2010年06月30日

ななくりの湯(承前)

榊原温泉.gifもともとは神宮への道中の湯垢離場、だったようだ。
確かに鈴鹿関は美濃の不破関、越前の愛発関と共に要衝であったし、加太越は関西本線が走る。山を下りて、ここで一風呂、という気分も分かる気がする。

しかし、周囲には田んぼが広がり、今はほたる祭りの最中だそうだ。8時からは宿がホタルの飛び交うところまで連れて行ってくれるそうだ。

明日は宴会が入っているそうな。夜はにぎやかなのかしらん。宿屋の仇討かな。
posted by 曲月斎 at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

湯はななくり

今週は三重でお仕事。

三重といってもいささか広いということを実感した。
東名阪で木曽川を渡り、長良川、揖斐川と過ぎてもなかなか津に着かぬ。桑名、四日市、鈴鹿、亀山……。

津に着いた。
津といっても広い。広いはずだよ。平成の大合併。津市、久居市、安芸郡全3町1村(安濃町・河芸町・芸濃町・美里村)、一志郡3町1村(香良洲町・一志町・白山町・美杉村)の計10市町村。こうなると、訳分からん。

久居ICで下りて、泊まったのが榊原温泉。
ものの本では「枕草子」に紹介されているとあるが、さて。
枕草子の中でも能因本系など一部異本にある本文に、「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」(117段)とあるそうだ。ななくり=榊原温泉というのがこの温泉のうたい文句の由来である。

さて。やっと今さっき着いたところ。温泉に入ってきますか。
窓の外には部屋の明かりで集まってくる青いカメムシがすごい数だ。
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2010年06月27日

長生きも藝のうち。

image_12211234868.jpg新聞の死亡欄を見て、「ああとうとう祥六も死んだか」と思ったら、息子の方だった。

まだ50歳。
能楽師では若死にである。

自分とほぼ同年代だから。
まだ小生が能楽堂にせっせと通っていた頃は、父親の祥六も若手主体の研究会に出ていたのだから、まだ息子の方は部屋住みの身であったか。慶応が坂井音重、学習院は藤波、国学院が武田志房、関根は東大だったか。そう関東観世流学生能楽連盟なんてまだあるのかしらん。

学生のころから元々、家元系の能楽師はほかの流儀以上に疎遠なので、見た舞台があるかどうか。もしかしたら「輪蔵」のツレかなにかで見ていたかもしれない。見た記憶がない。

でも、何で印象に残っていたかというと、別冊太陽の「道成寺」で取材に出てきたから。西村高夫、長島茂と共に、独立5周年記念として彼は道成寺を披いた。その時の話が出ていた。

ともあれ、能楽師としては50歳では何もしていないのと同じ。大動脈瘤解離だそうだが。ご冥福を祈りたい。能楽師は長生きも藝のうちである。
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2010年06月26日

モアイ像と元力士

b0141528_23125137.jpg今週の仕事場に出かける途中に霊園があります。
ま、市の郊外なので、霊園があってもそれは不思議ではないのだけど。

不思議なのはその霊園の入り口にずらりと列をなすこのモアイ像。

巨石の文化ってのはあるけど、ついのすみかの脇にこういうものが並んでいる風景というのは、少しにぎやかな気がする。祖霊信仰を喚起するものがあるのだろうか。

ところで巨大なるもの。
すすきので体のでかい人、というか、がたいのいい人を見ると、思わず顔を見てしまう。
元力士なんじゃない? って感じで。
なにぶん、この時節ですからね。
確かに元力士というのはどこか、独特の雰囲気を持っているものです。
元力士でもかまわないのだけど、ちゃんと正業に就いているのかなって思わず余計なおせっかいながら考え込んでしまう。


モアイから元力士へ。大きなるものは何かを考えさせる。
どうもイカンですな。
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2010年06月25日

ア式蹴球と手形法

どうでもいいんですけど、とりあえず、決勝Tに進出ですな。

要は、闘莉王とか、中沢とかが目立たない試合というのはいい試合、ということなんでしょう。
守備がどうこうという論議をしているア式蹴球よりも、点を取る選手が目立つ試合の方が、はるかに健全ではあると思う。野球でいえば、捕手のインサイドワークが目立つような試合っていうか。

しかし、NHKの放送の夜郎自大ぶり。情けないね。

ところで、手形割引とか、白地手形、融資手形なんていう言葉を最近聞かないと思って、そういう商習慣がなくなっているのかと思ったら、それは「コマーシャルペーパー(CP)」という呼び名に変わっていただけなのね。

何か、日本の知性の低下を感じるのは小生だけだろうか。
posted by 曲月斎 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白樺林……

花2.jpg白樺林、緑を吹き抜けてくる風が心地よいのであるが、きょうは最高気温が30度とか。やはり暑い。

酉.jpg池の鴨もいささか季節はずれの陽気にとまどっているように見える。


こんな花が風に揺れていると、それを見るだけで少し涼しいような気分になるが、実は暑い。
花1.jpg


さて。である。
posted by 曲月斎 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「白昼の死角」と札幌の夜。

札幌である。

出がけに本をもってでるのを忘れたのに気づき、空港で買う。
空港のゲートが一番外れ、喫煙できる喫茶店のそばだったので、そこで本屋を物色。目に付いたのが高木彬光の「白昼の死角」と開高健の「白いページ」。どちらも京極夏彦並みに厚い本なのだが。

で、札幌に着き、仕事先に立ち寄り、仕事をまずこなして、今札幌在勤のKさんと合流。

Kさんお勧めのジンギスカン屋「結び亭」に連れて行ってもらう。何か、地元の方お勧めというだけで、うまい感じがするのが不思議なのである。22943P193N05.jpgもう何年にも定宿にしているロテルドロテルに戻る。ユニバーサルデザインそちのけの宿だが、妙に落ち着く。

で、ホテルに戻って、所在なくベッドの上で「白昼の死角」の拾い読み。
白昼の死角 (光文社文庫)

白昼の死角 (光文社文庫)

  • 作者: 高木 彬光
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2005/08
  • メディア: 文庫



光クラブ事件を題材に、とは知っていたけど、それ以外に結構、今となっては荒唐無稽としかいいようのない、手形詐欺を繰り返す話である。

何となく枕の位置を探りかねていると、結構時間がたった。

ただ、小説というのは進化するもので、最近は読まれないけど、和久峻三辺りの手形詐欺ものの方が面白い気がする。話の中身がお話に過ぎる気がするのであった。

というような文句を言いつつも、結局、拾い読みが前へ行ったり後ろへ行ったりで。結局読み通してしまったのであった。

北国の夜は明けやすい。この時間ともなれば、日本−デンマークの試合も気になる。一応、関心の外ではあるけど、全然見ないのも「非国民」かと思い、テレビをつけたら、何となくFKで点がポンポンと入ったみたい。寝付けぬままに朝がきて、結局きょうはとんでもない一日になりそうなのである。

札幌の今日の予想最高気温は6月としては異例の30度。困ったもんだ。

posted by 曲月斎 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

鰻。

横浜で鰻といえば、「わかな」と「八十八」だった。

タレの味で言えば、わかなが甘口、八十八が辛口と言われた。
でもいつの間にか八十八は消えた。

山口瞳の随筆などにも出てくる名店だったと記憶するが。

最後の頃になるのか、太田町のハズレの方で2間間口ほどの小さな店構えでやっていたのに入ったのが最後になるだろうか。

わかなの方は今でも健在で、今度久しぶりに行ってみることにしますか。

でも鰻というと。
正直にいえば、静岡は焼津の「三味」にトドメを刺すと思っています。
三味と書いてしゃみと読む。
ここのご主人、白焼きと蒲焼きなら背開きで蒸す関東風に、鰻茶漬けというと地焼きの関西風にと器用にこなしてくれます。

それに運が良ければ肝串、甲串も。昔はヒレの串も有ったのだけど、もう辞めてしまったよし。photo_196.jpg

東海道線西焼津駅からほど近く。めったにお出かけになる機会はなかろうけれど、片隅に覚えていてくれればいい。
そう、珍味で「鰻の酢締め」があります。鰻を酢で締めて薄く切って供してくれるというもの。珍味、です。

久しぶりに三味を思い出しました。また、お茶の時期。本山茶がどうのといいお茶を仕入れていることでしょう。
posted by 曲月斎 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食飽食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

消える味……

世上、何かと角力の世界の話でにぎやかだ。

聞けば7月の尾張表での本場所、開催するや否やは、直前になって決めるそうだ。

それはさておき。

名古屋の角力茶屋の1軒が協会との契約を打ち切られたそうだ。
経営者が元々、その筋の関係だったというのがその理由。

でも。

惜しむらくは、この店で出していた賄い飯。鶏丼.jpg
角力場の脇の小屋掛けで、若い衆や関係者がささっとかき込んでいたものだ。
この味を知らない人間はよほどいい育ちか、もぐりか、どちらかだろう。
この場所の時期は梅雨、おまけにお城の跡地にある体育館ということで、どこかに飯を食べにでるのも面倒だ、えい鶏弁を買ってこよう、ということになったのだが。鶏弁.jpg
知っている人は知っている味だった。

ただ。焼き鳥に遣い残したような鶏肉を甘辛く醬油味で煮上げたもので、それを飯の上にかけ、柴漬けか、キュウリの漬物が添えてあるだけというもの。山椒の味が妙に合っていたものだが。

今年からたぶん、消えてしまうんだろうな。

posted by 曲月斎 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

墓に衣は着せられず……。

自宅の机の前の日めくり。
きょうの項目には「父の日 京都鞍馬寺竹伐 世界難民の日」とある。

そう、きょうは父の日だった。

母の日に比べて存在感のいささか薄い日である。

今年は春の彼岸には墓参していないし、お盆もどうか分からない。思い立ったが吉日と、久々に墓参りをすることにした。

檀那寺への供物を整え、しきびを買って寺へ。家からすぐに檀那寺があるというのはこういうときは心やすい。

しきびを供え、線香を手向けて合掌。
そういえば、「墓に衣は着せられず」というが、衣を着せるつもりもないし、オヤジ殿には精いっぱいの看護の手づるをとったつもり。もう7回忌も過ぎ、後生なことだろう。

命日とかもさることながら、父の日の墓参というのも悪くないと思った。

寺では副住職がおられた。「今度、飲みにでも行きましょうよ」と誘うと、「いや、よく勉強しておられるから。私などが何を教えることがあるやら」と丸刈りの頭をなぜてござった。

でも、都市の寺のありよう、一度じっくりと聞いてみたい気がする。
昔ながらに家という概念だけでは存続していくことは難しいのは明らかなのだから。

寺の境内、あちこちの水鉢に植えられた花菖蒲がきれいだった。静かな昼下がりの寺の風景。
posted by 曲月斎 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「氷雪の門 樺太1945年夏」

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今から、36年も昔の映画が日の目を観ることになった。

上記の標題の作品で、1945年に日本が敗戦の詔勅を世界に渙発した後も、北満州や樺太、千島では戦闘行為が続き、多くの邦人がその犠牲になった物語である。

舞台は樺太の西海岸、真岡。この地図で見ると、北緯50度を境として南半分が日本領、北半分がソ連領だったわけで、本来は軍事行動は停止するはずが、ソ連軍の南下策により、日本で最後の地上戦が行われることになった。中で、真岡郵便局で電話交換業務に当たっていた9人の女子交換手が服毒自殺を遂げたという悲劇的な事件が題材になったのが、この映画だった。
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真岡は西海岸の要衝の年で、50度の国境を突破してきたソ連軍の侵攻を大泊や内地に向けて発信する位置になった。

72086.jpg迫り来る赤軍の猛攻の下、最後まで通信の業務に準じた乙女らの姿は結構、感動的であったと記憶する。

というのもなぜか、一般向けには上映中止となったものの、学校映画で見た記憶があるのである。こういう映画をなぜ選定したのか。当時の我が母校の空気が反映しているようで、いまとなってはおもしろいのだけど。

それはさておき、近く改めて公開されるよし。もういちど、シネスコサイズでぜひ見ておきたい1本ではある。実際の舞台となった真岡は実は結構、樺太の南に位置していたことが改めて分かった。それだけに、それ以北の町との通信回線(だいたい線路と一緒に敷設される)を維持するために改めて要衝であったことが分かるし、迫り来る赤軍の恐怖もまた格別であったろうと思う。

詳しいことは上映委員会のHP
posted by 曲月斎 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「大落語」


大落語〈上〉

大落語〈上〉

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本



世の中には、落語という藝能があって、この藝能は「寄席」と呼ばれる小屋で上演されるのが、通常の形態とされる。こちらは多くても500人ほどの小屋、客席と高座の距離が近い。池袋演芸場など、その最たるもので、小会議室かと思うほど。

それに対して、TBSの落語研究会や、NHKの東京落語会など、ホールで上演される場合もあり、こちらは「ホール落語」と言われる。定席と違って、1人も持ち時間が長く、主催者がある意図を持って咄家を選ぶ訳で、有り体にいえば藝術性が高くなる可能性はある。

大落語〈下〉

大落語〈下〉

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本



そんな分類に対して、この平岡の生き方は視聴覚室の落語と言うべきか。ジャズの評論の手法を取り入れ、論評の対象はもっぱらライブではなく、録音音源である。

録音音源であるからこそ、見えるもの、見えないものがあると思う。

舞台芸術である以上、その場に演者と一緒にいることで共有できる空気みたいなものは一切無視される。たとえば天候。梅雨の晴れ間の寄席だったら、暑いに決まっている。そんな空気。あるいは世上が平穏ならざる時もあるだろう。そういう空気。

そういうものを無視して、藝能の淵源までさかのぼって論究するという姿勢は一つの見識かもしれない。読んでいてその発想の多彩さは楽しくさえある。でも、同時に、ライブの即興性を評価しきれぬ恨みは残る。

この本はそういうことも全部、丸呑みにして、筆者が大学で落語について講じたのを活字化したらしい。ライブの否定の上にあるライブの書籍化することによる固定。

何か2重、3重の入れ子になったような仕掛けの本。今までの落語論にはない地平ではあるけど、どこかそれだけでは成り立たないものも残っているような気がする。
posted by 曲月斎 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月17日

情報はタダではない。

旧知のバーテンさんが独立、店を開いた。

横浜の新山下、昔は倉庫街だった一角だけど、今はマンションが並ぶコンテナ街道沿いである。4102781.jpg

Bar ALCという店で、カウンター10席ほど。バーテンダーとしてもプロの知識を持ち、新しいことに意欲的に取り組んでいる彼が開いた店だ。ぜひ繁盛して欲しいと思っている。

さて。
そんな店にグルメ情報のHPから掲載の営業があったそうだ。

このサイトは小生も利用したことがあるのだけど、料金は月に12000円也。いい値段だよね。

確かにたくさんある情報の中から、ここのサイトをグルメ情報では利用することは多いかも知れない。しかし、それにしても実質的には原価ゼロに等しいもので月に1万2千円、年に12万円余、というのはすごい商売だと思う。

逆に言えば、それだけのコストが客側に転嫁されるはずだけど、それをしても十分にペイするだけのものがあるのだろうか。
すこぶる疑問というか、不思議な感じがした。

posted by 曲月斎 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

ベランダの闖入者……。

夏は基本的に窓は開け放しが好きです。
きょうは朝、グズグズとベッドの中でしていると、ベランダで話し声が。

ここは地上6階。

というのも今、外壁の改装工事中。というので職人さんがベランダに立ち入ってきているのであります。でも、それにしてもベランダは共用部分とはいえ、立ち入る日が決まっているのなら、事前に案内くらいするのが筋でしょ。

ちょっと杜撰に過ぎるよね。

この前、工事の発注元に「せめて立ち入る日を事前に連絡して下さい」とお願いしたのに。結局、糠に釘だったみたい。

なぜか足場に梅酢の入った瓶なんかが置き換えられている始末。何か辺だよ。今回の工事は。
posted by 曲月斎 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

@新幹線 京都〜名古屋間

今回の出張は無事に仕事が早めに終わったので、日付が変わらないうちに帰郷である。

兵庫の山奥、実は結構、足の便が悪い。おまけに上りの新幹線の最終が21時過ぎ。レンタカーを返して、それから駅へ、なんてやっていると、乗り過ごす。

一応、緊急避難で大阪の定宿・ホテル阪神に予約を入れていたが、早めにキャンセル。またの機会によろしくお願いしますと、断りを入れて、新大阪へ。

下手に中国道経由なんていうことを考えると絶対に渋滞にはまる。六甲の下を駆け抜けて、生田川から阪神高速へ。途中、魚崎の辺りで少し詰まったけどすんなり。何とか20時過ぎには新大阪にたどり着いた。

さて出張の話。

もちろん、宮仕えの一介のサラリーマン。
宿泊費の上限は決まっているし、宿代だけが原則。
でもホテル暮らしが続くと食生活の乱れで我が身が保たぬ。
そこで、領収書では食事代を別にしてもらい、宿代だけにして、会社には提出している。

温泉に泊まって、ヤツはいい思いをしていると思われるのも癪なので一応……。

夕食の時間が通常のお泊まりさんと違って遅くなるのを納得してもらえる宿じゃないとこんなこと厳しい。でも女将さんと仲良くなったり、仲居さんが顔なじみになったり。そんな人とのつながりで何とか、わがままを聞いてもらっている感じ。ある意味でありがたいこってす。

ところで。
今回の現場で見付けたうまいもの。
img_toyo01.jpg神戸市北区淡河の満月堂という和菓子屋の「豊助饅頭」という代物。

1個60円という値段もエライが、味もなかなか。田舎饅頭の薄皮版という感じで、あんこもなかなか上品である。

淡河とかいて「おうご」と読むのも、新しい知見。神戸もいささか広うござる。
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2010年06月09日

おけいはん4代目

bg_main.jpg
京阪電車のキャラクター、おけいはん。だいぶ昔に「出町柳から」の話題を書いたことがあった。

調べてみると、あの当時のヒロインから今はすでに4代目だそうだ。

初代が淀屋けい子。2代目が京橋けい子、3代目(こりゃしらん)森小路けい子、そして当代4代目は楠葉(樟葉にあらず)けい子。

京阪電車も今は中之島線が通じたり、地下鉄の今里筋線なんていうのか開通していたり。テレビカーは今は昔、なんですなあ。
posted by 曲月斎 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

@有馬 上大坊

kamiobou001.jpg有馬の上大坊にたどり着いた。飯を食ってひと息。

今のところ、泊まり客は小生ひとりみたいだ。
どたばたした1日が終わっていく。

温泉に入りにいくことにしようか。

ここの湯は天神泉源の真下。とろっとろ、という感じなのである。この表現はご同業のTC社のキャリアウーマンの言葉。実に適切なので引用させていただいた。

宿の方ももう3度目の投宿。「大きな荷物のお兄さん」と言われているらしい。「お櫃を空にするお兄さんと違うのかいな」と一応、混ぜっ返しておいたけど。

明日は早い、さっさと風呂に入ってから、寝よ。
posted by 曲月斎 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

@大洗 さかなや隠居

73939.jpg茨城に出張中である。

現場は笠間に近い友部。しかし近辺に宿はない。
水戸も会合が重なっているのか、金曜、土曜の宿がとれない。
そこで思いついたのが、昨年お世話になった、大洗の旅館「さかなや隠居」

1泊朝食付き。夜も帰りの時間が不規則なのだが、出かけるのも面倒だし、繁華街の外食というのが実は旅続きの時には疲れる。別料金で夕食もと頼んで、済ませている。

海が近く、冬はアンコウ鍋、夏は生しらすに大あさり、岩牡蠣が名物のこのエリア。海のものがやはりうまい。shirasu.jpg

先週の入間の現場では、ビジネスホテルに泊まって、夕飯は北海道ラーメンのチェーン店という、独居老人のような生活だったが、さすがに疲れた。

店の女将、若女将との話も楽しい。何か人間的な暮らしをしている気分である。houbou.jpgちなみにこれはホウボウの頭。塩焼きで出てきた。白身でなかなかの滋味だったけど、カオをよく見ると実に面妖な顔立ちである。
posted by 曲月斎 at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

「哲学的落語家!」


哲学的落語家!

哲学的落語家!

  • 作者: 平岡 正明
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/09/23
  • メディア: 単行本



有意義な1冊である。

主題は桂枝雀。
稀代のエンターテイナーだった。

その昔。
TBSの落語研究会で口演した「寝床」のビデオを毎晩、繰り返し見た覚えがある。まだビデオはソニーのベータ。何度も繰り返し見ているうちに赤茶けてきてしまった記憶がある。

で、そんな落語家。真正面から伐り結ぶとなれば、返り血を浴びざるをえないような存在だ。

師匠の桂米朝も最終的には統御しきれなくなった。もちろん5代目という無頼の存在も越えていた。

何でそんな存在にまで、育ってしまったのか。最後は自死したのだが、そこまで行き着かなくてはいけなかったのか。

平岡はドグラマグラの夢野久作、英語落語の口演の真意(他言語を使うことによる客観性も)、ありとあらゆる角度からの分析は楽しい。

枝雀をして「哲学的落語家」という表現は適切であろうし、1980年代初頭まで、大学のキャンパスで見えたアジビラにあった力ようなものに一脈通じるものがある。

ということで、枝雀の「茶漬け閻魔」のCDを探そうかな。
posted by 曲月斎 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする