2015年12月01日

★2015年11月に読んだ本。

2015年11月の読書メーター
読んだ本の数:14冊
読んだページ数:3889ページ
ナイス数:485ナイス

小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)小津安二郎周游(上) (岩波現代文庫)感想
日記や書簡、新聞雑誌の記事や言説・風評を追い、人物像を描く。1903年生まれの小津は大正デモクラシーの申し子であり、米映画を愛するモダンボーイであったこと、映画監督として一家を認められながら33歳で応召したこと。陸軍の下士官として上海から中支戦線を転戦した記録迄。特に陣中、修水河渡河で自身の日記の中に「特殊弾」を使ったと記した箇所を「あか」(C13H10AsN、嘔吐剤、くしゃみ剤と呼ばれる砒素化合物)の毒ガス戦に参加した経験と読み解く。約2年に及ぶ戦場体験がその後に残したもの大なること、よく分かる。
読了日:11月30日 著者:田中眞澄
イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!イチバン親切な包丁の教科書―魚介から野菜、肉、飾り切りまで、豊富な手順写真で失敗ナシ!定番の和食141レシピも紹介!感想
親切な料理の本です。石器時代の昔から、料理の基本はまず切ること。切ることを通して調理に至る階梯を教えています。まず魚。鯛に始まり、たぶん一般の人に無縁の鱧の骨切りまでも。次が甲殻類、貝類、野菜と話が進んでいきます。たぶん、使うことはないだろう飾り切りも。最後が肉。鶏1羽を捌く段取りまで教示の範囲に入っています。阿古真理の分類に従えば、辻嘉一や土井勝の系統に属する料理指南本なのかもしれません。ちょっと本式にやってみようかという気分をくすぐる1冊です。でも魚屋さんで「三枚に卸して」という方が楽なのですが。
読了日:11月29日 著者:
映画の戦後映画の戦後感想
眼目は後段の米映画の評論にある。マッチョな米文化、自警主義。その一方で東部エリート対一般大衆という構図の中で起こったレッドパージ。マッカーシー旋風が大衆に支持されて吹き荒れた訳で、排除と転向の影響下にあった訳で、スクリーンの裏に流れていた思惑、構図が今も多かれ少なかれ続いているのかもしれない。第二にベトナム戦争。戦死者の比率は黒人10に白人1だったと言われるものの、身近な人間が死に傷ついてきた経験が多くの無名戦士の映画につながった。「映画をその時代のなかに置いて見ること」を基本にする筆者の面目だろう。
読了日:11月28日 著者:川本三郎
昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 (光人社NF文庫)感想
マニアックな本です。スラスラと読みこなすのは無理です。組織の要諦は人事、なのですが、上手くいかなかった組織の悲劇列伝。前例踏襲、派閥力学、郷党意識等々、人事を歪めてきた要素が並びます。まして陸軍省と参謀本部という2本立て(現場を入れれば3本立て)組織なので、人事は慎重かつ複眼的に決まるべきなのですが。あと、徹底的にあの戦争をやるには幹部が不足していたこと、陸大卒業時の序列が最後まで響く組織の硬直性……。クラウゼヴィッツが戦争論でいう「必要な知識は地位とともに異なる」。今もあちこちで教訓が生きていない、か。
読了日:11月27日 著者:藤井非三四
京都ぎらい (朝日新書)京都ぎらい (朝日新書)感想
差別は常に再生産される訳で、洛外・嵯峨出身の筆者が洛中の人間に疎外、見下されたされたと思う気持ちは、自身認めているとおり、亀岡、城陽への筆者の視線に重なる。この枠組みが根底にある訳で、存立基盤として今の若い世代にも受け継がれているということに過ぎぬ。寺の僧侶と花街の関係は今に始まったことではなく、寺院が本末寺関係を元に資金源となって街金が発達した異例さや古都税問題で市に勝った歴史と共に、広く知られていることだ。御霊信仰と南朝の話を始め、土地の歴史と今をつなぐ分析が散漫に羅列されているけど、新味に欠ける。
読了日:11月24日 著者:井上章一
きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)きのう何食べた?(11)限定版 (プレミアムKC モーニング)感想
この漫画の面白さを因数分解すれば、グルメ漫画としての料理の妙、凡百のBLには及びもつかないゲイカップルの思いや思考回路の興、そして誰しもが抗うことのできない老への姿勢、だと思う。その点でこの巻では3番目の要素は薄い。とはいえ、蒸し器の話、レバニラ炒めの話、子供が家を行き交った時代のシフォンの話(昨今は友達のお母さんの作った物が食べられないという話に驚いたところだが)、相変わらず間然とするところがない。この人情の機微は山本周五郎の佳編に比肩するものがあって、読後感のよろしさは言うまでもない。
読了日:11月22日 著者:よしながふみ
沙門空海 (ちくま学芸文庫)沙門空海 (ちくま学芸文庫)感想
空海の人物像を極力、一次史料に近いものから復元していく1冊。後継者不在と書く等、冷静に書いていることに好感がもてます。ただ、性霊集や三教指帰、御遺誡等が中心になる訳で、個人史と包摂している教団史、或いは宗教史、社会史の分野まで及ばないと人物像の真の理解は進みますまい。特に入唐までの謎の七年間のこと、最澄と徳一との論争が続く中での空海の立ち位置の分析など、触れて欲しかったこと多々。良書ではあると思います。でもこの本を自在に読み進められるのは知識がないと難しいと思います。「もどき(口説)」が必要な1冊です。
読了日:11月21日 著者:渡辺照宏,宮坂宥勝
華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)華北駐屯日本軍――義和団から盧溝橋への道 (岩波現代全書)感想
北清事変後、英仏独墺露伊米日の8カ国と清が結んだ北京議定書を元に列強が獲得した華北での駐屯権。海路、鉄路の自由通行の確保を名目に始まった制度は、辛亥革命の後も続いた。各国間の協調で運営されていたはずながら(当事者の清、中華民国にとっては国権の侵害だが)、力の空白を利して日本の独走が始まる。日中戦争の端緒となった盧溝橋事件を起こしたのはこの議定書に基づく華北駐屯日本軍。国際協調の時世から満州の覇権を樹立しようとする動きの中で「きしみ」が続いていく様をよく描いている。当時の国力を考えるとあり得ぬ論理なのだが。
読了日:11月18日 著者:櫻井良樹
満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 (角川新書)感想
森林が広がる大地・満洲。開拓されて大豆の世界有数の産地となる。大豆は商品作物、油を絞り、糟が棉花栽培に利用され、金が動き回るようになる。満州事変の枠組みや、県城経済と呼ぶ国単位ではなく小さな地域経済の集合体であったことが日本軍の動きを容易にしたものの、盧溝橋事件以降の日華事変以降との差の説明もわかりやすい。データを摘まみ食いするように読み解くのは鮮やか。ただ後段で「日本立場主義人民共和国」と呼ぶ「立場(建前といってもいい)」を重んじる姿の話は分かるけど分からない感じが残る。連鎖を断ち切れぬのは分かるけど。
読了日:11月12日 著者:安冨歩
ニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたちニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち感想
東京・丸ノ内の檀那衆が銭湯で「盆踊りやりたいね」と言わなければ今日的な意味での「音頭」は始まらなかった訳で、本書は「東京音頭」と労働歌から生まれた「炭坑節」を源とし、今のアニソン音頭にまで至る水脈を辿る1冊です。音頭の誕生には明治以前からのお座敷藝の集積の上にレコードやラジオなどのマスコミの出現が重なります。「ドドンガドン」というリズム感が生まれ、フォーマットに乗って新曲が生まれていく。フランキー堺から流れや大瀧詠一ら、新しい息吹を生む存在が登場してくるとの指摘。「音頭」の持つ生命力を再評価させられる。
読了日:11月9日 著者:大石始
中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)感想
内藤湖南が「日本の歴史は室町時代以降」と喝破してますけど、藤木が本で紹介している「村の掟」は、実は今も形を変えながら存続している気がします。村には生き残っていくための知恵があり、構成する人がいて、掟がある。自治という言い方が適切かはともあれ、支配者に対しても長年積み上げてきた習慣、互酬の関係を要求し貫いていく。階級史観華やかなりしころの「民衆は虐げられる存在」という定型ではなく、実はしたたかであることを活写しています。実は阿部謹也が指摘する日本社会の「世間」の概念の原型があるのではないか、と。
読了日:11月8日 著者:藤木久志
台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食台所に敗戦はなかった: 戦前・戦後をつなぐ日本食感想
すき焼き、サンドイッチ、ねぎま等々。戦前戦後に渡って食卓を飾ってきた献立を、当時の調理書や文書を元に変化を探る1冊。味噌仕立ての牛鍋に大阪から進出した魚すきが重合して今の姿に発展しているし、マグロのトロが庶民の味だった時代の葱鮪から、鶏とネギの串差しに変わることを探ったり、洋食もどきの歴史も興味深い。阿古真理は「小林カツ代と栗原ひろみ」で1930年以降の調理技術の伝承の変化を指摘しているけど、魚柄が「食べ方上手だった日本人」で言う「電気冷蔵庫の出現」の影響の大なること、改めて思う。変わったんだな、と。
読了日:11月7日 著者:魚柄仁之助
画と文 四国遍路画と文 四国遍路感想
演芸や民俗、落語の研究家として知られた宮尾しげをの四国遍路記。刊行されたのが1943年6月、合理的な筆者のこと、乗合自動車も使えばハイヤーも使う。今では見られぬような遍路宿をはじめ、札所での習俗など興味深い。跋語にいう「弘法大師は本当はダシであって野を通り山を越し海辺を歩きなどして六十日近い日程を歩くので新鮮な空気と十分な日光浴で健康になり、日々のうるさいことなんか関せず焉で、病悩を除外することが出来る。その点に目をつけたのは弘法大師で自らはダシであるがその効果に於いてダシで無くしてる手腕に敬服する」と。
読了日:11月5日 著者:宮尾しげを
四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開四国遍路の宗教学的研究―その構造と近現代の展開感想
社会の多様な階層が廻っていたが故に、四国遍路には種々の側面がある。土佐、南阿波のような険阻な地と隔絶して伊豫、讃岐があり、一つの機能的組織になり得なかった。今の団参や徒歩の遍路姿からは隔絶したものではあるけれど、地元の住民には「法力を持った恐ろしい人」であり、ハンセン病に代表される「病気をもった人」という眼鏡で眺めてきた記憶がある。宗教儀礼として近世初頭からの「遍照一尊化」(大師信仰への集約)の傾向や戦後に進んだ「十カ所参り」のような地元の習俗の衰退等、どう捉えるのが適切か、四国遍路を解しかねている。
読了日:11月3日 著者:星野英紀

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posted by 曲月斎 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする