2011年05月25日

「日本史再発見」

日本史再発見―理系の視点から (朝日選書) [単行本] / 板倉 聖宣 (著); 朝日新聞 (刊)

個々の数字を元にして推論していく。

この手法は去年ベストセラーになった「デフレの正体」に通じるものがあります(というかこの本の方が先なのだけど)。

前半は車の文化に就いての論考です。なぜ平安時代には牛車の文化がありながら、江戸時代には大八車やベカ車(上方の大八車)が普及しえなかったのか。これは馬借を中心とした既得権益を持つ職業層への幕府の配慮だった、という論考はとても面白いです。
そして車の生産台数を対数グラフで調べ、日、米、韓の比較をする。飛躍的に生産量が伸びる時期は実は世間の常識よりずっと前にその萌芽があるという指摘は興味深いものです。

後半は磐城相馬藩の人口動向をカギに米の収穫高との相関関係の論考。どちらも実数を根拠にしての立論なので、非常に説得力があります。新田開発が行き着くところまで行くと、生産量は頭打ち、まして人口増が止まり、耕作放棄地が生まれる、さらには人口の減少。つまりは労働力の減少につながるわけで、特に後段の人口動向と年貢の増減の考察は、今の少子化社会の問題とも共通するものがあり、ちょっと前の本ですけど、今でも示唆に富んでいると思います。

表題の西南雄藩との比較の部分は少し食い足りないのですけど、それ以外、実数を使って目の前の現象を分析していくという手法は本当に「デフレの正体」と同じ手法で説得力があります。
ちょっと古い本で版元品切れみたいだけど、すこぶる良著。


posted by 曲月斎 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「国鉄列車ダイヤ千一夜―語り継ぎたい鉄道輸送の史実」

再三の事故や事件が起こった組織ほど、その再発に懸命になるもんです。
その点で船舶と鉄道はミスの集大成みたいなものです。
逆の例が今回の原発といえるでしょう。
国鉄列車ダイヤ千一夜―語り継ぎたい鉄道輸送の史実 (交通新聞社新書) [単行本] / 猪口 信 (著); 交通新聞社 (刊)

手痛い犠牲を繰り返すうちに、限られた資源の中でどう鉄道輸送を安全に進め、大量に速く、旅客や荷物を移送するのかというテーマに取り組んだ人々の苦闘の歴史です。

勿論、コンピューターなんてなかった時代の。
線を引くだけの話なら面白くなかったかもしれません。山陽新幹線開業時に想定外の16分の遅れをどう解消するかの工夫や、各鉄道本部ごとの葛藤もあって興味深い。安芸の宮島で全国の担当者があつまって会議をしたというのも時代を感じさせる話です。

ファクスもなかった当時、列車の遅延や運休、臨時列車の増発、運休、貨物列車の運行や回送車の運行などなど、多彩な情報が指令から駅長へそして運転手や駅員にと伝わっていた時代、鉄道電報や鉄道電話が果たしていた役割、各指令が藝のように捌いていたサマを見ると。頭が下がります。

ただ、今日の経済優先の世の中にあって、消えていった急行列車や、時間のかかる長距離列車の復活はぜひ果たして欲しいことであります。かつての京都〜下関(山陰線経由)や新宿〜松本(中央線、篠ノ井線)列車は復活して欲しいですね。これは高齢化社会にニーズにも合っていると思うのですが。
posted by 曲月斎 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「近代ヤクザ肯定論」

山口組を題材にヤクザ稼業100年史みたいな感じの内容。

近代ヤクザ肯定論 山口組の90年 (ちくま文庫) [文庫] / 宮崎 学 (著); 筑摩書房 (刊)

前半は港湾荷役前史から終戦後の混乱から顔役としての存在を確立するまで。

戦後に正業としての港湾荷役業と芸能興行が成功した時代から、海上輸送の形態変化(機械化、コンテナ化)により荷役専門の労務者が不要になっていく、港の革命と同時に、警察というか資本側からの「反社会的勢力」という烙印とともに、表舞台から追放され、地域社会との結びつきを失うのが高度成長期。

バブル経済へ社会が歩み始めると、情報のネットワークを生かしての資本主義社会での「掃除屋」稼業に転身していく様子を描く。そして暴対法、改正暴対法以降の「企業舎弟」からの進化を追う。

ある意味で、「ドロップアウトした人間の受け皿がない」=「セーフティネットのない社会」ということもできる。で今日的な暴力団の存立基盤と、NPOなど簇生する諸団体の発想が類似しているとの指摘は見事だろう。

さらに長年にわたって暴力団への人材供給源として在日朝鮮人や被差別部落民があったが、暴力団の関係まで言及して余すところなし。

裏の社会の論理だけで話を進めるのではなく、西欧の社会学用語や、一般社会の動きとリンクさせてきちんと考察が進められているので、単なる仁俠の本ではないことも、お勧めする理由です。
実によく出来た本です。お勧め!!。
posted by 曲月斎 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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