2010年08月27日

福岡・かつえだ

福岡にきて、何が食べたいとなると、この店を思い出す。

日常の味なのだけど。
頼むものは決まっていて、ロースのソテー。

店の場所は覚えているのだけど、車で行くための段取りを忘れた。
要は通りの名前と交差点の名前。
これが分からないと、どういっていいのか分からぬ。

店に聞いたら、指示してくれて何とかたどり着く。

カウンターに座って食事をしていたら、店主が「看板だけでも点けておいてやらんか」と若だんなに声を掛けている。小生が問い合わせを気にしてのことだった。

電話したのは小生、もうついているのでご安心をと名乗ったのだが、
こんな心配りが妙にうれしかった。

ロースのソテーがひとしおおいしかったのは言うまでもない。

ちなみに通りの名前は高宮通り、交差点の名は平尾北。
1本裏の通りにあるこの店、なかなかに忘れがたい。
posted by 曲月斎 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食飽食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

「それでも日本人は戦争を選んだ」


それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

  • 作者: 加藤陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2009/07/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



非常に知的な刺激に富む1冊です。
お勧めしたいな。

楽しい。
久しぶりに新知見が手に入る1冊、というのはうれしいもんです。
posted by 曲月斎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

博多対馬小路・水炊き長野

博多といえば水炊きである。
水炊きといえば、新三浦、いろは、そして長野である。

長野は確かにうまい。

この糞暑い日々が続いているというのに、店はほとんど予約でいっぱいだ。
17時、19時と入店時間のピークがあって、そういう意味でこの日も予約は取らなかったのだけど、20時過ぎに飛び込みで行ったら、すんなりと入れた。

帳場で「骨付きの鶏肉とつみれ、どちらにしますか」と聞かれるので、1人前ずつと頼む。
そんなに多い訳でもなし、一人でも食べられぬ量ではない。
そもそも言えば、ここの水炊きはスープを楽しむものであって、身は残してしまってもいいのだ。

新三浦は白濁したスープがうりものだけど、ここは透明。塩とコウトウネギを入れたスープが美味だ。

肉が入った鍋が供される。続いてつみれともつが入る。最後に野菜。
ということで、まずビールの中瓶、続いてお酒。
菊正宗というけど、ちょっとエチルアルコール臭い。若竹でなじんだ味なのだけどなぜだろう。

順次、食べ進んで、最後は汁掛け飯にする。
去年は気がつかなかったけど、飯がまずい。
せっかくのスープなのに。

要はみんな雑炊にするので、保温ジャーの匂いが移ってしまっているような飯でもごまかせる、ということだ。せっかくのスープ。本当は汁掛け飯がうまいのだから、飯もうまければもっとおいしかったのに。

ということで、水炊き長野はいい店なのだけど、手抜きも目立つということで。

写真は後日。
posted by 曲月斎 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食飽食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

土佐の国柱。

山本周五郎の掌編に「土佐の国柱」というのがある。

あらすじを言ってしまえば、山内一豊が土佐に入封したものの、地侍の力が強く、領国の統治はうまく進んでいるとは言えなかった。

一豊が特に目を掛けていた高閑斧兵衛は一豊は死の床に伏していたのだが、斧兵衛にただ一人家臣の中で追腹を許した。ただそれには条件があった。追腹は三年後、そして封じられた土佐を平らげることが死出の土産とすることがその条件だった。斧兵衛は地侍と結託する形で、武装蜂起を促し、自ら討たれることで、積年の課題を解決するという荒療治だった……。

ま、長編の「樅の木は残った」と同じようなプロットなのだけど。

今回の民主党の総裁選問題。
小沢一郎の動きは高閑斧兵衛、という見立てだったら面白いんだけどね。

そうはいかないだろうね。むしろ、菅直人の方がそういう立場に見えるかもしれない。
posted by 曲月斎 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 平々凡々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

このところ、読んでいる本。


芸の秘密 (角川選書)

芸の秘密 (角川選書)

  • 作者: 渡辺 保
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 単行本



この渡辺保の本。
藝談をつづるような形式で面白い。


それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

  • 作者: 加藤陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2009/07/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



日清戦争から15年戦争に至るまでの歴史の動きを読み解いた1冊。
この本の面白さは、歴史の教訓をいつの指導者も学びながらも、
自分の都合のいいように解釈する、という姿だ。
教科書では教えないような、分析になっているのに好感。
たとえば、第1次大戦時の日本の行動。
山東半島に出兵したこと、地中海で兵員輸送したこと、南洋諸島を占領したこと。
このくらいのことしか書いていないけどその裏にいろんな思惑が国内外にあったことを指摘している。
そんな点で面白い。
歴史の見方は決して皮相で済むものではない。



知に働けば蔵が建つ (文春文庫)

知に働けば蔵が建つ (文春文庫)

  • 作者: 内田 樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/11/07
  • メディア: 文庫



ウチダ先生のブログをまとめた1冊。
結構、時間はたっているのだけど
なおその内容が古めかしく感じないのは
分析のゆえだろう。
面白かった。
posted by 曲月斎 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文久生まれ……。

このところ、問題の本質をすり替えるような話が続いている。

高年齢の人間が戸籍の上で生き残っていることになっていた話だ。

こんなことは当たり前の話で、死亡の届け出が出なければ、戸籍の上では何歳にでもなる。
そんなことは広島や長崎、空襲や震災のあった街ではごく当たり前の話だ。

「原爆戸籍」といわれた一群の戸籍がある。
戸主以下、原爆によって一瞬に全滅してしまった家の戸籍だ。
とうに1945年8月6日で時間は停止してしまっている人間が書類の上では生き残ってしまう。
こんな話はとうの昔に分かっていた話だ。

住民票は行政の実務上、欠かせない基礎情報だから、行政も一生懸命になる。
でも戸籍はそうではない。

一方、その前に報じられた高齢者の失踪問題は別だ。
地域のセーフティネットが崩壊してしまった今、行方不明になってしまっても、それが問題にならない。
謂わば独居老人が看取られぬままの死を相次いで迎えている問題が重要なのであって、
この文久生まれ、慶応生まれの人間が書類の上でいた、と言う問題とは別なのだ。

民主党の代表選問題もそう。
何か問題の本質をずらしてしまおうというバイアスが働いているような気がする。

何か変、だ。
posted by 曲月斎 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

尾州行。

名古屋に日帰り。

ご同業はこの炎暑の中、朝から断郊のお稽古だそうだ。
こちらはご遠慮申し上げ、午後の会合だけの出席。
それでもやはり現場に出かけた方が、いろいろと得るものが多いのは言うまでもない。
安物の刑事ドラマではないが、現場百回、である。

往路も復路も新幹線はなかなかの込み具合。
「五人廻し」で「東京駅から下関まで急行列車の上がり賃が欲しい、って欲張ったヤツだね」って女郎屋の落書きを読む下りがあるけど、そんなことは今でも一緒といっていい。

帰りの名古屋駅。
立ち食いきしめんが救いだ。

新大阪駅にはうどん屋さんがなくなってしまったけど、名古屋駅にはきしめん屋さんが上下線ともにあるのがうれしい。

不思議なもので、七色唐辛子の文化圏と一味唐辛子の文化圏の違いがある。
名古屋は一味唐辛子文化圏である。
posted by 曲月斎 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八月某日(承前)

某日
仕事の現場の箱根から帰宅。
湯本廻りは大渋滞との情報を得て、乙女峠越えで御殿場に出、東名へ。
東名に乗った途端に渋滞。
何のことはない、2車線目で事故。割り込み損ねたらしい。
傍迷惑な話である。
その先、大井松田からは30キロの大渋滞。
仕方なく国道246号に下り、ひたすら東へ。
大井松田ICが覚えていたよりも山の中なのでちょっと焦る。

トロトロとする個所がありつつも何とか厚木まで出、そこからは片側3車線。一気に厚木街道まで出て、保土ケ谷バイパス経由で帰宅。

改めて思う。
高速での運転がヘタな人大杉。せめて50メートル車間距離を空ければ、前の車のブレーキへの過剰反応が減らせるのに。一人がブレーキを踏むと後続が次々。瞬く間に詰まる。

気が付けば我が愛車が51200キロ。新古車で買った時が1200キロ。とうとう5万キロを突破してしまった。

運転するようになって3年目。
1年目は事故ばかり起こしていた当時、「1年もすればなれるから。それまでは授業料だと思って」と励ましてくれた叔母が今朝身罷る。
posted by 曲月斎 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月21日

八月某日。

某日
かかりつけの歯科医。
ちょうど去年の8月に左奥歯が痛くなった。投宿先のホテルの紹介で歯医者にかかったのを思い出す。帰宅してから改めてかかりつけに受診。「顎の骨が溶けてますね」との診断。要は歯周病ということで、あれこれと手当を尽くしてくれます。
で、最近、マウスピースを作ってくれました。
「夜中にかみしめているんじゃないですか。奥歯に負担がかかるといけないですから、マウスピースを寝るときにつけてくださいね」
何か、不思議な感じであります。
でも、同級生の歯科医に言われたことなのだけど、定期的に歯科医に受診をするというのはいい習慣かもしれない。

某日
出張で箱根。
投宿先が夜飯を食べるところがない。
近所の居酒屋、食堂も込んでいるうえ、午後8時ごろが閉店時間。
入れてもらった店では、奥の板場から罵声が。
「もう8時過ぎてんだぞ。何時まで店をやるつもりなんだ」「注文は一遍にしてもらうから」「もう閉店なんだぞ」てなやりとりが。
そうこうするうちに、別のグループまで入ってきた。何だかんだで9時過ぎまで在店。何だったのだろう。

某日
今度の夕飯は前夜、断られた鰻屋。
鰻屋というと、店員が作務衣、みたいな感じだが、なぜかチョッキにワイシャツ、ネクタイ姿。
鰻重が鶴(上)が3780円、亀(並)が2780円。
この店主の口上では「どちらの鰻も大きさに変わりはない。質が違うだけ」だそうだ。
焼き上がるのに30分かかるそうで、先に注文して、焼き鳥と鰻巻きをつまみにビール。3058534.jpgつっけんどん、というわけでもなく、無愛想という訳でもないのだが、どこか高飛車。気に入らなければきてくれなくてもいいという感じ。
これでまずければ文句たらたらなのだけど、甘さ控えめのタレで、結構美味いんだな。おまけに、鰻のタレで焼いたであろう焼き鳥がうまい。鰻巻きも上方風に出汁をきかせたもの。上々なのである。
悔しいような、文句をつけるのが筋違いなのか。ともかく得心のいかぬままなのが不思議な。

某日
今回の出張では替えのパンツを忘れた。仕方がないので、毎日仕事から戻るとホテルの洗面所でパンツを洗い、バスタオルに挟んで巻き込み、足で踏んで乾かす。何とも危急の事態。
この洗濯の方法は確か、永六輔の本で読んだ知恵。たいていのものは乾いてしまう。
そういえば、以前、7月に長い出張に出るのが常の先輩がいた。
先輩はそう大きな荷物を抱えてあるく訳にもいかず、こう話していた。「洗濯ってそんなもん、風呂に入る時に体を洗うのと一緒に洗ってしまえばいいこっちゃ」と。
自分の経験でも、四国のお遍路の時、荷物を減らすことの方が先決になってしまい、余分の着替えを送り返した覚えがある。この点からも余計なものを如何に背負って歩いているのか、改めて思い出す。

某日

相撲のひみつ

相撲のひみつ

  • 作者: 新田 一郎
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2010/02/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



東大の新田先生が本を書いていた。知らなかったのだけど、ま、相撲の入門書ですな。
内容は……。何しろ東大相撲部長ですから、自分でやる時の話が出てくるのが。でもイラストがご本人によく似ているのが面白かった。
posted by 曲月斎 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

遠赤外線?

この暑さで脳味噌が熔けるかどうかは別にして、
先日、焼き鳥屋で考えたこと。

この店は備長炭で焼いて居るんですけど、カウンターに座っていると、カウンター越しに炭が赤々と熾っているのが見えるんですな。

もちろん、焼き鳥も焼けるんですけど、遠赤外線、とかいうもので、脳味噌も加熱されるのではないか、と。

もちろん、焼き台の前にいるオヤジさんは一番、暑いのはいうまでもないんですけど、客も一緒に加熱されているのではないか?

おいしい焼き鳥を食べるためには、客も亭主と共に、暑さを味わった方がいいのではないかな。でも暑いよね。

先夜のこと。頭蓋骨の中が熱を持ったみたいな気分で。首筋にぬれタオルをあて、冷やしていると少し熱がとれたみたい。

恐るべし、備長炭パワーなのかもしれない。ま、「体の奥深くまで暖めます」みたいな広告文句はほとんどがガセだとは聞くけれど。
posted by 曲月斎 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本当に暑い。

2010-0817.jpg本当に暑い日々、ですな。

ここ気象庁のhpは、実に視覚的にも暑さが見えます。
この画像は17日の絵。
紫色のドットは最高気温が35度以上の地点。きょう19日の画像では、紫色の地点が西にシフトしているのがよく分かるけど。

本当に暑い夏、です。
夏が暑いのは当たり前なんですけど。

今週は現場が箱根、暑さ和らぐ、というんですけどね。
久しぶりに乙女峠を越えたのですけど、あの道も今は無料になったんですね。昔は料金を払いたくないという一心で、旧道を上り下りしたもんですが。
posted by 曲月斎 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

片山慶次郎師死去。

このところ、この暑さゆえに、訃報が相次ぐ。
京・片山家の次男、慶次郎師がなくなった。katayama-k.jpg

兄の博太郎師の藝はいかにも長男坊らしく、鷹揚なイメージだったが、切れ味という点では慶次郎師の方が上だった気がする。三男の元三郎師は杉浦家を継いでいるのだが。もう片山3兄弟なんていう言い方も過去になったのですな。西町三兄弟という言い方が死語になったのと同様に。

確か長く京大観世会の指導に当たっていたはず。ご冥福を祈るばかりである。
posted by 曲月斎 at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 三間四方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

石川五右衛門は……。

昨夏もそうだったのだが、家に不在のことが多い。
まして転勤が当たり前の身の上。

クーラーなど無用の長物。
夏の暑さなど、忍耐と天然の風で十分と思ってきたのだが。

もう耐えられぬ。
暑さに負けた。

畏友のI君の前夜の助言が効いた。

環境への負荷とかきれいごとを言っている場合ではないことを悟る。
近所のヤマダ電機に走り、クーラーを買うことにした。

兼好法師がおっしゃっておられたのを思い出す。家の造りやうは夏を旨とすべし、と。

室町時代なら熱中症ならぬ霍乱、とでも言っていたのだろうが。

うーん、石川五右衛門は熱かったろう、ってか。

posted by 曲月斎 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

暑そうな。

文句を言いながらも、軽井沢は涼しかった。

窓を開けているだけで、涼風が吹き抜けていく。
軽井沢駅で新幹線を待つ間、駅のテラスで一服。
ちょうど旧軽の辺りでなぜか盆踊り大会のようで、炭坑節が響いてきた。

こんな場面に出会うと、つい思い出してしまうのが、映画「張込み」の中で宮口精二がつぶやく台詞だ。張り込みに出かけた佐賀の木賃宿の2階の廊下で手すりに寄りかかってつぶやくんだな。「知らぬ他国の夏祭り、かぁ」って。

祭りのにぎわいが逆に旅愁をかき立てる。
新幹線で1時間余の距離とはいえ、そんな気分。
たぶん、東京駅に着き、ホームに降り立った途端に思うのだろう。「アチ」って。

posted by 曲月斎 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

沢屋のジャム。

ひと昔前、軽井沢の土産といえば、「沢屋のジャム」であった。

今みたいに有名になる前は、本当に希少品だった記憶がある。

悲しいかな、そんあ記憶はいつになっても消えない。軽井沢に行ったとなると土産は沢屋のジャムとなってしまう。

今回も現場と投宿先の往復の間、バイパス沿いに店を見付けていたので、ああ、あそこに寄って土産にすればいいか、と思っていた。

でも、今、WEBでしらべてみると、沢屋はすでに通信販売をしており、横浜や日本橋の高島屋を始め、全国各地で売っているではないか。
こうなると、土産品としての希少価値は非常に下がる。

重たい思いをして、担いで帰ってきたのではあるけれど、いささか落胆。
このごろ、選んだ土産品にこの手のものが多い気がする。
何か、トホホなんだな。

こうなると「××に行ってきました」風の土産しかなくなるんだよなぁ。
posted by 曲月斎 at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中軽井沢、だった。

投宿先があまりにひどく、不愉快指数が急上昇だった今回の軽井沢行。

せめてもの救いが、仕事先の大先輩が教えてくれた中軽井沢の2軒の店。

どちらも国道18号沿いにある。

その1)和み屋
居酒屋兼定食屋、といった店。
揚げ物から煮物、焼き物、なんでもござれ。
家庭の台所がそのまま、といった風情だ。
夏野菜、特にナスは油味噌炒めが一番うまいと思っているのだが、ここのニンニクソース炒めもなかなかにおいしかった。キュウリのたたき、モヤシのおひたしなどなど。最後は豚の味噌炒め定食。店内は予約の客で結構にぎわっている風情。酒屋の裏にあるのだが、表の酒屋とは無塩のよし。「真澄」がハウスボトル。特撰を3杯呑んだ。いい心持ち、といってもたぶん2合4勺くらいなのだけど。

長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉2380
電話 0267-46-6262

その2)キッチンパパ
中華料理スナック、という感じ。
先輩には「ここの担々麵が絶品」という触れ込み。
とりあえず車を運転していたので、アルコールはなし。
餃子と大辛の担々麵を頼む。担々麵は白ごまペーストを存分に出汁で溶いた感じの味で、すり鉢に入れて供される。追加で「ちぎりキャベツ」と、「豚バラ肉とモヤシの塩炒め」を頼む。
結構、幸せになれる感じ。駐車場は店の裏手。
この店も前記の店同様、夫婦で切り盛りしているようで、気のいいご主人が厨房で頑張っている。

長野県北佐久郡軽井沢町中軽井沢3-8
電話0267-45-2351

この2軒のおかげで、不満の塊だった今回の出張も少し気分が和むことができた。
7aabf0fd.jpg
帰りの長野新幹線は満員。指定席のとれる列車に乗車するため、約1時間半の待ち時間。車内販売で会社用のお土産とおぎのやの「峠のかまめし」を買い、土産とする。

釜飯の釜が捨てられないんだよね、なぜか。使うあてもないんだけど。




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2010年08月13日

軽井沢である/承前

軽井沢滞在3日目。

どうも大学時代のことが忘れかねる。
高校の同期のH君。彼が何を思ったのか、夏休みのある日、「軽井沢に行こう」ということになった。
昼間のバイトを終えた後、数台の車に分乗。当時は関越道はまだ首都高速とつながっておらず、岩槻までしかきていなかった。だから、横浜から環8、四面道を抜けるのが一つのテクニック。裏道にはやたら精通していた彼の案内で、何とかすり抜けて、関越へ。

国道18号を上がり、碓氷峠越え。もうすでに夜中になっていた旧軽井沢の町中を走り抜け、鹿島の池、旧峠の茶屋、などなどをぐるりと巡って、帰りはバイパスへ。

何をしたわけでもなく、何をしにいったのでもない。バブル前夜、軽井沢の雰囲気を味わわせてくれたのかもしれぬ。

で、ここ1週間の風邪。毎日、抗生物質を服用しているのが原因か、大腸が張って仕方ない。そういえば中国に行く前に、会社の医師が「ビオフェルミン。馬鹿にしないで。黴菌が入ってくる前に、大腸菌が元気になっていればいいんだから」。そのことを思い出して、普段は呑まないヨーグルトを服用する。

ということで、この夜は中軽井沢の蕎麦屋、かぎもとやの支店に。何か、もそもその蕎麦で、ちょっと……。

国道18号沿いのカインズホームと、まるやとかいうスーパー。せっせと通っています。
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2010年08月12日

軽井沢である。

軽井沢である。

避暑地の王者、軽井沢である。

今回の宿は塩沢のペンション。1979年創業というから、ちょうどバブル前夜。猫も杓子も女子も赤子も「テニスだ」「スキーだ」と浮かれたあの時代である。宿の女主人もそんな時代がどこか懐かしげだ。

宿の部屋はといえば、去年の夏、苫小牧でどこにも泊まれず、勇払の民宿に泊まったことを思い出す。部屋は食堂の脇から3尺幅の廊下をカギの手に折れた奥、6畳間にベッド2台。勇払の民宿の方がちゃぶ台があった分、ましだったかもしれない。

前夜もそうだったが、仕事から戻って、別注しておいた夕食を食べようとするとすでに冷め切っている。何の因果か。
それにしても往年の「ユースホステル」のような乗りもあり、いささか疲労感を禁じ得ない。主人、女主人とも「ゆっくりしてください」というのが口癖なのだが、その脇で孫が残飯を片づけ、せわしなく立ち働いているのを見せつけられてはゆっくりもないものだ。

さて。不思議なところだ。軽井沢は。
軽井沢を貫く国道18号、軽井沢バイパス、あるいは草津の方に抜ける道はいずれも大渋滞。片側1車線だからどうしようかと思うくらい。でも何があるという訳でもない。

そういえば、その昔の名著「見栄講座」の1章に「見栄軽井沢」という項目があったのを思い出した。夏はテニス、そして冬はプリンスでのスキーと浮かれたあの時代。その余熱が今も下界が炎暑になるとよみがえってくるのかもしれない。

そういえば、安中のラブホテルに輝いていた「自由の女神」像はどうなったのだろう。関越道からまばゆかったものだが。
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2010年08月11日

信越行。

生まれて初めて長野新幹線に乗った。

もちろん、上越新幹線に乗ったことはあるけど、碓氷峠越えをするのはいつ以来のことだろう。そもそも長野県に出かけること自体がなかったといえばなかったのだけど。

今は車中。薄暮の関東平野をひた走る。遠く秩父の山々が見える。
長野新幹線の座席の幅は狭いような気がする。小生が太ったからだけではあるまい。

碓氷峠といえば横川の釜飯である。
前回、といってももう35年ほど昔のことだ。今でも売っているそうだけど、主力は鉄路よりも、信越道とか、デパートの駅弁大会になっているのだろうな。森のいかめし同様に。

この辺りで忘れていけないのは、高崎駅の「とりべん」である。
「だるま弁当」ではなく、とりべん、なのである。あのそぼろと照り焼きの載っただけの簡素な弁当は確かに推奨するに足る味である。

「吾妻はやとし日本武 嘆き給ひし碓氷山 穿つトンネル二十六 夢にも越ゆる汽車の道」と歌うのは「信濃の国」。長野県民ズイキの涙もの。五十展転随喜の功徳。

とこう書くうちに本庄早稲田を通過。目的地に着くのは20時前の予定。
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2010年08月10日

円満井座棟梁。

nobutaka.jpgなくなったよし、だ。

金春流七十九世家元、金春信高、氏である。
そもそも流儀の本拠が奈良にあり、東京では桜間が辛うじて地盤を張ったこの流儀。
その歴史の古さは承知だが、家元の存在感は薄かったというべし。

桜間弓川、桜間道雄と時代に受け入れられた存在が居たにもかかわらず、「その型は家元の書き付けにもある」みたいなことを言っていたオヤジ、という印象しかない。

棺の蓋を覆って価値が決まるとすれば、1)謡本の昭和決定版を出した(これが明朝体のつまらない味も素っ気もない謡本だが)。2)とりあえず金春流を存続させた−−−くらいかなあ。

太夫藝というものがあるとすれば、この人の翁は1度、式能で見た記憶があるが、確かにそれなりの品格だったと思う。

冥福を祈りたい。
posted by 曲月斎 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 三間四方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする