2007年05月03日

荻原達子氏逝去

ogihara-tatsuko.jpg銕仙会の名プロデューサーで、狂言の研究でも一家言を持っていた、荻原達子さんが亡くなった。

観世栄夫氏の運転する自動車に同乗していての事故だという。痛ましいとしかいいようがない。

ご葬儀は実家の方で密葬、その後、時期は未定だが能楽関係者で偲ぶ会を開く計画だという。

荻原さんは、いつも銕仙会の事務所にいて、上演のある日は必ず水道橋にいた。社中(という言い方が似合わないけど)の人以上に社中のことを掌握していたと思う。あの観世寿夫、栄夫、静夫の3兄弟の活躍も、この人抜きには考えられない話だった。

その人となりは、詳しくは響の会の聞き書きをご覧頂くとして、「あなたたちの世代が学生時代にせっせと能に通ってくれた最後かも。しっかり能を見ないとダメよ」と励まされたのを思い出す。歯切れのいい女性だった。

突然の訃報でやり残したことはさぞかし多いことと思う。冥福を祈りたい。(なお、写真は響の会のhpから転載)


posted by 曲月斎 at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 三間四方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペーパードライバースクール

2日にペーパードライバーの出張講習というのを受けた。

命知らずというか、四半世紀も車を動かしたことのない小生の隣に座って、運転を教えてくれるというのである。しかも公道で。

で、この朝は来た。
ちなみに指導カリキュラムというのはあるのだが、教官役の温厚な紳士が曰く、「この辺りだと山手警察の辺りでまず、左周り、次ぎに右周りをやってみて、ま、それから考えましょう」

彼の運転で本牧に出掛け、途中で運転席交代。助手席のブレーキもない車で、ルームミラー一つで助言してくれる。

よく分かったことが一つ。自分が免許を取った時代は、マニュアル車で、半クラッチの操作が本当に難しかった。でも今はAT車。ヘボならエンストするのではなく、暴走するものに変わったということだ。

とあれ、彼の指導で、何とか運転できた。彼がさっとハンドルを切ったのは2度。2車線の道路で、駐車車両がいる時のすり抜けだ。どうしてもバイクに乗っている感覚か、左側がお留守になるのと、周囲を確認するのに、ミラーをあちこちみるのに、手がつられて動くクセがあること、そして信号で、キッと止まってスパンと発進したくなること……。

課題は山積である。

でも四半世紀ぶりに運転した。時代は変わっていた。と同時に、不思議な感覚であるのは自分でも驚くばかりだ。

ところでシエラっていい車ですよ。視点は高いし、次回は車庫入れの練習が在るんですけど、実に見やすい。日本じゃ人気はないけれど、やはり気持ちのいいもんです。自分の車というのは。
posted by 曲月斎 at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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