2005年12月31日

「た」抜き

202241bf.gifそう、大晦日といえば、年末ジャンボ宝くじの抽選である。
当たっているわけはない、と思いつつ。買わないことには当たらないというのも同時に真実ではあり、今年も10枚だけ参加したのだが、当然のように当たらない。
この手の当選番号は新聞社のウエブにはでないので、みずほ銀行のサイトに行ったら、当然のごとくに出ていましたなあ。

あっというまの「た」抜きの年の瀬。(なお当選番号は当該の機関でご確認下さい。当ブログに転載しているものの正確性は保証しかねます)
posted by 曲月斎 at 16:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「いち段落」か「ひと段落」か

轟亭宗匠から「やはり広辞苑には『いち段落』しか用例がない」とのご指摘。"湯桶読み"するのも許容かと思っていたが、そうではないようだ。

刺激されて開いたのは、用例が新しい順に列記されている
「大辞林」


「ひと××」の例で、音読み、漢語が来るのは「ひと安心」くらいで確かに「ひと段落」の用例はない。
接頭辞「ひと」の意味として、1)ひとつ、または1回の意味=「ひと房」「ひとそろい」「ひとたび」 2)全体に及ぶさま「ひと夏」「ひと町」「ひとかかえ」 3)軽く1回の動作を行うさま「ひとまたぎ」「ひと風呂浴びる」 4)一定の期間、ものごとがかなりの程度で進むさま「ひと雨来る」 5)ある時期を漠然と指す「ひところ」「ひと夜」

もちろん、和語に「ひと」という接頭辞の付く用例は多い。「段落」の用例は大辞林では「三四郎」を用例にひいているので、同じ時代の辞典ということで
「言海」

を見ると、段落ということばに「件(くだり)の段(きだ)。文章の中の切れ目」とあり、もう「きだ」などという言葉は存じないので、そっちに転ずると「分(キタ)の転。わかち、わかれめ、きれめ、きざみ、段」とある訳で、「ひと段落」も「いち段落」もないわけ。

日本語の成立の背景を考えると、「段落」が漢字2文字の熟語であり、音読みしてるので、「いち段落」が正しいということになるのでありましょう。語感として「段落」が和語に近付いていく過程で「ひと段落」という言い方も出てきたのではないかなと推量する次第。

耳に引っ掛かるもの言いというのは、言葉が活きている以上、変化していくのはやむを得ないのですが、すでに20代、30代の文章に引っ掛かりまくっている世代としては、自分もまたそうであると自戒する次第。
posted by 曲月斎 at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 平々凡々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ぜんぶ芸のはなし―名人上手十八話」

「ぜんぶ芸のはなし―名人上手十八話」

古典芸能、演劇に深く関わった人びとの芸談集。登場人物を列記していくと、川口松太郎(新派の盛衰)、13代目片岡仁左衛門(上方歌舞伎と仁左衛門歌舞伎)、3世茂山千作(狂言)、芳村五郎治(長唄)、藤間勘十郎(振付)、坂東八重之助(立師)、藤間藤子(舞踊)、成田菊雄(新派女形)、4世井上八千代(京舞井上流)、中村梅花(五代目歌右衛門門弟)、竹柴蟹助(狂言作者)、清元志寿太夫(清元)、17代目中村勘三郎(歌舞伎)、鶴田錦史(薩摩琵琶)、宮城能造(琉球芸能)、釘町久磨次(歌舞伎大道具)、助高屋小伝次(歌舞伎脇役)、村上元三(作家)。

いずれも、一時代を画した名人上手。上方歌舞伎の復興のために、手弁当で興行を打った左衛門の思い出話や、6代目菊五郎に関わる人びとの修行時代の思い出、江戸3座のころの空気を残していた時代の逸話(中村梅花の項)など、6代目菊五郎と初代吉右衛門の対比(勘三郎の項)などなど。本人の直接の言動よりも、その影響を受け止めた周囲のエッセンスが言葉になっているのだから、面白いのは云うまでもない。

聞き手の織田紘二、中嶋典夫が上手。元々は華道小原流の「挿花」という雑誌に連載された明治時代生まれの人びとのインタビュー集が下敷き。ちょっと短い恨みは残るが編者の織田の後記がそれを補ってあまりある。すでにこの本に登場した人物は、村上元三を除いて既に他界。活字に残っていることが財産だと思う。こういう本を出すから、淡交社の新刊は時に見逃せない。
posted by 曲月斎 at 03:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

点鬼簿

53d71b38.jpg今年も押し詰まって大晦日。そんな日に、不在で受け取れないままになっていた香典返しが届いた。
七七日の法要が終わったのだろう。そんな趣の内容が書いてあった。

父が亡くなった時に、自分用の過去帳を1冊作った。お世話になった方、すてきだと思った方、などなど、自分の個人的な係累を記して、思い起こす縁にしたい、と思ったからで、それだけ自分も年を食った証拠でもある。

今年は2人の方の名前が入っていた。ちょうどきょうこれで3人目。硯で墨をおろし、筆で戒名(そう、浄土真宗は法名なんだったっけ)を書き込んだ。
静かな年の瀬、である。かれは享年45歳、子供を残しての急逝だった。
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2005年12月30日

ニットタイ

元町のポピーに立ち寄ると、ニットタイを売っていた。
いつも、相談をするNさんに話をすると、「シルクのタイより、ちょっと結び目が大きくなるけど、替え上着なんかに併せやすいよ」とのこと。
以前、1色のタイは買った覚えがあるが、どうも締めてみると、高校の制服のようでやぼったい。そのままお蔵入りになってしまったが、今回はストライプのもある。ジャケットに合わせるのには確かに便利そうだ。
見立ててもらって黒地に暗い鶯色のストライプのものを買う。買えば占めてみたくなるのが人情。さっそく締めてみるとなかなかにいい(と本人は思う)。
中学、高校と制服がブレザーで、緑灰色のニットタイが決まりだった。
今でもネクタイを締めることがあまり苦にならないのは、このころの習慣が残っているからか。久しぶりにニットタイを締めて、何か懐かしいような気分にもなった。
posted by 曲月斎 at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 紋付羽織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しまった!

年末年始となると、あれこれと休業に入るところが出てくる。
主治医は今年、26日が最終診察日。早々と休診に入った。
地震への備えもあって、常用薬は手元に2週分はストックしておくようにしているので、今年もあわてふためいて駆け込み受診、だった。
さて、最後に体の手入れを、と思ったら、クーラは29日が年内の最終施術日。
何かやり残してしまったことができてしまった。早め早めにチェックしておけば……。年明け一番に予約をいれましょう。
posted by 曲月斎 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「サイマー」

「サイマー!」

という訳で浅田次郎の書棚を探していた時、同時に見つけたのがこの1冊。中央競馬会の機関誌「優駿」などに連載していた競馬放浪記。さらさらと読むに付け、筆者の競馬への割り切り、付き合い方、距離感が見えて心地よい。
東6場(東京、中山、札幌、函館、福島、新潟)と西4場(京都、阪神、中京、小倉)。わずか10カ所しかない競馬場だが、確かにそれぞれの馬場の表情は違う。筆者のいうように、「府中のロマンチシズムに対して中山のドラマチシズム」というのは確かに存在する。ダービーの時の競馬界全体を覆うようなお祭り気分と、あの東京の幅広くて長い直線(ダービーが28頭立てだった時代の幅を今でも維持しているのだから)。そして有馬記念の時の切羽詰まったような中山の雰囲気。

個人的にはあれこれあると思うが、京都の菊花賞が思い入れが深い。レースの終わった後。秋の日は釣瓶落とし、のことば通り、傾いた西日にぽっかりと黒く浮かんだメインスタンド……。

こんなことを考えるのは、浅田次郎がその競馬人生の原点として1969年のダービーで1番人気を背負いながらスタート直後に嶋田功騎手が落馬、という歴史に残る珍事が初めて馬券を買ったレースというが、個人的には、意識して馬券を初めてかったのが、ミホノブルボンが朝日杯3歳S、弥生賞、皐月賞、ダービー、京都新聞杯と勝ち続けて迎えた菊花賞がそうだったからだろうか。

大井の東京大賞典も終わって、残るはきょう30日の競輪グランプリ。今年も大詰めだ。
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年末年始に

年末年始、何だかんだといっても、時間がとりやすい。何かまとまったものを読もうかと思う。あれこれと思いを巡らした末に、この本を選んだ。

「壬生義士伝 上」

「壬生義士伝 下」


さて、読み切ることができますやら。あれだけ評判になった本というのは、あまのじゃくとしては読みたくない、と思ってきたんですけどね。もう潮時、でしょう。
posted by 曲月斎 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しまった

年末年始となると、あれこれと休業に入るところが出てくる。
主治医は今年、26日が最終診察日。早々と休診に入った。
地震への備えもあって、常用薬は手元に2週分はストックしておくようにしているので、今年もあわてふためいて駆け込み受診、だった。
さて、最後に体の手入れを、と思ったら、クーラは29日が年内の最終施術日。
何かやり残してしまったことができてしまった。早め早めにチェックしておけば……。年明け一番に予約をいれましょう。
posted by 曲月斎 at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「壬生義士伝」

年末年始、何だかんだといっても、時間がとりやすい。何かまとまったものを読もうかと思う。あれこれと思いを巡らした末に、この本を選んだ。

「壬生義士伝 上」

「壬生義士伝 下」


さて、読み切ることができますやら。あれだけ評判になった本というのは、あまのじゃくとしては読みたくない、と思ってきたんですけどね。もう潮時、でしょう。
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師走の蕎麦

神田まつや
明日は大晦日。年越し蕎麦である。
ここ数年は、神田のまつやに持ち帰り用を予約しておいて30日に買って帰り、31日に茹でて食べる、というのが習慣。ここはなぜか、蕎麦に、蕎麦汁、白ネギが1本入ってワンセット、である。以前は、ちょっとそのついでに寄って一杯、としゃれ込んだものだが、ここ数年は蕎麦屋ブームの所為か、日頃でも入れない。きょうなど、店の前から始まった行列は、近所の辻を曲がって、次の辻まで達しているというのだから、蕎麦をたぐるのも一大事業になった。

連雀町やぶ
ならばと、裏手に回って、連雀町のやぶを覗けば、こちらは警備員が出て店先で整理をしている有様。美味いものを食うには、手間暇がかかるものだと諦める。

ただ、頭の中では、すでに「ちょっと蕎麦」というのが固まっているから、このまま帰るのも半ちくな話。上野へ回るか、並木へ行くかと考えたが、どうせいずこも同じことだろう。ふと目にとまったのが裏手の立ち食い蕎麦屋。「当店名物・イカげそ天そば」の文字がまぶしい。いかげそってのは、蕎麦に入れて食うと、ちょっと美味しい物で、この殺し文句に誘われるままに、立ち食いの「六文そば」へ。ついでに鰺天も入れてもらって500円也。取り敢えず、脳裏の固まった欲望は満たしたがさて、どうだったのだろう。
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フィンランドから屠蘇散?

フィンランドに留学している知人から、クリスマスのプレゼントが届いた。
成田空港郵便局の付箋があり、「書簡が破損していたので、包装しなおして送ります」みたいな内容。ビニールの袋に入っていたので気が付かなかったのだが、封を切ったら、屠蘇散のような匂いがした。
肉桂をはじめとする独特の香り。まさかフィンランドに屠蘇散があろうはずもないのだけど。洋の東西を問わず、人間が欲するものは共通しているのかもしれない。
どうも、封筒の絵をみると、ハーブティーのようにして飲むものらしい。
でも、しばらくはこの独特の香りを楽しみにしたい。封筒ごと、またビニールの袋に入れ直した。
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2005年12月28日

年始回りの準備

もうすぐ正月。実家の近所は年始回りをすることになっている。
死んだ親父殿の名代で回るようになってもう何年になるだろう。喪中の家は遠慮することになる。実は今年の正月は我が家が親父殿が他界したので喪中。年始回りは2年ぶりになる。

母は「近所だけでいい。もう親戚までは……」という。確かに親戚といっても、祖父祖母の代の血縁。向こうもすでに代が変わっていることもあって、挨拶に行ってもお互いに何を話する接ぎ穂があるわけでもない。いとこはとこになってはもう顔も互いに分からない。
取り敢えず、「お変わりなくお過ごしですか。今年も宜しくお願いいたします」と口上を述べて、年始の品を置いてくるだけなのだが。

「向こうだってこられても迷惑なんだから。もういいよ、行かなくても」というのがこのところの母親の口癖。確かにそうかもしれない。

ただ、自分の血縁であることだけは間違いがないわけで、行った方がいいのやら、行かなくて御免候へ、と決め込んでしまう方がいいのか。判断に迷っている。そういう風に、当たらず障らずのつきあい方をするのが都会風なのかもしれないけど、そういう風に割り切っていい物かどうか。確かに、親戚同士で屋号で呼び合うような仲のつきあいがある家はもう、ほとんど亡くなった。

ともかく、明日は年始の挨拶の品を用意してくる予定。個数はどうしようか。
posted by 曲月斎 at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事雑用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

「轟亭の小人閑居日記」

時代が変わったのを痛感する。
私が畏敬してやまない人物の1人に、馬場紘二さんという人物がいる。
この方は、1970年2月に個人短信の「広尾短信」を書き始め、引っ越しで世田谷の等々力に移られると「等々力短信」という題で、5の付く日(5日、15日、25日)に書き続けて来られた。当初はガリ版刷りだったと伺うが、後にワープロになり、朝日ネットでのパソコン通信に登場。そして今やブログになっている。「等々力短信」という名はもう変わって「轟亭の小人閑居日記」になっているが、今もその好奇心と洞察力は物を知る楽しみを教えてくれる。
長年、パソコン通信ソフトをインストールし続けてきたのも、馬場さんの記事を読みたいがためであったのだが、ブログにも移行されているとあって、アクセスがしやすくなった。
改めて、一愛読者として、読み直して行きたいと思うこのごろだ。
posted by 曲月斎 at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 電网恢々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物くるる友

吉田兼好は徒然草で、「よき友、三つあり。一つには物くるる友。二つには医師(くすし)。三つには知恵ある友」と書いた。私の周囲にも物くるる友はいるのだが、これが結構、難物である。
きょうも仕事がひと段落したところで、彼はカバンの整理を始めた。大変な読書家で、本を読むことに命をかけているような趣さえある。
買うか、買わないか、迷った時には、彼に電話を掛け、尋ねるのが一番だ。答えは3通り。「面白い」「面白くない」「まだ読んでいない」

どちらかというと、サスペンス好きな点を除けば、評価が大きく狂うことはないというのが今までの経験則だ。そんな彼が時にものを呉れる。読み終わって、手元には置き場所を作るに値しなかった本だ。当方に回ってくるということはそれなりに面白い本であるが、彼は2度は目を通すことはないと判断すると、こういう仕儀に相成る。で、この夜、呉れた1冊はこれ。
「戦艦入門―動く大要塞徹底研究」


日本の旧海軍(というか自衛隊になってからは戦艦という船は無用の長物で、しかも攻撃力を持つ物であるから、専守防衛の観点からもちろん建造されていない)が建造してきた戦艦列伝ともいう本で、前半は建艦思想の変遷、後半はそれぞれの戦艦の辿った戦歴を追うという趣向。正直のところ、ほとんど既知の知識だったので、新たな驚きはなかったけど、前半部分の下りは年末公開中の「男たちの大和」ではないが、無益の長物を作る妄想に至った過程が見えてくる点で面白い1冊ではあった。
やはり、ものくるる友はいいもの、なのだろうか。
posted by 曲月斎 at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

「蛍の光」のすべて

「蛍の光のすべて」

紅白歌合戦で実は一番長く歌われているのは、フィナーレの蛍の光ではないか。長く藤山一郎がそのタクトを振っていたが。
そんな中で出逢ったのがこの1枚。スコットランド民謡の「AULD LANG SYNE」が蛍の光になって、定着していくという咄であります。

中で、一番、興味深かったのが、「別れのワルツ」という題目で古関裕而が編曲したもの。「ユージン・コスマン楽団」と題する日本の楽団が演奏してきた者で、バイオリンの独奏は巌本真理だったというのであります。1949年に録音され、SPの発売が中止され、廃盤になる56年まで発売され、さらに疑似ステレオ化されて、1988年まで生き残ったのですから。今、有線で流れているのはこの「蛍の光」であることは疑いもないし、いい音です。
このキングの「××のすべて」シリーズは復刻担当に郡修彦という名が必ずあるのですけど、古い名盤に命を吹き込む名人上手ということになるのでしょう。
年の瀬に振り替える気分の時にはいい1枚かもしれない。
posted by 曲月斎 at 02:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 天象乃音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ本の行方

ヤクルトスワローズの新監督古田敦也氏がブログを開設しているのはつとに知られているところ。そのブログから出版物が生まれた、というのでパラパラとめくってみたけど、どうもよくない。
何となく冗長。ブログというのは、電子ネット上にあってこその命だと改めて思い知る。
「古田のブログ」



ご同様に「がんばれ生協の白石さん」もベストセラーになっているようだけど、何かちょっと違う気がする。
文台を下ろしてしまえば反古だ、という芭蕉翁の言葉がふと脳裏を過ぎる年の瀬ではあります。「生協の白石さん」
posted by 曲月斎 at 02:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 電网恢々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

有馬記念

6929a03b.jpg有馬記念は話題のディープインパクトが2着に敗れ、夢の無敗での3冠+有馬記念制覇は実現しなかったのではありますが、それはそれ、2005年という時代を駆け抜けた名馬でありましょう。
人によって、あの年は、という記憶のキーが違うと思います。
知人にダービー優勝馬がキーになっている御仁がいます。××が優勝した年に子供が生まれたとか、○○の年に転勤したとか。
同じように、夏の甲子園優勝校の御仁がいたり、人それぞれでありましょう。
今年もJRAは大もうけをして、年の暮れ、であります。
で、今年の有馬ですか。小生は不参加。ディープインパクトを連下に、までは考えましたけどね。あと外国人騎手騎乗の馬の3角買いとか。でもいずれにせよ、今回の競馬は「見る競馬」と回避。勝馬投票券を的中させた方々、この場を借りて祝意を表したいと思います。
それと、JRAのホームページのコンテンツで思い出の50頭というのがあったのですが、もうすぐ閉鎖されるのかな。中央競馬会創立以来の名馬50頭を見せるページなんですが、なかなか良くできています。機会があればどうぞ。
posted by 曲月斎 at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 電网恢々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初日の出の準備。

68dd4fd1.gifクリスマスで世上は賑やかだったようではあるが、当方には縁も縁もない咄。天皇誕生日の後の土曜、日曜だったということであります。
と拗ねた発言はさておき、元日や今年もあるぞ大晦日という名句もあるように、一夜明ければ新玉の春。もう1週間後であります。
初日の出ということになるわけでありますが、こういうことを熱心にやっているお役所もあるんですなあ。
海上保安庁であります。
確かに天文天測は安全な航海の第1歩、今でも外洋航海船には六分儀はのせなきゃいけないんじゃなかったなあ。
どうでもいいんですけど、初日の出時刻早見地図っていうのがあって、この地図を見ると、初日の出のおよその時刻が分かるという代物。さらには、緯度、経度とその地点の標高を打ち込めば、初日の出の時刻を計算してくれるサイトまでご用意済み、と懇切丁寧。
みると、横浜のランドマークタワーの展望台は、午前6時47分。ちなみに、大桟橋は標高4メートルなので、6時50分だそうな。
ちなみに、ジェイズ前は6時48分。
なお、日の出の時刻は、太陽の上端が水平線(地平線)に接する時刻であり、太陽の昇る方向に山などの障害物があれば、実際の日の出の時刻は、計算の時刻より遅れることになるわけであります。
posted by 曲月斎 at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 糊塗弥縫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

「いずれ我が身も」

「いずれ我が身も」

この人の本は「麻雀放浪記」とか「雀鬼五十番勝負」とか、学生時代に麻雀に熱中していたころに読んだ記憶がある。
そして次は色川武大の筆名で書いた「狂人日記」。
そしてだんだん筆者の年齢に近付いてきてから読む、この本。
小見出しに曰く「霊柩車がほしい」「血の貯金、運の貯金」などなど。
声高に書いてくるわけではないし、むしろ脱力気味なのだけど、その脱力さ加減が、実に響いてくる。読み手の年齢も時に本には必要なのだろうな、と改めて思う。
posted by 曲月斎 at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 汗牛充棟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする