2010年11月17日

日向、である。

今年の最後の出仕事、日向行である。

東京からこの地にくると、とっても暖かい。
約2週間の滞在。

さて、これからの2週間、どうなることやら。
と、いう内に師走がくる。

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2010年11月16日

東京・尾張町 和光の時計台。

P1000348.jpg久方ぶりに銀座に出掛けた。
この日は、眼科で眼底検査、心療内科での受診、そして内分泌科の主治医での1カ月に1度の受診と医者のはしご。

日も暮れ方になって、尾張町の交差点で服部時計店の上を見上げるとちょうど5時。
時計台全体が明るくなって、鐘の下ではサーチライトが回転しているのが見える。
今年は改装して一段と派手ですな。

時刻を告げる打鐘の度に、電飾が明滅するんですな。P1000349.jpg
これがまあ、なんと鮮やかなことか。

そう、今年の大晦日。
どこかの放送局でこんな企画しないかな。
ここ尾張町の交差点の画像をひたすら夕方から流し始めて、BGMにはツイッターかなにかで曲を無作為にリクエストするというもの。制作費は安いし、年の瀬にはいい企画だと思うのだけど。

そういえば、歌舞伎座の1階外にあった歌舞伎そばが、今は工事現場となっている歌舞伎座用地の裏露地でやっているんですな。ひさしぶりにちぎったかき揚げのつけ天ソバを食べてきました。あのかき揚げ、1枚の中に小エビが2匹くらい、あとは長ネギだったんですな。香ばしくていつも気にしたことはなかったけど。

何か、店員さんの1人は修行中のようで先輩に「暖かいそばの湯切りだけはしっかり覚えてね。きついかもしれないけど。湯切りが甘いと汁の味が変わっちゃうから」と指導されていましたが。何度も同じソバでおけいこしてましたけど、繰り返すウチにソバがねちゃねちゃになって湯切りどころではなくなっているのではないかと。ざるの中はソバではなく、蕎麦搔き状態に近付いていたのではないであろうか。

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2010年11月15日

川根筋で鍛えた腕前。

川根筋、ま、大井川の流域ですな。

古くは林業、近世は水力発電で活況を呈したエリアですが、基本的に道が細い。
そんな川根筋を車で行き交うこと2年。

林道のような細い道での運転は本当に慣れました。
細いヘアピンが連続しても、苦にならない、離合もなんのその。

その昔、木曽川は檜や杉を筏流しで下ろしましたが、大井川筋は仮の堤を築いてその上に水と材木を溜め、堰を切って一気に下流に流すテッポウ流しが主流だったと聞きます。そんな山あいの道で鍛えられた腕、東名の大渋滞を避けるために、湖尻峠を越える度に感謝の一念であります。

ちなみに某hpでは「裾野インターから県道337号線で湖尻峠へ登っていくルートです。裾野インターを出て国道246号線から県道337号線に入ります。湖尻峠に出たら、右方向が芦ノ湖スカイラインになります。 このルートは、県道の道幅も狭いですし、県道への入り方も複雑です。渋滞時の迂回ルートと考え、十分な安全運転でお願いします」とのこと。DSCN7338.jpg(写真は拝借もの)

この峠の登り口にコンビニがあるんですけど、思わずにぎりめし2個とウェイダーインゼリーを買いましたな、万一のために。

深良用水の上を走るこの峠、上がりきってしまえば、ま、芦ノ湖スカイラインなのですけどね。
ただ湖尻峠から一気に箱根峠まで外輪山の上を抜けてしまおうと思ったら、この有料道路、営業時間があるのです。午前7時から午後7時まで。夜間は閉鎖なのです。スパンと抜けるつもりが鉄柵で閉鎖されていてはどうしようもありません。

ちなみにこの日は仕方なく湖尻に下り、そのまま芦ノ湖の東岸、駒ケ岳の麓を元箱根へ(余談ですが、湖尻の隣の集落も元箱根。箱根駅伝の終点も元箱根。ややこしいですな)。元箱根から箱根新道に入って、西湘バイパス、大磯漁港で下りて、国道1号へ。途中で花水川の辺りから相模川近くまでは裏道を抜けて、国道134号。鎌倉の滑川から朝比奈に抜けて横横、というルートであったのですが。自宅まで約2時間半、ともかく渋滞ナシで走り抜けられはしましたけどね。

御殿場で「御殿場〜横浜町田間 渋滞40キロ」の表示でしたから。高速をつかってもそんなものだったのでは、と思うのであります。
posted by 曲月斎 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御殿場行。

先週は静岡・御殿場が現場だった。

出張に出掛ける時、出掛ける先でイベントがあると往生する。
今回もそう。富士スピードウェイでFニッポンが開催されていたので、軒並み宿が×。
やっとのことで見つけ出したのがここ、東山富士見荘という民宿。

39172.jpg元々は野村証券の保養所だったそうな。それを地元のホテルが買い取り、今年春から民宿にさらに衣替えしたよし。

場所は富士カントリークラブの上、箱根の外輪山の外麓になる。乙女峠へ越える道から裏に入る感じだ。

何で野村証券? と思ったら、この富士CCが関係しているようだ。赤星四郎設計のこのコース、設立発起人には岸伸介、石橋湛山、そして当時野村証券のトップだった瀬川美能留らが名を連ねている。要は仲良しがゴルフ場の廻りに別荘を建てました、ということらしい。

さて。宿の建物は古いものの、手入れが行き届き、文句はない。少々かびくさいのも、窓を1日あけはなって置けば、結構気にならぬ。風呂は近所から汲んでくる温泉だそうな。少々硫黄の匂いがした。朝飯もまずまずで、文句はない。真正面に富士山が玲瓏たる姿で見えて、リーズナブルな価格で結構リッチな気分になれる。

ただ、本当に御殿場市内というのは道が狭くて、往生した。あちこちですぐ渋滞が起きる。何しろ自衛隊の駐屯地もあちこちにあり、コンビニに立ち寄ると装甲車と隣り合わせる、みたいな稀有な体験もできる街なのである。迷彩服姿の自衛官がおでんやコンビニ弁当を買っている姿は何ともほほえましいような、不思議なような。
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2010年11月10日

「チャルメラそば屋」

日本の国民的歌手、美空ひばりの畢生の名曲だと思うのだが、全然、評価されないので敢えて紹介しておく。

チャルメラそば屋」である。

どんな歌かご存じない向きのために、YouTubeで見付けた画像を貼っておく。

いかにも進駐軍全盛の時代に78回転のレコードに吹き込んだ、というイメージが素晴らしいし、後段部分の英語歌詞部分の巻き舌ぶりにはなまじのジャズシンガーも足元にも及ばぬ至芸がある。



ということでパイイチご機嫌の小生も夜泣きソバが食べたくなるのである。

ここまでなら、単なる懐旧譚であるが。

この歌を3ムスタファ3というバルカン半島のバンドがカバーしているのである。
何で日本の歌なんていくらでもあるのに、この歌を選んだのは今以てナゾである。
このバンドの紹介文句は以下の通り。
「ヒジャズ・ムスタファ、サバ・ハバスら、バルカン半島出身と自ら名乗る3・ムスタファズ・3は、そのバルカンをはじめ、世界の各地のポピュラー音楽の要素を混ぜ合わせ、いまから思えば信じられないほどフットワークの軽い音楽を作り上げてきました。無国籍音楽というのは、これのことを指すのでしょう。ただし、無国籍だからこそ面白いのが、彼らの音楽の特徴。どのアルバムも聞いて驚くビックリ箱のようなつくりでした」

スープ・オブ・ザ・センチュリー

スープ・オブ・ザ・センチュリー

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: エピックレコードジャパン
  • 発売日: 1990/10/01
  • メディア: CD




ということですべては闇の中。
posted by 曲月斎 at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 天象乃音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連想のままに。

そもそも、9日の夕、車橋に出掛けたのは大した話でもない。
バーALCで、下町の炭酸の話になり、下町の炭酸=アヅマ炭酸→モツ焼きの本所・わかば→横浜なら車橋、という程度の連想で走り出した話だ。

戒厳令下のような横浜を見ていて、どうでもいいことを考えていた。
軍楽隊の歴史だ。

旧陸軍軍楽隊の系譜は警視庁音楽隊、陸上自衛隊音楽隊、航空自衛隊音楽隊へとつながる。
旧海軍軍楽隊の系譜は東京消防庁音楽隊、そしてごく一部が海上自衛隊音楽隊へとつながる。

旧陸軍音楽隊の一部である旧第4師団音楽隊は大阪市音楽団となり、センバツ高校野球の行進曲をいまでの編曲、演奏する団体として存続する、ま、毎日新聞系ですな。

で、余談ながら全日本吹奏楽連盟というのは旧・大日本吹奏楽聯盟であり、吹奏楽の元締として朝日新聞が大きくかかわっている団体である。

確かに管弦楽というのは素人の手の及ぶところではなく、ブラスの音というのは心地よいものではあるけれど、その一方で妙に統率というか、体育会的な匂いがするのは個人的には苦手である。

ということで、戒厳令下の横浜の夜は更けていくのであった。
posted by 曲月斎 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 深慮遠謀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

口臭の問題。

P1000340.jpg髪を短くしていると、実に面倒である。2週間、床屋に行かぬともう無精丸出しになる。
それが1カ月余になると、もういけない。

本来は焼津の三岡理容館に行きたいのだけど、行っている余裕がない。
仕方なく、野毛のメトロに行った。

この店は安値が売りで、ガキのころ、「大人1500円、子供800円」だった。今は「大人2000円」。いわゆる組合加盟店の半額である。

昔は若い職人さんもいて活気があったが、今はその影もない。
かつては店の待合所に「キワニスクラブ」での活動報告もあったが、もうそんなものはない。

扉を開いて入ると奥の1席に通された。
「スポーツ刈りで」「バリカン入れていいですか? 3分、5分?」
そんなことを言われても困るわけで、いつも見計らいでやってもらっている。
青入道にされそうだったので「とりあえず長めで……」
気に入らなかった時に修正が効くように逃げを打った。

ところがである。
オヤジはバリカンをガシガシと当てて刈り上げ、切れないはさみで毛をねじ切るように切り揃えていく。しかも口臭がきつい。
床屋で口臭がきついなんていう経験は初めてのことで、当たり前のようにやってもらっていることのありがたさをかみしめる。
もう1人もタバコ臭い息を吐きながら近付いてくる。
「襟足だけでいいから。顔は当たらなくていい」
あの口臭の下で顔を剃られるのは耐え難いと思った。

節くれ立った指はもみあげを刈る時にはまぶたにバシバシと当たる。
参った、という心境。

ただ。
そんな指ゆえに髪を洗ってもらう時に気持ちよかったのと、肩をもんでもらうときには気持ちよかった。それぐらい。

ともかく、床屋は口臭に気を付けないといけないという教訓を学んだ店だった。

若竹のお父さんが「うーん、近所の安い床屋で刈ってもらっているよ」と気安く言っていたのだが。なかなかに床屋選びは難しい。
posted by 曲月斎 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月09日

牡蠣フライの季節。

P1000339.jpg馬車道の丸和に張り紙が出た。
「カキフライ始めました」

なんと甘美な文字だろう。

ここのカキフライのよろしさは筆舌に尽くしがたい。
カキがジューシーでほっこりしていて、なおかつラードで揚げた香ばしさ。
おまけにいえば、付け添えられたタルタルソースのよろしさ。

何を欠点に挙げることができようか。
欠点を挙げるとすれば、品切れが早い点か。

ぜひ、この冬のRの付く期間にはご賞味頂きたい。
1800円という値段も実に納得である。

洋食屋のカキフライとはひと味違う、トンカツ屋のカキフライのおいしさである。
posted by 曲月斎 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

車橋もつ肉店の進化。

ひさしぶりに車橋もつ肉店を訪ねた。

著しく進化していたのに刮目した。

1)ガキがでかい
半年ぶりぐらいだけど、3人のガキがでかくなった。
身長が伸びる時には本当に伸びるもんだ。
相変わらずの親孝行にて、洗い物をかいがいしくする姿、あるいは暗算をさっさとする姿、実に頼もしい。

2)オヤジが偉くなった
ちょうど8人くらいの団体が入ってきた。入って来るなり、オヤジが一喝。
「五月蠅くするんだったら出て行ってもらうから」
正直のところ、日本語の不自由な年代ではあったが、見事に静かになった。
ぼそぼそと「なまら美味い」とかいうのがやっと。
居酒屋はオヤジが主導権を握ってナンボである。

3)客の進化
ここの店は最後はきれいに片付けて帰るのがお約束。以前はそのままに帰る客もいたが。
食べ残しを捨て、皿を配膳口に返して帰る客が次々。
店の教育のほど、恐るべし。
客がよく馴致されたというべきか。

4)相変わらず濃い焼酎
新兵器が登場した。
ワインクーラーのような焼酎入れである。
お茶割りを頼むと、この銀器の中から焼酎を柄杓で掬い入れてくれる。
グラスの8分目くらいまで焼酎が入る。
お茶割りだと「おーいお茶」から「おーいお茶濃いめ」に代わったがが、焼酎の濃度が高いことに変わりはない。
正直のところ、3、4杯飲むとかなりやばい。

ということで、「車橋もつ肉店」は見事な進化を遂げていたというお話。
posted by 曲月斎 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

「歌う国民」


歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)

  • 作者: 渡辺 裕
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/09
  • メディア: 新書



「唱歌」というと日本人の原風景を描いた世界みたいに思うけれど、その実は結構、違う姿であったということを教えてくれる1冊です。
明治の文明開化の当時、なぜいち早く、明治政府が音楽教育(正確に言えば歌うこと)を教科として導入したのか。文部省教科書の中で、国語と唱歌はある意味で素早く形になった訳ですが、その意味を歌うことを通じて国家の意識を醸成することにあったという視点は示唆に富んでいます。
その後の県歌(「信濃の国」が代表例として取り上げられますが)や、校歌、ラジオ体操や、地方の新民謡運動まで、一つの水脈が続いているというのは、すこぶる面白い展開です。さらには、戦後の「歌声喫茶」まで話が展開すると、歌うという作業のもつ意味の大きさを改めて考えさせられます。
同じテキストの歌を同じように歌えること、というのは、意外や大きな力を持っていることに気付かされます。知的な刺激の多い1冊でした。
それと、日本には「替え歌」の文化があるという話も面白く、今はやりの著作権の観点からは、いろいろと堅苦しい問題も派生しているのを改めて認識したことでした。
お勧めの1冊です。
posted by 曲月斎 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川越・小川藤/鰻

店頭.jpgさて、前夜のタクシー運転手氏が何となくこの店が美味いと暗示してくれたのがこの「小川藤」。これで「おがとう」と読む。

2大人気店の「いちのや」「小川菊(おがぎく)」のうち、後者ののれん分けのよし。

都市重要景観建築物とかいうのに指定されているこの店。そんなことには気付かずに、隣の空き地の駐車場に車を停め、着いたのは11時半ごろ。駐車場側の外壁は真っ黒に塗ったトタン板で、かつて両国にあったフグ料理の「ひょうたん」を連想させるような構え。
まだ暖簾が出ていない。何時からかとのぞき込むとすでに先客。店の方はおらず「座って待っていれば大丈夫」との助言に中に入る。
テーブルが4台、あと入れ込みの座敷が6畳ほど。2階には宴会ができるような畳の部屋があるみたいで歓声が聞こえる。

待つことしばし、女性の店員さんが現れ、「何にしますか」とのこと。本当は飲みたいところだが、車できていたので我慢。鰻重の特上を頼む。あと白焼きの小を追加。

曇り硝子越しに見える調理場では男の職人が一人、せっせと鰻をさばき、焼き場にむかっている様子。「少し時間がかかります」とのことだったので、前夜の店の不平をこのブログに書き込んでいる間に、白焼き登場である。
白焼.jpg何とも素っ気ないお姿ではあるが、味の方は確実。
皮もパリッと焼け、身はほっこり。脂も適当にのっている。上々だ。お茶で白焼きをつつくというのも間が抜けているなと思いながら、なおも待っていると、本命の鰻重の登場である。

鰻重.jpgあまりの感動の余り、鰻にピントが合っていないのはご容赦。
香りがお届けできないのが残念だ。
タレは甘すぎず、コクがあって上々。身もうまい。
特上だと1切れ、マムシ状態で飯の間にサンドしてあるんであります。

ということで、大満足をして帰還。川越に小川藤あり、というところでありましょう。

一つ、鰻屋の採点ポイントで「山椒が青いか、黄色いか」というのが個人的にあります。
いい鰻屋は山椒が青くて、ヒリリとした味わいなのですが、どうでもいい鰻屋は黄色くて気が抜けているモンです。実はこの小川藤、どちらかといえば山椒は後者だったのですが、これはまあ、逆さ柱のようなものとあきらめることにしませう。今度は山椒持参でいきますか。

小川藤
〒3500056 埼玉県川越市松江町2丁目3−1
電話 049-222-0643
posted by 曲月斎 at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

予告編の不思議。








以上、小津安二郎の映画の予告編なのですが。
どうも見ると、今面白いと思うポイントと、当時のポイントが微妙にずれている気がしてならないのですが。

ご覧になっていかがでしょう?
posted by 曲月斎 at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする