2006年02月27日

町を歩けば

色々なものに出くわす。
横浜・関内を歩いていると、確か金融関係の会社が入っていたビルの跡に、収納スペース屋がオープンしていた。
普通のビルを細かく区切って、鍵付きの物置にしてしまう、というこの商売。気になって中を見学させてもらったら、荷物の出し入れは24時間OKで、温度湿度の管理も万全、出入りは生体認証システムを利用、だそうだ。ちなみに気になるお値段は、1カ月当たりで
Mini 0.7m²〜1.5m² 7,000円〜
S 1.5m²〜3.0m² 12,200円〜
M 3.0m²〜5.0m² 20,000円〜
L 5.0m²〜7.0m² 33,300円〜
XL 7.0m²〜 47,500円〜
だそうだ。
トランクルーム

それでももうほとんどのスペースには借り手が付いているようで、なかなか盛況のご様子。引っ越しの間の荷物の一時預けや、節句の人形などなど季節の品物などのほか、捨てるに捨てられない書類やデータなどを入れておくには便利かもしれない。ちょうど中を見せてもらった時に、家のパソコンのHDDを収納しようという御仁が来ていた。確かにそういうものには便利かもしれない。

港の方へ廻ると上空にヘリコプターが飛び交う有様。何やらんと思いきや、前日命名式を終えたばかりの客船「飛鳥U」が大桟橋を離れたところ。ちょうど横浜港内からベイブリッジの下を通るところだった。橋をくぐって港外に出たところで面舵一杯。白い船体に赤い煙突が映えていた。こういう時にカメラ付き携帯電話なら良かったんだけど、ね。
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「姫椿」 浅田次郎 著

「姫椿」

 正直のところ緩い内容にちょっと失望。あの浅田次郎にしてこの結末の付け方か、という短編が多かった。本屋の謳い文句では「飼い猫が死んでしまったOL、経営に行き詰まり死に場所を探す社長、三十年前に別れた恋人への絶ち難い思いを心に秘めた男、妻に先立たれ、思い出の競馬場に通う大学助教授……。凍てついた心を抱えながら日々を暮す人々に、冬の日溜りにも似た微かなぬくもりが舞い降りる。魂を揺さぶる全8篇の短篇集」。
 全然、揺さぶられませんでしたねえ。道具立ての割りに各篇とも終盤に向けての寄せ手が甘いんだから。こういう結末に持って行くかな、という予測の範囲内でしかない。ふと思い付いたのだけど、似た肌合いといえば星新一のショートショート。その方がずっと切れ味があって楽しいくらい。
 あと得難いな、と思ったのは末尾の解説。ある脚本家が書いているのだが、映像化できるか、活字ならではの作品か、という見分けの視点が面白かった。この解説はお勧めだ。
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2006年02月26日

「謡うも舞うも宝生の」 佐野萌 著

 能の宝生流の佐野萌が流儀の機関誌「宝生」に96年から連載してきたコラムの合冊本。
 私自身は学生時代、観世流と金剛流の謡を習っていたが、流儀が違ってもいい能は見るべきだ、という自由な空気のサークルだったので、東京・水道橋の宝生能楽堂にしばしば通っていた(同じ学生の能のサークルでも、観世流の家元系の師範が指導している大学=慶大、東大、國學院大、学習院大などなど=はそんな空気はなかった)。その中で意欲的な番組を自分の会で見せてくれるので注目していた能楽師だ。
 自分が主催する会で、シテ(主役)ではなく、地謡(バックコーラス)の頭を務め、「諸役がそれぞれの力を存分に発揮した時、そこにはシテもワキもなく綜合芸術としての能が生まれます。私は藤戸の地頭を務めます。自分の企画だから佐野萌演能会なのです」とパンフレットに書くほどの一言居士。
 この1冊にまとめた文章でも、後見の名人と言われた田中幾之助に付いた時の思い出から当世への苦言、「馬鹿」「やめちまえ」の連呼の下での修行時代、流儀の家元を継承した宝生英照への直言などなど、「佐野萌ならでは」の話は尽きない。もちろん「流儀」という枠を踏み越さないもどかしさもあるが。
 ISBNが入っていないので私家版だろう。Webで注文は出来ないようだが、もし、見掛けたら手に取って欲しい。版元は宝生流の謡本の版元のわんや書店で定価3150円。
posted by 曲月斎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

万年筆が「折れた」

ea335e3d.jpg 万年筆が折れた。
 ペリカンのスベーレン1000。太い軸と柔らかな穂先が特徴で、走り書きをするのには実に心地いい1本だ。
 クリップ部分が少し緩んでいたのには気が付いていたが、昨晩、胸のポケットからネームカードを取り出そうとした瞬間、このペンも一緒に飛び出して、絨毯の上に。キャップの下辺りで軸がポッキリと折れ、インクが辺りに散った。
 万年筆というのは、使い込んで行くうちに書き手の書き癖が乗り移っていくようで、自然と紙に引っかからなくなり、インクの出もなめらかになる。調子が出てきた1本だけに口惜しいやら、情けないやら。
 何でも修理には1カ月近くかかるそうな。鉛筆ならいざ知らず、万年筆が折れる、なんて。硬質な素材を使っているだけに、衝撃には弱いとはいうが、ちょっと想像していなかったトラブルにちょっとへこんでいる。
posted by 曲月斎 at 19:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

睡眠時無呼吸症候群その後。

パルスオキシメーター

 Y先輩に指摘されて、受診し始めた睡眠時無呼吸症候群の検査。主治医の紹介でO内科を受診。同時に耳鼻咽喉科的な側面から障害がないかをI耳鼻咽喉科で受診。
 I医師は「いかにも睡眠時無呼吸症候群を起こしそうな喉の狭さですねえ」と感心するような口調。とりあえず、1週間の経過観察を経て、本格的に診察をするよう勧められる。
 一方、O医師には「パルスオキシメーター」という簡易検査器具を借りる。これは腕時計のように装着してセンサーを中指に。レーザー光線が照射されているのだが、指の中を通る血液の酸素濃度が高ければレーザーの透過率が高く、低ければ透過率が下がるという仕掛けで、睡眠時に無呼吸になっている時間を計測しようというもの。「きょうは普段通りに酒を飲んで、薬を飲んで寝てくださいね」と言われて寝たがさて。
 結果はいずれも1週間後。鼾がちょっと気になったら、受診してみては如何か。それにしても病気は医者にかかればかかるほど、種類が増えていくような気がするのは僻みか。
posted by 曲月斎 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「昭和の墓碑銘」

「昭和の墓碑銘」

 「週刊新潮」の名物コラム、とはいうものの、評伝の形式に近すぎる気がした。
 この手の原稿を書くコツは、1つけなして1つ誉める、というのが1点目。そしてその人ならでは、というエピソードを絡ませるというのが2点目。
 その点で、次から次へと出てくる人物の中で、事績を追いかけるのに精一杯という感じがした。確かに旧北白川宮妃や、東条英機夫人、あるいは皇后陛下の母など、この「墓碑銘」が出るときには、歴史の表舞台からすでに退場した人物を多く取り上げているからかもしれない。でも向田邦子の例など、そうとも限らない人物でも書き切れているとは思えないし、また白洲次郎のように今となってはまた注目を集めているが故に、改稿が必要ではないか、と思うものも。
 後書きにあるように、締め切りとの戦いが週刊誌にもあるのは承知の上だが、こういう纏めた本にするときには「補記」を付けるのが良心ではないか。
posted by 曲月斎 at 15:32| Comment(0) | TrackBack(2) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「珍妃の井戸」

「珍妃の井戸」


 また浅田次郎、である。「蒼穹の昴」の続編の「珍妃の井戸」。後先を入れ替えて読んでしまったのだから、話が見えないところはご容赦。
 この本はかの長編、蒼穹の昴の続編的な位置づけの本で、「だれが11代徳宗光緒帝の愛した側室珍妃をミステリー仕立てで追跡していくというもの。
 追う捜査官役は英国ソールズベリー提督、独シュミット大差、日本松平子爵、露清銀行のペトロヴィッチ総裁の4人。義和団の変の混乱の中で珍妃は西太后に謀殺されたとする歴史の従来の定説に異を唱えるように真犯人捜しが始まる。ミステリー仕立てなので、結論はさけるが、結局は結論を見せないのが結論、ということになる。
 珍妃の独白で「私はひとあしお先に長城を超えて古里に帰ります」というひとことと、漢書史古註にあるという「攣、又読んで戀と曰う」という徳宗光緒帝の独白が事件の真相とその意味する物をすべて語っているように思われる。で、珍妃の井戸の画像を探したら本当に小さいね。珍妃の井戸
posted by 曲月斎 at 03:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

正信偈

身内で葬式があり、その家の宗旨は真宗大谷派。どんな読経をするのか、興味があったのだが、必ず出てくるのが「正信偈」。
以下、本文を見つけ出したので、心覚えにアップしておく。

阿弥陀如来像(真宗大谷派用)



歸命无量壽如來 南无不可思議光 法藏菩薩因位時 在世自在王佛所
覩見諸佛淨土因 國土人天之善惡 建立无上殊勝願 超發希有大弘誓
五劫思惟之懾受 重誓名聲聞十方 普放无量无邊光 无碍无對光炎王
清淨歡喜智慧光 不斷難思无稱光 超日月光照塵刹 一切群生蒙光照
本願名號正定業 至心信樂願爲因 成等覺證大涅槃 必至滅度願成就
如來所以興出世 唯説彌陀本願海 五濁惡時群生海 應信如來如實言
能發一念喜愛心 不斷煩惱得涅槃 凡聖逆謗齊廻入 如衆水入海一味
攝取心光常照護 已能雖破无明闇 貪愛瞋憎之雲霧 常覆眞實信心天
譬如日光覆雲霧 雲霧之下明无闇 獲信見敬大慶喜 即横超截五惡趣
一切善惡凡夫人 聞信如來弘誓願 佛言廣大勝解者 是人名分陀利華
彌陀佛本願念佛 邪見僑慢惡衆生 信樂受持甚以難 難中之難无過斯
印度西天之論家 中夏日域之高僧 顯大聖興世正意 明如來本誓應機
釋迦如來楞伽山 爲衆告命南天竺 龍樹大士出於世 悉能摧破有无見
宣説大乗无上法 證歡喜地生安樂 顯示難行陸路苦 信樂易行水道樂
憶念彌陀佛本願 自然即時入必定 唯能常稱如來號 應報大悲弘誓恩
天親菩薩造論説 歸命无碍光如來 依修多羅顯眞實 光闡横超大誓願
廣由本願力廻向 爲度群生彰一心 歸入功徳大寶海 必獲入大會衆數
得至蓮華藏世界 即證眞如法性身 遊煩惱林現神通 入生死薗示應化
本師曇鸞梁天子 常向鸞處菩薩禮 三藏流支授淨教 梵燒仙經歸樂邦
天親菩薩論註解 報土因果顯誓願 往還廻向由他力 正定之因唯信心
惑染凡夫信心發 證知生死即涅槃 必至无量光明土 諸有衆生皆普化
道綽決聖道難證 唯明淨土可通入 萬善自力貶勤修 圓滿徳號勸專稱
三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引 一生造惡値弘誓 至安養界證妙果
善導獨明佛正意 矜哀定散與逆惡 光明名號顯因縁 開入本願大智海
行者正受金剛心 慶喜一念相應後 與韋提等獲三忍 即證法性之常樂
源信廣開一代教 偏歸安養勸一切 專雜執心判淺深 報化二土正辨立
極重惡人唯稱佛 我亦在彼攝取中 煩惱障眼雖不見 大悲无倦常照我
本師源空明佛教 憐愍善惡凡夫人 眞宗教證興片州 選擇本願弘惡世
還來生死輪轉家 決以疑情爲所止 速入寂静无爲樂 必以信心爲能入
弘經大士宗師等 拯濟无邊極濁惡 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説
posted by 曲月斎 at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 糊塗弥縫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月16日

「待つ女」承前

 さて「壬生義士伝」の種明かしである。佐藤雅美との対談で、浅田は改めて「フィクション」である、と語っている。
 子母沢寛の「新選組始末記」がやはり契機。文中で吉村貫一郎という人物の行状を追いかける無名の「主人公」はやはり子母沢にモデルを求めておくのが自然だろう。そして前記の本にちらっと出てくる吉村貫一郎像は子母沢の創作、と見切っている。
 そこまで見えてしまえば、実に巧妙なからくりを仕組んだものと、感心するしかない。盛岡や京都、中国での取材等々、見事にディテールに生かしているのだから。
 浅田は対談で言う。「嘘話を書いて本物に見せかけるという面白さもある。僕の場合、自分でも書いている途中でわかんなくなっちゃう。嘘を書くために事実を調べるんじゃなくて、事実を徹底的に頭の中に詰め込んどいてから嘘をつくというほうがいいと思うんですよね。楽しめるし」
 浅田は「勇気凛々ルリの色」で頭のサイズが62センチを超えると再々記していた。それほどなければ、あれこれ詰め込むのは無理なのだろうと、今は妙な得心をした気分。
posted by 曲月斎 at 23:09| Comment(1) | TrackBack(1) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「待つ女―浅田次郎読本」

「待つ女―浅田次郎読本」

 短編小説付き「浅田次郎読本」。
 短編小説の出来はさておき、後半にいくつか掲載している対談が眼目。渡辺淳一との対談では渡辺に圧勝の観あり。手書き時代とワープロ出現以降の差として、初心者が簡単に中長編小説を書けるようになったものの、長編小説の文体が冗長で読み手が不在になっているという浅田の指摘は正鵠を射たものだ。こんなブログでも感じていることだが、一定の字数を自分の中で決めて書き始めないといくらでも伸びていってしまう。活字から映像が主流になった時代に育った人間の特性として描写が冗長になる。
 出久根達郎、林真理子とともに文藝春秋の読者アンケートに基づき、過去の芥川賞受賞作を論じたものはちょっと企画倒れ。三者三様、読みに関しては一家言のある巧者揃いだが、物故した作家以外について作家が作家を論じるところにどこか遠慮がある。ただ火野葦平の再評価を述べている下りは然り。
 と書いてきたところで紙幅がひとまず尽きた。このブログは1編400字が原則。年初来課題の「壬生義士伝」などについてはまた別稿で。
posted by 曲月斎 at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

1956年橋戸賞受賞投手の通夜

 14日は藤田元司氏の通夜だったそうだ。このところ、野球関係の物故者が続く。
 藤田は東京六大学では慶應で歴代2位の31勝20敗(ちなみにチーム1位は昭和初期の名投手だった宮武三郎の38勝6敗。リーグ1位は法大の山中正竹で48勝13敗。同2位で江川卓の47勝というのが何とも江川らしい)。ちなみに無安打無得点試合は1。慶應では1年春にチームが優勝してるのみで、主力になってからは天皇杯に縁遠かった。(と、ここまで書いたら慶應の「塾員山脈」という記事に対談が出ていた。3年の早慶戦で監督に交代を告げられた藤田の続投を訴える異例の1年生捕手永野というのが出てくるが、たぶん、後に高校野球の審判で名を馳せた土佐高出身の永野元玄氏だろう。人のつながりは面白い)
 そして横浜・日本石油に入社して1年目の1956年の都市対抗野球では29イニング連続無失点を記録し、チームは熊谷組との決勝に競り勝って初優勝、藤田は最高殊勲選手賞に当たる橋戸賞を受賞している。ちなみに当時は、慶應出身の多かった日本石油と早稲田出身の多かった日本鋼管との都市対抗予選は「ハマの早慶戦」と言われたと聞く。
 ともあれ、讀賣に入団してからの活躍や遍歴はご存じの通り。この日の通夜のニュース映像で、弔問に訪れた長嶋茂雄氏の隣に、社会人野球のドン・山本英一郎氏が座っていたので、ふと余計なことを書き留めた。
posted by 曲月斎 at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 冠婚葬祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

トドの大和煮

トドの大和煮1


 行き付けのバーで、「食べてみますか」と言って出されたのが、この逸品。北海道土産の「トドの大和煮」である。
 パッケージはともあれ、開けてみると、中身は一見、普通の大和煮風。白っぽい部分が獣脂かと思いきや、タケノコだったりして、ちょっと心を許してしまった。

トドの大和煮2


 だが、やはりトドはトドだった。海のギャングの二つ名通り、肉食性で雑食性なのだろう。食べた味は味噌と醤油と甘さと。普通の調味料なのだが、口の中に残る獣臭さは並大抵ではない。
 大昔、本多勝一という人の本で「極限の民族」というルポものがあったが、この中でエスキモーがセイウチやトドを食べる話が出てきて、たしかトドは美味くないと書いていたようないなかったような。そんな記憶が蘇ってくる。結局、この夜は5人でこの1缶を持て余した。調べてみると「トドカレー」というのもあるようだ。こちらはさて……。
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「日本海大海戦」

日本海大海戦


 唐突に「戦争もの」の東宝映画である。
 公開は1969年。お盆映画だったような気がする。近所にもまだ映画館(シネコンに非ず)なんていうものがあり、祖父に「見に行くか」と誘われたものの、上映時間が合わずにそのままになってしまった。ということで幾星霜を経て、DVD購入となった次第。
 東郷平八郎役が三船敏郎、乃木希典が笠智衆、広瀬中佐が加山雄三、仲代達矢、黒沢年男、小鹿敦、東山敬司、松山省二、佐藤允、
藤田進、平田昭彦、小泉博、田崎潤、柳永二郎、加藤武、清水将夫、北龍二、佐々木孝丸、三津田健、辰巳柳太郎、草笛光子、松本幸四郎……。
 司馬遼太郎の「坂の上の雲」がこの時代の定番小説となる以前の、エピソード満載の筋立て。常陸丸やら、宮古島の5勇士やら、旅順港閉塞での「杉野はいずこ」だったり。秋山兄弟も活躍しなければ、児玉源太郎も出てこない。満漢全席の展開です。
 そう、円谷英二の担当した特撮はある意味で「ハワイ・マレー沖開戦」と大差なかったこと。それと、日本からは軍人顔の出来る俳優がいなくなったのだな、という実感(現在上映中の「男たちの大和/YAMATO2005」の顔ぶれを見られたし。反町隆史、中村獅童じゃ役不足じゃないかな)。
posted by 曲月斎 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 銀幕緞帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

関内 利久庵のカツ丼

 蕎麦といえば、横浜なら関内の利久庵だろう。品のいい蕎麦屋さんだ。
 そういう店なら、カツ丼もうまいに決まっている。頼む人はほとんどいないかもしれないけれど。「どの品書きでも、材料をよく吟味している」かつ「蕎麦の汁が美味い」ならば「蕎麦屋でもカツ丼はうまい」という見事な三段論法が成り立つではないか。
 注文してみてこの推論は当たっていた。カツ丼といいつつ、重箱に入って出てきたこの一品。ふたを開けると、トンカツがきちんとタマネギと卵でとじてあって、しかもトンカツの真ん中にもう一つ、卵の黄味が顔を出しているという趣向。高コレステロールなどと言うなかれ。箸で黄味をほどいて、絡めながら食べるこのうまさ。ちょっと味が薄いかなと思いつつ食べているとちょうどいい加減だったと思い知る。
 同じ関内の某トンカツ有名店よりも遙かにうまいカツ丼であった。
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2006年02月13日

親父の3回忌

 この日曜は親父殿の3回忌だった。年月の経つのは早いものだと思う。
 今回はごく近親だけではなく、もうひとまわり外側の親戚まで、出席してもらった。去る者日々に疎く、少しでも懐かしんでもられる方がいるのなら、そういう機会を設けた方がいいのではないか、と思ったからだ。
 と同時に、これから先の親戚付き合いというのはどうなっていくのかな、とも思った。
 僕らの世代は祖父母の親戚が来たり、泊まりがけで出掛けたり。ごく日常のことだった。家にはお客用の布団があり、蚊帳まで用意していたものだ。今ではあり得ないことだろう。
 まして、いとこ同士といっても、顔を合わせるのは何年に一度のことになるのやら。そういう意味で、総領の甚六としては、法事はこう仕切るもの、と「けじめ」を付けるつもりもあった。ま、出席してくれた方々に御礼を言いたいし、喜んで帰って頂けたと思う。次は7回忌。直接面識のある世代は減る一方だろうけど。
posted by 曲月斎 at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

2月の和田浦

和田

房州和田に行ってきた。
久しぶりのこと、部屋のクリスマスの飾りを片付け、掃除をし、雑用をして果ててしまった。
師匠に「少し都会のチリを洗ったらどうですか」と言われ、海に入ったが、さすが其所は南房総。しばらく波にもまれている内に、水の冷たさなど気にならなくなった。
孔子先生は「宰予、昼寝ヌ。子曰ク、朽木ハ雕(え)ル可(ベ)カラザル也。糞土ノ牆(しょう)ハ杇(ぬ)ルベカラザル也」(論語・公冶長篇)と、昼寝した弟子を大層怒っておられるのだが、砂浜での昼寝にいそしみ、時々海水浴をする程度のテケテケの弟子を赦してくださっている師匠のありがたみを改めて思う。

ちょうど和田浦は1月28日、初不動の後で「綱吊り」を交換したばかり。部落の境に麦わらで作った蛇を巻き付けるのだが、天地の目の合わないサイコロに、出来かけの大草鞋、さんだらぼっちがお決まりのぶら下がりもの。蛇の口には橙と唐辛子の牙というものである。今年も不肖の海水浴客が穏やかな和田浦を訪ねられますように。
道切り2

posted by 曲月斎 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 波涛千里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

歴史の大うそと小うそ

今、馬場轟亭宗匠のところで、司馬遼太郎と、山田風太郎の比較の講演要旨を紹介している。
山田と同じテクニックを使っているのが、浅田次郎だろう。天切り松ではこのテクニックが一人語りという得意のスタイルに色とアクセントを添える役割を果たしている。「いたっておかしくない」と考える方が、小説としては出来が上々になるのだろうか。ふとよけいなことを考えた。
posted by 曲月斎 at 05:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 電网恢々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1冊30分ペースのはずが。

「国家の品格」



「下流社会 新たな階層集団の出現」



「超バカの壁」



「人は見た目が9割」


東京・八重洲口からアクアラインを抜けて安房鴨川までの道のりは約2時間強。最終バスといっても週末ではないので込んではいない。1冊30分のペースで読み切ってしまえるだろうとおもって持ち込んだ新書4冊。あえなく撃沈した。
というのは、千葉へ帰る安堵感、早めに服用しておいたメンタル系の薬の影響などを勘案すれば致し方ない。大口を開けて、間欠的な大鼾を同乗の諸賢に聞かせてしまったことは痛切の極みである。本当に舌が乾いていたから、口呼吸でガンガンいったのでしょう。
途中、君津物産館の辺りで目が覚めたのですが時すでに遅く、浅田次郎の天切り松第3巻を読み直したところで終点。

読書の構想は思い通りにならったし、未だに寝付けないというんだから、ここまま朝に突入してしまうしかないかな。寒くない格好だけはしよ。
でも、この時期の南房総って、昼間は強い西風が吹き抜けるんだよね。それにしても主治医の診断が振るっている。「とにかく太陽に当たりなさい。そうしないと体内時計はもどりません」。

波に乗るのがサーフィンなら、正しい真冬の海水浴客としてはそれを邪魔しないようにするのをモットーにして、きょうは過ごすことにしたい。
外はまだ真っ暗。波音は高いよ。
posted by 曲月斎 at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

関内 天吉

天吉


 関内の天吉へ。このところ、所用で外食が続いているのが分かる。結構、混んでいる風ではあるが、奥を見回せば片付けに手が回っていないだけ。結局、入り口から寒風吹き込むカウンターに据わる。

 神奈川新聞紙上で店主が「天ぷらには白」と講釈をいっていたような記憶があり、白を頼む。3点盛りの肴に、ちょっとしたお造りが出て天ぷらのコースに。車海老2尾。これはまあまあだろう。あなごや白魚、野菜物などなどぽつぽつと揚がってきて、あとは掻き揚げです、という。天ぷらを食いに来てそれはない。

 慌ててお好みでペコロス(小タマネギ)と蓮根、ねずっぽを追加。一段落するここち。

 最後に食事はといわれ、小生は天丼を選んだが、連れは天茶。後で考えれば、衣が厚めのこの店の天ぷらでは茶漬けにならぬ。失敗した。それと、カレー粉が出ていたが、店の企画では烏賊に勧めたかったらしい。だが肝心の烏賊はなし。何の用意やら。

 キレイになって入りやすくなったけど、こんな程度では天ぷらに関しては「てんや」とどう違うのか、説明に窮するような気もする。
相変わらず、サザンの原坊の実家、という域を出ない気がした。

天吉全景
posted by 曲月斎 at 03:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

銀座1丁目 ひょうたん

ひょうたんのうなぎ

 「ひょうたん」である。銀座1丁目、並木通りに面しているこの店は鰻一筋。昼もやっているし、夜も少しだけやっている。
 銀座という土地柄を抜きにして値打ちの店だ。たとえ、特上を奮発しても2200円。中でも十分という具合で(並1200、中1500、上1800円だったかな)、昔ながらの居酒屋そのままの店構え、飾らない雰囲気がうれしい。
 鰻は背開きの地焼き。捌き方は江戸前だが、
関西風の焼き方で皮が硬いのが特徴。でも鰻の身の脂がうまいものだと、蒸してしまわない分、この焼き方の方が脂っ気が抜けないで美味しい。
 夜限定で一人1本限りというきも焼きもついでに頼んだ。鰻重にきも焼きを載せて食べるなんて初めてだったけど、ちょっと乙なものだった。自分の次に入ってきた客が同じ注文だったが、やってみたいと思う向きは一人だけではなかった。店を出てまだ午後8時過ぎ。店はもう看板だ。
posted by 曲月斎 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 鯨飲馬食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする