2011年04月30日

旬。

名古屋である。
蛤.jpg

名古屋といえば、清水口の天ぷら光村。
カウンターで旬の天ぷらを食べる。
これを幸せと言わずして何と言おうか。

尾張と伊勢の境、桑名の蛤。どこの産でもいいんだけどね。
天ぷらにすると、うまみが凝縮される気がする。

稚鮎.jpg
稚鮎。
この時期だから琵琶湖産だろうか。

そろそろ大井川や瀬戸川でも稚鮎の放流が行われたことだろう。
わずか数カ月であんなに大きくなるってのが不思議でならぬ魚である。
成魚もそうだけど、「わた」の苦みが美味いと思う。
塩焼きもいいけど、天ぷらもいい。

以前のように連日通いたいとは思わないけど、久方ぶりに来て幸せ。

味もさることながら、ここの女将を始め、スタッフの気働きのよさが「うまさ」を倍加させているのは言うまでもない(何か、こういう話になると池波風の口調になるのが我ながら滑稽だ)。
posted by 曲月斎 at 21:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

トンビ。

鳶1.jpg
この前の伊豆の現場。
強い海風に乗るのを楽しむようにトンビが舞っていた。

強風だけに、結構低いところまで舞い降りてきて、またフッと空に舞う。
松に鶴、というのがおきまりだけど、松にトンビというのも悪くない取り合わせだ。

鳶2.jpg

現場での作業をそっちのけで、しばらく上を見上げていた。

そういえば和田浦に行けないなあ。
和田浦駅前にはまだトンビが飛んでいるのだろうかなあ。
posted by 曲月斎 at 00:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名古屋・英吉利西屋

入り口.jpg
名古屋である。
この店は通い始めてもう16年になる。

店の場所も2度変わった。
でも店の雰囲気は変わらない。

この店はボトルを流さない。
去年入れたボトルが出迎えてくれた。
DSC_0899.JPG

ここはボトルの名前は未だにダイモ。まだ売っているんですな。

相沢.jpg
スタッフのI君ももう勤続13年だそうだ。
今年35歳、小生が初めてこの店に行った年と同じである。
あれだけ口うるさいマスターの下で、よく務めているものである。
I君もすっかり大人となったもんだ。

牧.jpg
とこうするうちに、マスターのMさんが戻ってきた。
「元気?」と訊くと、「もう膝が痛くて。医者に行っても検査ばかりで……」
とグチが出る。

お勧めは? と訊くと、「最近はうまいウイスキーがなくて……」
またグチである。

蘊蓄と愚痴がない交ぜになって、夜は更けていく。

店内.jpg

ということで、名古屋・栄の英吉利西屋。
店はすでに2度変わっているのだけど、壁の匂いのする店である。

posted by 曲月斎 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

「戦前昭和の社会」

戦前昭和の社会 1926−1945 (講談社現代新書) [新書] / 井上 寿一 (著); 講談社 (刊)

今の世間を見回すと既視感にとらわれる。
いつの風景だったなのか。
それは大正末期から太平洋戦争開戦前までの日本だ。今の姿と瓜二つに見える。

筆者は3点を指摘する。
1にアメリカ化、2に格差社会、3に大衆民主主義である。
3つのキーワードに収斂される種々の現象を点綴していく。

デパート、アパート、映画、モガ・モボの出現、家の光やひとのみち(現PL教団)の出現などなど。
カリスマの出現(戦前に於いては近衛文麿首相誕生)を待ち望む空気。
今の日本はこの段階まで来ている気がする。

もちろん、「日本はなぜ戦争を始めたか」のような政治経済の流れを追ってはいない。
一連の半藤一利の著作のような語り口もない。
山本夏彦の「だれか戦前を知らないか」という本のようなこともない。

あくまでも一覧性、入門篇としての1冊である。
それでも多彩な視点からの昭和初期の案内だ。

今の世上と昭和初期のこの相似形ぶりにある種の危惧を覚えるのは小生だけではあるまい。
posted by 曲月斎 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月21日

田中好子。

C0000205.jpg我が青春のキャンディーズである。

あろうことか、一番年下の田中好子さんが乳癌で他界したという。

img_tanakayoshiko.jpg
何か信じられない心境である。

もちろん、キャンディーズを卒業した後、女優としての活躍はご存じの通り。
「黒い雨」での演技を初め、その持ち味は遺憾なく発揮されてきたと思う。

ただ、どうしてもやはりキャンディーズ時代なのである。
もう4年前の春になるか。後楽園球場跡地で行われたフィルムコンサート。
結局、3人は現れることはなかったけど、こうなってしまうと、姿を見せなかったという3人の決断は見事だったとしかいいようがない。

ひそかな期待、だったのだが。
解散して50年過ぎたころには、年に1度、「年忘れ日本の歌」辺りに出演しないかな、と思っていたんだけどな。
20110101.jpg

ちなみに、ご自身のhpに掲載していた今年の年賀状。
今年はあのフィルムコンサートの時に配られたIDカードをお守り代わりに持ち歩こうかな。

posted by 曲月斎 at 23:17| Comment(3) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サクラ、咲く

桜.jpg
朝、箱根を出るときに投宿先の庭にあったサクラ。
仙石原なので、少し寒い。
だから盛りも今なのかと納得。

その後、東伊豆の現場に移動。
附言.jpg
ここではちょっと変わり種のサクラ。ソメイヨシノはもう葉桜になっていたけど、花びらの芯が少し黄緑色になったサクラが今を盛り。そう、大阪・造幣局の通り抜けももう終わったのかな。

八重.jpg
八重は今が盛り。横浜ではソメイヨシノより先に八重が咲いていたけど、伊豆では予定通り。
伊豆では桜餅をくるむのに使うサクラの葉の塩漬けが特産だったはず。

あと、版画の版木として「伊豆の潮桜」とか言って、硬くて摩滅しにくいので珍重されていたとかいう話を聞いたことがある。

伊豆の桜、今年の見納めかな。
posted by 曲月斎 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱根は霧雨。

箱根.jpg
箱根・仙石原である。
朝は小雨。
木立が雨に煙る。

箱根2.jpg
これじゃ山越えの道もガスでいっぱい、かな。

通れるのだろうかね。
posted by 曲月斎 at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日没閉門。

白南風や日没閉門熊本城

内田百ケン先生の句である。
今や、日没閉門かどうかは存じないが、
熊本城1.jpg
遠く見上げるとサーチライトに照らされて、結構遠くから見える。

聞いてみると、「本丸の御殿が出来てからですねえ、お城がよう見えんようになったとですよ」という。
御殿.jpg
天守閣に上がっていくと、この本丸御殿がある。

御殿3.jpg

石垣の間にしつらえられた通路を抜けると、この御殿である。

見せ場はなんと言っても長い長い座敷。
身分に応じて一番奥の殿様のいる部屋まで見通すとこうなる。
御殿2.jpg

障壁画は一番奥だけしか復元されていないが、この白地のふすま、板戸は却って潔い。
建屋の復元は着々と進んでいるようだが、西南戦争の折には薩摩軍の猛攻に耐え抜いた名城。
どんな姿になるのだろう。

変わらぬものは、熊本城1.jpg
扇の勾配と言われた石垣、だろう。

石垣の風情だけでも見物に行くのに値打ちである。
posted by 曲月斎 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱根である。

今夜は箱根・仙石原。

宮ノ下の富士屋ホテルの前を真っすぐ、箱根裏街道に入って宮城野から仙石原、である。

自動車の運転を覚えたのが、志太榛原だった所為なのか。
高速道路でぶっ飛ばすことにはまったく快感を覚えないが、国道1号のうち続くカーブをハンドルさばきで切り回していくのは実に気持ちがいい。

たかが1300tであるが、下手な車よりもずっと速く抜けられる腕は川根筋で磨いたものだ。

秘訣は左カーブはアウトサイドイン、右カーブは視線を常にカーブの出口へ。
バイクと一緒で人間、見た方向にしか走っていかないものらしい。

さて、今宵の宿。何とも静かなものである。
同宿は2人連れに、1人客がいるだけ。どこかで給湯管の音がする。
posted by 曲月斎 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1年ぶりの邂逅。

1年ぶりの熊本であった。

去年、日曜日に飯を食いに出かけるところの思案に暮れていた時、ホテルのフロントに紹介してもらったのがこの店。

とく一.jpg
「とく一。」である。

初日の晩は熊本名産の米焼酎の試飲会で店内の1卓では、7種類くらいの焼酎を並べて、どれがおいしいですかという。しかも供された杯は底の尖った「べく杯」。卓に置くことができない仕掛けのものだ。結局、試飲だけでいい加減酔ってしまったのだが、肥後熊本である。
やはり、馬、である。
馬刺.jpg
馬刺しといっても、ロース、赤身、ひも(肋間の肉)とあり、どれも侮りがたい。
ただ、個人的には、ひもが一番おいしかった。
肥後熊本である。
ここは内臓系を食べなくてはいけない。
肉はお江戸でも食べられるが、ホルモン系はそうはいかない。

ホルモン.jpg

ということで盛り合わせ。
自分ではこういうことで、動脈硬化が進むのかもしれないのだが、大動脈が一番おいしかった。
こういうのは皮肉としか言いようがないですな。

肥後熊本である。
蓮根.jpg
やはり辛子蓮根。
揚げたてを出してくれるのだが、白みそと辛子の具合が非常に結構である。

この店のカウンターで、一人客の小生を相手してくれた板前さんが、店長に出世していた。

何でも本店は仕出屋さんだそうで、熊本市内に何軒か展開しているよし。
藤崎宮の近くに「馬骨ラーメン」の店を出したそうで、この店を彼が任されることになったそうだ。

実に気っ風のいい男で、彼の後を継いで板前に立つ青年も気持ちがいい。

1年ぶりに邂逅。
人生うたた転変。若い人が素晴らしく変わっているのに出会うのは実に楽しい。
男子1日遭わざれば刮目して相待つべし、か。
posted by 曲月斎 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

「あの戦争と日本人」

あの戦争と日本人 [単行本] / 半藤 一利 (著); 文藝春秋 (刊)
幕末から日清、日露の両戦役を経て太平洋戦争に突入していく日本。

「坂の上の雲」を目指していたはずの國が夜郎自大に陥っていくのは承知の通りです。
その路線に舵を切っていく時の力として、司馬遼太郎は軍部の「統帥権」を「魔法の杖」と呼びました。

しかし、半藤はこの視点を掘り下げて、「軍部大臣現役武官制」「帷幄上奏権」の2つにスポットを当てています。

統帥権は天皇の大権とされた一方、軍部大臣現役武官制は軍部が気に入らない施策を行おうとする、あるいは意向に反する内閣ならば陸、海軍は大臣を辞任させ、あるいは組閣の際に選出を拒めば、内閣は総辞職に陥るか、組閣の大命を返上するしかなくなる―ということです。

帷幄奏上権も本来は有事の際の制度であったはずが、参謀本部や軍令部は天皇に直接裁可を仰げば、彼らの上司であるはずの陸海軍大臣にも事後報告で可、総理大臣にはその後、各大臣から報告すればいいとする制度です。軍部の思うこと通りにことを運ぶのには実に便利な手段です。

統帥権のみならず、計3振りの宝刀は実に有効とよくわかります。

ただ、筆者は文官の浮かれも指摘しています。
日中戦争のさなか、ドイツを仲介とする和平工作に、参謀本部は乗り気ながら、折しも南京陥落のころ。
内閣の側が強気になって、この和平工作は瓦解します(いわゆる近衛内閣の「国民党政府は交渉相手とせず」っていう声明を出したころですな)

軍部は日本の国民、多くの無辜の民を巻き込んでの惨禍を招いた一義的な責任があるにせよ、その裏で文官も、軍部の力をこざかしく利用しようとたくらみ、自身の墓穴を掘った歴史があったことがよく分かります。

昔陸軍、今国家公務員上級職、なのかな。
ともあれ、語り下ろしなので文章は平易だし、日本史の授業でスルリと通り過ぎてしまうような事項が実は大切だったということを教えてくれる本です。戦争への軌道を顧みる上で、すてきな1冊です。
posted by 曲月斎 at 10:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

某月某日。

某日。
先週の仕事先は熊本。1年ぶりだった。
泊まったのは3年連続して市内のホテル。
ここのスタッフはいつも気持ちがいいので足が向かう。

某日。
熊本から戻って定例の月曜会。
畏友のI君との飲み会である。
会場はいつもの通り、野毛の若竹。

そこで飛んだ展開が待っていた。
というのは、女将が「荷物が届いたから」といって取り出してきたのは大ぶりのタケノコ。
送り主は友達の友達だそうで、そのタケノコは藤枝から届いたもの。

上げるよ、と言われても……。なんだけど藤枝、しかも岡部のタケノコと聞いて、ちょっと懐かしくなってしまった。じゃ、といって2本分けてもらったのだが。

タケノコは一時でも早く処理をしないとアクが強くなる。
呑んで帰って、寸胴鍋、である。

切り方くらいは承知しているが湯がいたことはない。
糠と鷹の爪をぶち込み、鍋の寸法に合わない部分は適当に切り分け、ゆで始めた。

ゆで始めてからガイドブックを読み直す。
書棚で手を伸ばしたのは
料理歳時記 (中公文庫) [文庫] / 辰巳 浜子 (著); 中央公論新社 (刊)
春の章、タケノコの項をひっくり返すと、京都のタケノコがおいしくて、住まいの鎌倉のモノもなかなかにいい、といった話が続いて、料理の解説部分はさらっとのみ。そう、この人はこういうツボだけを書く人であった。

次に開いたのが
料理のお手本 (中公文庫―BIBLIO (B18-24)) [文庫] / 辻 嘉一 (著); 中央公論新社 (刊)
辻留の主人の書いた1冊。これにも「糠と鷹の爪を入れて湯がいたらいい」としか書いてない。
でもそんなことはそっちのけで、久しぶりに読みふけってしまった。

とこうする内に、沸いてきたので落とし蓋代わりに皿を沈め、弱火でコトコト。3時間も煮て、あとは放っておけばいいだろう。朝になって少し削って食べたら、十分に柔らかく、アクも抜けていた。

死んだばあちゃんが「馬丁が馬をもらったようなもんだ」と分不相応なお荷物のことを言ったが、そんな気分。でもタケノコはおいしそうに湯がけたので吉とすべきか。

某日。
リステリンを吹きかけてしまい、PCを壊してしまった。
養生をして、再起動してみると、HDDは無事のようだが、液晶のバックライトが壊れたみたいで、使い物にはならぬ。仕方ないので、HDDだけ外しておいたのだが。さて、どうしたモノか。忙しいので新しいPCを買って遣えるように仕立て直すのも面倒だし。
遣っていない液晶モニターでもつなげてみるか……。
posted by 曲月斎 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月12日

「能ナビ」

能ナビ ~誰も教えてくれなかった能の見方~ [単行本] / 渡辺 保 (著); マガジンハウス (刊)
今までにない能の解説書でしょう。

能を昔ながらにただ上演するのではなく、演劇として見直すという立場は、第2次大戦後に観世寿夫が提唱して以来の考え方です。

ただ、現実に能を取り囲む書き手にはその立場は本当に理解されていたのか。
どこかで「お能拝見」の気風が尾っぽとして残ってきた気がします。

その点、渡辺のこの本は、歌舞伎や浄瑠璃、あるいは現代演劇に至るまでの幅広い他の演劇の見聞が生きています。
そしてテキスト(能本)の読み込みに依って生まれる見識などを具体的に案内してくれるています。
総合藝術という謳い文句に踊っているばかりで、感じること、観ることが難しくなってしまいがちな能を芝居として読み解いています。

文章は「渡辺節」なのですけど、自身が能ににじり寄っていった軌跡が生きています。最初は自分も稽古事として踏み込み、能評を書くようになって観る能、そして喜多流の名手・友枝喜久夫に出会い、私淑し、傾倒した日々。筆者の経験が初心者にも、あるいは能に親しんできた者にも新鮮に映ります。

専門用語を遣うと、とかく衒学的になりがちなのですが、遣わない解説は明快にドラマを分解してくれます。ここまで新鮮な解釈を見せられれば、能作者の世阿弥や元雅、金春禅竹、観世小次郎信光も泉下で喜んでいるのではないでしょうか。
posted by 曲月斎 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 三間四方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

ベーコンエッグピザ@曙町・アポロ

サンド.jpg
世の中にベーコンエッグサンドというのは見掛ける機会は多いだろう。

もちろん、アポロの豊富なフードメニューの一つとして、存在しているのである。

ベーコンの厚切りは実は美味い。
おまけに半熟の目玉焼きは美味い。
美味いの2乗であるから、ホットサンドとしては傑物である。

だが、この店の面白いところは「展開してはどうか」という探求心にある。

ベーコンエッグピザ.jpg

ここに上げたのは「ベーコンエッグピザ」である。

周囲には角切りのベーコンがちりばめられ、真ん中に目玉焼きがのっかっているのである。
チーズの焦げ具合、また粗挽き胡椒の風味、いずれもよろしく、ピザとしては逸品である。

先に取り上げた「ハンバーグピザ」も大した発想であるけど、このひと品もなかなかに侮りがたい。

発想力の豊かさには敬意を表するばかりである。
posted by 曲月斎 at 19:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

総帆展帆

日本丸.jpg
みなとみらいまで用事で出掛けたらちょうど、日本丸では総帆展帆。
帆をいっぱいに広げておりました。

畳む準備に入ろうかという頃合いだったみたいでしたがね。

帆.jpg
桜木町からの動く歩道(今は節電のため動かない歩道)から見ると、なかなかに優美なものです。
大岡川には何隻か、小舟が出ていましたけど、あれはサクラ見物の船ですかね。

用事を済ませて戻ってみると、もう帆は畳んだ後でした。

横浜らしい春の景色です。

ところで、カメラのいいのを持っている人が多いですな。
そんないいカメラを遣って何を撮るの? と聞きたくなるくらいの。

うららか、という感じです。
posted by 曲月斎 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シドニー・ルメット

映画監督のシドニー・ルメット氏が死去したそうだ。

十二人の怒れる男 [DVD] / ヘンリー・フォンダ, マーティン・バルサム, リー・J・コップ, エド・ベグリー, E・G・マーシャル (出演); シドニー・ルメット (監督)
が代表作になるのだろう。

ふと気が付いたのだが、この人は12人で裁くというプロットが好きだったのかもしれない。
というのは個人的には代表作だと思う、「オリエント急行の殺人」オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] / アルバート・フィニー, ローレン・バコール, イングリッド・バーグマン, ジャクリーン・ビセット, ショーン・コネリー (出演); シドニー・ルメット (監督)
も同じテーマである。

ともあれ、享年86歳。ご冥福を祈りたい。
posted by 曲月斎 at 02:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

嗚呼、海員閣。

中華街は海員閣である。

いつも観光客が行列をしている上に、連れではいれば調理場が面倒なので同じモノを注文しろといった物言いの付く客あしらいの粗放さから、敬遠していた。
味はといえば、もちろん愛して已まない昔ながらの支那料理の味なのだけど。

叉焼麺.jpg
数日前の昼下がり、露地を歩いていると、海員閣が店を開けていた。なおかつ客がいない。これは好機とばかり、店に入った。

2階では宴会をしていたようだ。
1階はテーブルが3卓。4人掛け2、円卓1。文句を言わず相席にするための便法だ。調理場との境の壁には真っ赤に塗りたくった仏壇がある。中華街ではあちこちで見掛けたけど、今でものこっているのは安記、清風楼、そしてここくらいかな。徳記にもあったかもしれない。

注文したのは叉焼麵。きちんとたぶん自分のところで焼いた叉焼が旨い。熱くて、外側は香ばしく、香料も利いていて、肉汁も十分にある。麵は昔ながらの細いもの。素っ気ない丼の表面だが、麵、スープとよく相和して申し分ない。

焼売.jpg
そういえば、焼売もあるようだ。1皿頼む。ただこちらは行った時間も時間だった所為か、蒸しすぎて皮がグズグズ。4個のうち、3個は半分、蒸し肉団子状態だった。しかも皮の破片が小皿の片隅に追いやられていたのは悲しい。中身には大きなエビの切り身入り。そういえば海員閣はまだエビが高価だった時代から、エビをふんだんに使うことで人気を集めた店だった。

たぶん30年ぶりに行った店。全然変わっていないことを確認し、味もまずまずと思う。安いのもよろしい。またタイミングが合えば、はいってみるに如かず。
posted by 曲月斎 at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「大日本地名辞書」

001-s.jpg
「工具書」という言い方があるのを最近知った。
要は図書館でいうレファレンスである。
この本を見れば、こういうことが分かるであろう、という手がかりにする本のたぐいを言う。

この写真にかかげた本はその類である。
1900年に刊行が始まって初版が完結したのが1907年。日本の六十余州の地名をくまなく拾い、それを整理しようという意図で作られた日本で初の本といっていい。
その後、大正、昭和と版を改めつつ、繰り返し刊行され、一番近いものは1969〜71年に刊行された8冊本。

その1巻目は推薦文と索引が大半を占めるという珍しい構成。2巻以下は第二巻:上方(京都府、奈良県、大阪府、滋賀県、三重県、和歌山県、兵庫県)、第三巻:中国・四国(京都府、兵庫県、岡山県、鳥取県、島根県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県)、第四巻:西国(大分県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県)、第五巻:北国・東国(福井県、石川県、冨山県、新潟県、岐阜県、愛知県、長野県、山梨県[神奈川県]、静岡県[東京都])、第六巻:坂東(神奈川県、東京都、埼玉県、千葉県、群馬県、栃木県、茨城県)、第七巻:奥羽(福島県、宮城県、岩手県、山形県、秋田県、青森県)、第八巻:(続編)北海道・樺太・琉球・台湾(北海道、沖縄県、鹿児島県)。

確かにこの本を嚆矢としてその後の日本の地誌研究は大きく進んだのは事実で、その点でも記念碑的な本です。国語辞典という範疇の中で、同じ冨山房を版元に発行された「言海」(今はちくま学術文庫で見られます)と似たような立場かもしれません。

こういう本は通読する本ではありませんが、つい欲しくなってしまう範疇のなのです。

ちなみに今回ももちろん古本ですが、図書館の除籍本でした。収納印とかは丹念に消してあるのですが、印影をよく見ると「文部省の補助金で購入した本である」という判子と「明治大学図書館」みたいな文字が見えます。そんな来歴なのでしょう。

本の来歴はさておき、こういう本を買うと、次にどこへ流していくのがいいのか。たぶん、造本はすこぶる丈夫なので、私の命以上に生命を持つでしょう。本とは本来、そういうものなのですから。

本の山を見ながら、そんなことを考えています。
posted by 曲月斎 at 03:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

消えていた風景。

UDEwMTA1NzGw8Q.JPG

仕事場にいるアルバイト君は、母校の後輩である。

母校といっても1学年に4〜5万人もいるから、年数を乗ずればどうなるか分からぬくらいの人の群れの中の1人であって、特に感慨はない。

ただ、彼が持っているダイアリーが気になった。現役のころ、こんなものをもらっていた記憶はない。今はサービスがよろしく、大学だというのに保護者説明会はあるし、成績表は親元に送ってくれるらしいし。至れり尽くせり、か。

パラパラっと見せてもらうと、要は日程管理帖なのであるけど、その後ろにはキャンパスライフの手引きがついている。

一番最初の方の項目にあったのが「引用と剽窃」
学生諸氏の「コピー&ペースト」にセンセイ方は悩んでいると聞くが、こういう戒めが学生の手帖に載るのだから、確かにそういうこともありはするらむ。

久々に母校のHPをいじっていたら、戸山校舎の象徴のような「国連ビル」が姿を消していた。
MzNnb3VrYW5fMX6u.JPG
メタセコイアの並木の坂を見上げると、横と縦に建物が建っていて、縦の方が文学部研究室棟。
とはいえ、8畳ほどの部屋に教授、助教授3人くらい同居しているのが当たり前で、風が吹くと揺れた。確か霞が関ビルが建つまでは山手線内では一番高い建物だったはず。

でも、耐震強度不足で取り壊しになったそうだ。
建物の主であるセンセイ方は新しいビルにもう移った方もいるだろうけど。

数日前、神戸女学院大を退職した内田樹氏がこんなことをつぶやいていた。
「退職お祝いのお言葉次々ありがとうございます。ご飯のあと、中庭を歩いて噴水のところでふとあたりを見回したら、21年前と寸分も景色が違わないことに気づきました。いいなあ。学校というのは「変化しない方が人を幸福にすることが多い」稀有の制度ですね」

私事ながらもう、親しんだ戸山のキャンパスには懐かしさを覚える建物はない。
すでに小学校は建て替え済み。
中、高ももうすぐ建て替え工事にはいるそうだ。

心の中の風景、か。
posted by 曲月斎 at 18:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嗚呼、冷蔵庫。

後輩のO君から電話があった。
この春、彼は名古屋から福岡に転勤したのだが、その後の消息が気になっていた。

元気で引っ越したらしい。
希代の蔵書家で、彼は速読の達人であるから、積ん読なんてことはない人なのだが、今回は思い切って本を処分した由。「ぎっくり腰がありますから」と言う。
確かに本は腰にはよくない。

でも、それは引っ越しの時で、彼は日夜本の山を何かトレーニングのために詰め替えるようなことをしていたのだろうか。確かに腰にはよくないと思うが。

で、一件ご報告が、という

小生が大阪で一人暮らしを始めた時に購ったNECの冷蔵庫。たしか1991年の春ごろに購入したものだったと思う。西宮に転居するときに、松江に赴任するO君に献納したのだが、これが1992年。爾来、かれはこの機械をためつすがめつ、愛用していてくれたらしい。

製造元のNECなどはもうとっくに冷蔵庫なんて作っていないというのに。
seeyou.gif
HPにはこんな絵が掲載されているばかり。
Webで調べたら、NECホームエレクトリニクスという会社自体もなくなっているようで、冷蔵庫は平成10年(1998年)に製造を中止しているという話だ。

かれこれ20年もよく持たせてくれたものと思う。
「冷蔵庫の側面に紙が貼ってあるんで、何かと思ったら配送伝票でしたわ」とO君。

ここまで物持ちよく、遣って頂いたことに改めて感謝したい。
posted by 曲月斎 at 16:01| Comment(3) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする