2010年01月29日

四国行(3)

うっかり#3が抜けてました。

ということで、フェリーの話を追加したい。

高速道路の土、日曜が1000円になる割引の所為で、フェリー業界は大変らしい。
確かに和田浦に出かける時に、久里浜〜浜金谷間のフェリーよりも、アクアラインを遣うものね。何しろ乗用車なら800円だから。

便利になるのはいいけど、長距離フェリーがなくなるのは如何かと思いますね。

毎度利用するのは東京〜徳島〜北九州のオーシャン東九フェリーなんですけど、これがあるおかげで四国に渡るのが非常に楽。おまけに今はやりのエコです。

でも、24000円も払って利用する人は減っているらしい。

かつては東京〜北海道とか、川崎〜宮崎とか長距離フェリーがあったのにね。島国日本で、こういう交通手段はもっと大切にされてもいいと思うし、高速1000円よりも、こういうところに金を使う方がエコだと思いますね。

何より、遍路をするときに、島に渡るんだ、渡ったんだ、という実感が結構、決意を固める気分にさせてくれる。
きょうは出航は11:30。東京着が明日の5:30です。

そう、ひそかに。ぼうぜの寿司.jpg船内の食堂がうどんコーナーに格下げになっていたので、徳島駅で買った「ぼうぜの寿司」がせめてもの救いになった。

追浜〜牧之原〜苅田という航路があるらしい。今は旅客不可になっていますけどね。
posted by 曲月斎 at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月28日

宿坊の朝食

先日、お世話になった一乗院の朝食。

本堂での朝のお勤めに参列して部屋に戻ると、給仕してくれていました。
27-1.jpg
前夜は赤米のご飯だったけど、朝は白飯。
とてもおいしく頂戴しました。

ということで感謝、感謝。
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四国行(5)

今回は自分の愛車、ジムニーシエラで回りました。

この車は山道を苦にせず、小型で取り回しがいい。
その点で四国のお遍路を自家用車で回りたいという人には、一番いい車じゃないでしょうかね。

ジムニーは普通、レンタカー屋さんにはない車ですけど、四国にはそれなりの需要があるんじゃないかしらん。

前回は400tのバイク、CB400sfでした。
遍路の意味は札所と札所の間の道にあると思っていますが、その点で、自動車で回るというのは、物足りなさがあったのも事実です。
やはり徒歩、自転車、ゆずってバイクまでですかね。
というのは雨に濡れ、風の冷たさを感じることが、値打ちだと思うから。

ところで問題です。

四国4県、隣り合わせになっていない県があります。どことどこか。

職場の愛媛出身の同僚に言われたのですが、今回実感しましたな。

そう、徳島から愛媛に抜ける境目峠、です。つまり徳島と愛媛が接しているので、香川と高知は隣り合わせていないんですな。

標高381メートル。一番低いところは標高約220メートルの銅山川の河原。ということで、今回はひとまず。
明日のフェリーで東京に戻ります。
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四国行(4)別格16〜20番

箸蔵寺から猪ノ鼻峠を越えて、16番萩原寺へ。

峠道はなぜかゴミのパッカー車を追走する。峠道の途中にゴミの最終処分場があるみたいだ。

途中で雲辺寺へと続く道が現れる。トンネル越えて、今度は財田川へ。琴平の町に下り、西へ。
萩原寺は小さなお寺。敷地の中にあれこれと立っている。山内には写しの西国札所があるみたい。16-1.jpgこれは1番青巌渡寺の奥の院とされた那智の寺のもの。きちんと整備すればいい風情だと思うのだけど。

また高松道に大野原ICから乗り、高松西ICへ。
高速がともかくもあるので、距離を稼ぐことができる。

19番香西寺。
参拝を済ませ、朱印を頼みに入ると、そこは十王像がまつられていた。19-2.jpg

中央の閻魔王だけではなく、十王がそろっているのは珍しいのではないか。たぶん、江戸期の作なのだろうけど。

各王の持ち物はほとんど欠けていたけど、それぞれに表情やしぐさがきちんとしていて、もっと大切にして欲しい感じ。

19-3.jpg
ただ、堂内はどちらかといえば、雑然とお札やお守りが山積みされていて、どちらが堂の主か分からない感じ。

19-4.jpg右端には奪衣婆もきちんといるし、きちんと修復して欲しいもんです。

そういえば、この寺は水子供養をしています。
どうも水子供養とか、ボケ封じとかっていうのは、個人的には何か商売っ気丸出しな感じで好感を持てないんです。

人の弱みにつけ込む商売みたいな感じで。

そんな余計なことはさておき、最後の20番大瀧寺へ。
以前、回った時に道に迷って大瀧寺ではなく與田寺へ行ってしまったんでした。

途中からは、本当に細い道。自分の車がジムニーで良かった、と本当に思いましたな。ほとんど最後は2速で、しかも路肩には雪が残っているとあって、4駆にして。大瀧山の北側(つまり香川県側)はキャンプ場があるんですけど、徳島側に少し下ったところにお寺はありました。

鞍部の標高は約900メートル。高野山よりも高いんですから。雪も氷も残っていて当たり前、です。

庫裏で朱印を頼むと、星祭りのお札の準備の合間に応じてもらいました。これで7カ寺回って午後4時半。

ただ下りの脇町への道も怖かった。たぶん、南側だから凍結しているところはないだろうと言い聞かせる心境で山を下りました。

下大滝の集落の辺りは、段々畑にへばりつくように、民家が点々とあり、ここでの暮らしの厳しさを思いました。

下りると脇町。道のアップダウンはまさに河岸段丘を上り下りする感覚ですな。また徳島道で徳島へ。ともかくも区切りをつけることができました。
posted by 曲月斎 at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四国行(2)別格10〜15番

ということで、28日。

残った7カ寺。愛媛3カ寺、徳島2カ寺、香川2カ寺。
中央構造線を挟んでの遍路になる。じっと地図をにらんで、10〜11〜14〜15〜16〜19〜20と回ることにした。

19-1.jpg10番西山興隆寺。
駐車場を下りてから、長い石段が続く。
地形を見ると、この石段は尾根筋に伸びており、両側に谷川が流れている。上り詰めると立派な石垣。
10-2.jpg
ということで、光明真言三遍、手を合わせ、納経を受け付けてもらう。

11-1.jpg11番生木地蔵。
1954年の洞爺丸台風で倒れるまで、このクスノキの大木に本尊が彫られていたという。

さぞな、と思う。
カーナビでは生木地蔵というと、少し離れた寺を案内されることがあると思う。聞けばそちらが本坊で札所は飛び地の境内だそうな。若い住侶が説明してくれた。

14番椿堂までは高速で伊予小松北から三島川之江へ。椿堂は阿波街道から少し入ったところにある。

ここで15番箸蔵寺へいくか、16番萩原寺にいくか。カーナビで検索してみてもその後の旅程からみてほぼ同じ。ならば境目峠を一般道で越え、15番へ。途中、池田の町を通った。あのやまびこ打線で名を売った池田高のある池田町である。「この子らに海を見せたいんじゃ」と言ったのは故・蔦監督。吉野川が刻んだこの深い谷間から川下を望んでみると、確かにこの言葉が実感として分かってきた。

15番箸蔵寺。
猪ノ鼻峠への道ばたにある。戦前はケーブルカーだったと思ったが、今はロープウエー。左下を望むと軌道敷跡が見える。戦時中にケーブルカーが撤去された後はリフトから山門のところで乗り継いでケーブルカーだったそうな。今は空中を通り抜けるだけになった山門は右下に見える。
ロープウエーは15分間隔。12時半で登った。山上まで登ってもなお、石段が続く。15-1.jpg石段の玉垣の名が独特の書体で楽しい。行書とも楷書とも違う、江戸文字などとは違うものの、独特の強弱が味わい深い。
ここも仙龍院と同じく、ちょっと寂れている感がある。でも、遠く四国の山並みを望み、気持ちのいいお寺だ。

立派な入り母屋作りの本坊の脇から階段を上がる。鐘楼、薬師堂、天神社と棚田のように続き、本堂が建っている高みに登りつく。

本堂の左手に基壇だけ残っている個所があった。
何が立っていたのだろう。神馬の銅像があったけど。
春は桜の花がきれいなのかもしれない。

15-2.jpg

本堂と大師堂のある高みはちょっとガランとしていて、不思議な感じだ。お参りを済ませて、本堂の中をのぞくと、畳4畳分ほどの賽銭箱が床に作りつけてあった。こんな大きな仕掛けが畳敷きの座敷にあるのは不思議な光景でもあった。15-3.jpg
posted by 曲月斎 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四国行(1)

前回、四国を回ったのは07年3月。

2週以上の休みを遣っての遍路だったが、八十八カ所は結願できたものの、同時に回っていた別格の7カ所は時間がなくて回りきれなかった。何となくまだ終わっていない、という感じが残っていた。

今回、高野山に出かけたのを機会に残りの7カ寺を巡ってしまいたいと計画した。

前日、高野山から下りて和歌山港に着いたのが午前11時前。凍った道を早朝、下りてくる勇気はない。どうしてもこの時間が一番早い。

13時40分発の便で徳島着が16時前。
あわよくば1カ寺くらいと思ったが、とてもとても。

残った7カ寺は、
10番興隆寺、11番生木地蔵、14番椿堂、15番箸蔵寺、16番萩原寺、19番香西寺、20番大瀧寺。

一番遠いのが10番。愛媛県西条市。ということで、そのまま徳島道で一路西へ。中央構造線に沿って走るこの道。片側1車線で対面通行。どんなペースで走っていいのか、わかりにくい。

その中で境目峠の下を通るトンネルでそのまま愛媛県へ。
川之江東JCTで高知道になり、川之江JCTで今度は松山道へ。今治小松道の終点まで行き、この日の宿の鈍川温泉へ。

旅館ではせかされるばかり。食事をばたばたと済ませ、風呂に1度入って、そのまま就寝。温泉旅館というのは1人客が嫌われているのは承知なのだが、それにしても……。聞けば、客が少ないからだろうか、風呂を1カ所にしているので、入れ替えの時間を気にしていたとのこと。翌朝も朝食のあと、風呂はまだかまだかとの帳場からの電話。仲居さんは「いい風呂だからゆっくり入っていって」と言われたのに、「実は朝9時からメンテナンスなので」。それなら先に言って、といいたい。宿名はあげずに置くけど。
posted by 曲月斎 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和歌山港 みなと食堂

minato.jpgみなと食堂、というのはどこも盛りがいいのだろうか?

和歌山港のフェリー乗り場に行く途中にあるこの店、1階が駐車場で2階が食堂。

関西によくある定食屋形式で、好きなおかずを取って、飯と汁物を注文する仕掛け。さばの塩焼き、ハンバーグ、シラスおろし、豚汁などなど。

精算してみたら960円。やすくてうまかった。
posted by 曲月斎 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

心ひかれた景色。

gorinto.jpg奥の院の参道沿い。
杉の根方には数多くの石仏や五輪塔があります。

これは小さなうろに並んで立つ五輪塔。
何か、いい景色でしょ。okunoin4.jpg
杉が成長するにつれて、石仏を飲み込んでいってしまうらしいんですな。完全にこの佛さんなんて杉の一部になってます。

苔生して、杉と同化して。

そういえば、焼津に確か、石仏がなっている木がありましたけど、こういうことなんでしょうなあ。

外人さんはきれいで大きな墓をしきりに写真にとっていたのですけど、こういうのは感性の違いなのかもしれません。

posted by 曲月斎 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の夕餉。

ryouri.jpg部屋に運び込まれたきょうの夕餉です。

一の膳、二の膳、三の膳まで付いた精進料理。生臭系は一切なし。
それでも結構、おいしかったし、満腹感も十分。

般若湯2合。肴に煮物やら、こんにゃくの刺し身、シイタケ、ゴボウ、生麩にタラの芽の天ぷら、豆乳を寄せて出汁を張った椀と、満足満足。

もう、喫煙所も閉まってしまったし、寝るしかありません。こんなに早く寝るのはいつ以来のことになるやら。

国際線に乗るのと同じ心境。ハルシオン2錠、ですな。
posted by 曲月斎 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高野山奥の院。

高野山奥の院。
弘法大師空海の御廟まで林の中に墓地が続きます。

okunoin1.jpg約2キロ。
杉木立の中の道は石畳にも雪が残っていました。

いつも思うのですが、大きな墓石ってのはどうもむなしい。
苔生して、面倒をみてもらっているのならいいのですけど、どうもそんな気配がない。
花でも線香でもきちんと今も手向けられているのものがある方に心を引かれる気がします。

okunoin2.jpg参道を僧が行き交い、真冬でもやはり高野山であります。

参道を歩いていると本当に外人さんが多い。
同じ宿坊であった人はオーストラリアのアデレードから来たそうな。
喫茶店にも英語のメニュー。
意外に国際都市なのかもしれません。

それにしてもやはり冬は寒い。
okunoin3.jpg奥の院の玉川手前の手水鉢の下には大きな氷の固まり。このまま春まで溶けることはないのでしょう。
posted by 曲月斎 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

根来寺。

この日、最初に訪れたのは新義真言宗の総本山、根来寺である。

戦国時代の根来衆と呼ばれた僧兵軍団を擁した寺であり、根来塗なんていうのでも知られる。
negoro.jpg真言宗は高野山系の古義真言宗と、この根来寺を中心とした新義真言宗に大別されるが、一応、関東の人気寺院の本山格はこの寺になる。

参道にあった石碑。
kihu.jpg分かるでしょ。
成田山、川崎大師、高尾山。
何かの法要があったときの寄付なんだけど、3寺で3000万円だそうな。
周囲に比べるとちょっとやすいような……。
こんなこと考えるのは下世話ですな。
posted by 曲月斎 at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高野山続報。

結局、車で高野山まで登ってしまった。

麓の九度山・慈尊院で聞いたら、「大門までは国道ですから融雪剤をまいています。もう晴れているから、大丈夫でしょう」とのこと。この朝、高野山観光協会に聞いたら、「昨日の夜、雪が降ったので町内には少し残っているけど、昼過ぎなら大丈夫」とのこと。

途中の山道は厳密に2車線ほどの隘路。カーブも多く、時々見渡す山肌には雪が残ってはいるとはいえ、何とか大丈夫。これなら真冬の本川根を走る方がよほど怖い。

ともかく奥の院まで行って、一番の目的を済ませて、あとは山内をうろうろ。写真はphsしかつながらないので、後日に。

で、今夜の泊まりは一乗院という宿坊。金剛峯寺の脇に当たる。ほぼ町の真ん中なので足の便はいい。

通された部屋は8畳間。トイレ付き。「明日は朝6時10分からおつとめがあります。風呂は10時までに、夕食は5時半か6時、朝食は7時にお持ちしますので、本堂に行かれる場合はカギをかけずに。自販機は11時までです。で門限は9時ですので、9時になったら山門を閉めます」と立て板に水の解説。ということで、今は夕食が来るのを待っているところ。そういえば、喫煙所が8時半で閉鎖されてしまうのにはちょっと困った。
posted by 曲月斎 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬の高野山

どうも、事態を楽観しすぎていたみたいだ。

高野山は海抜1000メートル前後の山々に囲まれた盆地で、約800メートルくらいの標高。

麓の橋本の標高は90メートルくらいですから、この差はでかい。
yahooの天気予報では明日はほとんど零下。

こりゃ麓の駐車場に車を置いて、ケーブルカーで登山した方が身のためかもしれんなぁ。

一応、車には一度も遣ったことのないチェーンとか、長靴は積んであるけど。もちろん軍手も。あまり自信は持てない感じですなあ。
13.jpg
>高野山への登りは1.5車線幅の非常に危険な凍結路が続きます。
>昼間解けた雪が深夜に再び凍結し全面アイスバーンに近い状態です。
>カーブのたびにスリップ、アクセルオフでテールスライドが起こる、
>非常に走りにくい状態となっていました


って……。橋本か九度山の駐車場を探そう……。
posted by 曲月斎 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

「京都 祇園祭手帳」


京都祇園祭手帳 (河原書店の手帳ブック)

京都祇園祭手帳 (河原書店の手帳ブック)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 河原書店
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 単行本



初めての持ち歩く祇園祭りガイド、と銘打つこの本。楽しい1冊だ。

祇園祭の本は「祇園祭細見」(松田元著)が一番だと思うけど、これはもはや一般売りしていない。本当だったらこの「山鉾編」の続編として「巡幸編」が出るはずだったけど、著者の家に生前、電話をしたら「もうとても出せません。原稿は出来上がっていますが」と話しておられたのを思い出した。ちょっと大判の本だったけど、どこかの本屋さんが復刻しないかな。

そんな思い出話は別にしても、よくできてます。前の祭りと後の祭りに分けて、籤取らずの山鉾を別に五十音順。もし祭りを見に行こうという方がおられれば、是非お持ちになることをお勧めしたい。きれいな挿絵もお勧め。
posted by 曲月斎 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「へうげもの 10服」


へうげもの 10服 (モーニングKC)

へうげもの 10服 (モーニングKC)

  • 作者: 山田 芳裕
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/01/22
  • メディア: コミック



10巻目。
どうも話の道具立てが複雑になりすぎている気がする。
話は伏見城築城のころから、古田織部渡韓まで。1話1話で盛り込もうとするものが多い気がする。

話が複雑になればなるほど、単純化も必要だと思うけど、登場人物を増やした以上、減らすわけにもいかないんだろうなあ。
posted by 曲月斎 at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紀州和歌山である。

wakayamajo.jpg紀州和歌山である。

昨日、焼津で用事があって例の三福旅館に投宿。
三岡理容館で整髪してもらって、東名高速の吉田ICへ。

一路、西を目指す。というのは、四国の遍路の結願の朱印をもらうこと、小豆島の白衣に背書きをしてもらうことのために、高野山に行くことにしたからであります。

車で移動なのでありますが、まず浜名湖SAで休憩。浜名湖を望む気持ちのいいSAですが、曇り空。
さらに伊勢湾岸自動車道。刈谷SAでまた休憩。湾岸道に入ってすぐに木切れを踏んでしまったので、空気圧の点検もしたかったから。我が愛車のカーナビは古いもので、新名神がつながっていないのであります。だからもうどこへ向かって走っているんだ状態。たぶん、この時点では名神国道を意図していたみたい。

新名神に入ってカーナビはもうパンク。道なき道を走っている状態です。交通量が少ないのが救いです。で、今度は甲西PAで休憩。赤福を売ってました。

草津JCから名神に戻り、瀬田東JCで京滋道路へ。大山崎からまた名神。名神に戻ると交通量が増えてきます。吹田JCから近畿道へ。何か、大阪の脇を走り抜けるルートです。途中、東大阪PAで休憩。このPAは高速道の高架下にあります。長細い敷地の端にコンビニがあります。周回路は土、日は閉鎖とあるので、サーキットみたいにして遊ぶ方がいたのかも。

松原JCから阪和道へ。行けども行けども和歌山は遠い。もっといえば関西空港は遠い。こんな遠くに作っちゃって……。以前に関空を利用したときには、確か南海電車のラピートにのったのですが、その時はこんなに遠いとは思わなかった。

走って走ってやっと紀の川。越えて和歌山であります。

今夜のホテルは携帯で予約したダイワロイネットホテル。窓からは正面に和歌山城が見えます。

kare.jpgホテルの隣に焼きカレーの店があって、ちょっとうまそうだったのですが、本屋に行っている間にしまってしまい、残念。結局、ホテルの1階にあった蕎麦屋でカレー南蛮。何かイメージは違ってしまったなあ。

明日は高野山。でも天気予報では山上は正午の予想気温が0度。午後にはミゾレ模様とか。うっかり山に上がったら、下りられなくなっちゃうかな。
posted by 曲月斎 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 津々浦々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

「晴れた日は巨大仏を見に」


晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

晴れた日は巨大仏を見に (幻冬舎文庫)

  • 作者: 宮田 珠己
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2009/10
  • メディア: 文庫



今、ちょっと地方に出掛けると巨大仏が確かにあちこちにある。
まさかと思うような場所に。
筆者も関心をもつきっかけを大船の観音さまにあったと書いているけど、小さいころから確かに異形ではあります。
まして、戦時中から戦後に掛けて作りかけのまま放置してあった時期があったと聞くとまして不可思議な感じがする。
巨大な仏像をみて、確かにありがたいなどとは少しも思わないけど、奈良の昔、鎌倉の昔の人もきっと大仏さんをそんな風にみたんじゃないのかしらん。

高層ビルがない大きな空間の中で巨大なものがあると異様にしかみえないもの。

そんな際物を訪ね歩き、淡々とした編集者とのやりとりをつづった筆致に好感。ところでこれらの巨大仏、老朽化したらどうするんだろう。ふとそんなことも考えた。鎌倉や奈良の大仏のように、補修をするんだろうか。
posted by 曲月斎 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月19日

お手本にしたい。

寒中見舞の返事に、元立行司の親方からの一通があった。

当時も「ワープロなんて遣いません」と話していた親方のこと。墨跡鮮やかなお手紙でありました。現物を見せられないのは残念ではありますが、流麗にして読みやすい。

宛名書きなどそのままお手本にしたいくらい。

修業のたまものといえばそれまでですが、筆が遣える人は本当に羨ましいと思うばかりであります。
posted by 曲月斎 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

「バーディは気持ち」


バーディは気持ち―遼くんが育ったゴルフのゆりかご

バーディは気持ち―遼くんが育ったゴルフのゆりかご

  • 作者: 石川 勝美
  • 出版社/メーカー: ゴルフダイジェスト社
  • 発売日: 2008/03
  • メディア: 単行本



飛ばし読みに関しては結構、自信はあるけど、これくらい飛ばし読みのできた本は記憶にない。

めくり始めて読了まで約3分。もちろん予備知識はあるけど、それにしても内容が空疎だ。

という訳で、わざわざ買うことはなかった。
立ち読みで済ませてしまえば良かったと後悔しきり。

同工異曲の本に昔、イチローの父チチローが書いた(というか筆者名で出した)本があったけど、それにも遠く及ばない。

ということで寒。
posted by 曲月斎 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月17日

伊賀上野 養肝漬

寒さ一段と厳しい折から、改めて白い飯がうまい。
photo_main.jpg
と思っていたら、後輩から伊賀上野の宮崎屋の養肝漬がとどいた。うれしいことに昔味の方だ。

この漬物は白瓜の芯を抜き、しそ、生姜、大根、胡瓜等を細かく刻んだ物を詰め、たまり醤油に2年間漬け込んだ逸品である。
飯の上に載せて食べたらばこれは実に結構なものであります。

その昔、伊賀の藤堂高虎が陣中食として定めたともいいますが、まあ、昔からの漬物、ってことでしょ。

一緒に、東北.bmpというビールを送ってきてくれた。ありがたいことである。

以前の任地にはサッポロビールの焼津工場があったけど、××限定みたいなのはなかったなあ。行きつけの居酒屋に無理をいって同社の一番うまいと思うエーデルピルスを取り寄せてもらったことがあったっけ。

こういうときに便利な句を思い出した。赤福の掛け紙にある正岡子規の一句「到来の赤福餅や伊勢の春」である。

赤福餅と伊勢と春をすげ替えれば何となく句になる。「到来の養肝漬や伊賀の冬」ってな具合。
posted by 曲月斎 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする