2011年01月29日

某月某日。

某日。
銀座5丁目の主治医の許へ。
どうにも、嘔吐、胃もたれ、下痢が止まらないので、先途処方してもらった「ビクトーザ」を止めてもらうことにする。
こういう副作用が出ることもある、と稀なような説明を受けたが、Web上では「4人に1人」との記述もある。主治医は「欧米ではダイエットのために、1日1.8mg(小生が体験した3倍)を打っている人もいるんですけどね。ま、体質ですから」とすこぶる気のない反応。
ついでに持っていった「患者様」が医療を壊す (新潮選書) [単行本] / 岩田 健太郎 (著); 新潮社 (刊)を渡し、「先生、ちょっと面白かったんで、お暇な時にどうぞ」と手渡す。師は「ああ、この人、有名な人ですね」との反応。いつの間にかこの主治医も「××さま」って猫なで声で診察室に呼び入れるようになったけど、本当はもっと違ったはずなのに、との思いを込めたが、分かるや否や。

さておき、どうにも食欲がなく、下痢が止まらぬ。
皮下注射していたのは人工ホルモンであったが、体内でバランスが崩れてしまったものと見える。会議で退社が遅くなったので、外で済ませようと思い、人形町の「ふじ井」へ。だが、いつものカウンターに座ったものの、何も食べる気がしない。板さんが気を遣ってくれ、ふろふきダイコン、蛤の椀物と出してくれ、豆腐半丁入れたちゃんこ鍋の汁をもらう。ただ、普段は香ばしいと思うすりごまの脂の匂いがちょっとノーだったのには自分でも驚く。
人形町から京急線。車中で大声で話す老年サラリーマン2人。耳が遠くなると声が大きくなるそうだが、どうでもいい話を延々と満員電車の中でされるのにはいささか閉口。家に戻ってアオハタの粥のレトルトを暖めて食べる。なおも下痢は続く。
主治医は「止めて1日経てば治るはず」というがもう投与をやめて1日半以上。何か下が緩んで、食欲がないと、万事にやる気も失せる気がする。

某日
銀座・卯波にひさしぶりに行く。
薬の影響にて、食欲なし。
ただ、お湯割りの焼酎を飲んでいると、おなかが温まる気がして、胃壁を温かい液体が伝っていく感触を楽しむ。
カウンターの隣は最初は仕事関係の初老の2人。そのうちに、1人の娘が来て、しばし談笑。父と娘を残して、1人は帰宅。父娘がカウンターで酒を酌み交わす姿が妙に印象的でほほえましかった。
小津の映画の世界はまだ、残っていたのか、という心境。
その晩、やはりたたったか、嘔吐の連続。おなかに触るものは食べなかったし、全くしらふに近かったのに。この薬では酒も飲めぬと悟る。
posted by 曲月斎 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月28日

最近読んだ本。

最近は濫読できるのがうれしいような寂しいような。
にっぽん入門 (文春文庫) [文庫] / 柴門 ふみ (著); 文藝春秋 (刊)
漫画家&随筆家の柴門ふみが書いた日本紀行。スルッと読みやすいし、筆者独特の視点、表現があるのは楽しいのだけど、どこか「そりゃおまえだから言えることでしょ」って突っ込み返したくなるのはなぜなのだろう。女性にも総合職への道が拓かれた、と騒がれた時代に伸び盛りを迎えることができた人間の特性なのか。それと祭りに燃える男、特に裸の男を見ると、モエになってしまうのがストレートに伝わってくる。こういう感性が後の世代には「BL」指向につながっているのかもしれないなどと思う。解説の林真理子が一番、きれいにまとめている、ってのが印象。

同性愛と異性愛 (岩波新書) [新書] / 風間 孝, 河口 和也 (著); 岩波書店 (刊)
本の表題としては「現代の同性愛」という方が適切かもしれない。先途、ある執筆業の方の書棚の結構目立つ位置に置いてあったので、読んでみたのだが。どうも自分の感性とはずれている気がする。というか、同性愛というのは差別の対象であってはならないけど、どこまでいっても「クローゼット」な案件、という気がしてならないから。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) [新書] / 藻谷 浩介 (著); 角川書店(角川グループパブリッシング) (刊)
分かりやすい1冊。数字を元にして文章を書くときに、ダマシのテクニックとしてありうるよな、というのが一つ。相対的な比率より、絶対的な実数を見なさい、ということだ。
たとえば、先途、中国は日本のGDPを抜いた、というニュースが世上に流れたけど、総体の数字でみれば日本を上回ったにせよ、人口の差を考えたら、どちらが豊かなのか、ということは一目瞭然だ。世の中、悲観論の方が予想としては安全策なのだから。
それと2点目。むしろ、こちらの方がテーマなのだが、人口はすべての根源、ということ。
人口の世代間の変動が実は経済を動かしている、という話がこの本の通底しているテーマ。確かにホホーッと思ってしまう。そういう見方もあるよね。そういえば昔、「マルサスの人口論」なんて習ったっけ。
それともう一つ。こういう実数を重んじる考え方で似ているのは、フリードマンが主張したマネタリズムだけど、それを連想したのは、少しひねた考え方なのだろうか。もっともらしく見える数字を遣った言説ほど、疑ってかかった方がいい。
posted by 曲月斎 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

幇間腹 承前

新薬のビクトーザに替えて2週間。
どうもこの薬とは相性がよくないらしい。

というのは
とにかく胃がもたれる。
胃の動きを抑制→満腹感が持続、という機序らしいのだけど、その満腹感を通り越して、胃もたれに近い。わずか1碗のカレーを食べただけで満腹、もたれて仕方ないと思うのはやはり異常だと思う。それに昨晩は胃もたれの余り吐瀉。こんな経験はiron胃を持つと自負している小生には初めての経験だった。

下痢である。
下が緩くなるかもしれない、という注意書きはあったが、なるほど、ここ数日、下が緩い。水分を摂ると約30分で直行する。これじゃ脱水症状になっちゃうよね。

という訳で、新薬ビクトーザとは相性が合わなかったらしい。
明日主治医に相談して薬を替えてもらうつもり。

何より、食欲が湧かない生活は楽しくないので。
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2011年01月25日

趣味のない話。

休みといってもどこかに出掛けるでもなし、結局、家で本を読んでいるばかりだ。

中で、「デフレの正体」デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) [新書] / 藻谷 浩介 (著); 角川書店(角川グループパブリッシング) (刊)はこのごろ、会った数人が揃って読んだといっていたので、買ってきた次第。中身は人口減、人口構成のいびつさが今のデフレスパイラルの正体であるという話なのだが。

人口動態、きっと去年の国勢調査ではもっと深刻な高齢化が明らかになるだろう。
現状を分析するだけではなく、10年、15年先を見越しての対策こそ必要なのだが。

15年先、まだ働いているのかな。
posted by 曲月斎 at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月23日

「米・百姓・天皇」

米・百姓・天皇 日本史の虚像のゆくえ (ちくま学芸文庫) [文庫] / 網野 善彦, 石井 進 (著); 筑摩書房 (刊)
本にはだいたい、「解説」というものが付いています。
多くは大して役に立たないものが多いのですが、この本は本当に解説が解説の役目を果たしている、それだけに先に読むことをお勧めします。

日本史学者で碩学と言われた網野善彦と同じく歴史学者の石井進の対談集です。不明にして石井進という方は余り存じ上げないのでありますものの、一方の網野善彦は他流試合はよくやっているので、よく愛読しておりました。ですが、網野が本職同士の立ち合いをするのは珍しい。それだけに専門家の斬り合いというのはこういう太刀筋から入るのか、と思わせてくれます。ともかく、日本史の教科書で学んだ日本史の枠組みを大きくゆがめてくれる対論です。

で、キーワード。
1)律令制虚構説 日本の国家統一は明治期の廃藩置県によって完成した、という考え。
2)日本文化=稲作文化論の虚構
3)士農工商の虚構
4)仏教は商工業親和的、儒教は農業主義 この視点が面白かった。重商主義と農本主義。日本にそんな早くから芽生えていたのか、と思い知らされる。視点を持つと、結構いろんなものが違った風景に見える。
5)明治政府史観からの脱却 古くからの伝統と思っても、結構明治政府が創りだしたものが多いということ。

たとえば、商取引に関する用語で、実は明治以前に起源を持つ言葉が多いというのは言われてみれば、の話。たとえば、元手、寄りつき、立て玉、前場、大引け、などなど。マルクスの資本論は「元手論」と訳せばもっと違った理解があったはずなんていう論理は面白い。

いずれにせよ、上記5項目を読んでから、本文を読むと示唆に富んでいること、間違いない。門外漢でも十分に楽しめるし、目から鱗の部分も多い。

ところで両氏の専門である中世史への言及が少ないのは、プロ同士の戦いでの一つの「本能」なのだろうか。
posted by 曲月斎 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の藝、また一つ。

いとしこいし 漫才の世界 [単行本] / 喜味 こいし, 戸田 学 (編集); 岩波書店 (刊)いとしこいし想い出がたり [単行本] / 喜味 こいし, 戸田 学 (著); 岩波書店 (刊)
とうとう、亡くなりましたな。
喜味こいし師。

相方の夢路いとし師が亡くなったのは2003年。あれが最後でしたな、振り返ると。
いわゆる「しゃべくり漫才」という藝が終わったのは。
米朝師が追悼で「呼称は最後まで君、僕で通したのはいとこいさんのあと、いるんかいな」と惜しんでおられたが、確かにそうですな。

上の本、左は知っていて読んだけど、右はしらなんだ。

でも、NHKのニュース、画面いっぱいに米朝師が出て、悔やみを言うてはると、誰が亡くなったのやらと思いましたな。

posted by 曲月斎 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「広重の富士」

完全版 広重の富士 <ヴィジュアル版> (集英社新書ヴィジュアル版) [新書] / 赤坂 治績 (著); 集英社 (刊)
浮世絵で富士山といえば葛飾北斎富嶽三十六景にトドメを刺す。それはだれしも異論のないところだろう。名所絵という範疇を超えて、「凱風快晴」「山下白雨」などは成り立っていると思う。で、筆者は実は安藤広重も富士山を描いているんだぞ、ということを紹介したくて、この本を書いたそうだ。

とにかく印刷がきれいで、筆者の目指したところはまずは成功しているといっていい。
なぜ、最晩年にしか、広重が富士山を描かなかったのか。
江戸、あるいは関東平野で、富士山というのは常に仰ぎ見る存在であり、信仰の対象であり、富士山画家の存在は常に時代が求めてきたのだろうが、北斎の作品の版木が摩滅するころ、新たな富士山画家が時代の要求として存在する必要に迫られ、広重が描いたものだろうという、筆者の論考はあっていると思う。

北斎のそれと比べてみると、広重のそれは明らかに柔らかい。北斎が愛用した「ベロ藍(ベルリン藍、の意。言えばプルシャンブルーですな)」なら広重はそれを薄くした独自の青を以て絵を構成している所為もあるでしょう。

陰に隠れてきた名画の存在を、こういう形で紹介するというのは一つ、興味深いことです。
posted by 曲月斎 at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太鼓腹その後。

ビクトーザを使い始めて1週間。

ホントに食欲がなくなった。
何か生きている甲斐がなくなったと思うくらい。

モノを食べる気が起きないのだからこれはどうしようもない。
何か、ものぐさなアメリカ人のための治療薬のような気がして仕方ないですな。

以前、食欲抑制剤のサノレックスを処方されたこともあるけど、あれ以上ですな。
何ともやる気がゼロになる。

先週はそれでも気合を入れてむかわなくてはいけない出来事がいくつかあったので
丸和のロースカツ食べたけど、その後、延々と食欲がまったく湧かないという状況には
正直のところ、違和感というより、奇矯な感じさえしましたな。

ま、今週は主治医のところに行くのですけど、この自分の長年にわたる「やる気」の源泉と
それを薬物的に押さえ込んでしまうことへの是非は少し考えないといけないかもしれない。
そんなことを考えております。
posted by 曲月斎 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

ひさしぶりに

ひさしぶりにブログのおもちゃとして付けてある、読書メーターを更新。手元にあった本だけでも打ち込んでいく。ま、どうなるものでもないのだが。一種の管理、であろうかな。
posted by 曲月斎 at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 電网恢々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

「太鼓腹」

若旦那が道楽で鍼を始め、幇間の腹を稽古台にしようとひと騒動を起こすのが落語の「太鼓腹」である。

相撲甚句では「自慢で抱えた太鼓腹」と唄われるのだが、昨今はろくな評判が立つものではない。

余談はさておき、もはや付き合って8年余にはなろうかという糖尿病。
今度はこんな薬を処方された。
victoza-liraglutide-6mg-ml.jpg「ビクトーザ」という新薬で、その謳い文句に曰く、「2型糖尿病治療薬として開発された薬に驚きの体重減効果!食後の満腹感が高められるため、食物摂取量を減少させ、体重及び体脂肪を減少させる作用!世界で一番新しいダイエット薬!!
有効成分のリラグルチドが血糖値が高い場合にのみインスリン分泌作用を発揮し血糖値を下げるため、低血糖の発現リスクは低くなるという夢の糖尿病治療薬!2009年7月ついに欧州で認可が下り発売開始!日本でも11月に承認!」

ただ毎朝、このペン型注射器を太鼓腹に突き立てなくてはいけない。
贅肉をつかんで、針を刺し、薬液を注入、10数えて抜くという作業を繰り返す。

何か本当に効くのかなという気持ちと、針を突き立てることの不思議な抵抗感、何とも言い難い気分ではある。初めて2日目。今のところ、瘦せる、食欲が減るという結構な兆候はない。
posted by 曲月斎 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

こんな話を書くそばから。

実は次々に亡くなっていく方が続くわけで。
新聞の社会面の下には「死亡記事」と呼ばれる一群の記事が並びます。

その記事を見て、句を詠もうと一念発起されたのが今は亡き江國滋氏で、この試みは結構、すごく藝のいる作業です。

正直のところ、575でまとめ上げるほどの文才もないので、こんな形の個人的追悼文を書いているのですが、本当に追いつきません。実をいうと高峰秀子、野沢那智、そして今日訃報の入った細川俊之……。

この人ならでは、という人の訃報が続きます。一方的な回顧なのですけど、追いつけないな、というのがこのごろの実感です。この冬はやはり寒いのかな。
posted by 曲月斎 at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

亡者続く。

まず1件目。

野村万之介氏。
悟朗.bmpこんな写真のような謹厳実直な方、ではなかった。

壮年から老いの時期に入って、これほど化けた狂言役者も珍しいだろう。
若いころは本当に才気走った感があって、触れればこちらの指が傷つくみたいな感じの役者だった。
いってみれば「硝子の少年」か。
当時、亡者記事にもあるとおり、彼は早大狂言研究会の師範であり、時折、西早稲田に出没するのであった。
少壮だった私などは、サークルの枠を越えてあれこれの付き合いになだれ込んだのであった。
忘れもしない高田馬場・西武。
高田馬場で徹マンをやらせてくれる店で、あの当時、一晩の場代は一人1250円だったか。大きな馬鈴薯ばかりが目立って辛いカレーが500円だった。

万之介氏は年端もいかぬ学生相手に、きちんと大人の麻雀を打ってくれた。小生はあまりにへたくそなので嫌われたようなキもする。それでも勝ち分はきちんとふんだくっていったのだが。

いつだったか。そんな師が化けた姿を見た。
無頼も武骨もすべて、この時期のためだったのか。
すでに最愛の方は失った後だったと思うが。

狂言という藝が行き着くところを見せてくれたような舞台だった。
才気もなにもない。無為自然。それが味わいを生む。「人間国宝」になった萬にも、万作にもない味だった。何であの風が本当の評価を得なかったのか。

茂山千乃丞氏。
mp_actorSennojyo.jpgこの方は天寿を全うされたというべきかもしれない。

天才的な狂言師の4世千五郎を兄に持って、この方は本当に実直に生きたと思う。
茂山千五郎家の狂言で、実は木村正雄とか、佐々木千吉とかいう役者が本当の意味で支えになってきたと思うのだけど、その意味で、無為自然の暴走を繰り返す兄を見事に御した弟だと思う。

舞台では闇夜に咲く白梅のような藝だった、というしかない。どうでもいい「茫々頭」みたいな狂言が不思議と面白く思える藝だった。
狂言役者―ひねくれ半代記 (岩波新書) [ペーパーバック] / 茂山 千之丞 (著); 岩波書店 (刊)今となっては入手も難しいのかもしれないけど、この本はいい意味で自分で書いた戦後狂言史、である。
武智鉄二が目指した演劇の実行者がまた一人逝ったというほかはない。

中村富十郎氏。
tnr1101080757002-n1.jpg天王寺屋である。この人は本当に舞姿のきれいな歌舞伎役者だった。
勧進帳の富樫、船弁慶の知盛。
水際立つ、という言葉はこの人のためにあるのか、と思ったほどだ。本当に母の吾妻徳穂と瓜二つのセンスのよさ。ただ母ほど味わいが濃くなかったのが5代目富十郎の徳だろう。

後ろ盾を失った鷹之資はどうなるのか、という雑念はさておき、藝に精進すればいずれは花も咲こうというもの。将来にそのDNAが発現するのを期待したい。

posted by 曲月斎 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 点鬼簿控 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

やっとカレンダー。

年改まってすでに2週余を経ているのだが、ようようカレンダーを取り換えた。
もちろん、高森商店からとどいた日めくりは日々活用しているのだが、なかなかこれといったカレンダーが見付からないままであった。

やはり伊東屋にでも行くしかないか、と出掛けた次第。

大きな荷物を抱えていたので、まず9階の喫茶コーナーで一服。荷物を預けてそのまま用足しに動く。まず、書きやすいボールペンの確保。これは昨年来、ジェットストリームジェットストリーム 3色ボールペン 1.0mm【透明】 SXE3-400-10 / 三菱鉛筆三菱鉛筆 ジェットストリーム3 3色ボールペン SXE3-400-07が書きやすいので、これを仕入れる。

次にカレンダー売り場で、卓上型2台と壁掛け型3枚。
何も書いていない、数字だけのものが一番遣い勝手がいいので、そういうのを探す。
去年よりもシンプルなのが見付かったので、それを仕事場の机の前に、本当に数字だけのものを玄関に、ちょっと旧式なスタイルのものをトイレにと決めた。

珈琲ショップで2杯目を飲んで、帰る。

年賀状の代わりに出す寒中見舞い用のはがきを日本橋のはいばらに買いに行く。
店は再開発のよしで、仮移転していたのだが、目指す罫線入りのはがきはあったのでホッと一息。

とにもかくにも、きょうはあれこれと多事多端な1日だった。
posted by 曲月斎 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新橋 鳥の巣

321413.jpg新橋駅の東口、かつて闇市だった一帯を再開発してビルになっているのだけど、すでに再々開発が必要なくらいの雰囲気ではある。でも、おぢさんたちにとってはかけがえのない店が櫛比している。

その中の1軒、鳥の巣である。

ここは畏友I君のお気に入りで、Rの付く時期は「焼き牡蠣」「ゝゝゝゝ」と繰り返すのである。
たまさか今日は夕方、スポッと時間が空いた間隙を縫うように、I君から電話が入る。
「鳥の巣行きませんか」

ということで、鳥の巣に出撃である。

もちろん彼のお薦め通り、牡蠣はおいしい。1人前2個宛てで、身の太った牡蠣が熱々で出てくる。結局2人で何人前お代わりしたことになるのやら。

それ以外も美味いことを発見。
まずハタハタの干物。これがおいしい。
脂が適度にのっていて、塩気も十分。これを美味いと言わずして何を美味いというべきか。
さらに。
串カツが美味い、アジフライがうまい。

ということで2人でしたたか飲んで満足したのであった。

店主は牡蠣の仕入れに根性を入れている様子、こういうところで飲めると幸せ指数は結構向上するのは間違いのないところである。

その後のつけ麵屋は……。ま、逆さ柱とあきらめるしかあるまい。
posted by 曲月斎 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

本所 わかば

90601330.jpg本所のわかば、である。
モツ好きにとっては至福の店であろう。
ここの店のシロはたぶん、小生が食べた中では最高である。

もちろん、串焼きにしてもいいのだが、ポン酢に絡めて供されるシロ刺しも最高なのである。

横浜に於いて、たぶん、モツ系の一番は車橋なのであろうが、その上を行く、ホルモンなのである。

意味もなく味が濃い、緑茶割りがこのモツにはあう。

塩、タレ、ニンニクだれと3種類あるのだが、どうしても塩になる。
この店のことを考え始めると、脳裏は、シロ、カシラ、軟骨、仔袋の絵でいっぱいになる。
ニラのおひたしがうまいのだが、きょうはなかったのは残念。

「東京にいるのならまた、きて下さいよ」という声を背中にキキながら、店の暖簾をあげると玄関の左前に東京スカイツリー。
仰角が高すぎて、ツリーの先っちょが目の前のマンションの付属物みたいに見える。酔った証拠か。

寒い夜、カウンターの隣の客は焼酎のお湯割り、梅干し入りを数杯飲んで「いやぁ本当に暖まった」と繰り返していたが、そんな気分がよくわかる夜だった。
posted by 曲月斎 at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月11日

「ヘン」

ヘン (GHIBLI COMICS SPECIAL) [コミック] / いしい ひさいち (著); 徳間書店 (刊)ホン! (GHIBLI COMICS SPECIAL) [コミック] / いしい ひさいち (著); 徳間書店 (刊)ということで、今年の本はいしいひさいちから始まった。

いしいひさいちのおもしろさはどう解説していいのか分からないのだが、いい加減長いこと好きなマンガ家である。
この「ヘン」はどう見ても作者の分身である広岡達三氏の文章と4コママンガからなる随筆集である。如何にも発想がいしいひさいちっぽくて、達意の文、誠に大好きである。

ということで、今年も何となく始まってしまった……。
posted by 曲月斎 at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月09日

「八甲田山」承前

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫) [文庫] / 新田 次郎 (著); 新潮社 (刊)以前に書いた「八甲田山」の話の続きである。

1)女優がきれいだ。
中でも白眉は秋吉久美子だろう。31連隊の宇樽部からの案内人役で出てくるのだが、実に雪の妖精のような姿である。今日の日本の女優にはない透明感がある。

2)地図、地図というけれど
この映画の中で「地図」という言葉が何度も出てくるのだが、旧陸地測量部発行の5万分の1地図「八甲田山」「十和田湖」「三本木(現図幅名十和田)」などの図歴を振り返ると、大正3年の測図とある。つまり地図のなかったエリアを平板測量して地図化したのは大正3年、発行されたのは同4年ということになる。
映画の中では墨版の地図が何度か出てくるのだけど、ではこの地図はどこが測量し発行したものだったのだろう。青森東部、青森西部でも測図は大正元年。利用した可能性があるのは伊能図などを元にした20万分の1輯成図だが、この縮尺で細かい地形を論じるのはほとんど無理がある。さて、どんな地図をつかっていたのだろう?

ということで、この映画に嵌った方のファンサイトもあるようだ。ま、いろいろなことを考えさせてくれる映画である。
posted by 曲月斎 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「お言葉ですが」別冊1〜3

お言葉ですが…〈別巻1〉 [単行本] / 高島 俊男 (著); 連合出版 (刊)お言葉ですが…〈別巻2〉 [単行本] / 高島 俊男 (著); 連合出版 (刊)お言葉ですが…〈別巻3〉漢字検定のアホらしさ [単行本] / 高島 俊男 (著); 連合出版 (刊)「お言葉ですが」は週刊文春の旧連載。独自のファンを有し、すでに文庫化は10冊。残りは1冊となっているのだが、この連載以外の高島俊男の随筆を集めたのがこの3冊。
なぜか、この人の文体は独特で、個人的にはリズムがあう。
だもので、大好きなのであるが、この3冊は文春文庫には取り入れられることはなかろうとあきらめて、古書を買った。
期待に違わぬ高島節。
楽しく読んでおります。
posted by 曲月斎 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「同窓会。

高校同期の新年会、だった。
この新年会自体、もう20年近くになるだろう。
毎年、同じ横浜駅西口の居酒屋で開き、同じような顔ぶれがカオをそろえる。

いろんな感慨を持つだろうけど、ま、今年も頑張ろうと思うひとときだ。

今年の話題は母校への寄付。3、5、10万円とコースが設定されている。
母校の校舎がほぼ50年余ぶりに全面的に新築されるよしだ。

喜んで寄付といえる向きもあろうが、このご時世に、という向きもあろう。
自分は……。まだ旗幟鮮明にできるだけの考えはない。

同窓の飲み会でこういう話題が出るのはちょっと寂しいキもする。
その点で。
例年とは違う気持ちの飲み会になった。

ま、この話だけではないのだけどね。

「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ」というか。

その帰り、立ち寄った元町のバー、enでカウンターの鉢にいけられた梅が本当にきれいだった。
薄暗い店内に本当に似合っていた。
「白梅の明くるばかりとなりにけり」

なんだな。
posted by 曲月斎 at 03:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

「八甲田山」

八甲田山 特別愛蔵版 [DVD] / 高倉健, 北大路欣也, 丹波哲郎, 三國連太郎, 加山雄三 (出演); 新田次郎 (原著); 橋本忍 (脚本); 森谷司郎 (監督)ということで、レンタル店で見付けたので、見てしまった。これを初めて、というかこの前見たのは、今はなき馬車道の横浜東宝会館。1977年の真夏だった記憶がある。

見た当時の印象を言ってしまえば、善玉の高倉健と北大路欣也に、悪玉の三国連太郎、という印象だったのだけど、この歳になって見直すと、全然違う印象になりますな。

組織論として、北大路欣也の演ずる役が如何に優柔不断であるか、あるいは、軍隊とは上下関係に於いて意見具申を許さぬ組織体であるか、ということをよく教えてくれる感じになります。上に「サラリーマン社会」云々の解説がありますが、それは言わずもがなのことでしょう。

昨今、NHKの情報宣伝よろしきを得て、「坂の上の雲」風というか、明治の軍隊は健全だったみたいな風潮もありますが、決してそんなことはないわけで、一色に染まってしまう風潮にはいい警鐘かもしれません。

映画自体のデキとすれば、当時はすごいと思ったけど、饒舌に過ぎるところがあったり、同じ雪の中のシーンで場面が5連隊と31連隊の両方を行き来するので、非常に分かりにくいところもあったり。名編だった印象が強かっただけに、ちょっと意外でしたな。回想シーンの入れ方なんかは「砂の器」の手法をまねていて、創意に欠けると思うし。

ま、とあれ、この事実は映画の舞台となった2年後、黒溝台の会戦で生き残った方々も全員戦死したそうですから、何ともいいようがありません。その事実を八甲田山を背景にした字幕で見せるという手法も正直のところ、いいとは思いません。

おお、書き忘れていました。芥川也寸志の映画音楽はそれはそれはいいものです。荘重で軽妙で。この世代の黛敏郎もそうですけど、映画音楽は若い才能が実験する場でもあったことを改めて教えてくれます。
posted by 曲月斎 at 03:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする