2006年08月13日

花は盛りに

杉大橋
この景色、何か見覚えはないですか?

桜の名所、弘前城の朱塗りの橋、杉の大橋であります。桜の時期はしだれ桜が咲きかかり、それは見事な風景になる、らしい。

でも、この時節ですから桜は青葉。羊甲櫓
これはこれで、また景色でありましょう。

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは、と言ったのは吉田兼好。暑い盛りに青葉がむせかえるように茂っているというのもまた、風情であります。



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一直線

青森駅
久し振りに青森駅に来たけれど、本当にここのホームは長い。かつてはこの長いホームの向こう側に青函連絡船の乗船口があって、そこまで荷物を担いで行ったものであった。

長いといえば、弘南鉄道弘南線の線路の直線区間も長い。
電車はきっちり30分に1本しか来ないのだが、遙か彼方から、ゴトゴトとやってくるのが見える。その後、踏切の警報機の遠くからの音がする。黒石線


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弘前・真そばや會

所用で弘前まで来ている。
弘前名物は、と聞かれればタクシーの運転手氏の曰く、「何もない」とのこと。「リンゴは名産だけど、今は時期ではないし、郷土料理といわれる『じゃっぱ汁』も魚のアラの料理だから、時期じゃない……」

とはいえ、話をしていると「トンカツなら××」「焼き肉なら××」と繰り返す答えの中に、ピピッと響くものがあった。「蕎麦なら新寺町のカイだね」

と、「で、カイってどういう字を書くの?」「いやタクシーの運転手に言えば分かりますから」と、会話はここまでで、終わってしまったのだが、その後、気になって調べてみると、なかなかにいい店そうだ。旅先で蕎麦で一杯というのも悪くない。

それ以前に、この昼、弘前駅の立ち食い蕎麦屋で「幻の蕎麦」というのがあって、これは普通は蕎麦粉6分のところが、蕎麦粉8分なんだそうな。どちらかというと更級系のような白い蕎麦で、なかなかに美味い。おまけにトッピングに「じゅんさい」まであるといわれたら、印象が格段の向上する。

塩ホルモンに走る計画が音を立てて崩れ去り、13日夜は一気に蕎麦の夕べとなったのであった。

場所は新寺町。有名な三十檀林のそばにある寺町だ。ちょうど旧盆の入りで、ところどころで迎え火を焚いている。

目指す店は古い商家を改造したそうで、奥に入れ込み、手前にテーブル席という配置。席についたらまず酒。夏でもやはり燗酒に限るとは先日、さる大先輩が教えてくれた極意。確かに冷たいものを肴に熱燗というのはいいものである。で、銘柄は聞かなかったけど、とてもいい日本酒だった。會の店構え



肴に選んだのは「突き出しとろろ」に「漬け物」「鴨抜き」の3品。とろろは山盛りのキノコ類にウズラの卵入り。長芋系のような水っぽさはなくちょっと醤油を垂らしていい加減の感じ。漬け物は白菜にニンジン、ショウガなどを刻み込んだ塩漬け。2合は入ろうかという片口に山盛りで出されてうれしくなってしまう。そして鴨抜きがお見事。出汁の加減はもとより、合鴨の肉をいい加減に焼き、鴨ネギの言葉通り白ネギもちゃんと焼き。それにキノコ類を合わせて濃厚な加減にしてある。出された唐辛子は細かな一味。鴨の脂を制御するにはやはり一味のきりっとした味が合う。

いい加減になって蕎麦。こちらは店の名を冠に頂いた「カイ蕎麦」なるものがあり、この特の方を頼む。エビ天が1本に、後は薬味に青しそ、貝割れ、花鰹。汁を掛けまわし、薬味のネギにワサビ、大根おろしを入れて食べる。駅の立ち食いより当然、1枚も2枚も番付は上の味わいだ。會そば

嬉しくなって、もりを1枚追加。これまた結構な加減であった。量は並木の藪とまつやの中間ほど。ずずっと手繰ってちょうど1枚という感じである。ほかに、昔ながらの花巻きなんぞもあり、大した物である。花まき



ところで、ここの店の屋号はカイとは教えられたが何のことはない、正式な名前は「真そばや會」。夏はかき氷も名物らしくて、居合わせたテーブルでは全部、かき氷を頼んでいた。淡雪のように昔っぽいかき氷だった。因みに「會氷」と銘打つのは「宇治金時白玉にミルク」という組み合わせだった。會氷

ちょっと盛りといってこいの感じ。きょうは制覇するのをあきらめた。

弘前にお出かけの節は是非、おたずね頂きたい店である。
http://www.free-cm.com/cate/shop-3357-1.html

住所:弘前市新寺町・真教寺門前
水曜定休、営業は20時まで。
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2006年08月11日

ケヤキ並木

所用があって、阿佐ヶ谷まで出掛けた。
この街はちょっと甘酸っぱくて苦い(これじゃ人工甘味料で作った話梅=わーむい=の説明みたいですな)思い出がありまして、駅よりも北側に行く気分ではありませなんだ。

そんなことはさておき、杉並区を早稲田通りから青梅街道まで南北に貫く中杉通り。ケヤキ並木が名物であります。
中杉通り

ひさしぶりに行って、緑陰を歩く心地よさを改めて思い知りました。
同じ日差しでもちょっと風が通るだけで涼しいんですから。

この後、昭和通りをあるいたのですが、こちらは申し訳程度のイチョウがちらほらの通り。交通量が違うし、メンテナンスの大変さも承知の上で言えば、こんな並木でも本当に気分が違う物だ、と思う次第。

ケヤキ並木って何か、日本には一番似合っている並木道なのかもしれませんな。
posted by 曲月斎 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

地蔵盆

ちょっと気の早い話である。あらかじめご承知置き頂きたい。

ガキのころ、1年だけ関西に住んでいたときのこと。学校から配布された夏休みの予定表に「じぞうぼん」と8月23、24日に書いてあった。

何のことやら分からないままに、当日を迎えたのだが、普段は埃っぽい街の片隅で息を潜めているようにもみえるお地蔵さんの晴れ舞台の日だったのである。

地蔵盆2

てな具合に飾り付けがされ、夕方には提灯に火がともる。
我が家は転勤族の社宅暮らしだったので無縁だったのだが(むしろ、やたらにPL教団の信徒が多かった。だから、教団差し回しのバスであの富田林の「PL花火大会」まで、連れて行ってもらったのも今となっては貴重な経験である。さて余談はさておき)、近所では子供会のようなもので、菓子を配ったり、ゲームをしたり(今時のハローウィンの乗りなのだろうか)と、夏休み最後のイベントだったらしい。

地蔵盆1


それでも、そんな地蔵の姿を見て回るのが面白くて、16インチの自転車で走り回った。南は阪神電車の辺りまで、北は阪急電車の沿線、武庫川近くまで闇雲に走り回った記憶がある。地図もないのに。帰宅した時にはすでに夏の日がとっぷりと暮れていたのだからいい時間になっていたのだろう。帰宅が遅いのを心配したようで、母親は今でもあの一夜のことを思い出したように話をすることがある。

でも今の地元ではお地蔵自体を街角で見掛けることが少ないし、たまにあっても、交通事故の慰霊のものだったり。ああ、亀の橋のたもとにあったっけ。でも地蔵盆はしていないだろうな。
「ひやしあめ」につながるあの夏の思い出の一こまである。
posted by 曲月斎 at 00:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

ゆがみます。

タクシーの広告で、ヘヘヘとなってしまうのがたまにある。


「すぐ見つかります」(木に隠れている姿を子供が見付ける図)
「受付の女性に名刺の名前の横に濃い人と書かれました」
「フラッシュをたかれると僕だけ必ず光ります」
「シーソーになりません」(子供2人を相手にシーソーに乗るものの一方に傾く図)
「ゆがみます」(着ているTシャツの「アイ ラブ NY」の文字が扁平になるの図)
「妊娠7カ月の妻より腹まわりが大きいです」
「よく犬に嗅がれます」
「子供と一緒におふろに入るたびに滝やってとせがまれます」(風呂桶がら湯があふれる図)
「10キロも太ったのに気付かれません」
「エレベーターをよく見送ります」
「大きい顔をするな!といわれてショックでした」

というようなコピーの最終ページに、無料クーポン券がついている、という仕掛け。
タクシーの車中で読むにはちょうどいい、さくらももこの漫画か、だんご3兄弟の佐藤雅彦風の絵本であります。

で、肝心ななんのCMだったのかということは言わぬが花でしょう。ちなみに表紙には「男は外見」とあります。
posted by 曲月斎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出典不明?

夏の甲子園が始まった。
今年も49代表校の頂点を目指しての試合が続く。
で、どうでもいいんだけど。

大会が始まった6日の第3試合で、大阪桐蔭に優勝候補の筆頭に名が上がっていた横浜が負けたんですけど、試合の始まったころ、NHKの実況のアナウンサーがこういっていたんですな。「横浜高校は『攻撃は最大の防御』をモットーに今年は勝ち上がってきました」と。

で、後になって、気になったのであります。この格言めいた言葉の出典、原典は何なのだろう、と。すごく言い立てる言葉としては明快なのですが、実にわかりにくい。

Googleで調べてみると、右翼の機関紙も左翼の言論家もこの言葉を使っているのだけど、具体的な原典、出典というのがどうも分からない。「孫子」なのか、あるいはヒトラーの「我が闘争」なのか、春秋左氏伝? 戦国策辺りなのか???

野球の世界では常套句のように遣い、日常的にもよく遣う言葉ですよね。要は先制攻撃が肝要で、主導権を握ることが大切なのだ、ということなんでしょう。「点を取らなきゃ勝てない」ということで、その裏返しの概念で「点を失わなければ負けない」という概念も並立する訳です。

少ない経験からいうと、こと、甲子園での試合に関して(要は1本勝負ってことですな)いうと、「攻撃は最大の防御」といった看板を揚げたチームはほとんど負けているような気がしますね。上手く行くことよりも、上手く行かないことを考えていた方が、一本勝負の場合には取りこぼしがない、ということです。

あまりスキではないけど、同じ野球の分野でいえば野村克也の「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という方がまだ、納得できる気がするんですけどね。

言葉って一人歩きが始まると、どこまでも行ってしまうものではないか、と思いました。で、もしこのブログをお読みの方で、出典をご存じの方がいらっしゃれば、ぜひ教えて頂きたい、と思います。
posted by 曲月斎 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Moving Shrine

屋台1


きょうは辺りの夏祭りで、町内を屋台と御輿がのそのそと巡っております。
今年はこの少子高齢化の波にあらがうように、「子供御輿」を新しく作ったとのこと。これのお披露目も兼ねてのお祭りであります。

子供神輿


もともと、ここの辺りは江戸時代末に開けた新開地ですから、夏祭りといっても、どこの祭りが母型になっているのかは分かりません。
神輿

いつも思うのですが、どこから人が湧いてくるのか、みたいなもんで、普段は表通りは商店街、裏通りも最近は開けてきているので、職人の街、みたいな図式でもないんですけど、マンションも増えているので、その勤めの方々も参加しているのでしょう。

2度前のお祭りの時には御輿を担ぎましたが、今回は見物だけ。

そもそもの地元も同じ日程で夏祭り。こちらはもう午前中に神事を終えたことでしょう。集落ごとの災厄を茅で作った馬頭亀体のご神体に託して海に流すのがメイン行事。御輿の渡御なんてどうでもいい祭りでしたから、おまけのようなものであります。

ところで、中学のころ、御輿の英訳が「Moving shrine」で、神棚が「Table shrine」と習ったんですけど、本当ですかいな。
posted by 曲月斎 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

ひやしあめ

「ひやしあめ」って言っても、京、大阪以外の人間にはピンとこないかもしれない。夏の飲み物の定番である。
要は麦芽糖に生姜の汁を入れて、水で溶いて冷やしたもの。これをホットにすると「あめゆ」になる。
ひやしあめ缶

サンガリアというメーカーが缶入りを売っているけど、まだ手を出したことはない。

小学校1年の時、なぜか関西地区の一角に住むことになった。アーケードの商店街。片隅にあった和菓子店の店頭で、ちょうどグリーンティーとか、オレンジジュースみたいな感じでこれを売っていたんですな。
買い物の途中だったと思う。母親にねだって1杯買ってもらい、飲んだのですが、とても子供が好むような味じゃない。ゲゲッとなったのが鮮明な記憶であります。この商店街には御用達となるたこ焼き屋もあって、経木の舟が大、中、小で20円、10円、8円だったような。たこ焼きといってもたこのかけらがお情け程度に入っているかどうか。あとは天かすと青のりとソースと紅ショウガとおかかの粉の味。楊枝で差して持ち上げようにもずるずるで持ち上がらない(今考えると、こんなものを食べていてよく腹を壊さなかったものだと思う)。

アーケードの外れには天理教の教会があって、夕方になるとお神楽が始まって「助け給え助け給え天理王の命」という声が漏れてきたのであります。
当時、この町には下水道なんていうものはなく、皆生活排水は側溝を流れていた訳で、網戸が真っ黒になるほと蚊がいたり、その代わりに草原にはショウリョウバッタやトノサマバッタもいて。ショウリョウバッタ


そんな夏を思い出させてくれるのが「ひやしあめ」なのであります。
ひやしあめ瓶

そんなひやしあめを手作りで今も売っているメーカーもあるようでご紹介まで。

宮武外骨の「滑稽新聞」などには、炭酸水の「平野水」とならんで、「浜寺の海水浴場の名物・飴湯」なんていうのが出てくるのだけど、元々は海水浴で冷えた体を温めるのに飲んでいたものなのでしょう。
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2006年08月02日

浴衣を着るときは

小言幸兵衛のようでいやなのだけど……
このところ、花火大会続きのようで、浴衣姿の男も見掛ける。
普段着物を着ていないこと丸出し(当たり前といえば当たり前なのだけど)で、まず胸元がはだける。右の襟先を少し高めに、左の襟先を下に引っ張るつもりくらいで着るとちょうど調整がしやすいはずなのだが。
それと女の浴衣じゃあるまいに、襟を抜かないこと。もし自前の腹がないのなら、少し懐に入れるものを用意した方(折りたたんだタオルでもいい)が、形よく見える。
貝の口の結び目は下向きではなく上向きに。
草履にせよ、下駄にせよ、親指と人差し指の付け根まで鼻緒を押し込まない(指でつまむつもりくらいがかっこいい)
財布は日本手ぬぐいに挟んで懐に入れると動かない。
といったところだろうか。

きょう、地下鉄の中で向かい側の座席にずらり男の浴衣姿。でも揃いも揃って格好が悪いんだから。折角の印伝の袋も台無しというもの、だ。

そう、あと帯は腰骨の位置で巻くもの。ベルトの位置で考えると高すぎる。
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吉村昭氏死去。

作家の吉村昭が死去したそうだ。
吉村昭

一番、最初に読んだのが「戦艦武蔵」。棕櫚縄の材料が全国から消えていく話から始まって、世界史上最大の戦艦を建造する逸話(これがドライドックではなく、進水台を滑走させていくところまでがまた面白い)で、その後はレイテ島海戦で沈没し、その生き残りの末路まで、丁寧に追いかけた作品。
読んだのは小学校だったろう。表紙側の扉には精密な設計図が、そして裏表紙側の扉には被弾図が掲載されていたのが印象深い。小学生が読むような元気のいい戦記ものではなかったけど、今でも忘れがたい1冊だ。
何冊か、忘れがたい本もあるけれど、中でも「東京の戦争」という1冊はこのブログでも取り上げた。手堅い筆致が好きな作家だった。

一度だけ、氏とは話を交わしたことがある。もう10年近く昔になるだろうか。氏の言葉で忘れがたいのは「僕は決してコメントは出さない。出す時は必ず原稿用紙に書いて出す」という言葉だ。単純な論評でも言葉をゆるがせにしない氏の姿勢に感銘を受けたのをおもいだす。

死亡記事によれば闘病久しかった由。今は魂の平安を祈るのみである。
posted by 曲月斎 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

お見事

帰りの電車の中でのこと。

さしてこんではいなかったが、アフリカの打楽器を抱えたようなお姉さんが一人。これを足元に置いて居るんだけど、実にじゃま。網棚に上げるくらいの智恵は浮かばないのかな。

さらに驚いたのが、口を開けて気道確保をするように天を向き、携帯電話を握りしめて寝ている姉ちゃん。

優しいので、終点にたどり着いた時に、「終点ですよ」を現世に引き戻してあげたが、あの硬直したみたいな居眠りの姿は怖いくらいだった。

思わずこの2人にはカメラを向けたくなったけど、画像をアップしても楽しいものではないのでパス。

それにしても見事な硬直ぶりといい、アフリカンなお姉ちゃんといい。夜遅い電車は不思議が多いのだった。
posted by 曲月斎 at 03:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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