2006年04月29日

連休中のこと。

「キャッチ・ア・ウェーブ」

連休が始まりました。
でも関係ないです。
ちょうどロードショーが始まったので、この映画でも見に行きますか。
不思議なもので、映画って行き始めると、映画館に足を運ぶことが苦ではなくなる、んですね。
携帯のサイトからも上演情報はチェックできるし。
実はもう一つ。「かもめ食堂」というのも気になるんですけどね。
posted by 曲月斎 at 21:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「文壇」野坂昭如/文春文庫

「文壇」

自分自身が放送作家として送る日々から、世に作家として認められるまでの「文壇」の巡礼記。「エロ事師たち」で三島由紀夫に認められたものの、後輩の五木寛之や永六輔らの活躍で、後塵を拝するような嫉妬や焦燥を起こす一方、吉行淳之介や丸谷才一と交わり、遍歴を繰り返しながら小説家として自立していくまでの話が、時制の前後おかまいなし、脈絡もおかまいなしで進んでいく。さらには句点や改行、章立てがバラバラ。本当に読みにくい本なのだが、それが独特のリズムを生み出しているのがまた不思議といえば不思議なのだ。
この業界でその言動の再現能力の高さから、「トイレでメモしている」「酔って帰っても必死でメモしている」という伝説が筆者にはあったという。でもそうではあるまい。身近にそういう能力に長けた人間がいるので実感できるのだが、シナプスが不思議に繋がっているのだ。改めて記憶力というのは才能だと思う。
この手の本で関心したのはなぎら健一の「日本フォーク大全」だけど、それを紀伝体ではなく、変則の編年体にしたらこうなるのではないか、と思う。
かつて、お供でこの本の中に登場する文壇バーの何軒かには連れて行かれたことがある。ここは××さんが来ていたので有名で、みたいな口上を聞いた記憶はあるが、自分の経験の限りでは、そういう店も主が居なければただの店。今、世上にはそういう修羅場は存在しえないのかもしれない。
しかし、文中に「新潮文庫の2、3冊も出せば一生食っていける」とあるが、このところ随筆を読んでいた山本周五郎なんてどうなってしまうのだろう。2、3冊どころの騒ぎではないのだが。
posted by 曲月斎 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精工舎変じて……

錦糸町の駅の北側、錦糸公園の向こうには精工舎の時計塔が見えていた。
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阿部美樹志設計、1930年に建てられた鉄筋コンクリート造り3階建ての建物は偉容を誇っていたものだ。東京大空襲にも耐え抜いた建物が消えて、高層マンション兼ショッピングセンターに変わっていた。
Olinasというこのショッピングセンター。中での乳母車がキャラクターものだったり、真ん中に吹き抜けが大きく開いていたり。ちょっとこじゃれた感じの店が並んでいた。
そごうが撤退した錦糸町でやっていけるのかな。
また映画館も9スクリーンあるシネコンが入っているのだけど、楽天地と競合しそう。大丈夫かな。
ともあれ、錦糸町のイメージが「局部的」に変わったのだけど。
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posted by 曲月斎 at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月27日

薤露の曲 蒿里の詩

薤露の曲 蒿里の詩って、野坂昭如の解説の最後に出てくるけど、どっちも弔いの言葉、くらいの意味なんだろうか、と推量しているんだけど。広辞苑にない追記
posted by 曲月斎 at 00:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 糊塗弥縫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近事片々

「文壇」

野坂昭如の難解な回顧実録もの、「文壇」を読み終わったところ。これほど細緻にその人柄を片言隻句で浮かび上がらせる文体はたいしたものといわねばならない。
もちろん、句点の少ない、どこからどこまでが何なのか、時制もない話につきあうことは覚悟の上で。だからこそ、客体的に文壇を眺めていた筆者の筆捌きが冴えようというものかもしれない。
ただ、読み終わったところで今度は山本周五郎の
「酒みずく・語る事なし」
という随筆集が手に入った。ちょうど野坂の時代より一世代前から始まるこの文章。純文学と大衆文学の対立についてとか、一生懸命曲軒先生が筆を進めておられる。歌舞伎などへの言及は確かにと思わせるところあり、渡辺保の最近の著作を蹴散らすような意気込みがいい。ただ文壇事情に関しては、横浜の間門では局外中立どころか、本能寺の変の知らせを受けた薩摩の島津家のような心境だろうが、それもまたよし。ちゃんと読み終わったら、書き直します。

実はもう1冊。こちらはなぜか後架の上でしか読んでいないのだが、「数奇の革命―利休と織部の死」
これもまた面白い。
posted by 曲月斎 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

「本の雑誌」

文藝春秋社の月刊誌が「本の話」
1冊100円で年間12冊送料ともで1000円なり。
本屋とかでは、手に入ることもあるけど、定期購読にしてみた。
岩波の「図書」に比べて、出版する本の筆者が多く新刊の解説風の感もあるが、それにしても対談が多かったり、1編の文章の長さが適当なので読みやすいものであります。
ちょっとしばらくは購読をしてみるつもり。

なお、申し込み先は定期購読センター(0120−622−808、月から金謡の10〜17時に申し込み受け付け)だそうだ。なお、Amazonでもひっかかってこないので。
posted by 曲月斎 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旧・万世橋駅遺構公開中

万世橋駅の遺構が現在、公開されている。
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万世橋駅といっても、ピンとこないだろうが、今の神田とお茶の水の間にあった駅で、甲武鉄道(現中央線)の東京側の始発駅として開設された。
市電の要衝になっていた神田須田町も近く、電車唱歌ではまだ、「電車は三橋のたもとより 行くては昔の御成道 万世橋をうちわたり 内神田へと入りぬれば 」と歌われているばかりではありますが、明治45年の駅開設後に一気に発展していくのであります。
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で、今回は交通博物館が5月14日に閉館になるのにともない、その隣接に残っているこの駅の遺構を特別公開しているという。何しろ、1943年に駅としては機能を廃止されたものであり、長く幻の駅になっていたのですが、それが今回公開されているわけです。
予約制だそうですが、是非、覗きにいかなくては、と思うこのごろであります。

帰りには万世によって万世のハンバーグサンドでも買ってきますか。
追記
posted by 曲月斎 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 糊塗弥縫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

「地球防衛家のヒトビト」

「地球防衛家のヒトビト」

「地球防衛家のヒトビト (2)」


A新聞夕刊の漫画。この破天荒さは、今となっては得難い気もする。
posted by 曲月斎 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 積本抛讀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「本に恋して」松田哲夫著

「本」に恋して

この前の本が和本の話なら今度は洋装本の話。筆者松田哲夫は筑摩書房の専務で本作りのプロだ。
そのプロが製本、本の紙箱作り、製紙、インクの製造と出版の下流工程をルポしていくのがこの本の骨子。正直のところ、プロ向けの本かな、という気がしましたね。出版関係のことを目指す人とか。というのはポンポンと出てくる言葉が専門的で、それをかみ砕いてくれる前に次の話へと進んでいってしまうから、頭の中の「?」が「?×2」になるだけで、読み継いでいくのが正直のところしんどかった。
そして挿絵のこと。内沢旬子という人が実に丹念に書いているのだけど、どうも割付が悪いのか、イラストが生きてこないんですね。何ページか進んで戻ってみる、みたいな感じだったり、サイズが小さすぎて文章に添えてある意味が生きてこないというか。
確かに造本、という部分は本を手に取ったときに大きな要素を占めるわけで、それについてあれこれと考究してくださるのは結構なんですが、筆者がもっと要点を掴み込むような書き方をして、しかもイラストを大きくあしらわないとどちらも共倒れになってしまう、という感じです。
妹尾河童の「河童の覗いた××」というシリーズの本が面白いのは太い線の細密なイラストがドンと惜しげもなく載っているからでしょう。たぶん編集者としてこれもあれも書きたいとなった結果がこんな形になったのではないかと推量しますが。
ともあれ、本作りの世界は確かに迷宮のように、分業、専門職がいるのはよく分かりました。それ以上でも以下でもない、という感想であります。
posted by 曲月斎 at 03:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

3馬術というからには……

前の項で3馬術というからにはもう2馬術ある訳で、さてそれは何かと気になってWebを巡ってみるとだいたい以下の通り。
何か3人が入り組んで、複雑な筋立てになっているみたい。
追記
posted by 曲月斎 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 糊塗弥縫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛宕山で

ちょっと所用があって、芝の愛宕山近くまで出掛けた。帰途、ここまで足を伸ばしたのだからと、御成門の駅への向かいがてら、愛宕山に寄った。
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山上には愛宕神社とNHKの放送博物館。そしてもちろん、名物は男坂の石段だ。
講談の寛永三馬術で有名な曲垣平九郎がこの急な坂を騎乗して駆け上がり、駆け下りたという。最近、テレビの企画でスタントマンがこれに挑戦したのを観た覚えがあるから、あながち張り扇の産物とはいえまい。
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寛永の三馬術、曲垣平九郎の下りを神社の説明書きなどから引用すると以下の通り。
寛永11年、3代将軍家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに愛宕神社 の下を通りました。折しも春、愛宕山には梅が咲き誇っております。
家光公はその梅を目にされ「誰か、馬にてあの梅を取って参れ」と命ぜられました。しかし、この愛宕山の石段はとても 急勾配 です。この石段を パカッ パカッ パカッ と登り始めた者がおりました。家光公はその者の顔に見覚えがありません。「あの者は誰か?」「あの者は 四国丸亀藩の家臣で 曲垣平九郎と申す者でございます」。平九郎は見事、山上の紅白の梅を手折り、家光公に梅を献上。平九郎は家光公より 「この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことに天晴れである。日本一の馬術の名人」 と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいた、と伝えられております。故事にちなみ、愛宕神社正面の坂(男坂)を 「出世の石段」 と呼び、毎日多くの方がこの男坂の出世の石段を登って神社にお参りに来るそうです。

というのはさておき、この辺りも再開発が進んで高層ビルが建ち並ぶようになった。で、愛宕山のトンネル脇には「愛宕山エレベーター」なるものが設置されていて、ボタン一つで山上まであがれるという。平成の御代にまことにおめでたいお話。人が「出世のエレベーター」と呼んでいるかどうかは知らぬところだが。
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posted by 曲月斎 at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「LIMIT OF LOVE 海猿」

この本の脇に、平積みになっていたのがこの1冊。
「LIMIT OF LOVE 海猿」


1巻目の映画を観ている義理もあるし、2巻目もか、と思ってパラパラとめくってみたけど、どうもいかん、ですな。好いた腫れた愛だと声高に叫ぶ作品ほど、何か陳腐になっていく。

おまけにここ数年来の海上保安庁の露出具合はどうですか。第1線ではたらく人には何の責任もないし、命令一下の任務に当たっているわけですから、それは尊い。でもその仕掛ける人間にあざとさが見える気がする。彼らの職業意識の高さを知るがゆえに、それを小利口に利用しようとする人間の策動は許し難いものに見えて仕方ないんですけどね。

ま、5月6日ロードショー、ですから。
posted by 曲月斎 at 05:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「雨のみちのく・独居のたのしみ」山本周五郎

入院中の知己を見舞うために、本屋に立ち寄った。こういうとき、どんな本を選んだらいいのか、悩むところである。

そういえば、山本周五郎が好きだったな、などと思い出すままに目に付いたのがこの1冊「雨のみちのく・独居のたのしみ」
と題する随筆(新潮文庫所収)だ。


最初の方は「樅の木は残った」や「青べか物語」の後日談などが入っているが、個人的には半ばに出てくる自分の周囲の寸景の話が面白かった。

山本周五郎は晩年、横浜の間門園という旅館の離れを仕事部屋にしていた。本牧通りと産業道路が交差するあたりだ。今は高速湾岸線まで開通し、昔の面影を探すのは無理だろうが、間門園は横浜の名園三渓園に連なる海岸線にあった旅館で、その一番外れの丘の上が仕事場だったと聞いた。一山向こうが一の谷海水浴場。今は間門小学校があるあたりか。

1948年から始まる日々の生活で、鰻の「八十八」へ行ったり、伊勢佐木町の野沢屋先にある蕎麦の「戸隠」へ行ったり。あるいは毎日観ているという映画はたぶん、旧ヲデオン座ではなかったか、今はない相沢の火葬場から大平台の共同墓地あたり、そして八幡町から中村町(堀川を挟んで赤線地帯だった真金町や、カンカン虫といわれた日雇いの港湾労働者の簡易住宅街・寿町と筋向かいに当たるエリア)。に向かって下りていく急坂の道、などと想像を巡らしていると、1950年代から60年代半ばまでの昔の横浜(もちろん小生は子供心の時代だけど)が目に浮かぶような気がした。この丘は片側が海蝕崖で切り立った崖になっており、反対側は雑木が茂るような風景。平地に近い辺りはススキの野になっていた。仕事場に続く道には小さな街頭が着いていたように思う。
そんな山本周五郎の目からみた横浜の変わりよう、どう映ったのだろう。瞬間瞬間を切り取るようにしている筆捌きに見える。

そして「日録」という一文で「庭のジンジャーがへたばってしまった」と始まる一項がある。台風の潮風に塩害に遭ったジンジャーが一度は立ち直ったが、2度目の台風襲来で萎えてしまった、という嘆きから、戦時中の話に転じる。大森・馬込町に住んでいた筆者は3度までは焼夷弾の雨から街を守りぬいたものの、4度目にはきれいに焼き払われた。その空襲について、本土防衛の任にあるはずの陸軍当局が「昨日の空襲は書記消火活動が良くなかった」と言ったのを耳にして逆上する。「戦争をするのは軍隊じゃないか。あのB29の大編隊が襲いかかっているのに、昨日は高射砲もろくにうたず、戦闘機は1機も飛びはしない。われわれは濡れ筵と火叩きしか持っちゃいないんだぜ。(中略)しょせん濡れ筵と火叩きでB29の大編隊といつまでたたかえますか」と言い返した思い出話になる。でこう結ぶ。
「一般国民の防火活動をいましめた軍部の妄言は、いまなお、位置を替えてわれわれの上に振りおろされていはしないか。われわれから絞りあげた超巨額な税金を抱え、法と権力を両手に持った政府が、事毎に『国民諸君の自立心と政治への協力』という、砂糖の衣をかけた恫喝的要求をする。−−無力なジンジャーの花に対して、『こんど台風が来たらしっかり身を守れよ、海水を含んだ風ぐらいがなんだ。そんなことでいちいち他力を頼むようではたるんでるぞ、しっかりしろ』と言うようなものではないか、と思う」この一文に生涯を通した視点が端的に表れているように思った。

そんな山本周五郎が他界したのは1967年2月14日。長年、この随筆にも出てくる風光明媚な本牧の海岸が一大石油コンビナートに変身してしまう直前に長逝したのは幸せだったかもしれない。
ちなみに、今、山本周五郎が急逝した仕事場跡の丘は削り取られて跡形もないし、間門園もすでに廃業してコンビニかなにかになったはずである。

後年、荒井由美の曲でこの辺りの風景はこう歌われる。山手のドルフィンでの作、「ソーダ水の中〜を〜 カモツセンが通る〜」だろう。確かに、校舎の教室からは中ノ瀬航路から入る船、港から出て行く船、そして天気が良ければ安房上総まで見通せる風景だった。だが、それは山本周五郎の愛した景色と異なるのはいうまでもない。
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2006年04月21日

「ナイト・オン・ザ・プラネット」

「ナイト・オン・ザ・プラネット」


ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの世界5都市のタクシードライバーたち。彼らが同じ夜にそれぞれ体験する5つの物語を、オムニバス形式でつづった作品で、しかも1編1編のできが高い。この映画がまたみたい。みてみたい。
以前は近所の某所で簡単に観られたのに。仕方ないか。
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「夜が来る」

最近、顔を出すようになったバー「en」で、貸してもらったCDがある。
サントリーのオールドのCMに遣われていた曲だ。
1967年に放送を開始したそうで、繰り返し登場してきた、という。
ま、百文は一聞に如かずではあるが、「夜が来る」(ここをクリックするとMIDI音源を公開されている方のサイトに飛びます)というこの曲、何とも耳に懐かしい。作詞作曲小林亜星、だそうだ。
で、借りてきたCDは、サントリーの白州蒸留所のお土産だそうで、実にこの1曲が19バージョンも繰り返し繰り返し収録されているという珍盤。ハーモニカあり、サックスあり、アカペラあり、ピアノのスローバラード風あり、東京スカパラダイスオーケストラ風あり。
といって、探してみると、2バージョンだけ収録したものは、市販されているみたいで、さすがは壽屋さんであります。
コマソン マニア ヴィンテージCMソング コレクション

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2006年04月20日

「和本入門」橋口侯之介著/平凡社

「和本入門 千年生きる書物の世界」

和本、といっても馴染みが薄いかもしれない。
小生は謡本がこの体裁で今でも製本されているので身近。それについ1カ月ほど前に、余計な買い物をしたばかり。大正改版の金春流謡本の揃い30冊。遣う宛があるのか、といわれたら全くないのだが。学生時代から探していた本なのでつい、手が伸びてしまった。
というような余談はさておき、和本というのは今でも流通している。その和本を扱う古書店の店主が書いた和本についての入門書。

巻子本から折本になり、粘葉様の和綴じの本に発展していく装丁の話、あるいは木版印刷から慶長古活字本、また木版印刷に戻っていった課程の話。さらには売れる本だと、本屋から本屋に版木ごと売られて流れていく話などなど、興味深いことが多かった。

今でも遣う「帳合いをそろえる」という言葉の起源とか、本の奥付けのシステムが享保年間の出版統制から始まった話、和本なので書き込みをする時のルールなど、もう忘れかけているようなことも出てくる。

で、最後にかいてある言葉が身にしみた。
「和本を持った人は自分がこの本の最終所有者ではないという自覚を持つべきだと思う。そこが一般の洋装本とは大きく違うところである。和本を持つ一人ひとりがその遺産の保護者であるという意識を持つべきだろう。そして数百年後、いや千年後でも同じ容貌で人々に披露されることを願う」
本というのは、確かに自己資金で買った私有物であるが、同時に文化の伝搬手段なのだから、次に繋いでいくことも大切なのだ、と。それは和本に限らず、洋装本でも同じことではないか、と思ったのであった。追記
posted by 曲月斎 at 03:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「Bar Four seasons」

「銀座百点」という月刊誌がある。かつて作家としての向田邦子を発掘したことでも知られる雑誌だ。
その4月号をパラパラとめくっていたら、新しいバーの記事が出ていた。
バー・フォーシーズンズ」という店だ。
fourseasons#2
1丁目の並木通りにある「オーパ」にいた勝亦誠さんが独立して開いた店のよし。詳しいことは店のHPをご覧頂くことにして、銀座に出掛ける用事があったので、ちょっと立ち寄った。落ち着いた雰囲気、大人の酒場、という感じで、小生のように尻の青い人間にはちょっと過ぎた店かもしれない。でもいい雰囲気で好感の持てる店だった。
fourseasons#1で、ちょっとホーッと思った話を一つ。「ハイボールを」と頼むと、「ブレンドでよろしいですか」との問い掛け。「結構です」と答えると「昔の特級のころのものもありますが」と言われた。ウイスキーなどの等級制は廃止されて久しいが、実はそのころのウイスキーの方が今のウイスキーよりも美味しい、というのは隠れた定説だ。代理店制度が空文化し、並行輸入の安いウイスキーが当たり前になった昨今だが、実はあのころの方が同じブレンドウイスキーでも味が違う。で、「特級のころのものを。何がありますか」というといくつか銘柄を挙げてくれたので、ホワイトホースを頼んだ。

こういうときにまず、何を見るかというと、輸入元。裏を返してみると、沖縄の商事会社だった。「将来、店を開ける時に備えて少しずつ買いそろえておきました。最近は地方に行ってもなかなかこういう酒は売れ残ってはいませんね」
そう、地方に行った時に酒屋に行ってみると、時にこういうボトルが売れ残っていたりする。今のものよりも美味いことが多く、名古屋のバーボン専門のバーでは、店主が「私が店を開けている間の分くらいは何とかストックができました」と言っていたことを思い出した。
posted by 曲月斎 at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 美食飽食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「寝ずの番」(ネタばれあり)

寝ずの番」である。6代目松福亭松鶴をモデルにしたと思われる一門の通夜の夜3題の映画。
寝ず#3
さておき、面白い映画だ、とはとてもいう気になれなかった。理由はなにか。散漫、尻切れトンボ、だからだ。

まず師匠の笑満亭橋鶴(長門裕之)が死ぬ訳だが、一番弟子の橋次(笹野高史)にいまわの際に「そそが見たい」といい、弟子で主人公の橋太(中井貴一)の妻・茂子(木村佳乃)がベットに跨って「なぎなたきず」を見せるシーン。あざといのでこの部分がやけに話題に採り上げられていたが、面白くもおかしくもない。「そそやない。外が見たいというたんや」という落ちになるのだが、導入部の掴みのエピソードとしては受けを狙おうという意識がありありで作為的だ。どうせなら、橋鶴の妻・志津子(富司純子)がみんごと跨って見せる方がよほど面白いし、どうせなら絵柄として見たかった気もする。
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むしろこの橋鶴の通夜の「かんかん踊り」の方がよほど面白い。落語の「らくだ」にあるこのフレーズ。生前得意ネタにして居たという設定の橋鶴が見事にかんかん踊りを踊るという図柄。死体役になっている長門裕之の名演である。

次の通夜は橋次。このエピソードの部分がカットしてもいい気がする。このエピソードが入れ子になっている分、映画の濃度が散漫になっている。確かにバーの女(高岡早紀)との一夜の恋など見せる部分もあるが、折角の藝達者が中途半端な遣われ方になっている。

最後が志津子の通夜。今里新地で芸妓に出ていた時代に橋鶴と張り合ったという元工場長の男(堺正章)が出てくる。橋太との春歌の歌合戦など、見ていて楽しいが、それからどうした、という心境。
寝ず#2

そして最後の最後に春歌を歌いながら、列を作って踊って終わり、では映画としてここまで引っ張る意味がない。「小早川家の秋」までは言わないけれど、何かの落ちを付けないと単なるエピソードの開陳、小咄集の域を出なくなってしまう。ともあれ、映画とは「長講一席」なのだから。 323453view001.jpg

という訳で、あくまで個人的な意見ながら、この映画はあまり……。追記
posted by 曲月斎 at 01:22| Comment(2) | TrackBack(1) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

古今書院

地図読解入門

この前、駿河台日大病院に見舞いに出掛けた帰り道のこと。神田神保町の方に歩いて下りていこうとすると、左側に小さな建物がポツンとあった。周りはすっかり高層ビルに建て替わっているというのに、小さな3階建てくらいのビルだ。見上げると入り口の表札は「古今書院」。おお、こんなところに、という感じだった。
古今書院といってもほとんどの人はご存じあるまい。地理関係の専門書を出している出版社で、頭書の「地図読解入門」は日大文理学部だったかな、籠瀬良明先生の書いた入門書。高校時代の理科の恩師に当たる人で、この本を教えてくれた。航空写真と地形図を対照させた本で、あちこちと眺めては、こんな地形図があるんだ、と思ったものだし、確か4色刷りで1枚150円(墨版も一部残っていたけど、こちらは確か120円)だった5万分の1の地形図をせっせと買い集めたものであった。
この出版社は確か人文地理系の論文まで含めた「地理」とかいう雑誌を出していたと思ったけど、今も出しているのだろうか。
そういえば、近所の本屋である雑誌の取り寄せを頼みに行ったついでに、「キネ旬ある?」と聞いたら、今は入れていない、とのこと。キネ旬すなわち、キネマ旬報のことで、双葉十三郎氏の「ぼくの採点表」が看板だった。ぴあの創刊ころから影が薄くなってはいたけど、最近は確かに一般の本屋でもあまり見掛けなくなっていたっけ。雑誌の世界は厳しいのだろう。
見掛けた小さな建物から、数十年昔のことを思い出した。
posted by 曲月斎 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

Glen Mhor 22yd

グレンモア22年

手元に1本の空瓶が残った。グレンモア22年。
コンバルモアC

この酒は、スコットランドのキャンベルタウンにあった蒸留所で作られたもので、スプリングバンク蒸留所の姉妹会社。1983年に閉鎖され、88年に完全に取り壊されて今跡地はショッピングタウンになっているそうな。
もう生産されることのないモルトがなお、巡り巡っている訳だ。

個人的には今でも、名古屋の英吉利西屋で覚えたコンバルモアの味が一番だと思っている。1894年に創業で、こちらも1985年に閉鎖。

ともあれ、このグレンモアも5本の指に入る思い出の味になった。
posted by 曲月斎 at 23:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 偶然忽然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする