、文化的波及などへの言及は興味深い。
読了日:9月3日 著者:山室信一
ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)感想
「戦争が廊下の奥に立つてゐた」とは渡辺白泉の句。異常事態が起こったと認識される以前に小さな「歪み」が積み重なっていた、ということが分かる1冊。1兵卒が戦争と虐殺を指導するまでの過程を探る。部品を組み立てるように話は進む。ナチ入党、議席確保、大統領緊急令を利用しての政敵の拘束、授権法によるワイマール憲法の実質的な改正。職業官吏再建法による人種差別、安楽死政策に始まる人種的優生主義……。絶滅収容所に至るまでの道は実は長い。責任の所在が分からないままになる日本と機構が複雑過ぎて独裁がまかり通るドイツの怖さと。
読了日:9月3日 著者:石田勇治
李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)感想
今も世界一の人口の中国。対外貿易活動をすると、挙措が巨体なるが故に影響は波及する。乾隆帝の世の入超から収支改善を計る列強の介入を招き、その世に登場したのが主人公。銀地金、銅貨を流通させる政権では生産・経済政策は民間の「幇・会・団」と呼ばれる組織が支え、武力は地方の私兵に頼る形。主人公か科挙及第者ながら地方官として私兵・淮軍を率い、上海を押さえて西欧と直面、外交の表舞台に立つことになる。朝貢関係こそ安全保障と考えた旧制の中で、満州人が漢民族を治めるという統治体制の矛盾を糊塗弥縫したと見立てるのが新鮮。
読了日:9月1日 著者:岡本隆司
軍隊と地域社会を問う: 地域社会編軍隊と地域社会を問う: 地域社会編感想
隣に普通に暮らしていた兵隊さんの存在は記憶の彼方に消えつつある。衣食住、支える民間組織、組織の中での兵の立身出世につながる意識など、戦争の歴史をたどるだけでは見えにくくなっている部分を掘り下げたのがこの1冊。軍都には不可欠とされた遊郭(慰安所)の存在や輸送手段としての鉄道の意味など既刊の本で取り上げられているテーマもある一方、国防婦人会と兵の側からの視線、戦死者の公葬という事柄や、軍内部の統計すら正確性が戦いと共に劣化していったという指摘、戦史の編纂過程など、当時の「空気」をトレースする意図は実っている。
読了日:8月31日 著者:
帝国支配の最前線: 植民地 (地域のなかの軍隊 7)帝国支配の最前線: 植民地 (地域のなかの軍隊 7)感想
日本が植民地経営をした時代、その最前線での軍隊の姿を綴った1冊。台湾、朝鮮、南満州では武力を背景にした統治を続けざるを得ず、元々住民が少なかった南樺太では進出、引き揚げを繰り返す度に犠牲を生み、南洋群島でも戦闘に巻き込まれる住民を生んだ。一等地が本州、四国、九州、二等地が北海道、沖縄(共に今でも内地という言葉が生きている)、そしてそれ以外の外地は三等地というランク付け意識が根底にあるだろう。勿論、欧州列強も武力を背景に植民地経営をしたのだけど、それと比較しても日本の植民地政策は武骨に見えて仕方ない。
読了日:8月29日 著者:
アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(下) (岩波現代文庫)アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(下) (岩波現代文庫)感想
最後まで通貨戦争の色合いが残る。日本銀行券=朝鮮銀行券=満州中央銀行券=中国聯合準備銀行券=中国儲備銀行券=蒙彊銀行券、とつなぐことで「円ブロック経済圏」を作るはずが、英ポンド、米ドルとリンクしているか否かの1点で、国民党政府の法幣に敗れ去る。決済用資金の欠如する中、近代戦に必要な3つの「M(Money、Men、Material)」のうち、第1、第3を欠いたのを認識したまま、戦いを始めてしまった結果である。落語の「素人鰻」のような様にしか見えないが、当時は真面目にやっていたのかと思うと、空恐ろしくなる。
読了日:8月28日 著者:山中恒
アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(上) (岩波現代文庫)アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか(上) (岩波現代文庫)感想
あの戦いを考える時、手に取ってみるべき1冊。「十万の英霊、二十億の国帑」で購った旧満州の権益をどう生かすか。折しも清朝の滅亡に伴う大陸の混乱、第1次大戦後の経済の混乱で欧米が東アジアに手を出しかねていた等々の事情が重なって、日本の一人相撲ぶりがよく分かる。もし、日本も誘われた英主導の「法幣改革」に参画し、石橋湛山の主張した貿易立国を目指す態度をしめしていたら……。日比谷焼打事件以来、感情論に振り回された結果があの戦いの根本だと思う。満州国自体、インフラの整備に経費が掛かり、赤字の植民地だったのだから。
読了日:8月26日 著者:山中恒
日本海軍はなぜ過ったか――海軍反省会四〇〇時間の証言より (岩波現代文庫)日本海軍はなぜ過ったか――海軍反省会四〇〇時間の証言より (岩波現代文庫)感想
海軍反省会という1次史料を読みこなした3人の鼎談。1)予算獲得のために組織という存在は生命体となる。2)人数が限られていると手が回り切らない。冷静に考えれば分かることが分からなくなる。3)組織では失敗をどう次に繋げるかが大事、の3点に要約されよう。福島の原発事故も東京五輪の一連の問題も、企業の不祥事も同根ではないかと思う。そして海軍という道具を使う組織故の特殊性。戦時中の特攻作戦も人間を道具の一部と考えられる人間がいるからこそできた発想であり、真珠湾攻撃を立案した黒島亀人が関わったというのは新知見。
読了日:8月22日 著者:澤地久枝,半藤一利,戸高一成
もの食う話 (文春文庫)もの食う話 (文春文庫)感想
アンソロジーは日頃縁のない筆者、疎遠になった筆者の文も楽しめるのが妙味。この1冊は序章・食前酒の大岡昇平「食慾について」という一文が圧巻で、食い意地が張っていることと命への感覚の連環を説く。武田百合子、吉行淳之介、向田邦子、筒井康隆……。手練れの文が手際よく続くのが楽しい。巻末の中島敦の「幸福」なる掌編が、掉尾を飾るにふさわしい軽みが残す。あとペットのウサギを食う夫人の話。確か阿川弘之が随筆のネタにしていたと思うが近藤紘一という産経の記者の話が元であったか、ということを知る。編集者の手腕や見事也。
読了日:8月18日 著者:文藝春秋
東西ミステリーベスト100 (文春文庫)東西ミステリーベスト100 (文春文庫)感想
読者投票で本邦と翻訳もののミステリーベスト100を選ぶというのが趣向。日頃、ほとんど読まない分野なので発見も多かった。本邦では1位に獄門島、2位に虚無への供物、3位に占星術殺人事件。今でも横溝正史や松本清張が入ってるのがちょっと意外。ただ孤島での事件、密室での事件と古典的な道具立てが復活しているのも不思議な感じ。洋物では1位がそして誰もいなくなった、2位がYの悲劇、3位がシャーロック・ホームズの冒険。相変わらず、クリスティ、エラリー・クイーンが強いのが印象的。評者によると前回と大きな変動がないともいうが。
読了日:8月18日 著者:
玉の井という街があった (ちくま文庫)玉の井という街があった (ちくま文庫)感想
関東大震災の後、浅草十二階下の銘酒屋(という名の私娼窟)が集団移転したのが隅田川の東・玉の井。「濹東綺譚」で知られる街について同時代に生きた筆者が自身の見聞を含めて綴る等身大のルポ。廃娼運動側でもなく店主側でもない。視点が中立なのに好感。娼婦が搾取といっても実は店の家主、大家が一番の黒幕だったという指摘や、永井荷風が身長175cmの偉丈夫でコンドームを必ず利用する合理主義であったとか、高見順と従兄弟の関係であったとか、太宰治がここに流連したエノケンの座付作家菊谷栄の助手をしていた話とか。興趣漫々。好著。
読了日:8月16日 著者:前田豊
玉の井という街があった玉の井という街があった感想
関東大震災の後、浅草十二階下の銘酒屋(という名の私娼窟)が集団移転したのが隅田川の東・玉の井。「濹東綺譚」で知られる街について同時代に生きた筆者が自身の見聞を含めて綴る等身大のルポ。廃娼運動側でもなく店主側でもない。視点が中立なのに好感。娼婦が搾取といっても実は店の家主、大家が一番の黒幕だったという指摘や、永井荷風が身長175cmの偉丈夫でコンドームを必ず利用する合理主義であったとか、高見順と従兄弟の関係であったとか、太宰治がここに流連したエノケンの座付作家菊谷栄の助手をしていた話とか。興趣漫々。好著。
読了日:8月16日 著者:前田豊
根来寺を解く 密教文化伝承の実像 (朝日選書)根来寺を解く 密教文化伝承の実像 (朝日選書)感想
同じ空海を宗祖と仰ぎながら、新義と古義が違うのか。疑問を解く鍵がこの本にあった。浄土教の要望が高まった時代、覚鑁が阿弥陀と大日は一体という教義を立て、高野山上に大伝法院を構えた。パトロンの交代で山内で騒乱があったが、両者の交流は覚鑁が根来に退去した後も続いた。だが独立。頼瑜が教学を継ぎ、文書の形で流布していく。地方に根を張った理由だ。戦国時代は寺の事務を仕切った行人方が騒乱に身を投じ、寺が荒廃したが、法統は続いた。醍醐寺、葛城を主に山岳修験の道に伸びていた。そんな多重的な寺の再確認はもっとされてもいい。
読了日:8月15日 著者:中川委紀子
天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)感想
元は朝日新聞Beに連載された「磯田道史の備える歴史学」。新聞の連載なので文の運びはスピード感重視というか、氏のリズムというか。何よりもテレビに多数ご出演で、その謦咳に接しているという部分が大きいのかもしれない。内容に関しては、過去の史料や口碑口伝、実地の踏査などを織り交ぜて、日本を襲った災害(といっても津波、地震、高潮がメイン)と防災の心得を説く内容。実地の面白さが売りの1冊。
読了日:8月11日 著者:磯田道史
明治開化 安吾捕物帖 全21巻合本版明治開化 安吾捕物帖 全21巻合本版感想
古くは角川文庫版、ちくま文庫版で読んでいるのだけど、電子媒体で読むとまた味わいが変わる。何より活字が大きくなるのがありがたい。勝海舟の伝法な口ぶりなど、浅田次郎の「天切り松」につながるような歯切れの良さがある一方、くどくどしい文体、面妖なカタカナの遣い方など、読み手を幻惑しながら話が進む。元々は青空文庫版をまとめて売り出したもの。惜しむらくはたとえば「石の下」の一篇、紙媒体だと碁の「石の下」の手順表がついているけど、そういう部分がかけてしまうのであります。でも坂口安吾の独特な捕物帖もの、再認識されていい。
読了日:8月9日 著者:坂口安吾
応仁の乱に就て応仁の乱に就て感想
言葉遣いはともあれ、「時代の空気」をどう捕まえたらいいのか、ということを教えてくれる1冊。どうしても歴史教育というと、政権(朝廷、あるいは武家政権)などの上から目線になるけど、実は下から見上げた方がわかりやすいということを平明に説いています。今読み返しても、あ、この講演を粉本にして書いている本があるな、と思うほど。ぜひ、機会があればご一読を勧めたいところであります。
読了日:8月6日 著者:内藤湖南
フォト・ストーリー 沖縄の70年 (岩波新書)フォト・ストーリー 沖縄の70年 (岩波新書)感想
同じ著者の「四国八十八カ所」と同じ読後感。声高に訴える訳ではないけど、身近で起こったこと、聞いたこと、見たことを積み上げていく。当時の写真を添えていく。長い時間をかけて定点観測するように見つめ続ける。例えば、本土への疎開児童を乗せた対馬丸を撃沈した潜水艦は米・真珠湾に潜水艦博物館になっていたり、南洋諸島の戦禍には移住した沖縄の人々が巻き込まれていたり。「これから犯しますといいますか」と暴言を吐いた沖縄防衛局長の発言は辺野古の環境アセスの件だった。点の記憶はあってもそれを、線、面と広げていく努力が必要、と。
読了日:8月4日 著者:石川文洋
かわいい自分には旅をさせよ (文春文庫)かわいい自分には旅をさせよ (文春文庫)感想
随筆集とはいえ、「アサヒ芸能」の連載、朝日、読売、産経などの新聞への寄稿から岩手医科大の年史までいろんな媒体に書いたものを集めた1冊。作家という仕事は実に大変だと思う。往年の「勇気凜々ルリの色」のような軽みというより、年輪を重ねた味わいがにじむ作が多い。森鷗外に始まる漢文脈、夏目漱石以来の和文脈、昨今の翻訳に由来する文体などの分析から、清朝末を題材にした「蒼穹の昴」の余滴。挟み込んである一篇「かっぱぎ権左」が一服の妙薬。筆者の三島由紀夫への愛憎相半ばする感情の揺れが興味深い。そして肉体と思想の連環を思う。
読了日:8月2日 著者:浅田次郎
袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)感想
孫文らの仕立てた中華民国の総統に収まり、「対華二十一箇条要求」を受諾した人物という認識だったけど、本質は「対外的には承認されていても、地方を統治する能力がない中央政府」と「中央政府の支援なしでも自立していける地方政府」という二項対立の上で、この人物は中央に君臨しようとしたという見立てで納得がいく。トップに立っても地方が施策に着いてこなければ其迄。その後、諸外国と結んだ地方軍閥(張作霖と日本が好例)の簇生が毛沢東の現・中国建国まで続いたということ。北一輝の月旦「奸雄の器に非ずして堕弱なる俗吏」が確かに適切。
読了日:7月31日 著者:岡本隆司
日本に古代はあったのか (角川選書)日本に古代はあったのか (角川選書)感想
歴史観を確立するために、古代、中世、近代という時代区分を探る1冊だそうだ。筆者は中国の漢代までを古代とみれば、奈良、平安時代以降は中世としていいという見立て。時代の節目を邪馬台国の「倭国乱」と「応仁の乱」に置けば理解しやすい、という意見。鎌倉、室町といった時代区分の裏には内藤湖南、宮崎市定に始まる京大系と武士の擡頭を重視する東大系の対立、皇国史観からマルクス史観への変転などが背景にあるとする。「中世」をどこに見るか、丹念に学説を追う姿勢は見事。日本史を中国史、あるいは西欧史をも視野に入れる考えは新鮮だ。
読了日:7月31日 著者:井上章一
英語教科書は〈戦争〉をどう教えてきたか英語教科書は〈戦争〉をどう教えてきたか感想
最初の英語の教科書は人種の優劣を説く「ミッチェルの地理書」や「ハーレー万国史」から始まった。戦争の影が忍び寄ってくるにつれ、教材の中にも戦争のテーマが増える。北朝鮮を嗤えないし、僕らが大学で習った時の中国語の教科書(北京語言学院が文革当時、英米人向けに出した教科書の邦訳)を思い出しても、想像がつくというものだ。ただそれ以上に、1988年の英語の教科書で「戦争は人間を残酷にする」という話題を東南アジア人との話する章が、一部与党議員の抗議で削除されたという。気を抜くと今でも今の日本でも何があるか分からない。
読了日:7月28日 著者:江利川春雄
源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究 (講談社学術文庫)源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究 (講談社学術文庫)感想
イイクニ作ろう鎌倉幕府で終わらない、源頼朝の存在意義をかけた葛藤史である。清和源氏の嫡流であることを示しつつ、桓武平氏というブランドと戦いつつ。書状一本、官位の付与だけでは権力は確立しえないのであって、内幕を古文書史料を読み解くことで示した1冊。たぶん、治承寿永の乱は早い時期から「物語化」されているので(それは武門の家々が正統性を示すためでもあろうが)、薄皮が何枚も懸かっている状態で享受されてきた訳で、その薄皮を剥いでいく筆者の手際は快感でもある。末章に挙がる奥州藤原氏追討の見立て、お見事というほかない。
読了日:7月22日 著者:川合康
戦下のレシピ――太平洋戦争下の食を知る (岩波現代文庫)戦下のレシピ――太平洋戦争下の食を知る (岩波現代文庫)感想
戦時下の食料不足は生産力と輸送力の低下による。室町時代の京の飢饉と同じ構図だ。米食が普及したのが大正期、節米から代用品、糧物等と旧に戻したのだから食文化の歴史の退行現象である。あるときは生大豆粉、フスマ、くず米、魚粉等々、飼料のような代物を滋養があるといって食べさせる政策、つまりは戦争状態を招いてしまう政治の貧困が本当の原因である。真面目な顔で婦人雑誌が記事を掲載していたのに敬意を表するし、こんなものをありがたがって食べるような生活に成らぬよう、まず以て政治を健全に保つ努力を国民が続けていく大事さ。
読了日:7月21日 著者:斎藤美奈子
春画のからくり (ちくま文庫)春画のからくり (ちくま文庫)感想
日本の文学と美術は「過剰な装飾」というキーワードで読み解けるという。春画も例外ではない。隠し、見立て、周囲の道具立てで、衣服に含意する世界を見せる。前期の浮世絵からモロに描くことで別の世界を開いた後期の作品まで。「覗き見」も、日本では明治まで性的興奮の対象たり得なかったかもしれぬ(だって家の構造がそうでしょ)。また手淫が宗教的戒律として存在してきた西欧文化からは春画も別の視点から見えると説く。ともあれ、着衣のこだわりは、どこかフェティシズムへの連環を感じさせる。誰が春画を見ていたのかへの関心も興味深い。
読了日:7月19日 著者:田中優子
居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化 (ちくま学芸文庫)居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化 (ちくま学芸文庫)感想
江戸という町は職人や江戸詰めの武士など男性シングル者の多い町。必然的に外食産業、居酒屋が発達する訳で背景を探った1冊。当時常用していた日本酒は池田、伊丹等の上方の酒が船で江戸まで運ばれる間に美味くなることを見つけた人々は余計に酒に親しむ機会が増えた。ただその肴は「切らず汁(おからの味噌汁)」であったり、薬食いだったり。タコが店先に下がっているのが看板代わりとは。最初はチロリで燗をつけていたものが徳利になり、いよいよ安直になっていく訳で。個人的には本を読んでいて、鶯谷の居酒屋鍵屋の風情を思い出しました。
読了日:7月18日 著者:飯野亮一
教授の異常な弁解 (文春文庫)教授の異常な弁解 (文春文庫)感想
週刊文春の連載。軽い読み物という点からいうと、同じく文春に連載していた高島俊男の「お言葉ですが」を連想していたのですが、ちょっと味わいが足りない感じ。それはそれで独自のツチヤ・ワールドなのですが。
読了日:7月17日 著者:土屋賢二
少年と少女のポルカ (講談社文庫)少年と少女のポルカ (講談社文庫)感想
個人的な感想です。最後まで文体への違和感がぬぐえず、筋を追うのがやっと。作者との年齢の差を感じてしまったなぁ。学園ものなのですが、脳の中で絵が描けない感じでした。読解力、想像力不足かぁ。
読了日:7月17日 著者:藤野千夜
日本の軍隊を知る: 基礎知識編 (地域のなかの軍隊)日本の軍隊を知る: 基礎知識編 (地域のなかの軍隊)感想
今年は戦後70年、旧日本陸海軍という機構やその習慣、法令規則自体が記憶の彼方に消えようとしている中、実際はどうなのかという説明を試みた1冊。徴兵制という仕掛けから、徴兵忌避、陸軍の駐屯地、海軍の鎮守府の分布や性格、在郷軍人という存在、軍事郵便、軍隊生活全般に至るまでまとめている。従軍僧や神官、軍馬、演習等にも言及している。先行研究の論文紹介も行き届き、入門書としては手頃だと思う。色んな分野で述べられていることは多岐に渉るが、やはり15年戦争が始まって以降というのはそれ以前と際だって異なるのが印象的。
読了日:7月17日 著者:
昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年感想
国内の映画、ドラマ、漫画などに登場する食卓の様子を分析することで、背景にある世界を描き出すことを試みた1冊。基調低音は他の著作と同じで「戦前生まれの母親は戦中戦後に育ち、料理を覚えられず、その子供世代に料理が苦手という図式が引き継がれた」という見立てだ。加えて地域社会、大家族制の崩壊や住空間(台所)、家族構成の変化も加わった。ただ筆者は「飯は誰かと一緒に食べた方が美味しい」というテーマを論証し続けているといえる。そして危惧するように「料理を作って食べる、食べさせる文化」は今、脆弱になっているのも事実。
読了日:7月16日 著者:阿古真理
昭和育ちのおいしい記憶 (単行本)昭和育ちのおいしい記憶 (単行本)感想
「小林カツ代と栗原はるみ」を読んでの転進だったので少し期待はずれ。というのは随筆漫筆であり、何か切れ味も薬味も欲しい方だから。多分、料理の随筆でも辰巳浜子の「料理歳時記」や四方田犬彦の「ひと皿の記憶」みたいな内容なら違ったかも。それでも家計調査や農産物調査のデータに人口動態を絡めて、料理の変化に時代相を絡めて考えるのは筆者ならでは。面白い。さらに「食文化は結局刷り込みと慣れだ」とか、「人と親しくなるのは体験を共有すること、手っ取り早いのは同じ物を食べることだ」など、筆者らしい切口上が心地よい。
読了日:7月13日 著者:阿古真理
夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)感想
この中に所収の「キチガイ地獄」のみをキンドルで読了。言わぬが花のどんでん返し、こういう展開の小説もあるもんですね。北海道・大雪山から樺戸監獄、さらには九州へと話が展開するのですが。一人称独白形式の小説ながら、その手際にはお見事というしかない鮮やかさ、です。
読了日:7月12日 著者:夢野久作
ふしぎなイギリス (講談社現代新書)ふしぎなイギリス (講談社現代新書)感想
筆者は毎日新聞の外報記者。俎上に載るのは主にサッチャー以降の英国の有り様だ。合理主義者の英国民が何で王室という存在の存続を認めているのか、議会と国民(納税者としての辛辣な視点も含めて)の関係であったり、看板はどうあれ実を取る国民性であったり。視座が多角的だ。1976年、木村治美が「黄昏のロンドンから」でルポした後の様変わりぶりが分かる。「アングロサクソンの国」という米国との対等な立ち位置から「ジュニアパートナー」という表現への変容、超大国を如何に扱うか。愚直な日本と彼我の差を感じざるを得ない。
読了日:7月11日 著者:笠原敏彦
例外状態例外状態感想
市民の危急が迫った場合、法の規定がない場合、法の執行停止が宣言されることがある。そんな状況を「例外状態」と呼ぶ。古代ローマからこの問題は存在した。今もグアンタナモ基地があるように「例外状態」はある。西欧での例外状態の由来や変遷を論考する。今次国会の安保法制も事前にこの間隙を埋めるため、というのが一つの理屈ながら、誰が強権を振るうのか? 日本で行政府の長が振るうことを認めるとすれば危い。間接民主制で議院内閣制。そこまでの信認を付与していないというのが実感ではないか。戦時と平時は同時に存在しうるが。
読了日:7月9日 著者:ジョルジョアガンベン
支那米の袋 (青空文庫POD(ポケット版))支那米の袋 (青空文庫POD(ポケット版))感想
1人称小説、夢野自家薬籠中の独白体小説。浦鹽なんて言葉(ウラジオストックのこと)が出てきたり、被虐趣味の女性が出てきたり。筋立てはご存じどんでん返し。でも読んでいて江戸川乱歩(1894年生)とか横溝正史(1902年生)とかを連想していました。ちなみに夢野は1889年生、でした。
読了日:7月9日 著者:夢野久作
少女地獄 (1976年) (角川文庫)少女地獄 (1976年) (角川文庫)感想
最初に読んだ時はこの文庫本。再読したのは先日届いたキンドル。昭和の文庫本は活字が小さいので老眼にはつらいと思っていた矢先に、電子書籍を薦められて、ついに手を出す。Amazonで書籍検索をしているはずがいつの間にか青空文庫につながっていて、代金は0。確かに著作権切れだから当たり前なのだけど、何か不思議な感じもする。電子書籍、まだ使い慣れていないので何ともいえないけど、数ページすっ飛ばして読むこともあるので、愚直に指で送るのが何か億劫。まさか夢野久作にこんな形で再会するとは思っていなかった。相変わらず新鮮。
読了日:7月9日 著者:夢野久作
「皇国史観」という問題―十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策「皇国史観」という問題―十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策感想
「国体」という特殊な価値を体現している国家に対する絶対的優越感=観を「皇国史観」。文部省の役割が大きいことが分かる。1935年の天皇機関説事件を契機に2度に渡る国体明徴声明、満州国、北支への進出に関連しての田中智学による「八紘一宇」の提唱等々。「国体の本義」「臣民の道」の発行、高文試験での国史必須化と官製歴史書「国史概説」の登場……。すべて帰納されるのは当時の歴史学界の空気になかったか。「近代に於ける学問=『純正史学』と教育=『応用史学』」という二重構造、つまり「密教と顕教」の関係を受容してきたことに。
読了日:7月8日 著者:長谷川亮一
英国二重スパイ・システム - ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦英国二重スパイ・システム - ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦感想
偵察衛星も、インターネットや携帯電話の傍受も存在しなかった時代の話。第二次世界大戦の欧州戦線の一つの転換点だったノルマンディー上陸作戦に関しての情報戦の裏話である。英情報網の優秀さを裏付けるような話で、今は米がそんな覗き見の仕事を一手に担っているのだろうな、と。本書に出てくるのだけど、駐独大使であった大島浩陸軍中将が日本向けの外交電がほとんど連合国側に筒抜けだったという逸話は国内の有様を示すようなエピソードだ。独中枢の意向を知らせることとなった情報は詳細で多岐だったという。日本陸軍の性格を示すようだ。
読了日:7月6日 著者:ベン・マッキンタイアー
小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)感想
戦後家庭料理史、日本の女性史である。昭和前半生まれの世代は家の伝統料理や知恵を知らずに育った。家事を覚える時期が戦中戦後の混乱と飢餓の時代。家事負担の煩わしさから開放を意図して子の世代に教えなかった、られなかった。で、昭和後半生まれの世代も料理に苦手意識を抱き、「オレンジページ」などに依った。高度成長期を挟んで家族構成、住環境が変わった。バブル期を挟んで家計構造が変わる。伝統的な調理法は残せないのだ。そこで旗手として現れたのは小林と栗原。2人に限らず多くの料理研究家を紹介し、内容を充実させた好著!!
読了日:7月3日 著者:阿古真理
山賊ダイアリー(6) (イブニングKC)山賊ダイアリー(6) (イブニングKC)感想
相変わらずの「山賊暮らし」ぶり。だいぶ板に付いてきたというか。ハト、ウサギ、カモ、たまにシカ、川にコイを釣りにいく話まで。ストレートに話が展開していかないのが、らしいといえばらしくて、いいのかも。筆者が住んでいるのがやはり岡山。中国山地はやはりこの辺とは少し、山の様相が違うのかもしれません。今、住んでいる辺りでは狩猟期間に入ると、イノシシを狙うハンターが結構います。害獣駆除でシカも対象になります。もっとイノシシが話に出てくるかなと思いつつ……。この巻はDVD付きverもあるのですが、通常版です。
読了日:7月2日 著者:岡本健太郎
人物で語る数学入門 (岩波新書)人物で語る数学入門 (岩波新書)感想
高校時代、三角、微積、数列、行列式と続いた辺りで挫折した記憶の下、この本を読み始め、頭から読解は無理と判断。ただ、古代ギリシアでピタゴラスやユークリッドに始まった数学は、16世紀のデカルト、17世紀のフェルマ、デカルト、ライップニッツ、18世紀のオイラー、18世紀のガウスと才能と好奇心を繫ぐように発展したことだけは分かった。さらに特に中世の数学者の多くは大学では哲学や法律学、神学などを修めた訳で、高校時代の恩師に「数学は理解することではなく、考え方を学ぶことが大事なのだ」と後にいわれたことを思い出した。
読了日:6月30日 著者:高瀬正仁
時代を刻んだ貌―田沼武能写真集時代を刻んだ貌―田沼武能写真集感想
金高堂本店で見付けた。人物写真というのは難しい。表情、構図、カメラのレンズと被写体との間の空気も写る。言動や言葉が写真から聞こえてくるような1枚が続いている。背景の絞り込み加減まで緻密に神経が行き届く。更に編集も見事だ。1人1ページ、志賀直哉〜永井荷風〜谷崎潤一郎〜佐藤春夫〜里見クと続く。ページをめくるのが本当に楽しくなる。向かい合わせに載っている三島由紀夫と石原慎太郎。被写体が本の中で語り合っている如く。中でも向坂逸郎と吉田健一。見事だ。写真家という職業に就いて人生が豊かになったと結ぶ氏。続編に期待。
読了日:6月28日 著者:田沼武能
きのう何食べた?(10) (モーニング KC)きのう何食べた?(10) (モーニング KC)感想
月1度のペースで連載して単行本はほぼ年に1回。そのペースに乗って主人公のシロさんとケンジというカップルの生活は少しずつ変わっていく。親の老い、勤め先での立場や役割分担の変化、そして何より自身の身体。そのわずかな変化を1話に仕立て上げていく上手さ。同時に生活のリズムを自然に見せていくのが料理。季節の移ろいと共に取り上げられるメニューが変わり、1年が過ぎていく。時の流れを読む愉悦というべきか。日々の生活で節目になるのが2人の食事。相変わらず段取り、手際の良さには感服するばかり。食べることって大事だな、と思う。
読了日:6月27日 著者:よしながふみ
へうげもの(20) (モーニング KC)へうげもの(20) (モーニング KC)感想
BSマンガ夜話で取り上げられたのがきっかけで読み始めたこのマンガも早20巻。この巻では大久保長安、高山右近が舞台から退場し、古田織部の身辺は本当に寂しくなってきた。登場人物が円熟してくるにつれて、筆致も内容も一緒に成熟している気がする。もうすぐ大阪冬の陣。最期の時が近づいている。
読了日:6月26日 著者:山田芳裕
世論調査とは何だろうか (岩波新書)世論調査とは何だろうか (岩波新書)感想
筆者はNHK放送文化研究所世論調査部副部長。世論調査とは何かを易しく解説した本。統計の専門的な知見や論理、解析が大きな比重を占める分野だが、報道記者から現職に移って「参与観察」したルポである。週刊こどもニュースの3代目おとうさんの面目躍如。調査の意味、起源から方法、調査の実態、将来の姿まで縦覧する。偏差、調査の母数、無作為抽出、RDD等々用語説明も明解。就中重要な部分は分析の手法。常に調査には誤差があり、調査者のバイアスが掛かる、ビッグデータの読み誤りがあるという謙虚さを強調する姿勢は筆者ならではの視点。
読了日:6月26日 著者:岩本裕
選書日本中世史 2 自由にしてケシカラン人々の世紀 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 2 自由にしてケシカラン人々の世紀 (講談社選書メチエ)感想
所謂、南北朝から室町時代という区分に関しての本。摘まみ食い感はあるけど、先行研究を紹介していく。例えば日本の「公」という言葉は「小宅(おやけ)」に対しての「大宅(おおやけ)」という概念から生まれたと説いたり、太平記を土台に「公」と普通の人の関係が変動した時期を分析したり。中で京都で起こった飢饉が流通システムの破綻に起因するものから、流入人口増で供給が間に合わなくなった原因に分かれるとか、尊氏が見物した田楽と義満が見物した猿楽での観客の差とか。ある意味で旧世代と新世代の確執が時世を動かすのかもしれない。
読了日:6月26日 著者:東島誠
昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書)昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書)感想
日米開戦について「中国市場の争奪戦というより、英国とその植民地の帰趨を巡って始まった」と説く。この巻での視座は、日米開戦当時の武藤章陸軍省軍務局長と田中新一参謀本部作戦部長の2人。知性があり、適切な判断をする時もあれば、居丈高になって決断を誤る時もあり。満州事変以降、同じ人間が、時間軸の中で揺れるのが不思議。ただ日、中、独伊、ソ、米英と各々思惑があり、力関係があり、状況判断がある。一局面を見て結論は出せない。日本の力の実態を把握すれば、誰も米国相手の戦いに勝機を見いだせていなかったことは確かに明白だが。
読了日:6月26日 著者:川田稔
草原からの使者―沙高樓綺譚 (文春文庫)草原からの使者―沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
先ず以て有川浩の解説が秀逸!! 下ネタは作家にとって禁じ手なのだけど、書き手によってはファンタジーとして成立しうると説く。確かに最後の1篇「星条旗よ永遠なれ」は男性が「打ち止め」になると旗が飛び出すという逸話だ。米退役軍人と日本人妻の人情話に仕立てているのが何ともすごい。表題作「草原からの使者」は浅田にとっては自家薬籠中、お手のものの話だ。ただ当時の競馬場で特券を大量に刷り出す話や、「星条旗〜」で「米国では隠居ができない」という主人公のつぶやきなど、洒落た警句に満ちているのが、この人ならでは。続編を期待。
読了日:6月23日 著者:浅田次郎
選書日本中世史 1 武力による政治の誕生 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 1 武力による政治の誕生 (講談社選書メチエ)感想
中世日本の枠組みを考える上で黒田俊雄が提唱した「権門体制論」は斯界で支持されているそうだ。だが筆者は異議を唱える。単純化すると、天皇であれ、寺社であれ、武力の前には無力なのだと。論証のために手紙(綸旨、御教書、直状等々)の遣り取りを追跡したり、「取次」等の役職(中枢と地方を繋ぐ役目)の人物を詮索したり。実証的で説得力があります。また戦前の皇国史観の影響を清算しきっていない、という指摘は興味深い。唯物史観でも尚武の気風は続き、網野善彦の出現が別の時流を形成したという。社会科学の学徒たらんとする筆者に拍手。
読了日:6月22日 著者:本郷和人
選書日本中世史 3 将軍権力の発見 (講談社選書メチエ)選書日本中世史 3 将軍権力の発見 (講談社選書メチエ)感想
日本史の教科書ではさらりと済ます南北朝時代。混乱の極みでした。兄弟で足利政権を作ったかと思えば離反して南朝に合流したり、北朝の血統が絶えかかったり。武力による政権は源頼朝(或いは平清盛)以降に成立したとされつつも、「太政官符」「官宣旨」といった朝廷由来の文書の効力が有効だったことから権力構造の複雑さを読み解きます。南都北嶺といった宗門勢力もいる。最初は為す術なかった武家政権も3代義満の後半になって武力鎮圧という手を発見するまでの話です。最終章の「公家と武家」を最初に読むとよろしい。ま、古文書の鬼の本。
読了日:6月20日 著者:本郷恵子
ナチスの財宝 (講談社現代新書)ナチスの財宝 (講談社現代新書)感想
ルポは新聞記者にとって入門編です。藝として確立するのは難しい。あったこと、見たことをそのままに書いていては成立しないから。その点、この本は至芸の一つかもしれない。旧ソ連レニングラードの宮殿にあったモザイク画が旧独軍に略奪され、戦後摘発されることから話が始まります。琥珀の間の財宝の追跡がナチスの残党が南米に逃れた話に転じ、ロンメル将軍の財宝(山下将軍の財宝の話に似てます)になり、最後はヒトラーの美術館建設の野望まで一気に進んでいきます。昨今評判のフェルメールもその中の1枚。確かに戦後ドイツの裏面史です。
読了日:6月20日 著者:篠田航一
ぼくらの近代建築デラックス! (文春文庫)ぼくらの近代建築デラックス! (文春文庫)感想
共同筆者の門田慶喜曰く「建築は建築家だけではなく施主、大工、政治家、華族、軍人、小説家……。建物の周りには様々な人がいる。逸話と物語の宝庫。自動車評論家の徳大寺有恒が言うように『車の楽しみは結局は人間の楽しみ』」と。そこに尽きる。辰野金吾の3大万歳、大阪で活躍した渡辺節、宮廷建築に活路を見出した片山東熊、妖怪の主伊藤忠太、傍流の王妻木頼黄などなど草創期のメンバーから多くの職人上がりの建築家まで。2人の談論風発つきることなく楽しい。嘗ての藤森照信の「建築探偵シリーズ」に続く文脈。2人の異能の作家に拍手。
読了日:6月19日 著者:万城目学,門井慶喜
幕末から維新へ〈シリーズ 日本近世史 5〉 (岩波新書)幕末から維新へ〈シリーズ 日本近世史 5〉 (岩波新書)感想
教科書の日本史とはひと味違う立体感が楽しい本。11代将軍家斉の時代から話は始まる。16人の妻妾から男児26人・女児27人を作ったこの方は寛政の改革の一方、財政的な窮乏と権威低下を招く。川越藩、庄内藩、長岡藩を同時に転封する三方領地替えは継嗣家慶が取り消さざるを得なくなり、天保の改革も失敗。ナポレオン戦争や毛皮用のラッコ猟で北辺に外国船が近づく。金と力がない中で頼った天皇の権威にいつか将軍家側も振り回されるようになる。国内と国外、江戸と京都、地方。学問の進捗と貨幣経済等々。同時代を輪切りにしてみせる愉悦。
読了日:6月17日 著者:藤田覚
しをんのしおり (新潮文庫)しをんのしおり (新潮文庫)感想
2005年刊。弟や友人との日常生活の中で妄想を膨らませ、文字化していく。明晰な文章であるにも関わらず、自由奔放な乙女の心は追いかけるのが大変だ。ただ時に見せる才が恐ろしい。古今集の凡河内躬恒の口語訳(乙女訳というべきか)は見事だし、BUCK-TICKの追っかけをし、宝塚歌劇に心を躍らせる姿にはまた掬すべきものがある。これらの随筆(というか雑文の分類という方がふさわしい)は筆者の「小説」という創作活動の余技という範疇ではなく、大いなるジャンピングボードになっているのが分かる気がする。文の落差がすごい。
読了日:6月16日 著者:三浦しをん
日本の名作住宅の間取り図鑑 (エクスナレッジムック)日本の名作住宅の間取り図鑑 (エクスナレッジムック)感想
一般庶民の家は別としても、家というものが常に「来客」を想定して作られてきた歴史と読み解けると思います。客と家人の動線を別にするために「中廊下」ができたり、「表」と「奥」の区別や、店と奥の別であったり。便所が2カ所になったり、洋館風の建物がくっついたり。ただ時代が下がると、家の敷地としての広さを確保することが難しくなること、家族の単位が核家族化することなどから、家がプライベート空間としての意味が強くなっていく過程が見えます。この本は江戸〜昭和の住宅を取り上げているのが一種の生活史となっています。
読了日:6月15日 著者:大井隆弘
空海はいかにして空海となったか (角川選書)空海はいかにして空海となったか (角川選書)感想
正直に言います。すこぶる学術的でありまして、広汎な史料を博索して、そのわずかな断片から佐伯真魚から空海へと変身していく過程を探ろうとしているのですが、いささかに全体像が見えにくい。個別の挙証がどう本体に繋がっていくのか、博学の士には何も苦にならないのであろうと拝察しますが、ちょっと選書という形態では難解に過ぎる気がしています。行間から実に篤学の士である様子は伝わってくるのですが。
読了日:6月13日 著者:武内孝善
道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書 2321)道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書 2321)感想
筆者は1925年生の元建設官僚。日本道路公団などを経て関連法人の道路歴史研究所理事長。古代の駅制に始まる道の概念と現代の高速道網の発想が近いとか、移動手段が古代の馬から近世の徒歩に変わると道も姿を変えたという指摘や、名神高速を開通させる際に世界銀行から招いたワトキンス、道路計画のドルシュ、土質・舗装のソンデレガーという「お雇い外国人」の教えを受けた世代である筆者の感慨は興味深い。また国交省、農水省、各地方自治体と管理主体がばらばらな道の規定を一元化する「道路総合法」の制定提唱は正論だけど実現するかな。
読了日:6月12日 著者:武部健一
桃色トワイライト (新潮文庫)桃色トワイライト (新潮文庫)感想
大河ドラマの「新撰組」が登場しているから、2004年ごろの連載なのだろうか。掲載誌は分からないけど。この方の随筆はすこぶる楽しいので手を伸ばしたけど、本書では筆者のスピード感について行けなかった。ニヤッとしている間に対象物は遠くに走り去っているような感じ。残るは真抜けた己が顔ということになる。このスピード感(というかものを事柄を省いていく感覚)について行ける人にはおもしろいし、共感できる1冊なのだろうけど。「爆笑の大人気エッセイシリーズ」という売り文句に取り残された自分が……。
読了日:6月11日 著者:三浦しをん
日本木造遺産 千年の建築を旅する日本木造遺産 千年の建築を旅する感想
これも木造建築か、と思う。就中佳いのが、菅の舟頭小屋。のべ床面積約1坪。畳1畳と土間。生活ができるのだ。川崎の日本民家園にあるらしい。福井・大瀧神社、岩国・錦帯橋等々、写真に惹かれて買った1冊。藤塚光政の写真がいい。で、巻頭を飾るのが播州小野の浄土寺浄土堂。実に素敵な堂内なのだが今は撮影禁止なのだそうだ。昔の写真を所収しているけど、それがまたいい。空撮(たぶんドローン)写真があるのだけど、氏のこの写真の類の方はまだ練度が低い気もする。藤森照信センセイの説明文、腰原幹雄氏による構造説明と、行き届いた1冊。
読了日:6月11日 著者:藤森照信
小説を、映画を、鉄道が走る (集英社文庫)小説を、映画を、鉄道が走る (集英社文庫)感想
連想に任せて、鉄道が出てくる映画、小説を綴っていく。随筆だから仕方ないけど、読み進めると発想について行くのにちょっと疲れる。でも映画「張込み」、小説「オリンピックの身代金」の夜行列車、林芙美子の「房州白浜海岸」、吉村昭の「東京の戦争」などを含む一篇は心に残る。映画に当時の風景が残っていることの意味を説かれて成程と。「砂の器」再読したくなった。個人的に印象的だったのは旧制一高時代の芥川龍之介が外房での海水浴について書いた一文。「海水浴と云うのは名ばかりで実は波にぶんなぐられにはいるのだから堪りません」
読了日:6月11日 著者:川本三郎
ハルビン駅へ 日露中・交錯するロシア満洲の近代史ハルビン駅へ 日露中・交錯するロシア満洲の近代史感想
ロシアの根底に流れる汎スラブ主義。欧州からアジアまで制覇するのが歴史的使命感と遅れてきた帝国主義国としての現実。東清鉄道を創設し、資金的な裏付けを担った露清銀行を設立して話が始まる。中心がハルビンという新しい町。鉄道が荒蕪の地を開発の拠点に変えた。利権が生まれればロシアの大蔵省と外務省、陸軍省との主導権争いが生まれる。軍人、旧教徒やユダヤ人の入植、満州の大豆輸出が経済活動を生み、日清、日露の戦争を経る間に力関係が変わっていく。ユーラシア大陸の西から満州、朝鮮を観るを視点が新鮮。結論を先に読む方が楽かも。
読了日:6月9日 著者:ディビッド・ウルフ
メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)感想
わずか1年余ほど前の本だけど、中身の一部はもう古くなっている気がする。活字媒体というか、テレビというか、既存のメディアのありようというのはいよいよ分からなくなっている気がする。そして重心が偏った時にどうするのか……。
読了日:6月6日 著者:長澤秀行
侍従長の回想 (講談社学術文庫)侍従長の回想 (講談社学術文庫)感想
元・中公文庫所収。1944年8月から1946年5月まで、侍従長として昭和天皇に仕えた人の随筆。1次史料として読む場合には注意が要る。第1に旧海軍出身であること。畢竟旧陸軍系統の人物評は辛口になる。第2自身の見聞を見極めること。8月15日の記述、朝日新聞を引用している。多分、二重橋前の光景を見ていない。ともあれ動乱の時期に日本の中枢にいた者が記憶を基に綴った文という点で値打ちがある。映画「日本のいちばん長い日」の描写に色濃く反映している。また、学術文庫版の価値は保阪正康の解説の部分。先に読んだ方がいい。
読了日:6月6日 著者:藤田尚徳
満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)感想
加藤陽子は分かりやすい本を書く人ですが、この本の内容を平明にするためには3分冊くらいにしないと無理です。読者は観覧車に乗ったつもりが、昨今流行のジェットコースターに乗せられていたようなものです。書いてある内容は理性的、中立的で学術的ですが、新書で1冊という体裁、分量に、このいくつもの補助線(外交、世界情勢、財政金融、陸海軍と各国の軍事力、国民の生活などの統計資料などなど)が必要な事象を収めていくのは無理です。満州事変以後を書いたいい本ですが、教科書から1歩進んだところで、という時にはおすすめできないです。
読了日:6月4日 著者:加藤陽子
満鉄調査部 (講談社学術文庫)満鉄調査部 (講談社学術文庫)感想
国策会社の満鉄で植民地経営の企画立案を担ったのが同社の調査部。赤化するロシアとの関係の研究が入ってきたり、世界が中国大陸の権益に注目する中で始まる15年戦争の中、満州に留まらず広く日本の権益を探る機関に変貌していく。今日考えている以上に共産主義的な考え方は魅力的に映った部分があり、左傾する者もいたり、関東軍を中心とした軍部に阿る部分もあったり。ただ、この時に身に付けた感覚は戦後、自民党を中心とした政治体制の中でも大きな影響を残したのは事実。例えば椎名悦三郎。概説的な内容。なお本書は平凡社新書の再編版。
読了日:6月3日 著者:小林英夫
沙高樓綺譚 (文春文庫)沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
前回勧めた2篇を再読。「小鍛治」の方は読み返すと、探偵小説の鉄則「ノックスの十戒」にあるとおり、前半に登場した人物が最後に鍵を握っているという仕掛けであり、モデルの人物をだれに想定するかも楽しい。蒼風か太郎か? 「雨の中の刺客」の方は何でもない別れが最後の引き金になっていく。日常生活にはそんな瞬間があちこちに転がっているのだと改めて思う。 そして全編。沙楼のモデルというか、イメージには、華道家の栗アfが2000年代初頭までやっていたという六本木の高級ゲイバー「西の木」のイメージが投影している気がする。
読了日:6月2日 著者:浅田次郎
沙高樓綺譚 (文春文庫)沙高樓綺譚 (文春文庫)感想
1編目の「小鍛治」と5編目の「雨の中の刺客」がいい。前者は刀剣鑑定を家業とする友人が主人公を秘密の会合に誘うことから話が始まる。自然な展開で刀剣の「折紙」を付ける鑑定作業、また出自不明の名刀が現れ、話が展開していく。後者は高度成長期に博徒系ヤクザに入り込んだ男が綾なすままに斯道の真ん中を歩く羽目になった回顧談。「天切り松」の口調に近く、話の流れが自然だ。「誇張や飾りを申されますな、聞いたら夢にも他言なさいますな」という女装の主人の台詞は、濃いビロードのような世界を作り出す決め台詞か。解説の百田尚樹が蛇足。
読了日:6月1日 著者:浅田次郎
増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学 (ちくま学芸文庫)増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学 (ちくま学芸文庫)感想
第2次大戦が終結して今年で70年。日本で終戦記念日といえば8月15日になる。だが歴史的には昭和天皇の降伏詔書が公表された日であり、ポツダム宣言受諾は8月14日、降伏文書の正式締結は9月2日になる。1945年からしばらくは、8月14日や9月2日の記憶が残っていたものの、記憶が8月15日に収斂された過程を記した本。政府の戦没者追悼式典や昔からの旧盆の習俗が重合した結果ながら、筆者の言う如く、8月15日は戦場銃後や敵味方の別ない慰霊の日とし、無条件降伏した9月2日を敗戦の日と分けた方が昨今の議論が明解になる。
読了日:6月1日 著者:佐藤卓己
選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層感想
津軽選挙に甲斐選挙、奄美全島区……。この本は衆院選旧山梨全県区で12期当選した金丸信を題材に、選挙運動の話を点綴する。これも柳田国男以来の民俗学の姿ではあるのですが。地縁血縁、さらには後援会の顔をした無尽(頼母子講)などなど。ただ、こんな形態が残っているのは地方の町村議選、市議選くらいではないか。衆院選の小選挙区制がもたらした弊は少なからずあるような気がする。ま、金が動くことは地域の活性化であるのは事実なのですが。この本は飛ばし読みでした。
読了日:5月31日 著者:杉本仁
追記
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★2015年12月に読んだ本。

2015年12月の読書メーター
読んだ本の数:16冊
読んだページ数:4450ページ
ナイス数:548ナイス

天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命 (歴史文化ライブラリー)感想
銀行という言葉が定着しているように、明を中心とする東アジアでは銀が貿易の決済で使われた。時代の需要に合うように石見銀山の発見、銀の流通が始まる。領有した毛利氏の動向を中心に話が進む。湯泉津、赤間などの湊町の発達、関銭の撤廃など、物流の変化が起き、米を介した商取引きが金、銀に変わっていく。豊臣、徳川と中央集権に向かうのと軌を一にして産出量が減る。国とり物語的な世界とは別の世界の広がりを教えてくれる1冊。江戸の金遣い、上方の銀遣いの由縁や、江戸時代になっても最終的には米本位制の社会制度になった点も興味深い。
読了日:12月29日 著者:本多博之
アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略 (歴史文化ライブラリー)感想
大友、大内、相良、松浦、島津……。九州の戦国大名は国内ではなく、アジアに目を向けていた姿を綴る。狭い国内での覇権を唱えるより貿易を通じて自身の存立を目指した姿は新鮮だ。石見銀山のような貴金属だけではなく、火山国日本ならではの硫黄までも売り物にする。東シナ海、南シナ海は実は内海であり、近代的な船の出現以前から貿易のための船は行き交っていたのは自然な話だ。後には東南アジアにまで商売の圏域が広がっていく話は雄大。論理の組み立てに飛躍がある部分もあるけど、筆者の提唱する「アジアン大名」という呼称は言い得て妙。
読了日:12月26日 著者:鹿毛敏夫
役者は一日にしてならず役者は一日にしてならず感想
聞き書きという体裁を取るこの本。実は筆者の質問の勘所が冴えているのが妙味。1人の俳優が出演した作品を見、その時代の空気の予備知識があるからこそ成立した1冊だ。長きにわたって撮影所の裏方の取材を続けてきた経験があるからこその問い掛けであり、個性豊かな言葉を引き出している。観て覚えること、引き出しを作っておくこと。年齢を重ね、主役から脇役へと演じる役は変わっても、逆に脇役をやる楽しさにたどり着いたというべきかも。それぞれの答えは芭蕉の俳諧論や世阿弥の能楽論に通じる年齢を重ねていくとは、という問いに重なる。
読了日:12月25日 著者:春日太一
へうげもの(21) (モーニング KC)へうげもの(21) (モーニング KC)感想
とうとう大坂冬の陣。水指破袋も登場。へうげ、とはというテーマがどんどん隘路に入っていく。そんなもの、かもね。
読了日:12月23日 著者:山田芳裕
戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)戦国武将の実力 - 111人の通信簿 (中公新書 2343)感想
戦前の立川文庫の抄録かと思うような内容で、釈台を叩く張り扇の音が景気よく響く感じの1冊。筆者が統率力、教養、実行力、企画力、先見性の5項目について主観で採点しているのだが、実証性、説得性がゼロ。1人見開き2ページ。元々は読売新聞の連載だったそうだが、内容が空疎。編集者が付けたという採点グラフの下の略歴も本文をなぞるようなものが多い。茶の間(これも死語か)のテレビの前に置き、時代劇を見るときの手引きにする位しか用途が思いつかない。こういう本を中公新書が出す意味があるのか、と思う。筆者及び編集者の見識を疑う。
読了日:12月22日 著者:小和田哲男
昭和史 (上)昭和史 (上)感想
今も戦前日本も、中央官僚の課長級が政策立案をして、稟議の末に政策として決定していく。旧憲法下は各閣僚、各省、軍、参謀本部、軍令部が個別に天皇に対する責任を負う体制であり、独裁者なき独裁制という不思議な現象が起こった。共産主義者の転向、統制経済志向と続く戦争への道。議会も天皇機関説批判、国体明徴声明の頃から変わる。世の中は急激に変わる訳ではなく、少しずつ姿を変えていく。気が付けば後戻りできなくなっていることを教えてくれる。筆者は経済史の専門家らしく、経済の面からのデータの裏付けがあるのが分かりやすい。
読了日:12月20日 著者:中村隆英
昭和史のかたち (岩波新書)昭和史のかたち (岩波新書)感想
図形、表、数式というのは万国共通の言語である。戦前の昭和史の碩学である筆者が「シンボル」を使って、難解(というのは話者の立場によって事実とされるものが変わるから)な歴史を解説しようと言う試みの1冊。昭和天皇の戦争責任を、時系列と要素に分解して筆者が判定した1章を別にして、正直に言うと試みはあまり成功したとはいえない気がする。というのはその図表や式に、多端な事象を集約しきれていない。たとえ話としては興味を喚起する部分があるにせよ。そも、昭和史の「かたち」というのはそう簡単に図表や式で抽象化できるのだろうか。
読了日:12月17日 著者:保阪正康
江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)江戸大名の本家と分家 (歴史文化ライブラリー)感想
本家と分家。幕藩体制の下の概説した1冊。初期の家名をつぐことを第一とした時代から、中期、綱吉の時代から長幼や血縁を重視するように変化していく。また「分家」といっても将軍から領地を保証された別朱印分家(これは対本家と対幕府、二重の主従関係を抱えることになる)あり、本家から稟米(サラリー)を貰うだけの内分分家があり。財政難から本家に丸抱えになる家あり、分家は分家と貫く家あり。義絶あり、両敬あり。旧民法改正とともに家制度は変わったとはいえ概念は今も残る。手本として大名の家々のありよう、意識の変遷は興味深かった。
読了日:12月16日 著者:野口朋隆
パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)感想
日本では着物の下は何も着けないのが伝統であった。だから立ち小便も当たり前であった。ズロース(デカパン)の登場で逆に「羞恥心」が脚光を浴びる。その惹句として使われたのが「白木屋火事」だったと読み解いていく。ズロースは貞操を守るための衣類だったはずが逆に男性からの窃視の対象となる。さらにパンティの登場で女性自身のナルシズムの象徴となり、同時に羞恥心が生まれる機序ともなる。パンツと羞恥心の誕生から近代化の様子を読み解いた1冊。ただ本が書かれた後、時代がさらに変わっていってしまった気がする。社会史は難しい。
読了日:12月12日 著者:井上章一
天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)天下統一 秀吉から家康へ (講談社現代新書)感想
東アジアは中国を中心とした世界であり、周囲の国は冊封国(朝貢関係)を結ぶことで存立しえた中、日本は室町時代の勘合貿易の後、明の海禁策(鎖国)もあって冊封国たりえなかった。覇者と認められるために、秀吉、家康という2人が対外的な地位を獲得するために、時には武威(武力)で、時に下手に出て、関係確立を目指したか(琉球王国に対する日本の態度が相似形になるのだが)を分析した1冊。ただ話の展開がちょっと概括的すぎて、言っていることは分かるけど、という気分が正直なところ。基本的には権門体制論が下敷きになっているだけど。
読了日:12月12日 著者:黒嶋敏
市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)感想
市川崑という映画監督の見事な分析書。元々動画の出身で、計算し尽くした上で画を作るということ、情に流されるのではなく理で分解して人間像を描いていく手法であったこと。解説を読んだ上で作品を思い返すと成程と思うこと多々。妻の和田夏十の存在も。後段は表題の「犬神家の一族」以下、横溝作品の映画化についての分析。最後に考えを裏付けるように石坂浩二のインタビューがつく。市川は確かにクールでスタイリッシュ。タイトルで出てくる極太明朝のイメージは借用しているなぁ。吉永小百合を「監督クラッシャー」と見立てたのは痛快!!
読了日:12月11日 著者:春日太一
科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)感想
先の大戦前夜を顧みると、日本という国の民衆を信じ切れない気分でいる。「沸点」を簡単に超えてしまう瞬間がくるような気がするのだ。科研費の紐を付けた成果主義の横行する今、学者とても節を曲げて時の政府に簡単に協力する(学者である以上、研究はしたいという思いは分かるし、するには金が要る)可能性は否定できない。毒ガスを開発したハーバーしかり、原爆のオッペンハイマーしかり。「科学者として学問を愛する以前に人間として人類を愛す」「勉強だけでなく社会の問題も考えられないと一人前の科学者ではない」などの言葉が重く響く。
読了日:12月10日 著者:益川敏英
耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y)感想
日本史の教科書には必ず登場する「紀州阿氐河荘百姓申状」。ミミヲキリハナヲソギ、という文言で知られる「耳鼻削ぎ」の背景を探った1冊。自力救済が原則の中世で男なら死罪になるところを女性や僧はこの処刑で罪一等を減じるという感覚、被差別階級だったハンセン病者にやつしたとの見方も蓋然性がある。戦国末期からむしろ残忍な処刑の追加項目という意識に変わり、朝鮮出兵での無道に繫がる視点も理解できる。中国との関係で「隣国型」か「周縁型」か。日本だけ近世に至って別の歩みをしたのか。そこまで耳鼻削ぎの習俗から読み解く手練は見事。
読了日:12月10日 著者:清水克行
つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)感想
「桂離宮の美は独建築家のB・タウトによって発見された」とする言説を木っ端微塵に打ち砕く。独に居づらくなったタウトと、古典主義を外国人の言葉をテコに打破したいという国内の若手モダニズム建築家。両者の思惑が一致して「簡素の美」という見立てが流布する。日本精神の再発見(例えば国民性十論を書いた芳賀八一のような)の思惑も重なって、桂離宮神話は形成される。その過程をこれでもか、というくらいに読み解いていくのは、井上章一の真骨頂だろう。単に建築史の問題ではなく戦前(いや戦後もか)の思想史の断片を巧みに描いている。
読了日:12月5日 著者:井上章一
映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)映画館へは、麻布十番から都電に乗って。 (角川文庫)感想
筆者は1941年生まれ。青春時代が邦画、洋画を問わず、映画全盛時代に重なる。本書の前段はその黄金期の映画の数々。映画好きが昂じて東宝入り。後段は映画館勤務から映画を配給、選択する側に廻り、製作の分野まで勤めるまで。好きなことが仕事になって、なおかつ幸せな生活を送れた、というのはご本人の努力があり、会社の理解もあり、羨ましく思うばかり。映画界の内側を知る興味もさることながら、シネコンではない昔の映画館の雰囲気を活写しているのが懐かしい。連想した人物は歌舞伎、演劇評論の渡辺保。同じ東宝の出身、社風だろうか。
読了日:12月3日 著者:高井英幸
小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(下) (岩波現代文庫)感想
この本の面白さはあとがきの種明かしだ。「論でも伝でもない、映画で刺戟され触発された運動の記録」という見識だ。つまり「見る、調べる、書く」の繰り返しがこの上下2冊に結実している。戦場から帰った小津が映画に社会に会社に向き合ってきたか(田中絹代監督作品の話など)と、同時に作品の主題は「崩壊する家族」に置き、新民法施行で個人主義が芽生え、米が普通に食えるという、日本では有史以来初めて出来する現実に視点が向くのは当然だろう。「麦秋」の三宅邦子の台詞「やわらかいおいしいご飯」の一言の重みを記す筆者は流石だと思う。
読了日:12月2日 著者:田中眞澄

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