2014年10月01日

☆2014年9月に読んだ本。

2014年9月の読書メーター
読んだ本の数:24冊
読んだページ数:6838ページ
ナイス数:520ナイス

高野聖 (角川選書 79)高野聖 (角川選書 79)感想
再読。真言密教の聖地のように今は映る高野山ではあるけれど、歴史を振り返ればそう単線的な歴史ではない。兵火にかかり、宗派内の権力抗争があり、衰微した時期も長い。中で念仏聖が住み着き、全国を経巡り、骨のぼせ(納骨)を進め、高野山の名を広めていった歴史がある。高野三方といわれ、純粋な真言教学を伝持する学侶方、法会や諸堂舎の管理から、炊事や雑用、年貢や出納管理の仕事を担当した行人方も居て、本書の主役は聖方。唱道や勧進をしながら全国に信仰を説いて廻った。日本総菩提所といった信仰を作った陰の功労者に焦点を当てた名著。
読了日:9月28日 著者:五来重
修験道入門 (1980年)修験道入門 (1980年)感想
再読。最初に読んだ時は新鮮だった記憶がある。今でもこの本以上の入門書は探すのが難しい。というのは、修験の信仰面だけではなく、広く民俗学や社会学などの範疇にまで視野が及んでの著作だから古びることがない。逆に事例研究は進んでいるかもしれないけど、この時代に筆者が聞き取り調査や自分でフィールドワークしたことはその後に絶えている可能性が高いものも多い。だから今でも修験道という日本独自の自然信仰に関して概括的にとらえることのできる貴重な1冊といえると思う。手に入れた古本は意味のない傍線だらけで読みにくかったが。
読了日:9月28日 著者:五来重
泉光院江戸旅日記: 山伏が見た江戸期庶民のくらし (ちくま学芸文庫)泉光院江戸旅日記: 山伏が見た江戸期庶民のくらし (ちくま学芸文庫)感想
原文を読んだら、おもしろいのだろうなあ、という感じ。となると、三一書房の「日本庶民生活史料集成」に当たるしかないのかな。現代語に意訳してあるようなので、味わいはどうかな。「日本九峰修行日記」という本は五来重の本で知ってはいたのだけど、ま、こういう修行者がいたというのはすごいことです。積読から手に取ったのは御嶽山の噴火がきっかけ。御嶽山に行っていないかなと思ったら、御嶽山は九峰に入っていなかった……。
読了日:9月28日 著者:石川英輔
中国絵画入門 (岩波新書)中国絵画入門 (岩波新書)感想
「気」というのは風水でも漢方医学でも出てくる概念だが、絵画の中に流れている。気品を賞翫するのが値打ちであるという命題に沿って展開していく。丹念に時代順に追いかけていく。どちらかと言えば馴染みが薄い作家も多いのだけど、画例をなるべく口絵やページに掲載しながら進める。文人画、士大夫という階層が生まれる中で独自の発展を遂げていくことが分かる。模写であっても「気」が生きていれば本物と同じ評価が得られるのに対し、作者が高名であっても「気」が備わっていなければ評価が得られないとする視点。筆者の書きっぷりは歯切れいい。
読了日:9月27日 著者:宇佐美文理
知の訓練 日本にとって政治とは何か (新潮新書 578)知の訓練 日本にとって政治とは何か (新潮新書 578)感想
題名に難。せめて「日本のまつりごと」くらいにすべきでしょ。明治学院大国際学部の「比較政治論」講義録です。筆者が言いたいことは日本の政治は「まつりごと=祀りごと」と一体化していて、それは日本の大和系と出雲系の対立までさかのぼるのではという分析が登場したり、創価学会の存在、靖国神社の宗教観、東京と大阪の比較論などなどと次々と登場するのですが、すべてで何か食い足りない。それは講義録の限界なのかもしれません。講義は学生にとっての「知の訓練」であるにせよ、余りに大風呂敷であると思いますし、傲岸にも思えるのですが。
読了日:9月26日 著者:原武史
列島の歴史を語る (ちくま学芸文庫)列島の歴史を語る (ちくま学芸文庫)感想
網野善彦の歴史のとらえ方、歴史学とか民俗学とか、社会学の境界を探る姿勢がよく分かる。文献を読み込むこと、史料を博索すること、現地を踏査すること。これを繰り返して思索を巡らし、その結論を探る姿勢。日本列島を単一の時間軸の年表で語ることの難しさを説く。最終章の一遍上人絵伝を読み解く部分が興味深かった。ただ、1980年代の講演会の分が4篇あり、ここではまだ、皇国史観の後に日本を席捲したマルクス史観の時代を思い返させてくれるような質問があり、今となってはちょっと価値を見いだしがたいやりとりもあるのが残念。
読了日:9月26日 著者:網野善彦
日本映画史110年 (集英社新書)日本映画史110年 (集英社新書)感想
今日的な意味での「映画」が成立する以前、つまり無声であった時代に、日本映画に通底する特徴を見出している点が興味深い。識字率の高さ、出版文化の爛熟が映画に原作を提供するばかりでなく、物語の映像化という輻輳した影響を生んだ点、弁士という饒舌な存在が前説、後説といった習慣を生み、ロングショットを受け入れる素地になったこと、さらには能の地謡、歌舞伎の浄瑠璃といった説明が入る演劇が背景にあったこと。松竹、日活など東京と京都の2極で制作が進んだ影響の指摘も興味深い。筆者の古典映画、先行作品への造詣が生んだ1冊である。
読了日:9月23日 著者:四方田犬彦
向田邦子の手料理 (講談社のお料理BOOK)向田邦子の手料理 (講談社のお料理BOOK)感想
作れそう、作ってみたくなる料理ばかりであるところが悩ましい。決して気取ったものではないのだけど。でも、いざ作るとなると難しいかな。あと、こんな料理を出せる相手はある程度年齢を重ねた、味の分かる相手でないと成立しえない感じも。でも参考になりました。こういう料理をちょっと出して酒を酌み交わせるような宴を開きたいものです。
読了日:9月20日 著者:向田和子
欲望の図像学欲望の図像学感想
今となっては内容が古すぎる気がします。日本のプロパガンダ誌フロントを始め、旧ソ連、アメリカでの写真を利用した煽情的な発行物を題材に論じているのですが、写真はもちろん、動画ですらここまで流通してしまう時代になると、紙媒体という存在はいささか軽微であることを思い知らされます。つまり、写真を題材にあれこれと論じても、その基盤が紙媒体を前提とした立論であるので、いささか時代錯誤という感じがするのです。1980年ごろに流行した、論理に、何か懐かしさも覚えましたが。逆に今をみるための視座として読めば好材料かも。
読了日:9月20日 著者:柏木博
昭和ごはん 作れる思い出レシピ昭和ごはん 作れる思い出レシピ感想
料理の本ではありません。人間の本性を解き明かすような本です。たぶん、味覚と嗅覚が行動の記憶という部分と深くつながっているような気がします(何を食べたか思い出せれば、行動がよみがえるでしょ)。東京周辺の手に職を持った方々のインタビューが主、その記憶のキーになる料理を紹介、といった体裁の本です。でも、取り上げている料理が実に美味そうでありまして、この本を参考にして料理を作ってみようか、と思うくらい。あ、書き手の狙い通りか。聞き手の時代の空気のとらえ方、話の引き出し方が絶妙。ただし、対話の部分が妙に寸足らず。
読了日:9月19日 著者:瀬尾幸子
作家のごちそう帖: 悪食・鯨飲・甘食・粗食 (平凡社新書)作家のごちそう帖: 悪食・鯨飲・甘食・粗食 (平凡社新書)感想
大半が羅列本、切り貼り本。筆者の生年は1958年?で自分の生きてきた年代が重なり、実際に食べられるものに関連しての引用、考察は生気にあふれ、筆遣いも闊達だのだけど、世代的に隔絶していたり、当時を振り返るよすががないであろう作家(章立てで言えば森鷗外から吉田健一以前の人々)は今一つ。ま、言えば、最後の向田邦子、開高健の2章がお値打ちというところ。帯にある「食の饗演」は看板倒れか。「経験がないと感知できないことが厖大にある。経験していても感知できないこと、これまた厖大である」と引用している開高の言葉が嵌まる。
読了日:9月18日 著者:大本泉
だから日本はズレている (新潮新書 566)だから日本はズレている (新潮新書 566)感想
「このままでは2040年の日本はこうなる」の章が印象的。人口減少、就労人口の高齢化、階級格差の拡大、財政赤字の拡大などなど、行き着く先を考えれば絵空事ではない。「地域創生」なんて4文字熟語の標語が闊歩する時世が続くとは思えないし。財源が限られれば選択と集中が進み、東京と福岡が生き残るとの見立て。政府権限の委譲に伴う特区もできるとの予想だ。その頃にはこの筆者も今の自分と大差ない年になっているだろうな。「正しいではなくもっともらしいこと」を尊重していけば確かにそうなるだろう。唐突だが真鍋博の名を思い出した。
読了日:9月18日 著者:古市憲寿
すみだ川気まま絵図 (ちくま文庫)すみだ川気まま絵図 (ちくま文庫)感想
1982,3年ごろの隅田川遊覧記。というより先学の名を借りれば、永井荷風 今和次郎 妹尾河童、辺りか。当時、国技館は蔵前にあり、両国に青果市場があった時代。さらにはリバーサイドに超高層マンションが立ち並んではいないし、深更の橋に立てば漆黒の闇が広がる町ではあった。時移り、大川端も様変わりした。水質は良くなったかもしれないけど、失った人気、風情が多いのに驚く。筆者の好奇心に任せたスケッチルポ。貴重である。名所巡りにも橋巡りにも役立たないけど、幾星霜を経て版型、版元を変えて復刊されたのは慶賀にたえない。
読了日:9月16日 著者:松本哉
金田一家、日本語百年のひみつ (朝日新書)金田一家、日本語百年のひみつ (朝日新書)感想
河竹黙阿弥からの3代。繁俊−登志夫と続き、3代目が「作家の家」を書いた1冊を連想した。で、筆者は金田一京助、春彦に続く3代目の日本語学者。とはいえ、初代が言語学者、2代目が国語学者であったと筆者の弁。家職の継承を目指したものではなく、生まれ育った環境の産物であろう。本に親しみ、日本語について考える空気が身辺にあったからこそ3代目が生まれた。身辺雑記が楽しいし、父との対談や思い出の記は身近にいた者ならではだ。面白いと思うものを追う暮らしである。親の収入と子の学歴に相関関係があるという社会調査も思い出した。
読了日:9月16日 著者:金田一秀穂
「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。感想
外食店の裏側を見抜くと言ってもごく当たり前のことです。値段相応、なら少しでも美味いと思える店を選ぶ、だけのこと。それが大戸屋であり、吉野家であり、ケンタであり、ココイチであり。量をこなしつつ、何処かで一線を守っている、ということです。確かに植物性タンパクだったり、リン酸塩だったり。外食の場合は細かな表示が不要というルールもありますが、やはり値段相応ということになるのではないかなあ。店の評判はやはりネットより口コミだと思うなあ。
読了日:9月16日 著者:河岸宏和
一遍と時衆の謎: 時宗史を読み解く (平凡社新書 748)一遍と時衆の謎: 時宗史を読み解く (平凡社新書 748)感想
時宗というのは今も続いている浄土系の仏教宗派ではあるけど、馴染みが薄い。「決定往生六十万人 南無阿弥陀仏」の札を配り、浄不浄、信不信を問わず、従来の日本の神祇を拝まずという姿勢を貫いた鎌倉新仏教(日蓮、親鸞など)とは違い神仏習合をも認める教義で、合戦ともなれば「陣僧」として戦場を駆け回り遺体を回収したというのだから。後に親鸞系の教団に信徒が流れるのだが、江戸時代以前までの独自性は見逃せない。前段は一遍と時衆の解明、後段は一遍聖絵を使っての生涯の俯瞰。阿弥号の問題や係累縁故も論述の範囲に。いい入門書である。
読了日:9月16日 著者:桜井哲夫
日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)感想
極論すれば日本の軍歌は明治期と昭和期の2層構造で、方や唱歌や演歌、寮歌の延長線上だったのに対し、後者は新聞社、レコード会社、映画、NHKの思惑と陸海軍の嚮導が一致してできた産物。人が歌うのか、歌わせるのか。質が違うのは自明。先行の数々の資料でもわかることで本の新味はない。最終章の北朝鮮のルポは印象批評の域を出ず、内容空疎。web上の音源まで利用した「世界軍歌全集」の著者とは思えぬ平板さ。難解な軍歌の歌詞にルビもなく引用も何か釈然としない。今、軍歌を享受する新しい層が出現しているなら掘り下げて欲しいところ。
読了日:9月14日 著者:辻田真佐憲
あの頃ぼくらはアホでした (集英社文庫)あの頃ぼくらはアホでした (集英社文庫)感想
1958年生まれの筆者。3学年上になる。筆者が夢中になる怪獣物の映画やウルトラマンなどほぼ同時代感覚であり、住んでいた環境こそ違え、アホなことはしていたなあとの感慨に耽るのである。大学受験も浪人生活も大差なし。大学もバリバリの文系に進んだ自分と理系に進んで悩む筆者。結局は大差ない。でも悩みを何らかの形で「形」に仕上げていく才能の有無が大きな岐路になるのだなぁ、と、改めて悩んだり自省したり。途中捨てるに捨てられぬスキーウエアの話。分かるなあ。そんなものばかりが身近に残っているのだから。今も自分はアホなのだ。
読了日:9月11日 著者:東野圭吾
歴史人口学の世界 (岩波セミナーブックス (65))歴史人口学の世界 (岩波セミナーブックス (65))感想
歴史人口学の入門書。岩波が開いた講座が下敷きで、要諦部分である序章、第1章の部分が平明に書かれているので、初学には好個の1冊。本は1997年の刊行で「少子高齢化」なんていう言葉が大手を振っていなかった時代。ではあれ、人口が遠からず減少していくことを含んでおり、それも江戸時代の宗門改帳や過去帳、明治期に入って以降の戸籍制度などを駆使しての考察は面白い。終章の歴史人口学と家族史の部分は日本を東北日本、中央−西日本、西南日本に分けて考察しているのも興味深い。先の日本語の本であれ、この考えの証左は色々あるかも。
読了日:9月11日 著者:速水融
趣味は何ですか?趣味は何ですか?感想
趣味という言葉をどう理解するか。鑑定眼でも玩物でも素人藝でも蒐集癖でもなく「Pass Time」即ち、時間潰しであると分析した結論がすべてだ。エコ、防災もそう。この見極めがあれば「趣味」の解明は進む。就活のため履歴書の趣味欄をどう書くかから始まって、遍路から切手の消印収集、蕎麦打ちからヨガと、部立ての中の変転が面白い。終わり近く「趣味は○○と●●と▲▲」と三つずつ挙げる人々の例を示している。自分の体調、生活環境が変わっても何かしらの「暇つぶし」ができるようにという経験則だろう。で、我が趣味は何だろう。
読了日:9月8日 著者:高橋秀実
からくり民主主義からくり民主主義感想
違和感のある言葉の一つに「国民の声」がある。多くの人の声を代弁するかのような言葉だが実はどうなのだろう。世界遺産の白川郷、諫早湾干拓、オウムの施設があった上九一色村、米軍基地移設問題の辺野古、若狭湾の原発、自殺の名所青木ケ原などなど。どこでも本音と建前が交錯する。本音をなおざりにする姿勢では戦争責任を自問した伊丹万作の文章と同じだ。よくよく調査をし、正当な弱り方をし、できるだけ親切な文章にする。そう簡単にルポは書けない。後書きで村上春樹が書いている通り、自分が生きている社会の実像なのだから。筆者に敬意。
読了日:9月7日 著者:高橋秀実
彼のオートバイ、彼女の島〈2〉 (角川文庫)彼のオートバイ、彼女の島〈2〉 (角川文庫)感想
不思議な本です。自著を映画化したら、その映画を活字にしたら、という試みです。エンドロールが上がっていくまで書いてあるのも筆者の意図か。半組では紙面の天の部分が広く余白があり、活字は下寄せて組んであるのですが、角川文庫もこんな本を作っていたのだなとちょっと感慨。
読了日:9月3日 著者:片岡義男
辺境中毒! (集英社文庫)辺境中毒! (集英社文庫)感想
この本はいわゆる旅行記系の読み物も所収されてはいるけど、「冒険に持って行く本はどんなものがいいか」という視点で書いた書評の部分の方がおもしろい。サクサクと読めてしまう本は燃費が悪く、じっくり読み進めざるを得ない本が燃費がいいそうだ。確かに荷物が限られる中、この表現は妙。そして何より、最後の対談で出てくるのだけど、冒険に持参する本はどんな本がいいかといえば、よく燃えるものだという結論もいい。本って燃え上がるまでなかなか燃えないものですからねえ。遠い異境で読む日本趣味横溢の本というのはどんな味わいなのだろう。
読了日:9月3日 著者:高野秀行
謎の独立国家ソマリランド謎の独立国家ソマリランド感想
民主主義が生まれるまでの実証実験を見るような国ソマリランド。ソマリアというとアデン湾に出没する海賊と内戦のイメージが強いが違うところもある。丹念にルポした1冊。党の数を3つとし、選挙で選ぶ下院と氏族社会の伝統を反映する長老による上院で国政を動かすというのは日本より上出来な気さえする。この本の優れているところはソマリアという氏族社会をどう見立てたかという点。理解しやすくするために、源氏、平家、北条家など氏族に「あだ名」をつけて話を進めたり、「本家〜分家〜分分家〜分分分家」という表記をしたり。取材+表現の妙。
読了日:9月2日 著者:高野秀行

読書メーター
posted by 曲月斎 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする