2011年02月27日

50ミリ単焦点レンズ。

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愛用のD700用にこのレンズを買った。
50mm f1.8。どうということのない標準レンズなのだが、厚みが薄い。39mmなのである。

D700のレンズキットではざっと100mmの厚みがある。24〜120mmのズーム。遣い勝手は悪くない。でも肩から下げて、街を歩いていると、ゴチゴチとあちこちに当たる気がする。その点、このレンズは薄い。product_01.png

その昔、先輩でIさんという方がいた。
元カメラマンなので、どこへ行くにも、ひょいとカメラを肩に下げて出掛ける。Iさんが当時、ひょい出の時に遣っていたのはやはり薄手の50mmだった。時に小さいということは便利なことなのである。

それと。
もはや気合でしかないのだけど、広角ズームを買ってしまった。
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17〜35mm。

去年、或場所で本職の方が遣っているのをみて、こりゃいいなぁ、と思案を続けていたのであります。広角ってのを買ったのは、タンザニアに初めて行くときにかった24ミリ。終わって帰ってきたら写真が全部ヨコ位置の構図になっていて、どうしようもなかったのを思い出す。

posted by 曲月斎 at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福富町・クライスラー

老舗のバーはなぜ、階段を上がった2階にあるのだろう。

福富町。その名も高きクライスラーである。
創業1950年。ってことはまだ、飛行場のあったころ?
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バックラックはすべて、インドネシア土産の彫刻というか、タンザニア土産の彫刻というか、そういう細工のもので埋め尽くされている。重厚というか、いつごろ成立したものなのだろうかという疑問とか。天井が高い。普通の店の1・5倍はある。天井はコースターであったり、酒瓶のラベルであったり、あまたのもので埋め尽くされ、壁面には各メーカーのトレー。奥を見やれば、巴里、羅馬、倫敦、紐育、布哇の時計が並ぶ。今様なら米西海岸やモスクワ、北京、コルカタ辺りの時間も欲しいところだが。で奥の壁に奉納額のように威風を払っているのが、メニュー。すでにこの世にはない三楽オーシャンの銘柄がならぶ。これが約3分の1。すべて彫刻なのだが、すでになくなった銘柄は空白になっている。そう、同社の銘柄でブランデー部門には「大黒」というのもありました。
店の右手奥は陶器ボトルで埋め尽くし、カウンターの向かい側はミニボトルで埋め尽くし。トイレもボトルのラベルで埋め尽くし。

店の意匠はすべて「埋め尽くし」である。

で、オーシャンの軽井沢のハイボールとジンフィズを頼む。まずまずの味。ピザが名物だそうだが、豚パパの後、次回の注文とすることにした。
posted by 曲月斎 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福富町・豚パパ本店

サムギョプサル。
なんと甘美な響きであろう。

最初に食べたのは新大久保の店であった。
韓国から来た女性が1人で切り盛りする店で、炭火の上で焼くスタイル。
あの店でエゴマの葉っぱをたべることを覚えた。
この店はその後、浅草橋に移ったのだが、今はどうしているだろう。

そんな感懐を抱きつつ、福富町に出掛けたのであった。豚パパである。「トンパパ」と読む。「ブタパパ」ではない。
黄色い看板がイヤでも目立つ。人通りのとぎれがちな時間ではあったが、店の中はみるみる満員になっていった。

さて、問題のサムギョプサルである。
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なんと肉が適切に厚いことよ。そしてこの店は石板の上で焼くスタイル。店員がきれいに肉から出るアクを拭い、きれいに焼き上げてくれる。鍋の上には古漬けのキムチとニンニク。
テーブルには付きだし(この日はヒジキの煮物、厚揚げの煮物、ダイコンの漬物、ズッキーニの焼き物)が出、キャベツの千切りが出、サンチュとエゴマの葉、薬味のネギと並ぶ。これですでにハッピーである。
この手の料理は初めてという友人のために、店員に模範例を示してもらったのだが、
途中から友人は千切りキャベツと一緒に食べるという方法を編み出した。

一方、小生は頼んで生ニンニク、青トウガラシを持ってきてもらい、エゴマの葉っぱにくるんでたべた。
ちなみにロースやハラミも頼んでみたが、やはり三段バラに勝る味ではなかったように思う。

店員さんは数人いたのだが、1人は京畿道、1人は済州道の出だそうで、どちらも若くて精悍。1人は日本語を今年中にマスターして、来年には大学受験を目指すそうな。
店内にいる同年代の日本人の顔を見ていると、顔の「しまり」が違う気がする。

店員の応対が気持ちよくて、なおかつ料理もうまい。本当によい店であった。
店を教えてくれた知人に感謝。

でもそういえばこの前、曙町からの帰り、畏友と露地をのぞき込んだ時、「豚パパだって。ちょっと良さそうだよ。今度来てみようか」と会話したのを思い出した。こちらはこの本店の支店のよし。ご縁があったのであろう。
posted by 曲月斎 at 13:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月23日

もう4年。

四国遍路を果たしてもう4年になる。

バイクで廻ったあの道中。なぜか雨のシーンばかり思い出す。
徳島の阿南から日和佐、室戸まで、高知の窪川から足摺、宿毛まで。札所でいえば、22〜24番、37〜39番。いずれも札所の間隔が長い区間ではあるのだが。

あの時、物に拘らず、煩わされず、執着しないような気分になったのだけど、また濁世にすっかりなじんでしまった今日このごろである。

来月は仕事で高知に行く予定。何かあの地の空気を吸ってくると、少しはリフレッシュするものがあるかもしれない。
posted by 曲月斎 at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

某月某日。

某日。
南青山で、昨年暮れに逝去した野村万之介師の偲ぶ会。
会場は結婚式なら着席で70人ほどのスペースに無慮300人はいただろう。

正面の祭壇の上手に万作、万斎親子、下手に石田幸雄や野村四郎ら。式場には亀井忠雄、山本東次郎師や茂山の方々のカオも見えたが、本当に年輪を重ねたんだなぁと思う。

偲ぶ会の終わりの方で、万作が謝辞を述べた。
故人の生い立ちや修業、私生活に及んだのであるが、かいつまんで。

空襲(4月13日かもしれない)の折、万之介の手を引いて防空壕に逃げた話。
当日は兄は勤労動員、母は在所に用事で出掛け、四郎や妹連は学童疎開。家に残っていたのは六世万蔵とこの2人だったという話だ。「隣の老夫婦と悟郎の手を引いて、そう、山手線が田端から大きく曲がっていく辺りの左手に、今はコンクリートの壁になっているところがあるんですが、そこにいくつも洞穴がありまして、そこへ弟と一緒に逃げ込んだのですが、火の粉がポタポタ落ちてくるし、もし上中里まで火が回っていたら、助からなかったでしょうなあ。焼け跡には父が1人で立っていて。」

そして藝の話。
「何をやっているんだろうと思った時期もあったのですが、この何年か、本当にいい役者になったなあ、と思っていました。それはアドが佳かったんですね。例えば萬斎を相手に『悪太郎』をやる。その時、『怖い怖い』という台詞があるんですが、これが実にいい。いいアドになったといったら本人は不満そうな顔をしていましたが、それから遠い曲をやったり、本当に飄々としたというか、そういうのが実際の年齢と合ってきたんでしょう。もう少し一緒に舞台に立ちたかったと思うのですが。普通、家族がいる、弟子がいると背負うものがあるんですが、弟にはそれがなかった。子供も居ないし、プロの弟子は1人も取らなかった。そういう身軽さがあの飄々とした味につながったのではないかと思います」

この会には長兄の萬は欠席。万作が「兄は能楽協会の理事長できょうは京都に所用で出掛けるので出られないとの連絡がありました」と断りを入れた。

この後、鉢叩の小謡が献じられたのだが、鉢叩はやはり山本とか茂山の藝だなあ、と思うのであった。必要以上に小節がくるくる回るのは、この曲には合わない気がした。

さて。何より驚いたことを最後に。
式の冒頭、故人に1分間の黙禱がささげられたのだが、舞台上手で野村萬斎の姿だけが不思議に見えた(黙禱してるのに見えるかって? つい商売がらか、ココロの中では祈りを捧げつつ、辺りを見回してしまうんですな)。というのは首の関節をコキッと曲げて顎を引くような格好。でも背筋はピント伸びた儘なんですな。むしろ胸を張っているようにさえ見えた。その横の万作はきちんと頭を垂れるという形だったのだけど、あの黙禱の姿は何とも不思議でござった。

某日。
会社に出勤していると、総務部門の方が来て「勤続20年の旅行券です」という。
たしか以前は勤続10年、25年か何かの記念品だったと記憶するが、あの時も遣い切れずに、課税対象となった記憶がある。
中を明けてみると×万円の旅行券。中に遣った日付と遣った場所の認め印をもらう紙が付されていて、1年後までに使い切ってこの用紙を提出することになっているらしい。
別に20年経ったから、旅行に行くというものではないのだろうが。
課税対象とされるのもヘンだし、さてどうしたらいいのだろう。

一案。京都の俵屋、炭屋、柊屋のどれかで豪快に遣ってしまう……。何か小市民だなあ。
posted by 曲月斎 at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

「東京物語」

東京物語 (集英社文庫) [文庫] / 奥田 英朗 (著); 集英社 (刊)
青春小説というと、集英社、というイメージがあるのはなぜだろう。原田宗彦のエッセーを数多くだしていたからだろうか。

余談はさておき、短編小説集という体裁だが、完全に主人公は作者自身。中京圏から上京して駿河台の大学の文学部に入ってから、仕事をしている20代最後までの話。

いずれもキーになっているのは日付や歌にまつわる思い出が基調低音に流れているので、たぶん、読者も独善的になりやすい青春記ながら、何とか伴走してくれるだろう。1作目。すでに大学を中退して働き始めていた1980年12月9日。そうジョン・レノンの暗殺されたことが報じられた日です。思い出の曲をふと口ずさみながら、仕事に追われる主人公がいる。2作目。1978年4月4日。そうあのキャンディーズ(宝くじの森三中ではない)が引退コンサートを後楽園球場で開いた日。上京したばかりの主人公はあちこちと歩き回ったあげくに、後楽園に引き寄せられていく。3作目 1979年6月2日。巨人に強行入団した江川の初登板日。筆者が所属する演劇部での出来事、あの当時の演劇系のサークルは「ドラマツルギー」とか、状況劇場とか、早稲田小劇場、赤テント、黒テントの残党、鈴木忠志、筆者以上に変な方向に連想が連なる。そう、あのとき私は若かった。などなど、見てきたものに即感動し、感化されていくのであった。配列が妙、で最後はバブル崩壊前夜の物語。1989年11月10日。ベルリンの壁崩壊の日に京王プラザHでやった仲間内の宴会の話で締めくくられる。

携帯電話のない時代。電話も下宿なら「呼び出し」だった時代。PCのない時代。でも時間だけはあって、矢鱈に麻雀とか、不要不急のことに熱中した時代。その時代の記憶を持つものにとって、あるキーを提示されると、作者の語る世界と同時に「あのとき自分は……」スイッチが入って、別の読みが始まる。同世代作家ものを読む時の幸せ感だろう。ただ、それは後世には単なる風俗スケッチの掌編に成り下がるのだが。

作者は1959年、岐阜生まれ。原田宗典もそうだったけど、同世代というのはどうも安易に共感してしまうのであった。

しかし、森三中の宝くじのCM。時期といい、見事というべきか、無残というべきか……。G20110217000263780_view.jpg



あのシーンも腹が使えて屈めていない……。ネット上での情報では「怒られるのは当然です」と当人らも言っているが、そういう問題じゃないんだよな。でも大体、宝くじのCMに反応する層がそこまで高齢化しているということなのだろうか。
posted by 曲月斎 at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

東京りんかい線。

大井町から初めて乗ってみた。

大井町では深い深い地下を走って居るんですな。
そして、国際展示場前(というか、新交通の有明駅前)辺りで地上に出るんですな。

不思議な感じがしたし、あの辺りというのは妙に清々していて、余り湿気を感じない街ですな。

帰りですか。もちろん。
新交通システムの方に乗って帰ってきました。
景色がきれいだしね。

そういえばお台場のフジテレビの前の海面で、昔、ボードセーリングとかやっていたけど、ああいう酔狂なことは今やだれもしないんでしょうなあ。

posted by 曲月斎 at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大人食いの一夜。

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土曜日。
知己と焼き肉に行かないか、という話になった。

もちろん、南京街の京城苑が第1案だったのだが、こっちの目指す時間には満席だという。
仕方ない。次善の策を考えねば。

ということで、ふと浮かんだのが、蓬萊町の「みらく」だった。

吉田中の脇、町の景色にとけ込んで店はあった。
ドアを開けると煙もうもう、満席だった。
でも、すぐに出そうな客がいたので、外でしばし待つ。

この店を示唆してくれた知り合いが「上ロースがうまい」と記述していたのを思い出し、上ロース2、ヒレ1、タン1でスタート。

メニューに1人前1800円とあるので、ひるんでいたのだが、ヒレがうまい。
脂身が多すぎず、焼いても硬直しない肉質のよろしさ。感動ものである。

もちろん、上ロースをチシャに巻いて食べるのも絶妙。

ちょっとつけたれが甘口なのは気になったが、ヤンニンジャンに浸けて食べればいいことだ。

不思議なもので「××円くらいで収まるだろう」と腹が決まると、一途に焼き肉に立ち向かえる。ということで、ヒレを連呼し、最後は冷麵とコムタンスープ。すっかり満腹してしまった。

この店は「ハラミ」はない。でもそれを補ってあまりある、肉のうまさである。
肉を食っただけで満腹感を抱けるという店はそうない。

会計の後、お姉さんに「たくさん食べて頂きました。カオを忘れないうちにまたきて下さいね」と言われ、これはと又、肩に力が入るのであった。
posted by 曲月斎 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

二番煎じ。

きょうも行ってしまった。スープストックトーキョー。

目当てのスープは目の前で品切れ。仕方なく別の2品を選ぶ。
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東京ボルシチ
じっくりと炒めた玉葱のジューシーな甘みと牛肉のおいしさが溢れる、洋食仕立ての飴色のスープです。レモンとヨーグルトを添えて、すっきりと仕上げました。

こちらは定番、ま、仕方ナシの選択。

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生姜入り7種の野菜の和風スープ
生姜、玉葱、長ネギ、キャベツ、人参、ごぼう、水菜等を入れた滋養味溢れる一品。和風だしの旨みと生姜の風味が口の中で広がる体が温まるスープです。

こちらはショウガ風味がきつい。ちょっとゴメンね、と言う感じ。

ま、ともあれ、少し嵌っています。ちょうどお腹の具合もいいしねえ。
posted by 曲月斎 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スープストックトウキョウ@京急品川駅

きょうは品川でお仕事。
高輪側だったので京急で出掛ける。
蒲田付近の高架が完成した所為か、京急川崎〜京急蒲田〜京急品川と実に快速の名にふさわしい走りっぷりだ。

平行して走るJRは地上を走っているので周囲の見晴らしが利かないが、京急は眺望も素晴らしい。こんな所に東邦大学ってあったよな、とか、池上辺りの丘陵を眺めつつ疾走する車中。快適である。

で、昼飯を食べていなかったので、品川駅で立ち食いソバでも、と思ったら、なんと記憶の場所(間違っているかも知れないけど)はスープストックトウキョウになっていた。

硝子張りの店内、こぎれいなカウンター。駅ソバの対極である。
一碗のスープでも、と思ってはいったらライスセットなるものあり。
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海老と豆腐の淡雪スープ
豆腐と卵白が雪景色を連想させる冬限定のスープです。すりつぶした海老の旨みと玉葱のやさしい甘さが溶け込んだ、ごま油香る中華風仕立て。


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野菜と鶏肉のトマトシチュー
トマトの酸味をミルクでまろやかに仕立てた、さっぱり・クリーミーなシチューです。鶏肉も食べ応え十分。

の2種とライスを選ぶ。

白い方は塩加減がきつめ、スープをおかずに白飯を食べるという稀有な経験をした。
食堂なら、タクアンの一つもツボに入って卓上にあるのだろうが、そこはそれ、である。

初一念は実は東京・八丁堀の宮川でから揚げ定食を食べることだったのだが……。
満足のいったようないかないような。
複雑な感じの残る今日の中食、だった。

確かに新橋ポンヌッフでメンチカツそばをすすっているよりは、体形はともあれスマートだったとは思うが。

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但馬牛すじ肉とクレソンのスープ
じっくり煮込んだ但馬牛と大根を生かしたコクのある和風仕立てのスープにクレソンを加えました。ベトナムのクレソン鍋をヒントにしています。


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カムジャタン
「カムジャ」とは韓国語でじゃがいものこと。甘辛く食べ応えある韓国の定番料理に、やわらかく煮込んだ鯖を加えて奥深い味にアレンジしました。

の2種類を明日は試してみようか、と思うのは、嵌ってしまったのだろうか。
posted by 曲月斎 at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

正山小種(拉普山小種)ラプサン・スーチョン

某日。
八重洲と赤坂溜池での仕事を済ませ、さっさと仕事を送信してしまおうと、銀座三越の喫茶店ラデュレに行く。見上げたら窓側の2人掛けの席が空いていたので、ま、気分も良かろうか、と。

ラデュレ.jpg交叉点を見下ろす席からは、絶え間ないヒトの流れ。車の列。和光のショウウインドウにはyes noとネオンが瞬いているのだが、何の意味だろう。昔、彼女(ま、元・嫁ですな)と待ち合わせに何度遣ったことか。

