2009年03月30日

和風旅館の妙

三福.jpg転勤直前、家財を送り出して、次の方のために部屋の掃除をする日を設けた。その日、泊まったのが焼津の三福旅館。
玄関にかかげてある「三等旅館」の木札が神々しい。
ここは女将が顔見知り。本当に気だてがいいし、気遣いがうれしい。
たとえば、夜、外出した後、さりげなく浴衣が衣紋掛けに掛けてある。そして1泊1食で泊まったのだけど、朝飯がおいしい。アジの開きやハムエッグ、厚焼き卵など別に奇をてらったものでも、趣向を凝らしたものでもないのだけど、そのあったかみがうれしい。
焼津の最上の旅館と言っていい。

魚一.jpg次は島田・六合の魚一。店は昼の食事、夜の宴会がメインでめったに宿泊は引き受けてくれないのだけど、今回は好意に甘えた。
ここはしつらえがいい。玄関を入ると志太天神の飾りもの。ケヤキの床を進むと太鼓橋風になっていたり、数寄屋風の構えの部屋だったり。部屋には頼山陽の額と山岡鉄舟の軸。庭のつくばいに流れ落ちる水音がなにかうれしい。
次のご担当への引き継ぎを書きながら、東海道本線を走り抜ける夜汽車の音を聞いていた。

和風旅館は楽しい。別に温泉があろうとなかろうと。迎えてくれる人の心遣い、が何よりのもてなしである。
posted by 曲月斎 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハマに帰る。

横浜に戻ってきた。
1年11カ月前には考えることもできなかったことだけど、マイカーで、である。
藤枝を出て、静岡で用をたして、東名静岡ICから乗る。でも清水〜富士間で大渋滞。さらに厚木〜横浜間で渋滞。この前の亀山〜鈴鹿間の渋滞で懲りているので、鱠を吹いて清水で下車。あとはひたすらR1を東へ向かうことになった。

この日、ちょうど市議選だった静岡市は広い。延々と続く。さらに富士川を渡った後、沼津が延々と続く。一気に箱根の山を越え、西湘バイパスの出口で吉例の渋滞。戸塚の原宿でまた渋滞。何とか実家にたどり着いたのは午後9時過ぎ。

島田市の仲のいい職員に言われました。「ま、2年間の合宿免許を取りに来ていた感じですね」って。確かにそうかも知れない。

サーフィンの師匠が言ったことがある。「チューブの中に入ったことのない人間に説明しても分からない」って。たかが車の運転でも、この言葉を実感してしまうのであった。

明日は引っ越しの荷物が届く。その前にやっておくことが山のようにある。大変だ。
posted by 曲月斎 at 00:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

「忘れないっこしてや」

CIMG3121.jpgいよいよ引っ越しの日が近付いてきました。
でも、何もしてません。

引っ越しでこんなにブルーになるとは思ってもみなかった。
見上げれば四角い空しか見えない町に戻るのが何とも憂鬱。

送別会を数回、していただいています。
ほんの1年11カ月いただけなのに、ね。

で、きょう。なじみにしていた店のご主人に言われました。
「忘れないっこしてや」って。
何か泣きそうな気分です。

でも、、ま、メッキがはげる前に今の町を離れるのだから、ちょうどいいのかもしれません。映画「旅情」のヒロインのように。
posted by 曲月斎 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

ジムニーって。

ジムニーって愛着の湧く車です。
普通の車だと思っていたら。

横浜で駐車場を探すのに難渋しました。
その理由は車高。
170センチあるんですけど、2段式の駐車場の下段に入らない。

結局、地上が空いていないんで、探しまくることになりました。
何とか空いているところを見つけたんですけどね。

そんなに変な車だと思っていなかったのだけど、
実は車高の高い車だったのですなぁ。
posted by 曲月斎 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

「俺は、中小企業のおやじ」

俺は、中小企業のおやじ
「俺は、中小企業のおやじ」

1度目は見送って、2度目に買った本。
仕事の範囲にこの会社の工場があり、一度この筆者にも会ったことがある。
意気軒昂、というべきか。

この不況下でスズキは確かに減産をしているけど、同時にまだ元気だ。
「トップダウンはコストダウン」という。確かにそうだけど、船頭が優秀なればこそ、の話だ。その優秀さを何で担保するのか、現場をあるいて、経験をして、話をして。

そんな作業の大切さを考えさせてくれる1冊ではある。
スズキのジムニーシエラは好きだけど、ただその限界もあるわけで、どう捉えていくのか。

とあれ、日本の自動車会社の中で一番今元気なのは間違いないことだけど。
posted by 曲月斎 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

お別れ。

無事に自宅に戻りました。

岡崎を出て、その後はあちこちのSAやPAに寄りながら、焼津まで。
無事に、の一言であります。

自宅に帰れば一気に浮世の事が待っていました。不在中の郵便物を受け取りに行ったり、仕事をしたり。
それは生きている以上、仕方ないことでしょう。

それ以上に。
3月一杯での転勤を前に、お別れを始めました。
この約2年の間に、いろいろな人にお世話になりました。
そのお礼かたがた、うかがえるところには伺って、話をしてくる・・・。
勝手な話ですが、これも「お別れ」です。
posted by 曲月斎 at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

島遍路第5日/ともかく結願。

帰路途中である。
さすがに疲れたので三河の岡崎泊まり。

日程だけアップしておく。ともかく結願はできた。

【この日の日程】旭屋旅館午前9時発
49番東林庵〜50番遊古庵〜55番観音堂〜56番行者堂〜44番湯舟山〜●43番浄土寺〜45番地蔵寺堂〜●37番明王寺〜36番釈迦堂〜35番林庵〜●38番光明寺〜39番松風庵
午後3時30分福田港発

帰りは順調に新名神に入ったのだけど、東名阪道の亀山〜鈴鹿で7キロの大渋滞。通り抜けるのに40分くらいかかって、さすがに疲労困憊。岡崎ICで下りた。往路と同じく名神を回ればよかったかな。前を行く馬運車が東名阪道を南下していったけど、亀山PA辺りから一般道に回ったのだろう。ああいう判断はできないわなぁ。
ともかくも、岡崎IC近くでカーナビで検索、岡崎グランドHに投宿することにした。
恩師・近藤貞雄の故郷は岡崎、ここに来たことはなかった。
posted by 曲月斎 at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

島四国第4日/とりあえず道程だけ。

何かさすがに疲れてきました。原稿は後日・・・。

きょうは道程だけ。忘れちゃいそうなので。

【この日の道程】民宿みさき午前9時発
5番堀越庵〜6番田ノ浦庵〜10番西照庵〜15番大師堂〜18番石門洞〜20番仏ケ滝〜14番清滝山〜19番木下庵〜22番峯山庵〜23番本堂〜●24番安養寺〜25番誓願寺庵〜●26番阿弥陀寺〜27番桜ノ庵〜28番薬師堂〜29番風穴庵〜●31番誓願寺〜34番保寿寺庵〜●32番愛染寺〜●33番長勝寺〜42番西ノ瀧〜41番仏谷山〜●40番保安寺
午後5時45分旭屋旅館着
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2009年03月14日

島遍路第3日/バスと追いつ追われつ

土庄港前の旭屋を出たのは前日と同じく午前9時ごろ。きょうは土曜日、週末となると団体さんが増える。宿の女将は「本四国ほど集中しないですから・・・」とは言っていたけど。団体さんと出くわすとどうも「オリエンテーリング」状態になってしまう。というのはともかく人混みをさけたい。小豆島の札所は小さいところが多い。マイクロバス程度の一団がいるだけで堂前はいっぱいになる。本当はそんな気持ちの小さいことでは修行どころではないのだけど。

宿を出て県道を北へ。まず54番宝生寺へ。ここは3カ所の札所が一緒にある。納経をすませて今度は46番多聞寺へ。ここから2カ所の山の霊場を回る。48番毘沙門堂。堂の傍らの川には大きな砂防ダムができていた。石段を上がって一枚岩の上を通り、47番栂尾山へ。ここは山岳寺院、岩場にはめ込むように堂があり、入り口の扉にはかんぬきがしてある。「お参りの方、あけて入ってください」。やはりサルが出没するらしい。

ここから昨日の残り、島の北側へ。花崗岩の切り出し場が何カ所も続く。つくづくと石の島なんだな、と思う。北海岸で最初に行ったのが78番雲胡庵。梅の盛りならさぞきれいだったろう。庵の傍らに案内石があり何か滝行場が次の札所だったみたいだ。ただし「通行止め、通り抜けられません」とのこと。

この次が謎の札所「山の観音」。71年に刊行された平幡良雄の「小豆島八十八カ所」には80番観音寺の後に出てくる番外札所だ。配られているパンフレットによってはこの札所が80番の奥ノ院として出てくる。インターネットで検索すると80番子安観音寺、81番恵門の滝、そして小豆島大観音と一緒に出てくる。役僧もたくさんいるみたいだ。
県道沿いに今も札所の表示板は出ており、これに従って上がっていくとダム湖の傍らに出る。そのまま登り続けるとそのダムの源流、境内を清冽な滝の水が流れ、コンクリート造りの本堂が現れる。ちょうど団体さんがご祈祷の最中のようで、太鼓の音がドンドン聞こえてきた。事情を聞いたら、もともと子安観音寺と恵門の滝は同じ寺の管理で、エリア外に小豆島大観音を建立したので、そこまですることはないだろうと他の札所が言ったとか言わないとか。「元々人気のある札所だったんですけどね」とはある人の弁。ちなみに80番では納経帳にないので別紙でこの寺の朱印を渡してくれる。個人的にはあまり太鼓ドンドンというお寺は苦手なので・・・。札所が出入りするというのは何か不思議な気もする。前記の本では洞窟をくりぬいたようなところに建ち、老尼が堂守にいたとあるけど、とても今の姿からは想像できない。

81番恵門の滝ではびっくりした。4WDしか登るのが難しいんじゃないかというような急勾配の細道をバスが登っているのだ。ブンブンとエンジンをフルに吹かして。あまり安全とは思えないのだけど。バスに乗っている人は木の間越しに見える瀬戸内海の景色を楽しんでいるのだろうけど。

小豆島に上陸した福田港にもどり、ここから南下。87番海庭庵ではちょっとひやり。車を路肩に寄せたときには堂内に女性の人影が見えたのだけど、いざ堂内に入るとだれもいない。辺りをみまわしても誰もいない。見間違えだったのかしらん。

山を越えて内海の町へ。12番岡ノ坊。ちょうどおばさんと行き会う。この日は地区の芸能祭だとかで、コーラスに出演するそうだ。「ちょうはホワイトデーじゃろ。だからそうめんもろうたんよ。昼に茹でて食べた」。

団体さんと追いつ追われつしているので、先に納経の必要な8番常光寺と13番栄光寺を打ってしまう。山岳寺院は午後4時が閉門。2時過ぎに8番の脇の道から2番碁石山へ。登り切ると駐車場。ここから石段を登り、下りて本堂へ。ここも岩場に張り付くように立っているお堂。この傍らにある金比羅社からの眺めがすごかった。そして駐車場までもどって今度は1番洞雲山へ。ここも岩の裂け目の中に八角円堂があり、毘沙門天がまつられている。岩の裂け目から日が差し、独特の雰囲気だ。

山を下って今度は3番観音寺へ。寺の傍らから奥ノ院隼山へ。古い四国の本尊を写した石仏に今様の百観音の石仏、コンクリート造りの堂。1954年に焼失して70年に再建されたよし。ただ、何十年と経過したときにはどんな景観になっているのだろう。昔は海から本堂の前へ石段が続いていたらしいが今は通行止め。本堂の階段からみる景色は見事だった。このころにはやっと晴れ渡った。しかし寒風吹きすさぶとあって3番の大黒さんは「風がなければ暖かいんじゃけど、風が吹いたら北海道よりも寒い」とつぶやいていた。

ちなみに駐車場の便が悪い11番観音堂はガソリンを入れた金両醤油の駐車場に置かせてもらった。門前まで軽自動車はいけるという看板はあるけどとても無理です。堂守は元マルキン醬油の人だそうで、自力で堂を再建したよし。ちなみにこの辺りは酵母のにおい、パンが発酵しているようなにおいがする。醤油工場が軒を連ねているかららしい。町の中に「醤(ひしお)の里」散策用の駐車場があった。23番庚申堂はJAのキャッシュコーナーに行くついでに足を伸ばした。たまたま土曜日で空いていたのが幸い。

この日の最後は4番古江庵。海沿い、砂浜続きに立っている。絵に描いたような白砂青松、堂の前に並ぶ西国札所の観音像の石仏がいい雰囲気を出している。午後5時15分、同報無線で童謡が流れたとたんに、海辺でキャッチボールをしていた子供らが帰っていった。この夜は田舎の迎賓館みさき泊。

【この日の道程】旭屋旅館午前9時発
●54番宝生院・51番宝幢坊〜●46番多聞寺〜48番毘沙門堂〜47番栂尾山〜78番雲胡庵〜80番奥ノ院山の観音〜79番薬師庵〜●80番観音寺〜81番恵門の滝〜82番吉田庵〜●84番雲海寺〜85番本地堂〜83番福田庵〜86番当浜庵〜87番海庭庵〜88番楠霊庵〜12番岡ノ坊〜●13番栄光寺〜●8番常光寺〜2番碁石山〜1番洞雲山〜7番向庵〜●3番観音寺〜3番奥ノ院隼山〜●16番極楽寺〜●21番清見寺〜11番観音堂〜9番庚申堂〜4番古江庵
民宿みさき午後5時半着
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2009年03月13日

島四国第2日/雨の笠ケ滝に傘は無益

いよいよ島四国のスタートである。

この日出発したのは福田。島の北東部に当たる。あれこれと考えたのだが、土庄まで回って総本部から打ち始めることにする。車で走ればおよそ20分くらい。ガイドブックの道程の方がわかりやすいから。。。

総本部に行くと、マイクロバスの一行さんがちょうど受戒するところ。2階で1人250円見当でやるみたい。授戒するお僧が袈裟を着けてござった。こちらはお参りを済ませて納経帳と笈摺を買う。何でも巡礼会指定の納経帳でないといけないらしい。

まず最初に向かったのは64番松風庵。とことこと石段を登ったところにある草堂。次は58番西光寺。ここで一気に8カ所分の納経をする。裏手の山にある奥ノ院の誓願の塔から眺める海の景色はなかなか見事だ。下る石段の途中から路地を通っていくと尾崎放哉が死ぬまで住まいした南郷庵の跡。今は記念館になっているけど、こんなところだったのかな、と思う。見上げればさっきの塔。

ここから前島を回る。59番甘露庵。ちょうど地元のご婦人が堂でお接待中だった。お茶をいただく。ここからも島の眺めが見事だ。60番江洞窟は柳の漁港の端にある。蛸壺が干してある岸壁を進むと鳥居、その奥に朱の柱に白壁、瓦葺きの堂が岩壁に張り付いている。空海が求聞持法を修したような洞窟だ。中には本尊や井戸がある。鞘堂の窓からみる瀬戸内の海は白兎が跳んでいた。堂守の男性は「1月からみているけどこんなに荒れたのは初めて」とか。

ぐるり回って本島の53番本覚寺へ。住持は高野山大相撲部の出身で、大翔山と同級生だという。納経を終えたあと、しばし相撲談義。輪島の話やら、今の相撲の話まで転々しておもしろかった。住持が勧めてくれたのは「笠ケ滝に先にお参りした方がいい」という助言だ。順番通りだと島の北西部をぐるり回ることになるが、この72番奥ノ院は午後2時で閉まってしまう。あいにくの雨だったが、福田から帰るなら先に済ませておいた方がいいという。そのまま72番奥ノ院の笠ケ滝へ。ここは72番滝湖寺の脇を通ってつづら折れの山道。こんなところまで入るのにやはりジムニーシエラはいい。と思って山上の駐車場に行けば、マイクロバスのご一行。ここまで上がる執念に恐れ入った。

ここは鎖行場がある。地図だと石段になっているけど、1間ほどの幅で石ころの路頭が出ていて、ここの真ん中に鎖や鉄棒が渡してあるというイメージ。あいにくの雨。傘を持って出たがこれがじゃま。笠ケ滝では傘はさせない。鎖場の脇にいろはの標識。これが唯一のなぐさめだ。途中でいったん横に移動して、再び岩壁。ここを老婆らが上り下りしていたのだから信仰心は強いものだ。雨で手も足下も滑るけど何とか昇り切り、参拝して後ろ向きに下りた。

ここからぐるっと見回して、75番大聖寺、77番歓喜寺、76番金剛寺、番外の藤原寺と打ってしまう。いずれも納経のある寺。先に回ってあとの堂庵をゆっくりまわる計算だ。雨も少し小やみになったりまた降ったり。途中76番奥ノ院の三暁庵で甘酒の接待を受ける。この日はおじいちゃん。何でも地域の保存会が毎日交代で堂守をしているよしで、この方は金曜日の当番。軒先の半鐘を鳴らしたのを合図に甘酒を温めてくれたようだ。少し生姜の味がした。車を運転しているので、飲酒運転にならないかとちょと不安。でもすっかり酒精分は煮返しているらしく抜けていた。

ここから島の北西部を逆に巡る。時計回りに島を巡ると札所の標識が見つけやすいのだが、逆向きだと見逃しやすい。67番瑞雲堂などは見落としかけた。

最後は66番等空庵。車を路肩に止めてお参り。旧道に入れば1台分の駐車スペースはあった。堂内ではおばあちゃんがテレビ鑑賞。お参りに訪れた小生に気が付いて、わざわざ灯明を上げ直してくれた。

この日の宿は土庄の旭屋。泊まりは小生一人だったらしい。車ですぐの鹿島集落にあるスーパー銭湯の無料券をもらい、入浴としゃれ込む。スーパーマルナカに隣り合わせ。土庄の町は昼間も人影が少ないけど、ここだけは別。夜8時過ぎだったが、にぎわっていた。スーパーももちろん。駐車場がないと地方では厳しい。露天風呂から眺めると庵治辺りの火影がちらちらと見えた。

明日は旭屋は満室のよし。お遍路さんが一杯くるのかな。

【この日の道程】午前8時半福田・くさか旅館発
●総本部〜64番松風庵〜●58番西光寺・58番奥ノ院誓願の塔〜旧南郷庵〜59番甘露庵〜60番江洞窟〜61番浄土庵〜62番蓮華庵・63番大乗殿〜57番浄源坊〜●53番本覚寺・65番光明庵〜72番奥ノ院笠ケ滝〜●72番滝湖寺〜73番救世堂〜●74番円満寺〜76番奥ノ院三暁庵〜●77番歓喜寺〜●76番金剛寺〜●番外藤原寺〜71番滝ノ宮堂〜●70番長勝寺〜69番瑠璃堂〜67番瑞雲堂〜68番等空庵〜土庄・旭屋着午後5時半前。
posted by 曲月斎 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月12日

島四国第1日/トップ引き探し。

小豆島である。

前日まで仕事。この朝も仕事を1本仕上げて藤枝の家を出たのが午後0時半。
カーナビに「姫路港」を目的地に登録。吉田ICから一路、西へ西へ。
走り出してしばらくするとケツが痛くなるは、右足がかったるくなるは(オートドライブなんてシエラには付いてないもんで)。

浜松の手前くらいから前に尾張小牧ナンバーのトラックを見つけ、この後をずーっと付いて走った。自転車のトップ引きじゃないけど、運転が確かな人を見つけると無駄な加速はしないし、無益な追い越しもしない。流れに乗ってスーッと行く感じであります。

ジムニーシエラは高速でも不自由はないのですが、100キロを超えるような加速をするとさすがにガタつきます。80〜90キロくらいで走っていくのが一番楽。

ただ、カーナビが古かったのか、本当は東名から伊勢湾道に抜けた方が早かったのに、東名直進を指示するので、そのまままっすぐ。トップを引いてくれていたトラックが上郷PAに入ったので一緒に休憩。

カレーパンを買って、そのまま本線に戻る。名古屋を抜けるまでは車が多くで難渋。長良川を過ぎた辺りで陸自のジープ(本当はジープじゃないんだけど)を目当てに。この陸自が速い速い。関ヶ原を抜け、伊吹山を越え、栗東の手前あたりまで引っ張ってもらった。この車の御陰で、何とか最終便のフェリーに間に合ったというのはあとの話。

そのまま名神〜中国と進んで、西宮名塩PAで給油。スタンドに兄ちゃんに「姫路ならあと1時間くらいですよ」と励まされる。この辺りで、最終便のフェリーの時刻が気になっていた。

山陽道に入って延々。本当に速いのかね、と疑いたくなるほど延々。やっと山陽姫路で下り、こんどは播但連絡道。バイパスに入った辺りで久しぶりの渋滞を味わう。下道に下りてあと45分。渋滞が恨めしい。

何とか姫路港に着いたのが午後7時過ぎ。乗船券を買い、フェリーに。乗客は8人くらい、車は6台だけ。船はオリーブ号。甲板に上がるとかすかに明石海峡大橋が見え、おぼろ月。あしたは雨みたいだ。

四国というとやはり船である。本四国を回った時も東京〜徳島の往復はフェリー。すでに暗い夜のこと。かすかに島々の明かりや漁船の火が見える。

小豆島の福田港に上陸したのが午後9時半前。出発前にいったんは土庄の旭屋旅館に電話したが「最終便なら福田泊まりの方がいい」と紹介されたのが「くさかべ旅館」。駐車場までご主人が出迎えてくれ、車をおいて宿へ。部屋にはこたつ。こたつなんて久しぶりだ。風呂桶に8分目ほどの湯にゆっくりつかる。明日の天気はやはり雨みたいだけど。
posted by 曲月斎 at 22:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

もうすぐ転勤。

IMG_1417.jpg
もうすぐ転勤することになった。
今の住まいも1年11カ月でピリオド、ということである。

ここに住居を移す時は今までの仕事とは守備範囲がガラリ変わった。ま、内野手が外野手に転向しろといわれたようなもので、どうしようかという不安の方が先に立っていた。

ま、リセットするつもりでちょうど四国遍路に400ccのバイクで出掛けたのが2年前のこの時期。無事に四国を回りきれるかどうか、不安だったけど。

88カ所を本当は歩くのがベストなのは分かっている。でもこんなに長い休みを現役サラリーマンが取ることは不可能に近い。で、当時は自動車の運転ができなかったから、次善の策で選んだのがバイクだった。

荷物を満載して走り回ること約20日。札所を巡るだけだったらもっと早かったかもしれないけど、札所と札所の間にこそ、四国の値打ちがあるのに気が付いて、ゆっくり廻った。

あの時、酷い悪路も走った。自動車と違ってカーナビもないし、看板と地図が頼り。道に迷うこともまた遍路の一部だし、歩きの方同様、雨に打たれてずぶぬれになるのも一部。室戸岬、足摺岬で、暗くなって街路灯もないブラインドカーブ続きの国道を何とか側線を頼りに走ったのもいい経験だった。

IMG_1382.jpgで、今の仕事。動き回ることを苦にしない、悪路でも山道でも田圃のあぜ道でも、ヒョコヒョコと入っていくのはこの時の経験が生きているとしか思えない。写真の道は13、14、15、16、17番と打って、12番焼山寺に戻り、峠を越えて徳島に戻る途中のもの。このエリアに来て、「こんな道はどこかで見たな」と思う風景である。

何か転機には自分をリセットした方がいいと思うようになったのはこの遍路行の経験から。今度は自動車が運転できるようになったので、小豆島の島四国を今、狙っている。

遍路とはいらないものを捨てていく過程だと思う。また今度の転勤で家財のいらないものは捨てなくてはいけないけど、心の中のいらないものも意識して捨てなくては。
posted by 曲月斎 at 02:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「日本美術応援団 オトナの社会科見学」

日本美術応援団 オトナの社会科見学
「日本美術応援団 オトナの社会科見学」
日本美術応援団シリーズの第4弾。もうだいぶ経つ本だけど、面白い。

■国会議事堂
国会議事堂って実を言うとまだ行ったことがない。
一応、中に入れるIDを持っていた時代もあるけど。
この前、現在浪人中のTさんと飲んで、「当選したら国会議事堂を案内してね」と頼んだところ。文中でも話題になる議員バッチ。裏側はTの字になっていて背広の襟に押し込むようにするよし。裏には第×回と当選するたびに新しいのをくれるそうな。で、売店では万一家に忘れた時用のを売っているそうで、これはピン留め方式だそうな。T君が当選したらそんな話も実現するかしらん。

■聖徳記念絵画館
■根津美術館
確かに神宮絵画館っていうのは行ったことがない。建物の前は時々通ったし、大政奉還の絵なんてたぶんだれでも日本史の教科書でご存じのはず。一度くらい行ってみるのもいいかもしれない。

■鎌倉
鎌倉に泊まる、という発想がなかったけど、確かに泊まってみたい旅館みたいだ。文中に出てくる長谷の対僊閣っていうのはいい雰囲気っぽい。今度泊まりに行ってみたくなる。

■奈良
奈良が動態保存という言い方は何かぴったりくる。京都みたいにかしこまっていないし。先夜も職場の「仏像研究会」の会合で、そんな話が出たんだけどね。話相手は聖林寺の十一面観音像を勧めるんだけど、小生は頭と胴のバランスが悪いなんて話。そうだ奈良に行ってみよう、って感じかな。

ほかにご一行が尋ねたのは■東京大学総合研究博物館■東京国立博物館■正福寺&増上寺■長崎

確かに「オトナの旅行」というのはあると思いますな。
posted by 曲月斎 at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月08日

「小三治」

kosanji.jpg気になっている映画「小三治」です。

小三治のドキュメンタリー映画っていうんですが、何しろ上映館がほとんどない。

この世代というと、どちらかといえば古今亭志ん朝の方が好きでした。でも小三治はごつごつしながらも生きています。

ロイマチスの持病があるそうで、どうこうという話は数年前の国営放送でやっていましたが、それはそれ。

ちょと気になる映画です。この辺りだと6月に浜松のいーらにくるようですが。さてそのころはもう小生はいないので。

そういえば、昨日の夜、「おくりびと」をもう一度見てきました。
ま、正直に言って2度見る映画じゃないです。
というのは作り込んでいる背景はうすっぺらに見えてきちゃう。
1度目はまだ鼻に付かなかった広末涼子や山崎努の演技や造形があざとくなってくる。なんでそんなに物分かりがいいのって感じで。
主人公のもっくんも何か浮薄に見える。
かつて「お葬式」であの当時の死のありようを描いた訳ですけど、この「おくりびと」は今の死のありようを伝えるものではあっても、人物造形はいささか物足りない。
人間が決断したり、悟ったりするには何か、キーがあるはずだからです。そのキーをきちんと映画の画像で見せなければいけない。
それがあまりに直截的過ぎて、あざとく見えるんです。

季節の移ろい……たとえば白鳥の群れや鮭の遡上、雪景色、出羽三山の風景など……は確かにきれいですけど、それの暗示するところが余りにも明らか過ぎるのです。
得心できないですな。
posted by 曲月斎 at 17:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パーソナルナビゲーター

41CeWhpMIYL__SS500_.jpgこの前、Amazonでパーソナルナビゲーターというのを買いました。
地球の上を飛んでいる衛星の電波を受信して自分の位置を把握できるという仕掛け。

何でこんなものを買ったかというと、小豆島に行った時に、後人のために札所ごとに緯度経度を測定しておけば、かなり便利なんではないかな、と思ったからであります。

今のカーナビはだいたい、緯度経度で設定もできるし、田舎に行くと夢番地になってしまうところも結構多いものです。

そんなこんなで早速、いじり始めたところ。
これでもそこそこ高性能だと思うんですが、やはり電波の受信が難があるようで、少し陰に入ると精度がぐっと落ちます。

ともかくしばらく使ってみて。
どうするか考えることにします。

posted by 曲月斎 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月06日

「建築史的モンダイ」

建築史的モンダイ (ちくま新書)
「建築史的モンダイ」 (ちくま新書)

やっと読了。
フジモリセンセイの本は割とあちこちに話が飛躍するので、それに追いつくのが結構しんどいのですが、この本は特にそうです。

話が変転しすぎます。
でも面白い。

藁葺きの伊勢神宮、檜皮葺きの御所、瓦葺きの寺院などなど、当時に意味があっただろうことを今の時点で思いめぐらすのは楽しいことです。

それに。
僕らの世代だと、コンクリート打ちっ放しの建物に一種の思い入れがあります。我が母校もそうであったのですが、どこかでスキッとした感じがモダーンに見えたのであります。その淵源を探る考察など、非常に面白かった。

要はこの本はあれこれと藤森センセイが思索を巡らしたことを走り書きしたような本で、この1冊を読むとよく分からない、でもこのセンセイの本を何冊か読んでいるとよく分かる、という仕掛けの本です。

入門編としては間違っても勧めませんが、藤森照信という人の本を何冊か読んでいるのなら、この文法についていけるとおもいます。面白い本です。
posted by 曲月斎 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

「日本の庭園」

日本の庭園 - 造景の技術とこころ (中公新書(1810))
「日本の庭園 - 造景の技術とこころ」(中公新書(1810))

先の岩波新書の1冊が考古学の匂いがするとすれば、この本はある意味で伝統的な解説書、といえようか。

眼目は後半部分の「名庭名園三十六景」と題する部分。
筆者が選んだ日本の名庭園36、という趣向だ。

新書という形態だから図版を挿入するのは困難かもしれないのだけど、こういう本を読んでいていつも思うのは「何で図を付けないのだろう」ということ。
製版するのが難しかった時代ならいざ知らず、画像の取り込み(線画)ならさして難しくない当今でも、未だに文章だけで説明しようとする。
その庭に行ったことのある人、あるいは知見のある人なら、文章で綴ることでその委曲を尽くすことができるのだろうけど、写真も満足にない、あるいは1葉だけでは、門外漢にはピンとこない。
もう少し、工夫があってもいいのではないか、と思う。

折角、筆者ならではの想見もあるのに。
改めて山口の月の桂の庭というのは見に行ってみたくなった。
posted by 曲月斎 at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

「絶滅食堂で逢いましょう」

絶滅食堂で逢いましょう―なぎら健壱が行く東京の酒場・食堂・喫茶店
「絶滅食堂で逢いましょう―なぎら健壱が行く東京の酒場・食堂・喫茶店」

なぎら健壱の本はどうも中毒症状が出やすい。
1冊買うと、次が読みたくなる。
中身はどうでもいいんだけど、活字だけでは分からないところを写真で見せられてしまうとつい手が伸びる。

この本も居酒屋に続き、いわゆる町の食堂のルポ。「食楽」という雑誌の連載らしい。
基本的にこういう食堂というのが好きで、いわゆる洋食も好きで、サバの味噌煮なんぞは食堂の定番、と思っているので、この手の本にその姿を見付けるとうれしくなってしまう。

ま、東京に限っているし、行ったことのある店は出てこなかった。でも今度行く機会を見付けて行ってみたいなと思うことしきり、である。

ま、これが池波正太郎なら違った風情になるのだけど、なぎら健壱でもそういう先行の本に似た風情が醸し出されているのは不思議、である。
posted by 曲月斎 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「納棺夫日記」

おくりびと [DVD]
「おくりびと」 [DVD]
映画って見に行くのは気合いだと思う。
もう一度、見に行こうかなと思うんだけど、なかなか気合いが充実しない。
充実しないと出掛ける気になれない。
もうDVD発売だそうだ。
スクリーンとDVDでは違うんだけどね。

納棺夫日記 (文春文庫)
「納棺夫日記」

この映画の元になった本。後段は歎異抄など宗教色も付いているそうな。毎日新聞では「そんな宗教的な部分を書きたかった本なので、映画ではその部分が外されているから、一切名前は外してもらった」とか。
気になって本屋で探したんだけど、「重版待ちです」って。
久し振りにこんな言葉を聞いた気がする。

posted by 曲月斎 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

「夕べもここにいた!」

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋
「夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋」
かの名著「東京居酒屋漂流記」のヴィジュアル版、というところ。
サンデー毎日の連載を1冊にまとめたもので、ここに取り上げられている店の何軒かは行ったこともある。
確かにいい店である。

はしがきに曰く「居酒屋というのは酒を飲むことを前提にしているが、お客としてはそこにプラスαを求めているのである。(中略)酒を飲むときの最大のつまみはやはり会話である。一緒に行った友達、同席した一見のお客、店のオヤジさん等々、いろいろなシチュエーションが考えられるが、どれをとってもあたしにしてみれば最大のつまみである。たとえ独りで静かに飲んでいるとしても、お客は自分と対話しているのである。これがあるから、この時間があるから居酒屋巡りはやめられない(後略)」

なぎら健壱は元からひょうげた顔をしているが、この本に出てくる写真はまた自然。居酒屋で隣にいても不思議のない顔をして写っているのがまたいい。

本の間からモツ焼きの煙が漂い始めそうな1冊である。
posted by 曲月斎 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする