2011年09月30日

日本屈指の

名古屋といえば。
パチンコの都である。

正村竹一が終戦後、「正村ゲージ」を考案したのが、今日のパチンコの隆盛の基礎となったのは、歴史の示すところである。

かつて名古屋・栄の真ん中にダイエーがあった。
当時の定宿・名古屋ガーランドホテルの正面で、よく買い物に出掛けたものだ。

その後の消費不況で閉店に追い込まれ、更地になっていた。

だが。
今はパチンコ屋である。
パチンコ.jpg

元番頭のO君に訊くと、日本最大だというが、そうではないらしい。

サイズはともあれ、歓楽街の真ん中に巨大なパチンコ屋というのがよく分からないのだが。

パチンコ2.jpg
駐車場の入り口。
何かサンダーバード2号の格納装置みたいでしょ。
下にいる警備員さんと比べるとそのサイズが分かろうかという物であります。

名古屋は不思議な街、ですな。
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2011年09月29日

名古屋・大甚。

広小路伏見の大甚である。

駆け込んだのは20時前。
親父.jpg
「酢ダコと刺し身くらいしかないけど……」と親父殿。

蛸酢.jpg
何構うものか、と店の片隅に座り込んで、菊正宗の冷やを頼み、酢タコと百合根の炊いたものをスタートに飲み始める。


オカズケースを覗くと干物に、アイナメ、ノドグロ、ヒラメの刺し身がある。毛ガニも鎮座していたが、高そうなので敬遠。

アイナメの煮付けを勧められたが塩焼きにしてもらう。
アイナメ.jpg

こういう肴が上手いんだよね、ここは。
地魚なんだけど、これが大都会の真ん中で食べられるという幸せ、である。

看板娘.jpg
店のメーンの酒は賀茂鶴。
何でも昭和16年創業で、以来賀茂鶴なのだそうな。

樽から片口に注ぎかえ、トックリに漏斗で移す。吉備津の釜のような釜の中にたぎる湯の中へ銚子を付けて熱燗である。

土瓶.jpg

ふと隣の客を見ると、土瓶蒸しではないか。品書きのどこにもない。
元番頭のO君に訊くと、どうやら裏メニューらしい。
何が入っているわけでも、肝心の松茸がへらへらでも、何か美味い。汁を肴に杯を傾ける。酒は静かに飲むべかりけり。

ということで、最後はお勘定。
勘定.jpg

ここではそろばんが現役だ。

女将さんの方は小ぶりのプレスチック製のものをパチパチ。大将の方は大ぶりの箱形のそろばん。
5つ玉かどうかを確認し忘れたけど、どうでもいいこと。

正2合で気持ちよくなったことでした。
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2011年09月27日

「名古屋・清水口の美宝堂へどうぞ」

名古屋に来たら、必ずTVのCMに登場した清水口の美宝堂。

初代が「名古屋・清水口の美宝堂へどうぞ」という決まり文句でまとめるのが通例のCMが、いかにも名古屋に来てしまった、感を醸し出していた。

美宝堂.jpg
初代から親子3代で共演するCMが何とも印象的だったのだが。

ということで、今年の5月に倒産していたそうであります。

しかも2代目が、ダイヤモンドが利殖になると言ったとか、言わないとかで、詐欺容疑の事件にまで発展しているよし。

全国区のニュースではないので、知らなかったのですが、こういうのって、結構あるんでしょうな。

負債総額は22億円とか。

本来的には現物商売なはずなので、そんなに負債を抱え込む理由がよく分からんのですけどね。


名古屋は松坂屋にあるブランドものの店が元気、というので、有名な街であったのですが。

「売り家と書く2代目」だったという話でありました。
通りで最近、名古屋に出張しても、美宝堂のCMを見なくなったわけだ。
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2011年09月24日

仙台である。

仙台である。

震災後に来るのは初めて。
現場の利府町までは、そんなに遠い距離ではなく、サイトの検索では「仙台駅から車で35分」とあるが、そんな所要時間ではない。約1時間はかかる。

JRはすぐに止まってしまうし、通勤には車が足。おまけに物流の車両も多い。

困り果てて、仙台にお住まいの知人、Kさんに問い合わせるとやはり「仙台東ICまで行って高速に乗るのが一番いいと思う」との助言。

確かに一般道で走ると疲れる。
なぜか。突然、第1通行帯から第2通行帯に飛び出してくるのである。駐車車両、タクシーが止まっていると飛び出してくる。逆に第2通行帯から第1通行帯に飛び出してくる。右折車線がないところだと、右折車がいると飛び出してくるのである。いずれもウインカーがない。

結構、疲れますよ。こういう運転は。

仙台の沿岸部は「右折、右折、直進、直進、直進、左折、左折」みたいな7車線もある交差点もあるんですけどね。

それはさておき、仙台と言えば「牛タン」である。

Kさんのお勧めは寅屋横町にある「司・寅横店」である。

Kさんの言を借りますと。
味.jpg
とか、
旨味.jpg
とか、

「○○とか××はクソですよ。今は司」と力強い断言である。

ならば行かずはなるまいよ。

司.jpg

司・寅横店は、アーケードのいたがき果実店を脇に折れた寅屋横町にある。

で。

まずは牛タン。
タン.jpg

あとお勧めはネギさらし。
ネギさらし.jpg

司厨房.jpg

ということで、実に結構な牛タン屋さんでありました。

店を紹介してくれたKさんに感謝。
そしてネットもWebもクソ食らえ、口コミにまさる情報収集法はないのであると、つくづく感じたのでありました。
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「復興支援地図」

東日本大震災 復興支援地図 [大型本] / 昭文社出版編集部 (編集); 昭文社 (刊)

震災後、初めて仙台にきている。
震災から6カ月余。さすがにその傷痕はだいぶ癒えているとはいえ、あの阪神大震災後の阪神間を思い起こさせる。
特に、菖蒲田浜の辺りは砂浜はきれいになっているけど、そこまでの岸辺の家はきれいさっぱりなく、真っ暗。津波に洗われたという現実を改めて思う。

と、コンビニで見付けたのがこの1冊。

津波浸水区域入り、という1冊だ。浸水したエリアはオレンジ色になっており、仙台東ICのそばまで水が入ったことが分かる。ちょうど21日の颱風で、冠水したエリアと重なる。

かつて、東京大空襲の後、戦後まもなく、焼亡エリアが示された旧35区の区分図が出されたが、それと同じ意味をのちの世にもつことになるだろう。実用の便のみならず。
posted by 曲月斎 at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

狸小路・う月食堂。

狸小路といえば、札幌の町を東西に貫く一大商店街である。
創世川沿いの1丁目から、8丁目までアーケードは続く。

賑わっているのは2〜4丁目くらいかな。
その端、8丁目のアーケードの出口にこの店はある。

う月.jpg

隣が赤星とかいう有名ラーメン店らしい。こちらに行列はあるが、食堂の方は人気がまばらだ。

ちょっと入りづらかったけど、ドアを開けると食堂というよりも、喫茶店の風情。

menu.jpg

こういう食堂では「チャーシュー麺」を頼んでみるのだけど、
「いま、チャーシューがないから、肉ラーメンでいいですか?」と老主人。

それを頼むと、待つことしばし。肉ラーメンが出てきました。
言えばラーメンの上にポークソテーが載った状態です。
でも結構うまいんだな、これが。

畏友の一人に教わっていたのだけど、なかなか来る機会がなくて。
何でも創業は昭和10年だそうで、非常に昭和の空気が店内に満ち満ちているのであります。

今季最後の札幌出張、いい店に出会えてよかった。
時間があればカツカレーでも食べにいきたいところです。
posted by 曲月斎 at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「非常時とジャーナリズム」

非常時とジャーナリズム (日経プレミアシリーズ) [新書] / 井上 亮 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)

筆者は宮内庁の富田メモ(昭和天皇のA級戦犯の靖国神社合祀不快発言)を特報した記者。今もメモは公開されていないが、後に侍従の日記から、その発言が裏付けられたとされている。

そんな筆者が戦前の報道の体制を問い直した本。

「非常時」は戦前の一時期の流行語だった。週刊朝日の名編集長といわれた扇谷正造は、朝日の入社試験の作文の題として、この言葉だったことを振り返っている。その書き出しは「非常時には相撲が流行るという」というものだったそうだ。

1931年の満州事変に始まった日本の非常時。その時に冷静に次の世界を見据えていた報道人と、反面教師として国民を煽動した人と、計5人を取り上げる。

メンバーは東洋経済新報の石橋湛山、信濃毎日の桐生悠々、福岡日々の菊竹六皷、中外商業新報の清沢冽。そして国民新聞〜毎日新聞の徳富蘇峰。

いずれも評伝のつまみ食いのようなスタイルで紹介していく。
最近は忘れかけられている人物だけに、有益な手がかり書ではある。いわゆる満州国を初めとする植民地は放棄してしまえと論じた石橋湛山。その論拠は数字だ。放棄して貿易立国としての道を探れと説く。戦後の日本そのものだ。桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」。防空演習に励むより、爆撃を受けないことの方が大切で、そのための対策こそ大切と説いた内容。数年後、関東大震災の火災を手本に人工的な火災を起こしたアメリカ。今読めば、何も不思議はない。でも行きがかり上、誰も舵を切れなかった。

一方、徳富蘇峰。明治時代から輿論を煽り続けた。今、この人の本は講談社学術文庫くらいにしかないだろう。この人を取り上げることで、この本の「ワサビ」がきく。

ただ、惜しむらくはその原典(例えば「関東防空大演習を嗤う」)の原文を転載してほしかった。それと時代背景を知るために、年表がついていればもっとよかった。

ただ。入門書として上々。 筆者は客観報道の美名も下に、情報を垂れ流すだけの報道機関になってはいけないと戒める。考えること多、である。
posted by 曲月斎 at 03:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

9・11。

あの夜、小生は銀座の卯波でのんでいた。
今は大阪に在勤している後輩と。

何が起きたか分からぬまま、杯を重ねていた。
「ちょっとまずいんじゃないですか」と後輩に促されて、仕事場に戻ると
バケツの水をひっくり返したというか、1フロアーすべて総立ちで立ち働いていた。

今は忙しい時間もOA化が進んだので、人はいない。あんな喧噪はあれが最後だったのかもしれない。

ちなみに、ビルがなぜあんな風に簡単に崩れ去ったのか。
そんな話は藤森照信の

天下無双の建築学入門 (ちくま新書) [新書] / 藤森 照信 (著); 筑摩書房 (刊)
この本に崩落の原因が分析されていなかったかな。

地震のないマンハッタン島でのこと。
真ん中に支柱を立て、各フロアを吊り棚のように築いていたという。いわば鳥籠のような仕掛けだったそうな。火災で壁体などが失われるとバランスを崩して壊れてしまったという。

そんな仕掛けだったのか、と思った記憶がある。

ということで、もう10年。10年前に、今こんな生活をしているとは、あるいはこんな形で身過ぎ世過ぎをしていようかと思っていなかったけど。
posted by 曲月斎 at 17:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

茂原行前後。

・某日。
先週は茂原、というか、市原であった。
現場は旧海軍、現陸上自衛隊の通信所脇の原っぱ。
たまさか、カメラメーカーが顔を見せるというので、ティルト、スライドレンズを借りた。
product_01.png
レンズの後ろに、上下左右にレンズの向きを変える「つまみ」がついているのが特徴。
で、写真を撮ると、どうなるか。

tilt.jpg
何かミニチュアを撮影したみたいになるでしょ。

横浜銀行のポスターや、奥田英朗の文庫本の表紙で見かけたことがあるかもしれない。実景なのに、ミニチュアに見える。ちょっと面白いレンズである。

欲しくなったのだけど、とても高いのが難点。おもちゃに30万円余は……。
ま、人生、おもちゃみたいなものかもしれないが。


某日。
茂原といえば可亭。
初日は夏休みだったみたいだけど、2日目から3夜連続だった。
相変わらずの洋食屋さんぶりに頭が下がる。

某日。
家に帰り着くと、大阪の天牛書店から荷物が届いていた。
頼んだのは「甲子夜話」。正、続、三編と計20冊。
ちなみに版元は高いので有名な平凡社の東洋文庫。
DSCN9882.jpg
そもそもが、「十三人の刺客」の元ネタになった小話がこの本に載っているという。

江戸時代ってのはともかく随筆が好きな時代で、しかも版本、写本が多い。
国文科に志望を決めた時、今は亡き恩師が言うたものです。
「江戸時代をやるには本を買わなきゃいかん。金があるなら、江戸もいい。でも本代がバカにならぬよ」と。
ともあれ、これも「大人買い」。
1970年代にこの本が刊行されはじめたころから知っていましたが、高くて買えなかった。
もう40年ちかく経って、やっと手元にくる機会がきた。
posted by 曲月斎 at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月05日

某月某日。

某日。
名古屋から恵那までは中央高速の利用だった。
小牧から中央高速に入ると、幅員が狭い道路、アップダウンが激しくカーブの多いこの路線にちょっと辟易する。
アメリカ映画に出てくるようなコンボイもみられる。そりゃ日本ですから、長尺のトラックではないのですが、10屯くらいのが隊伍を組んで走る。「××運送」「○○ロジスティック」
走行車線も追い越し車線も隊列が塞ぐのですから。
おまけに坂道でスピードが落ちる。登坂車線があっても走らない。

非常に走りにくい、というか、恐怖を覚えますな。あのトラックの群れに挟まれると。何しろ、彼らが車線変更をするたびに車体は傾いているのです。万が一にも倒れるんじゃないかと思うとぞっとします。まして颱風の接近時。「友鶴事件」を連想するのは小生くらいのものなのか。

トラックの走行車線を指定してしまうとか、愛知、岐阜県警には対策を考えて欲しいなあ。
ところで話が二転。
確か、栗東の競走馬が府中、中山に遠征する時はたしか、中央道を選択するのは普通であったはず。結構紆余曲折の多い道なので、確かに東名よりは渋滞の可能性は低いけど、馬は本当に楽なのかなあ、とどうでもいい疑問。

某日。
名古屋駅頭。「嵐」の国立でのコンサートの後だったようで、嵐のメンバーの誰かが、名古屋駅に移動してくるらしく、コンサートのバッグを持ったファンの群れが新幹線の裏改札口(よくご存じだ)付近に群れていて、構内を走り回って……。おまけに「モーニング娘。」のコンサート帰りの方々も多く、通路はちょっと怖いくらい。
新幹線に乗り込んでも結構混雑。3人掛けの右となりはいきなりマクドナルドの袋を開き、窓側の方は名古屋のみそカツ弁当を頰張ってござる。
一つ後列の窓側の御仁はめいっぱいの睡眠時無呼吸症候群。自分もそうであろうという自覚はあるけど、あれほど品のない鼾かと思うと情けなくなってしまう。
新幹線の無線LANは遅いし。とほほの帰京。

某日。
何とも無力感の募るこのごろ、である。
posted by 曲月斎 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

濃州恵那であった。

先週は濃州恵那であった。

仕事は隣の瑞浪。でも宿がないので恵那泊まりである。
宿は去年見付けた「旅館いち川」。
何でも16代目若女将の見習いが外れて、今年から若女将だそうな(宿の仲居さんは「大女将」「中女将」「若女将」と呼んでいたけど、何か不思議な呼び方ですな)

14代から3人そろい踏みでのご挨拶、痛み入るばかりなのだけど、挨拶よりももっと気を配って欲しいことがたくさん。今年は縄文時代の貫頭衣のような装束でご登場であったけど、妙な趣向でしたな。

この旅館の一番の魅力は頼むと出てくる朴葉味噌。
朴葉味噌.jpg

赤味噌を調味料や出汁と練り合わせた上で、供して呉れているらしい。

「朴葉があれば何杯でもご飯が食べられる」と言うのだが、こちらは炭水化物の摂取を極力控えている身、おいしいけど自己矛盾のような話である。

朝飯.jpg

旅館の朝飯、とはよくいう言葉だけど、
なかなかに旅館の朝飯が満足いくところは少ないもの。

いち川はまあ、70点かな。

中山道大井宿以来の伝統を誇るらしいが、官官接待もなくなった昨今は、法事の御用が多いらしい。
posted by 曲月斎 at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

2011年8月に読んだ本。

8月の読書メーター

読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2074ページ
ナイス数:43ナイス


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時刻表タイムトラベル (ちくま新書)時刻表タイムトラベル (ちくま新書)
「点と線」の犯人ではないが、時刻表は読むものです。で、それはそれでいいのですが、先行の類書から一歩でも二歩でも踏み出すところがないと。物価の比較に、シューマイ弁当をつかっているのが結構妥当かもしれないと思ったくらいかな。でもこの本に出てくる長距離急行に乗ってみたかったなあ。
読了日:08月31日 著者:所澤 秀樹
弔辞―劇的な人生を送る言葉 (文春新書)弔辞―劇的な人生を送る言葉 (文春新書)
本物の葬式での追悼の挨拶というのはやったことがないし、これからもすることはないだろう。でも、仕事では何人も追悼してきた。先輩に習ったこと。追悼のコツは2つ3つ、生前の本人ならではという逸話を見付けることだと。その点でしゃべることが商売の政治家の弔辞で、浅沼稲次郎を追悼した池田勇人と、橋本龍太郎をおくった小泉進一郎と、その質が大きく劣化しているのを知るだろう。お義理の弔辞まで1冊の本の中に収容したのは、この本の編集者の腕、なのだろうか。優れものは宿沢広朗への奥正之のものかな。規矩に則った一文です。
読了日:08月31日 著者:
男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで (双書Zero)男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで (双書Zero)
同性愛の問題は社会がどう受け入れるか、という視点が欠かせない。その点で本書はいま一つもの足らない。なぜか。戦国主従の気風を残した薩摩人の東京への流入が見逃せない理由になる。先行の講談社現代新書の本の方が立体的な解明になっている。この本は鶏姦条例とか、そういう文書に残っているところを手がかりにしているのが、非常に間怠い。何か、物足りない展開であるのは否めない。
読了日:08月23日 著者:前川 直哉
宝塚ファンの社会学―スターは劇場の外で作られる (青弓社ライブラリー)宝塚ファンの社会学―スターは劇場の外で作られる (青弓社ライブラリー)
本というのは人それぞれに読み解き方がある。小生はこの本は「ファン」という心理と、それを興行という枠組みの中でどう生かし、統御していくのか、という問題を解決する方法として、宝塚歌劇が伝える姿は興味深い。切符の捌き方という1点を見ても分かることだ。大相撲や歌舞伎といった興行の世界と比較するとき、宝塚歌劇の今の姿は先行の原初形なのか、あるいは進化形なのか。宝塚歌劇というのはいずれにせよすこぶる作為的、あるいは不作為的に、興行の枠組みとして完成しているのだなと。何より生きている組織という点で。
読了日:08月23日 著者:宮本 直美
青函連絡船ものがたり (朝日文庫)青函連絡船ものがたり (朝日文庫)
昔、朝日イブニングニュース社から単行本で出て、その後、朝日文庫に収まり、今は品切れなのかな。1954年の洞爺丸台風当時は、筆者は石狩丸の通信に携わり、洞爺丸遭難の第1報を受信した経験の持ち主。冷静な筆致と自身の経験と見聞に裏打ちされた親近感はえも言われぬ情趣をこの本に生み出しています。青函連絡船の誕生から廃止まで。その中でもエポックとなった洞爺丸台風の問題。単に交通手段の顚末記に収まらず、今の原発の問題などにも比すべき、組織の問題をも教えてくれているような気がします。実は再読。でも面白かった。
読了日:08月10日 著者:坂本 幸四郎
へうげもの(13) (モーニングKC)へうげもの(13) (モーニングKC)
気が付けばもう13巻。個人的にこのマンガとの出会いははっきりしている。2008年6月17日に放送されたNHKのBSマンガ夜話で取り上げられたからで、翌日、本屋に買いに走ったのであった。営々と続いてきたこと自体、奇跡だろう。13巻は豊臣秀吉死後から関ケ原前夜まで。最後が直江状で終わっている。織部の周囲に徘徊する人の立ち位置がいよいよ複雑怪奇になっている。どう収束させるのか。マンガという手段を通じて、この時代の空気を描くことに成功しているのが長続きしている理由だろう。あと数巻か。山田流の捌きが愉しみである。
読了日:08月03日 著者:山田 芳裕
セックスメディア30年史欲望の革命児たち (ちくま新書)セックスメディア30年史欲望の革命児たち (ちくま新書)
大学時代は1980年代前半。社会人になってポケベルを持たされ、ポケベルに文字が出るようになり、仕事の現場では肩から提げる携帯電話が登場。ケータイとインターネットの時代に。情報ツールはつねに性風俗と裏表で、アメーバの触手のよう。第1線につねにいたであろう筆者の体験記。泣かせるインタビュー記事もあります。ともかく、筆者の体験が行間ににじんでいるのは味ですな。再版という本ではないけど、今の時代で切り取った1冊であります。
読了日:08月03日 著者:荻上 チキ
地図で読む戦争の時代地図で読む戦争の時代
筆者と小生は1歳違い。小生も国土地理院発行の5万分の1地形図を一時、買いまくった時代があったので懐かしい。当時は地形図の基本が2万5千分の1に変わり、5万分の1はまだ墨版、3色、4色の3種類があった時代。墨版の手作り感が本当に懐かしかった。あんな地形図はもうないですね。戦時改描の件。岩波写真文庫にある「地図の知識」という本を見れば、職人芸であったことが分かります。稚拙な改描は意図的であるにせよ、職工不足という側面がつよかったのではないでしょうか。ペンに烏口なんて遠い昔。でも忘れてはいけない歴史の一コマです
読了日:08月01日 著者:今尾 恵介

読書メーター
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