2015年02月01日

☆2015年1月に読んだ本。

2015年1月の読書メーター
読んだ本の数:33冊
読んだページ数:7741ページ
ナイス数:727ナイス

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべりよしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり感想
同業との対談が収められている。自分の知らない世界(沃野なのかもしれない)が広がっていた。「BL=やおい」程度の認識しかなかったのだけど、どの作者も膨大な知見、先行作品を踏まえての創作活動であるというのがよく分かる。コミケ、少女漫画出版社、編集者……。で、「きのう……」について筆者は「恋愛の『わーっ!』ていう気持ちが暮らして3年過ぎてて全部なくなってしまった後、家族として生きてくっていう話をわたしは描きたかった」と別の場所で述べているけど、自分の読みが実は浅かったことへの驚きと、漫画を読み込む不思議さと……
読了日:1月29日 著者:よしながふみ
きのう何食べた?(9) (モーニング KC)きのう何食べた?(9) (モーニング KC)感想
本巻刊行時点で、主人公の年齢が50歳。老眼鏡をかけるとものがよく見える、みたいな話は確かに日々の生活の点景ではあるけど、漫画になっても不思議がないと受け止められている今の時世が不思議。永遠に年老いることないデューク東郷とは違う世界です。あと親の大病の話題も出現。事件は日常にあるのですね。料理で気になったのは黒豆。我が家のは丹波黒豆ではなく雁喰豆という平べったい黒豆。この煮方、一応覚えておきたいな、と確かに思う。あとバターは冷蔵庫の中で匂いを吸ってしまうので小分けにして冷凍、ってのは確かにありかもしれない。
読了日:1月28日 著者:よしながふみ
きのう何食べた?(8) (モーニング KC)きのう何食べた?(8) (モーニング KC)感想
親との関係、身近な人の出産、親の死やら。話のネタがどうも自分の身辺に近い。前巻で「ニッチ」な読者層を想定した漫画というものが存在できる今の時代を知り、ちょっと安心したような気分。どんな展開でも驚かなくなりました。で、本巻では一番気になったのは「塩麹」。自分で作ってみたくなる。でも塩レモンを作ってはみたものの、使い道が思いつかない今を思うと手を出すのは如何、なのかな。あと、同一人物ながら細密な絵とラフな絵が場面に応じて出てくるのが却っていいのかも。全面緻密だと「へうげもの」みたいに圧迫感満載になるから。
読了日:1月28日 著者:よしながふみ
きのう何食べた?(7) (モーニング KC)きのう何食べた?(7) (モーニング KC)感想
主人公の弁護士と美容師の他、登場人物が増えてくる。職業からにじみ出るものあるし、分からないと筋が面白くなくなる。「へうげもの」もそうだが筋がややこしくなると、個人的には画像だけでは脳内が整理できず、読み返す場面が増える。ただ料理の手際というもう一本の軸があるので読みこなせているのか。チキンライスとアールグレーのソルベっぽいのは美味そう。この漫画の読者層ってどんな人なんだろう、って。掲載誌の編集長曰く「出会い頭の面白さを追う週刊誌派と情報読解能力の高い単行本派がいる」と。「少し難解で通好みな漫画」、成程。
読了日:1月27日 著者:よしながふみ
きのう何食べた?(6) (モーニング KC)きのう何食べた?(6) (モーニング KC)感想
巻数も進んできたけど、パステル画のような(もちろんペン画ですよ)筆致、ストーリーの展開は変わらない。小さな事件→感情の行き違い→飯→仲直り、という、水戸黄門ばりの計算し尽くされた展開とも言える。ゲイのカップルという基礎があるから、それもまた可、と受け止められるのかもしれない。で、横糸の料理編。鯖の味噌煮、ピーマンの煮浸し、ひじきとトマトのツナ煮が気になった。これなら作れそうな気がする。それにしても毎度のことながら、手際の良さには敬服。「主夫」です。この位段取りがイイというのはやはり場数の賜物なのだろうが。
読了日:1月27日 著者:よしながふみ
朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)感想
読みました。
読了日:1月26日 著者:朝日新聞記者有志
きのう何食べた?(5) (モーニングKC)きのう何食べた?(5) (モーニングKC)感想
本巻で気になったレシピは長芋とトマトの味噌汁。トマトが味噌に合うのかどうか、不可思議。登場人物の会話では「ジルベール」なる人物名が??? 後でネタ明かしとして「風と木の詩」が本説であったのに、大学のころ、これを話柄にしていた「パタリロ」が大好きな先輩がいたなあ、と思い出す。巷間、「ゲイは捨てどころがない」という言葉があるそうだ。ともあれ、あばたも笑窪、それぞれお幸せに、と願う。同趣向の料理を横糸にした漫画は「深夜食堂」を始め数多あれど、この作品の妙味は2人の主人公に焦点を絞っている点にあるのではないか。
読了日:1月26日 著者:よしながふみ
復路の哲学ーーされど、語るに足る人生復路の哲学ーーされど、語るに足る人生感想
63歳の筆者、読書についてこう言う。「自然過程で成長している間はどんな読書でも何らかの役には立つだろうと思って乱読する。しかしある年齢を過ぎると生きている間に読める本の数がみえてきてしまう」と。で、まだ自分は復路に入っている自覚がないのだろうか。属人的な暗黙知を形式知に変える社会の奔流の中で「便器をまたいだ回数が多いということはそれだけで敬うに値する」と言えるか……。右肩上がりを脳裏に描きながら、1995年から生産年齢人口が減少に転じたこの国で確かに「振り返る」ことは大事だと思う。ま、分かっちゃいるが。
読了日:1月26日 著者:平川克美
きのう何食べた?(4) (モーニング KC)きのう何食べた?(4) (モーニング KC)感想
今回の料理ではナポリタンが気になった。ナポリタンとチキンライス、なかなか上手くいかないものだから。で、主人公が一人で食卓に向かう日、「パスタカレー丼チャーハンのローテーション」とかつての食生活を振り返っているけど、料理はだれかに作る張り合い、ってあるものです。あと読み終わった後、映画「Brokeback Mountain」を思い出しました。ゲイのカップルが抱える思い、周囲との関係……。主人公はきっとこの映画の終末のように内に秘めたままの思いを抱いて生きていくのだろうな、と。社会の中のカップルだから。
読了日:1月26日 著者:よしながふみ
衝動買い日記 (中公文庫)衝動買い日記 (中公文庫)感想
衝動買い、というのは何なのだろう。所有欲、知識欲、自惚れ、蒐集癖……。いろんな要素が混じっていると思う。取り上げる素材が「ああ、分かる」と思えてしまうし、共感をするものもある。本の洪水は身近に迫っている危機。サハラ砂漠の辺りでは砂に埋もれていく集落があると聞くけど、そういう景色になりつつある。本が1990年代に出されたものなので、どこか時代のずれは感じるけど、時世は変わってもこういう本性は変わらないのだろうな。仏文学者という属性を超えて普遍性がある。あ、結局、この本を買ったということが「衝動買い」だった。
読了日:1月25日 著者:鹿島茂
きのう何食べた? 3 (モーニング KC)きのう何食べた? 3 (モーニング KC)感想
そう、味噌ラーメンは「サッポロ一番」に止めを刺すのですよ。どこまでいっても(ちなみに塩もサッポロ、醤油はチャルメラの昔味が好き)。こういう年越しの姿もあるなあ、と。確かに少ない事例かもしれないけど、年越しをどうするか、っていうのは年老いた親を抱える身としては結構、考える問題。単に料理の話だけではない、バックグラウンドがあれこれと思索を巡らす契機になる本だなぁ。もちろん、レンコンのきんぴらとか、作ってみたいと思いますね。何より、主菜に何か副菜を添えるという習慣、できそうでできないことで見習わなくては、と。
読了日:1月25日 著者:よしながふみ
きのう何食べた?(2) (モーニング KC)きのう何食べた?(2) (モーニング KC)感想
料理の段取り、レシピもさることながら、大いなる面積を占める吹き出しの裏側で進むストーリーが淡々としているけどいい。ゲイの2人の出会いから始まって、一方の父親が癌になってからの展開、弁護士として離婚の後の片親の希望を叶えるための奮闘などなど、ヒーローでもスーパーマンでもないけど、日常の姿が見える。と、同時に主婦目線、思わず作ってしまおうかと思うのはポテトサラダあり、ホタテと大根のサラダ、インゲンとちくわのサラダあり。どうせなら、各話の冒頭にでも作る料理を柱立てておいてくれるといいなあ。後から探すのが面倒な。
読了日:1月24日 著者:よしながふみ
続法窓夜話 (岩波文庫 青 147-2)続法窓夜話 (岩波文庫 青 147-2)感想
前半50話が穂積重陳の遺稿、後半50話が息重遠の撰。通読しても違和感はない。中で「学者の真勇は怯懦に似たり」とか「骨董屋の論法と肴(魚)屋の論法」(古ければいいのか、新しければいいのか)など学者としての姿勢の話や「憲法」「臣民」「会社」などの用語の成立に関しての考察、或いは江戸時代の判決の「咎め言葉」(重々不届至極−不届至極−不届−不埒−不束や不調法、不念、不行届、不慎、不心掛など)の使い分けなどの昔話あり、洋の東西を問わない法学の小咄が満載である。大学の基礎教養の「法学」で使ったら面白いだろうな。
読了日:1月24日 著者:穂積陳重
猫 (中公文庫)猫 (中公文庫)感想
半世紀以上も昔に編纂された短編集。有馬頼義、大佛次郎、谷崎潤一郎などなど。中で井伏鱒二の一篇が印象的だ。山場は猫と蝮の対決である。助太刀を得た猫が一瞬に皮を切り裂いてしまう。最後に鳶口の話で締めるなど切れ味のいい短編小説。国語読本向きかもしれない。どの筆者も人智を超えて独自の挙措、行動を貫き、発情期ともなれば思うがままに交尾し、また死期を悟れば自ら家を出て行く−−相手が不可解な行動をとるとなればこちらが考え込むしかない。その振り回されっぷりが何ともいい。嗚呼また猫が飼いたい、と。真っ黒で尻尾の短い雄を。
読了日:1月24日 著者:大佛次郎,有馬頼義,尾高京子,谷崎潤一郎,井伏鱒二,瀧井孝作,猪熊弦一郎
おやじがき 絶滅危惧種中年男性図鑑 (講談社文庫)おやじがき 絶滅危惧種中年男性図鑑 (講談社文庫)感想
自他共に認めざるをえないおやぢの一人として、お説、ご高覧ご尤も、重々至極としかいいようがござりませぬ。でも何か愛がないなあ、という感じ。
読了日:1月24日 著者:内澤旬子
きのう何食べた?(1) (モーニング KC)きのう何食べた?(1) (モーニング KC)感想
珍しい漫画です。1コマの中で、料理の説明がどどっと入るので吹き出しが4分の3、絵が4分の1なんていう部分もある。でも作っているものが生活感あふれる内容で、日々の生活の中で献立を考える姿がいい。秀逸です。男前の絵とポンチ絵とが同一人物で登場するのはパタリロや軽井沢シンドローム以来の手法なのかな。登場人物が主婦以上の感覚を持つやり手弁護士の筧と美容師の矢吹というゲイのカップルの生活風景を基調に料理を取り合わせる趣向が新鮮で楽しいです。作ってみようかと思ったものが出てくるのは向田邦子の本以来かもしれない。
読了日:1月23日 著者:よしながふみ
法窓夜話 (岩波文庫)法窓夜話 (岩波文庫)感想
博覧強記を地で行くような1冊。でも嫌みがない。社会経験を広汎に身につけた法曹者が求められる昨今、明治の先学は既にして自然にその域にあったと言わねばならぬ。旧民法を起草した法哲学者であるが、内容は英、独、仏といった当時の列強だけに限らず、ハンムラビ法典からマヌの法典、或いは世界各地の民俗的審判法から伝記にまで及び、国内も上古から近世まで。恐れ入りましたとしかいいようがない筆捌きである。用語の案出(統計、憲法、民法、自由……)から始めなければいけなかった時代の人は強い、というべきかもしれない。興趣尽きぬ1冊。
読了日:1月19日 著者:穂積陳重
星新一時代小説集〈人の巻〉 (ポプラ文庫)星新一時代小説集〈人の巻〉 (ポプラ文庫)感想
天の巻が固有名詞を排除した時代小説なら、人の巻は、視点をずらすことの妙味を見せる1冊。「ある吉良家の忠臣」は忠臣蔵の1編ながら浅野家家中ではなく吉良家家中の話を書き、「城の中の人」は豊臣秀頼の視点から現れては去って行く人を描き、武士の本性を探る。「正雪と弟子」では山田風太郎の明治小説のような奇想天外な味わい、「はんぱもの維新」は小栗忠順の視点。切れる人間には周りはすべて半端に見えるだろうな、と思う。記者会見の写真で会見している本人を見せるのが正攻法なら質問する側を写すのは変化球。その楽しさといえるかも。
読了日:1月16日 著者:星新一
星新一時代小説集〈地の巻〉 (ポプラ文庫)星新一時代小説集〈地の巻〉 (ポプラ文庫)感想
6編収録。中で「厄よけ吉兵衛」は落語「小言幸兵衛」を連想させる。「藩医三代記」は家業の医業って何を求められているのか、を考えさせる一編。時代小説の体をとっているけど、実は今に通じる意識です。「かたきの首」は江戸時代ならありそうだな、という話。どの一編も時代小説の体裁をとっているのですが、骨法としては筆者の得意とするショートショートです。斬新な時代小説ととるのか、時代小説という体裁をとる意味があるのか……。個人的には微妙な線もあるような気がします。ただどの1編も映像化したらおもしろいだろうなあと思います。
読了日:1月16日 著者:星新一
星新一時代小説集〈天の巻〉 (ポプラ文庫)星新一時代小説集〈天の巻〉 (ポプラ文庫)感想
元本は「殿さまの日」「城のなかの人」という2冊の文庫本を再編集しています。で、不思議な時代小説です。具体的に言えば固有名詞の部分がない。風土や歴史、時代相まで朧化している点です。「時は元禄15年」といえば忠臣蔵だし、「特別機動警察・火付盗賊改を置いた」なら鬼平。絞りを開放している写真のよう。ピントが合う点は1作目「殿さまの日」ならお殿様である「私」の1人称小説だし、2作目「江戸から来た男」も松蔵という植木職を巡る騒動。肩の力を抜けているようでショートの名手が書いた1冊。間然とするところがないのは流石。
読了日:1月14日 著者:星新一
喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ)感想
喧嘩両成敗と言えば、戦国時代の分国法で示された概念。本性を言えばハムラビ法典と大差ない。だがその背後にある思考を解き明かして行くと別の姿が見える。元々は自己防衛を専らとする時代からの公権力に事態の裁断権を委ねていく過程で生まれた概念だったという絵ときである。日本人は穏やかで争いを好まないなんていう固定観念を卓袱台返しするような展開。最終的に赤穂浪士の討ち入りまで話を敷衍していくとその残虐性がよく分かる。日本人の根底に流れる「正当性」を教えてくれる1冊。今でも1人死んだら相手も1人という相殺の感覚がある。
読了日:1月12日 著者:清水克行
ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝感想
読書の先達(っていう言い方は変かな、と思いつつ)の1冊。ただWebで本を紹介し、近縁を紹介していくというあの読み物は好きだけど、活字になるとどうもひっかかる気がする。この違和感は何の故なのか、自分では分からないままなのだけど。セイゴー先生のように本を汚さないからなのだろうな。傍線を引いたり、書き込みをしたり。そんな作業を重ねることと読書とはまた違う気がしている。とんでもないところに飛躍するのがたぶん読書の楽しさなのだけど、それを自分の脳内で完結させるところにもおもしろさがある訳で。免許皆伝より秘事口伝。
読了日:1月8日 著者:松岡正剛
日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話 (中公新書)日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話 (中公新書)感想
淮陰生(中野好夫)が「一月一話」という随筆を岩波書店の「図書」に連載していた。掌編だけど未だに随筆の範とするに足る素敵な1冊。随筆を書こうと思えば新書数ページという寸法は十分な長さである。で、この本読んでいくにつけても、大学時代に4月に科目登録をする際に配布された講義一覧を思い出すような内容。自分の研究を紹介するのが精一杯で読み手を意識していない文章が目立つ(勿論、例外はありますよ)。東大史料編纂所が大変なお仕事をしているのは分かりますが、何か虻蜂取らずになった1冊じゃないか? 編集者の力量や如何。
読了日:1月6日 著者:東京大学史料編纂所
粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)感想
粘菌というと、中学時代の生物の恩師を思い出す。この著者がやったようにシャーレの濾紙の上を這い回らせていた。餌は同じくオートミール。不可思議な形を描いていた。その粘菌が最短の経路を辿って餌を食べに行ったり、不具合が起きた時のバイパスができたり。車の渋滞もそうですが複雑系の現象を解明して行くと単純化できるという思考回路が面白い。で、ちょっと顔を出すのが冪級数とか、テイラー展開の話。最終章は粘菌の話からかなり飛躍しています。読み手としては粘菌並みの知性が必要かも知れません。
読了日:1月4日 著者:中垣俊之
早稲田1968 (廣済堂新書)早稲田1968 (廣済堂新書)感想
知る人ぞ知るという範疇ではないけど、筆者はコピー機で一時代を画した三田工業の御曹司であり、姉は三田和代。固有名詞を代入してこの本を読むと、何か違っては見えないか(それが良い悪いではなく)。単に大阪・大手前高校時代から学生運動の本質を見知っていたというだけではない高等な次元に見える。一方で独特のほの緩い筆捌きはたぶん、あの時代の早稲田の学生闘争の空気を写して余すところあるまい。内ゲバで潮目が変わったという見立ても。早大は無限に第二次だったわけで、筆者の感慨深い第二学生会館の廃墟は知る世代は何か懐かしい。
読了日:1月4日 著者:三田誠広
永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)感想
2013年3月の初版。東日本大震災と原発事故に触発されての執筆された1冊だけど、忘れかかっている自分がいる。1945年に日本が経験した犠牲と結果の対価を率直に見直すことなしに(敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と呼ぶ類)進んできたことを筆者は考え直せと提起する。書中、福田恒存が提示した「親米保守派から見れば米国は日本をどんなことがあっても見捨てないという希望的観測であり、反米的進歩派から見れば米国は国益のために日本なしではやっていけないという絶望的観測への反感」という設問は猶思考停止の儘の今、答えが出ていない。
読了日:1月3日 著者:白井聡
日本の民俗 祭りと芸能 (角川ソフィア文庫)日本の民俗 祭りと芸能 (角川ソフィア文庫)感想
1952年から1997年までの間に撮影したものであるという。当然のことながら、今も継承されている祭礼もあるだろうし、廃絶転退したものもあるだろう。ただあとがきに筆者自身が書いている通り、その祭礼を継承してきた根底にある思い、思考回路は時代が変わってもそうそう変化するものではない。姿を変えて何らかの形で受け継がれていくはずである。ただそれを一気に封じて了うものがあるとすれば、急減な人口の収縮であり、それはすでに日本中で起こっていることでもある。この写真を見るにつけ、急激な変革期にいる自分を感じる。
読了日:1月3日 著者:芳賀日出男
差別の民俗学 (ちくま学芸文庫)差別の民俗学 (ちくま学芸文庫)感想
民俗学では「常民」という概念を振りかざす。貴賤を除いた庶民の意味で使われるのだが、世の中そんなに単純ではない。同和を始め、種々の階層(例えば、本家と分家、外来者、職業による貴賤などなど)が生活の中には存在している訳で、それを「スジ」といったり「ミチ」といったりする。筆者の説くように、故郷播州での体験を元に全国的に敷衍かするのは適切かどうかは別として、日本の地方にはそういう意識が現存することは事実だと感じる。移動や人口減少によってそんな意識、概念が薄れてきたとはいえ、今でも「根っこ」に座っているのを感じる。
読了日:1月3日 著者:赤松啓介
変格探偵小説入門――奇想の遺産 (岩波現代全書)変格探偵小説入門――奇想の遺産 (岩波現代全書)感想
直木賞の中で推理小説の一群が受賞作となっていることにかねてからどこか違和感があった。その点で個人的にはこの疑問を解明する一助になった。所謂、「純文学」の枠を超えた異界を描き出すためにはかつてこういう「変格探偵小説」の骨法を借りることが大いに役立ったのだ、と。谷崎潤一郎から江戸川乱歩、横溝正史を鼻祖としてエログロ、或いは耽美的な、機械的な、幻想的な、或る意味で不自然な世界を展開するためには有効なのだ。能の背骨を持つ夢野久作を経て、医学者の山田風太郎、さらには今の京極夏彦まで続く創作の群れを通観する1冊。
読了日:1月2日 著者:谷口基
なぜ時代劇は滅びるのか (新潮新書)なぜ時代劇は滅びるのか (新潮新書)感想
時代劇というコンテンツが衰亡に瀕しているのは周知の通り。筆者はその理由を視聴率競争だけに帰するのではなく、映画全盛期に粗製濫造したツケ、テレビの番組として魅力を失っていった理由、京都での製作現場の衰退、そして演じ手の減少、など縷々分析を試みる。その様は従来からの日本型組織が危殆に直面する姿と相似形になっている。滅びるべくして滅びるのか、はたまた目先の実利を優先する時代がそうさせるのか。筆者が具体的に役者名を挙げつらってまで、直言しようと奮闘する姿はどこかドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャを連想させる。
読了日:1月2日 著者:春日太一
短歌レトリック入門―修辞の旅人短歌レトリック入門―修辞の旅人感想
筆者は毎日歌壇選者、俵万智と同世代という。本書は元々はNHK出版の「短歌」の連載。直喩、隠喩、音喩(オノマトペ)などの説明は新鮮だった。それ以上に堂上和歌の時代の遺物かと思っていた枕詞、序詞、歌枕などの手法が今も生きているのが発見だった。本歌取り、翻案という項目に象徴されるように修辞には先行文芸の下敷きが必要な訳で、豊饒な世界を見るためにはそれなりの訓練が必要ということになる。本書はそんな世界を知る手がかりを見せてくれているように思える。言葉を生かした冒険にはなお無限の沃野が広がっているのを信じたい、と。
読了日:1月2日 著者:加藤治郎
画題で読み解く日本の絵画画題で読み解く日本の絵画感想
所謂、「お約束」の解説書です。寒山拾得も虎溪三笑も蝦蟇鉄拐も瀟湘八景も、商山四皓、三酸、四君子……。一定の規矩に基づいて描かれる訳で、その基礎知識がないと、無垢の隠人、文殊・普賢菩薩の化身もむさ苦しいただの妖怪のようにしか見えない訳です。写実とは別の世界ですが、日本の美を形作ってきたのも事実であります。堅苦しいようですが、基本が分かっているとパロディも分かる。本歌取りが分かる。そういう基礎知識を分かりやすく説明されている1冊です。ただもう少し、作例の充実をしてくれた方がWebの時代には親切だった気がする。
読了日:1月1日 著者:佐藤晃子
九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響感想
関東大震災後、朝鮮人(中国人)の虐殺があった。極限まで乾燥した木材が自然発火したような事態。東京という町で、否、その周辺も含めて、そういう歴史を秘めている地であることを忘れてはいけない。で、根源にあるのは人種差別だと筆者は説く。それ以上に改めて軽躁の気があることは自戒せねばなるまい。折口信夫は「平らかな生を楽しむ国びと」だと見ていた日本人が実は「一旦ことがあるとすさみきってしまう」といい、善良な市民の自覚がある芥川龍之介が野蛮な菊池寛を評して「真に善良なる市民であるのは兎に角苦心を要する」――と言う様に。
読了日:1月1日 著者:加藤直樹

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posted by 曲月斎 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする