2009年11月26日

宮崎のうどん。

2009112622060001.jpg宮崎の繁華街、ニチタチ。

なぜか、飲んだ後は釜揚げうどんなのだそうだ。
確かにその看板が目立つのである。

2009112522030000.jpgその数ある店の中でも「戸隠」という店が有名だそうで、細い露地沿いの店ながら、ひっきりなしに客が入っている。

で、名物の釜揚げうどん、なのだが、正直のところを言えば、特筆するほどでもない気もする。
A社の大阪の社員食堂のうどんで「細い方」と頼むと出てくるヤツに似ているのである。

ところで、戸隠といえば信州の地名。ならば、蕎麦はどうなのか。品書きには蕎麦もある。釜揚げ蕎麦という次第。でもこちらはいま一つでありましたな。
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宮崎・アパス

2009112421400000.jpg宮崎といえば「宮崎牛」だそうだ。

確かに、大相撲の表彰でも「宮崎県知事賞」は宮崎牛1頭分、というのがありましたな。

で、宮崎牛といえば、ミヤチクというブランドがあるそうであります。東京にも出店を出しているそうで、ミヤチクの本店は卸売市場の方にあるんですけどね。

こちらの店は町の真ん中の交差点そば。
2009112420200001.jpgこの店ももちろん高いので、おいそれとは行けません。それでも結構繁盛しているので大したものです。

ステーキのコースを頼むと鉄板焼きの要領で供してくれます。
2009112420190000.jpg私の担当は入社半年という植田君という青年。実に手際がよき気持ちのいい限り。2009112420230000.jpg

で、小生は赤身の肉が好きなので、ハラミを頼んだのですが、ま、確かにうまい。

でも、本音を言えば、車橋もつ肉店の昼のステーキ定食(これもハラミなのだが)と比べて、どちらがうまいかと言われれば、小生は車橋の方が気楽でいい。

ま、たまにはこういうお上品なものもいいんですけどね。
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2009年11月25日

宮崎の本屋

2009112219460000.jpgあちこちを経巡っていて、本屋の中身でその町の文化の程度がしれようというものでござる。

で、宮崎。
繁華街に本屋がないのうと思っていたら、ありました。
郊外のイオンのショッピングモールの中に。

結構の売り場面積で、本の品揃えも上々であります。

こういう店がショッピングモールの中にあるというのは、今の時代なんでしょうなあ。

そういえば、横浜・伊勢佐木町の有隣堂。
このごろ、売り場の変更をしたのですが、何か品揃えが薄くなった気がします。
昔、地下に食堂があったようなころに比べて、アカデミックではない気がするようなのは年老いた所為かもしれませんな。
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宮崎と言えば地鶏焼きである。

宮崎といえば地鶏の炭火焼きである。
あの真っ黒な肉塊が思い浮かぶ。

その名店といえばこの店にトドメを刺すそうな。2009112021140000.jpg中万という店であります。

繁華街ニシタチには数軒、あるようであります。

小生が入ったのはこのこぎれいな方ではなくこちらの支店という方。2009112021100000.jpg

入るといきなり「モモ1本お焼きしてよろしかったでしょうか」という声がかかる。モモのままとバラシというのがあり、バラシで頼むとモモが解体されてステンレス皿に載せて供される。

果物をつつくようなフォークでつっつくのだそうだが、箸の方が食べやすい。

2009112020540000.jpg合いの手に出されるこのキュウリがなぜかうまい。

で、メニューといえば、このモモ焼きとタタキの2種類くらい。1椀のスープもおいしい。

スープ茶漬けもあるよし。
わさび風味と梅風味だそうだ。

ホントのことをいうと、柚胡椒が欲しいなあ。
折しも大相撲九州場所の最中。
春吉の居酒屋で手作りの柚胡椒を作ってくれたおばさん、まだ元気なのかしらん。その店に連れて行ってくれた先輩はもう鬼籍に入ってしまったけど。
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2009年11月24日

日南であった(承前)。

DSC_0028.jpg日南といっても、宮崎の北にあるやら、南にあるやら。

一応、場所は南です。

海に面したところには油津という港があり、内陸に飫肥という城下町があります。

飫肥杉、の名産地でありますな。

で、飫肥城の跡は大手門と屋敷が復元されているのですけど、観覧料600円を払ってまで見る気もせず、そのまま外回りだけを眺めてかえってきました。

飫肥の町は「卵焼き」が名物にて、これが珍妙なもの。

まるでプリンですな。

製法もまあ焼きプリンに近いのですから当たり前ですけど。

そんなことはさておき、大手門の近くの柿の木。
たわわに実をつけておりました。

枝の上ではDSC_0033.jpgモズが元気に実をつついていました。

こういう風景こそ、日本の秋ではあるな、と思ってしまうのであります。

観覧料600円をケチっておいていうのも妙なはなしなのではありますが。


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日南であった。

DSC_0001.jpg宮崎という町にとって欠かせない存在は大淀川だろう。
市街地の南側を流れている川だ。

川のある風景というのはなぜか和んでしまう。

糞のようなサービスしかなかったライオンズホテルを引き払ったからというばかりではあるまい。


DSC_0007.jpgという訳で、中1日、余裕ができたこの日は、南に下った。

通い詰めた「第3つぼや」の兄ちゃんの薦めではないけど、南に下ってみた。

国道220号を一路南へ。
日南海岸の隆起岩礁帯を見下ろす堀切峠である。

見下ろした図は、DSC_0003.jpgではある。


どうでもいいんだけど、この旧道は片側1車線、走っていて気持ちいいのだけど疲れる。なぜかと言えば、妙にとろいから。

バイクの兄ちゃんたちの快走ぶりが非常にうらやましかった。

どうしてこうなるかといえば、道の駅とかに右折で進入しようとする車が列をなすわけで、駐車場が満車になるとすぐこうなってしまう。

ゆゆしき問題である。

で、どうでもいいのだが、次に目指したのは鵜戸神宮。
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊をまつるこの宮はどうでもいいのだけど、海蝕洞窟の中にある。

ま、日本書紀や古事記に伝える神話を彷彿させるものではあるけど、同時に神仏習合の時代の行道の伝統も連想させる。DSC_0012.jpg本当は、神仏分離前は、この岩屋に至る参道には金剛界諸尊を刻んだ岩が参道に敷かれていたという。高野山の奥の院と一緒ですな。そうしてみると、ここも東を向いた岩屋、室戸岬のみくろどを連想させるものがあります。

DSC_0018.jpg岩屋の奥はかくのごとし。

岩からしたたる水で作った「おちちあめ」を買ってきました。



運試しの玉石投げは見事に5投して岩に当たること3度、縄の中には入らず。
ま、仕方ないですな。DSC_0021.jpg5個投げて100円。

素焼きのこの玉には「運」の文字が押印されていまして、ご丁寧なことに「亀石の的の中に入った玉」が入ったお守りが300円。見事なリサイクルであります。

岩場とはいえ、こんなに土塊をなげつづけて大丈夫なのだろうとおもうのですが、たぶん、時々掃除をしているのでしょう。

そんな岩場の片隅で運だめしの土塊を日干しにしていました。DSC_0023.jpg梅干しほどの大きさの土塊が5個で100円。これも確かに庶民信仰の形ではありますが、かわらけ投げと一緒で、結構いい商売ともいえますな。

ちなみに鵜戸神宮。バスで行くと延々歩かなければいけませんが、普通乗用車なら社殿のすぐそばまでいく道があります。

乗用車のお祓いをするには欠かせぬ道であります。
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2009年11月19日

宮崎・つぼや続報

2009111921000000.jpgきょうも「つぼや」である。

前夜は「つぼや本店」だったが、この夜は「第三つぼや」。
宮崎でニシタチと呼ばれる橘西通り沿いにある。

古いビルの1階、「煙もごちそう」と言われてしまえば、そうかもねというしかない。

で、2009111920350001.jpgここも同じスタイル。カンテキの上に載せた金網で肉とタマネギを焼いてくれる。

焼き上がると網の手前側に寄せてくれ「どうぞ」という段取り。これは前夜と同じだ。

何でも、「つぼや」の屋号でこのホルモン焼きをやっているのは4軒あるそうな。それぞれ経営者もメニューも価格も違うそうな。

で、その辺りはどうでもいいんだけど、ここの店と前夜とを比較すると、

価格は第三、メニューの中でホルモンは本店、豚バラは第三、子袋は第三だけ、といずれも甲乙つけがたい。

言い換えれば、帯に短し襷に長し。

なお、眼目の「けずりかけ」は第三に分があると見た。2009111920520000.jpgオカカの塩辛さ、分量、たくあんの味と第三の方に軍配を回さざるをえない。

ということで、残る1軒は都城、もう1軒は県庁そばにあるらしい。探訪せねばなるまいか。

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2009年11月18日

宮崎である。

4月から始まった遠国行脚の旅も、この宮崎で年内は打ち止めの予定だ。

さて、昼過ぎの飛行機で宮崎入り。レンタカーを借りて現場で仕事をし、夕方に宿舎へ。

はっきり名前を書くけど、宮崎ライオンズホテル。これは場末感あふれるホテルで、建物が2重構造。継ぎ足しましたといわんばかりである。道は細いし、駐車場はちゃちいし、部屋は昭和のビジネスホテルを連想させる狭さとヤニ臭さ。

フロントのお姉ちゃんの口調が何か変だし。
連泊しなくてはいけないと思うと憂鬱になってきます。

ちょうど3連休で仕方ないのではあるけど、このプアーさ加減は何とも言えない。

で、2009111820180000.jpg泊まるところより、問題は食うところ。

昨日書いた「つぼや」に行ってきました。
どうも目指したつぼやとは違っていたらしい。小生が行ったのは「第3つぼや」の方だったらしいのですが、カンテキに載せた金網の上でホルモンやハラミをばしばしと焼いてくれるのは実に気持ちがいい。

もちろんうまいですよ。

こういうのがいいんです。

2009111820180001.jpg網の手前にあるのは「けずりかけ」。
要はオカカご飯です。

記憶では飯の上に5ミリくらいの層をなしていたような感じなのですが、ここのは少ししょぼかった。ま、店を間違えたのだから仕方ないですけどね。

この店も十分にうまかったのは何よりでした。

宮崎に勤務経験のある後輩から、お勧め店のリストも今さっき届きました。明日からは充実した日々が送れそうです。
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2009年11月17日

宮崎、日向。

今週と来週は宮崎に行く。

当初は宮崎〜高知の予定だったのだけど、予定が変わった。
2週続けて、近くの現場だと移動は楽のようでも荷物が大変。
この時期は寒いのか、あったかいのか、よく分からん。
必然的に荷物が増える。
厄介である。

おまけに世間さまは3連休。宿が取れない。

困ったものである。

さて、どんなことになるやら。
宮崎で暮らしたことのある後輩を思い出して、知恵を付けてもらうことにした。宮崎っていえば、松井秀喜がプロ入り4年目の時に行ったきりだからなぁ。

あの時に行ったホルモン焼き屋さんは是非再訪したいものだが。
img20070703_p.jpgインターネットで検索すると、まだ健在みたい。あそこのオカカのかかったどんぶり飯がうまいんです。

その話はまた現場に行ってから。
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夷隅郡だった。

Y301293009.jpg先週は千葉の夷隅郡だった。

仕事の現場が長南町。といっても山の中である。
道を走ればゴルフ場ばかり。
ともかく足の便が悪い。最寄りはいすみ鉄道か、茂原か、という感じである。

で、泊まったのが夷隅から岬に抜ける往還沿いにある旅館。
旅館というよりも、木賃宿に近いか。

でも、Y301293006.jpg食い物がまずまずだと許せてしまうのはなぜだろう。

という訳で、3泊。結構、満足してしまったのであった。

この現場も、圏央道が開通すれば便利になるのかもしれないけどね。

そういえば、この現場に併設しているホテルで、小渕首相と小沢一郎氏、藤井現財相が密会しているなんていうデータベースもあったけど、ここは密会するにはいいわな。周りに何もないんだから。シャットアウトするには格好の舞台ではありました。
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2009年11月11日

お休み。

上海から帰って、2日間のお休み。

結局、洗濯物を片付けて、荷物を少し仕分けて、寝て。
それで終わっちゃった。

作業効率が悪いのは承知しているけど、とにかく眠い。
何時間でも寝ていられる。

明日から今度は千葉の辺地。夷隅郡です。
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上海だった。

帰国して2日。

荷をほどいていると、人民元が出てきた。
もっとも、帰りの虹橋空港の両替所では「日貨売り切れ」の表示。円への再両替ができないまま。毛沢東さんの肖像とのしばらくはおつきあい。

1)ともかく活気がある。
中国のGDPがすごく伸びているのは数字の示すところだけれど、それを実感しましたね。あっちこちで工事をしているし、高層ビルは林立しているし(上海はホコリがすごい街なので、ちょっと雨模様になるとまさに摩天楼の雰囲気が出ます)、ちょうど思い返すと昭和40年代、大阪万博前夜の日本みたい。ガキも多いし、あの活気、自己主張は見事というしかない。

2)街がまだ暗い。
夜ともなると、魔都といわれた往事はさておき、夜は街灯が少ないので暗いです。昭和初期の日本みたい。
それが外灘でもそうで、ちょうど1年後の上海万博に向けて、町中が工事中。黄浦公園も工事中、歩道はあちこちで寸断しているし、むしろ今回の上海万博後、どうなっているのだろうか。それが楽しみ。

3)もう一度行きたい?
まだ、今の気分では行きたい。街自体は「××路」という通りの名前で示されているようで、その土地勘が分かるとかなり楽な町だと思う。あのホコリ舞い上がる街ではあるけど、あの活力には学ぶべきものがあるような気がする。
街で売っているものは中華街のものと大差ない気がする。別に何か求めるべきものがあの街にはあるような気がする。

所詮、今回の旅行は仕事で行ったもの。余計なことは何もなかった。でも万来亭で、「来年、うちも行くから一緒に行こうよ」と言われたけど、その誘いに乗ってしまうかも知れない。
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2009年11月09日

「上海狂想曲」

上海狂想曲 (文春新書)「上海狂想曲」

上海に行く成田空港の待合室の売店で買った本。
何も中国行きの便が発着するウイングだからという訳でもないだろうが。

昔、一度だけの新婚旅行(これでもフィレンツェとウィーンである)に行った時、後輩のO君が教えてくれた。「フィレンツェで塩野七生の本を読むと面白いですよ」って。

町並みは中世そのままのマチ、確かにそうかもしれないと思った。

で、今回は上海。その手を使わぬこともないかと読んでいた。
第二次上海事変のころの話である。

当時はいろんな作家や新聞記者が上海を訪れてルポを書いている。
そんな中である者は街娼を買い、ある者は国民党軍の空襲に遭い、また某朝日新聞社は前線の記者に缶詰しか送ってこなかったとか。

ちょうど今回の上海行き、初日の用事が外灘だった。
ガーデンブリッジ(外白渡橋)の辺りを歩き、工事中で中に入れなかった黄浦公園を眺め、車の巻き上げる埃にロマンもヘチマもないと思いながら歩いた。
aze60-0.jpg
ちょうど仕事先は戦前は郵船埠頭と呼ばれた辺りか、あるいはこの真ん中に戦艦出雲が浮かんでいたのかなど思いを巡らせるのは結構、楽しかった。

中で、長崎〜上海間の海底電線が不通になった後、当時の新聞記者が、記事を送るのに4通、同じ無線電文を日本にあてて打ったというのが興味深かった。上海から日本にダイレクトで無線はつながらなかった当時のこと。1通目は台北に打ち、中継してもらう。2通目は天津に打ち、中継してもらう。3通目は敵対している中国の電報局に転電を頼む、4通目はロンドンに向けてうち、地球を1周して日本に届ける、という方法だったという。重要な記事はこんな風に送ったよし。今ではインターネット経由で写真でも瞬時の時代だけどね。
aze60-1.jpg

ということで、今も外灘は中国銀行などの大厦高楼は戦前のままの姿を残しているし、対岸の浦東には近代的な金融関係の会社の摩天楼が並ぶ。ということで、黄浦江は上海の中心ですな。

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2009年11月08日

輪タク

上海である。

で、輪タク.jpg
仕事場にまでタクシーが乗り付けられないので、輪タクに乗り継ぐことになります。

これが実に面倒というか、外人の足元を見ているというか。
ちょっとの距離だというのに、20元も取るのであります。

どうも、連中は協定を結んでいるみたいでだれでも一緒。
値段を聞いて二の足を踏んだのですけど、荷物が重いので背に腹はかえられないなあ、と。

風情なんて何もないです。
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2009年11月07日

松浦友久先生

先生が亡くなられて、もう7年にもなるのですね。

先生、現在、小生は上海に来ております。
先生の講座の末席に座っていたのはもう30年近く昔のことになってしまいました。

あの当時、第2外国語は週に4時間で2年間。まじめにやっていれば、もう少し今回の出張でも苦労することはなかったかもしれませんが、不出来な学生であったと改めて反省しております。

人間、若いウチの方が脳もいいのでしょうが、この年になると、声調はもちろん、発音も忘れ去っています。行きたいところがあれば、文字で書き、食べたいものがあれば英語混じりの中国語。不行跡を地でいくような話です。

あの当時の教科書は文革の時代のものでした。イギリス人向けの教科書を日本語訳しただけのもので、今とは隔世の感があります。今、仕事で世話になっているのは北京外大卒の女性。2年間学んだだけだというのですが、流暢な日本語には、学ぶ真剣さの差を感じずにはいられません。

先生の中国語の授業。最初はいきなり、漢詩の音読でした。于武陵の「勧酒」でした。そんなことだけ覚えている不出来な学生の30年ぶりの反省文、でした。
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上海である。

毎日通っている中華料理店。

英語表記では「Old Shanghai Moon」と名乗っているだけに、BGMもクラシックです。

「夜来香」とか「薔薇薔薇処処開」とか。渡辺はま子なんて、もう知らないよなぁ。

かつては4人組の巣窟といわれた上海でこういう歌が流れているのも不思議といえば不思議ではある。

行きつけの山下町の中華料理店では文革のころの歌劇「白毛女」の中の「北風吹」が流れているのだが。イメージわかない方。70〜90年代のNHK教育の中国語講座のテーマ曲といったら分かるかしらん。
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上海である。

上海に滞在して4日目。
旅程の半ばを過ぎると、何かもの悲しい。

でも、ここの高速だけは怖い。

2車線の道路に3台走っているのだ。
ウインカーもなしに車線変更はするし、割り込み当たり前。
舷々相磨す、という古い艦隊用語があるけど(この前のあたごは少々情けない壊れ方でしたな)、ぶつかっても当たり前じゃ、という気迫に満ち満ちて運転している感じ。

運転マナーの悪さでは、大阪が1番か、名古屋の方がひどいか、なんていいますけど、上海に比べたらものの数ではありません。

そんなタクシーの車中。
中国語が満足に話せない小生と、中国語しか話せない運転手氏と。密室で会話もないままに過ごすのは耐え難い。

こういう時にiPodは便利です。耳の中に突っ込んで音楽を聴いているふりしてればいいのですから。

で、きょうは何を。うーん、平家琵琶(本物の方ですわ)を聞いてました。諸行無常の響きとは無縁ですが。
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2009年11月05日

上海である。

上海である。

大変である。

委細は帰国してから。
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2009年11月04日

上海である。

上海11-3.jpg上海である。

2日夜。成田から全日空機で上海・浦東空港へ。3時間余といっても結構長い。

飯食って、スパークリングワインを2本飲んで、寝て。

機中では座席ごとに液晶画面が。昔みたいに、スクリーンで強制的に映画を見せられていた時代はもう過ぎたんですな。英語の映画で字幕もなくて、英語の分かるヤツだけが「ハハハ」なんて笑ったりして。

でも、アテンダントの質は落ちた気がする。用事をお願いしても、なかなかに進まない。忙しいんでしょうな。人が減って。身につまされるような話しではある。

浦東の空港はま、きれいです。新型インフルエンザが猖獗をきわめている折りから、一時はなくなっていた検疫が復活。入国審査では旅券の写真と今の髪形が違うんで、「ショートカットにしたのか」とかいちいち質問があって……。

ともかくもタクシーに乗ってホテルへ。
車中。自分の中国語がほとんど通じないことが判明。沈黙の小一時間でありました。途中、バスやタクシー、トレーラーとカーチェイス状態の運転ぶりには肝を冷やしました。まして右側通行。自分が運転しているときの感覚と違います。どうにも怖かった。

「発票」。領収書のことです。こればっか繰り返している気がする。
後、「売単」売り上げ伝票ですな。
room1.jpg
ともかくも一本、仕事をして寝たのは4時半。ルームサービスで「オランダ風オープンサンド」なるものを食べてからでありました。
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2009年11月02日

iPod nano

l.jpg遅ればせながら、iPodを入手した。

その動機は。

出張先で利用するレンタカーに「携帯オーディオプレーヤー接続できます」というシールをよく見掛けるから。
自分の車でもないのに、音楽を聴きたいという訳ではないけど、流れていたら楽しいだろうな、と思って。

で、後輩に聞くと
「ええ、遣ってますよ。アメリカのニュース局の放送を受信しておいて、聞いてます。耳が衰えるのを防げるでしょ」

なんてね。言われてもこちらは衰える耳がない。

で、先に書いた「能楽囃子体系」を早速インプットしたわけです。

鞄の中に入れておいたら。
突然スイッチが入ったみたいで、笛、太鼓、大鼓、小鼓の四拍子が聞こえてきちゃった。慌てて探るんだけど、物が小さい。やっとのことで止めたのですが、結構、恥ずかしいもんです。

で、昨日の新幹線の中でもまた。
慌ててデッキに鞄を持ち出してごそごそ。また見付からないんだな、これが。

実に。iPod恐るべし、ですかなぁ。
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