2007年04月29日

タバコを変える

タバコの銘柄はここ12年間、セブンスターのカスタムライトだった。周囲がライトだ、健康だと言っても、タール10mg、ニコチン0.8mgの味を愛してきた。

しかし、このところ喉の具合が悪い。加えて愛好しているタバコを売っているところが少なくなってしまった。
で、知人が勧めてくれたのが「マイルドセブンエクストラライト3」というもの。タール3mg、ニコチン0.3mg。

確かに軽いし、嫌な咳も減った。だけどタバコを吸っているという実感がない。

悪いことしているけど、分かっちゃ居るんだ、という背を向けたような気分。やはり吸い慣れた味は忘れがたいものだ。
posted by 曲月斎 at 03:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「図書」5月号

今月号はなかなか面白かった。

網野善彦全集の予告編みたいな対談や、「軍人の良識と元老の知恵」「生き残る言語」などなどどれも掌編として上々。

膠着語(日本語、モンゴル語みたいな名詞が変化しないで格助詞で文中の機能を示す)という言葉は知識の片隅にあったけど、名詞の語尾変化で名詞の機能(主語、目的語、補語)を示す屈折語(ラテン語、ロシア語、ギリシャ語など)、名詞が格変化せず文中の位置で機能を示す孤立語(英語、中国語など)、さらに、一語の中に機能が集約されている集合語(イヌイット語、ネイティブアメリカン語など)の概念から、日本語のなれの果てまで想定した中井久夫の一文は興味深い。

ちなみに私の岩波文庫の1冊は篠田正浩で魯迅の「阿Q正伝、狂人日記」だった。
posted by 曲月斎 at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

金春湯

shouki.jpg金春湯は銀座8丁目にある銭湯である。能の金春太夫の屋敷があったことにちなむこの名、ビルの1階にある銭湯なのだけど、なかなか気持ちがいい。

1丁目の銭湯・銀座湯が現在、休業中のため、銀座では唯一の銭湯ということになる。

所用で汗まみれになった時など、ここで湯に入ると本当にいい気分になれる。

見れば、5月5日には菖蒲湯をするそうな。画像は東京都浴場組合のhpから拝借したが、なかなか飄逸な絵だと思う。

もう何年、実家では五月人形を出していないことだろう。
posted by 曲月斎 at 01:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鐵馬で駆けた四国八十八カ所 番外/お札流し

下に書いた改造社版の「俳諧歳時記」に、春の季語として「遍路」の次に挙がっているのが「お札流し」。

説明によると、松山地方の十カ寺、44番岩屋寺から53番円明寺までに納めた遍路札を松山・高浜沖に流す行事で陰暦の3月28日に行われる−−とあるのだけど、説明を書いているのが松山出身の高浜虚子だから、戦前にはあった風習なのだろう。

漕ぎ出でゝお札流しの詠歌かな(里石)という例句を挙げているのだけど、今でもこの風習はあるのかしらん。

岩屋寺から円明寺という10カ寺の選び方も絶妙に思うのだが。今年は5月14日に当たる。
posted by 曲月斎 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

改造社版 俳諧歳時記

021105c.jpg捨てる捨てるといいながら、古本を買っているのだから、我ながら因果な性分だと思う。

今回買ったのは、改造社版の俳諧歳時記全5巻。轟亭宗匠が、「戦前の名著」と紹介しておられたのだから、ほぼ間違いはない。日本の古本屋で探すと在りました。揃い本が。

7000円+送料、ちょっと高いけど、欲しくなった物は仕方ない。早速注文してきょう、届きました。

不思議な造本で、サイズとすればA5判ほど。ですがケースから出すと横開きという本です。

結構、細かい字で説明があり、例句もそこそこ。昭和9年の版。いい本を買った気分であります。
ちなみに、きょうは大きなゴミ袋に4袋分、シュレッダーで書類の始末。本は適当な時期にまた市場に戻してあげるのがベストなのかもしれないと思いました。
posted by 曲月斎 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

引っ越しの要諦

引っ越しを前に、こういう時の知恵袋に「コツ」を聞いた。

先達曰く「一に捨てること、二に捨てること、三に捨てること、ともかく捨てることです」とにべのない助言。

確かにそうなのですが、ね。後生大事にしまっていた書類のたぐいもシュレッダーに掛けてしまいましょう。しかし、このシュレッダーが高性能。5分も回すと過熱して止まってしまう代物で、まあ寺の引っ越しであります。まあ、でも捨てるものは多いんですなあ。

震災の時に、身一つと思ったのに、どうしても物は溜まりにたまってしまうものです。
posted by 曲月斎 at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎・つぼや

宮崎のモツ焼き屋。
第3つぼや
宮崎市橘通り3−2−11
まだあるのかな。
posted by 曲月斎 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所#12/宿のこと(2)

高知に入ってからは室戸岬から海沿いの快調な道が続く。歩き遍路の難所、27番神峯寺もバイクでなら何とか上がり切れた。もっとも怖かったのは、この札所ご指定なのか、タクシーがしきりに上り下りしていること。

ちょうど神峯寺の住侶と高知市内の民宿が看板の広告代の相談をしているところで、「××が3万円だったからだいたいそんなもんじゃろ」「ではよろしくお願いします」というような会話が聞こえてきた。確かに札所にある看板は一つの目当てである。

この夜はインターネットで予約した高知駅前のビジネスホテルに泊まった。懲りもせずというべきか。個人的にはホテルに泊まると、どうも生活のリズムが乱れる。おまけに、旅館だと「2食付けて下さい」と頼めば、食事の心配はないのだけど、ホテルだとあっても朝食だけ。遍路の時に食事であれこれと考えるのが面倒に思ったのは、食いしん坊の自分としても意外だった。

ちなみにこの日は御蔵洞から24番最御崎寺、25番津照寺、26番金剛頂寺、27番神峯寺と快調に進んで、28番大日寺、29番国分寺で終了。実は29番に辿りつくまでにかなり迷ってしまったこと(国道から外れて目標になるものがすくない)、さらに国分寺の駐車場でバイクの後ろにぴったりと斜め駐車をワゴンにされて、取り回しそこねてまた立ちゴケをしてしまったのもあって、30番善楽寺には届かなかった。

翌日の宿舎は早々と決めていた。どこぞの宿で、「国民宿舎土佐はいいよ」という噂を聞いていたからだ。バイクの修理と部品調達に半日宛てるつもりでいたので、距離を稼ぐよりも、との判断だった。

ホテルは高知駅前に近く、30番奥の院の安楽寺から。30番善楽寺、土佐神社と廻って高知の札所は順調に進んだ。で、この夜の国民宿舎土佐。期待以上の見事な宿だった。

バイクなら駐車場の上まで上がって下さいと案内され、宿に入れば「まだ日のある内に露天風呂にどうぞ。いい景色ですよ」と指南してくれ、夕食では席に着くとすでに突き出し様のものが重ねて入っている。飲み物を頼んでつまんでいる間も、支配人やフロアのメンバーは目を配ってくれていて、追加で頼んだ土佐牛のステーキも地元の産の長太郎貝の刺身も美味しかった。

翌日の宿選び。支配人にどの辺がいいかを聞くと、宿毛くらいまでは行けると思うと言われた。たしかに好天ならそれは正解だったのだが、途中から降り出した雨が結構、厳しい状況にしてくれた。と、同時にうれしい宿との出会いも。
posted by 曲月斎 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

芭楽???

DSC01927_1.jpg

横浜の伊勢佐木町を歩いていたら、中国物産店の店頭で変な青いリンゴのようなものを見付けた。

片言の中国語で尋ねると、「芭楽」というらしい(というか、名前を紙に書いてもらったのだが)。

で、店員のいうには「皮をむいて食べると甘くておいしい」という。一緒にいた知人が1個800円もしたのだが、買ってみるという。ある店に持ち込んで、食べてみたら、えぐくてばさばさでかすかに甘い。何じゃこれは、という味だった。

こういう時にありがたいのは知人。夜にもかかわらず、知人のつてを頼って、中国通の後輩に聞いたら、「グアバ」らしい。あのザクロの一種というグアバである。どうも熟れる前に食べてしまったらしい。店員は熟れるまで待てとは言わなかったが。

二つに割った切り口は瓜のような感じだった。これが本当にグアバなのかどうか。真偽のほどは分からないけど、青いうちに食べてもおいしくないということだけは学習したのだった。
posted by 曲月斎 at 03:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャッキー・ロビンソン

0120edfd.jpgジャッキー・ロビンソンといってもピンとこないかもしれない。

黒人初のメジャーリーガーで、1947年の4月15日、ブルックリン・ドジャースでデビューした。当時は野球は白人のスポーツであり、有色人種の加わることができるものではなかった。

時は流れて60年。ニューヨークタイムズによれば、黒人は70年代には30%を占めたものの、今や10%台にまで減っているとはいえ、その分、日本人を始め、ヒスパニックなどが台頭しているのはご存じの通り。もちろん「外国人枠」などという言葉もない。

イラクに侵攻し、それを是とする大統領を信任するのもアメリカなら、こういう先人の遺業を顕彰しようとする空気が生まれるのもアメリカ。98年にこの日が「ジャッキー・ロビンソン・デー」として各球団でイベントが開催されると同時に、全球団で背番号42が永久欠番になっている(その当時から42番を付けていたヤンキースのリベラが今や唯一の例外だが)。

そして今年はケン・グリフィー・Jrの発案で「みんなでこの日は背番号42を付けよう」という話が起き、6球団ではこの日1日だけ全員が背番号42を付けるという。ロビンソンがデビューした当時、対戦を拒否するまで至ったカージナルスでも。ヤンキースでも4人が付けるという。

野茂が、そしてイチローが、そして松坂が大リーグという舞台で活躍しているのはこの先人の遺勲にほかならないし、それを忘れないアメリカという国の不思議さもある。

先人へのリスペクト、なのか。リスペクトという言葉は日本語に訳しにくいと思うけど、歴史を忘れないという点では、よほどどこかの国よりも賢い点がある気がする。
posted by 曲月斎 at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 騙仕合傳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所#11/宿のこと(1)

四国遍路では、宿をどうするか、一つの課題だ。

団体さんは多くはホテルや宿坊に宿泊していく。今回の遍路では意識的に宿坊を避けた。というのは、団体さんの中に紛れ込んでしまうのが目に見えているからだ。

いわゆる旅館、遍路宿や民宿はどこも佳かった。前にも書いたけど、僕の場合は走行距離は1日平均180キロくらいになるだろうか。午後3時にどこにいるかでめどを立て、午後5時の納経締切の時間から次の札所までの距離を稼ぐかどうかを決める。で、宮崎本を見て、電話で予約を入れる。2、3軒電話をすれば、どうにか夕食付きの宿を確保することができた。以下、自分の泊まった宿の話をつづる。

徳島では失敗した。荷物を積んで走ることを煩わしく思うあまり、ワシントンホテルを起点に動き廻ったのだが、非効率だったし、何より生活のリズムが遍路の「早寝早起き」にならないので困った。

宿屋で1泊目は日和佐のむらかみ旅館。ちょうど、20番鶴林寺で立ちゴケをしてしまい、21番大龍寺までは何とか打ったが、修理のために阿南まで戻ったので、宿に着くのが20時前になってしまった。宿には連絡を入れ、遅くなる旨を伝えたが、国道55号とはいえ、道は暗さも暗し、寒さもつのって切なくなってしまった。そんな時に日和佐の駅の近くで宿を見付けられずにうろうろしていると、ご主人が迎えに出てくれた。「バイクでおいでると聞いていたので、まだかと思ったら、行ったり来たりしているのが1台いたので迎えに出たんですわ」。道中のあれこれも吹っ飛ぶような笑顔だった。

遅くなったけど、夕食も出して貰い、世間話。「世界遺産の認定も結構ですけど、それよりもきちんと歩きの遍路さんが歩ける道、歩道を国道沿いにも造るくらいのことをした方がいいんじゃないですかね」とご主人。確かに、ここ日和佐から先は遍路道は国道になる。バイクでも怖いと思うくらいにトラックが往来する道だ。せめてきちんとした歩道が確保できれば、より歩きの魅力に感じる人は増えるに違いない。
ここから22番平等寺に打ち戻ったのだけれど、そんなめげる気分も忘れさせてくれるような宿だった。

次の旅館は室戸の太田旅館。25番津照寺のすぐ下にある。宿を決めるとき、わかりやすそうな宿に決めるのが一つの条件のように思う。日も暮れ方になってから迷うのはやはり切ない。ここの旅館は不思議な構造で、2階建ての家が数軒連なったような形になっている。でも宿の方々の温かい顔は何より。土佐の名物鰹の刺身も食卓に並んだ。僕の場合、遍路の間は朝食と夕食の1日2食だった。夕食では飯を3杯は食べていたろう。朝食は軽めだったが。どこの旅館でも、そのおかずは心づくしでうれしいものだ。

posted by 曲月斎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 辺地遍路 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

親知らず抜く。

親知らずを抜いてもらいました。

診療時間は約4時間半。右下の奥に半分埋まっていた歯を、丹念に掘り出してもらいました。

抜いてもらった歯をみて驚きました。3本の根がまるで火鉢やいろりで使う鉄輪(かなわ)をひっくり返したような、根っこの先が内側にいずれも曲がり込んでいたんですな。これでは時間も掛かる訳で。「見て下さいよ。こんな根っこでしたよ。安易に割らなくてよかった。診療所開設以来の難物でしたね。ぜひ記念に持って帰って下さい」とは後輩の歯科医の誉め言葉、根気よく丁寧に抜いてくれたことに感謝するばかりであります。

今はまだ麻酔でしびれているのですが、そろそろ切れてくるころ。明日は昔のセデスのポスターではないけど、腫れ上がった右ほほになりそうです。鎮痛剤を飲んで早くねてしまうことにしたいと思います。
posted by 曲月斎 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鐵馬で駆けた四国八十八カ所#10/札所と札所の間

1カ寺ごとの印象記や来歴などは、他の方も熱心に書いておられることなので、以下ざっと綴っていく。

約15年ぶりに遍路をしてみて(といってもこの時は1〜11番と81〜87番を廻っただけだったけど)、どの札所も繁盛しているのだな、ということを実感した。納経所や庫裡が立派になった、どこも山門近くまで自動車が入れる道が付いている、などなど。四国遍路の「商業化」といったら言い過ぎだろうか。

NHKの放送によれば、年間150万人もが遍路に出ているそうだ。札所で納経をしていただけば、それだけで300円。笈擦に朱印を戴けばさらに200円。納経だけとしても、単純計算でいけば、1カ寺当たり年間4億5千万円になる。

檀家からの収入だけでは寺を維持しきれないこともあろう。広い地所を持っていたり、堂塔や仏像の補修、維持管理も大変だと思う。しかし、「札所」になっているからこそ、これだけの人が訪れる。

今回の巡礼では納経と笈擦2枚、御影を2枚余分に戴いて、大半は800円ずつ納めてきた(というのは、納経を巻子本にしたからで、「これは掛軸だ。軸が付いているものは掛軸」と言い切った寺が数カ寺あったから。ちなみに43番明石寺と52番太山寺ともう一カ所は失念。掛軸だと朱印代は500円になる)。収入の面で考えれば、札所とそれ以外の霊跡の格差は本当に広がる一方だろう。

そんな危機感もあって「別格霊場二十カ所」とか「新四国曼荼羅八十八カ所」とか名乗る寺が出ているのだろうが、その寺との差別化を計るのが狙いか「別格の朱印と八十八カ所の朱印は同じ朱印帳には捺さない」という取り決めもある。34番種間寺では札所の朱印の後ろに奥の院の朱印をお願いしたら、「八十八カ所は別。奥の院の朱印は捺せない」と住侶。その前に30番善楽寺の本来の札所だった土佐神社の印があるのも見咎めて「神社と一緒なんてとんでもない」と声を荒らげられた。神仏両参りは遍路の原則だろう。また霊場は札所に限ったものではないはずだ。印のあるなしはもうどうでも佳くなってくる。

僕が遍路をしていた期間が春だった所為もあるだろうが、団体のバス、あるいは大型ワゴンでの遍路が多い。で先達が一人付いて廻っている。歩きの遍路が確かに増えているとは思うし、個人で車で廻っている方、夫婦連れだっての方といるが絶対数は団体が多い。

団体だと添乗員が、納経所に預かった朱印帳やら一切を持ち込んで、ご一行さまがおつとめをしている間に筆を染め、印を戴いている。さらに四国は「重ね」といい、同じ朱印帳に重ねて印を捺す。その方が功徳が増えるといわれるので、帳面全体が真っ赤になるほど、朱印を重ねている方もいる。

納経所では「団体の場合は事前に申請をして下さい」との張り紙がある。聞けばかつては大学生が納経軸を10数本抱えて遍路し、仕上げたものを1本30万円余で売りさばいていたころもあったという。今はそういうアルバイトを防ぐために、数多くの納経をしてもらうには事前の連絡が必要ということらしい。

納経所

添乗員と寺側のやりとりを聞いていると何か不思議な気分になる。「新規が10冊で重ねが15冊です」と言うと、寺側は得たりや応と、新聞紙を挟んである個所を開いて一人が印を捺し、もう一人が筆を走らせるといった流れ作業を始める。添乗員は1冊ずつ受け取ると終わると新聞紙を挟み替えていく。「はい、これが領収書。お姿を枚数、忘れずにね」と添乗員に手渡している。添乗員は掛け軸ならせっせと備え付けのドライヤーで墨を乾かし、納経帳はキャリーバックに入れたり、風呂敷に包んだり。ある若い女性の添乗員が苦笑していた。「この若さで寝床に入っても、耳の中に般若心経が響いて居るんですよ」「あら、そんなのすぐになれるわよ」とは先輩の言葉だった。追記
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2007年04月10日

親知らず

72歳になる母親の「介護」を受けている息子ではあるが、転勤を前に、身の回りは忙しい。

特に歯、である。

人間の痛いと思う中で歯痛ほど厄介なものはないと思う。そして歯医者ばかりはぜったいに信頼できる人間に限る。英語で医者はDoctorだけど、歯医者だけはDentist。istがついて、技術者もある。

幸い、同期の人間と後輩が開業をしているので、どちらかに今なら行けばことが済む。

で、今は後輩の歯医者に行っているのだが、「そろそろ親知らずを抜いた方がよさそうですね。歯周病の原因になりますよ」との診断。転勤を機に抜くことにした。

親知らずとは第3大臼歯のことでサルから人間に進化した時に、アゴは小さくなったのに減ってくれなかった臼歯。多い人で4本、少ないと1本もないそうな。で小生は2本あることは承知していた。うち、左下にあった1本はすでに処置済み。まだ若かった時に抜いた。今度は右下の1本である。

or102b.gif今度の歯も斜めに頭だけ出ている状態(左図はライオンのHPから転載)。前回は骨を削り、歯を割って抜いてもらったが、今回もそれ以上の難工事になることは想像に難くない。前回の時でさえ「おまえの年だから歯が骨にくっついちゃって居るんだよ。骨削るのが大変で」と言われたのを思い出す。爾来もう20年余。くっつくどころの騒ぎではあるまい。

後輩の歯科医がいつになく「気合を入れて抜きますから」と行ってくれているのだが、気合を入れて抜くというのはどういうことなのだろう。大過なく済んで貰わないと、ぎっくり腰を抱えた身には辛いのだけれども。


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ベロタクシー

腰が痛いといっても、動かないでいるわけにはいかない。

まず、実家に戻って母親に「介護してもらって」鍼医へ。起きあがるのもやっと、という状態から脱するまでにはしてもらって、自宅に戻る。

それから旅券の受領。1度も遣わなかった10年旅券が失効していたので新しい旅券を申請していた。写真は例の立木写真館のものを利用。で今度の旅券はICチップが入っているとかで、分厚い。取得はしたものの、さて何度遣うのやら。

その後は、まずはオートバイのナンバー受領。この前、走っている間に紛失してしまったので、住民票を用意してMMSに手続きを依頼。新しいプレートが来たとの連絡で、受け取ってきた。横浜ナンバーは今や「横浜」の後にCが入って仮名、番号と続く。登録台数が多いからだろうが。

で、最後にこの写真のベロタクシーの話。
velotaxi(ベロタクシー)というそうで、要は昔風に言えば「輪タク」である。客席が2席付いた3輪車で、山下公園の前から支庁前まで乗って一人400円。高いか安いか。
4262423.jpg

聞けば会社は車体広告で収入を上げ、運転手は売り上げがそのまま収入になるそうだ。ただ、10〜18時の勤務でなかなかという感じらしい。それでも将来は観光用ではなく、地元の足にしたいという意気込みだそうだ。それなら、もう少し値下げしないと厳しいだろう。しかも走れるエリアが狭すぎる。東京では3区ほど走行OKにしているようだが。あと車体が重いので、坂の多い横浜ではちょっと厳しい面もあるかもしれない。

乗っていると歩道の人間が歩くのと同じ早さ。車窓から景色を眺めているというよりも、見られているという心境になる。動物園のパンダのように。
posted by 曲月斎 at 19:32| Comment(1) | TrackBack(1) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぎっくり腰?

ぎっくり腰になったらしいです。

仕事に出掛けようと、カバンを持ち上げた瞬間に右の腰に激痛が走った。やっちゃったかな、と思った時にはもう遅いのであります。 

ともかく仕事には行かなくてはいけないし、歩くと太ももがしびれてくるような感じだし。こういう場合は経験者に聞くのが一番。電話をすると運良くつかまりました。

「腰から足にかけてしびれるような感じがありますか?」「ある」
「ほな、仕方ないですなあ。ぎっくり腰ですわ。ともかくベルトの穴を10個くらい締め上げるつもりで患部を締めなさい。大体、腰椎の3番目で起きるんですけど、少しでも悪化させない方がよろし。それで、ともかく座る時は正座、あぐらはダメ、ベットもだめ。できれば床の上に直接ねるくらいのつもりの方がいいです。それと××腰痛帯というのが薬局で売っていますからそれを締めること。今、すぐにできることはそのくらいですなあ」

という訳で、すぐに心やすい整形外科医のところに電話。診察日は水曜だというので、応急の手当てにあした鍼医にかかることにして……。

本当に経験者の助言は当たっているわけで、タバコを吸いに立つ時も拳を右腰の辺りに差し込んで歩くと楽。硬い椅子の方が楽。

こういう用事の立て込む時に限ってこういうことになる訳で、本当にトホホの心境であります。
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2007年04月09日

結構という勿れ

日光での仕事は夜の8時から。昼間は比較的自由に動けたので、「35年ぶりの修学旅行の補充」をした。

日光といえば、2社1寺。修学旅行の定番ですねえ。
もちろん、まずは

三猿.jpg

宮の中は外国人観光客が目立ちましたな。

で、ここの補充は
眠り猫.jpg
の裏。

というのはここの奥には家康の墓所があってここから先は特別料金。ということで修学旅行の時にはカットされた部分だったんですね。別に他人の墓を見ても楽しいわけでもないのですが、見られなかったとなると気になるわけです。

で眠り猫の裏は
雀.jpg

そして長い石段を登っていくと
墓.jpg
がありました。確かに、ね。

でもこういう墓よりも心惹かれたのが、

苔衣.jpg

大谷川の反対側にある山岳系の元寺院の後にあるもので、ちょうどこの石仏の前辺りは

カンマン淵.jpg

「憾満が淵」という景勝にあるんですけどね。
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2007年04月08日

鐵馬で駆けた四国八十八カ所/#9 3番奥の院愛染院まで

1番でショッピングセンターのような印象を受けた余韻なのか、2番極楽寺も10年余以前よりはずいぶん立派になったものだと思う。

特に、本坊で朱印を受け付けていたのが、今は山門に近い売店の奥が個人遍路の納経所。団体と分けてくれるのは助かるが、それはそれで不思議な感じだ。おまけに庭もすっかり整備されて綺麗になった。それだけ遍路に訪れる人が多いのだろう。

朱印を押してもらって300円、掛け軸なら500円、笈摺ならは200円。これだけの収入がどれだけのものになるのだろう。ある意味で宗教活動であり、

ちょうど持ち歩いていた経本が「真言宗常用経典」と分厚いものだったので、さすがに荷物になる。ここで遍路用の般若心経に買い換えて、厚い方は送り返す荷物に。

3番金泉寺も印象が薄い。本堂、大師堂でおつとめをして、そのままバイクで導かれるままに農道へ。この辺りはかつては撫養街道から右に左にと折れて寺を詣でていたのだが、農免道路、というのができたお陰で、山に登ってしまえば、アップダウンもバイクなら気にならない。

3番の納経所で奥の院の愛染院への道を聞くと、すぐに分かった。

明王院.jpg

何か街道沿いの小堂だったような記憶だったが、山の麓に広がる小さなお堂だった。門前には犬が寝そべり、納経所に声を掛けると、「車があるから、住職さんがいると思う」という話。声を掛けると、この寺独自という刷毛書きの不動明王の梵字を書き上げてくれた。

梵字の刷毛書きは、筆書きするのと違って、バランスを取るのが難しい。川崎大師でも一番下のランクの木札は筆書き風、その上から刷毛書き風になる(どうせ直筆ではない、シルクスクリーンだろうから)

ここへ来て初めて四国遍路を始めたんだという実感みたいなものが湧いてくる気分だった。それで納経を終えて、しばし話し込む。庫裏の縁先にはポットとコーヒー、紅茶、緑茶とティーバックがおいてあり、セルフサービスだ。

話をしていると先代の庵主さんは体調を崩して今は施設に入所しているという。なかなか自分の身仕舞いを決めるのは難しい。高野山大学の話になったのだけど「うーん、山大でなくても勉強できることはあるような気がしますよ。むしろパーリ語とかサンスクリット語とかの授業が多くて外国語を勉強しているみたいな気分だった。確かに加行はできるし、実技の面ではいいのかもしれないけど。何か学びたいことが貴方の場合は違うところにあるような気がしますよ」との助言だった。

もう5時。徳島への道を習い、この日の巡礼は終わった。門の裏にある小屋から長い鎖で門外まで柴犬風の茶色い犬が見送りに出てきてくれた。

犬.jpg

この夜は仕事関係の人間と飲んでしまい、結局翌朝も遅くなってしまった……。やはり俗世との関わりは避けた方がいいのかもしれないけど。

〈この日の教訓〉
だれとでも話をしてこその巡礼。特にバイクは走っている間は話辛い。ヘルメットを外している間は人と話すことがきっといい結果を生むような気がする。
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2007年04月07日

日光金谷ホテル

仕事で栃木県の日光に来ています。

日光に来るのは、思い返せば小学校6年の時の修学旅行以来のこと。あのころ、横浜の小学生の修学旅行といえば、日光が定番でした。

その当時は知るよしもない日光のクラシックホテルですが、この年になればある程度の知恵は付けているわけで、仕事の合間に名門ホテルで昼飯、と洒落込みました。

日光金谷ホテルは明治年間の創業にて、その始まりはヘボン式ローマ字のJCヘップバーンが1873年に借りた山小屋だったといいます。現在も残るその木造の建物は気品と風格があります。ただ、つい比較してしまうと、やはり箱根の富士屋ホテルより一回り山荘風というべきか。

メインダイニングは2階。名物はニジマス料理と聞いています。で、いざ尋常に挑まんと、頼んだんですけど……。

8d6c351b.jpg

何と申しましょうか。ニジマスにメリケン粉を付けてソテーして醤油ベースのソースで甘露煮に仕上げたような味、とでも言いましょうか。もともとニジマスが特別に美味い素材とは思いませんが、それにもまして甘辛い味があまり好きではない小生には荷が重い料理でした。

金谷.bmp

ついでに大正コロッケットというのも頼んだのですが、こちらはナイフを入れたとたんにホワイトソースがあふれ出してくるような感じで柔らかすぎる気がします。

雰囲気はいいんですけど、ね。

何でもこの3月3日、料理長の中西健一氏が早逝したばかりとか。厨房もまだ落ち着いていないのかもしれません。
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車庫証明申請

.jpg車庫証明の申請をしてきました。

ものを知らないというのは恐ろしいもので、車庫証明は居住地を管轄する警察署ではなく、駐車場を管轄する警察署に出さなければ受理されないんですね。

そんなことは普通、気にすることはないんでしょうが、横浜の場合は、中区を例に挙げれば、伊勢佐木、加賀町、山手、横浜水上の4署があります。

のこのことこのうちの1カ所に出掛けたのですが、門前払い。仕方なく、駐車場を管轄する警察に出掛け直しました。飛んだ無駄手間です。

さらに駐車場の使用期間にならないと車庫証明は交付されないんですね。車を切り替える場合にせよ、車を新たに買う場合にせよ、陸運事務所でナンバープレートが交付されるのが遅くなるということで、何か非常に不可解な感じであります。

駐車場は自宅から2キロ以内に確保しなくてはいけないのですが、その計測は書類用にはざっとインターネット上の地図で計りました。さらに警察では卓上に広げてある地図でざっと物差しで測るだけ。距離が1.99キロだったりしたらどうするんでしょう? 「2キロ以上ありますね」といわれて終わりなんでしょうかね。たとえばGoogleを遣って2点間の距離を測るとかしないでいいんでしょうかね。この点に結構、気を遣ったのですが。それと、駐車場の見取り図をフリーハンドで書くようになっているのですが、これもなんとか成らないものかと思います。住宅地図とかのコピーでいいんじゃないかなあ、と。

ま、ともあれ、1つ課題は終わりました。さて次の懸案です。
posted by 曲月斎 at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする