2011年06月08日

浅間山には……

遠く浅間山が見えた。

浅間山.jpg
梅雨の合間の五月晴れ、新緑に映える山容は美しい。

御代田から佐久辺りにかけて、この時期は不思議にアヤメが道端に咲いている。

あやめ1.jpg
なぜか道端に咲いているのである。

あやめ2.jpg

宿の女将に聞いてみると、「今の大きな花はジャーマンアイリスでしょう。でも小さいのは浅間の自生のアヤメですよ。紫と白が基本で」

いずれアヤメかカキツバタ、いや花菖蒲。
ということで、東信の初夏、である。


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上州から碓氷峠へ

先週は信州・御代田が現場だった。
利用するのは長野新幹線である。

東京駅でいつものようにチキン弁当を買って車中へ。
と、上野を過ぎた辺りで車内販売が来た。
「とりめし、ある?」と聞いてみると、「ございます」と取り出してくれたのがこれ。
鶏飯.jpg

高崎弁当特製「とりめし」である。

別れた元嫁の実家が前橋、1度だけ一緒に帰省した時に、彼女が教えてくれた。
確かにうまいのである。
ちょっと個人的にはほろ苦い味もあるけど。

鶏飯2.jpg
鶏のそぼろ、鶏の照り焼き、そして海苔の香り高い上にまた鶏。脇にはつくね団子。実に鶏尽くしなのだけど、素朴なごちそう、という感じがして、うれしい。
大正、昭和のころの掛け紙のデザインそのままに味もいい。

本当は崎陽軒のシューマイお弁当のように、箱が経木製だったら、もっとおいしいんだろうけどね。

ということで、実は往路に乗ったあさま号は東京→上野→大宮→軽井沢と停車。高崎は通過だった。

さて。
信越本線といえば碓氷峠である。
日本の鉄道史の中でもここは難所中の難所、北の板谷峠、東の碓氷峠、西の瀬野八(山陽本線の八本松〜瀬野間)と言われた天下の難所。かの「信濃の国」では「穿つ隧道二十六、夢にも越ゆる汽車の旅」とうたった長野県民夢の鉄路の名物は「横川の釜めし」である。

釜めし.jpg

今は信越線も盲腸線になってしまい、横川で行き止まり。当然のことながら、釜飯も峠の上下で売っているのであるが、軽井沢駅は午後8時まで駅構内で売っている。

何と言うことはない釜飯なのだけど、たまにたべるとうれしくなってしまう。

遠く。
高校1年の時であったか。
学校の友達3人に連れてもらってこの峠を越えた。急行能登だったか。

補機をつけるために必ず横川では一時停車があり、あの当時の客車は旧型客車だったから扉も手動、のんびりしたものであった。

そんな思い出も含めて、釜飯がうまいと思う歳になったのだな、と思う。
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兵庫県道16号明石宝塚線

今を去ること16年前。
阪神大震災の後、久しぶりにまたバイクに乗り出したころだ。

この県道をよく走った。

要は六甲山の上を東西に横切って走っている道である。

今週の現場はその西の端から北上した辺り。ということで、この道を走っていくことにした。
震災後、この道は各所で大きな崩落事故を起こしており、走ってみたいなと思っても走れない道だった。その思いを晴らそうという心づもりもあった。

西宮の甲山から鷲林寺、西宮北有料道路入り口の盤滝トンネルの入り口が130番のカーブ。うねりながらの道はバイクで走ると楽しい。

途中で芦有道路の分岐が現れる。
すぎると突然、茶店が。
六甲1.jpg

この山並みの最高峰六甲山931b。昔でいう魚屋道の尾根だ。

茶店の中はうどんにカレー。
茶店.jpg

表六甲側の山道から上がってくると、立派な石碑が目に入るという計算だったようだ。
茶店2.jpg

見上げた六甲山。最高峰.jpg

ということで、この県道にはカーブごとに番号札がついているのですが、最後に確認できたのは神戸弘陵高校辺りの5番。

ここまで来ると森林の道、という感覚はなくなってしまいます。
ま、全国広しといえど、「ヒツジの飛び出しに注意」という看板がある道も珍しいでしょう。景色を期待していくのあ、ブッシュが茂っているので、昼間はダメですが。
posted by 曲月斎 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

佐久、と言えば。

かの「信濃の国」では「松本、伊那、佐久、善光寺。四つの平は肥沃の地」と歌われておりまする。
東信・佐久の名物は鯉。

「佐久鯉」の誉れ高く、生命力も強いらしい。
濡れ新聞に包んでおけば、1日くらいは生きているらしい。

今時、鯉といっても「泥臭い」というイメージが強いのでありますが、さすがにこの佐久の鯉は看板というだけ在って本当においしかった。

鯉こく.jpg

東京の人間にとってみると、鯉こくというと、甘みそで煮たみそ汁で甘くておいしいとは思えない、というのが第1感なのですが、全然違いましたね。

そう、ここは信州味噌の産地。赤味噌系でじっくり煮込んだ鯉はなるほどにおいしいし、腹の部分にはしっかり脂ものっているし。鯉というのは本当はうまいものなのだ、というのを知りましたね。

あとは
洗い.jpg
鯉の洗い。山葵醬油という気分ではなく、酢味噌で食べたのですが、和辛子を持ってきてもらってっその辺りを自己調整。

本当は甘露煮もあったのだけど、それは写真なし。

で、佐久はもう一つ。信州味噌発祥の地なのだそうな。市内にある安養寺がその始まりだというのであります(ちなみに長野県味噌工業協同組合では「信濃国筑摩郡(現在の松本市)出身の法燈国師覚心和尚が宋からみその製法を習い帰国後布教のかたわらみその製法も広めたとされている」とあるのでよくは分からない。ま、安養寺はこの和尚さんの遺言で作られたらしいけど)。

で、町おこしのために始まったのが「安養寺らーめん」。
味噌ラーメン.jpg

全国に発信する味噌ラーメンをつくろうというその意気やよし。
小生は
食道園.jpg
この焼き肉屋さんで食べたのでありますが、安養寺チャーシュー麺+カルビ入り。

ここの焼き肉屋さんが適当に庶民的でおいしそうだったのでありますが、今回はラーメンだけで我慢したのでありました。

佐久、味噌と鯉とラーメン。ということであります。
posted by 曲月斎 at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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