2012年10月01日

9月に読んだ本。

2012年9月の読書メーター
読んだ本の数:13冊
読んだページ数:3820ページ
ナイス数:79ナイス

武器としての社会類型論 世界を五つのタイプで見る (講談社現代新書)武器としての社会類型論 世界を五つのタイプで見る (講談社現代新書)感想
人間の社会、というか世界の社会を5つの類型に分類したら、という話。曰く 1)上個人下共同体型→古代西洋社会がモデル 2)上共同体下個人型→中国の伝統的社会がモデル 3)全体共同型→日本の伝統社会がモデル 4)資格共同体型→インドの伝統的社会がモデル 5)掟共同体型→古代ユダヤ教社会がモデル という具合に類型化しては、というのがこの本の要諦。 でもおもしろそうなのだけども、申し訳ない、筆者が神学者だった。非常にわかりやすい文字が並んでいるのだけど、頭の中に絵が描けない。お手上げです。
読了日:9月30日 著者:加藤 隆
川と国土の危機――水害と社会 (岩波新書)川と国土の危機――水害と社会 (岩波新書)感想
一つひとつの要素は特に目新しいものではないです。でも一つひとつの事象をつなぎ合わせていくことによって、大きな景色を目の前に見せてくれる本です。 総じて地図も丁寧だし、記述も平易。明治以降の治水政策の限界であったり、高度成長期を挟んで、日本の水、川を取り巻く環境が変わってきたこと、あるいは沖積地の利用が変わってきたことがよくわかります。先の「森林飽和」と併せて読むとおもしろいかも。
読了日:9月30日 著者:高橋 裕
町の忘れもの (ちくま新書)町の忘れもの (ちくま新書)感想
なぎら先生の写文集。元々は東京新聞の連載らしい。 街角で見かけたもの、ポンプ井戸だったり、貸本屋だったり、公会堂だったり。 少し前まではごく自然に身近な存在であったのだけど、今は消えかかっているもの。なぎらセンセの筆にかかれば嫌味なく読み飛ばせるのが楽しい。 確かに、こういうものってあったよなあ、と思う。 ちょっと楽しい1冊。
読了日:9月30日 著者:なぎら 健壱
百年前の日本語――書きことばが揺れた時代 (岩波新書)百年前の日本語――書きことばが揺れた時代 (岩波新書)感想
表題は「百年前の日本語表記」とするべき本です。言葉に西洋活字が出会った時に、どういう変化が起きたか、という点では興味深い指摘かもしれません。でも、文科省の報告書のようで、その枠を超えない、表記法の話が大半です。本当は日本語の100年前の、話言葉の話を期待していたのですが。話言葉と書き言葉の乖離みたいなテーマならじっくり読みたかったけど。
読了日:9月29日 著者:今野 真二
新約聖書外典 (講談社文芸文庫)新約聖書外典 (講談社文芸文庫)感想
逡巡していた本。「古代オリエントの宗教」を読んで、手を出した。 所謂、新約聖書の正典=カノン=(ヨハネ、ルカ、マルタ、マタイの福音書など27編)の他に、外典=アポクリファ=とよばれる一群の本があり、それは時代によって、教派によっては正典とされ、あるいは読み物として流布していたものの、脱落していったものだ。でも、先記の本を読むと、何が正統というべきなのか、よく分からなくなる。そういう意味で、興味深い1冊かも。所収の「トマスによるイエスの幼児物語」なんて、もし事実なら恐ろしい内容、ですから。
読了日:9月25日 著者:
劇評家の椅子―歌舞伎を見る劇評家の椅子―歌舞伎を見る感想
筆者が評価の規矩としているのは3つ。「藝」「型」「役者」の3語だ。換言すれば演技、演出、俳優となるのだろうが、その意訳からはこぼれてしまう部分、澱のようなものが実はある。その出来不出来について、渡辺は一生懸命論じている。巻末の一文を読んでから、本編の劇評の部分を読んでいくといい。氏の文章は好きだけど、月1回の雑誌連載を1冊にすると、いささか鼻につく匂いもあるのは事実。「私はまず読者と、そして役者と真剣勝負をしている」とあとがきに書いているけど、これだけの手練れも時にウブになるのかな、と思った。
読了日:9月23日 著者:渡辺 保
重金属のはなし - 鉄、水銀、レアメタル (中公新書)重金属のはなし - 鉄、水銀、レアメタル (中公新書)感想
重金属、というと、日常生活に無縁のような感じがするけど、実は人間が生きて行くには微量は欠かせないもの。でも量が過ぎれば毒になる、という。筆者は重金属のもつ役割を丁寧に説明し、水銀や鉛、カドミウム、砒素、銅などの各論に進める。丹念な書きっぷりには敬服。末尾の方で、生物は酸素という有毒なものを生きていくために使うことを始めた時から、こういう諸物質を生かす機能を付けてきたというのはすこぶる示唆に富む。理系でなくても是非読んでほしい1冊。ついでに岩波新書の「口伝 亜砒焼き谷」を書棚で探しているところ。
読了日:9月17日 著者:渡邉 泉
佐川男子佐川男子感想
近所のカレー屋シェヌーで見掛けて買って見たけど、まあ、評すること能わず、という感じ。佐川のドライバーの図鑑です。それ以上でも以下でもない。お好きな向きはどうぞ。結構写真は綺麗です。
読了日:9月9日 著者:
舞台を観る眼舞台を観る眼感想
歌舞伎を始め、古典芸能の世界での評論が主なグラウンドの氏。その氏が所謂、商業演劇系も材料に評論した部分が大半を占める。でも一生懸命書こうとしているのだけど、ピンと来ない。なぜか。古典芸能なら「型」があり「規矩」がある。でも現代の演劇にそれはない。物差しが氏の目だけになってしまうと、箇条書きの説明も腹に収まらなくなる。ただ、随筆部分の「批評家の視座」の部分は、肩の力の抜けたように見せている好随筆が並ぶ。最終章の「折口信夫という存在」は折口の弟子筋で言えば第2世代に当たる筆者、言葉の調子の割に説得力に欠ける。
読了日:9月8日 著者:渡辺 保
日本の楽劇日本の楽劇感想
音楽と所作が伴ったものを、筆者は「楽劇」と呼んだ。歌舞伎、文楽、能楽、琉球舞踊、寺院での法要などなど。各分野のほんの小さなことでも一家をなせる業績だがいとも簡単に、横に並べて論じていくのはこの人しかできない才能だ。幼少期、相撲に親しみ、手さばきを1番ずつメモしたという。各章の論文の出来は明快で秀逸だが、巻末の自叙伝が秀逸。アルゼンチンに渡った幼児期、フランス語を生かして理丙に入りながら文学部に転じた学生時代、習志野で毒ガス弾を打つ練習をしたこと……。経験すべてを梭にかけて縦糸横糸見事に織り上げた天才だ。
読了日:9月8日 著者:横道 萬里雄
日本語雑記帳 (岩波新書)日本語雑記帳 (岩波新書)感想
全部で9章の章立てのうち、興味を持って読めたのは前半の5章まで。たとえば方言の項で、「学区」と「校区・校下」の使い分けが新潟・親不知から木曽三川に至る境界で分かれるとか、「シアサッテ」と「ヤノアサッテ」の順番が東西に分かれ、なおかつ首都圏では埼玉の影響が出るとか、アクセントの問題(しん」かん「せん、かしん」か」ん「せんか)とか、まではこの寸法の読み物として面白いのだけど。どうも終盤の方は、国立国語研究所の先生の顔がチラチラ見え出すのが気になる。軽い雑記帳としてはいい、読み物ですけどね。
読了日:9月7日 著者:田中 章夫
日本語練習帳 (岩波新書)日本語練習帳 (岩波新書)感想
だいぶ昔によんだけど、「日本語雑記帳」と間違って読んだ、を押しました。再読したわけではないのであしからず。しかし、のであるは、文章のリズムとして、碩学がどう言おうと、使う時は使う、のである。
読了日:9月7日 著者:大野 晋
詩歌と戦争―白秋と民衆、総力戦への「道」 (NHKブックス No.1191)詩歌と戦争―白秋と民衆、総力戦への「道」 (NHKブックス No.1191)感想
文部省唱歌を底流とした「官製の郷愁」から、大正期の童謡運動、労働運動を押さえ込もうとする動きの上にある新民謡運動−−北原白秋という人物を狂言回しに論考を進めていく。関東大震災後の混乱、不況、15年戦争へ。歌の担った役割は、郷土愛だったり、帰属意識だったり(校歌、社歌、新民謡)。白秋は先頭に立っていた。国への帰属意識の発露として出たのが国民歌謡。国家総動員体制への応援歌だった。でも、これらの動きは戦後も脈々と続いていく。「型に鋳込まれた」郷愁が歌で刷り込まれることを自覚しておくことは無駄ではない。
読了日:9月3日 著者:中野 敏男

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posted by 曲月斎 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする