2006年07月30日

早いもので

気が付けば、早いものだ。
観世静夫が死んでもう7回忌だったという。
観世静夫

決して、派手な役者じゃなかったけど、しっかりした藝風だった。最初のころは「寿夫の代演で静夫かぁ」という恨みがましい声を上げていたことも事実ではあるが。
能楽師の場合は60歳代でやっと中堅、70、80歳代で一人前なのだから息は長い。長い息の途中で消えただけに、静夫が何をやり残したかったのか、もういちど考えてもいい時期かもしれない。

早いものだといえば、今の商売を始めた時に、憧れた方が定年を迎えた案内状を貰った。
早いもので36年3カ月と2日のサラリーマン生活だったよし。晩年は人事という大権を逆手に取って、活躍されたと聞く。状に曰く「疑問符を消せないまま区切りを迎えました。夢物語を熱く語る季節は過ぎました。思いのかけらの一つでも拾うことができたらもうけもの。これからはそんな暮らしを旨とするつもりです」
さて、如何に。
posted by 曲月斎 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

ミキモトの風鈴

銀座4丁目のミキモトは、四季折々の飾り付けをするので有名ではあるが、今は風鈴のツリー。ミキモト1

見た目に涼しげ、音も涼しげ。隣の山野楽器からSmapの新盤の音がガンガンながれていなければ、また、これも涼味だったかもしれない。
入院中の先輩を見舞うために、花屋に入って注文待ちの間の一こま。
でも、こういう時にゴソゴソと鞄からカメラを出して向けるというのも不細工な話ではあるんだけど、それはそれとして……。
ミキモト2

ミキモトだけに、この風鈴も1個云千円はするんじゃなかろうか。1点ものだろうから、もっと高いのかしらん。こういうことを考えるのはげすのかんぐりというんでしょうな。
posted by 曲月斎 at 03:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 街角辻辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

見ぬ祭り

円頓寺1


名古屋でもちょっと鄙びた商店街になっている円頓寺(えんどうじ)。
もともとはそういう名の寺の門前町であったのだろうか。以前、行ったころには映画館もあり、一応は体裁があった店が連なっていたが、今年は空き地が目立つような気がした。そんなこの町が、ここが年に1度にぎわうのはほぼ旧暦でやっている七夕のころ。

円頓寺2


アーケードには張りぼてのキャラクターが数々、ぶら下がる。
飾り物は商店街の中の看板屋さんの手作りらしい。早い時期に行くと、竹ひごの束がぶら下がっていて、暫くすると形になり、新聞紙を張りぼてにして、彩色を施して出来上がりという寸法。

円頓寺3


準備の景色は何度か見ているのだが、実際ににぎわっているところは見たことがない。

円頓寺4


ちょうど、今頃やっているはずなのだが、見てみたいような見ても仕方ないような。
posted by 曲月斎 at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

祇園祭還幸祭

祇園祭神輿

京都の祇園祭は17日の山鉾巡幸がメインのようではあるのですが、実は神さんが、四条河原町にある御旅所まで年に1度、出張するのがある意味では本来的な神事の部分。
で、24日はその神さんが八坂神社に帰る日なのであります。
西神座

中東神座

その御輿はなかなかに立派なものであります。担ぎ手は山鉾は京都の大学生のアルバイトを動員しているようでありますが、こちらはもっぱら地元民。東神座は高瀬川の船頭町から今は四若御輿会が、中神座は堀川の材木場の人間から三若に、西神座は壬生の農民から錦市場の人間に移ったといいまする。
祇園祭裃

ところで、その役員さんが裃姿なのですが、実に凛々しい限り。
こういうのこそ、日本の夏、という感じに見えるのは年の所為かしらん。追記
posted by 曲月斎 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都へ行くと

村上重

京都に出掛ける用事があったので、四条河原町の村上重に足を伸ばした。
千枚漬けが名物のこの店。この時期はいろいろな浅漬けが美味い。瓜に通年のゆず大根、昆布大根などなど、本当にいい塩梅の漬け物がある。持って帰るのが重たいのが難点なのだけど、家人のうれしそうな顔を思い浮かべると、ついあれこれと手が伸びる。
この夜も瓜の昆布漬けを食べたけど、歯ごたえがしっかりしていて、やはり村上重の味だった。
posted by 曲月斎 at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食飽食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すべてが終わって

神送り

相撲の本場所が終わると、最後の行事が「新序出世披露」。表彰式の終わった後、その場所で新序出世披露された力士の出世を願い、御神酒を回しのみした後、3本締めで観客と共に祝福するという行事であります。
その後、土俵祭りで土俵に迎えた神さまを送り返すという意味で御幣を持った行司(昔は親方だったらしい)を胴上げするのですが、名古屋場所は新序力士は1人だけ。呼び出しの若い衆が胴上げに加わって何とか無事に神送り。

その後がすさまじいんですね。地方場所は。土俵に埋めてあった俵を観客が掘り返し、奪い合うというのであります。
壮絶な争奪戦ぶりなのですが、その後の土俵の姿は見るも無惨なもの。
場所後の土俵

ところで、この俵。ごく普通に藁で編んだものに、土が詰めてあるだけなんですが、持って帰って何に使うのか、今以て謎なのであります。
posted by 曲月斎 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 知進知退 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

イチビキの天丼/名古屋

イチビキ天丼

名古屋というと、名物は……。
味噌カツに、味噌煮込みうどん、ひつまぶしにあんかけスパゲッティ、きしめんというところだそうだ。
でも、あえて、イチビキの天丼を上げたい。
1939年創業だそうで、店名は地元の醤油ブランド、イチビキの溜まりを使用していることから、この名になったそうだ。
イチビキレジ


店内は約40年はタイムスリップしたような感覚。天丼といっても名物はイカ天丼に海老天丼。衣はカリッとした歯触りで、見た目はくどそうだが、実は軽い。で、値段の方も結構値打ちものだ。
イチビキ暖簾


実はひつまぶしも美味いもので、有名になった熱田の蓬莱軒や、錦のいば昇などよりも美味いと思う。

住所/名古屋市中村区名駅南1-3-16
電話/052-582-3811
posted by 曲月斎 at 04:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

蓮の花

蓮花

名古屋もちょっと町を外れると、蓮田が広がっていた。
時節、である。
薄紅もあり、白もあり。泥田から生え出て、美しい花を咲かせることから濁世の中での気高さを尊んだ先人の気持ちが分かるような気がする。
蓮蕾

「蓮っ葉」という言葉があったのを思い出した。
蓮葉

あと、ロータスというソフトメーカーもあったけど、もうなくなっちゃったね。
posted by 曲月斎 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風来坊 手羽先唐揚

手羽先
名古屋の名物といえば、お手軽なのは手羽先の唐揚げ。中でも、この風来坊は、山ちゃん、一番鳥よりも古く、その草分けだという。
席に着くなり、「手羽先は何人前で」との声。
2度揚げした手羽先は、他の店より甘すぎず、結構でありました。

元々は手羽元の唐揚げを出していたら、それが名物になり、何でもいいからと言われて出したのが手羽先だといいます。これが大好評で、一気に広まったそうであります。(真偽のほどは定かならず)

とあれ、1人前5本で500円。ビールには合います。手羽元も食べたけど、手羽先の方がカリッとしていてビールには合う感じ。

ただ、他の料理ではへたを打つと八丁味噌責めに合います。
ご用心ご用心。味噌尽くし

posted by 曲月斎 at 01:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

49萬人

横浜の花火

神奈川新聞のサイト・カナロコによれば、16日夜の横浜の開港記念花火大会の人出は49万人だったそうな。昔は20日と決まっていたのに、海の日に移動し、雨天を考えてこの日になったのだろうけど、ちょっと、想像しただけでもぞっとするような人出である。
そういえば、どこぞのビルで普段開放していない屋上で商売をしていたような。
posted by 曲月斎 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名古屋 ひつじ屋

ひつじ屋1

名古屋でもジンギスカンブームの名残か、小じゃれたジンギスカン屋があった。
白川公園そばの「ひつじ屋」である。
ひつじ屋2

しゃれているのは結構なのだが、どうもジンギスカンの本旨を忘れているのである。というのは、ジンギスカン屋で一番大切なのはヒツジの肉がうまいこと。
美味いヒツジの肉を出すには、冷凍で運ばれてきたヒツジの肉を上手に解凍して、客の注文に応じて、その場で切って出す方が絶対に美味い。
ところが、この店は、ヒツジの肉自体はそれほど悪いものとは思わないが、手間を惜しんでか、先にスライスしてそれをステンレスの皿に並べ、うっすらと冷凍してしまっているのである。
鍋に乗っけて焼くのだから、どちらでもいいような話だが、しゃれた店構えを誇るよりも、美味いヒツジの肉を食わせてくれる店の方がどんなにか素敵だろう。
揚げ句にはてにメニューに載せた漫画がこれ。
ひつじ屋3



ともあれ、店は小じゃれているけど、満足できない。
で、そのしゃれた部分はすべて、下の2枚の写真にある東京・目黒のくろひつじのパクリなのだからタチが悪い。
くろひつじ1

店構えといい、店内のレイアウトといい、ロフトの2階式で、便所はその片隅にあるところまで一緒。何を考えているのだろう。店の前に置いてあるメニューには「東京・目黒の超有名店と同じところから仕入れています」だと。
くろひつじ2

なにをかいわんや、だ。のれん分けなのか、独立したのか。独自性は名古屋得意の八丁味噌を遣ったジンギスカンがあるくらい。とほほ、である。
posted by 曲月斎 at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

間抜けの階乗

間抜けもここまでくれば大した物だと我ながら惘れるばかりである。

というのも、このところ、名古屋に滞在中で自宅のカギは当然の如く持ち歩いていない。ホテルのデスクの引き出しの中、である。ところが、帰京しなくてはいけない用事が出来て、戻ってきた。用件を済ませて、自宅に戻る途中でハッと気付いた。「カギがない」と。

幸い、近所にマスターキーをお持ちの方がいるので、真夜中にもかかわらず、部屋のドアだけは開けてもらった。何とか部屋に入れば合い鍵はある。
一難去ってまた一難、の心境。この想定外の暑さに、ともかくクーラーを、と思ってスイッチを入れたが、ウンともスンとも動かない。

窓を開け放っても風はぴたりと止んだまま。あまりのことに、近所の真夜中までやっている量販店に出掛けて、冷風除湿器なるものを急遽買う。
コンビニクーラー

とんだ出費である。でも、この暑さ。渋うちわでパタパタとやっていても、近所の温気が胸元に来るばかりで、耐えられるものではない。さぞな五右衛門は熱かったろう、なんて強情を張っている場合ではない。
間抜けの階乗、のような一日であった。
posted by 曲月斎 at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 平々凡々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

ダイエット効果のある壁紙

kuro

見ているだけで、ダイエット効果のあるパソコンの壁紙だそうな。さて、その真偽のほどは確かではないのは言うまでもない。
ao


もちろん、重ねていうがあくまで保証の限りではない。

ちなみに製造元は「キングサイズの専門店:MID international」であります。興味の向きはどうぞ。

posted by 曲月斎 at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

とり弁

相撲といえば「ちゃんこ」である。
お相撲さんがトーストにハムエッグでも、カレーライスであろうとも、すべて「ちゃんこ」と呼ばれる。
何も鍋ものに限った話ではない。

かつて両国・回向院で小屋掛けで興行していた時代は、本場所中は力士は小屋脇の共同炊事場で食事をしていたという。ご飯にみそ汁、タクアンに唐辛子味噌(味噌に唐辛子を練り込んだものらしい。たぶん、鶏の皮とかも入っていたような想像は出来る)が定番だったそうな。

今はこんな炊事場は国技館にはないが、名古屋場所だけはそんな風景が見られる。愛知県体育館の正面から向かって右側。小屋掛けの仕出し場の脇で、若い力士がどんぶり飯を掻き込んでいる。
これは「鶏丼」と言われるもので、鶏のもも肉を塩焼きして、細かく刻んで、さらに甘辛い醤油だれで煮詰めたもの。添え物にはキュウリのキューちゃんが付く。ただ、この小屋で丼を掻き込めるのは力士だけ。ツテを辿って入手したのがこれの弁当版。
とりべん

実にシンプル。でもボリューム満点である。暑い名古屋にはなぜかよく似合う味である。
posted by 曲月斎 at 19:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

沈香も焚かなきゃ屁もひらず。

沈香も焚かなきゃ屁もひらぬ、という諺がある。
何の道楽もない、という意味だったと思うが、さて、沈香とはなんぞや。
香木でも、白檀はそれと原料が想像が付くが、沈香を調べればチンチョウゲの樹脂が長年に渡って変成したものらしい。
水に沈んでいることから、「沈香」というそうな。で、沈香の上等な物が伽羅。
助六が三浦屋の前で意休に「時々伽羅を焚く。伽羅は虱の大禁物」云々のせりふがあったと思うが、さて。鸚鵡石にでも当たればいいのだが。

そんなことはさておき、人様の盆の心配をするくらいなら、親の心配もしろという訳で、鳩居堂で買ってきたのが、沈香主体というこの線香。
沈香

不思議なもので、仏壇で1本焚いてみると、大して広い家ではないものの、玄関にまでかすかにその匂いが広がったのには驚いた。
盆を前に、ほんの少しだけ親孝行。
確かに「孝行したい時に親はなし、墓に衣は着せられず」とはいうが、ま、母親だけでも喜んでくれたから、良しとしませう。
posted by 曲月斎 at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

恐れ入谷の

団十郎

6日から8日まで、入谷では朝顔市だった。よその社ながら、かわいがってくれた先輩のちょうど新盆、線香でも贈ろうと鳩居堂まで足を伸ばすと、朝顔鉢を下げた御仁に出逢い、入谷までさらに出掛ける気分になった。
入谷の駅で降りると、朝顔市の端に出る。朝顔を商う露店は鶯谷に向かって左側に並ぶ。「団十郎あるかい?」と声を掛けながら歩くと、「団十郎も入って4色色々ですよ」というような返事。
そういえば、轟亭宗匠は朝顔の鉢をお遣い物に使うといっていたような話を思い出し、近所の飲み仲間にも渡すことにする。
親も年を取ると、なぜかこういうものを喜ぶようになる。
「今朝は2つ咲いた」「昨日は紫と白だったよ」というような、他愛もない話題が続く。夏の何でもない生活の中で、何気ない「読点」になるのかもしれない。

団十郎をいう品種名を覚えたのは祖母からだった。
「朝顔はやっぱり団十郎がいいねえ」というのが口癖だった。そんな記憶からだろう。どうしても朝顔を買うというと団十郎になってしまう。

ただ、朝顔は江戸時代から、菖蒲や菊、椿などと並んで品種改良が進んだ植物。「団十郎」とひと言で言っても、微妙に色合いが異なる。
団豊


自分の記憶にある色合いは下の写真の種類の方が近い気がするのだが、これは園芸品種名では「団豊」というのだそうな。この方が歌舞伎狂言でお馴染みの「暫」などでお馴染みの柿渋色に近い気がする。

そして、何より。「団十郎」が入っているといわれながら、花はとんと咲いてこないということもある。尻の持って行きようのないことだが。

根岸の里に長く住んだ正岡子規の句に「咲いてみれば団十郎でなかりけり」という句が在る由だ。何か気分に合っている。
posted by 曲月斎 at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月08日

「暑中お見舞い申し上げます」

「夏歌(2)」

キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」が入っているというので引っ掛かってしまった。
これはもう、習い性というべき業というべきか。
数年前にはこの歌の別アレンジの原盤が見つかったということで、限定盤を買い込む羽目になったが、別に聞いているわけでもない。
最末期のキャンディーズファンクラブに入っていた経歴がしからしむるところであろう。
このメロディーで、うーん夏という感じになるのであるが、本当は違う。


「A LONG VACATION」
なんだな。

米沢の自動車教習所で自動2輪の免許を取った夏。帰り道は教習所で知り合った千葉大の学生さんと社会人のお兄さん2人と一緒に東北道を飛ばして帰ってきたんだけど、ちょうど颱風直撃。高速の路面には水がたまってかなり怖い状況だったのだけど、このCDをガンガンかけながらひた走ったのでありました。
千葉大で中核系の学生運動をしていたお兄さん、元気かな。大特と牽引の免許、2種免許を取りに来ていたお兄さんはどうしているやら。一期一会のドライブだったのですがね。今でも大滝詠一の声を聞くとあの夏を思い出しますな。
posted by 曲月斎 at 02:55| Comment(4) | TrackBack(1) | 天象乃音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

懴悔懴悔六根清浄

またぞろ、富士の山である。
去年は富士宮口8合目で挫折。手元の杖の焼き印は5合目から始まって、6合目、宝永山火口、新7合目、本7合目、8合目でストップしているのである。今年こそ、挫折をせずに登頂を果たせないものか。
後悔しな富士登山ではすでに、今年の体験記がアップされ始め、
あっぱれ富士登山を見直しても、計画は盤石のように思われてくる。
その腹案とは……。

朝、河口湖口5合目に到着。そこから馬で7合目まで到達し、その日のうちに登頂を済ませてしまう。
吉田口


お鉢を巡って富士宮口から下山。8合目から脇道に逸れて、御殿場口7合9勺の山小屋に行き着く。
富士宮口


ここで泊まってご来光を仰ぎ、一気に大砂走りを経て下山、という計画だ。
御殿場口1


何という綿密な計画であろうか。
去年、あれだけ苦しんだことを忘れているのか、という声も多数あるのではあるが、一度は一番上まで登ってみたい。そう思うのが人情ではなかろうか。
1度登るのはまだしも、2度登るのは馬鹿、と言われる富士山である。

何とか、付け焼き刃で凌げるだろうか。
posted by 曲月斎 at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

半夏生

ハンゲショウ2

千葉の安房地方の地域紙「房総日々新聞」を読んでいたら、ハンゲショウの花が満開だという。そういえば、暦にも「半夏生」という注記が在った。観ればドクダミ科の植物であるそうな。ドクダミは十薬ともいうくらい、煎じて飲んでいる向きも多いらしい。白い小さな花なので、目立たないから、虫に受粉してもらうために、葉が一枚白くなるとのこと。つまり「半化粧」なんだそうな。

あら、この花のことだったのかしらん、とよく観てみると、本当は別の漢方薬の材料でもあった「半夏」が生える時期だ、という説もある。
カラスビシャク

こちらは、サトイモ科植物で和名はカラスビシャク。この根が漢方では吐き気止めに用いられる由。

で、暦に注釈として載るようになったのは、この時期が田植えを終えるリミットだったからだそうな。そういえば、南部盲暦にも、禿げ親父が頭を押さえている絵柄で「ハゲ生」という絵解きがあったような。

ともあれ、半夏生、である。今年は7月2日だった。
posted by 曲月斎 at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「夢に逢いに行こう」

ご当地ソングみたいなのが在るわけで、
その地域のローカルのCMだけで流れていたりして、そういうのが結構、耳に残ったりするわけで。
で、今度は「宮崎銀行」のCMソング。
「夢に逢いに行こう」という代物。
委細は同行のHPをご覧頂くこととして、銀行員自ら、アカペラを歌っちゃったりして居るみたいで。
宮崎銀行

地域経済が大変なこのご時世にこういう陽気な歌というのも不似合いなんですけどね。
posted by 曲月斎 at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 天象乃音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする