2007年04月04日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所#8/いざ走り出す

この船の中で、生活のリズムは強制的に「昼型」に変わる。

朝、起きて食堂で納豆やら冷や奴やらを食べて、ぐずぐずしていると、ちょうど本州の最南端潮岬の沖合を通る。船中への携帯に叔母から電話が入る。四国を幾巡りもしている先人。「今回は初めてなんだから、何が何でも廻りきろうと無理しないこと。ゆっくりしてくるのが一番なのだから」と後で振り返ると含蓄のある言葉を貰う。

四国と並んで、信仰の山と言われる熊野三山。海の信仰から速玉大社、那智大社が出来、山の信仰から本宮が出来たと言われる。京都からの道のりには九十九王子があったとされるが、四国八十八カ所という数字もこの九十九王子にちなむという説もある。

昨夏、白浜の旅館に泊まった時、仲居さんから、天気が良ければ那智の滝が見える筈、といわれていた。旅館から見えるのなら、日の加減で見えないこともあるまいと目をこらしたが見えなかった。

そうこうする内に紀淡海峡近く。昼食の案内がある。でもこれはパス。上甲板で海風に吹かれていると青森からの団体さんの添乗員さんがいた。「きょうの泊まりは何番ですか」「ええ6番です。装束用品を買う時間が惜しいので事前に買ってもらったこと、6番の宿坊が立て替えで綺麗になったことなどがあって6番が1泊目です。2泊目は鯖大師かな」

この青森からの団体さんは八十八カ所プラス別格二十カ所も廻るという。すごい強行軍だろう。大丈夫かな。

で定刻通りに船は徳島に着き、走り出す。目指すは荷物を預ける徳島ワシントンホテルだ。荷物を預けるという発想は良かったと思うけど、実はこれが足かせだった。

遍路の宿は先へ先へと取っていくのが定石。しかも、ホテル暮らしよりも旅館の方が遍路を扱い慣れているので、「早寝早立ち」の巡礼生活のリズムが早く体得できる。

小生は荷物の持ち歩きを考える余り、徳島で都合3泊したけど、これは後悔が残った。

で四国第1日。国道11号を北上。撫養街道に入り、1番奥の院東林院、1番前札十輪寺と廻る。十輪寺では納経の間、練りきりの菓子とお茶を接待される。跡継ぎの若住職が納経の手本を見ながら筆を運んでいた。

そも十輪寺へ行くのに、何を間違えたのか、蓮田の真ん中まで行ってしまった。というのあ旧撫養街道の入り口を見失ったからで、自業自得。蓮田の中から道を教えてくれた方に感謝あるのみ。

で1番。前より酷くなった気がする。というのは納経所がまるでショッピングセンターのようだからだ。白衣から杖、納経帳にお姿入れ、笠、札ばさみにさんや袋などなど一式の用品の売り場があり、その一番奥に納経所がある。

まあ、1番だからしかたないのか。ここから10里10カ所。気楽な旅だ。

◇きょうの教訓
「ともあく、ゆっくりあわてないのが一番」。


posted by 曲月斎 at 05:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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