2008年04月12日

今年1番の桜。

水目桜.jpg桜の季節も終わりました。
今年も何カ所かで桜を見ましたが、今年1番の桜は迷うことなく、このK町の水目桜です。

樹齢300年余、エドヒガンサクラだそうで茶畑の真ん中に1本だけ立っている姿は実にきれいでした。

きれいという当たり前の表現しかできないのですけど、京都円山公園のサクラにも似て、気品があります。平家の落人集落にいるお姫様みたいな感じかなあ。

もし機会があればぜひお勧めします。
posted by 曲月斎 at 01:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「鉄道地図は謎だらけ」

「鉄道地図は謎だらけ」
鉄道ブームとかで、「鉄子」「鉄オタ」などかまびすしい。
鉄道関係の本も玉石混淆、いかにもやっつけ仕事というものも最近は多いのだが、この本は久々に上質だと思う。

はしがきで筆者は「路線・線路の集合体である鉄道地図の楽しみの上澄みの部分をご迷惑かもしれないが、堅気の方、いや一般の方にもお裾分けしようと思い筆を執ったものである」と控えめに書いているが、いやいや奥が深い。

序章の鉄道地図七不思議はどうでもいいけど、中でも近鉄の路線、西武の路線、かつての筑豊炭田に張り巡らされていた路線の因縁話はなんとも興味深い。合併に次ぐ合併を繰り返した近鉄、小が大を呑む合併を繰り広げた西武、そして思いつきとしか思えないような路線延長を繰り返した筑豊地区。実に上手い。

2章目の全国津々浦々境目の謎も面白い。旧国鉄時代、時刻表の上に鉄道管理局の境界が記されていたとは知らなかった。今のJR貨物の運営形態の話も実にマニアックだけど興味深い。そして3章目。ここまでくると筆者の独壇場だ。3種の軌間が一遍でわたれる踏切、鉄道と鉄道が平面で十字に交差する話、東海道線の美濃赤坂、垂井界隈の珍話などなど。知ってはいても、ここまで詳細なルポをされると、へーっと思わざるを得ない。

この手の本で、「一度行ってみようかな」と思うかどうか。小生はこの本の中にあるところに行ってみようかな、と思ったことを告白しておく。

ところで光文社新書って出来のいい本が多いような気がするけど、編集者の力量大。何でもない筆者を発掘したことを高く評価したい。
posted by 曲月斎 at 00:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月11日

「昭和天皇」

「昭和天皇」
天皇家の大きな役割として、宮中での祭祀がある。
即位した時の大嘗祭を初めとして、元旦の四方拝から12月25日の大正天皇祭まで、1年365日はほとんど、祭事のオンパレードといっていい。
ちなみに、祭典の根拠とされた皇室祭祀令(1908年制定)には大祭として

元始祭  一月三日
紀元節祭  二月十一日
春季皇霊祭  春分日
春季神殿祭  春分日
神武天皇祭  四月三日
秋季皇霊祭  秋分日
秋季神殿祭  秋分日
神嘗祭  十月十七日
新嘗祭  十一月二十三日ヨリ二十四日ニ亙ル
先帝祭  毎年崩御日ニ相当スル日
先帝以前三代ノ式年祭  崩御日ニ相当スル日
先后ノ式年祭  崩御日ニ相当スル日
皇妣タル皇后ノ式年祭  崩御日ニ相当スル日

とあり、「大祭ニハ天皇皇族及官僚ヲ率ヰテ親ラ祭典ヲ行フ」とされている。
そして小祭として

歳旦祭  一月一日
祈念祭  二月十七日
賢所御神楽  十二月中旬
天長節祭  毎年天皇ノ誕生日ニ相当スル日
先帝以前三代ノ例祭  毎年崩御日ニ相当スル日
先后ノ例祭  毎年崩御日ニ相当スル日
皇妣タル皇后ノ例祭  毎年崩御日ニ相当スル日
綏靖天皇以下先帝以前四代ニ至ル歴代天皇ノ式年祭  崩御日ニ相当スル日

と定め、「小祭ニハ天皇皇族及官僚ヲ率ヰテ親ラ拝礼シ掌典長祭典ヲ行フ」という。

いわば、並の神主の比ではない、祭祀の忙しさである。この点は従来、天皇という存在を考える上で見逃されがちであったことは否めない。
その点で、戦前、戦後を通じて、天皇が「家業」としての祭祀にどう取り組んできたのか、どう思ってきたのかを探ろうとした点にこの本の面白さがある。

家の嫡男として、祭祀をもっぱらにしなくてはいけない立場と、自由な弟宮である秩父宮、高松宮との相克、そして母親・貞明皇后の存在と、長い時間の中で昭和天皇がやってきたことから後付しようとする姿勢は興味深い。
また、戦後になってから三島由紀夫が対談の中で「天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭、−−それだけだ。それが僕の天皇論の概略です」との発言が紹介されているけど、ある意味で、天皇家という血筋の家職を端的に言った言葉ともいえる。

先年、国内などである大きなスポーツ大会が開かれたことがあった。その時、「この時期の日本の天候はじめじめむしむしとしているので、外国の選手は体力を消耗するので日本に有利です」とさる方が説明したそうだ。その時にある方面の答えは「お天気にする、というのはあるのですけどね。ジメジメとかムシムシというのはどうも……」と話したという話を小耳に挟んだことがある。昭和天皇が帝王学の一部として教え込まれた「祭祀」についての考えは今でも生きているといえそうだ。

昭和天皇は長く、弟宮との相克があったことが示されている。それと同様に今の東宮と秋篠宮との立場の差は、その相似形として残っているのではないかと思わせられる。

さて、話は戻って三島由紀夫。この本では終段で大きな役割を果たしているけど、果たしてどうなのだろう。キングレコードの出した「軍艦マーチのすべて」の中で、三島由紀夫が読売日響を余興で指揮したものが収録されている。その指揮ぶりはどこまでもせっかち、いらちという印象。ある意味で、三島像の本質である気がしている。

今でも、旧官幣社、旧国幣社の宮司は代替わりすると、宮中に参内して記帳してくるのが通例だ。社格制度なんて1946年のGHQの神道指令の時に廃止されていると思っているけど、今でも天皇家との間では生き残っているし、それは宮中の祭祀にも関わっていることなのである。

ある意味で、農作物、特に米が豊かに実るように祈ることは今でも天皇家にとっては大切な行事なのである。

それと「内奏」というシステムがあることを改めて指摘しているのが興味深かった。天皇の権限は国事行為に限られているとはいえ、その一方で、歴代政府の幹部が大事な決定に際して内々に報告をしていた、そして昭和天皇もそれを求めていたというのは、菊のカーテンの奥にあるものをまた思わせる。
posted by 曲月斎 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月05日

全国キャンディーズ連盟2008大同窓会CANDIES CHARITY CARNIVAL(2)

07_px250.jpg(写真は日経トレンディから)

洋楽のメドレーが終わったあと、MCで吉田照美と大橋照子が出てきました。文化放送(そういえば「ルミちゃん音頭」って覚えてますか?)と日本短波放送のアナであります。そういえば大橋照子の旦那が東京銀行で、大橋照子のファンクラブの会員証が東京銀行のキャッシュカードで代用していたなんていう話は覚えてないよなあ。

で、続いて出てきた近田春夫のところで、一回喫煙&連絡タイム。席に戻ると全部スタンディングに変わっていて、もうそれからは乗り乗りの世界。それでも隣の男性は立って腕組みでしたけどね。

スクリーンに向かって投げられる紙テープが、「逆飛び出す絵本」状態でふしぎな感覚でしたな。それで「暑中お見舞い申し上げます」の途中でスクリーン裏に控えていたキャンディーズの元バックバンドのMMPとホーンスペクトラムのメンバーの生演奏に切り替わって、後はバンド裏のモニター画面の映像と、キャンディーズの歌声と生バンドという組み合わせ。不思議な感覚の世界でありました。

しかし30年前。スーちゃんの胸に付いたリボンが水色だったはずが、画面では多くが緑色。褪色に時の流れを改めて感じましたな。

席のヨコでは各社のカメラマンが脚立を持ってうろうろ。でもお約束の紙テープの海になる「哀愁のシンフォニー」のシーンまで早版は間に合わなかったのかなとかよけいなことを考えてしまうのがちょっと悲しい。

で、ともあれ、入り口でもらった10本の紙テープは投げ尽くしたし(もちろん芯を抜くお約束どおり)、会員証はもらったし。天井からはじけた銀のテープにはきちんとキャンディーズのイラストとロゴが印刷してあったし。何より、藝が細かいなと感じたのは、3本の白いマイクスタンド。
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もちろん、いるはずのない3人をおわすがごとく見せるのには格好の道具立てでした。

ところで、最後に「つばさ」を歌う前のMCで、3人がしゃべっている日本語がすごくレベルが高いのに改めて関心。ミキが「少女趣味」といっていたけど、これなんか死語だよね、もう。

引退直後の東京・虎ノ門の日消ホールでのフィルムコンサートからも30年(確か参加料が1500円か2500円)。とにかく1万500円の値打ちがあるかどうか迷ったけど、参加してみてよかったかな、というのが実感。

posted by 曲月斎 at 23:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全国キャンディーズ連盟2008大同窓会CANDIES CHARITY CARNIVAL(1)

01_px450.jpg(写真は日経トレンディから)
2008年4月4日、東京・水道橋のJCBホールに行ってきました。

このホールが建っている場所にはかつて後楽園球場がありました。そこで解散コンサートを開いたキャンディーズのフィルムコンサートが解散30周年のこの日、開かれたのであります。

詳しいことはご存じの向きも多いと思うので省略しますけど、もう開演前からハッピ姿で盛り上がっている向きがいると思えば、ビール片手に静かにくつろぐ向きもあり。決して狂奔の徒党の群れではなかったのは事実であります。

ワンドリンクコインが付いていたので、レモンサワーを飲んで、便所に立つと、隣に並んだ2人連れの紳士がぼやいていました。「30年前はこんなに腹が出ていませんでした」「30年前はこんなに小便の切れが悪くありませんでした」。思わず笑ってしまいましたな。そう30年前はまだ高校3年生。チケットは買えなかったひとりでありました。

席はアリーナ席の右端、後ろの方。席の出入りが楽なのがラッキーであります。隣の席の御仁はずっと腕を組んだまま。3連のパイプいすに肥満体が2人並んだら厳しいのであります。小生はケツを半分浮かせたまま半身になって見てました。

スクリーンは序盤は洋楽のカバーを上演していました。この辺で、やっと仕事を終えて会場に来た客がそろって席はほぼ満席になりました。
posted by 曲月斎 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする