2011年10月31日

某月某日。

某日。
千葉の現場。
せっかく面白い現場で材料もそろっていたのだったが、施主からの注文は「すいません。手狭なんでごく小さく小さく」。通常の寸法の半分ほどで仕上げることになった。
こことここに細工を仕掛けて、ここで収める、と現場では考えていたのだが、そういわれて終えばそれまで。
プロである以上、言われた寸法に収めるのプロ。
その形で納品しましたけどね。

あくせくと山を歩き回って材料探して、やれ仕事にかかろうかと思ったら「きょうはベビースターラーメンでいいや」と言われた心境。

某日。
千葉の現場。
ご同業にはベテランも若手もいる。
若手は率直に切り出そうとするのだけど、時にそれは相手のあることだ。
傷を付けてしまうこともある。
そういう若気をあるベテランがたしなめていた。
「少なくとも今日、ああいうことをいうべきではない。本番の最中なのだから。決してうれしいことでも褒められていることでもないというのは分かっているのだから」と。

こんな風にたしなめてくれる先輩がいる現場は今時得難いもの。「鬱陶しい」で片づけられてしまうのがオチなのだから。昨今は。

某日。
競馬の勝馬投票券を久しぶりに買った。何年ぶりだろう。
でも、かつて関わったことのある経験から、どうしても乗り役のことやテキのことが気になって、馬で選ぶより、その要素で選んでしまう。
乗り役、つまり騎手ですな。テキ=調教師。元々は騎手(キテ)をひっくり返したのが語源だそうで、調教師と騎手が兼任していた時代からの言葉でしょうな。
最近は縁遠いけど、こういう言葉から消えていっているのは、間違いないでしょう。

某日。
何か遮眼革をつけて走ってきたような気分だけど、気が付けば4月以来、もう40週近く出張の日々が続いている。
「全国いろんなところに行けていいですねえ」。確かにそう。会社の机に縛りつけられるよりははるかにいい。でも毎週月曜に鍼療治にいって洗濯、主治医のところで受診して……。雑用をぎゅっと2日間に押し込め、また週末は荷物を抱えて現場へ。そんな意識は薄い方だと思っていたけど、自分のベッドがやはり恋しくなるときもある。
そういえば茂原の宿。ふとんのまわりには読みかけの本を散乱させているのであったが、女将がそれを慮ってか、きれいに片づけてくれた。ふとんのあったなりの空白が畳の上にできていると何かうれしい。変だろうね。この感覚は。

某日。
2言目には「人がいない」という声をやたらに聞く。
どの現場に行っても、以前なら4人5人でやっていたことを1人でこなし、足りないところは社外から補充して、個性もなにもあったものではない。
不良品を出さないことが一番。それはよく分かっているけど、前述の通りの現状。ケアレスミスが多くなっている自分が嫌になる。
posted by 曲月斎 at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

茂原である。

千葉県茂原市在。

昨日は亀甲萬醬油の野田市が現場だったのが、移動してきた次第。
実に千葉県は広い。

我が愛してやまぬ和田浦は茂原からさらに2時間。
遠いのである。

夜は当然のように可亭。今夜は武田屋旅館での夕食の注文を断った。

どうでもいいことの連続なんですけどね。
posted by 曲月斎 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

訃報。

阪神で和田豊が監督に就任しましたな。

大阪ミナミで行き着けにしていた小料理屋黒門浜丸の女将が和田のファンであったことを思い出して、冷やかしの電話をしたら、とんでもない話を聞かされました。

酒肆上野が廃業していたのです。

八幡筋のマンションの1階。
奥まった1室にある店でした。

その昔、「彼女」を初めて誘った時には「どこかに連れ込まれるのではないかと不安だった」と後になって言われたほどの隠れ家でした。

店主の上野寅司さんは元々は大阪の名門バー「吉田バー」で修業された方で、独立開業されたのでありました。

1991年に大阪に赴任した時に、ご同業の先輩に教えられて尋ねたのが最初。L字になったカウンターの角に陣取って、ギムレットをフレッシュで頼んだのが最初でした。

大阪の思い出にはいろんな意味で彩りを添えてくれた店でした。

奥さんが健在のころは、さっと出してくれる俵のおむすびが洒落ていたり、ウンターベルグを教えてくれたり。
上野さんが若いころは「カウンターの上にはタバコのほかは置いたらいかん」と言われていたり、「いちゃいちゃするんなら余所へいき」と注意されるアベックがいたり。結構怖い人でした。

「うちで覚えたマナーは世界のどの店に行っても怖いことはない」というのが自慢。確かにそうでしたなあ。

今年5月でふっつりと廃業していたよし。

おつかれさまとしか言いようがないけど。

こういう経験を重ねていくんでしょうね、これからも。
posted by 曲月斎 at 00:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

最近うまかったもの。

久しぶりに大阪の会社の社員食堂のうんどんを食べた。

いわゆる大阪の「きざみうどん、タマゴ入り」ってヤツであります。
うどん.jpg
これでうどんが160円、タマゴ30円で190円也。
実に値打ちだと思いますねえ。

汁はいわゆる透明な関西風の出汁。
以前はもっと美味かった記憶があるけど、ヒガシマルうどんつゆの味に近くなっている気がする。

同僚に「日本で5本の指に入るうどんだ」と宣言したら、「バカなあ」とバカにされてしまいましたけどね。

ちなみに、うどんには太いのと細いのがあって、細い方をいつも注文するのであります。関東のうどんの4分の3くらい、稲庭うどんより太い感じ。


朝飯.jpg

某日の朝飯であります。
感動しましたね。
向こう側の鉢には出汁巻きタマゴのあんかけ。その左は塩鮭。
関西風の塩味の出汁巻きにまたあっさりと淡い味のアンが懸かって居るんですから。
そして圧巻は鮭。
これだけの塩鮭、なかなかないです。
厚み、塩加減、脂ののった腹の部分、どこをとっても文句がない。
こういう朝飯に出会うと、1日幸せになってしまいます。

卓上の醬油? 勿論、亀甲萬。

この辺りの松林はその昔、亀甲萬が醬油の製造用の燃料として植えた松だそうです。
赤松の林にこの日は木枯らし1号。冬到来なのかもしれませんな。もう11月ですから。

posted by 曲月斎 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

藤家虹二亡。

旅のつばくろ 淋しかないか
おれもさみしい サーカス暮らし
とんぼがえりで 今年もくれて
知らぬ他国の 花を見た

というのは昭和9年の「サーカスの唄」。

藤家虹二の訃報を聞いて、この唄を思い出した。

というのは3番にこうある。

朝は朝霧 夕べは夜霧
泣いちゃいけない クラリオネット
ながれながれる 浮藻の花は
明日も咲きましょ あの町で

日本のジャズは基調低音として、サックスよりもクラリネットであった。
それは軍楽に淵源をもつ感覚だろう。

藤家虹二しかり、北村英治しかり。

日本の吹奏楽の歴史の中で、SP版の復刻も多く出回るようになりました。
それらを聞けば、クラリネットの活躍ぶりがよく分かります。

さらにその淵源を考えれば、クラリネットが主役の吹奏楽を実現したのは英国です。

英国の吹奏楽を聴けば、本当にクラリネットの音色が美しい。

ということで、時代の終焉を告げる藤家虹二の訃報、でありました。
posted by 曲月斎 at 21:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

朝飯。

神戸の朝、である。

朝.jpg

絵はがきみたいな写真になってしまった。
でも、絵はがきみたいな景色なのだから仕方ない。

で、朝が来たら、朝飯である。

山里.jpg

同じ系列の博多の店は最高だと思うけど、
どうも神戸はいま一つだったなあ。

何か味わいが違う。

どうせなら、目玉焼きとアジの開きでいいんだけどね。

飾り立て過ぎると、碌なことはない、というような教訓、一つ。
posted by 曲月斎 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

恐るべしS屋。

あてにしていた夕飯に食いはぐれ、飛び込んだのがS屋。
どう見ても、ファミレスなんですけどね。

店.jpg

アズマエビスは物を知らぬというべきなのか。
得心のいかぬままにステーキをたべてきたのでした。

肉.jpg

どうみてもペッパーライスでしょ。

食べ物に納得いかない勘定を払うくらい、得心のいかないことはない、と実感したのでありました。

勘定書き?

どうぞ、お試しを。
posted by 曲月斎 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神戸である。

神戸.jpg
神戸である。

仕事の現場が三木。ということで泊まりは兵庫。

週末になって、宿替えをせざるをえなくなり、今夜は本当に神戸。

ということで、久々のメリケンパークである。

なぜかこの夜景は横浜よりもお洒落(茨城辺りでは「おしゃらく」と発音する)に見えるのはなぜだろう。

六甲の山並みが町に迫っているからだろうね。

昔、Tさんという神戸出身の先輩が「神戸は扇港っていってね」とちょっと誇らしげな顔をしたのを思い出す。
posted by 曲月斎 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月14日

3連覇。

内村航平が世界体操選手権の個人総合で3連覇したそうだ。
ご当地大会とはいえ、慶賀に堪えない。

体操というと、いくつか思い出すことがある。

1)Sさんのこと
今回の大会に関連してか、チャフラスカ(チェコ)嬢が来日していたようだけど、ひそかに彼女の恋人と言われた人物を知っている。
Sさんである。
当時は日大の体操部を卒業し、すでに社会人になっていたSさん。その恋路の行方はSさんがすでに鬼籍に入っているので分からない。でも、生前のSさんは含羞を含んだ笑みで、「もういいだろう、そんなこと」と言って取り合わなかった。
何があったのかは分からない。でも体操というとSさんのことを思い出す。

2)強化指定番号。
内村航平162番、山室光史168番。
さて何のことでしょう。

日本体操協会の強化選手指定番号である。

ちなみに1番は……。遠藤幸雄。
氏とは1度だけ話をしたことがある。
新体操の全日本選手権だったか。
「おれは何かよく分からん」といいながらも、あらん限りの説明をしてくれた。
体操という競技の特殊性なのか。達人の域に達すると、すこぶる老爺が小児を諭すがごとくになるような気がする。

番号を続けよう。
18番、加藤沢男。20番監物永三。21番塚原光男、23番笠松茂、48番具志堅幸司、64番森末慎二、85番池谷幸雄、89番西川大輔、102番田中光、114番塚原直也、126番米田功、136番冨田洋之、147番水鳥寿思……。最新は182番である。

詳しい番号一覧はこのURlへ。
時代をある意味で背負ってきた名前が並んでいる。
posted by 曲月斎 at 23:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

吉井であった。

先週の現場は吉井であった。

現在は高崎市吉井町。

宿は町内のKホテル。hpには温泉とあったが、どう見ても効能表が脱衣室に掲げていないし、湯は白濁しているものの、温泉の素の「登別カルルス」という匂いだ。ちなみにタオルの謳い文句が「全館和室ビジネスホテル」とあるのが泣ける。

大勲位.jpg
玄関奥には大勲位・中曽根康弘先生の揮毫が飾ってあった。

そういえば、この辺りはセンセの地盤でしたな。福田赳夫、中曽根康弘、山口鶴男、小渕恵三。群馬の看板であります。揮毫したころはさぞかしご接待で日々繁盛したことでしょう。

かくも繁盛しているホテルであります。
2日目の晩、別注文の夜飯を食堂で食べようとすると、「きょうはお客さんひとりなので、近所で食べてきてください」とのこと。

仕方なく、看板が目に入っていたホルモン焼き屋に行く。
「ホルモン紅」だという。
外観はともかく、中は上がり座敷にカウンター。
店内.jpg
肉の品揃えはなかなかだ。
ヤン(牛の第3胃と第4胃のつなぎ目、脂ののったはちの巣のような感じ)とか、リードボー(仔牛の胸腺肉。結構脂がきつい)など珍部位もある。

七輪.jpg

そう、上州は畜産県でもあった。

最後に親父殿が出てきて、レバーの網脂巻きを出してくれたけど、さすがに1個で失礼した。
大将.jpg

ハラミが冷凍ものだったのが非常に残念。

さて、この夜。我が身に意外な結末が訪れた。
routo.jpg
分離ロートのような結末である。

夜の作業を終えて、就寝したのであるが、夜中に口中に脂臭いものが溜まっているのに目が覚めた。要は焼き肉の脂分だけリバースである。
分離ロートは液の比重の違いを利用して、混合液を分離する装置だが、小生の五臓六腑もそこまで進化したらしい。すごいモンだ。

さて、最後に文化的な話。

吉井には何もないが、唯一全国区なものがある。

「多胡碑(たごひ)」だ。
多胡碑.jpg

日本3古碑の一つとされ、上毛3碑(そもそも上毛という言い方は群馬でしかしないね)の一つでもある。その刻字が能筆とされ、拓本が手本として賞玩されてきた。
詳しくは関係ページをご覧頂きたいが、そもそもこれが伝えるように本当にそんなに古いものなのか、という疑問がわいた。

711(和銅14)年の建碑だというのだが、その後退転して、次に歴史に出てくるのは、1509(建久6)年の連歌師宗長の日記まで出てこないというのであるからして、非常に疑問。連歌師は何でも名物古跡にしてしまう気があるからね。どう見ても土一揆の「紀州阿弖川庄」の決起文を連想してしまうのであります。カタカナではないけど、日本史の教科書にあったでしょ。

確かに鞘堂の中で、碑は建っていました。碑文も見えました。でも信じ切れない自分がいます。
posted by 曲月斎 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「男たちの絆、アジア映画」

男たちの絆、アジア映画 ホモソーシャルな欲望 [単行本] / 四方田 犬彦, 斉藤 綾子 (編集); 平凡社 (刊)

ホモソーシャルって言葉を初めて知った。

ちなみに定義もどきを引用すれば「ホモソーシャルとはホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性嫌悪)を基本的な特徴とする、男性同士の強い連帯関係のこと。それ自体同性愛的なものながら、異性愛者同士で閉鎖的な関係を築く」というものであります。

宗教的に同性愛への忌避が強い米国の英文学者が提唱した概念です。儒教や武士道などの精神的な背景があるアジアの社会では、そのままこの論理を援用するのは難しいかなと思ったのですが、蓋然性は高いみたい。この本の中に所収の論の筆者たちは日本、中国、香港、韓国と各国の映画を題材に、俗に体育会系と言われる人間関係や家父長制、義理人情といった観念の背景を説明しています。

中でも編者の四方田犬彦、斉藤綾子の論が小生にはわかりやすかった。
日活アクション路線と言われた、赤木圭一郎&宍戸錠の「拳銃無頼帳」シリーズの結構の解説、高倉健と鶴田浩二の顔合わせによる「人生劇場 飛車角と吉良常」がエディプス的なライバル、高倉健と中村錦之助による「日本俠客伝」を兄弟分的な同志、さらに高倉健と池部良による「昭和残俠伝」をホモソーシャル的な構造と読み解くのは非常に興味深いものです。

邦画をこんな言葉で構造解析するというのは実に新鮮でした。ただ難点を言えば、ホモフォビアだのミソジニーだのと再三出てきても、自分の頭の中で用語の意味が定着せず、非常に生硬いものであったのは残念でした。

本の読み方として、序論の「男たちの絆」(四方田)を読み、次に末尾の「ホモソーシャル再考」(斉藤)を読んでから、上記の2論に進む方が読みやすいかもしれません。

基本的な認識として、「ホモソーシャル」と「ホモセクシュアル」は実に紙一重であり、後者が秘匿されてしまえば、前者に見えるということです。
posted by 曲月斎 at 03:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

和田んまち。

房州・和田浦の秋祭り。今週末である。

今年も花園、柴、仁賀浦、和田、小浦の屋台が和田浦の駅前に引きそろえられる場面がくるのだろう。

もう行けなくなって何年か。
不参料はせめても払っているけど、人のいない和田浦のこと。屁のつっぱりでも手伝いにいけないのがつらい。

実はここの祭りに参加したことで多くのことを教えてもらった。
それは日本の社会の縮図だったから。

一緒に群れてやっていたことは決して無駄ではなかったし、祭りに無駄か無駄でないかを問うのはナンセンスなのである。


今年も和田浦の町並みの中を「オピヒャーイ」という笛の音が今週末、響くだろう。

私は何もできない。遠く、祭りの成功を祈るばかりだ。
posted by 曲月斎 at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

戦力外通告。

何苦楚日記 [単行本] / 田口 壮, 唐澤 和也 (著); 主婦と生活社 (刊)

タグバナ。 [単行本(ソフトカバー)] / 田口 壮 (著); 世界文化社 (刊)

脇役力<ワキヂカラ> (PHP新書) [新書] / 田口 壮 (著); PHP研究所 (刊)

戦力外通告を受けていたらしいですな。
あれは1992年の2月ですからもう何年でしょう(最近、繰り上がり、繰り下がりの計算が面倒になってきた)。

彼がプロの世界に飛び込んできて、ボロボロにされて、復活して、アメリカに行って、ファーム暮らしをして、世界一になって。もう長いですなあ。

まだ頑張るよし。その意気やよし、ということですな。
posted by 曲月斎 at 02:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 騙仕合傳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

某月某日。

・某日。
風邪である。
もう妙な空咳は2カ月は続いているだろう。
タバコが一因であるのは明らかなのだけど、やめられない。
タバコが極端にまずくなると、こりゃ風邪だと判断している。

咽頭通、全身の倦怠感、鼻づまり、咳、黄褐色の痰。決していい状態ではない。
静養が一番なのだけど、そうもいかない。

でも今週は火、水の仕事を吹っ飛ばし、関西への出張を取りやめ、週末の上毛への出張だけに絞るようにする。もう体が持たない。

・某日
TBSがまた横浜の譲渡先を探しているそうだ。今度はモバイルゲームの大手だそうだ。
確かに民間放送が球団を保有するというのは時代遅れだし、収益が上がる事業でもない。
コンテンツとして魅力もない。
ただ、日本の場合、球団保有がビジネスとして成立していない。
アメリカなら、収益を上げる体質にして転売するという投資も成り立つけど、日本ではそういう素地がない。
しかもプロ野球の球団は公共財だ。
フランチャイズの移転はそう容易ではない。

セ・リーグは特に、変化の時期を逸してしまった。それは巨人戦があったからで、親会社もそれに依存する経営体質が色濃い。でも当の巨人がもはや地上波デジタルで放映しなくなっているくらいだ。
何か、プロ野球に熱狂できる人が羨ましい。

今までスポーツに種々の形で接してきたけど、それは職業としてであって、ナショナルパスタイムのようなものではない。何に興味を持ったかといえば人にであって、それ以上でも以下でもない。

先が見えてしまうとどうも面白くはない。

・某日
仙台だった。
仙台といえば、牛タンに笹カマボコである。
牛タンは別項で書いた通り。今回は素晴らしい店を教えてもらった。
で、笹蒲鉾である。
長年、土産といえば、鐘崎の「大漁旗」を選んできた。今はなきおおばひろしのイラストが何となく好きな所為もある。

でも、地元のタクシーの運転手氏に訊くと「白謙(しらけん)がいい」という。何でも石巻の産だそうで、仙台駅にも出店があるという。

阿部蒲鉾店や鐘崎はあちこちにあるのだけど、この白謙は1カ所だけ。新幹線の中央改札口の左手にあるだけだ。やっと探し当てて、手に入れる。
実は石巻には2大メーカーがあり、一方がこの話題の白謙、もう一方が粟野蒲鉾店

運転手氏曰く、「昔は粟野が一番だったんだけど、少し甘口で」
食べ比べていないので何とも言えない。ちなみに粟野蒲鉾店も仙台駅の新幹線中央改札口の右手にあります。

なお、個人的には白謙の紅ショウガちぎり天が結構うまいと思いましたな。

・某日
名古屋である。
美濃忠である。

ちょうど栗蒸し羊羹である。image01.jpg
なぜか黒糖風味のカステラ地とつなぎ合わせになっていて、風趣に富む。
いい味です。

加えてなぜか本店で
castella2.jpg
味噌カステラが売っていました。
八丁味噌味のタレが表面に塗ってある、これもまた豆味噌王国名古屋らしい味。

秋は和菓子店にとっては腕の見せどころですな。

今年は栗粉餅を食べ損ねたのが恨みに残っているのでありました。
posted by 曲月斎 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

9月に読んだ本。

matome_gimage_25109_1.jpg
惨憺たるものですな。
9月は本当に本が読めていない。

本が読めないと生活が荒れている気分になる。
つまり、余裕がないからに他ならないのですけど、本が読めない。

何か生理的に読めなくなって居るんですね。
非常に悲しい。

9月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:848ページ
ナイス数:38ナイス

非常時とジャーナリズム (日経プレミアシリーズ)非常時とジャーナリズム (日経プレミアシリーズ)
宮内庁の富田メモ(昭和天皇のA級戦犯の靖国神社合祀不快発言)を特報した記者の本。「非常時」は戦前の一時期の流行語だった。その時に冷静に次の世界を見据えていた報道人と、反面教師として国民を煽動した人と、計5人を取り上げる。メンバーは石橋湛山、桐生悠々、菊竹六皷、清沢冽。そして徳富蘇峰。いずれも評伝のつまみ食いのようなスタイルで紹介しており、最近は忘れかけられている人物だけに、有益な手がかり書だ。ただ、惜しむらくはその原典(例えば「関東防空大演習を嗤う」)の原文を転載してほしかった。入門書として上々。
読了日:09月18日 著者:井上 亮
歌舞伎のことば歌舞伎のことば
個人的には非常に面白い本でした。というのは、渡辺保があの歯切れのいい評論をする上で、どういう概念を背中に置いているのかということを「言葉」をキーに解明しているからです。評論を読んだ身として何げなくつかっている用語の本当の意味を再確認する意味でも有意義です。ただ。「歌舞伎のことば」というにつけては、あまりにも舞台での知見があることを前提に書いている本です。大修館の雑誌を読むような人は歌舞伎の舞台に親しんでいるのかもしれませんが、役者、その装置、所作など少しでも知識がないと読みにくい本になってしまうかも。
読了日:09月08日 著者:渡辺 保
東京の銅像を歩く (ポケットヴィジュアル)東京の銅像を歩く (ポケットヴィジュアル)
何が書きたいのか、まったく分からない本。銅像になった人物、動物の話を書きたいのか、銅像の由来書きをしたいのか。焦点がすっきりしない本です。それと何より不親切なのは、銅像がどこにあるのかを明確に項目ごとに示していないことです。都心、下町、城東、山の手といった方面、地域ごとの地図があり、各銅像の項にはその地図のページと番号が付されているのみ。そういう不親切さが最後まで嫌でしたね。本としての作りがどうしても得心がいきませんでした。
読了日:09月01日 著者:

2011年9月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター


posted by 曲月斎 at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする