2007年04月03日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所#7/波乱含みの旅立ち

波乱含みの旅立ちだった。

3月1日。荷物をまとめきれず、そのまま出発を見送り。2日、東京発徳島経由北九州行きのフェリーの予約が取れたので、乗り込むことにする。
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普段、首都高速を飛ばすなんてことはしない、穏健なライディングではあるが、この夕方は焦っていた。またも荷造りに手間取り、詰め込めるだけ詰め込んで家を飛び出したからだ。

まあ、乗船手続きの窓口まで小1時間と思っていたら、とんでもない。湾岸線で13号地出口を下りてから、迷いに迷った。

フジテレビやらお台場の今のにぎわいの中、フェリー埠頭は忘れられかけた存在になっているのだから。

もちろん、地図はhpからダウンロードはしてあったけど、現地に行けば案内板があるだろうとタカをくくったのが間違いのもと。お台場エリアの中をいくらぐるぐる回っても案内板一つないのだから。乗船手続き締め切り時刻が迫ってきた。

客待ちをしていたタクシーの運転手さんに聞くと、ともかく先の信号から橋を渡れ、という。すると案内板があるから分かるはずだ、と。

夕闇が闇に変わるころ、やっと案内板を見付ける。そこはコンテナトラックのヤードになっていて、埠頭の奥の奥に、フェリー乗り場はあった。

「昔はあちこちにフェリーが出ていたからにぎわっていたけど、今はうちの航路だけになったから……」とは後で聞かされた話。そういえば苫小牧発も今は大洗止まり、高知行きフェリーなんてあったはずだけども……。

切符売り場は2階。車検証を片手に駆け上がると、閑散としたもの。手続きは簡単に終わり、手渡されたのが1枚の紙。白地に赤で「徳島行き」とある。「それをヘッドライトのところに貼って、3番の列で待っていて下さい」

待っていると、バイクのお兄様方が三々五々いらっしゃる。中ですでにして自分の風体が浮いているのを実感する。今時、はやりじゃないんだよね、ツナギなんて。

トラックや乗用車が乗船した後、その隙間にバイクは入る。入ってそこから船倉を2階分、そして客室部分を2階分、階段で上がると一夜の寝床・二等船室だ。重い荷物に閉口と後悔で前途がどうなることかと思う。

船室では手慣れた方々が電源(コンセント)のある位地を確保してマイスペースを広げている。そう込むわけでもなし。でも小生は確保できずにテレビの下、入り口近くに陣取ることにした。

「きょうはお客様が少ないので毛布は2枚でも結構ですよ。シーツはこちらです」と乗組員の指示で寝床を作り、ツナギを脱ぐ。ホッと一息。ともかく船には乗り込めた。

◇この日の教訓(というか、最後までの教訓だったのだけど)
「道が分からなければ誰かに聞くのが一番」

とこうするうちに、階下の食堂が18:30から営業開始。小鉢ものがあって、鶏の唐揚げやらハンバーグなどおかずを選べるシステム。半分乾きものしか出てこないことを覚悟していただけに、第1夜の食事が豊かだったのはうれしかった。

それと展望風呂。別に野天にある訳ではないけど、浴槽に広い窓があって、右舷側の景色が見える。のんびり足を伸ばして入っていたら、久里浜の沖合いくらいだったか。甲板に出てみるとまださすがに風は冷たかった。睡眠導入剤を飲んで横になる。第1夜は静かに人間的な夜になった。


posted by 曲月斎 at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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