紅茶を飲もうと思っていたのだが、あれこれフレーバーティーっぽい。
あれは苦手なので何か無難なものをと探していたら、目に付いたのが

Thé fumé Lapsang Souchong テ フュメ ラプサン スーション
Thé de Chine 100 % pure origine au goût authentique
英国貴族を絶賛させたオリエンタルな紅茶・正山小種(ラプサンスーチョン)100%純粋な気品ある味わい

何かいいんじゃない、と頼んで、出てきた紅茶の味に吃驚。どう考えても刺激的な煎じ薬の味。「正露丸」の水溶液、としか思えない味なのである。斯様なものは気品の対極にあるとしか思えない。

Webで調べてみるとこんな次第。
武夷山の桐木村に、軍隊が進駐してきた。軍隊の駐屯中は茶の製造作業ができなかったため、去った後に松を燃やして茶葉乾燥の作業効率を上げようとしたところ、茶葉にその香りが定着し正山小種が生まれた。茶葉は燻蒸されているだけあって黒いが、水色は深い紅色。日本でしばしばその香りが正露丸に例えられのは、正露丸の主成分であるクレオソートの香りが松葉による燻製香とほぼ同じだからである。ロンドンの水は石灰質を多く含むため、日本でいれるよりも味や香りが軽くなるという。その香りに魅せられる紅茶愛飲家も多い。香りの強さは様々であるが強いものが多い。

斯様なものを何で好きこのんで飲むのであろうか。
どうせなら

Thé au Jasmin Yin Hao テ オ ジャスマン インハオ
Thé vert de Chine pure origine avec fleurs fraîchement cueillies, provenant du grand jardin Yin Hao dont la récolte est exceptionnelle.
随一の収穫を誇る陰浩(インハオ)の広大な農園から新鮮な状態で摘み取られたジャスミンの花と中国緑茶葉のブレンド

Thé Grand Foochow pointes blanches グランフーショー(福州)ポワントブランシュ
Savoureux mélange de différents thés de Chine et d’un thé de Chine fumé lui conférant une saveur subtile.
中国の美味な、白いうぶ毛を残した新芽の茶葉(白茶)のブレンドと、スモークした中国茶葉からは、繊細な香りが立ち昇ります

てな、ヤツにしておいた方が佳かったのか。
ま、いずれにしても「ちりとてちん」。気取らずにブレンド珈琲で済ませておけば佳かった。

でも本当に、「正山小種(拉普山小種)」はひと口に限ります。
posted by 曲月斎 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「オリエント急行殺人事件」

1974年制作。

オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] / アルバート・フィニー, ローレン・バコール, イングリッド・バーグマン, ジャクリーン・ビセット, ショーン・コネリー (出演); シドニー・ルメット (監督)
この映画を見ていて、「ノックスの十戒」というのを思い出した。正統な推理小説が成立するための構成要件のようなものだ。曰く。

1.犯人は物語の当初に登場していなければならない
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
5.中国人(超常現象を駆使する人物)を登場させてはならない
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
8.探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
9.“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
10.双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない


もう一つ。ヴァン・ダインの二十則というのもある。
1.事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。
2.作中の人物が仕掛けるトリック以外に作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。
3.不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題はあくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。
4.探偵自身あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。
5.論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない。
6.探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない。
7.長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。
8.占いとか心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。
9.探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く。それはまるで読者をリレーチームと競争させるようなものである。
10.犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない。最後の章でひょっこり登場した人物に罪を着せるのは、その作者の無能を告白するようなものである。
11.端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。
12.いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。
13.冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの組織に属する人物を犯人にしてはいけない。彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである。
14.殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。
15.事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。
16.よけいな情景描写や、わき道にそれた文学的な饒舌は省くべきである。
17.プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる。
18.事件の結末を事故死とか自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。
19.犯罪の動機は個人的なものがよい。国際的な陰謀とか政治的な動機はスパイ小説に属する。
20.自尊心(プライド)のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。これらは既に使い古された陳腐なものである。
犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法
インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
指紋の偽造トリック
替え玉によるアリバイ工作
番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
双子の替え玉トリック
皮下注射や即死する毒薬の使用
警官が踏み込んだ後での密室殺人
言葉の連想テストで犯人を指摘すること
土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法


これらの規則に照らし合わせても、実によくできた映画であり、見直してみる価値はあった。

昨今のCG作品にはない序盤のイスタンブールの喧噪。アジア地区から欧州地区へ渡る連絡船乗り場からそれは始まる。駅頭に於いてもまたしかり。よく見るとで襦袢のような着物を着て、髷を結った日本女性風の姿があったり、アフリカの王侯のような隊列があったり。本当に楽しい。

一転、寝台車の中に舞台が移ると、緻密な構成だ。
上記の推理小説の王道を画像化すると、こういうことになるのだろう。
配役も豪華。オールスターキャストである。

ポワロ役が喧しいのはさておき、実によく作り込んであると思う。手札がどこかで示されているのだから。

そしてどうでもいいことなのだけど、最後の雪の壁の中を列車が走り過ぎていくシーンはふと市川崑
の横溝シリーズのラストを連想させる。
いってみれば、市川崑の作にはこの作品の換骨奪胎が見えるのも面白い。いわば本歌取りのような。それだけ、この映画が「古今集」たる所以なのだろう。
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2011年02月14日

某月某日。

某日。
志太榛原に出掛けたら、あれこれとしようと思うのだが、どうも何もしないで終わってしまう。
三福旅館に泊まるのが、足場を悪くしている原因かもしれない。
今度は島田の三布袋にでも泊まりますか。
それに車での移動が前提の街、ですから。
レンタカーを手当しないと。

某日
静岡で行き着けのトンカツ屋。
相変わらずのにぎわいぶりである。
メンチカツを食べての帰り際。
揚げるのが専門のおじさんが「これ細かく刻んで味噌汁とかに入れると美味いから」
とトンカツの天カスのようなものをくれた。
もらうと試したくなるのが人情。帰宅した後、永谷園のあさげで試してみると、うまい。
しかし、何という名なのだろうか。
アブラカス? 違うわな。

某日。
後輩が5月に華燭の典だそうだ。
相手も広く言えば同じ業界の方。
どうするのか、と聞くと、式は東京の山の上ホテルだという。
あのホテルは渋いけど落ち着いていて、気持ちのいい宿、と記憶している。
確か池波正太郎や三島由紀夫も愛用したとか。
割合、今風の彼らが、何でこのホテルを選んだのか。
ちょっと今度改めて聞いてみたい気もする。

某日
沖縄各地は今、キャンプの真っ盛り。久米島は楽天だったか。
その久米島町には実は300キロも離れた飛び地(というか島なのでそういう訳にもいかないが)が1カ所ある。
ioujimz.jpg硫黄鳥島、という。

沖縄県の最北端で、同県唯一の活火山。硫黄の採掘が行われていたが、噴火の危険があるため、全員離島して今は無人島だそうな。
800px-Iwo-torishima_mlit1978.jpgウィキの写真と地図を見比べ、まだ知らない島がたくさんあるものだなあと感慨にふける。

ちなみに、もう一つ、久米島町には全島米軍の射爆場になっている久米鳥島もある。海抜19メートル。
南の珊瑚礁の島、とはいえ、爆弾の跡でボコボコになっているのはなんとも哀れに見える。
800px-Torishima_okinawa_mlit1978.jpgところで、NHKだけが一生懸命報道していた、離島を想定した不法侵入者の対処、なんていうことはこういう島々でのことも考えているのかなぁ。

某日。
ご同業の先輩から、君のブログの熱心な読者がいるという話を聞かされて驚く。
だいたい、このブログなど、大したことを書いている訳ではないので、
読んで頂くだけで申し訳ないようなものなのだが。

近々、お目にかかりましょうということになったのだが
パソコン通信の時代はそういう集まりを「オフミ」と言っていたなあと。

もう「みかか代」なんて言葉も死語でしょ。
posted by 曲月斎 at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月13日

@焼津

焼津に来た。

第1目的は理髪である。

もう2カ月になろうかという時期になると、元の髪形が分からなくなる。
頼りになるのは、三岡理容館である。

店主曰く、「切断面の藝」。
「岡部から岡部川に流されてきた」
「いろんなところに比べて、焼津は住みやすいとこですかなあ」
「この辺の人はええ人ですか」などの
定例の質問は封じて、きょうはこちらが一方的にしゃべる。
とうとう寝る間もなかった。

第2目的。松乃寿司
imagesCA1V5NX0.jpgここのマグロは本当にお値打ちである。
出てくる酒は磯自慢。
焼津では「ミナミマグロ」というが、要は本マグロで、ここの赤身を食べたら、ほかの店に行く気がしない。

この日のサプライズはサワラ。
本当にねっとりとした脂がのって、実にうまいものである。
生牡蠣もうまかった。
teppo.jpgそして名物「イカてっぽう」
細身のジンドウイカの身に、マグロや様々なものを混ぜ込んだすし飯を詰めて供してくれる。
酒の合いの手でひだるい気分の時には欠かせぬ。
いつに変わらぬ若旦那の差配には頭が下がる。
漬け台の前に座る悦楽、というべきか。

第3、というかおまけのバー。
バールトナカ、である。pht_07.jpg
以前は焼津駅前で開業していたのだが、去年、元の本拠の三ケ名の住宅地に戻って再出発、である。
聞けば駅前の店を開いていた期間は、この店はクローズしていたという。
でもこの店のカウンター内に立っている姿の方が気取っていなくて、自然体の感。
ほとんど訪ねることは難しい店だが、焼津の夜には欠かせまい。
pht_22.jpgともかく気持ちがいい。地元にもどって、皮肉っぽい顔つきが一層輝いている。


という訳で、焼津の夜を満喫、宿の三福旅館に戻ると「明日の朝食は9時?」とあったので、
「10時にして」と頼んで、ちょっと酔いが冷めるのも待つ気分。

さて明日はどうしようか。
島田まで出て、レンタカーを借りますか?

三福旅館萩の間。旧150号を通る車の音もさすがに途切れがちな時刻になってきた。
posted by 曲月斎 at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

金竜山浅草寺。

おみくじ.jpg金竜山浅草寺、である。

ここに詣でるのは4年ぶりか。
以前に比べていや増しに外国、特に中国からの観光客が増えているのには驚く。
仲見世を歩いて、線香を手向ける姿は何か不思議だ。

おたぬきさんは本殿が改築中。工事用のシート越しに拝むというのも珍妙な光景ではある。
例によっておみくじ3度。
今回はどうも運の巡りが悪いようで、末吉、凶、小吉。
早速に厄払いということで、ろうそくを手向け、深く仏前に頭を垂れる。タワー.jpg

そのまま帰ろうかと思ったのだが、足が並木の薮の方にむかう。
並木の薮に寄ってみると、先客は1人だけ。時分時を外していた所為もあるのだが。並木1.jpg

樽酒の熱燗に天ぷらの盛り合わせ。天ぷらは才巻エビくらいのサイズで、7〜8匹は付いてきたか。
結構な香ばしさだった。並木2.jpg

もりをたぐって帰宅。何でも店建て替えのため、今月末で一時休業のよし、再開は11月からだそうだ。「店の構えは元通りにしますから」と若主人。工事予定表には3階建てとあった。築59年とか聞いたが、黒い玉石が磨き出してある床の風情、入れ込み2卓にテーブル3卓。ちょうどいい感じの店のサイズは伝統として守られるようだ。

隅田の川風が身に染みた。
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2011年02月08日

向田邦子さん江。

父の詫び状 <新装版> (文春文庫) [文庫] / 向田 邦子 (著); 文藝春秋 (刊)夜中の薔薇 (講談社文庫) [文庫] / 向田 邦子 (著); 講談社 (刊)眠る盃 (講談社文庫) [文庫] / 向田 邦子 (著); 講談社 (刊)女の人差し指 (文春文庫 (277‐6)) [文庫] / 向田 邦子 (著); 文藝春秋 (刊)無名仮名人名簿 (文春文庫 (277‐3)) [文庫] / 向田 邦子 (著); 文藝春秋 (刊)霊長類ヒト科動物図鑑 (文春文庫 (277‐5)) [文庫] / 向田 邦子 (著); 文藝春秋 (刊)六つのひきだし―「森繁の重役読本」より (文春文庫) [文庫] / 向田 邦子 (著); 文藝春秋 (刊)
こういう手の本は立て続けに読んでしまうに限る。
読んでいると、非常にリズムがいい。

このところの通勤の友、である。
携帯端末なんぞ糞食らえ。
自家用車で走り回ることが仕事だったときは移動時間に本が読めないのが一種の苦痛だった。決して電車での通勤が快適とは言わないが、せめて本が読める時間がとれることを感謝しないと。
ということで、このところは向田邦子、である。しかも随筆のみ。文庫のみ。
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「平家物語大事典」

平家物語大事典 [大型本] / 大津 雄一, 日下 力, 佐伯 真一, 櫻井 陽子 (編集); 東京書籍 (刊)師匠にこの前、電話をしたときに「本出したから……」と言われていたので、気にしていたのだが、こういうものは何かの踏ん切りがないと手がでない。
手が出ない値段でもあるし、自分の生活に今や何の関係もないから。

で、この本は読む事典だろう。引く事典ではない。
物語篇は事項索引の形式、周縁篇はその影響についての論考、そして研究篇は成立史や諸本の成立背景の概観、の3部構成となっている。

国文学も進歩しているのである。
僕らが高校のころに習ったのは、語り本系の覚一本系なのだが、その後に読み本系の延慶本が一番古態を残しているという説が有力になった。源平盛衰記もこの系統に属するテキストだ。簡単な物語から複雑な物語へと進むのが普通の享受、異本の成立の過程なのだが、平家物語は逆行している。複雑雑多なものから簡潔なものへ。考えてみればそれは推敲と同じ過程といってもいいのかもしれない。

そんな意味で、読む事典として、今の学生さんはいい物が手に入る時代になったな、と思うのである。

それにしても、本文の活字が大きい。版型がでかい。寝っ転がって読むには難儀、である。

そう、師匠が鎧武者のモデルで図版に出てきたのには笑ってしまった。斎藤別当、ってかなぁ。
posted by 曲月斎 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本古典文学全集第17巻。

kotensyo01.jpgどうでもいいのだが、自分で遣っている源氏物語の本文(テキスト)はいわゆる小学館の古典全集本。

これ以前には岩波の旧大系本がテキストとして広く遣われていたのだが、この本が出たことで、大学の講義のテキストもこちらに移行した講師も多かった。

で、源氏物語は6巻。実を言うと、5巻までは買ってもっていたのだが、6巻目は買いそびれてしまった。よくある話の通り、しまいの宇治十帖まで講義が展開しなかったからで、そのままになっていた(不足分は学術文庫で出ていた「源氏物語湖月抄」で代用。)。いつかは買い足そうと思いつつ、いつの間にか、小学館が絶版、新装版にしてしまったために、縁無き話になりはてたかと思っていたら。

何でもあります、あなたのAmazon。全集のバラも売っていたりする。まして専門店のような法外な値段ではなく。何か、うれしくなってつい、買ってしまいました。

以前の「国歌大観」への妄執に近いのかも。

ついでに恩師が「出したから買って……」と言っていた、「平家物語大事典」も。学問の進歩というのはパソコンの導入や電子映像の信頼性の向上とともに、大きく進んでいるのであります。
posted by 曲月斎 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

某月某日。い

畏友I君との月曜の定例飲み会がつつがなく行われた。

帰宅してから、前夜は食欲の暴走が起こり、551の豚まん4個と冷凍もののピザ2枚。
飽食はしたものの、体によい訳がない。

終日情けない状況であった。

その教訓を生かし、この日はお茶を淹れ、暴走の阻止に努める。だが。

Amazonがいかん。
岡本綺堂の本などをポイポイとカートに入れ、恩師が執筆したという「平家物語大事典」まで買ってしまった。これを暴走というほかはあるまい。

深い反省と共に、床に入ることにする。
posted by 曲月斎 at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

寺岡孝さん。

4b347ccf00fa8.jpg訃報を読み落としていた。
寺岡孝さん。68歳。

プロ野球選手としてはわずかに7年間の生活だったが、コーチとしては約30年以上。こういう人を伯楽というのだろう。

最期は台湾の俊國の監督だった。「1人で台湾に行っていたからね。頼まれて。それで発見が遅れてしまったらしいんだよ。まだ68だからね。若いよね」とはこの人との縁を取り結んでくれた方の惜別の弁であった。

出身は宮崎。でも沖縄がいい、と沖縄に転居していた。

この人の素晴らしさは実直な人柄。かつて横浜にある某球団の社長がチームの成績不振に怒りをなして試合後のロッカールームで罵声を上げたことがある(この社長は今、某有名私立大の理事長である)。その時、すっくと選手の前に立って「選手だって一生懸命にやっているんです」と身を挺したという。らしい逸話だ。

それと、寺さんと言えばノック。右打者で右手でボールを上げるノックなのだが、ボールの軌道がノックバットとジャグリングのように交叉しながら打球が飛び出していく。見れども飽かぬ、とはこのノックで、やはり右打者で左でノックを上げる小林正之と双璧のノックだった。後にも先にもプロ野球ではこれ以上のノックの達人を知らぬ。

最期まで現場にいた、というのが寺さんらしい。合掌。
posted by 曲月斎 at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする