2012年02月06日

SNSって何だ?

最近、身辺に変化が起きている。

ツイッターで仕事のアカウントを持つようになったことだ。

ツイッター自体は前からつぶやいていたことだから、どうこうはないけど、どうも管理されている気もしないでもない。

それをいえば、フェイスブックもそう。
例えば、何で会社の同僚同士でやる必要があるの?

会って話せば済む話じゃないか。誘ってくれる人もいるけど、申し訳ないが、メールでとお願いする。
フェイスブックって何? と知己に聞いたら、「mixiとツイッターの中間ですかね」
いよいよ分からないですな。

会社の業務用の携帯電話もスマートフォンになって、またこれが指の太い人間には難行苦行。
とまれ荷物は増える一方ということ。腰にもよくない。

「中国化する日本」ではないけど、国中、人のつながりを求めなきゃいかんという感じなのだろうか。
表現が差し障るかもしれないけど「一億総三田会化」?


ちなみにこのブログは書くという行為を通じて一種の「頭の整理」をしているのだと、ご理解あれ。ま、フェイスブックもそれと同じなのかな?


posted by 曲月斎 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「中国化する日本」

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史 [単行本] / 與那覇 潤 (著); 文藝春秋 (刊)

面白い本です。しかも講義録からの書き起こしの文章なので、基本的に読みやすい。参考文献の註も充実しています。

テーマは中央集権型(筆者のいう『郡県制』)の宋代、元代とそれ以外の時代の地方分権型(筆者のいう『封建制』)を2項対立の眼目として挙げ、この物差しで日本史を見てみると、という仕掛け。

この本のミソは「2項対立」です。それぞれの指摘(たとえば、江戸幕府と明治政府の連関性、建武の新政の革新性など)は正鵠を射たものと思います。だが、同時に2項対立、言い換えれば論理学でいう2分法は詭弁の温床になりがちなのを忘れてはいけません。

白か、黒か。こういう選択は非常に明快です。でも時代、人の世は筆者のいうように単純に割り切れるものではないはず。それに歴史経済学者の指摘するところですが、江戸時代には今、常識となっている以上に物流、金融が発達していたのです。筆者にはそんな視座が欠けています。

考え方、思考回路を元に、日本史を振り返るというのは、非常に面白いのですが、同時に危うさをはらんでいます。たとえば人口、たとえば物の生産など、もっと計量的な部分を重視していたら、裏付けと説得性に富んだものになったと思うのですが。

それと、先人の論考をこれだけ、虫食いのようにパッチワークする、換言すれはいいとこ取りを繰り返すと、嫌も応もなく、筆者の想定した結論への補強に仕立てられるという、好見本といえましょう。

どこか「張り扇」と「小拍子」の音がするような気がします。
posted by 曲月斎 at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「マンチュリアン・リポート」

マンチュリアン・リポート (100周年書き下ろし) [単行本] / 浅田 次郎 (著); 講談社 (刊)
浅田センセの最新刊。
テーマは満州某重大事件、張作霖爆殺事件、皇姑屯事件……。どう呼称してもいいけど、関東軍が満州の軍閥の頭領だった張作霖を奉天郊外で爆殺した一件がテーマ。

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その真相を昭和天皇が陸軍若手将校に探らせる−−という虚構がまず縦軸。その横軸に事件に関わったいろんな人物が登場してくる。そして全体の構えは、「壬生義士伝」と同じく「ミルフィーユ形式」。虚構の提示の後、報告書、機関車の独白、という順で繰り返していく。
Zhang_Zuolin2.jpg

当時からして、関東軍の謀略であったことは自明のことで、謎解きの重心は「なぜ張作霖が北京から奉天に戻ったのか」という謎解きの部分では末尾から2項目の独白の部分ですべてことは足りる。

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では何を興味として、最後まで引っ張るのか。
Zhang_Zuolin_in_Peking.png

関東軍の一部、河本少佐以下の独断先行だったのか、組織的な陰謀だったのか。
最後の1項で明らかになるとはいえ、その結構が物足りない気がする。

なお、小説にも出てくる町野武馬大佐というのは戦後、衆院議員を務めたそうで、その証言が国会図書館に残っているそうだ。
また引きになるけど、こう話しているという。
「関東軍首脳は、張を殺さないと満州は天下泰平になり、日本では軍縮が激しくなる。 軍人が階級を昇りぬくためには、満州を動乱の地とするのが第一の要件と考えた。 そして張作霖を殺した。それは『斉藤恒(関東軍参謀長)の案』なんだ」

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うらで1枚かんでいたと目される時の小川平吉鉄相は、事件の翌年、田中義一内閣の崩壊後に、5私鉄買収疑獄で下獄している。在任2年で与えた鉄道免許は200、という。とかく金臭い人物である。

最終項の体裁をとっている部分は、白紙だ。
いろんな余韻が考えられる。
一つの推測は。
浅田次郎は、報告書を書かせていたのではないかということ。呪師の呪いで、作中当事者が独白して、それでおしまい、というのでは物足りない。

黒沢明の「天国と地獄」には上映前に別の幕切れが用意されていたのは知られている。浅田先生もここで擱筆することで、「味」を見せたのかもしれない。

ともかく、この小説の本当の主人公の写真を見るにつけ、そんなに狡猾に見えない、むしろ好々爺の感じもするのだけど。
posted by 曲月斎 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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